一体どうしてこうなったのか─────すでに何度目になるのか分からない、向ける相手の定まらない問い掛けを内心でシンは繰り返していた。
隊長命令でルナマリアと
とにかくシンはハイネの言っていた事を律儀に守る必要なんてないと考えていた。元々シンは今日の休暇はバイクを借りてツーリングをするつもりだったのだ。ルナマリアがもし、シンと同じように自分で立てた今日の予定というものがあったなら今この瞬間、私服に着替えたシンは宿舎のホールでルナマリアを待ってはいなかっただろう。
『私は特に予定もないし…、折角なら行く?』
少しの不安と照れ臭さを表情に浮かべ、どうしたものかと考えるシンの顔を覗き込みながら尋ねて来たルナマリアへお断りの返答をする事ができなかった。今日はしたい事があるから、と断っても良かったのに、その気持ちとは裏腹にシンはルナマリアへ了承の返事を返したのだった。
別にルナマリアと二人で出掛けるのは初めてではない。アカデミー時代ではプラントの商業施設へ二人で行って荷物持ちをさせられた事があるし、カーペンタリアでは半強制的にではあるがルナマリアに連れ出され、荷物持ちをさせられた。─────過去を振り返りながら何故自分は荷物持ちばかりさせられているのかという疑問をシンは無理やり押し流す。
これまで何度かシンはルナマリアと二人で外出をした事があるが、それらと今回とでは決定的な違いが一つあった。そう、それが先程ハイネが口にした
だが今回は違う。ハイネが言ってしまったせいで、これはデートだという認識がシンの中に刷り込まれてしまった。これからの事だけではなく、これまでの事もデートだったのではとシンの中で過ってしまったのだ。
デートといってもその解釈は人それぞれだ。デートというのは恋愛感情に関わるものだと認識する人もいれば、そういった感情がなくともデートになると認識する人もいる。このデートという単語に対する曖昧な解釈が、シンの感情を惑わせていた。
「お待たせ」
「っ─────」
この際、これがデートであろうがなかろうがどちらでも構わない。一度落ち着かなければ、とシンが考えたその矢先だった。コツ、と足音が聞こえたと思えば直後、ルナマリアの声がしてすぐに振り返る。何てタイミングで来てしまうのか、ルナマリアは全く悪くないと分かっていても、もう少し遅れて来て欲しかったと思わざるを得ない。
「行こっか」
「う、うん」
ルナマリアはいつもと変わらない。今までの外出通り、ルナマリアが先を歩いてシンがその後をついていく─────何も変わらず、いつも通りだ。ハイネにあんな事を言われて、たったデートという一言でシンはこんなにも掻き乱されているのに、出掛ける相手が普段と何ら変わりない事が少し悔しい。
今のルナマリアの服装もそうだ。デートというものをする時、女の子側は普段とは違う気合が入った服装を選ぶとヨウランから聞いた事があった。が、ルナマリアの服装に変化はない。基本ルナマリアは私服でスカートを選ばない。何故か軍服を改造してミニスカートなんて履いているが、シンはそれ以外にルナマリアがスカートを履いている姿を見た事がない。メイリンの私服姿を時折見た事はあるが、彼女はひらひらとしたワンピースなどの服装もよく着ている。対称的な姉妹だ。
以前、誰かに問われてルナマリアが答えたのを偶然耳にした事があった。
何だって自分はルナマリアの服装についてこんな風に真面目に考えたりしているのだろう?これではまるでルナマリアにスカートを履いてほしいみたいではないか─────シンはルナマリアの後ろで、彼女に見えない位置でぶんぶんと頭を振って思考を振り払う。
宿舎の自動扉が開かれ二人で外へと出る。その時、不意に風が吹いた。ルナマリアの赤い髪が揺れ、隠れていた彼女の耳が露になった時だった。シンはルナマリアの耳が微かに赤くなっている事に気付く。
「─────」
一瞬の何故、という疑問。からの疑問の融解、シンはすぐさま疑問を晴らした自身の頭脳を恨んだ。こんな事なら、分からないままでいた方が良かった。
これは
─────クソッ…。
ルナマリアと合流してから外へ出て、宛てもなく歩き出す。その間、二人の間に会話の一つもない。何を話せば良いのか分からないのだ。以前までならどうでもいい世間話がつらつらと口から出ていたというのに。
何よりシンにとって酷だったのは、ルナマリアもまた何の話もしない事だった。その理由が自分と同じなのだという事に思わず気恥ずかしさを覚えてしまう。
─────恨むぞハイネ…!
こんな事になったのも全部、デートして来いなんて言ってきたハイネの所為だ。自分達の仲直りの為のセッティングだったのだろうが、これでは逆効果になりかねない。この時ばかりはハイネに対する苦手意識など忘れて、どこか誇らしげだった去り際の彼の背中をシンは恨むのだった。
ディオキアの一月は比較的冷え込む気候だが、今日は空が晴れ渡り、さんさんと太陽が照って温かい。日が沈めばまた違うのだろうが、昼も近くなってくると街を行く人達の中には上着を脱いで歩く者も少なくなかった。温かな過ごしやすい天気になった事に感謝しながら、
本当は気晴らしでもとアウル、ステラ、スティングの三人だけに休暇を作っていたつもりだったのだが、自分は何と良い部下を持った事か。色々と気を揉み続けている上司に気を遣ってくれる素晴らしい部下達が、隊長にも休みをと頑張ってくれていたのだ。流石に自分だけ休むというのも気が引けて、最後まで艦に残ると抵抗したネオだったが、最終的には殆ど追い出される形で艦を出た。何とも強引だったが、それだけクルー達はネオを見ていたという事。隊に配属された時は、自分の事も含めてどうなろうと心の底から構わなかったけれど今は少し違う。
地獄に落ちる自身の結末はきっと変わらないだろう。それでも、彼らの行く道に少しでも幸があってほしいと願うようになった。それが自分にとって良い変化なのか悪い変化なのか、それは分からないけれど─────。
風が吹く。黒海に面したこの地域はハッキリと四季が別れている為、通常この時期の風は刺す様な冷たい風の筈なのだが、今が一月とは思えない穏やかで温かな風がネオの全身を撫でた。本当にこんな所でのんびりしていていいのだろうか、なんて思わないでもないが、そんな懸念が穏やかな風によって流されていく。
それにここで帰っては部下達の頑張りが無駄になってしまうし、何よりきっと怒られてしまう。それでまた艦を追い出されてしまうのだろう。部下達の頑張りを無碍にはしたくないし、今日は何とも過ごしやすい気候だし─────ネオの心の中の天秤が、休暇を満喫する方へと傾いた瞬間だった。
そう割り切ってしまうと、ネオの視界に映る世界が少し変わって見えた。街を歩く人達の笑顔と、笑い声。少し目を横にずらしてみれば、太陽の光に照らされ輝く黒海の水面。耳を澄ませば、人の笑い声に紛れて空を飛ぶカモメの鳴き声が聞こえる。そのどれもがネオにとって心地よい世界だった。少し前の自分なら、今のように世界を良い風に捉える事なんてできなかっただろうに。こんな風に思える余裕なんて、少し前までの自分にはなかった。
ネオにとって今の自分は、一言で表せば汚物─────許されるならすぐにでも八つに引き裂いてしまいたい程に醜悪な存在でしかなかった。自分という存在を明確に認識したその瞬間から何故自分はのうのうと生きてしまっているのか、と何度自身に問い掛け続けたか分からない。それがほんの少し変わったのが彼ら三人、アウル、ステラ、スティングと出会ってからだった。
経緯は違えど自分と同類である彼らは、掛け値なしの敬愛を向けてくれる。何より、同類でありながら確定した末路は余りにも悲しい彼らを、ネオはどうしても見放す事ができなかった。同時に、せめて
戦場で彼らの命を散らせないよう立ち回って守り続け、時が許す限界まで彼らに生きていてほしい─────それが自分の最期の役目だと思っていたのだ。
─────そして数か月前、一人のとある男と
生き続けたいと思ってしまった。また会いたいと─────彼の顔を見たい、彼の声を見たい、彼の身体に触れたいと思ってしまった。そんな綺麗な願いを抱く資格などないと分かっていても、そう思う心をどうしても止められなかった。
何と見苦しい事か。未練を断ち切れず、愛される資格などない癖に愛されたいと願ってしまう。こんなにも愚かな女など一思いに死ぬべきなのだ。三人の事も投げ出して、すぐにでも自ら命を投げ出すべきなのだ。
だけど命を断とうとする彼女の手はその度に、脳裏を過る笑顔と声によって止められてしまう。
「苦しいなぁ─────」
口から漏れる呟きは潮風に流され消えていく。会いたくないのに、会いたい─────そういえば二年前にも似たような事があった。
あの時の自分は記憶が消されていて、この胸の中にあった大切な想いを覚えてはいなかった。だけど戦場で再会を果たし、想いは少しずつ呼び戻され、彼は敵だと叫ぶ頭に対して心が反発していた。
あの時も今と似たような苦しみを抱いていた。何度も苦汁を飲まされ、次こそはと意気込む敵意と銃など手離し目と声を交わし合いたいという愛欲と、反発する二種類の感情に苛まれていた彼女は、会いたいのに会いたくないという形容し難い衝動と戦っていた。
そんなネオを、彼は苦しみから掬い上げてくれた。聞きたくないと耳を塞ぐ彼女に諦めず何度も言葉をぶつけ、戻って来いと手を差し伸べてくれた。
「失礼。相席いいですか?」
彼はいつも前触れなく自分の目の前に現れる。初めて会った時は
─────
声に釣られて見上げれば、そこには微笑みを浮かべてこちらを見る青年が立っていた。
流れる風に揺れる金髪は艶やかに。こちらを覗くサファイア色の瞳は輝いて。日の光を弾く白い肌は染みの一つもない。神に祝福を受けたかの如き美貌を持つ青年はネオの前に立ち、真っ直ぐにネオを見ていた。
「…サングラス、似合ってないな」
「うるさい。自覚してるわよ」
不意に青年が口を開く。声に聞き違えようのない揶揄いの色を交えながら言う青年を見上げながらネオが言い返す。
─────すでに確信は持っているらしい。そう悟ったネオは、似合っていないと言われたサングラスを躊躇いなく外して素顔を晒し、青年と見つめ合った。
「久しぶりだな─────
「そうね。…
会いたくないと、会ってはダメだとすら自分に言い聞かせ、それを打ち消さんとする程に強くネオ─────否、フレイ・アルスターが恋焦がれていた相手。
ユウ・ラ・フラガはまたしても突然、彼女の目の前に現れたのだった。
─────ユウとフレイが再会を果たしたのと同じ頃。ザフト保有の、シン達が宿泊した宿舎の付近。建物に面した道路の路肩に一台の車が止まっていた。
黒塗りの車の中に乗っているのは二人。一人は黒いスーツを身に着けた運転手の男。そして後部座席に座るもう一人は、黒い車と運転手の雰囲気とは似つかわしくない少女だった。車内の二人はどちらもヘッドホン型のインカムを着けている。運転手の男はハンドルを両手に握りながら前方を眺め、少女は両腕、足を組んで目を瞑っている。二人共、インカムから流れてくる筈のとある報告を待っているのだ。
『対象を発見』
二人が待ち侘びていた報告が聞こえて来た瞬間、運転手の顔に微かな緊張が奔り、一方の少女はゆっくりと目を開けて前を見据える。
「場所は」
『今データを送信します』
通信相手から返答が聞こえた直後、少女は傍らに置いていたタブレットを手に取って操作を始める。彼女が画面に呼び出したのは、ここディオキアの地図だった。そして地図画面を呼び出して少し経つと、ある地点に赤いポイントが点滅を始めた。
そこは黒海に面した場所だ。何があるのかとズームをして確かめれば、何の変哲もないカフェだ。どうやらターゲットは呑気にお茶でもしているらしい。
『
「あぁ、パターンはΣ。すぐに移動を開始しろ。監視員は分かっているな?決して対象を
こうした会話だけでも、対象の
─────
そう、彼女はデュランダルからの命令を初めから守るつもり等ない。奴はただの裏切り者─────悲願を為すべく掛け替えのない
─────とにかく今はユウ・ラ・フラガだ。忌々しいが奴の能力は本物だ。油断はあったにせよ、グリフィンらを退けた結果がそれを物語っている。兄弟の中で最強の役割を持って生まれた自分でも、気を抜けば吞み込まれてしまうだろう。
だが、
「車を出せ。私達もポイントへ向かうぞ」
先程彼女にインカムを通して命じられた部下と同じく無言で命令に従う運転手。アクセルが踏まれ、ゆっくりと車は発進する。
車窓から太陽に照らされ輝く黒海を見下ろしながら、シュラ・サーペンタイン─────ザフトの中では
今日、また一つ、我らが悲願へ近付く事となる─────その確信を抱きながら。
~朗報~ ユウとフレイ、再会する!尚、不審人物が動いている模様。
という事で、前半はシンとルナマリアのデート開始。そして後半はユウとフレイの再会&アナンヤの正体でした。前半と後半の温度差が凄いのが最早お家芸になりつつある…。
アナンヤ=シュラと思い立っていた方はきっと多くいるとは思いますが、アナンヤの名前に込めたヒントを正確に読み取れた方はいましたかね?少なくとも感想欄にはいらっしゃいませんでした。ヒントの片方を読み取った方はいましたが…という事で解説を─────
アナンヤ→Ananya、インドの女性名で正確にはアナンシャと読みます。Ananyaはパールバティの蔑称であり、パールバティはインド神話に登場する神シヴァの妻です。以上からシュラの愛機、ブラックナイトスコードシヴァに繋がります。
シェーシャの方もインド神話で登場するナーガラージャ、つまり蛇の神。シェーシャ→大蛇→サーペント…といった繋がりです。
以上、アナンヤ=シュラの解説でした。長々と長文失礼いたしました。
次回も頑張ります。ノシ