フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE47 追跡者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃えるように真っ赤な髪を後ろに束ねた少女の正面の椅子を引いて腰を下ろす。記憶の中の彼女にはあったお転婆さは一見には見られず、二年という時を経て大人へと成長しているのだと窺える。

 

「…ずっと死んだとばかり思ってたよ」

 

 二年前のあの時、最後の戦いでクルーゼに撃たれた筈だった─────()()()が俺の目の前にいる。偽物なんかじゃない、確かにフレイがそこにいるのだ。胸の中から込み上げてくる万感の思いが、言葉となって溢れて来る。

 

「また会えて、嬉しい」

 

 色々と聞きたい事はある。だがその前に、まずはその一言に尽きたのだ。生きていてくれて良かった─────また会う事ができて良かった─────素直な想いの言葉にフレイが微笑みながら返す。

 

「私もよ、ユウ。…それは絶対に本当」

 

「…フレイ」

 

 俺と同じ想いを返しながら、どこか含みのある言葉を付け加えるフレイの微笑みに、いつの間にか微かな陰が差していた。それを見て、フレイとの再会でどこか夢のような心地に包まれていた心に冷たく静かな理性が立ち戻る。

 

 生きていた事、再び出会えた事、嬉しく思いつつもその感情に浸る事は今はできないと思い出す。

 

「二年間、どこで何をしていた?…何で、俺達の所に戻って来なかった?」

 

 単刀直入に問い掛ける。フレイが撃たれてから約二年もの間、どこで何をしていたのか─────生きていたのなら、何故オーブへ、俺達の所へ来なかったのか。

 

 俺の問い掛けに、フレイは陰を含んだ微笑みを浮かべたまま黙り込む。

 

「…今、お前は地球軍で何をしてるんだ?」

 

 宇宙でフレイの存在を感じたあの時から、色々な事を考えていた。その中で一つ、俺の中で有力な可能性として挙がったのは二年前と同様、再び記憶操作を受けているのではというものだった。俺達の事を覚えておらず、今いる場所が自らの居場所だと勘違いしているのではないかと。

 

 だがそれは今この瞬間、フレイ自身が否定した。フレイは自らを認識し、俺の事も覚えている─────その上で地球軍に自分の意志で身を置いているという事になる。

 

 それは何故なのか?地球軍に身を置いて、フレイは何を為そうとしているのか?それを聞き、もし可能であるなら俺は協力を惜しむつもりはなかった。仮に自分の意志とは反する形で、強制的に地球軍に縛り付けられているのだとしたら、何より優先してフレイを解放するつもりでもあった。

 

「…知りたい?」

 

 正直、問うた所でフレイは素直に答えてはくれないだろうと思っていた。どうにかして俺を誤魔化して、その場から逃げ出そうとするだろうと─────だがせめて俺が納得する話が聞けるまでは逃がさないと決めていた。その決意の上で、俺はフレイを探し、こうして話をつけに来たのだ。

 

 なのに─────その悲しい顔は何なんだ。そんなに泣きそうな顔をしているのに、涙を流すまいと堪えているのは何故なんだ。フレイをここまで苦しませているものの正体は、一体何なんだ─────?

 

「あぁ」

 

 頷く事に迷いはなかった。俺はその為にここへ来たのだから。

 

 フレイは俺の返答の予想がついていたのだろう、諦めた様に苦笑を零してから口を開く。

 

「ここじゃ話しづらいわ。移動しましょう」

 

「…分かった。外にバイクが置いてある。乗せてくよ」

 

 フレイの言う通り、こんな人の往来が多い場所で話す事ではないかもしれない。席から立ち上がり、フレイが頼んだ分の会計を済ませてから駐車スペースに停めていたバイクへと乗る。予備のヘルメットをフレイへ渡し、俺もヘルメットを装着してシートに跨る。フレイが背後に乗り込むのを待ってからエンジンを吹かした。

 

「しっかり摑まってろよ」

 

「─────うん」

 

 俺からの忠告にやや時間を置いて答えてから、躊躇いがちにフレイが俺の腰に両腕を回す。アクセルを回して発進させ、先程いたカフェからどんどんと離れていく。

 

 それと同時に一斉に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。店でフレイと話している時から、チラチラと向けられる視線には気付いていたし、こちらに気付かれないようにという意図が見え隠れしていて違和感は感じていたが、どうやら尾けられていると考えていいらしい。

 

 下手人はナチュラルか、はたまたコーディネイターか。狙いはフレイか、それとも俺か─────。

 

 信号が赤になり、バイクを止めればすぐ背後に黒塗りの車が止まる。確かに、先程と同様の視線が背後の車から感じられた。

 

「…フレイ、もっとしっかり摑まれ。飛ばすぞ」

 

「え─────?」

 

 急にこんな事を言われても戸惑うのは当然だろう。しかしゆっくりと詳しく話している余裕もない。

 

 一度ハンドルから手を離し、両手で俺の腰に掴まるフレイの腕を引き、彼女との密着度を無理やり上げる。その上で俺の腰に強く巻きつけるようにフレイの腕を回し、同時に両手でハンドルを握ってアクセルをぶん回してバイクを急発進させた。

 

「ちょっ…、なにっ!?何してるの!!?」

 

「ゴメンッ!文句なら後で受ける!」

 

 信号完全無視での急発進だ。同乗者が驚き、文句の声が上がるのも当然。だがそれを気にしている余裕がないのもまた然りだ。

 

「ッ─────」

 

 バックミラー越しに黒塗りの車がこちらを追い掛けて来るのを見る。潜伏しながらの尾行から、なりふり構わない追跡へとシフトしたらしい。

 

 バイクのスピードを更に上げていく。それに遅れず背後の車がついてくる。一体何が目的なのかは知らないが、素直に捕まってやる気はない。フレイの気持ちを無視する形にはなってしまうがやむを得ない。どうにかして撒いて、サッバーフへと戻るしかない。

 

 だが、思わぬチェイスが始まったと同時、えも知れぬ悪寒が膨れ上がる。咄嗟にバックミラーを覗き、背後の車の助手席に乗っていた男の手に拳銃が握られているのを見た。

 

 こんな街中で銃をぶっ放すつもりなのか、それともただのブラフか─────奴らの思惑がどちらにしろ、前者の可能性がある以上、俺がとれる選択は一つ。人が多い街中から一刻も早く離れる事だけだった。

 

 前方に近付いてくる交差点へと速度に乗った状態で突っ込んでいく。右折すべくバイクを傾けようとした時、狙い澄ましたかのように右側から白い車が現れる。瞬間、背筋に粟立つ、自身の意思に反してすっかり慣れ親しんでしまった血筋の警告。それに従って左側へと急旋回─────フレイの高い悲鳴が上がるのに罪悪感を覚えながらも、荒々しいハンドリングで辛うじて一端の危機を逃れる。

 

 二台体制での追跡─────いや、これは…。

 

 車二台による連携から逃れて尚、身体の内側から発せられる嫌な警鐘が止まらない。ヘルメットの中で、こめかみから一筋の汗が流れる。

 

 ()()()()()()()()─────そんな予感は、先程と殆ど同じ形でT字路左側より現れた新たな車によって確信へと変わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウのバイクに乗せられたフレイは、何が起こっているのかさっぱり分からないまま荒々しい運転に翻弄されていた。とにかくユウの腰にガッチリとしがみつき、振り落とされないよう腕に力を込めるしかなかった。

 

 ユウへ全てを打ち明ける覚悟を固めて、どこか静かな、二人きりになれる場所へ行きたかっただけなのに─────しかし次第にパニックから立ち直り、冷静さを取り戻しつつあるフレイの目にも、今自分達が置かれている状況が見え始めていた。

 

 バイクのバックミラー越しに見える車列。法定速度を超えて、尋常ではないスピードで走るバイクから離されずついてくる車の数はミラー越しに見えるだけでも三台。実際は恐らくそれ以上、しかもこれは─────

 

「ねぇ、ユウ!」

 

「分かってる!()()()()()()()ッ!」

 

 フレイが抱いていたのと同じ懸念をユウもまた抱いていたらしい。フレイ達はすでに人が集まる街中から離れ、海沿いの一本道まで来ていた。道中、ユウの交差点やT字路に掛かる時にバイクへ向けて突っ込んでくる車が現れる事があったが、それは恐らくバイクを思惑通りに走らせる為の誘い─────だが気になるのは、自身よりも先にそれに気付いていたであろうユウが誘い通りにバイクを走らせている事だ。

 

 誘いに気付いていながら、逆らわずにバイクを走らせている理由…フレイがそれを理解するのは、この直後の事だった。

 

「っ、ユウ!()()()()()!」

 

「チィッ…!」

 

 ミラーに映った、車の窓から伸びる人の腕と、その手に握られた黒光りした銃をフレイが見つけられたのは偶然だった。視界にそれが映った途端、背筋を奔る悪寒に従いフレイが声を上げ、同時にユウがバイクを傾ける。直後、フレイの視界の端で道路に微かな火花が散った。

 

 敵側は本気らしい。しかもけたたましいバイクのエンジン音があるとはいえ、全く発砲音が聞こえてこなかった─────ご丁寧にサプレッサーまで取り付けているようだ。ここまで用意周到に準備した上での襲撃。仮に街中で銃を撃たれていたら、関係のない民間人まで巻き込んでしまう。それ故に、ユウは自身が誘導されていると悟りながらも、寄り付く人が少ないこの道へと流されていたのだ。

 

 ユウの魂胆を察し、改めてその優しさに触れるフレイだったが感動している暇はない。カーブを曲がる最中、バイクの左側のバックミラーが銃撃を受けて粉々に割れた。

 

「ユウ!貴方、二年間何してたとか聞いてたけど、貴方の方こそどこで何をしてたのよッ!?相当恨まれてるじゃないの!」

 

「俺は良い事をしてるつもりなんだけどな!人の解釈はそれぞれって事だな!」

 

「何よそれ!結局、狙われる心当たりはあるの!?ないの!?」

 

「心当たりならたくさんあるぞ!あり過ぎて、むしろ狙われる理由が分かんなくなるくらいには!」

 

「─────バカッ!最ッ低!」

 

 荒い言葉の応酬をしている間も追跡は止まない。時折放たれる銃撃はすれすれの所を掠めていき、これではいつ背後からの凶弾によって斃れてしまうか分かったものじゃない。

 

 今日はただの休暇であり、そこまで長く外に出ているつもりもなかったし、何よりこんな事態に巻き込まれてしまうなど考えてもいなかった。フレイの手元に反撃の得物はなく、ユウの方も今に至るまで反撃に出る様子も無い為同じく銃の携帯はしていまい。

 

 波の打ち寄せる崖沿いの道へと差し掛かる。追跡は当然まだ止まらない。ユウのパイロットとしての技術が活きているのか、巧みな運転で距離こそ保てているが、振り切るには到底至れていない。─────非常事態(エマージェンシー)を送るべきか、フレイの脳裏に最後の手段をとるべきか考えが過った瞬間、両腕の中でユウの身体が一瞬びくりと震える。

 

 なに─────と疑問に思う矢先、道はまだ直線が続いているにも関わらずバイクが急激に右方へと倒れ込む。ぐらりとバランスが崩れ、視界が揺れる。

 

「グ…ッ!」

 

 直後、苦し気なユウの呻き声が聞こえた。それと同時に視界の中で()が飛び散り、フレイの頬に生暖かい何かが微かに触れる。

 

「ユ─────」

 

 ユウの名を呼ぼうとするフレイの声は、完全にバランスを失いバイクと共に倒れ込んだ事で空白が生まれる。

 

 未だ何が起こったのか掴めないフレイの身体は、ユウによって抱きかかえられる。激しいバイクの横転に遭いながらも、信じられない姿勢制御で難を逃れたユウがフレイをバイクから救出して駆け出したのだ。

 

 ユウの足が向けられた先は崖の突端─────フレイを抱えたまま、速度を緩めずユウは駆けていく。彼が何を仕出かそうとしているのか、腕の中でフレイは察した。

 

「ちょっと、貴方まさか─────」

 

「大丈夫だ!多分()()()()生き残れる!」

 

 ハッキリと言葉に出さない問い掛けだったが、フレイの意図を正確に受け取ったユウが返答する。

 

 あぁ、この男は本気だ─────流石にそれはと再び文句を言おうとしたフレイだったが僅かに遅く、崖の突端を踏み締め、ユウが眼下の大海原へとフレイと共に飛び出した。

 

「き─────キャァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!!?」

 

 人生で最も大きな悲鳴だったのではないだろうか─────と、後にフレイはこの時の事を思い出しながら語った。

 

 一拍おいて、海面が噛みつくようにして体を打つ。全身に水の衝撃を感じながら、フレイは形容し難い感情と共に心の中で叫ぶのだった。

 

 ─────本当にどうしてこんな事になったのよッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崖沿いの道を見下ろせる岩肌の上で、シュラは先程撃った()()()()()()()()()を担ぎながら、崖の突端で海を見下ろす部下達の姿を見つめていた。彼らの背後の道路では、すでに主を失ったバイクが捨てられている。

 

 作戦は順調に進んでいた。想定よりも早く尾行を悟られたが、それも織り込み済み─────こちらが銃を携帯している事を悟らせ、民間人が多い街中から離れる選択をとらせる。そうして人気がない道側へと乗らざるを得ない誘導を掛けていき、シュラが待機しているポイントへと誘い込む。そしてこの道を奴が通り抜ける瞬間にシュラが狙い撃つという手筈だった。それで奴を行動不能にさせて連行する、という偽りの行程を部下には伝えた一方、実際のシュラは人体の急所─────心臓を撃ち抜く心積もりで引き金を引いたのだ。

 

「避けられた…!」

 

 しかし結果、シュラの狙いは外れた。ユウの心臓に狙いを定めて引き金を引くその直前、シュラは確かにスコープ越しにユウと視線を交わした。驚きと共に跳ねるシュラの心臓、しかしそれで狙いを外す程彼女の腕は柔ではなかった。シュラが撃った弾丸が外れたのは、ユウが彼女の殺気を感じ取り、避けてみせたからだ。

 

 バイクを無理やり倒して姿勢を沈ませ、心臓狙いの弾丸を回避する荒業をやってのけた。それでも躱し切れずシュラの弾丸はユウの左肩を掠めたが、あの程度では奴の命は取れまい。こちらの追撃も、崖から飛び降りるという奴の選択によって振り切られてしまった。

 

「…潮時か」

 

 本当ならば追っ手を差し向ける所なのだが、街の方から()()()()()()が近付いてくる。街中であれだけ目立つチェイスをしたのだ、住民の誰かが現地警察に通報をしたのだろう。

 

「撤収だ。今すぐその場から離れろ」

 

 インカムを通じて部下達に命じ、彼らの行動を見届ける事もなくシュラはその場から撤退を始める。

 

 音からしてまだここへ辿り着くには時間がある。乗り捨てられたバイクや、道路に飛び散った奴の血痕と、偽装細工をする時間は充分の筈。それらの作業を部下達に任せ、コーディネイターでも果たして可能か怪しい身軽な動作で岩肌を降りていくと、道路に停めていた一台の車の後部座席へと乗り込む。

 

「出せ」

 

 シュラが命じたと同時、運転手が車を発進させる。サイレンが近付いてくる方とは反対方向へと走り出した車内で、窓から波打つ海を眺めながらシュラは歯を鳴らした。

 

 ─────どこまでも忌々しい奴め…!

 

 油断をしていた訳ではない。その上で奴は、ユウ・ラ・フラガは自身の手から逃れてみせた。殺し損ねたという事実が、シュラの内から抑え切れない強烈な怒気を呼び起こしていた。

 

 だが、なるほど─────話に聞いていただけで実感がなかったシュラの中で、直接相見えた事で確かな危機感を覚える。

 

 奴は、危険だ─────。

 

 正面から相対した訳ではないが、ほんの一瞬視線を交わしただけでシュラの胸には確かに刻まれていた。

 

 ユウ・ラ・フラガという存在が、そしていずれ、彼が自分達の覇道に立ちはだかる明確な敵になり得るだろうという予感が─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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