シン達が連れて来られたのは、最高級のホテルにも引けを取らない設備が調えられたザフト所有の宿舎であった。議員クラスの力を持つ者が泊まるような、煌びやかに彩られた建物の中を歩くシンの背筋が自然と畏まる。先頭を歩くアナンヤの足取りに澱みはなく、やがてシン達はテラスの方へと案内された。
「失礼します」
アナンヤが一言口にしてからテラスへと足を踏み入れると、半身になってすでにその場にいた者達に向けてシン達の姿を見せながら続ける。
「お呼びになった、ミネルバのパイロット達です」
テラスにはシン達よりも先に来ていたタリアと、彼女の随伴で着いて来たのであろうレイが。そして、シン達を呼びつけた張本人であるギルバート・デュランダルがすでに席に着いていた。アナンヤに続いてシン達もテラスに足を踏み入れたのを見て、デュランダルが笑みを浮かべながら立ち上がり、歩み出て来る。
「やぁ。久しぶりだね、ハイネ」
「はい、議長」
自身へ向けて敬礼する三人の前に立ったデュランダルは、まずはハイネへ向けて手を差し出した。ハイネが敬礼の手を下ろしてその手を握り返す。次にデュランダルはルナマリアに目を向けた。
「それから…?」
「ルナマリア・ホークであります!」
いつものはきはきとした調子で名乗るルナマリアだが、その実、やはり目の前にプラントの最高権力者がいるというのが効いているのか表情は固い。ルナマリアが詰まる事なく名乗れた事に、密かに内心で安堵していたシンへと今度はデュランダルの視線が向けられる。
「シン・アスカです」
胸を張り、失礼のない所作を心掛けながら名乗るシン。その名乗りを聞いたデュランダルが、小さくあぁ、と呟いてから言う。
「君の事は聞いているよ。ここの所、大活躍だそうじゃないか」
「え?」
「叙勲の申請も来ていたよ。結果は早晩、手元に届くだろう」
思いも掛けず賞賛されて戸惑いを隠せない。それを余所にデュランダルはシンの方へも手を差し出し、握り交わしながら続けた。
「例のローエングリンゲートでも素晴らしい活躍だったそうだね、君は。アーモリーワンでの発進が初陣だったというのに、大したものだ」
「っ─────」
自分のこれまでの戦いを手放しに賞賛されて決して悪い気分にはならなかった。認められ、褒められる事に慣れておらず、舞い上がりかけたシンの心が、続くデュランダルの言葉によって冷えていく。
「この街が解放されたのも、君達があそこを墜としてくれたお陰だ。いや、本当によくやってくれた」
「いえ…。自分はただ、隊長達が立てた作戦に従っただけで…」
勧められて席に着きながら、シンの脳裏に蘇るのは先の戦いの後に目の当たりにした
デュランダルは思い詰めるシンに気付いた様子はなく、現在の戦況についての話を始めている。宇宙では小規模な戦闘こそあれど、プラントにしばらく危険はなさそうだ。その事に安堵しながらも、シンの思考が渦を巻く。次第にデュランダル達の話は耳に入らなくなり、テーブルに置かれた紅茶の表面に写る自身の顔と見つめ合う。
戦うのは仕方のない事だ。相手が撃ってくる以上、殺されないように撃ち返すしかない。しかしそうして誰かが殺し、誰かが殺され、その先で待つのは何なのか─────。アーモリーワンで出撃してからずっと、シンは自身は正しい戦いをしていると信じていた。こんな戦争が起きたのは敵の脅威があるからだと、戦うべき時に戦わなければ、自分の身すら護る事が出来ないのだから。
だが果たして、
「シンっ」
「え…?」
突然肩を揺らされて、シンは驚きと共に我に返る。何事かと周囲を見回せば、テラスにいる皆が自身の方を不思議そうに見ている。最後に自分の肩を掴んでいる相手、ルナマリアの方に視線を向ければ、彼女は心配そうにシンの顔を覗き込んでいた。
「な、なに?」
「なに、じゃないわよ。アンタ、何回呼んでも返事しないで…。議長の話、聞いてた?」
「え───っと…」
ルナマリアからの問い掛けにシンはすぐには答えられなかった。何しろ、考え事をしていて議長の話を全く聞いてませんでした、なんて答えられよう筈がない。しかしここでダンマリというのもまずい。何か、何か誤魔化さねば─────これまで生きてきた中で最も速く思考を回したと後に断言する程、懸命に考えるシンを見たデュランダルが不意に微笑みながら口を開いた。
「そうか…。ガルナハンでの騒ぎを目の当たりにしたのは、君だったのか。シン」
動揺の波が胸を打つ。知られていたのかと、それが何ら問題のない事だったとしても、触れなければプラントにとって問題にもならなかったであろう事を、自分がややこしくしたのは事実なのだから。
「ならば少し質問を変えよう。シン、君は
「─────」
真っ直ぐに向けられたデュランダルの視線と、彼の真っ直ぐな問い掛けに思わず息を詰まらせる。
アレ─────ガルナハンでの出来事を見てどう思ったか、何を感じたか。今となっても鮮明に思い出せる。だがそれを咀嚼し、言葉に変えて説明できるだろうか。デュランダルを始めとして、皆がシンの答えを待っている。やむを得ず、シンはゆっくりと口を開いた。
「最初は、驚きました。頭が真っ白になって、何をやってるんだって…、気付いたら銃を持ってる住民に掴み掛って─────ふざけるな!…って思いました」
どうせ上手く言葉に出来ないのなら、自分の当時の行動を振り返りながら説明すればいい。そうしてシンはあの時の自分の心境を、拙いながらも言葉にしていく。
「俺達に協力してくれた現地の人の話を聞いて、苦しんでる人達の事を知って、俺は助けたいって思ったんです。ローエングリンゲートを墜とす事で、苦しむ人達が救われるなら戦おうって。だけど、俺はあんな事をしてほしくて戦った訳じゃない…!」
シンの口調が、表情が少しずつ険しくなっていく。
「親を殺された、子供を殺された、恋人を、友達を、殺された…だからその報いを受けるべきなんでしょうか?殺した人は、殺されるべきなんでしょうか?…そんなのは絶対に違う。だってそうだとしたら、戦いなんて絶対に終わらない…!」
死は続き、連なり、そして積み重なったまま終わりのない戦いは果てなくどこまでも─────そんなものは御免だ。だから、シンはあの行為を止めたのだ。そんな愚かな繰り返しが続くのは絶対に嫌だったから。
「…昔─────」
慟哭にも似たシンの声が響き、誰もが沈黙して言葉を発せない時間が続いた後、不意に口を開いた者がいた。デュランダルだ。
「君が言う様な人の愚かな側面を目にし続けた果てに、世界に救いはないと断じた者がいた。誰かが羨ましい、自分達と違う。憎い、怖い、間違っている─────自分が正義と信じ、言葉を聞かず、相手を知ろうとせず、そうして戦い続ける人々など、滅んだ方が良いのではとその者は考えた─────私の友だった男だ」
「なっ─────!?」
隣のルナマリアが息を呑む。ハイネもタリアもデュランダルの話に目を見開き、レイが微かに目を細める。
シンは衝撃を受けながらも、デュランダルが友というどことも知れない誰かがそう思う気持ちにはどこか共感できてしまった。人はどうしようもなく愚かで、戦いを止める事ができなくて、どこか静かな場所で勝手にやってくれればいいのに、関係のない人達を巻き込みながら戦果を広げていく。─────憎しみに煽られたガルナハンの街の人達を見て、本当に助けるべきだったのかと失望しかけたのは事実だ。
だが─────
「それは…、違うと思います」
「…」
それは違うと、間違っているとシンは思う。その考えを口にしたシンを、デュランダルが静かな目線で見遣った。
「君も見た筈だ。私の友と同じ、人の愚かな側面を─────何故違うと、他でもない君が言えるのか教えてくれないかな?」
汚く、愚かで、醜悪なものを見た。それでも尚、それは違うと言ってのけたシンへデュランダルは問い掛ける。友と同じものを見て、しかし友とは違う結論を出す目の前の少年へ、それは何故なのかと。
「人はそれでも乗り越えられるって信じてます。人を羨ましいって思ったり、憎いって思ったり…でもそれを乗り越えて分かり合う事ができます」
「…繰り返すが、君はそうはできなかった人を目の当たりにした筈だ。それでも、人は乗り越えられると信じるのかい?」
「はい」
他でもない
「そうか。─────そうか」
瞼を閉じて噛み締めるように二度、繰り返しながらデュランダルの口元に微笑みの形が浮かぶ。
「安心したよ、シン。君が彼と同じ野望を持つ心配はなさそうだ」
「いえ…。すみません。何か俺、偉そうな事を言って…」
「いや、君は正しい。…私も、君を見習ってこれからも努めていかなければいけないな」
微笑んだままデュランダルが言う。デュランダルは流れのまま「ありがとう、シン」とお礼の言葉を口にすると、シンは慌てて畏まってしまう。偉そうにプラントの最高権力者へ自身の考えを説いてしまい、申し訳なく思っていたらその上お礼まで言われてしまえば当然の反応だろう。
「…議長」
「ん?何だい、ハイネ?」
「話を蒸し返すようで恐縮なのですが─────議長の友人というその男は、どうなったのですか?」
重苦しかった空気が微笑むデュランダルと、あたふたと慌てるシンの姿に和らぎかけた時、神妙な顔つきでハイネが尋ねた。
それを聞いてシンも確かに、とハイネの問いの内容に同意する。世界に、人に絶望し、滅んだ方が良いとまで考えた男だ。危険視するハイネの反応は至極当然であり、シンも気になる所ではあった。
しかし、デュランダルから返って来たのは思わぬ答えだった。
「
「─────申し訳ありません」
「謝る必要はない。…むしろ謝らなければならないのは私だ。彼の思想を知っていながら、私は彼を止める事が出来なかったのだから。─────彼を止めてくれた誰かには、感謝しなければならないね」
デュランダルはそう言うが、その微笑みに微かな悲哀が過ったのは気のせいだろうか。気の置けない間柄だったのだろう。心を許し、本音を語り合えるような、そんな友人だったに違いない。だからこそ、狂気に染まった思想を持っていると知っていても、手を下す事ができなかったのだろうか─────。
─────もし、自分がデュランダルと同じ立場に立ったなら、どうしても撃ちたくない相手が目の前に敵として立ちはだかったなら、引き金を引く事ができるだろうか?
デュランダルの話を聞いていて、シンはそんな事を想像してしまった。
「すまないね、変な話をしてしまった。折角の茶も冷めてしまったな、淹れ直させよう」
パン、と両手で一叩きしてから努めて明るい声で言うデュランダルの姿が痛々しく見える。きっとこの人は、友を喪った哀しみを乗り越えたように見えて、未だそうではないのだろう。それでもプラントの長として、激動の世界の中で戦い続けられるのはこの男の芯の強さ故か─────。
デュランダルは、シンを見習って頑張らなければと言ったが、違う。見習うべきは自分の方だ。戦う場所は違えど、目指す場所は同じ─────折れている暇などない。世界は待ってはくれない、ならば立ち止まらず走り続けるしかないのだ。理想を叶えるには─────その為にも、シンはこの瞬間、一つの
「─────議長、今何と?」
夜が更け始めた頃、お茶会を切り上げ施設の廊下を歩くシン達が立ち止まり、呆然とデュランダルの方を見つめる。タリアの呆けた声が施設の廊下に響き渡った。
最高級のホテルにも引けを取らないこの施設にシン達の宿泊許可が下りて喜び掛けたのも束の間、直後にデュランダルは驚くべき
「このアナンヤをミネルバに配属するつもりだ。正式な辞令も明日届くだろう」
耳を疑ったが、聞き間違いではなかった。呆然としながらシンはデュランダルの斜め後ろに立つ銀髪の少女を見遣る。
少女、アナンヤは向けられる視線を全く気にする素振りもなくそこに静かに立っている。
しかしどういうつもりなのだろうか、議長は。インパルスにザクウォーリア、ザクファントムにグフイグナイテッドと、人数こそ少ないが戦力的には充分なものをミネルバは保持している。そこに更にもう一人赤服のパイロットを加えるなんて。
「…また何か無茶な作戦でもさせるおつもりですか?」
「そんなつもりはないさ。ローエングリンゲートを突破した君達には大いに期待しているが、私も弁えているつもりだよ」
怪訝な視線を隠しもせず、タリアが低い声で尋ねると、デュランダルは普段と変わらぬ穏やかな調子で答える。そんなつもりはない、と答えたデュランダルだが、未だ訝しむ視線を収めないタリアを見て苦笑を浮かべた。
「彼女の機体も明日、ミネルバへ運び込まれるだろう。一緒に資料もタリアの元に届く筈だ」
機体─────その一言を聞いた途端、シンの脳裏に過ったのはディオキアに着いた直後に見た紅のモビルスーツだった。インパルスと同系統の機体で、一体何なのだろうと不思議に思っていたがまさか、と再びアナンヤを見遣るシン。アナンヤは相変わらず、向けられる視線に何の反応も見せない。
「ただ…、彼女自身が艦に乗り込むのは一日待ってほしい。彼女には一つ
辞令は通り、機体も明日運び込まれる。しかしパイロットだけは一日待ってほしい、そんな不思議なお願いをデュランダルはしてきた。タリアの目が不愉快そうに細まる。何か失礼な事を口走らないか、内心戦々恐々としてしまう。
「仕事、ですか…。一体どんな仕事をその子にお願いしているのでしょう?」
「なに、ただの
「…それなら良いのですが」
仕事と聞いてその内容について気にはなっていたが、人探しと聞いて思わず拍子抜けしてしまう。しかし同時にまた新しく気になる点も湧いてきた。
デュランダル程の人物が探している人物とは、一体どんな人なのだろう─────?その人物はここ、ディオキアに来ているのか?…もしかして、デュランダルがディオキアまで来たのは、その人物が
「とにかく、そういう事だ。タリア、彼女を頼んだよ」
「─────了解」
納得し切れていないのだろう、スッキリしない表情ではあるがそれが命令であるのなら了承するしかない。姿勢を正しながら一言、タリアが返答する。
しかしこの少女が仲間に加わるのか、とシンは先の自分達を案内している時のアナンヤの態度を思い出していた。特に宿舎へ向かう車内でバックミラー越しに睨みつけられたのは強く印象づいている。
─────大丈夫なんだろうか…?
果たしてアナンヤと仲間としてやっていけるのだろうか、とシンは強い不安を抱くのだった。
人探し←これ重要です(笑)