戦闘行為を中止し、ザフト側の機体が退いていく。
さっきまで激しく交戦していたクルーゼも、何も言わずに機体を反転させ、母艦へと戻っていった。
あれだけ俺に憎悪を向けていた奴が何も言わずに、だ。
その背中が、弱い俺を嘲笑っている様にすら見えた。
「…くそ」
結局、原作通りの展開になってしまった。
守ろうとしたものは守れず、挙句一人の少女の命を盾にして守られてしまう始末。
俺は、俺の力は、何かを変えられると思っていた。
ほんの少しでも、救われなかった筈の命を救えるかもしれないと思って、戦いに身を投じたつもりだった。
それは自惚れだったのだろうか。
フレイの父親は死に、今頃彼女は泣いているだろう。
もしかしたら、あれだけ良好だったキラとの友情にも罅が刻まれるかもしれない。
─────俺が弱いせいで。
『スピリット、何をしている。早く帰投しろ』
「…了解」
中々戻ってこない事を怪訝に思ったのか、バジルール少尉から通信が入る。
早く戻れとの命令に一言返してから、俺もようやく機体を反転し、アークエンジェルへと帰投する。
「あの子を人質にとって、脅して…!そうやって逃げるのが、地球軍って軍隊なんですか!?」
スピリットを着艦させ、コックピットから降りた俺が目にしたのは、兄さんに詰め寄るキラの姿だった。
「そういう情けねぇ事しか出来ないのは、俺達が弱いからだ」
その言葉と一緒に鋭い視線を向けられたキラの勢いが怯む。
それはラクスを人質にするという情けない事をするしかなかった理由であり、何者にも否定が出来ない真実であった。
「俺達に、艦長や副長を非難する資格はねえよ…」
力のないその声には確かな悔しさが籠っており、キラはそれ以上言い返さないまま、去っていく兄さんを見送っていた。
二人のやり取りを黙って見ていたが、兄さんの姿が見えなくなってからキラの方へ近寄る。
「大丈夫か?」
「ユウ…」
近付く俺に気付いてこちらを見るキラの方を叩きながら、一言尋ねる。
キラは俺を見てから、目を伏せて口を開いた。
「あの人の言ってる事は…正しいって私も思う。私があの時、アスラン─────イージスを撃っていたら、あの子を人質にしなくても良かったかもしれない。だけど…、私は…強くなんてなりたくないのに」
本来、キラは戦いからは程遠い生活を送り、彼女の性格も決して戦いには向かない、穏やかで優しいものだ。
それでも戦いに身を投じているのは、キラ自身の命を守る為、そして大切な友達を守る為にそうせざるを得なかったからだ。
今はそうしなければ生きていられない状況にある為に戦っていても、この先ずっと戦いを続ける気はない。
だからキラは迷っている。
強くあらなければ何も守れない。
それでも、戦いを制する為の強さなんていらない─────。
「…それでいいだろ。お前は強くなんてならなくていい。第八艦隊に合流出来たら、トール達と一緒に艦を降りるんだから」
「…ユウ?」
「でも、そこまでは力を貸してくれ。もう少しの辛抱だから」
キラを励ますつもりで言葉を掛けながら、さっきよりも少し力を加えてキラの肩を叩いてからその場を離れる。
すぐ後ろをついてくるキラと一緒に、別の更衣室で制服に着替えてから居住区へと向かう。
「パパ…パパぁっ!」
その時、引き裂く様な悲鳴が聞こえ、俺とキラは足を止めた。
「サイ…!パパが…パパが…っ!」
「フレイ…」
聞こえてくる声に吸い寄せられるように、俺もキラも、何も言わずに同じ方へ…同じ所へと近付いていく。
辿り着いたのは医務室だった。
医務室の中ではサイとフレイ、ミリアリアが二人とは少し離れた所でその様子を見守っていた。
フレイはサイに縋りつくようにして彼の胸に顔を埋めて号泣し、そんな彼女の肩をサイは優しく抱き締めている。
「キラ…ユウも」
俺達が来た事に気付いたミリアリアが顔を上げる。
続いてサイも横目で俺達を見ると、サイの動きを感じ取り、フレイもまた涙で濡れた目をこちらに向けた。
「っ─────」
隣に立つキラが直後、体を震わせた。
決して契約、約束をした訳じゃない。
それでも、フレイの思いを俺達が裏切った現実は変わらない。
父が戦死し、フレイがどれだけ深い傷を負ったか─────そして、父を守れなかった俺達にどれだけ強い怒りを抱いているか、想像する事すら難かった。
それなのに─────
「ご、ごめんなさい…。みっともない所を見せて…」
「─────」
「え…」
せめて言い返さず、黙ってフレイの恨み言を聞くくらいしか彼女への償いはないとすら俺は思っていたのに。
彼女の口から最初に出て来たのは、俺達への謝罪だった。
俺もキラも、思わぬ言葉に言葉を失った。
「二人が必死に戦ってたのは私も見てたの。パパを守ろうと頑張ってた所は見てたから…。二人が生きて戻って来ただけでも、喜ばなきゃいけないのに…」
「ふ、フレイ…」
フレイは俺達へ向けて微笑み掛けた─────微笑み掛けようとした。
しかしそれは失敗し、またもフレイの顔は涙でくしゃくしゃな、いつもの眩しい笑顔とは程遠い顔へと戻っていってしまう。
「ごめんなさい…。今、私、キラとユウの顔、見れない…」
「っ─────!」
「あ、キラっ!」
その台詞が止めとなり、キラは俺達に背を向けてこの場から離れてしまった。
ミリアリアがキラを追おうとして─────しかし、追った所で何て声を掛ければいいのか分からなくなったのだろう。
キラに向かって伸ばした手と、踏み出そうとした足が止まり、空気を掴んだ拳がゆっくりと降ろされた。
俺は…どうすればいいのだろう。どうすればよかったのだろう。
本当は、フレイに謝りたかった。お父さんを守れなくて悪かった、と。それでもせめて、恨むのは俺だけにして、キラを恨むのだけは止めて欲しい、と。
そんな言葉は、フレイの顔を見て引っ込んでしまった。
心の内から溢れ出る憎しみと必死に戦い、俺達を何としても憎まないようにと激情を抑え込むフレイの姿を前に、何も言う事が出来なかった。
「…ミリアリア、ユウ。ごめん、二人にしてくれないか」
「サイ…。うん、わかった」
再びフレイと抱き合いながら、サイがこちらに目配せして言う。
ミリアリアは頷いてから、俺はその言葉に何も返せないままその場から離れる。
背後で医務室の扉が開き、フレイのすすり泣く声は聞こえなくなる。
それでも、耳にフレイの声は届かなくとも、彼女の泣く声は確かに俺の中に刻まれてしまった。
「…ごめんなさい」
「なんで、ミリアリアが謝るんだよ」
「だって…。私、二人の何の力にもなれなかったから…」
こうして、キラの友達の誰かと二人になるのは初めてだった。
きっと、こんな状況でなければあまりの気まずさに内心おろおろしていたんだろうが、いきなり謝罪してきたミリアリアへ俺は普通に返事を返していた。
「…私達がもう少し二人の力になれてたら、フレイのお父さんを守る事も…あの子が
「…待って。あの子って、ラクスだよな。自分から─────って、なに?」
落ち込んでいるミリアリアを何と励ませばいいのか分からずにいると、ふと彼女が続けた思わぬ言葉に思考が停止する。
自分から人質になった、だって?
…ラクスが?何故?
「戦闘中に、一人で艦橋に来たの。そしたら、
申し訳なく思いつつ、ミリアリアの言葉を最後まで聞く前に俺は走り始めていた。
今、ラクスは部屋に居るだろうか─────いや、原作ではフレイに詰られ逃げ出したキラをどこかで慰めていた。
いやしかし、この期にそんな原作通りに事が進むだろうか?
フレイは俺達に憎しみを抱えながらもそれを発しようとはせず、挙句にラクスは自ら人質になりにいく。
結果は原作と同じにはなったが、その過程があまりに変わり過ぎている。
ラクスの中で何が変わったのかは分からないが、原作と同じ行動に出るとは限らない。
…関係ないか。部屋に居なければ艦内中を探せばいい。
どこに彼女が居ようと見つけて、俺は彼女に問い質さなければならない。
「─す───な─」
「っ」
どこからか声がして足を止める。
少女の声、それに会話しているのだろうか、もう一人別の少女の声が微かに耳に届く。
壁を蹴って十字路を曲がり、声がする方へと近付いていく。
果たして、そこに居たのは二人─────キラとラクスだった。
どうやらこの会話は原作通りに行われたらしく、先程とは打って変わり、キラの表情は穏やかなものへと変わっていた。
容姿端麗な二人の少女が微笑み合い、会話に花を咲かせている。
何とも目に保養のある、心温まる光景ではあるが、二人には申し訳ないが間に割って入らせて貰う。
「ラクス!」
「あら、ユウ?」
そう呼び掛けると、ラクスとキラが同時にこちらへ振り向く。
二人共、驚いて目を大きくしながら近付いてくる俺を凝視していた。
「どうかしましたか?そんなに慌てた様子で…、わたくしに何か御用ですか?」
「お前…。自分から人質になったって、本当か」
「っ!?」
二人のすぐ傍で立ち止まり、口から出る声が低くなっている事を自覚しながらラクスに問い掛ける。
直後、俺の背後でキラが息を呑んだのが聞こえた。
やはりというか、当然ではあるがキラも初耳だったらしい。
「ラクスさん…。それ、本当なの…?」
「ええ。本当ですわ」
キラから再度問い掛けられると、ラクスは微笑んだまま即座に頷いて答えた。
そんな彼女を前に、キラが絶句する。
「どうして、そんな事を…」
「戦いを止める為に、わたくしが出来る事をしたかったのです。少しでも貴方達の役に立ちたくて──「ふざけるなっ!」──ユウ?」
微笑みながら言うラクスに堪らなくなった俺は、彼女の言葉を最後まで聞く前に、気付けば怒声を上げていた。
微笑んでいたラクスが驚き、目を丸くしながらこちらを見るその姿がまた、俺の中で怒りを誘う。
「確かに、あれ以上戦いが長引けばどうなっていたか分からなかった。俺もキラも死んでいたかもしれない。…だけど、二度とあんな事はするな」
「…わたくしはただ、貴方の役に─────」
「そんな事をして、俺もキラも喜ぶと思うのか!全部一人で背負い込んで、命を運に任せる様な真似して!俺も、キラも、喜ぶと思ってんのかよっ!?」
「─────」
あぁ、いけない。これではただの八つ当たりだ。
ラクスが悪い訳じゃない。ラクスがそんな行動を起こしたのは全部、弱い
だが、言ってやりたかった。
ラクスが命の危険に晒されてる一方で助けられても、そんな形で役に立たれても、何も嬉しくない。
「…止めてくれ。そんな事なら、何もしないで部屋で待っていてくれた方がよっぽど嬉しかったよ」
「…わたくしは、余計な事をしてしまったのでしょうか?」
「そうじゃない…そうじゃないんだ。ラクスのお陰で助かったのは本当なんだ。だけど…その…」
自分の所為で俺が怒っていると思ったのか、ラクスの瞳に涙が浮かぶ。
いや、確かにラクスの行動で俺が怒ったのはそうなんだが─────そうじゃない。
ラクスが余計な事をしたとか、そういう事じゃなくて…駄目だ、どうやって言葉にすればいいのか分からない。
見上げるラクスの視線を前にして、頭を悩ませるしか出来ない俺。
「…はぁ。要するにね、私もユウも、ラクスさんが心配だったって事」
そんな様子に耐え兼ねたのか、黙って俺とラクスのやり取りを聞いていたキラが前へ出てラクスに声を掛ける。
…色々略しすぎな気はするが、事実その通りだったから口は挟まないでおく。
「…そうなのですか?」
「…まあ、一言で表すとすればそうなる」
ラクスが尋ね、俺が答える。
すると、さっきまでの泣き顔はどこへやら、輝く様な笑顔がラクスから零れていく。
─────なんで?何がそこまで嬉しいの?さっきまで、会ってからろくに時間が立ってない相手、しかも男に説教されたってのに、その感情の起伏は何なの?
「ユウ…。口下手すぎ」
「うるさい。…自覚してるわ」
ラクスの手を握り、彼女の目から零れた涙を指で拭きながら、ジト目で睨んでくるキラをあしらう。
キラに言われなくとも分かっとるわ、そんな事。
…流石にさっきのあれは酷過ぎた。前世で原作でのアスランのあれこれを微笑ましく見てたけど、俺も笑えないわ。
「すまん、ラクス。言い過ぎた」
「いいえ。むしろ、嬉しいですわ。ユウがわたくしをそこまで想っていてくれていた事が」
「…?」
何だろう、何となく言葉のイントネーションというか、何かが違う気がする。
気のせいだろうか?
「ラクスさん…。ユウはラクスさんが危険な行動に出た事を心配した
「…そうですわね。わたくしの命を、あんなにも情熱的に心配をしてくれた
「…?…???」
あれ?なんか不穏…。
さっきまであんなに仲睦まじく見えた二人が不穏に感じるよ?
笑い合ってるのに、交わす視線の奥が全く笑っていないように見えるよ?
握り合う二人の手に力が籠もってるように見えるのは気のせいかな?
握り合う二人の手からギリギリギリって音が聞こえるのは気のせいかな?
な、なんで!?さっきはあんなに微笑ましい感じだったじゃん!
女の友情は美しいなぁとか思ったのに、どうしてこうなったの!?
「あ、あの、二人共…。もっと仲良くした方がいいんじゃないかな?」
「「仲良くしてるじゃん(ますわ)」」
「してないよね?その手、明らかに相手の手を握りつぶそうとしてるよね?」
「「してない(ません)」」
「嘘を吐けぇっ!!?」
さっきまで二人の間で流れていた穏やかな空気はどこへやら、剣呑さに満ちた空気の中に割って入り、二人を引き離す。
離された二人の手は、真っ赤になっていた。
そして、距離が離れてもなお、二人は黒い笑みを向け合っていた。
…ねぇ、誰か教えてくれ。
おいカズイ、原作通りならお前、今頃このやり取り覗いてるよな?
お前でも良いんだ、教えてくれ。
俺は一体、どうすれば良かったんだ???
「ねぇ、ユウ。やっぱり、このままじゃダメだよね」
ラクスを部屋へ送り届けてから、隣に並ぶキラが不意にそう言った。
「私、ラクスさんをこのまま月本部に届けたくない」
「…それなら、どうする?」
「…まだザフトは近くにいる筈。返そう、彼女を」
決意が籠もった目がこちらに向けられる。
俺はその提案を前に、小さく微笑みながら頷いたのだった。