視点移動が激しい話となっていますのでご注意を。
「何だってんだ、ありゃぁ…」
モニターにはセイバーと、先程インパルスの撃破を邪魔してくれた黒赤色のアストレイがぶつかり合うのが映し出されている。それを忌々しく見つめるのは地球軍の新型機、紫紺のモビルスーツ─────
あれが邪魔さえしてくれなければ、早々にザフト側のエース機を落とす事に成功していたものを。お陰で戦況は立て直され、インパルスも戦線に復帰。グフと共に前線でダガーL、ウィンダムを押し退けている。
とはいえこちらも戦線が崩れているかと聞かれればそうではない。何を考えているのか、セイバーが真っ先にアストレイに襲い掛かってくれたお陰でカオスがフリーとなっている。強いていうならば、海上というステージにおいて最も扱いに困るガイアのビームライフルが失われたのはお笑いものといえるが─────。
「面倒くせぇ事になったなァ…」
ヨセフに与えられた
「まぁ、中々の上玉だったし…。少しくらい貢献しておくのも悪くはありませんかねェ」
年頃は幼いだろうに、堂々として隊を率いる立ち振る舞い。幼くとも確かに、あの隊長殿はヨセフにとって好みの女だった。本命はまた
「おっと…。このままじゃ出遅れちまう」
すでに戦闘は再開され、更に両翼に展開されるオーブ艦隊からモビルスーツ隊が発進していく。それに気付いたザフト側も、オーブ側に対して抗戦を始める。
それに出遅れまいと、ヨセフもまた機体を駆って混沌と化す戦場へと舞い戻るのだった。
黒赤色のアストレイが戦場に乱入後、戦場は更なる混迷を極めつつあった。正面の地球軍、更に交戦中に両翼へと布陣を広げていたオーブ艦隊からの攻撃。アストレイ、そしてオーブの新型量産機であるムラサメの出撃が開始され、敵は一気にシン達を数で圧し潰そうとしていた。
「クソッ…!」
絶体絶命の危機を救われ戦線に復帰したシンであったが、その表情は優れない。更なる多数のモビルスーツに襲われているのもそうだが、アストレイ、ムラサメというオーブ軍機を撃ち抜く度に、シンの胸の軋みが大きくなっていく。
─────何でこんな事になるんだ…。
戦いに向かう為に振り切ろうとした気持ちが、再び沸々と胸の中で湧き上がってくる。銃口から迸ったビームが向かってくるアストレイを貫き、一拍置いて炎が噴き上がった。空中に散る機体の横合いをすり抜けながら、シンは刹那、目を閉じた。
─────何で俺に、こんな事をさせるんだ…!
悲嘆は理不尽ともいえる怒りに置き換わる。どこまでも弱さを振り切れない自分への怒りと、こんな筈じゃなかったのにという憤り。それらが籠ったうめき声を上げながら、シンはムラサメを、アストレイを撃ち抜いていく。
オーブが好きだった─────あの国で生まれ、育ったから─────その理念を愛したから─────そんな事は何の理由にもならない。今目の前にミサイルが、モビルスーツが迫り、自分が戦わなければミネルバが沈む。オーブを去ってからできた、大切な人達が死んでしまう。
戦う理由など、それ以上に果たして必要だろうか?
「─────」
瞬間、シンの中で何かが弾けた。
胸の中であれだけ荒れ狂っていた感情は波を消し、怒りによって狭まった視界がクリアに広がっていく。
迫るミサイルを、モビルスーツを撃ち落としていく。そしてシンは、ロックされた事を知らせる警告音が鳴り響いたのとほぼ同時に機体を翻す。
シンの視界を横切る砲撃。その正体が何なのかを即座に悟りながら、シンは砲撃が放たれた方向へとライフルを向ける。
眼前から接近してくるは紫紺の新型機─────グーラ。黒赤色のアストレイの乱入から立ち直り、再びインパルスへの攻撃を再開したグーラは、再び銃口から砲撃を二条撃ち放つ。
左、右と機体を半身に翻し砲撃を回避しながらシンは一射、二射とビームを撃ち返す。対するグーラもインパルスへと接近する速度を緩めないまま巧みにビームを躱すと、ライフルからビームサーベルへと持ち替え斬りかかってくる。
─────大丈夫だ。さっきとは違う。相手の動きも周囲の動きもよく見える。
極限の集中状態にある今のシンは目の前の相手だけでなく、その周りの状況も見えていた。例えば、この乱戦の状態を利用して海中に潜めてミネルバへ接近していくアビスとか─────。
接近してくるグーラに対し、シンは機体を後退させて距離を保つ。同時にビームライフルを海面へと向けて撃ち放った。光条は海中のアビスに命中こそしなかったものの、アビスはビームを回避する為に制動を掛けざるを得ない。更に速度を緩めたアビスへと、甲板からルナマリアのザクがオルトロスを放つ。それもまた命中はしなかったが、アビスをミネルバから遠ざける事に成功した。
続けてシンは視線を前方へと振る。アビスへ牽制射撃を入れている間に眼前へと迫ったグーラへとシールドを翳し、振り下ろされる斬撃を受け止める。
「セイバーは…っ」
力を入れて押し込もうとしてくるグーラに対抗しながら、シンは甲板上の二機のザク、上空のグフが健在である事を確認し、そして残るセイバーの状態を確認すべくモニターを切り替えて、そこに映し出された映像を見て思わず息を呑んだ。
セイバーは変わらず黒赤色のアストレイと交戦を続けていた。凄まじい速度で交錯を続ける二機の軌跡は、まるでそこに他の何者の立ち入る事を許さないと語るように。
その時シンは、今の自分では決して立ち入れない絶対の強者同士の交わりを垣間見たのだった。
地球連合軍艦隊旗艦、J.P.ジョーンズの艦橋にもその映像は届けられていた。
突如姿を現した黒赤色のアストレイ─────そしてザフト側の紅色のモビルスーツ、セイバーの凄絶なぶつかり合いは、本来戦場全体を見渡すべき彼らをも圧倒する。
「何なんだ、こいつは…」
席に座するネオの傍らで呆然と呟く艦長の視線は、頭上のモニターに向けられている。そしてネオの視線もまたそちらに向けられていた。
黒赤色のアストレイ乱入後、徐々に幅を利かしていたオーブ艦隊へモビルスーツの出撃を要請。正面は地球軍が、両翼からはオーブ軍がミネルバを包囲する形で、この二陣営による戦いは一見地球軍側が優位に進めているように思える。
だがその実態は、ガイアは乱入者によって遠距離武装を奪われたが為に帰艦を余儀なくされる。遊泳能力、飛行能力共に持たないガイアでは、ビームライフルがなければ最早何も持たぬ案山子に等しい。フィールドが悪く殆ど特性を発揮できないとはいえ、貴重な戦力をただ的にされるくらいならば戻してしまった方がいい。ネオは渋るステラを諫めて撤退させた。
そして海という戦場で最も地の利を得ているアビスは上空のインパルス、ミネルバ甲板上の二機のザクによってその動きを制限されている。対空防御と並行してアビスを迎撃しているザクもそうだが、驚くべきはインパルスだ。戦闘開始当初は精彩を欠いていた動きが突如変貌し、グーラを相手取りながら海中のアビスの動きにも注意を向けている。
ネオの下に寄越された追加人員、ヨセフ・ベリアルの腕は決して生半可なものではない。エース級は勿論、セカンドステージシリーズを操るステラ達三人ですら、一対一で戦えば果たして勝てるかどうか。そんな相手を前にしてザフトのエース機は、他所に目を向ける余裕すら持っている。
対峙するヨセフにとっては堪ったものではない。さぞパイロットとしてプライドを刺激されている事だろう。冷静さを欠き、動きが鈍らなければ良いのだが─────あの
それ以上にネオにとって気になるのはあの黒赤色のアストレイだ。あれは、あれに乗っているのは─────きっと。
「
桜色の唇から漏れた微かな声は、艦橋にいる誰にも。傍らにいる艦長の耳にすら届かない。どうしてここに、一体何をしに来たのか、様々な疑問が浮かんでくるが─────
「っ─────」
セイバーの強烈な打ち込みにアストレイの体勢が崩される。続く追撃をアストレイは凄まじい反応で逸らしてみせるが─────ネオに…いや、フレイにとって信じられない光景が目の前に広がっている。
フレイにとってあのアストレイに乗っている、ユウは一言で表せば、最強─────モビルスーツ戦という点において彼に並ぶ者などいないとすら思わせる強さを、彼女は傍で見続けてきた。その固まりかけていた彼女の価値観が崩されようとしている。
─────最強に並ぶ者が、彼女の目の前にいる。
「何者なの…?」
体勢を立て直して反撃に出ようとするアストレイから、MA形態へと変形して急速に距離をとるセイバー。身軽に周囲を飛び回り、ビームを浴びせかけて雲に紛れるセイバーをアストレイは無暗に追おうとはしない。
視界を雲に遮られて両者は互いの姿が見えなくなっている筈。だというのに、互いの居場所が分かっているかのように、アストレイはビームライフルを撃ち放ち、そして雲を貫き浴びせられるビームを躱す。MS形態へと変形したセイバーが雲の中から再び現れ、そしてそう来る事を分かっていたかのようにアストレイが迎撃する。
地球軍としての立場からすれば、この二機が争い膠着している状態は僥倖といえるだろう。単純にミネルバから厄介な戦力の一つが抜けてくれるのだから、助かる事この上ない。が、フレイ・アルスターとしては別だ。気を揉んで仕方がない。ポーカーフェイスを保つ努力はしているが、実際のところ果たしてどうなのか…今日ほどこの仮面に感謝した日はないかもしれない。
ユウが負ける筈などないと信じてはいる。しかし物事に絶対などないという事を、一度全てに絶望した事のある彼女はすでに知っている。
自身が一度選んだ道を引き返さない─────ネオの矜持を違えないが為に、彼女は歯を食いしばって耐えるのだ。
今すぐにでもここから飛び出して、愛する男を助けに行きたいという衝動を必死に押さえつけるのだった。
自身の体調は勿論、機体の調子も不備などない。相手の
通常のコーディネイターとは一線を画す性能と、何より意識を向けた対象の思考を読む能力─────それらを持って生まれたアコードの中でも、戦闘という点において最強と称されるシュラですら攻めあぐねているこの状況。
─────これが、ユウ・ラ・フラガか…。
シュラがプラントにいる間にも、仲間との情報共有は密に行っていた。いずれ世界を収めるアコードにとって、最も高い障害になり得ると注意を向けるユウ・ラ・フラガについてもまた、彼女は耳にしていた。シュラの姉弟達によって構成されたフォーマンセルを、僚機もいたとはいえ退けたというのには耳を疑ったが、それもまた彼女の中から油断という雑念を消す要素となった。
そう、今のシュラに相手はただのナチュラル等という油断など毛頭ない筈なのだ。突如現れた機体が、仲間から送られた情報と一致すると悟ってから強襲に至るまでの数秒間に、シュラの意識はユウ・ラ・フラガという強敵へ向けられた。その上でまだ、シュラの目の前で敵は生きている。
─────これ程かッ!?
信じられないが、ユウはシュラの先読みによる攻撃に
敵機と交錯し、振り返って銃器を撃ち放つ。同じように反撃の一射を放ってきたアストレイと高速で旋回しながらビームを撃ち合う。撃ち合いながら背部に接続された二門のビーム砲を展開し、両脇からアムフォルタスを二門同時に斉射。連続でビームを撃ちかけてきたアストレイは一度回避に動きを取り、それを見てシュラは動き出す。
アストレイがどう動き、どう反撃に転じようとしているか─────それを読み取ったシュラは左に舵を切る。アストレイの背後から再びアムフォルタスを撃ち下ろしてから、両肩アーマーから二丁のビームサーベルを抜き放つ。シュラが放ったプラズマ砲を躱し、動きが鈍ったアストレイへと斬りかかる。
通常であればこれで敵を切り裂いて済む頃合いなのだ。しかしその算段はすでに何度も覆され、そして今この瞬間にもまた、シュラは相手の意識がこちらに反応したのを感じ取る。
「また…ッ!」
斬撃がシールドに受け止められる。こうしてシュラの決めの一撃を受け止められるのは果たして何度目か─────強い事は分かっていた。そう簡単に仕留めさせてくれないだろうと覚悟もしていた。しかし最強の戦士としての役目を担うという強い自負が、今の均衡によって揺れ動く。
「いい加減に─────」
シュラの猛攻を凌いだアストレイが距離をとる。そうして体勢を整え反撃の機会を再び窺うのだろうが、そろそろこの拮抗にも我慢の限界だった。
「墜ちろ─────ッ!」
そちらが逃げの体勢をとるのなら、徹底的に攻め立てる。相手の反応が間に合わない程の攻撃を繰り出し、殺してやる。
あってはならない、あり得てはならない拮抗に呑まれそうになる心を怒りで奮い立ててシュラはアストレイへと斬りかかる。
更に激しく、更に鋭く、その斬撃はアストレイを追い詰めていく─────。
セイバーの猛攻を凌ぎ続ける。時折反撃を試みるが、それも容易く躱されてしまう。とにかく厄介なのが、敵の思考を読み取るというアコード特有の能力だ。攻めにも当然有効な能力だが、それよりも防御或いは回避にこそ真価を発揮する能力だとユウは考えていた。相手の攻撃を必死で躱す事ができても、反撃の一手を読み取られてしまってはどうにもならない。
ユウがダーダネルスの戦場に介入してから今この瞬間まで、強襲を仕掛けてきたセイバーとの交戦は拮抗したまま続いている。しかしその拮抗は薄氷の上で保たれているもの─────ほんの少しでもずれが起これば、あっという間にユウは敵の猛攻に吞み込まれるだろう。
「っ─────!」
そんなプレッシャーに負われながらもユウは歯を食い縛りながら耐え続ける。モビルスーツ戦でここまでの劣勢に追い込まれたのはいつ以来だろう。二年前─────まだスピリットに乗り始めた頃に戦った、対クルーゼ戦まで遡らなければ記憶にない。
モビルスーツに乗り始めて戦闘経験が浅かったあの時から、ユウなりに自分は強くなったと自負していた。ヤキン・ドゥーエ攻防戦でクルーゼを討ち、そしてアコードの部隊を退けて、果たして驕っていたのかもしれない。
─────例え誰が相手だとしても、自分が負ける事はないのではないか。少なくとも一対一でなら、右に出る者などいないのではないか。
それが例え、原作にて最強のパイロットであるシュラ・サーペンタインが相手だったとしても。
死力を尽くしている。とっくに集中状態であるSEEDも解放している。それでも尚、ユウはシュラを相手に防戦一方の状態となっていた。
「く…っそ!」
セイバーが放った砲撃が、ファントムフレームの装甲を掠める。思考の先読みによる攻撃に対し、徐々にユウの反応が追いつかなくなっていく。ほんの少しずつでも確実に、ユウの背筋に死の気配が忍び寄っていた。
斬撃の打ち込みをいなして距離をとる。ビームを撃ち合い、交錯し、先回りしてくるセイバーの斬撃をシールドで受け止める。反撃しようとするが、こちらの次の一手を読まれている状態では、劣勢を打開するべくとった一手も容易く躱されてしまう。
相手の攻め込みは効果的にユウを追い詰め、対するユウの攻めは相手に対して効力を成さない─────そんな状態が続けばどうなるかなど、想像に難くない。一見全くの互角に展開されていたファントムとセイバーの交戦は、今では攻め込むセイバーと凌ぐファントムという、明らかにどちらが優勢なのか一目瞭然のものへと変貌していた。
─────もっと…、もっと集中しろ…!
その状況下でも、ユウは一片たりとも諦めてなどいなかった。今この瞬間にも極限の集中状態でいながら、更なる集中を自身に課し続ける。
敵の一挙手一投足を見逃さない。そうして相手の動きの先を読もうとする。それは特別な能力を持つアコードと同じ領域であり、ユウが立ち入る事は許されない領域。だがユウはその場所に踏み入れようとしていた。何故なら─────
─────
記憶の底から感覚を必死に手繰り寄せる。その正体は、前大戦の最後の戦い─────クルーゼとの戦いで味わった感覚。
敵の動きの先が見えた。軌跡の向きが読めた。自分の中で
攻め込もうとするセイバーに対し身構えるアストレイ。両者が再び交錯しようとした、その時だった。
突如、どこからかセイバーへ向けて撃ち込まれる光条。それを躱すセイバーを見ながら、ユウは眼前の相手にのみ向けられていた意識を周囲に散らし、同時に気付く。─────
「─────
それは哀れな人間の争いを諫める天使の如く─────姿を現した白亜の巨艦が、ゆっくりと舞い降りる。
「フリーダム…、それに」
そして、艦の傍らには二機のモビルスーツが浮遊していた。一機は蒼翼を広げたモビルスーツフリーダム。もう一機は─────
「ゼノス、だと…?」
驚きに見開かれたユウの目に映るのは、かつての愛機─────ゼノスだった。