D「やっぱアウラってクソ」
ユウ「やっぱフラガってクソ」
ウナト「やっぱプラントってクソ」
一夜明ければ昨夜は怯えて泣いていたのが噓のように、子供達は跡形もなく壊された邸宅の残骸の上で元気に飛び跳ねている。穏やかにマルキオが子供達を諫めているが、効果はあまり見られていない。確かに危ない行為ではあるが、彼らの明るさにキラは僅かに救われた気分になっていた。
その一方で、格納庫の前では大人達が深刻な顔を突き合わせていた。
「アッシュ?」
「あぁ。データでしか知らんがね」
マリューが口にした機体名を、バルトフェルドが頷きながら答える。
「だがあれは、最近ロールアウトしたばかりの機種だ。まだ正規軍にしかない筈だが…」
昨夜襲って来たモビルスーツについてバルトフェルドの知り得る情報を聞かされる。意味ありげな口ぶりにキラは困惑を覚える。
最近ロールアウトしたばかり、とバルトフェルドが強調したのは、
「尚更分からんな…。今になって何だって、ラクスを捕らえようってんだ。プラントは」
厳しい顔でムウが口を開く。あの部隊がザフトのものとして、分からないのはその意味だ。特殊部隊を送り込んでまでラクスを捕らえようとするのなら、何故もっと早く行動に移らなかったのか。それ程までにラクスの身柄を求めていたのなら、こちらの居場所などとっくに特定できていただろうに。
歌姫と謳われるラクス・クラインという少女の影響力は計り知れない。だが何故今になって、このタイミングに、果たしてどんな意味があるのか─────。
「まあああ!なんて事でしょ!まああっ!」
思考に彷徨う彼らの耳に、素っ頓狂な叫びが届いた。キラ達は振り返り、子供達に手を引かれて近付いてくる恰幅のいい女性に気付いた。
「マーナさん?」
キラにも馴染みのある、カガリの侍女だ。周囲の有様を挙動不審に見回していたマーナは、キラの呼び掛けに気付くと安堵の表情になった。
「キラ様!よくご無事で!これは一体どういう事でしょう!?」
「あ…、えーっと…」
マーナから問われキラは今になってここがアスハ家のものだったのだと思い出す。あの大きく美しかった邸宅が土台に至るまで壊されてしまったのだ。その損害はかなりのものだろう。
「すいません、お借りしたお家を壊してしまって。…私達がやった訳ではないんですけど」
「一体何があったのです!?まるでミサイルにでも吹っ飛ばされたみたいじゃありませんか!」
「あ、それ正解だぜ。マーナさん」
気が引けて思わず頭を下げるキラへマーナが勢いよく再び問い掛ければ、途中の彼女の比喩を聞いていたムウがピッ、と人差し指を向けながら気取った所作をとりつつ言った。
「冗談言ってる場合じゃありませんよ!急ぎの用事を仰せつかって来てみれば、こちらはこちらで─────」
「急ぎの用事、ですか?」
眉を寄せてムウを睨みつけながら言うと、ラクスがその言葉を聞き留めた。マーナの勢いはラクスの一言で一度止まり、彼女は表情を引き締めてキラ達へと向き直った。
「はい。私はカガリお嬢様よりあなた方へ言伝を承って参りました」
「言伝?」
マリューが聞き返せば、マーナは神妙な顔つきのまま頷く。
カガリがこんな風に回りくどい形で自分達に用件を届けて来るなんて、今までになかった。妙な胸騒ぎがキラの中で過り、そして次にマーナが口にする声へと耳を傾ける。
「
彼女らが向かうのは、オーブを構成する主要な島の一つであるアカツキ島。まだウズミが代表を退く以前より、粛々と軍備増強の手が入っていたこの島は、少ないながらも地下に軍事施設があった。その内の一つ─────キラ達にとって切っても切れない、深い繋がりがある物が密かに眠っている場所へと彼女らは足を踏み入れる。
そこはカガリが代表に就任してから増設された、地下海底ドックだった。キラ達はこの区画に勤める職員の案内を受けて、監視ブースへと連れられていた。扉が開かれ、中へと入る彼女らをそこで待っていたのは、驚くべき人物だった。
「う、
ウズミ・ナラ・アスハ─────カガリへと代表の座を託してからは政治に関わる事はなく、隠居していた筈の彼がブースの窓の前で、レドニル・キサカを伴って立っていた。
「待っていたぞ。…大変な目に遭ったようだな」
「…いえ。それよりも、どうしてウズミ様がここに?」
「なに。…どうもカガリはここへは来れないらしくてな。代わりに、私が娘からの頼みを伝えに来たという訳だ」
何故、とは問わないがやはりウズミはキラ達が受けた襲撃についてすでに知っていた。どうやって、と尋ねたい気持ちはありつつ、しかしそれ以上に彼には聞かなければならない事がある。
「ウズミ様。何故私達はここに呼ばれたのか─────カガリが直接ここへ来れない理由も合わせて、教えて頂けますか?」
「…」
キラからの問い掛けにウズミはすぐには答えなかった。唇を噛み締めるように閉じ、少しの間瞑目する。
誰も声を発さず、防音性に優れた部屋の中で沈黙が流れる時間がややあって、ウズミはまるで決意を固めたかのように目を見開いてから告げた。
「君達に伝えなければならない事がたくさんある。だがまず、最初に伝えなければならないのは…オーブは恐らく、世界安全保障条約機構に加盟する事となるだろう」
「なっ─────」
ウズミの口から告げられた言葉に、驚きの声を漏らしたのは果たして誰だったのか。その声はキラのものではない。何故なら彼女の驚きは、声が出ない程だったのだから。
「ど、どういう事ですか!?カガリさんは─────」
「カガリにとっても不本意だろう。だが、あ奴でも止められない程に同盟への流れが強くなってしまった。…君達が受けた襲撃だよ」
マリューが一歩足を踏み出し、身を乗り出してウズミを問い詰めるがすぐにその勢いは止められる。ウズミが返答しながら差し出した、一枚の写真によって。
「これは─────」
そこに映されていたのはキラ達の記憶にも新しいモビルスーツ─────彼女達を襲った輩達が持ち出した機体、アッシュだった。キラ達が知らない間にあの襲撃は軍の知る所となり、上層部へと情報が出回っていたのだ。
ここまで聞けば、カガリがあれだけ抑えようとしていた同盟への流れが強くなったのかが分かる。国内にモビルスーツを持ち出して、その上破壊工作まで行ったのだ。ここまであからさまな敵対行動を起こされれば、当然それに対抗せざるを得なくなる。そして、上層部の対プラントへの感情も相当に悪くなっている筈だ。
「でも、地球連合との同盟なんて…」
「それに関しては、カガリとサハクが考えを巡らせている。君達にここへ来て貰ったのも、カガリに力を貸してほしかったからなのだ」
「え?」
ウズミからの返答へ、明らかに不満を抱いていたのはマユだった。この中の誰よりもオーブが同盟に加わるという現実に不快感を表し、ウズミに対しても声を荒げかけた時、それを遮るようにして再びウズミが口を開いた。それはキラ達にとって思わぬ言葉であり、何度目かも分からない驚きに声が上がる。
だが、彼女らが本当に驚くべきはこれからだった。
「…アーモリーワンでの強奪事件から始まり、ユニウスセブンの落下、そして開戦─────この流れの裏で、糸を引いている人物がいる」
「なっ…!?」
「そしてその人物を、
「─────」
今回の戦端が開かれるに至るまでの筋書きを描いた黒幕がいるとウズミは─────カガリがそう言っていると語る。しかも、その黒幕をユウが追っている─────短時間で語られる情報量の多さにキラの頭はぐちゃぐちゃになりそうだった。
「ま、待ってください!糸を引いている人物?それをユウが追ってる?どうしてそんな事が分かるんです?」
「根拠はない、とカガリは言っていた。だが、君の弟が何者かの影を追っている事だけは確かだとも言っていた」
「ッ…あいつ、俺達に黙ってやっぱり無茶してやがった…!」
ムウが力強く拳を握り締める。彼が発した声からは、途方もない悔恨の念が込められていた。
掛けがえのない弟が命を賭けた戦いに身を投じている間、兄である自分は何をしていたのか─────自分だけ安全な場所で静かに、愛する女性と一時を共にし続けていた。
それこそがユウの望みであった。大切な人達が静かな時を過ごせるように、泥を被る役割を背負い込んで、自分の手を汚し続ける。しかしそれを知った者達が何を思うのか、それは言うまでもないだろう。
「世界はまた憎しみの渦に呑まれようとしている。それを止める為にも、一体何が起きているのか知らなければならない。その為に手っ取り早いのは、それを知っている人物を捕まえる事」
「ウズミ様、それはつまり…」
アイシャの呟きにウズミは一つ頷いてから、カガリがキラ達へ望む本当の願いを口にした。
「君達にはオーブを出て、ユウ・ラ・フラガを探してほしい─────それが、カガリから君達への願いだ」
各々が何を思ったのか。驚愕、怒り、不安、様々な感情が入り混じる空間の中でキラはふと、とある人物と視線を交わした。
同じ感情を共有し、ユウが自分達の元を去ってからずっと共にあり続けた少女─────言葉を交わさずとも、キラは自身の決意と想いはラクスと同じなのだと悟ったのだった。
「何故だ!?何故こんなにも早く、セイランに情報が流れたッ!」
内閣府官邸にある代表専用の執務室に、カガリの怒鳴り声が響き渡る。荒れた今朝の会議を終えたカガリは、ミナと共にアスラン、カナードが待つこの場所へと戻って来ていた。
「さぁな。軍内部に内通者がいるのか、一応部下に探らせてはいるが」
「…クソッ!」
静かに、しかしその声に沸々と沸き立つマグマの如き怒りを込めながら吐き捨てたミナの言葉に、カガリも悪態を吐きながら心の中で同意していた。
今日の未明に起こったアスハ別邸への襲撃事件─────その情報はカガリの元へ素早く届けられていた。同様の情報を掴んでいたミナと事態を共有し、アスラン、カナードを交えてどういった対応をとるべきか決めかねていたその矢先の事だった。
「カガリ…」
傍らから、アスランが優しく呼び掛ける。しかしカガリにはその声に応える余裕すらなかった。
どこからか情報が漏れていたのか、それもそうだが彼女にとって最も衝撃的なのはそれではない。
「もう止められない…。オーブは、
ご丁寧にセイランは襲撃に持ち出された機体、アッシュの情報も的確に調べ上げていた。プラント正規軍にしか持ち得ない機体、つまり本土を襲撃した下手人はプラントの関係者で間違いないと、ウナトは会議で高らかに語り、それによって他閣僚の反プラント感情は煽られてしまった。元々同盟に賛成だった者は勿論、同盟に懐疑的だった者も煽られる形で賛成派へと鞍替える。オーブの行き着く先は、カガリの意思とは裏腹に一つに絞られてしまった。
「図らずとも、これで選択肢はなくなった訳だ」
「…分かっている。
表情を変えずに口にしたミナの言葉に頷きながら、カガリが返答する。その傍らでアスランが微かに表情を曇らせ、カナードが苛立たし気に小さく舌を打つ。
「私達は、無力だな…」
虚ろな心を抱きながら、カガリがポツリと呟いた。しん、と静まり返った室内でその声はいやに響いて流れていく。静寂を切り裂く電子音が鳴ったのはその時だった。それはカガリのデスクに置かれた通信機器からのもの。このタイミングでの通信─────どこからのものなのかは明らかだ。
カガリは勢いよく腕を伸ばしかけ、しかし躊躇うように伸ばした手を止める。返答を聞きたい、なのに聞きたくない─────自分でも良く分からない、矛盾した感情に心を支配される。
だが、彼女に甘えは許されない。自ら差し出した揺り籠から去るよう、
「…はい」
『─────カガリ?』
ボタンを押して通信を繋げる。やがて聞こえて来たのは、思いも寄らぬ人物の声だった。
鈴が鳴るような涼やかな少女の声。まさか、返答をする為に自ら掛けて来るとは…いや、恨み言の一つでもぶつけたくなったのか。
「
『うん。…なんか、こうして話すのは久し振りだね』
「…そうだな。色々と大変だったからな」
言われてみればその通りだと、ここ最近を思い返す。アーモリーワンから始まり、ミネルバに乗る事となってユニウスセブン落下事件、そしてオーブに戻ってからも開戦や条約の件で忙しく顔を合わせる事はできなかった。
思わぬ声に驚かされながらも、久々の
「ラクスは?マリューさん達は元気か?」
『元気だよ。皆、カガリに会いたがってる』
「それは…、無理そうだな」
『そうだね。カガリも忙しいだろうし…、こっちもしばらくは会いにも行けなくなるから』
「っ…」
姉妹の間に流れていた和やかな空気が、キラの一言によって僅かに変わる。穏やかでありつつも、微かに混ざる緊張感。キラからどんな答えが返って来るのか─────半ば分かり切っていても、どうか…とカガリは願わずにはいられなかった。
『カガリ、私ね?カガリに謝らないといけない事があるの』
「…なんだよ」
『カガリが大変な時に私は何もしなかった。…オーブを出る前に、それを謝りたかった』
思わず息を呑んだカガリは、すぐに反論の言葉を口にした。
「違う!キラは何も悪くない…!私は、
『知ってる』
だがそれを言い切る前にキラが静かに、一言でカガリを制した。
『知ってるの。私達を嫌な事から遠ざけようとしてたんだよね?
キラの独白は続く。
『あの時、私もラクスもユウに何を言われても絶対についていくつもりだった。だけどユウはそれを望んでいなかったから…、それがユウの為になるならって、私達はオーブに残る事にした。…それじゃあ、ダメなんだよね』
「違う!だって…、お前達は充分に戦ったじゃないか!もうこれ以上、傷つく必要は─────」
『それはカガリも、ユウも同じでしょ?だから私達は行くの』
アスランが瞑目して俯く。カナードが爪が皮膚に食い込むほどに強く拳を握りしめる。ミナがジッとキラと話すカガリへ向けていた視線を僅かに逸らす。
姉妹のやり取りを見守っていた三人が、心優しい少女の静かな決意を聞いて、堪え切れずに目を逸らした。その中でカガリだけ、他の三人とは異なる感情を抱いていた。
悔しかった。苦しかった。その中で微かな喜びを抱いていたのだ。誰かに支えられながらも苦しみ続けた数週間の果てに、血を分けた掛け替えのない妹が自分を思い、助けようとしてくれるのが嬉しくて─────同時にそんな感情を抱く弱い自分が情けなくて、涙を耐えられなかった。
『何もしないで二人が傷つくくらいなら、一緒に傷つきたい。…テロリストになるのも、望む所だよ』
「─────キラ…っ!」
情けない─────情けない─────それなのに、嬉しい。キラが差し伸べてくれる手が、どうしようもなく嬉しかった。だけれど、その手を果たして自分はとってもいいのだろうか?愛する少女と家族、仲間を戦いから遠ざけたいというユウの願いを踏み躙り、何よりも自分の願いを曲げて、その手を─────
「…キラ」
『アスラン?』
迷い続けるカガリの傍らで、アスランが声を上げた。スピーカーからキラが戸惑う声がする。
「本当にいいんだな?」
静かに、されど強い芯の籠った声でアスランはキラへと問い掛けた。数瞬、空白が空く。
『勿論』
そしてキラからも、先程のアスランと同じ類の声で返答が返って来た。
カガリが振り返る。その先で、アスランは微笑んでいた。
「こうなったキラはもう止められないさ。…きっと他の人達も同じなんだろう」
「アスラン…」
ようやく、何の為にアスランが割り込んで来たのか思い至る。彼は迷う自分の背中を押したかったのだ。
「それに俺達だって、何も全部をキラ達に任せるつもりはない。出来る限りのサポートはする─────だろう?カガリ」
「─────」
そう、そうだ。何を自分は、全てをキラ達に任せるしかない等と悲観していたのだろう。
確かにこの役目を背負えるのはキラ達しかいない。だからといって、それじゃあ自分達は全部が全部何をする事も出来ないという訳ではない。苦しい航行が待っているであろうキラ達を、出来る限りサポートする─────アスランの言う通り、彼女達の手助けになる事くらいいくらでもあるではないか。
「必要であればアメノミハシラへの入港を許可する。部下にも伝えておこう」
「協力してくれそうな国を選別しておく。補給を頼める国家が見つかった時は、そちらに連絡を入れる」
『…ありがとうございます』
ミナもカナードも、支援の手を惜しむつもりはなかった。またも憎悪と殺意に包まれゆく世界の中で光り輝く希望を、決して絶やさない為に。この世界のどこかにいる、
「…キラ」
『うん』
「─────頼む」
『うん…、任せてっ』
悩みに悩み抜いた果てに、カガリは世界に種を撒く覚悟を定めたのだった。