間が空いてしまって申し訳ない。ついでに今話は恐らく読んだ方に不快な気持ちにさせる話になっています。重ねて申し訳ない。m(_ _)m
「一体どうなってるというんだッ!」
乱暴にデスクを叩きながら発せられた怒りの声が空気を震わせる。部屋の主であるロード・ジブリールは、耳に入って来る戦況の報告に耐え兼ね怒りに身を震わせていた。
人民の感情を煽り開戦させた所までは良かった。しかし蓋を開けてみればこちらの攻撃は全て躱され、地上のあちらこちらで民衆が反旗を翻し、強引に結んだ同盟が綻び始める始末。その上、それらの現状に対して各地政府がろくな対応も打てていないと来た。
それもこれも全て無能共が下手を打ち続けるせいだ。だというのに、それを棚に上げて責任をこちらに転嫁してくるなど言語道断。ギリリッ、と噛み締めた歯を鳴らしながらジブリールはデスクの上の報告書の山を薙ぎ倒した。
「く…ッ!」
どうすればいい、と思考を回す。本来であれば数に物を言わせて戦力を回せばいいと言いたい所だが、ユニウスセブン落下の被害から回復していない現状で、更にあちこちに広がり続ける火種─────巨大な戦力といえども、向ける先が多くなれば分離して薄くなるのは自然な事だ。
ユーラシア西側はあの忌々しい
現在ジブラルタルのザフト基地でスエズ攻略に向けて準備が進行しているというが、その作戦にミネルバが加わるとの報告もあった。ユニウスセブン破砕時の功労、オーブ沖海戦とガルナハンでの勝利によってミネルバの名はますます高まっている。そしてその名が高まるほど連合を捨ててプラントに心を寄せる不心得者が増えていく。
スエズの重要性は勿論だが、それ以上にあの艦を早急かつ完膚なきまでに叩き潰さなければならない。だがそれにはやはり戦力が足りない。ネオにミネルバ追跡の継続を命じたのはいいが、果たしてそれで本当にミネルバを墜とせるのだろうか─────。
絶対不動の女神への信頼が、ここまでの誤算の連続によってジブリールの中で揺らぎ始めた時、彼の手元の受話器が鳴った。また苛立たしいザフト優位の報告が入って来るというのか─────しかし無視する訳にもいかず、乱暴に受話器をとって耳元に当てる。
「なんだ」
語調が荒くなる。次に聞こえて来た声に、ジブリールは苛立ち混じりの表情を驚愕に染めた。
『随分と苛立ってるみたいだね。ジブリール?』
「─────」
スピーカーから聞こえて来たのは勘を逆撫でる甘ったるい男の声。一瞬の驚愕の後、ジブリールは先程以上の怒りが胸中を過る。それを決して外には出さぬよう自身に言い聞かせ、全身全霊で激情を押さえつけながら静かに口を開く。
「とんだ失礼を…、お恥ずかしい限りです」
『別に構わないさ。君の怒りも理解できる。こうも見事に計画が外れてしまえばね』
「っ…!」
比喩も何もなく、直球にお前の計画が杜撰だからこうなった─────と笑い混じりに言うこの男は、以前ネオ・ロアノークを対価にジブリールの計画に対して支援を申し出た若いロゴスのメンバーだった。
ジブリールに対して抱く侮りを隠さず嘲笑を浮かべる男は実に楽し気だ。何がそこまで面白いというのか─────世界が宙の化け物共によっていいようにされつつあるというのに、それを何故こうも笑えるのか。
どこまでも自身の利益しか考えず、それさえ担保できていれば後の事はどうでもいい─────。この男にとっては世界がどうなろうと構いやしないのだ。それこそ世界中に化け物共がのさばるような事になろうとも、自身の身と財が無事でさえあれば。
「それで、どういった御用なのです」
『そう急かさないでくれよ。あぁ…、でも君も失態を取り返すのに必死か。すまない、こちらの配慮が足りなかったようだ』
なるべく手短に話そう、と一見ジブリールの身辺を気にする言葉を吐きながら、その実声の端々に悦を交えて話す男との通話を今すぐにでも切りたい衝動に駆られる。それを何とか耐えながら、ジブリールは次の言葉を待った。
『どうだい?そろそろこちらの支援を受けるつもりにはなってくれたかな?』
「っ…」
男からの申し出にジブリールは息を呑み、すぐに答えを返す事はできなかった。
以前までのジブリールなら即座にその申し出を突っぱねようとしただろう。申し出をした側の面子を潰さぬように言葉を選び、遠回しにでもその必要はないと─────現にジブリールは以前、男からの支援の申し出を一度断っていた。
だが今、ジブリールは咄嗟に心は拒絶を叫んだものの、冷静な頭の中では果たして感情を優先すべきかの思考が成されていた。今の地球連合には戦力が足りない。その中でこの男が軍への支援をしてくれるというのであれば、ある程度問題が解決に向かうのは間違いないのだ。
しかし─────
『勿論、条件は付けさせてもらうよ?』
「…その条件とは、一体何です」
『それは、君が僕の支援を受けると了承をしてくれたら明かすとしようか』
当然この男が無償で施しを行うなどあり得ない。ある意味最も人間らしい人間であるといえよう。対価なき施しは単なる偽善だ─────そういう意味では、対価を貰えるのであれば約束は守るこの男はそこらの愚物と違って信用はできる。
問題は男が望むその条件とやらだった。ジブリールの中でその結論はすでに出ている。ユーラシアの別荘で顔を合わせて語ったあの時と同じ─────ネオ・ロアノークの身柄だ。ジブリールが愛して止まない女神を玩具にしようという腹積もりなのだと容易に想像できる。
認められない、そんな事は断じて!だが男の支援を断れば、手がないまま戦況は更に悪化の途を辿るのも目に見えている。
『フフ─────すまない。少しこれは意地悪だったかな』
どうすれば、と思考をふらつかせるジブリールの意識が引き上げられる。一瞬何を言われたのか分からず、呆けた顔をする自分を見られなかった事を心の底から安堵しつつもジブリールは内心の驚愕を隠せなかった。
『なに、そこまで無理難題を課すつもりはないよ。ただ─────ファントムペインに一人、僕が推薦するパイロットを加えてほしいんだ』
「何ですって?」
男が実際に提示した条件は正直、拍子抜けするほど簡単なものだった。ネオ・ロアノークの身柄を望むものとばかり考えていたジブリールは、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
『勿論、ミネルバ掃討のメンバーにも加えて貰うよ。腕の方は安心してほしい。エース級の力を保持していると保証するさ』
「…」
何かを企んでいるのは間違いない。思いつくものとしては例えば、ネオの誘拐─────だとしても、たった一人でそれを成せるとは到底思えない。何しろファントムペインは勿論、ミネルバ掃討に向かわせる艦隊は全てジブリールの息が掛かった集団だ。その中に別勢力のメンバーが放り込まれれば当然、ジブリールが言わずとも警戒されるに決まっている。
「…加えるのは本当に一人だけなのですね?」
『あぁ』
「であれば構いません。後で推薦状を送ってください。私の方で処理を行いましょう」
たった一人、それもスパイとしてほぼ確定している者の動きを警戒していればいい─────それだけで戦力を大きく補充できるのなら安いものだった。最前線に、ネオの傍に置く羽目になるのが少々心配であるが、自分からも強く命じておけば警戒は更に強まるだろう。ジブリールの天秤は男からの条件を受け入れる方へと傾いた。
『助かるよ。ただ…、それでも戦力は足りないと言わざるを得ないだろうね。一個人の支援じゃ高が知れてる』
「…ご冗談を」
『冗談じゃないさ。ミネルバ一隻ならともかく、ジブラルタルへ向かうとなれば当然護衛艦隊が組まれる。インド洋での失敗を踏まえて、今度は強固なものになると思うよ?』
男の進言には一理あった。まだミネルバに動きはないが、事実ディオキア基地が活発に動いているという報告は上がっている。男の言う通り、ミネルバを護衛する艦隊が組まれているのであれば、報告の辻褄も合うというものだ。
そしてそうなれば、ただ数を揃えても無駄に終わるかもしれないという男の言葉も成り立ってしまう。実際、それを続けた結果、ミネルバを相手に苦渋を飲まされ続けているのだから。
『だから…そろそろ
「
『
ジブリールにとってまさに青天の霹靂だった。何故思いつかなかったのだろう─────過去の苦い思い出が、無意識に意識から外していたとでもいうのだろうか。
『君にとっては思い出したくもない国かもしれないけどね。でも、その力は本物だよ』
「確かに、そうだが…」
オーブ─────二年前、ジブリールに拭おうにも拭いきれない屈辱を刻みつけた国だ。しかし今、かの国は同盟に加わっている。つまり、地球連合に協力する義務があるという事だ。
「だがあのアスハの小娘がそう簡単に戦力供与に頷くとは思えません」
男が言わんとしている事は分かる。だがそれを実現させるには強い根気と長い時間を要するのは目に見えていた。
オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハは前代表であり彼女の父、ウズミ・ナラ・アスハのあの頑固さを引き継いだ厄介な娘だ。同盟入りさせた時と同じく、時間を掛けて説得を試みれば不可能ではないだろうが、その頃には戦争の勝敗が決まっているなんて事すらあり得る。
厄介な国ではあるが、頑なな中立を理念として掲げている以上あちらからこちらの背中を撃つような真似はまずしない。それ処か、同盟に引き入れプラント側との繋がりを遮断できているのは大きい。それ以上は望まず、プラントとの戦争が一段落着くまでは一先ずオーブを放置しておく方向で考えていたジブリールだったのだが、男の方は違ったらしい。
「…?」
手元の端末が音もなくチカチカと点滅を始める。それは何かしらのデータが送られてきた事の合図であり、そしてその送り主が誰なのかを即座に察したジブリールは、一瞬の躊躇いの後にそのデータを開く。
「─────これは…!?」
それは一枚の画像データだった。恐らくはどこかの海中。遠目に撮影したのか、或いは衛星を使ったのかもしれない。そこには小さくとも確かに、海中に身を潜める
『場所は
「…それはいいとして、狙いが分かりません。一体何のつもりだというんだ、
受話器からの声を聞きながらジブリールは改めて画像に目を落とす。地球連合製でありながら軍を離反し、前大戦末期ではオーブの主要戦艦として大戦を止めたという英雄的視線を向けられる不沈艦─────
ジブリールの頭の中で様々な疑問が過るのを、直後に聞こえて来た男の声で遮られる。
『それも気になるけど、今大事なのはこんなものがオーブの外にあるという事実さ。これ、
「…」
こんな奴に同調などしたくはない、というジブリールの紛れもない本音が無後の態度となって現れる。しかし彼の冷静を保つ思考の一部はこちらに与えられた材料を駆使した先の展開を組み立てつつあった。
認めたくはないが、男の言う通りこの画像は使える。アークエンジェルは最早ただの一戦艦ではなくなっている。その名が持つ影響力は、ジブリールであっても計り知れない。そんなものがこちらの知らぬ間に国を出て、まるで隠れるようにして他国へ辿り着き身を潜めている─────これは同盟を無為にする背信行為だ。
男が語ったオーブの戦力供与も、そこを突いて交渉を進めれば叶う可能性は十二分にある。
「何故です。何故ここまで私に肩入れをされるのですか?」
だが分からない。この男は何故、ここまで自分に協力の手を差し伸べるのか。求める対価も大したものではなく、それに見合わない恩恵を与える─────警戒心を露にしながらジブリールが問い掛けてから、少しの空白の後に受話器から大きな笑い声が聞こえて来た。
『おいおい、僕達は君のスポンサーになったんだよ?なら、君を支援するのは当然じゃないか』
「ですがこちらに求める対価と貴方が齎す恩恵は見合っていません」
『見合っているんだよ。僕にとってはそれで充分なのさ。…変に考えを拗らせず、素直に相手の厚意を受け取るのも大事だよ?』
厚意、そんな筈がない。この男がそんな生優しい性根でこちらに手を差し伸べる訳がない。聞こえの良いだけの言葉など耳を傾けてなるものか。
しかし状況が苦しいのもまた事実─────覚悟を決める時だった。
「準備が整い次第、ご一報をください。こちらも受け入れの為の備えがありますので」
選択肢など最初からジブリールには存在しなかった。それを分かった上で向こうは提案という表の格好を装って脅しをかけて来ているのだから質が悪い。その不愉快を呑み込んでジブリールが了承の返答を返すと、受話器越しでもあちら側の機嫌が良くなったのを感じる。
『うんうん、それでいいんだよジブリール。お互い協力し合って、憎き人類の敵を一掃しようじゃないか』
「…」
分かりやすい戯言を無視して、男と話を詰めていく。
こんなにも…こんなにも思い通りにいかない。そんな苛立ちを必死にひた隠しにしながら、とにかく今は目の前ん戦争を勝つ為に、自身のプライドを捨て去り力を尽くすしかなかった。
「さて、と…。とりあえず第一段階はクリアかな」
受話器を置き、身体を大きく伸ばしながら呟く男がいた。短く息を吐き捨てて脱力をした男は、簡素なデスクに手を置きながら天井を見上げる。
「そうだよね、ジブリール。僕からの支援なんて受けたくはないよね。けど─────受け入れざるを得ないよね。だって、このままじゃ
男にとって戦争の勝ち負けなど心底どうでも良かった。だが戦争は嫌いではない。戦争が起きれば男のビジネスは活発になり、懐は大きく潤う。懐が潤えば男の生活は豊かになり、贅を味わい尽くせる─────男にとって戦争とは、金のなる木も同然だった。
しかし自分のような者が他にも大勢いるとも思っていない。男は自分が異常者である事を自覚していた。むしろ自分と比べれば、先程の通話の相手である
自身が勝てば喜び、楽しみ、自身が負ければ怒り、哀しむ─────男に喜怒哀楽がない訳ではないが、あのジブリールの人間らしさを見ていると、そこだけは羨ましく思えてしまう。男が怒り、哀しんだのは果たしていつだっただろうか。戦争で多くの人の命が失われていき、更には自身が所属している組織が敗走続きな状況を見ても何の感情も揺り動かさない男は、正に化け物というべきなのだろう。
「あぁ…、
そんな男にも、抗いがたい快感というものがあった。富、名声、あらゆる自身が欲しいと感じたものを手に入れた瞬間の衝動─────男はそれにとり憑かれていた。そして今、男には
初めはただの興味本位だった。コーディネイターへの憎しみにのみ突き動かされるあのジブリールがご執心だという女。写真越しにその姿を見た時、男は衝動的に欲しい、と感じた。
「やっぱり血には逆らえないのかなぁ?父様とは違うって自負してたんだけど」
こうして頭に思い浮かべるだけで全身の血が滾るような感覚を覚えながら、男は苦笑いを浮かべる。
先代当主、つまり男の父はかなりの女好きで、気に入った者を見つければ強引な手段を行使してでも自身の手元に置きたがるようなそんな人物だった。ブルーコスモスのスポンサーでありながら、相手がコーディネイターでも構わず好みの女であれば抱き捨てるようなそんな最低な父を、男は嫌いとは言わずとも相容れないのだろうとは感じていた。
だが今なら、父の気持ちが少しは分かってしまう。果たして今の男ほど強い衝動を覚えていたかは分からないが、あの時の父は似た思いを抱いていたのかもしれない。
「いや…、正真正銘
すでにこの世にはいない父の姿を思い出していると、不意に父の凄絶な形相が脳裏を過った。
かつて父はある一人のコーディネイターの女を手に入れた。ハッキリと覚えてはいないが、その美しさにまだ幼かったあの頃ですら目を奪われたのを今でも覚えている。
またいつものが始まった、と思っていたのだがあの時の父は少し違った。強く、深く、その女に執着していたのだ。今までとは違い、その女を孕ませた時には自身の子として育てるなんて言い始める始末。あの時の家に異様な緊張感が滲んでいたのを、男はハッキリと覚えていた。
とはいえその女は激しい父の執着に耐え切れなかったのか、娘を産んですぐに亡くなった。更にその娘も数年後行方不明となったのだが、問題はその後だった。父は激しく狼狽し、娘の所在を必死に探し回っていた。それも叶わず娘は見つからず、父は病を患い亡くなる事となるのだが、死の寸前まで気にする事といえば娘の行方ばかりだった。息子であり、自身の後継者である男には目もくれず、父は強く執着した女とその娘に囚われたまま死に絶えたのだ。
─────もし彼女を手に入れられないとなれば、僕も同じようになるかもね。
平静を装える自信がなかった。もしこの手が彼女の元へ届かないとなれば、男はなりふり構わず、何を敵に回してでも彼女を手に入れようとするだろう。
「写真越しで見ただけなのにね…。実際に目にしたら、それだけで達しちゃうかも」
一人笑う男の顔はこれ以上なく下卑た欲望を抱いているとは思えないほど爽やかだった。その様は余りにも異様で、この男の異常性を完全に映し出していた。
「ごめんね、ジブリール。でも…恨むなら、僕に見つかってしまった運の悪さを恨んでね」