シンはパイロットスーツに着替えて懸命に気を整えようとしていた。
─────ディオキアに停泊していたミネルバは次なる任務に備えて待機をしていた。その矢先だった、シンの心を掻き乱す話が耳に舞い込んできたのは。
他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。それがオーブの理念、誇りであった筈なのに、今になって何故。いや、それ以前に自分は何故こんなにも動揺しているのだろう?オーブへの未練なんて、とっくの昔に断ち切った筈なのに。
とにもかくにも、そんな情報が入ってきてザフトがただ指を咥えて見ている筈もない。このミネルバにも命令が下り、マルマラ海の入り口、ダーダネルス海峡へ守備に向かう事になったのだ。
「プラントに来る前はオーブにいたんだっけか。シンは」
「ッ─────」
着替え終え、パイロットロッカーから出ようとしたシンは、背後から声を掛けられ足を止める。ここにはシンだけでなく、同じくパイロットスーツに着替えて出撃に備えようとするハイネがいた。
自身がオーブ出身である事は誰にも話した事はない。が、シンのプロフィールは当然軍の中で管理されているだろうし、上司であるハイネがそれを知っていても不思議はないだろう。口外した事のない自身の故郷を言い当てられた戸惑いを抑えながらシンが返す。
「…別に関係ないでしょう、そんな話は」
「そうとは思えないがな」
触れてほしくない部分に躊躇いなく踏み込んでくるハイネに、思わず苛立ちを覚えたシンは振り返りながら鋭く視線を向ける。だが、視線の先にいたのは断じて揶揄するような気配は感じられない、真剣そのもののハイネの瞳だった。
真っすぐ視線を見返されたシンは、堪らず目を外し、無言でロッカーを出てエレベータへと歩み入る。ハイネがそれを追って、シンの隣に並んだ。
「聞きたくない事なのは分かってるつもりだが、言わせてもらう。…割り切れなきゃ、死ぬぞ」
「…分かってます」
分かっているつもりだ。戦場はそんな甘い場所ではない事くらい─────雑念を振り切れない者から死んでいく場所である事くらい。
それでも尚収まらないシンの動揺を知ってか知らずか、ハイネはもうそれ以上何も言うつもりはないらしい。シンの方を見ず、間近に迫った戦いに向けて集中力を高めている。
割り切れなければ、死ぬ─────冗談じゃない。それもよりによってオーブの手に掛かって死ぬなど、家族への笑い話にもならない。理念を曲げて同盟を結んだオーブ。それが国を焼かれる事を恐れてやむを得ず、という事情があったのは分かる。理念を押し立てて国民を殺す国なんて間違っている。だからこその選択。
割り切る─────国を守る為に同盟、そして派兵という道を選んだオーブ。そうして刃を向けてくるのなら自分もまた、守りたいものを守る為に、かつての祖国と戦おう。
─────違う。自分が戦うのは…、力が欲しいと思ったのは…!
叫び声を挙げる心のどこかに蓋をして、シンは開いたエレベーターのドアをハイネに続いて潜る。
戦いたくないのは仕方がない。だが、戦うしかない。シンは何度も自分に言い聞かせながら、愛機のコックピットへと乗り込むのだった。
ミネルバが海峡へと近づいているのとまた同じく、地球・オーブ連合艦隊もまた問題の海峡が遠く視認できる場所にまで来ていた。J.P.ジョーンズを始めとした地球軍艦隊を先頭にして、オーブ艦隊が続く形で海域を進んでいく。
それぞれの艦は海面を進みながら、各々の武装を開放していく。更には地球軍戦艦のハッチが開かれ、そこからモビルスーツが飛び立っていく。ウィンダム、ダガーL、それらの後にセカンドステージシリーズの三機が姿を現し、更にはまた新たな機影が飛び出す。紫を基調とした機体は、どちらかというとダガーに近い外観をしながら、どことなく他のものとは違う異様な雰囲気を醸し出す。
地球軍機の出撃はすぐさまミネルバの艦橋へと伝わる。
「熱紋確認!一時の方向、数二十!」
バートが告げた時、クルーの間に漂ったのは
「モビルスーツです!地球連合軍ウィンダム、ダガーL!カオス、ガイア、アビスもいますが…、これは─────」
機種を照合し、現れた機体を次々に告げていくバート。オーブ軍と合流したという事だが、前に出てきたのは意外にも地球軍。こういっては何だが、オーブ軍を前線に送り込んでこないのはタリアからして意外であった。可能性としては低くしていたものの、オーブ軍を前に押し出して地球軍側が後方に引っ込み機会を窺う、なんていう事もあり得るとすら考えていた。
そんなタリアの驚きを他所に、先程言葉を詰まらせたバートが驚くべき報告を告げた。
「不明機一!ライブラリにありません!」
「っ…、モビルスーツ全機発進!離水、上昇、取り舵十!」
詳細は一切分からないが、今この戦争が激化している中で投入された新型機─────拭えない嫌な予感に駆られながらタリアは命じる。ただでさえあの三機がいきなり出てくるのだ。戦力の温存などしている場合ではない。
管制に従って初めにインパルスとセイバーが、そして続いてグフと二機のザクが発進していく。
ミネルバから続々とモビルスーツが出撃するのを見て、前方のモビルスーツ群から二機が抜け出て突進してくる。一機は緑色に染まった装甲、最早見慣れてしまったカオス。そしてもう一方は紫色のモビルスーツ─────恐らくは地球軍の新型機。
カオスが猛禽の如くセイバーへと襲い掛かり、紫のモビルスーツもまた従来のものと比べて一回り大きいビームライフルを取り出し飛行するインパルスへと向ける。
紅と緑の軌跡が交錯し、そして銃口から迸る光条を躱したインパルスがサーベルを抜いて突っ込んでいく。
他の地球軍機もまたミネルバへ向かって速度を上げ、ミネルバを守るべくグフとザクが身構える。
こうしてダーダネルス海峡において、激闘の幕が上げられたのだった。
「クソッ、こいつ─────ッ!」
ミネルバから出撃してすぐ、突如見覚えのない紫紺の機体にビームを撃ち込まれたシンは驚きながらもそれを躱す。そのインパルスが備えたビームライフルのものと比べても明らかに威力が増大しているであろうビームを、横目にシンはサーベルを抜いて尚ライフルの銃口をこちらに向ける不明機へと迫る。
不明機はその場で動かないままライフルを一射、二射と続けざまに放つ。威力は凄まじく、掠るだけでも大ダメージは避けられないだろう。意識的に普段よりも機体を大きく振るってビームを回避していくシン。しかしあれだけの威力を誇るのだ、バッテリーの消費もまた凄まじい筈。こんな戦いの序盤に連射を続け、バッテリーを大きく減らすなんて愚行はすまい─────そんなシンの読み通り、紫紺の不明機は接近するインパルスに対してライフルをマウントし、続いて背部のスラスターから伸びる柄を掴んでビームサーベルを抜き放つ。
両者が急速に接近し、ぶつかり合う。互いに打ち込む斬撃は互いのシールドによって防がれ、激しくスパークが散る。位置を入れ替えながら力を押し付け合い、そして同時に弾かれるようにして離れる。
先程の銃撃もそうだが、あのサーベルの出力といい、大気圏内にも関わらず精彩に且つ俊敏に動く運動性能。これほどの機体を地球連合が製造していたなんて─────
「っ、しまった!」
シンが敵の新型機に気を取られ、交戦を行うその足下………海中を一直線に突き進むアビスに気付いた。更に新型機とカオスによって一時迎撃へと動きをとれないインパルス、セイバーを潜り抜けて数機のダガーLがミネルバに迫る。
臍を噛むも遅い。慌ててそちらを追いかけようとするが、ミネルバを守ろうとするシンへ再びあの新型機が襲い掛かる。
─────まずい!
背筋に冷たい感覚が奔った直後、ミネルバから一機のモビルスーツがダガーLの集団へと飛び出していく。ハイネのグフだ。矢のように駆け抜け、ビームソードを抜き放ったグフがダガーLをすれ違いざまに斬り払う。
グフの乱入によってダガーLの意識はミネルバからそちらに移るが、まだ海中のアビスが残っている。しかしそちらも、鼻先に向かって放たれた砲撃によって動きが一瞬止まる。甲板に出たルナマリアとレイのザクが迎撃を始めたのだ。
ルナマリアがオルトロスを撃ち放ち、レイが機体の背面ポッドを開いてミサイルを撒き散らす。インパルスとセイバーが抑え切れなかった空中、海中からミネルバへ取り付こうとするモビルスーツ群を一時撃退していく。
一先ずのミネルバの安全に、安堵の息を漏らす暇などシンにはない。数度交錯を繰り返し、二機は互いにシールドを掲げながら衝突─────直後、シンの視界で影が蠢いた。何かを考える前に咄嗟に機体を引く。先程の砲撃が回避行動をとったインパルスのすれすれの座標を横切っていく。新型機の手にはビームサーベルが握られていた筈だが、いつの間にやらその手にそれは握られておらず、代わりに腰部から潜めて銃口がインパルスへと向けられていた。この至近距離で照準など合わせる必要はない。シールドを使ってシンの視界を制限しつつ、腰だめ撃ちでインパルスを撃ち抜こうとしたのだ。
新型機は咄嗟の回避行動に移ったせいで体勢を崩しかけているインパルスへと再度砲撃を撃ち掛ける。しかしそれを、シンは落下の勢いに逆らわないまま巧みな機体制御で躱し、海面すれすれのところで体勢を入れ替え空中へと飛び上がる。
「っ…!」
難を逃れたシンだったが、海面近くへとやって来てくれた獲物を海中の敵がむざむざ逃がそうとする筈もない。インパルスの足下の海面が割れ、そこからネイビーブルーの機体が姿を現す。アビスだ。
アビスの両肩のシールドが開かれ、色様々の六の熱戦が背後から迫る。機体を傾けビームを搔い潜り、立て直して打ち返した時にはアビスの姿は海中へと隠れてしまった。前回の戦闘から分かってはいた事だが、海上というこの戦場はアビスには余りにも地の利がありすぎる。この戦闘において、最も脅威なのはアビスなのは間違いない。
ではかといって、他の機体がシンにとって脅威になりえないかと言われれば断じてそうではない。周囲のウィンダムが、そして先程から交戦状態に入っている新型機が合わせてインパルスへと砲火を向けてくる。それをインパルスの機動力で振り切るが、シンの目先を下方から熱線が撃ち上げられる。
機体に急制動をかけ、股下から串刺しにされるのは避けられたが、再びシンは不十分な体勢による戦闘を強いられる。
「あいつ─────ッ!」
こめかみに一筋の汗を垂らしながら、シンはモニターを切り替えて海中へと姿を消す機影を睨みつける。最も厄介なアビスはどうやらミネルバではなく、シンに狙いを澄ましたらしい。現在の自身を取り巻く戦況を鑑みればそれは正解である事を自覚しているからこそ、どうしようもなく情けなさと苛立ちが湧いてくる。
足下を含め、四方八方からビームが撃ち掛けられる。シンは必死に機体を駆りながらビームを躱していく。足を止めてはその瞬間に蜂の巣になりかねない。何とかこの包囲網を脱したいが、何よりもその為には足下のアビスが邪魔だった。反撃しようにもアビスは巧みなタイミングで海中へ身を隠してしまう上、周囲のダガーLが、そして新型機の砲撃がそれを妨げる。
「このままじゃ─────」
シンとて何もできないまま嬲られている訳でもなく、ビームライフルで数機のダガーLを持っていっている。が、余りにも多勢に無勢。これまで何度も、絶体絶命と思われた状況を打破し続けたミネルバ隊のエースが徐々に、されど確実に追い詰められていく。
『シンッ!』
悲鳴染みたルナマリアの声が通信を通してコックピット内に響き渡る。彼女の声に答える余裕は今のシンには持ち合わせていない。とにかく撃墜されない事に一杯一杯になっているシンは、また新たな機影が迫っている事になど気付いていなかった。
『シン!
「え?」
背後から狙われたダガーLのビームを右方に躱した直後、今度はハイネの怒声が響き渡った。その警告の意味を図りかねたシンは直後、海面に浮かぶ小さな陸地の上に立つ
「あ─────」
陸地に立っていた
シンの視界に映る全てがスローモーションになる。故に否応なしに分からされてしまう─────回避も防御も、すでに間に合うタイミングではない事に。
余りにも呆気ない幕切れ。まだ何もしていない、何も成し得ていない─────あの日の誓いを守れていないというのに。こんな所で、自分は──────
─────死ぬのか。
「…え」
何もできないまま、ただ死を待つしかなかった筈のシンの目に、突如天空から降り注いだ一条の閃光がガイアのビームライフルを貫いたのが見えた。
思わず戸惑いの声を漏らすシン。誰かが助けてくれたのか?だがビームと思われる光条が降って来た方角には僚機はいなかった筈。一体何が起こったのか分からず戸惑うだけだったシンの耳朶を、何者かの接近を知らせる警告音が打つ。
自動で切り替わったモニターに映るのは装甲を黒と赤に染めたモビルスーツが、先程撃ったと思われるビームライフルをマウントする所だった。それは今度は腰部の鞘からゆっくりと、日本刀のような武器を抜いて一振りする。曇りのない刃は日差しを受けながら輝き、一閃の軌跡に思わず見入ってしまうほどに美しかった。
あれは一体何なんだ。自分を助けてくれた?つまり援軍?だがザフトのどのモビルスーツとも似通わないそれは、むしろ地球軍機の方が共通点があるように見える。いや─────違う。あれは………
「
かつてはオーブにいて、憧れすら抱いていたシンだからこそ気付けた。あの
アストレイと思われる不明機は戦場全てを見下ろす青空から急速に舞い降りる。
─────その直後だった。深紅の機体が黒赤色のアストレイへと突っ込んでいき、二機が激しく衝突する。
それは、
ダーダネルス海峡ではすでに戦闘が始まっており、更には
ミネルバから出撃したモビルスーツは奮戦していたが、その中でインパルスが俺の知らない新型機に加えて地球軍のダガーLに取り囲まれ、更には海中からアビスに、そしていつの間にか陸地に足を下したガイアに狙われていた。
流石にシンに死なれるのはまずい─────回避、防御ともに不可避のタイミングで照準を合わせていたガイアのビームライフルに素早く狙いを定め、辛うじてインパルスを救い出すもこれで地球、オーブ、ザフト、全軍が俺の存在を見止める事となる。
「…どうもこうもないな」
さて、どうするかと考え掛ける思考を払う。すべき事などすでに分かり切った事。戦場を掻き回し、とにかく早く両軍を撤退させる事。
「ッ─────!」
腰部の鞘から
─────
こちらにぶつかって来たのはザフト機、セイバー。防御態勢が間に合い、意識外からの突進に対して何とか吹き飛ばされずに済ます。しかし背筋の震えは未だ収まらず、眼前のセイバーを蹴り入れ無理やり相手との距離を押し離す。それとほぼ同時に、煌めく刃の軌跡がさっきまで俺がいた場所を切り裂いた。
「チィッ─────!」
攻撃が空を切ったと見るや否や、セイバーはこちらに追い縋る。左右に機体を振って攪乱を試みるも、まるでこちらの取る動きを
VPS装甲に加えて対ビームコーティングを施された剣、天羽々斬が裂かれる事なく相手のビームサーベルと切り結ぶ。
アストレイファントムフレームと、セイバーの激しい交戦が始まったのを皮切りに、戦場は目を覚ましたように再び動き出す。我ながら傲慢な考え方とは思うが、手早くこの戦闘を収めるつもりだった。だが、こいつは─────この目の前の相手は。
─────強い…ッ!
二年前に戦ったクルーゼの劫火の様な殺意とはまた違う、鋭く研ぎ澄まされたプレッシャー─────されど決して伝わってくる闘志の強さは劣らない。そして、先程の俺の思考を先読みしたようなあの動きは、まさか…。
「何でこんな所にいる…?」
激しく打ち込まれる斬撃を天羽々斬でいなしていく。相手の先の先を打ち続ける攻撃を、反応速度とフラガの感覚を全力で駆使して凌ぎ続ける。攻撃の鋭さこそ今目の前にいる相手とは比べるべくもないが、どこまでも先読みされて追い込まれていくこの感覚は、以前にも同じものを味わった事がある。
アコード─────それも、宇宙で戦ったあの四人よりももっと強い。だとすれば、思い当たる人物は一人しかいない。
「
世界の中で指折りの実力者であるアコード達、その中でも絶対の強さを誇る最強のパイロット─────シュラ・サーペンタイン。目の前に
思惑は完全に外れてしまった。セイバーに乗っているのがシュラなのだとしたら、手早くなんて言ってはいられない。ほんの少しでも気を抜けばあっという間に命を取られてしまうだろう。しかしこのままでは戦場は更に激しさを極め、戦闘時間はどんどん長引いていってしまう。
─────この血のざわつきが教えてくれる。こうしている間にも、
どうかここに来てはくれるなよ、と─────。
運命編開始から五十話以上かけて、ようやく…ようやくユウ君の初戦闘描写ですおめでとうございます(パフパフ)。なお相手…。
そして地球軍側の新型機のお披露目回でした。詳しい名称やパイロットについては、また次回に。