フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE33 大天使の解放

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も行きます!」

 

 眼下に懐かしさを覚える白亜の巨艦を見下ろせるキャットウォークの上で、一人の少女が力強く声を張る。その視線の先では少女よりも頭一つ、或いは二つ分と背が高い大人達が困った顔をしながらどうしたものかと目を見合わせていた。

 

 バルトフェルド、アイシャ、マリュー、そしてムウの四人は彼らの目の前で宣言してみせた少女、マユへと改めて視線を向ける。真っ直ぐに彼らを見据える少女の目は何ら穢れもなく、ただ覚悟を秘めて純粋な輝きを漏らす。眩しさすら感じさせる目を前に、しかしその覚悟を認める訳にもいかないムウ達はどうにかしてこの少女が思い留まるよう説得しなければならなかった。

 

「だがな、マユ…。分かってるのか?俺達はもしかしたら、これから世界を敵に回さなきゃいけなくなるかもしれないんだぞ?」

 

「危険なのは承知の上です!連合もザフトも、きっと私達の事を知れば放っては置かない─────けど!「違う」」

 

 ムウからの問い掛けに勢いよく答えていたマユだったが、返答に割り込んでムウが厳しく言い放つ。戸惑いながら言葉を途中で止めたマユに、ムウは更に続けた。

 

「連合とザフトだけじゃない。…オーブもだ」

 

「─────」

 

 地球軍とザフト、二つの陣営がこれから航海に出るムウ達の事を放って置く筈がない。それはマユも当然承知しており、何らかの切っ掛けがあれば敵対、戦闘になる可能性だってあると覚悟していた。しかしそれでは認識が甘いと、ムウは厳しくマユへ突きつける。

 

「俺達は上からの命令で国を出る訳じゃない。飽くまでも無断で、周りからは離反行為に見える形で出航する事になる」

 

「カガリも当然、俺達を庇えない。つまり、オーブもまた俺達の敵になるって訳だ」

 

「あ…」

 

 どうしてこんな簡単な事を見落としていたのだろう、とマユは呆然とする。ムウと彼に続いて語ったバルトフェルドの言う通りだ。カガリからの願いを受けて国を出るキラ達ではあるが、それは正式な命令ではない。命令なき出航は当然、他の者達から見ればただの離反行為に映る。当然それは犯罪であり、軍人であるマユにとっては重大な軍規違反を犯すという事にもなる。

 

 そして何より、オーブが敵となるという事はオーブ軍との戦闘になる可能性だってあるという事。それは─────

 

「トダカさんが敵対する事だってあり得るわ。…それでもマユさんは戦える?」

 

「っ…」

 

 優しくも冷たく現実を突きつけるマリューを前にして、息を呑んだままマユは黙り込んでしまう。

 

 国を出たキラ達が仮にオーブ軍に捕捉されれば、その追跡を任されるのは間違いなく海軍であり、そして部隊を率いる立場であるトダカもまたその任に着く可能性だって当然ある。

 

 家族を喪い一人になった自分を拾い、親代わりとして育ててくれた─────そのトダカと相対した時、果たして自分は戦う事が出来るのか。

 

「貴女の気持ちは嬉しいわ。でも、私達に任せて…「行きます」─────マユちゃん」

 

 言葉を失ったマユが折れたのだと、そう考えたアイシャが優しく彼女へ声を掛ける。だがその最中、マユはそれでも尚意志は変わらない事を示す。

 

「お父さんと敵対する事になるかもしれなくても、私の考えは変わりません。だって─────私はもう知ってしまったから…。知ってしまった以上、無視できません」

 

 今起きている戦争、そしてマユの家族を奪った先の戦争にはそれを大きく扇動する黒幕がいるかもしれない。それを知ったマユはもう、誰の言葉でも、誰が前に立ちはだかろうとも止まらない。それが例え、自分の育ての親であろうとも─────自分の心に嘘を吐き、意志を捻じ曲げる事など出来やしない。

 

「皆さんの邪魔になるようなら、足手纏いになるようなら自分から引き下がります。だから…、皆さんと一緒に行かせてください!お願いしますっ!」

 

 腰を折って勢いよく頭を下げるマユ。またしてもムウ達は困ったように顔を見合わせて、どうしたものかと考えを巡らせる。

 

 しかしどんな言葉を掛けてもマユはきっと引き下がらない。何かしらの理由がなければ、マユにとって掛け替えのない存在であるトダカの名前を出してもダメならばもっと、彼女を意志を捻じ曲げる程の如何ともし難い何かを突きつけねばならない。

 

「…分かった。だが、条件が二つある」

 

「アンディ…!」

 

 その時、マユの話を聞いていたバルトフェルドの脳裏にとある物が過った。それはキラが搭乗するフリーダムと共に艦に収容される事となった、()()─────バルトフェルドとムウの二人に与えられた機体ともう一機、現在はパイロットがこの場に存在しないあの機体の事を思い出し、彼は口を開いたのだった。

 

「まず、通話でも手紙でも何でもいい。トダカ一佐へ一報を入れろ。直接会いに行く時間はないから、手早くな」

 

「はいっ!それで、もう一つの条件って?」

 

 すでに許可が下りたのだと表情に喜びの色を浮かべるマユは、一度頷いてからバルトフェルドが言ったもう一つの条件について尋ねる。

 

「これからマユにはある機体のシミュレーションを熟してもらう。…()()()()()()()()機体のデータが搭載されている」

 

「─────それって」

 

「マユ。お前の力で、俺達を納得させてみろ。それが条件だ」

 

 バルトフェルドとムウは勿論、キラですら乗るのを躊躇わせた以前ユウが乗っていたあの機体─────一介のパイロットでは操るどころかろくに動かす事すら出来ないであろう()()ならば、マユに今の自分の力不足を納得させられるだろう。─────バルトフェルドはそう高を括っていた。

 

「…分かりました。やらせてください」

 

 バルトフェルドだけではなく、他の三人もマユ・アスカという少女を甘く見ていた。それを思い知るのは、マユが真剣な表情でバルトフェルドの提案に頷いてからほんの数分後の事だった。

 

 バルトフェルド、ムウ、マリューとアイシャ、そしてキラとラクスが見ている前で、マユは皆の想像を超える才能を見せつける事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレーに色を落として静かに佇む巨人を見上げる、二人の少女がいた。その目には何とも表しがたい、複雑な感情が入り混じっている。不安、寂寥、恐怖─────それは二人がずっと、心の奥底に封じ込め続けていた負の感情。ここにはいない誰かを想い、信じ続けてもなお漏れ続けていた感情はここに至り強く、勢いを増す。

 

「ユウ。やっぱり無茶してたんだね」

 

「そう、ですわね」

 

 キラとラクス、二人の少女が想うのはやはり同じ男の事だった。共に出会った瞬間から恋に落ちていたのかもしれない、ユウ─────。ずっと世界のどこかで無茶をしているのかもしれないという予感はあった。それでも、その道をユウが自ら選んだのならと、国を飛び出して探しに行きたいという衝動を抑え続けていた。

 

 しかしもう限界だった。ユウが戦争の根本へ、世界を渦巻く憎悪の根幹へと足を踏み入れ戦っているのだと知った今、二人はユウの決意を捻じ曲げてでも彼の傍へ行く事を決めた。

 

「ずっと隣にいると決めた筈なのに…、ユウに謝らなくてはいけませんね」

 

「…うん」

 

 ユウを探しに行って、ユウに再会できたとして、二人は真っ先にユウへ伝えたい事があった。それが、謝罪─────二人にはどうしても、ユウへと謝りたい事があった。

 

 たった今ラクスが言った通り、二人はユウへ想いを伝えた時から…いや、或いはその前からずっと決めていた。ユウの隣に居続けると、彼を決して一人にはしないと。だが今、二人はここにいる。ユウから遠く離れた場所で、静かに暮らし続けていた。

 

 それは何故なのか─────ユウがそれを望んだから。キラとラクスに、戦いから離れた静かな場所にいてほしいのだと願われたから。

 

「…でも、しょうがないよね?だって、嬉しいに決まってるじゃん!ユウに()()()()を言われたらさぁ!?」

 

「あれは流石に不意打ち過ぎましたわ…」

 

 ─────好きだからこそ、静かな場所に居てほしいんだ。好きだから…二人が傷つく事が苦しいんだ。

 

 言われた言葉に対する嬉しさと、何より詳しくは言えないがその時の()()()()()()()()も相まって、ユウの甘い言葉に流されてしまった。それが間違っていたとまでは言いたくないが、ただ反省しなければならないとも思う。

 

 だってユウが言った事は、二人にとっても全く同じなのだから。

 

「行こう、ラクス」

 

「えぇ。…()()()()()も加わりましたしね」

 

 灰色の巨人を見上げていた視線を下ろし、ゆっくりとこちらへ近付いてくる足音が聞こえる方へと目を向けながら微笑む二人。

 

 二人が視線を向けた方からは、パイロットスーツを身に着けたキラと同様の格好をしたもう一人の少女が、決意を秘めた表情で歩みを進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「機関、定格起動中。コンジット及びAPUオンライン…」

 

 オーブ軍の制服に着替えて艦橋へと足を踏み入れたマリューは、作業の手を動かすクルー達の姿を見回しながら懐かしさに身を浸していた。これからここが戦いの為の場であり、再び安住の地を追われて旅立つ事になったにも関わらず、まるで自分の家へ帰ったかのような心地になる。

 

 操舵席にはアーノルド・ノイマン、CIC席にはダリダ・ローラハ・チャンドラ二世、そして今この場に姿はないが格納庫にはコジロー・マードックとかつて死線を共にした気心の知れた仲間達が集まった事も関係しているのだろうか。自分の心に緊張や不安といった感情が、考えていたよりも薄い事に気付いて思わず苦笑を浮かべる。しかしその表情も、空いている艦長席を目にして僅かに強張った。

 

 ムウはチャンドラが座する席とは反対側の上部座席に座しており、バルトフェルド、アイシャもノイマンと共に下部座席に着けている。

 

「あのー、バルトフェルド隊長?…やっぱり、こちらの席にお座りになりません?」

 

 名を呼ばれて振り返ったバルトフェルドへ、遠慮がちに艦長席を示しながら問い掛ける。指揮能力において、バルトフェルドの方が優れているだろうという認識からきたマリューの提案だったが、彼女の言葉はあっさりと笑い飛ばされる。

 

「いーやいや!もとより人手不足のこの艦だ。状況によっては、僕は出て行っちゃうしねぇ」

 

 バルトフェルドはこの艦にいる数少ないモビルスーツパイロットの一人だ。そういった艦長は決して少なくないが、やはりその責に着くならきっちりと腰を据えられる人物の方が相応しいだろうという彼の考えから来る返答だった。

 

 それに─────

 

艦長席(そこ)はやっぱりアナタの席でしょう、ラミアス艦長」

 

 クルー達の顔に柔らかく笑みが浮かぶ。マリューはそんな彼らの顔を順番に見てから、最後にムウと顔を合わせる。ムウもまた微笑みを浮かべながら、何も言わずにゆっくりと一度深く頷いたのだった。

 

 この席に座するなら、半端な気持ちは許されない。だが、こんな自分が相応しいと、そうであると認めてくれるのなら─────その気持ちに報いられるよう力を尽くす覚悟はすでにマリューは抱いていた。

 

「主動力、コンタクト。システムオールグリーン」

 

 マリューが席に腰を下ろした直後、張りが加わったノイマンの声が響き渡る。

 

()()()()()()()()全ステーション、オンライン」

 

 その声を聞きながら、マリューはこの先を見据えるように顎を引く。黙って見ていられる段階は過ぎ去り、再び行動へ移る時が巡って来たのだ。

 

 ドックへの注水が始まり、水面がゆっくりと上昇し、アークエンジェルの艦体が水に覆い隠されていく。

 

 旧クライン派やアスハ家の手を経て密かに地球へ降ろされ、この海底ドックに隠されたアークエンジェルは大幅な改修の末、潜水機能を追加されていた。

 

「メインゲート、開放。機関二十パーセント、アークエンジェル前進微速!」

 

 マリューの号令と共に、白亜の巨艦が全身を始める。ゆっくりと地下水路を進んでいく艦は、やがて水路を抜けて海中へと飛び出した。

 

「索敵は厳に、オーブ軍の追撃に警戒して。キラさんと()()さんにも心の準備をさせておいて」

 

 潜水機能を備えて隠密性が格段に増したアークエンジェル。このまま潜航し、微速で前進を続ければ見つかる可能性は限りなく低いが、万が一という事もある。すでにキラとマユの二人はそれぞれの機体に乗って待機しており、万が一があればこの二人に出撃してもらう他ない。

 

 仮に見つかった場合は流石のカガリも、国を脱走しようとする戦艦を放って見逃す訳にもいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カガリ。アークエンジェルは無事に出航したそうだ」

 

「…そうか」

 

 アークエンジェルの出航はすぐにカガリの耳にも届いていた。アスランが持つ携帯端末にその報は流され、そして彼の口から報告を聞いたカガリの顔がホッと和らぐ。

 

 今の所、軍本部から不明艦の動きに関する報告は来ていない。今のアークエンジェルにとって最も見つかる危険性の高い出航直後のこのタイミングに報告が来ないのだから、一先ず安心して良いだろうとカガリは胸を撫で下ろした。後は深度を上げていけば、ヘマさえしなければ領海を越える事が出来る筈だ。仮に見つかったとしても、アークエンジェルの機動力であれば振り切れる。

 

「とりあえず、今すぐにあいつらに銃を向けないで済んで良かったよ」

 

 とにかく、出航してすぐ彼らを捕獲、或いは撃沈などという命令するという最悪な事態は避けられた。後はこれからもそんな事態など起こらなければ、と願うばかりだ。

 

「奴らの事を気にするのはいいが、こちらの問題は山積みだぞ。大西洋連邦は相変わらず圧力をかけて来てるし、セイラン側からも()()()()()の事について問い合わせが来ている」

 

 息を吐き、気が緩んで見えるカガリへと現在の状況について冷静にカナードが突きつける。

 

 キラ達の航行の安全を願うのは勿論だが、カガリ達にとっては何も、一段落すらついた訳でもない。大西洋連邦には同盟の同意を伝えなくてはならないし、セイラン家やそれに賛同する他の閣僚からも侵犯を犯したザフト機と共に映し出されたフリーダムについて質問状が届けられていた。

 

 フリーダムについてはキラ達が仮に見つかるまでは最悪、封殺する方向でも構わないと考えている。幸い、フリーダムやアークエンジェル、キラやラクス達等の事情を知り得ている者達はカガリ側だ。セイラン側からすれば、突然現れた前大戦の遺物に面食らっている事だろうが、今の彼らは大西洋連邦との同盟にこぎつけた事でそちらについてはそう強く追及して来ないだろう。国の事など本気で考えていない、己の利益を重視する輩なのだから。

 

 それよりもカガリにとって重要なのは大西洋連邦との関係だ。同盟については最早避けられないとはいえ、ギリギリまで現状を保つべく粘るつもりではいる。同盟を遅らせる、締結するにしても出来る限りオーブ側にとって良い条件を─────願わくば、戦争への協力は一切しないという条件を取り付ける事が出来れば。

 

「…私達も、戦わないとな」

 

 ポツリと呟いたカガリに、アスランとカナードが黙ったまま頷く。

 

 再びその手に剣を持ち、前線へと舞い戻る事となったキラ達とは場所と種類は違えど、カガリ達もまた彼女達の戦いへと身を投じていく。

 

 世界へ種を撒く─────即ちそれは、カガリ達の戦いも更に激しく、混沌と化していく事を表しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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