ミネルバの両カタパルトから発進したインパルスとグフが、前方のモビルスーツ群に向かって飛び出して行く。こちらは二機で相手は三十機、受け身になって押し込まれれば勝機はない。シン、ハイネ側から常に先手を取って相手の数の優位を失くしていく─────オーブ沖での戦闘と同じく、ミネルバに残された勝機はそれのみだった。
インパルスがビームライフルを取り出し連射する。固まっていたモビルスーツ群が散開し、インパルスとグフを取り囲むようにして陣形が広がっていく。シンはビームライフルを撃ち続け、ハイネもグフの前腕部に内蔵された四連装ビーム砲ドラウプニルで周囲のウィンダムを牽制する。
「ッ─────!?」
しかし直後、グフのコックピット内に敵機の急接近を告げる警告音が鳴り響く。ハイネは咄嗟に機体を翻し、対ビームシールドを掲げる。眼前にはビームライフルを構えながら突撃してくる濃緑色の機体、カオスが映し出されていた。
カオスが放つビームをシールドで受け止めながら機体を右方へと転針、突っ込んでくる敵機とすれ違うと後方へ振り返ってドラウプニルで狙い撃つ。
「チィッ!」
しかしハイネの放つ弾丸をカオスは高速で旋回しながら容易く躱してみせる。威力と速射性能にこそ優れているが射程は短く、精密射撃にも不向きなこの武装では高速で動き回るモビルスーツとの遠距離戦ではほぼ使えない。カオスとの距離を詰めるべく、ハイネは機体のスラスターを吹かした。
「隊長…ッ!」
その光景は、周囲のウィンダムを撃ち落とすシンの目にも映っていた。カオスの全ての砲口がグフへ向けて一斉に火を噴き、その先にある空間を薙ぎ払う。一方のグフは急制動を掛けて全ての火線をやり過ごすと、空中の雲を隠れ蓑にしながらドラウプニルでカオスを狙い撃つ。
FAITHに選ばれる程だ、腕は確かであると予想はしていたがそれよりも凄まじい。あれならカオスは任せて、こちらの戦いに集中できるとシンは意識を切り替える。
手に手に構えたビームライフルをウィンダムが撃ってくるが、シンは敵からの射線を難なく躱しながらビームライフルを撃ち返していく。一機、また一機とウィンダムを撃ち落としていくがシンはふと小さな違和感を覚える。どうも前回に比べて、ウィンダムの狙いは甘く、動きも鈍いような─────。
胸中に湧いた違和感へ意識が傾きかけたその時、これまでのウィンダムとは比べるべくもない正確無比な射撃がインパルスを襲った。紙一重の所で装甲を掠めた光条を見て、シンは反射的にシールドを持ち上げる。この行動がなければ、たった今シールドで受け止めた第二射によって機体は撃ち抜かれていただろう。
「こいつッ!」
シンに冷や汗をかかせる一撃を放った機体はインパルスの脇をすり抜けていく。鮮やかな赤紫色のウィンダムがインパルスの頭上へと舞い上がり、シンはその軌跡を追ってビームライフルを構える。トリガーを連続で引くが、ウィンダムには当たらず、更に分厚い雲に隠れてやり過ごされてしまう。
射撃を止めて周囲を見回すシンだが、視界の端で煌めく何かが見えた瞬間に機体を翻す。雲を貫き機体を掠める二条の光条、そして他の同型機とは一線を画する機動力でインパルスへと向かってくる赤紫色のウィンダム。
即座にそれに反応したシンは、シールドを掲げながらウィンダムを迎え撃つ体勢をとる。しかしシンの予想とは裏腹にウィンダムはインパルスとの応戦をとらず、ただ脇をすり抜けていくだけだった。
「何なんだよ…ッ!?」
先程から現れた敵の動きがおかしい。こちらを狙ってくるのはいいが、本気で自分を撃ち落とそうとしているのか─────考え事をするシンの背後からまた別のウィンダムがビームを放つ。
シンが対応しなければならない相手は、あの隊長機と思われるウィンダムだけではない。数機撃ち落としたとはいえ、まだ周囲には二十機以上のウィンダムが飛び回っている。激しいビームの雨に晒されながら、鋭く機体を上昇させて一度包囲から抜け出る。
「ッ、しまっ…!?」
だがそのシンの動きは読まれていた。上昇したシンの視界に赤紫色が飛び込み、自身の動きが読まれていたと察した時には激しい体当たりを喰らった機体が衝撃で体勢を崩して錐揉みする。
「くっ─────!」
そのまま海面に叩きつけられるという愚行は起こさず、バーニアを吹かして何とか体勢を整えるが再びシンはウィンダムの包囲に捉えられる。
「くそ…っ、ミネルバ!」
鈍さ、甘さは未だ感じ取れつつもあの指揮官機が指示したのか、敵モビルスーツ隊の統制がとれ始め、シンに対する攻撃の鋭さが増していく。それだけではなく、前回のように戦闘のコントロールが上手くいかず、インパルスの位置が次第にミネルバから遠ざかっている事にも気付く。
その理由は言うまでもなくあの指揮官機の存在だ。巧みに立ち回り、周囲の僚機を利用しながらインパルスへ攻撃を仕掛け、それに対応する内に徐々にミネルバから遠ざけられている。相手がそれを意図的に引き起こしているのか否か─────どちらかは分からないが、とにかくこれでは離れすぎていてミネルバも守れない。ハイネのグフもカオスに追い立てられ、上手くミネルバのフォローへ向かえないでいる。
「…っ、えぇいッ!」
現状、前回のようにミネルバが多勢に無勢という状況に陥ってはいない。こちらの迎撃をすり抜けて何機かウィンダムがミネルバ上空へと躍り出ているが、ザクを出撃させないままでも艦の防衛は今の所成り立っている。
ならば、こちらは目の前の敵の排除に全力を注ぐ。厄介な相手ではあるが、決して対処のしようがない程に追い込まれている訳でもない。時間を掛けつつ、一機ずつ撃ち落として数を減らし、そしてあのウィンダムとも一対一であればどうとでもなる。
そう方針を決めてシンはスコープを下ろして敵をロックし、ライフルの照準を合わせる。意識を完全に対モビルスーツ戦に定めたシンの動きは、先程よりも格段に鋭さ、緻密さを増して敵モビルスーツ隊を翻弄し始めるのだった。
「ランチャーワン、ランチャーツー、てーっ!」
ウィンダムの集団に包囲されながら少しずつインパルスの位置がミネルバから離れ、前方へ突出し始めている。一方のグフもカオスにしつこく追い縋られ、その対応に追われて振り切れない。そしてインパルスとグフの二機をすり抜けて、数機のウィンダムがミネルバ上空から襲い掛かるが、迎撃ミサイルとCIWSによる弾幕がそれを阻む。
戦況の報告と武装発射の命令が飛び交う艦橋では、そのモニターにニーラゴンゴの艦長が不機嫌な顔を晒していた。
『そんな事は分かっている。だが、こちらのセンサーでも潜水艦は愚か、海上艦の一隻すら発見できてはいないのだ』
先程タリアは彼に敵の母艦を探し出して討つべきだと進言した。それがどうも気に入らないらしい。
自分より若い女がFAITHの位置に立ち、命令してくるのが腹立たしいとでもいうのだろうか。それとも、あの噂が地球にまで伝わっているのか─────どちらにしてもそんなチャチなプライドに気遣ってやる気は更々ない。
「では彼らはどこから来たというのです。…まさか、付近に基地が─────」
『ハンッ!こんなカーペンタリアの鼻っ先にか?そんな情報はないぞ!』
「情報がないからといって、存在しない事にはなりません。むしろだからこそ、敵が基地を築く理由に─────」
タリアの進言を鼻で笑う艦長に言い募ろうとするが、ニーラゴンゴの艦橋が俄かに慌ただしくなる、索敵担当の兵士が何かを叫び、艦長がそちらに向き直ると驚愕の表情を浮かべながら大声を発した。
「艦長!海中からモビルスーツ接近、これは─────アビスです!」
ミネルバ側でも同じものを察知した。そして同時に、その存在を失念していた自分をタリアは心の中で罵った。アビスは水中戦を目的として開発されたモビルスーツだ。それを何故、このフィールド上に立っている時点で警戒していなかったのか。
「レイとルナマリアに水中戦の準備をさせて!完了次第、発進!」
インパルスはウィンダムの集団に囲まれ、グフもカオスに応戦して身動きが取れない。タリアは即座に待機させておいたザク二機の出撃を決断し、命じる。インパルス、グフ、ザク、そのどれも水中戦を想定した設計をされていない機体─────しかしミネルバの腹の下から襲われれば迎撃の手段はない。残された手札はザクに出撃してもらい、守らせるしかないのだ。
一足早くニーラゴンゴからグーンが三機発進していく。その三機でこうしている間にも高速で接近するアビスを押さえてくれればいいのだが─────内心申し訳なさを覚えるが、あまり期待はできそうにもなかった。
行く手にあるボズゴロフ級艦から射出された三機のグーンを見て、機体本体をシールドで包み込むようにして進む巡航形態のアビスを駆るアウルは退屈そうに息を吐いた。グーンなどただの小物、せめて指揮官機であるゾノくらい出てくれなければ面白みもない─────三機のグーンが一斉に数十基もの魚雷を放つも、それを前にして尚アウルの退屈そうな態度は変わらなかった。
フットペダルを踏み制動、急激に軌跡を変えたアビスは一気に加速して放たれた魚雷を振り切る。勢いのまま瞬く間に敵の懐へと潜り込んだアビスは、水の抵抗を殺していたシールドを開きすかさずランスを振るう。アビスに対応すべく動き出したグーンだったが、それは余りにも遅くランスの一閃が胴を斬り払った。
すぐにアウルは次の獲物へと目線を向ける。先程叩き斬ったグーンの爆発で引き起こされた水流に乗り、もう一機のグーンへと迫る。先程以上にスピードに乗ったアビスに対して後退しようとするも、その前にランスに貫かれて凄まじい水泡を巻き上げながら爆散する。
最後に残った三機目のグーンはこの一連の攻防の時点からすでに動き出していた。接近戦では敵わないと悟ったのか、必死にアビスとの距離を取ろうとしている。あぁ、それは賢い選択だ─────が、そもそも水中から軍艦、または拠点を攻撃する目的で開発されたグーンは対モビルスーツ戦を想定した機体ではない。ただでさえ旧式のモビルスーツであるというのにそれでは、どれだけ足掻こうともこのアビスには到底及ばない─────!
「アハハハッ!ごっめんねぇ、強くてさぁッ!?」
アビスの誘導魚雷に呆気なく捉えられたグーンの最期を笑いながら見届けたアウルは、守りがなくなったボズゴロフ級艦へと機体を向ける。
「あ?…何だ、まだいたんだ?」
しかしアウルが再び機体を動かすよりも前に、新たな敵の出現を告げるアラートが鳴り始めた。見れば見慣れた赤いザクと白いザクが、それぞれ武装を構えながら降下してくる。その光景を見ながらアウルは笑みを浮かべる。面白い相手が現れた、という期待からではない─────その姿が余りにも憐れで、思わず嗤ってしまったのだ。
「そんなんでやれると思ってんの?この僕を??」
赤いザクがバズーカを構えて撃ってきた。地上用のバズーカなど、この水の中では空気銃みたいなものだ。そんなもの、むしろ先程のグーンの魚雷の方が厄介ですらあった。アウルはその砲弾を難なく躱すと、アビスに潜航形態をとらせて二機のザクへと突っ込んでいく。
「舐めるのも大概にしなよ!面白すぎて、手元が狂っちまうだろうがァッ!!」
水中での激闘による余波は水泡となって海面から飛び出す。その上空でカオスと激しい交錯を繰り返していたハイネは、すぐにミネルバとの回線を開いた。
「ミネルバ、今のは!?」
『アビスです!ニーラゴンゴのグーンを撃破して、現在ザクと交戦中!』
自分がカオスと撃ち合っている間に海中では急速に展開が動き出していたのだ。しかし、アビス─────海というステージの中で当然その機体を使わない手はないが、ハイネ自身その警戒を怠っていた。いくらレイとルナマリアの二人でも、アビスを、それもアビスの真骨頂である水中戦で相手をするのはかなり厳しい。
何とか援護をしてやりたい所だが、そうもいかないのが今のハイネの状況である。こうしてミネルバと通信をとっている間も、カオスから激しく砲火が撃ち掛けられる。細かく機体の位置を上下左右に移しながら砲撃を躱していく。機体が揺れ動く中でもハイネは視界をしっかりと定め、カオスがビームライフルを取り出しこちらへ向けてきた所で機体を反転─────機体の右腕を振るいながら前腕部に収納されたスレイヤーウィップを解き放つ。
超弾性鋼製の鞭を巧みに操り、先程カオスが取り出したビームライフルを絡め取る。咄嗟にカオスがビームライフルを握ったまま腕を引いて抵抗を試みるが、それと同時にハイネは傍らのボタンを押して鞭全体に高周波パルスを発生させる。
流れた電流が絡め取ったカオスのビームライフルを誘爆させる。その前にカオスはライフルから手を離し、シールドを掲げる事で誘爆から逃れる事ができたが、掲げたシールドに視界を遮られてグフを一瞬見失う。ほんの僅かな隙─────だがそれを、ハイネは見逃さない。
「そらァッ!」
再びスレイヤーウィップを振るい、今度はシールドの脇、カオスの視界の外側から攻撃を加える。鞭による横合いからの一撃でカオスの体勢が崩れ、そこを突くべくテンペストビームソードを抜き放ち一気に勝負を掛ける。
「っ─────、チィッ!」
しかし当ては外れ、カオスはハイネの想像以上の早さで体勢を整え反撃の一手を打ってくる。カオスの兵装ポッドが開かれ、そこからミサイルが射出される。ハイネは機体に急制動を掛け、左前腕のドラウプニルでミサイルを全て撃ち落とす。敵の攻撃の迎撃には成功するも、その間に距離を取られてしまった為、ハイネ優位になった筈の戦いは一度仕切り直しとなってしまう。
『ハイネ、聞こえる?』
「─────はい。何かありましたか?」
ミネルバより通信が届き、タリアの声が聞こえて来たのはその時だった。MA形態へと変形したカオスが放ったカリドゥスを躱しながら、何事かとタリアへ聞き返すハイネ。
『そちらから敵の拠点は確認できる?』
「…いいえ」
再び撃ち込まれるカリドゥスを掻い潜り、ビームソードで斬り掛かるがMA形態のカオスがスラスターを吹かしてすり抜けるようにして躱されてしまう。一連の攻防の中でタリアからの問い掛けに否定の返答をしながら、ハイネは改めてこの戦闘について引っ掛かる点に思考を寄せる。
タリアが言った敵の拠点─────あれだけのウィンダムを収容できる能力を持つような艦隊は付近に見えない。そうなれば、ここからは確認できないが陸地に拠点がある可能性を疑うべきだ。
「クソッ…!インパルスは抜け出せないか!?」
仮にそうだとすれば、ウィンダムの集団に囲まれ次第に陸地の方へと寄せられているシンに危険が近付いている事になる。インパルスは何とか包囲を抜け出して自分、或いはミネルバと合流しようとしている様にも見えるが、指揮官と思われる赤紫のウィンダムがその動きを徹底的に阻み続けている。
まるでインパルスをここで落とすのではなく、
やはり急いでインパルスと合流すべきだ。それか敵の拠点を叩きに行くか。どちらにしてもレイ、ルナマリアには悪いが海中のアビスはしばらく彼らに任せるしかあるまい。
「いい加減邪魔なんだよッ!」
だがそれを目の前のカオスが許してくれない。考えている内にもカオスはグフへと猛攻を仕掛けてくる。これを振り切らなければ、インパルスと合流する事も敵の拠点を叩きに行く事も出来はしない。
MS形態へと姿を戻したカオスがビームサーベルで斬り掛かって来る。対するハイネもカオスの方へと逆に向かっていき応戦。一度ぶつかり合いながらすれ違った二機は、互いに急旋回して再び衝突し、激しく斬り結ぶのだった。