フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE20 一抹の不安

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「はい。身体のどこにも怪我はありませんし、激しい戦闘による疲労が出たのだと思います。すぐに目を覚ましますよ」

 

「…それならいいんだが」

 

 ベッドの上で穏やかに寝息を立てるユウを見ながら、軍医からの返答に安堵の息を吐くキラとムウ。

 

 アークエンジェルが航海を始めてから現在に至るまでで、最も激しく過酷といえる戦闘を乗り越えたムウ達は、無事に艦へと戻って来た。

 ただ一人、意識を失ったユウだけは、本当に無事なのかとクルー達から大いに心配を受けたが。

 

 ユウが気を失った後、ストライクがスピリットを抱え、何とかアークエンジェルへと着艦。

 続けて着艦したムウと一緒にすぐさま機体を飛び降りたキラは、二人でスピリットのコックピットハッチを開ける。

 その中で、青白い顔で瞼を閉じたままのユウを発見した。

 

 予めムウが指示を出していたお陰で、医務室への搬送はこれ以上なくスムーズに行われた。

 

 そして現在、軍医の診察を終え、ユウはベッドの上で寝息を立てている。

 

 先程軍医が言った通り、特に身体に怪我も異常もなし。

 ユウが意識を失った原因は、先の戦闘での疲労が限界を超えたからだろうというのが軍医の見立てだった。

 すぐに目を覚ます筈だというお墨付きも貰い、ようやくムウも安心を得たという所だった。

 

「…ホント、スピリットの損傷具合を見た時は心臓が止まるかと思ったぜ」

 

 ムウの言葉に、キラも心底同意だった。

 

 あの戦闘でムウのメビウスはリニアガンとガンバレル一基を失う損傷を負い、キラのストライクも目立った損傷こそないものの、バッテリーが危険域にまで至っていた。

 そんな中、相手の隊長機と交戦していたスピリットは中破─────危うく大破にまで至る程の損傷を負った。

 

 一体どんな戦いが行われたのか、今頃マリュー達が戦闘データの確認を行っている頃だろう。

 左腕を失い、更にその箇所から何かに貫かれたと思われる痕跡、スピリットのメインカメラは胴体と辛うじて繋がっている状態だった。

 そこまでの損傷を負ったのだ、当然バッテリーは吹っ飛んでいた。機体の状態を見た時、マードック達整備班が悲鳴を上げるのも当然といえるだろう。

 

「ユウ…」

 

 ベッドの上のユウの寝顔は穏やかだ。

 コックピットで見つけた時は、本当に大丈夫なのかと心配になる程青白かった顔色も、今は生気を取り戻している。

 

「どうして…、こんなになるまで…」

 

 軍医の見立てを疑っている訳じゃない。

 それでも、キラは不思議で仕方がなかった。

 ユウがこんな風になるまで追い込まれ、スピリットがあそこまでボロボロになるまでの激しい戦闘。

 

 一体、自分が戦っている時、ユウの身に一体何が起きていたというのか─────。

 

「フラガ大尉。…キラさんもいたのね」

 

 その時、医務室の扉が開く。

 

 その音に反応し、真っ先に軍医が立ち上がり敬礼の姿勢をとる。

 

 医務室へと入って来た人物、マリューは軍医へ軽く手を上げて敬礼を解く様に無言で命を送る。

 そして、彼女はキラとムウの二人へ一度視線を向けてから、ベッドで眠るユウへと視線を移す。

 

「ユウ君の容態はどう?」

 

「医者の見立てじゃ、ただの疲労だと。目を覚ますのもそう時間は掛からない筈だってさ」

 

「そう…。良かったわ」

 

 ムウからの返答を受けたマリューが安堵の笑みを溢す。

 

「で?そっちはどうだったんだ。スピリットの状態とか、ユウの戦闘データとか見てたんだろ?」

 

「…そうね。その話もしたいと思っていた所でした」

 

 医務室に僅かに流れた沈黙をムウが破る。

 ムウからの問い掛けに、マリューは浮かべていた笑みを収めると、軍服のポケットの中をまさぐり始める。

 

「これはスピリットから抽出した映像データよ。…正直、私はこれに関して、何と言えばいいのか分からないのだけれど」

 

 まるで頭痛を堪えるように眉間を押さえるマリューの姿に、キラもムウも首を傾げる。

 そんなマリューが二人に差し出したのは、映像端末だった。

 

 これを見ろ、と言っているのだろうか。

 ムウがその端末を受け取り、キラの方へと近寄ると、端末の電源を入れて映像を呼び出す。

 

 そこからは、キラもムウも言葉を失うしかなかった。

 

 映し出される、前回のシグーとの戦闘。

 時折ぶれる映像は、スピリットのメインカメラに収められたもの。

 つまり、ユウの視界そのものだ。

 

 何度も移り変わり、反転する映像は目が回りそうになるほど。

 

 スピリットもシグーも、機体の損傷など気にも留めず、ただただ目の前の敵を殺す為に全てを振り絞る殺し合い。

 

 その苛烈さは、キラが見て来た普段のユウからはあまりに掛け離れていた。

 心の内が温かな普段とは真逆の、冷たく鋭い殺意と共に、映像の中のユウは敵へ刃をぶつける。

 

 やがて、どちらかの死で終息に向かうかに思われた殺し合いは、脈絡もなく終わりを告げた。

 

「…出鱈目だな」

 

 映像が終わり、沈黙が流れる中で最初に口を開いたのはムウだった。

 

 ユウがスピリットに搭乗した当初からムウにとっては驚きの連続であったが、この映像を見せられた今、ユウに対して驚きを通り越して呆れさえ湧いてくる。

 スピリットが完成した時点で技術班が下した()()()()を考えれば、正にムウの言葉通り出鱈目という表現しか出てこない。

 

「これが、スピリットから抽出できたデータです。それで、スピリットの状態に関してだけど─────」

 

 キラとムウに見せていた映像端末をしまってから、マリューは続けて現在のスピリットの状況について説明を始める。

 

「単刀直入に言えば、スピリットはもう出撃出来ない…かもしれないわ」

 

「…え?」

 

 重苦しい口調で語られたマリューの言葉に、キラは呆然と声を漏らした。

 

 ─────出撃、出来ない…?でも…。

 

「えっと…、中破、なんですよね?修理出来ないんですか?」

 

「そうね。()()()()()()()()()()()()()、修理は可能だわ」

 

「…?」

 

 スピリットの状態はかなり酷いものだが、それでも大破に限りなく近い中破、というのが技術班の判断だった。

 その理由としては、材料さえあれば修復が可能な状態であると、技術班が判断したからだ。

 

 そう、マリューの言う通り、パーツさえあれば。

 

「嬢ちゃん。スピリットはな、本来戦闘に使う予定はなかったんだよ。ヘリオポリスがザフトに襲われず、予定通りに搬出が行われていた場合、その後は月基地で機体のデータを抽出だけして保管するつもりだったんだ」

 

「え…え?どうしてなんですか?」

 

「スピリットはナチュラルでは操縦できない。そう判断されたからよ」

 

 明かされるスピリットの秘密。

 

 G計画によって、ストライク達五機と共に生み出されたスピリット。

 超短期決戦をコンセプトに生まれたこの機体だが、完成した後に技術班が下した結論は、マリューの言った通り、()()()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 

 故に、軍上層部はスピリットのデータを抽出後に保管する事を決める。

 そのままスピリットはしばらくの間、日の目を見る事はない筈だった。

 これはマリュー達が知る由もない事だが、少なくともその性能を遺憾なく発揮できるパイロットが()()()()()()()

 

「戦闘に出ないなら壊れる事もない。壊れる事もないなら、予備パーツも急いで作る必要はない」

 

「それじゃあ…スピリットが直せないのは…」

 

「失った左腕は、ストライクの予備パーツを流用すれば修理は可能だわ。メインカメラの方も、カメラ本体に損傷はないからそのまま使える。でも…スラスターは駄目ね」

 

 シグーに重斬刀を突き立てられたあの時、損傷はスラスターにまで至っていた。

 技術班曰く、交換が必要だとの事だが、交換できるパーツがない。

 

 つまり─────スピリットはもう二度と、戦場へ飛び立てない事を意味していた。

 

「…そんな事になってたんだ」

 

「「「っ!」」」

 

 その時、話していた三人のもの以外の声がした。

 声は、キラのすぐ傍から聞こえてきたもので─────キラが振り向いた先では、先程まで眠っていた筈のユウが目を開けていた。

 

「ユウ!」

 

「…どのくらい寝てた?」

 

 のそりと起き上がりながら、キラを見上げて問い掛けるユウ。

 

「まだ戦闘が終わってから二時間くらいだ。もう少し休んでていいんだぞ」

 

「そんなゆっくりしてる暇はないでしょ。いつザフトの追撃があってもおかしくないんだし」

 

「いや、流石にそれは…」

 

 休んでていい─────ムウとしては、言外に休んだ方が良いと言ったつもりだった。

 しかしユウはそれを断り、布団をどけてベッドから立ち上がる。

 

「ユウ…?」

 

「どうした?」

 

「…大丈夫、なの?」

 

「あぁ。痛い所がある訳じゃないし、何ともないよ」

 

 立ち上がったユウに呼び掛けるキラ。

 そんなキラにユウは小さく笑みを浮かべながら振り向いて─────その笑顔を前にして、キラは本来聞きたかった事を口に出す事が出来なかった。

 

 キラの問い掛けにユウは笑って答える。

 だが、体を起こしたばかりの時のユウの顔は、何かに後悔をしている様に見えた。

 

 後悔…何に?

 

 ()()()()()()()()()()

 

「─────」

 

 そう考えた時、キラの背筋にぞくりと怖気が奔る。

 自分でも何故そんな風に思ったのかは分からない。

 

 しかし、ユウの顔を見た時、マリューに見せて貰った映像を何故か思い出した。

 死をも恐れず、ただ相手の命を奪わんとしている様に見えたユウの戦いぶり。

 それでも結局、ユウは相手を討つ事が出来なかった。

 

 もしかしたら、ユウはそれを後悔しているのかもしれない。

 

「…なぁ、キラ。さっきからどうした?」

 

「え…?なにが?」

 

「なにがって…手」

 

「え?…あ」

 

 言いながら下の方へと移されたユウの視線をキラも追う。

 

 そこには握り合っているキラとユウの手。

 どうしてこんな事になっているのか─────戸惑っているユウの顔を見れば、考えるまでもない。

 ユウのあの表情について考え込んでいる間に、無意識にユウの手を握ってしまっていたのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()─────。

 

「あぁー艦長。俺達ちょっとお邪魔みたいだし、お暇しようか」

 

「そうね。二人とは色々と話したい事があったのだけれど、後にしましょう。バジルール少尉にも、二人を少し休ませてからにすると伝えておくわ」

 

「ま、待ってください!この状況で置いてかないで!?」

 

 先程までの神妙な顔はどこへやら、握り合う二人の手をニヤニヤと見つめながらムウとマリューが二人を揶揄い始める。

 それに過剰な反応を示すキラ。

 慌ててユウから手を離し、顔を真っ赤にしながらムウとマリューへ喰い下がる。

 

「「えー」」

 

「なんでそんなに息ピッタリなんですか!?」

 

「…ぶふぉっ」

 

「ちょっ…!ユウも笑うなぁ!」

 

 構図が完全に一対三─────いや、このやり取りを微笑ましそうに眺めている軍医も加えれば一対四である。

 

 先の戦闘ではデュエル、バスター、ブリッツを相手に大立ち回りを見せたキラだったが、今回の戦いでは惨敗だった事は言うまでもないだろう。

 

 医務室を出た時、キラとそれ以外の三人(特にムウとマリュー)はまるで対照的な表情をしていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、また…。お会いできる日を楽しみにしておりますわ」

 

 微笑み、一礼してからラクスは彼女を迎えに来たラコーニ隊へと引き渡される。

 彼女が乗ったシャトルはヴェサリウスから、ラコーニ隊の旗艦へと送られていく。

 

「…」

 

 ラクスが無事にラコーニ隊の元へ着いた事を確認してから、彼女を見送りに来た兵士達は解散し、それぞれの仕事へと戻っていく。

 クルーゼもまた、その一人だった。

 

「アスラン、ミゲル。短い間だろうが、しっかりと体を休めておくように。これから我々は、また足つきを追う」

 

「「はっ」」

 

 先程まで婚約者であるラクスと別れの言葉を交わしていたアスランと、そんな彼らを微笑ましそうに眺めていたミゲルに言葉を掛けてから、クルーゼは一人艦長室へ。

 

『何と戦わねばならないのか─────戦争は難しいですわね』

 

 シャトルに乗る直前、ラクスが最後に口にした言葉である。

 

 戦争─────今、この世界では地球連合軍とザフトとの間で戦争が行われている。

 一見、ナチュラルとコーディネイターによる戦争と多くの人達の間で思われがちだが、実のところは違う。

 

 地球連合軍にはあまり知られてはいないが、コーディネイターが少なくはあるが所属している。

 ザフトにも、たった一人ではあるがナチュラルが所属している。

 

 そして何より、地球には未だに多くのコーディネイターが住んでいる。

 

 プラント側は地球のコーディネイター達へ、プラントへの移住を何度も呼び掛けている。

 だが、その効果は薄いと言えるだろう。それは何故か。

 

 エイプリルフールクライシス─────血のバレンタインの報復として地球へNジャマーを撃ち込んだあの事件が未だに尾を引いている事に気付いている者は一体どれだけいるだろう。

 あの事件によって失われた、多くの命。その中に、多くのコーディネイターの命もあった事に気付いている者はどれだけいるだろう。

 

 一体誰が、自分達へ刃を向けた者達が居る場所に住もうと思うものか。

 それでもナチュラルによる迫害に耐え兼ね、プラントへ移住を決めたコーディネイターもいるにはいるが、それは圧倒的に少数派だ。

 

 哀れな話だ。

 プラント最高評議会のメンバーの中にも、地球にいるコーディネイター達の感情が理解しきれていない者は多くいる。

 例えば─────筆頭として挙げられるのが、国防委員長であるパトリック・ザラ。

 他にも過激派の中心メンバーとして知られるエザリア・ジュールなど、彼らは自身が犯した罪によって、彼らが言う同胞の命を奪った事に気付こうともしない。

 

 哀れなのはプラント側に限った話ではない。

 たかだか能力の違い程度で同じ人間である隣人を恐れ、妬み、挙句銃を向ける。

 

 撃たれれば撃ち返し、撃ち返されたらまた撃ち返す。

 その繰り返しだ。

 

 ─────その果てに待つ未来など、一つしかない。私が手を加えなくとも、どの道世界は滅ぶ。遅いか早いか、それだけの話だ。

 

 クルーゼはそう考えていた。

 世界に満ちる憎しみは消えない。消す事など出来はしない。

 

 なのに─────クルーゼは見てしまった。感じてしまった。

 

 ユウ・ラ・フラガと、ラクス・クラインの間で行われた、あの温かなやり取りを─────。

 

「っ…!」

 

 心の奥底から湧きかけた、あの温かな感情を、クルーゼは激しく頭を振って無理やり振り払う。

 

 何を流されそうになっているのだろう。

 確かにあの感覚には驚かされた。

 この世界で、こんなにも温かな気持ちを持つ人間がいるのか、と驚かされもした。

 

 だが、たった二人だ。

 たかが二人で何が出来る。

 この憎しみの連鎖を、たった二人で止める事など出来る筈がない。

 

 クルーゼはデスクに着く。

 引き出しを開き、中から透明なケースを取り出し、中から一粒のカプセルを口へと入れて飲み込む。

 

 この一連の動作をしながら、クルーゼは自身のコンピュータを立ち上げる。

 ざわつく自身の心を落ち着かせながら、慣れた手つきでコンソールを叩き、やがて画面には英文の羅列がずらりと並んでいく。

 

 初めて、地球連合のメインコンピュータにハッキングを掛けたのはいつだっただろうか。

 あの時は賭けにも等しく、危うくこちらの存在がバレそうにもなったが、今ではもう慣れたものだ。

 こうしてハッキングをするのが、ある意味クルーゼにとっての暇つぶしにすらなっている。

 

「…ほぉ?」

 

 ふと、目に映った写真とその名前を目にしたクルーゼの動きが止まる。

 

 画面に映し出されているのは、ユーラシア連邦所属の兵士の情報だ。

 このページを開いたのはクルーゼのただの気紛れだったのだが─────気まぐれで開いたページで、まさか()()()を見る事になるとは。

 

「…面白い。折角だ、君にも協力してもらうとしよう。私が準備する報奨も、君のお眼鏡に叶うだろう」

 

 クルーゼは少しの間、その兵士の情報を目に通した後、すぐにハッキングを解いてページを閉じる。

 

 そして、再び素早くコンソールを叩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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