という事でガルナハン解放戦開始です。
行く手にはごつごつした岩山が連なり、吹き溜まりの様な砂地がその間を埋める。緑の欠片もない風景の中を、地上艦レセップス級デズモンズと、中型地上艦ビートリー級バグリイが先行し、その後方にミネルバが続いて問題のガルナハンを目指していた。
マハムール基地のラドル司令とタリアらが詰めた作戦を実行すべく急ぐ艦隊。しかし彼らの作戦には不可欠の要素があった。
「けど、
ブリーフィングルームへ向かう途中、シンは並んで歩くルナマリアから尋ねられた。
そう。作戦実行の為に不可欠な要素とは、現地協力員の存在だった。地球連合軍の占領下に置かれたガルナハンの住民は、いわれのない支配に抵抗し、その一派がザフトへ協力を申し出ていた。そしてラドルの元に、重要な情報を携えた連絡員を派遣するという報せが届けられていたのだ。
「ガルナハンはだいぶ酷い状況らしいからな」
しかしその辺りの事情をまだハッキリとは把握できていないシンが答えかねていると、代わりに後方からレイの返答が返って来た。
レジスタンスと協力して敵を討つなど、どうも映画の世界の様で、現実感のない話に思えてしまう。そんなふわふわとした感覚の中、ブリーフィングルームへ入ったシン達はマハムールからのパイロット達に並んで着席する。そうしてしばらく待っていると、副長のアーサーとハイネが入室してきた。パイロットは一斉に起立し、シンも立って敬礼する。
「着席」
アーサーが声を掛け、シン達が座る。その途中でシンはアーサーとハイネの間に民間人の少女がいるのに気付いた。年齢はシンの一つ、二つほど下くらい─────マユと同い年くらいだろうか。茶色のパサパサした髪を後ろで括り、砂に擦り切れたような服を身に着けた少女は鋭く目尻を吊り上げながら堂々とそこに立っていた。
この子は一体何なのか。それよりも、当然話した事もあった事もないこの子にどこか既視感を覚えるのは何故なのか─────民間人の少女と、そして自分自身に不信感を覚えていると、アーサーの話が始まったのでそちらに目を遣る。
「さぁ、いよいよだぞぉ。ではこれより、ラドル隊と合同で行う
ローエングリンとは、地球連合軍の陽電子砲の名称だ。丁度ミネルバのタンホイザーと同じ原理の兵器であり、その存在が故に、突破を試みたラドル隊は手痛い反撃を受ける事となった。
マハムールからガルナハンへの行程には起伏に富んだ天然の要塞ともいえる山々が存在する。唯一アプローチできる渓谷では、地球軍がそれを見越して陽電子砲─────ローエングリンを設置して待ち構えていた。狭く身動きのとりづらい渓谷間では、ローエングリンによる砲撃を避けるのは至難の業だ。一度突破を試みたラドル隊がかなりの出血を強いられたのは、想像に難くない。
「ハイネ、代わろう。どうぞ、後は君から」
「…了解」
アーサーが説明を行おうとした時、何故か言葉を切る。するとくるりとハイネに顔を向けたかと思えば、そんな事を言い出した。ハイネは戸惑った顔になったが、すぐにチェックボードを取り上げた、部屋の中が暗くなり、モニターに俯瞰図が投影される。
「
細長く曲がりくねった渓谷の奥をポイントしながら、ハイネが説明する。
「こちら側からこの町へアプローチ可能なラインはここのみ─────だが、敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、渓谷全体をカバーしていて、どこを行こうが敵射程内に入り、隠れる場所はない」
淀みないハイネの説明がスッ、と頭の中に入って来る。ポインターで件の地点を的確に指しながらの説明は実に理解がしやすかった。
「超長距離射撃で劇砲台、もしくはその下の壁面を狙おうとしても、ここはモビルスーツの他にも陽電子リフレクターを装備したモビルアーマーが配備されており、有効打撃は望めない。シン達はオーブ沖で、同様の装備のモビルアーマーと遭遇したんだよな?」
ハイネの目が自分に向いているのに気付き、シンは一瞬戸惑いつつ気まずさを覚える。記憶に新しい自分の醜態と、それを見られた相手─────それらを押し隠しながらシンは答える。
「はい」
シンの返答を聞いたハイネは微笑みながら口を開いた。
「そこで今回の作戦だが─────ミス・コニール」
照明をつけながら、横で待機していた少女に向き直るハイネ。声を掛けられた少女が我に返ったようにハイネを見上げた。ハイネは丁重な調子で彼女に話し掛ける。
「そこの彼が、そのパイロットだ。データを渡してやってくれ」
「えっ…」
戸惑いが窺える表情を浮かべながら、少女がシンを見上げた。もしかしたらと思ってはいたが、このコニールと呼ばれた少女が現地協力員、つまりレジスタンスの一員という事なのか。シンが思い浮かべていた像とは全く掛け離れている少女がジッ、と見上げて来る。
「…なに?」
見つめられる、というより睨まれるといった方が近いその視線に、何故自分がそんな目を向けられなくてはならないのかサッパリ分からず問い掛けるシン。しかし少女はシンの問いには答えず、ハイネに向き直った。
「この作戦が成功するかどうかは、そのパイロットに掛かってるんだろ?本当にコイツで大丈夫なのか?」
「なっ────!?」
一体何なのかと思っていれば、突然に向けられる無礼な言葉に思わず立ち上がる。
「ちょっと、シン…」
「…」
カッとなってしまったシンだが、隣のルナマリアから宥められ一旦怒りを収める。
「ミス・コニール、落ち着いて…」
「隊長はアンタなんだろ!?じゃ、アンタがやった方がいいんじゃないのか?」
少女もまたハイネに宥められていたが、勢いは止まらない。真剣な表情で、必死にハイネへ向けて訴えている。
「失敗したら町の皆だって、今度こそ終わりなんだ!もうこれが最後のチャンスなんだから!」
少女に詰め寄られるハイネだが、優しく頭を横に振った。
「大丈夫。シンなら…、いや、これはシンにしかできない。だからデータを」
穏やかに話し掛けながら、ハイネが少女に向けて掌を向ける。少女は少しの間ハイネを見上げてから、シンへと視線を向ける。葛藤の表情を浮かべたまま少女はデータディスクを出すと、ハイネへと差し出した。
それを受け取ろうとするハイネだったが、暫く少女はディスクを掴んだ指先に力を入れて離そうとしなかった。そうする間も、彼女は迷っているのだ。ここにいるのが、ディスクを託すべき相手に相応しいのかどうかを─────その仕草を見てシンはようやく、どれだけの必死の思いがそのディスクに詰まっているのかを窺い知れた気がした。
ややあって、少女はディスクから手を離す。ハイネが彼女を称えるように小さな肩をぽんと叩いた後、シンに歩み寄る。
「シン」
ディスクを差し出すハイネの手をジッと見つめる。
重い─────当然、物理的なものではない。このディスクには少女だけではない。少女と同じ苦しみ、痛みを味わった者達の願いが詰まっているのだ。それを受け取り、背負う─────果たして自分に出来るのだろうか。今の自分に、この少女達を救う事が出来るのだろうか─────?
「…怖いか?」
「っ…!」
「残念だが、これは他の誰でもない。お前にしか出来ない仕事だ」
同じだ。優しい声音でありながら、ハイネはまたしてもシンの逃げ道を塞ぐ。お前が受け取れ、お前が背負え─────お前が救えと、言外に命じて来る。
「お前の心情に配慮するつもりはないぞ。…頼むぞ、シン」
「─────ッ!」
どこまでも優しく圧力をかけて来るハイネを恨めし気に睨みつけながら、ひったくるようにデータを受け取るシン。
やってやる、というシンの本来の反骨心が弱り果てていた心の中で燻った瞬間だった。
『間もなくポイントB。作戦開始地点です。各科員はスタンバイしてください。トライン副長は艦橋へ』
「おおっとぉ」
シンがデータを受け取った直後、艦内にアナウンスが流れた。アーサーが慌てて立ち上がり、弾みで書類を取り落とそうになりながらも部屋を飛び出して行った。
いよいよローエングリン攻略戦が始まる。他の艦のパイロット達も持ち場に帰っていく。当然シンもそれに倣って部屋の出口の方へと足を向けたが、ふと自身に向けられた視線に気付く。少女が険しい表情でシンを睨みつけていた。
「…なんだよ」
先程から必死なのは分かるが、自分に対しての失礼な態度でシンの少女に対する印象はぶっちゃけてしまえば悪い。そんな彼女に睨まれてしまえば、何を言われるのかと身構えてしまうのは当然だろう。
「前に…ザフトが砲台を攻めた後、町は大変だったんだ。あの攻撃と同時に、町でも抵抗運動が始まったから」
思いつめた表情で語る少女を前に、シンは自身の中で抱いた警戒を解く。それと同時に、シンの中でこの少女が現れてから感じていた感覚の正体が分かった気がした。
「地球軍に逆らった人達はめちゃくちゃ酷い目に遭わされた!殺された人だってたくさんいる!今度だって、失敗すればどんなことになるか分からない…!だからっ…!」
この少女は─────自分と同じなのだ。
「絶対やっつけてほしいんだ!今度こそ!」
無力に泣いて、嘆いて、だけどどうしようもなくて─────誰かに縋るしかなくなった自分の姿が、今そこにいる少女、コニールなのだ。
その目に涙が光っているのを見て、シンはハイネの挑発を聞いてから忘れかけていた手の中のディスクの重さを再び思い出す。この重さは、町の人達全ての思いによるものだ。
「…全力を尽くすさ」
インド洋での戦闘中、かつての自分を彷彿とさせる憎悪の目を浮かべた地球軍兵士を見た時と似た感覚を味わいながら、シンは少女へ向けて答える。
重い─────苦しい─────辛い─────逃げ出したい─────。自分なんぞにこんな重大な役割を任せるなんて、どうかしているのではないか。失敗したばかりの自分を、ああも信じ切って…なんで、あんな風に信じられるのだろう?
「どうした?」
格納庫、自身の機体に乗り込むべく進めていた足を途中で止めていたシンの背後から、涼やかな声が掛かった。レイだった。彼のパーソナルカラーである紫のスーツに身を包み、脇にヘルメットを抱えたレイが真っ直ぐに立ち止まったシンの事を見ていた。
「いや…」
レイの目を見て、シンはふと気付く。彼もまた、ハイネと同じようにシンが作戦の成否を担う役割を負う事に対して何の疑問も抱いていない。思えばルナマリアもそうだった─────彼らは一体どうして、自分の何を見て、自分から何を感じて、そんな風に信頼する事が出来るのだろうか?
「レイは不安じゃないのか?」
「不安?何がだ」
「…今回の作戦は俺に掛かってるも同然だろ。俺なんかがレイ達の命を背負ってる─────それを不安に感じないのか…って」
我ながら何て事を聞いているのかと、途中で我に返るシン。作戦前でこんな弱気でいる事自体が不味いのに、その心境を仲間にわざわざ伝えるような事を言ってしまうなんて。
恐る恐るといった感じでレイの表情を窺う。レイはいつも通りの淡白な表情のままだった。だがその顔に微かな疑問の色が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「不安な筈がないだろう」
「─────」
息を呑む。返って来たのはレイの表情と同じく淡白で、それでいて残酷なまでにシンを信頼しきった声だった。
「シン、お前が何を恐れているのかは分からない。だが─────」
レイはそこで一度言葉を切ってからシンの方へと歩み寄ると、握った拳で軽くシンの胸を小突く。
「お前は強い。だから俺達はお前を信じられるんだ」
「レイ…」
「お前が来るまでの時間は必ず稼ぐ。だからお前は安心して、自分の役割に集中しろ」
最後に珍しい微笑みを見せてから、レイは自身の愛機であるザクファントムへと向かっていく。その声が、昔に聞いた事のある声と重なった気がして、歩くレイの後ろ姿を少しの間呆然と眺めてから、ゆっくりしている時間などない事を思い出してシンも慌ててコアスプレンダーへと乗り込んだ。
機体を立ち上げながらも、シンは未だ疑問が晴れずにいた。レイもハイネと同じだった。何でそこまで自分を信じられるんだ。もし自分が失敗すれば命の保証はない─────そんな危険な作戦の要を背負わせて、一体何を考えているのか。
「─────クソッ」
考えれば考える程、不安とは逆に何故か腹が立ってきた。いつまでも過去の失敗にクヨクヨしている自分も、仲間達からの信頼を重く受け止めてウジウジしている自分も、何よりこんな弱い自分を強いと勘違いしてしまう仲間達もまた、皆バカだ。
「そんなに望むなら、背負ってやるさ─────畜生ッ」
コアスプレンダーがゆっくりと中央カタパルトへと運ばれていく。疑問も迷いも不安も晴れたとは言えない。だが出撃直前に至って、ようやくシンは腹を括った。
自分を信じながらもどこか不安げだったルナマリアの事も、自分の情けない姿を目の当たりにした癖に笑って作戦の要を任せてくれたハイネの事も、最近の自分の異変を知っている筈なのに何ら態度を変えずに信じるレイの事も。
─────君に出来るというのかね?
どこからか問う声が聞こえた気がした。
「あぁ」
─────その手はすでに血に染まっている。憎いと感じたのだろう?醜いと感じたのだろう?衝動のままに殺し、君は君の理想を想う資格などないと思い知ったばかりではないのかね?
「それでもやる。…きっと俺はもう、引き返しちゃ駄目だと思うから」
操縦桿を握る手に力を込める。前を見据える紅い瞳には迷いの色はなく、自らが進むべき道のみを映し出す。
─────愚かな理想を張り通そうとすれば、君は何度も同じ地獄を目の当たりにするだろう。果たして君はそれに耐えられるかな?
やがて発進予定地点へと辿り着いた艦のハッチが開かれ、シンの視界に鮮やかに色づいた景色が広がる。これから飛び出して行く空を見据えながら、シンは小さく、されど力強く呟いた。
「俺はもう、逃げない─────!」
どこにいるとも知れない、この世界のどこにも居ない筈の誰かに向けた誓いの言葉は、不思議と自分の中に滲み溶けていく。迷いの晴れた心に尚、微かな力が湧いた気がした。
『射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常、進路クリア─────コアスプレンダー、発進どうぞ』
「シン・アスカ!コアスプレンダー、行きます!」
発進シークエンスを読み上げるメイリンが最後に告げたのを合図に、シンが気合の籠った声で応じる。操縦桿を倒して推力を上げ、中央カタパルトから青空へと飛び出して行く。続いてチェストフライヤー、レッグフライヤーが飛び出し、それらを伴ってハイネとコニールから聞かされた地点へと針路を向ける。
ここ最近、何かが纏わりつくように重かった体が嘘のように軽い。出撃直前まであれだけ不安だった心も何ともない。平常心で出撃できている─────そうシンが自覚した直後、穏やかな笑い声が短く聞こえた気がした。
「─────」
機体を操るシンの口元に微かな笑みの形が浮かぶ。もしかしたら自分はどこか可笑しいのかもしれない─────けどそれで平常心で戦いに臨めるのなら、それはそれで構わない。