地球連合軍第八機動艦隊─────デュエイン・ハルバートン准将が率いる艦隊であり、現在、幾度の激戦を潜り抜け、ようやく合流まで辿り着いた味方艦隊の名である。
大小の艦を通り過ぎ、やがてアークエンジェルはゆっくりと、艦隊の中でも特に巨大な戦艦の横へと着く。
アガメムノン級戦艦、第八艦隊の旗艦であるメネラオス。
アークエンジェルはメネラオスの隣にて、足を止めたのだった。
「しかし、いいんですかね?メネラオスの横っ面になんかつけて」
ここまでアークエンジェルを懸命に操舵し続けたノイマンが、冗談混じりに懸念を口にした。
「ハルバートン提督が艦をよくご覧になりたいんでしょう。自らこちらへおいでになるという事だし」
その懸念に笑顔を以て答えたのはマリューだった。
普通ならば、こちら側が呼びつけられる立場である。
が、つい先程、ハルバートン自らアークエンジェルへとやって来るという報せが入ったばかりだ。
ハルバートンはスピリット、ストライクなどのガンダム、そしてアークエンジェルの建造に大きく関わった将官の一人だ。
故に、この艦へ乗り込みたいと考えているに違いないというのが、ハルバートンと深い関りがあり、性格を熟知しているマリューの見立てだった。
「ちょっとお願い」
「艦長」
一言置いて、艦橋を出るマリュー。その後にナタルが続く。
二人は並んでエレベーターに乗り込むと、ナタルが切り出した。
「あの二機の事、艦長はどうなさるおつもりですか?」
「…どう、とは?」
ナタルが口にした二機というのが、スピリットとストライクの事だというのは考えるまでもなく分かった。
マリューはナタルが何を言いたいのか、そこはかとなく分かっておきながら、確認の為にもあえて聞き返した。
「あの性能だからこそ、彼らが乗ったからこそ、我々はここまで来られたのだという事は、すでにこの艦の誰もが分かっている事です!…彼らも艦を降ろすのですか?」
初めは民間人が、ましてやコーディネイターが軍の機密に触れるのをあれだけ嫌がっていたというのに。
だが、決してナタルの気持ちが分からないでもなかった。
マリューとて、いけないと分かっていても、思ってしまう。
ユウ・ラ・フラガとキラ・ヤマト、二人の力がこの戦争にどれだけ貢献できるか。
彼らの力が欲しい、とこの艦にいるクルーの誰もがそう思っている事だろう。
「彼らは軍の人間ではないわ」
「ですが!」
「ナタル。貴女の気持ちは分かる。けど、彼らを強制的に徴兵する事はできない。そうでしょう?」
喰い下がろうとするナタルへ問い返すと、彼女は言い返す事なく黙り込んだ。
その瞳にはまだ、不満げな色が残っていた事に気付きながら、それでもこれ以上言える事はない。
マリューは先にエレベーターを降り、とある場所へと向かう。
彼女が艦の事をノイマン達に任せ、艦橋を出たのは、とある二人と話をする為だった。
ずっと時間をとりたくて、しかしその余裕がなく、結局今の今まで話が出来ずじまいだった。
怖かっただろうに、戦いたくなんてなかっただろうに、それでも艦をここまで守り通してくれたユウとキラの二人に、マリューはどうしてもお礼が言いたかったのだ。
「ユウ君!キラさん!」
マリューの思った通り、二人は格納庫で機体の整備を手伝っていた。
ムウ、マードックと一緒にいた二人に呼び掛けると、二人は同時に振り向き、同時に驚いた様に目を丸くした。
パイロットとして戦いは凄まじく、頼もしさすら感じるというのに、こういったふとした時に垣間見える年齢相応の子供らしさにマリューは微笑ましさを覚える。
そしてそれと同時に、やはりこれ以上、自分達の戦争に子供達を巻き込む訳にはいかないという思いが、マリューの中で強まる。
「艦長?」
「どうしたんですか?」
ユウとキラが近寄ってくると、二人は首を傾げる。
これまた行動のタイミングが揃う二人に、ついついマリューは笑みを溢す。
確か二人は、ヘリオポリスでのあの出来事が切っ掛けで出会ったという。
だというのに、これまでの短期間でここまで親しくなるとは─────特にキラの方はユウに対して想う所があるようだ。
ユウの方は…少し分からないが。ラクスとも仲良くしていたのもマリューは見ていた為、その辺をユウがどう思っているのかは分からない。
「…二人と話が出来るのも、最後かもしれないから。どうしてもお礼を言いたくて」
マリューは、目の前に立つ二人に向けて深く頭を下げながら続ける。
「貴方達には本当に大変な思いをさせたわ。…ここまでありがとう」
少しの間、頭を下げたまま体勢を固めるマリュー。
そんな彼女の前で、ユウは頭を下げるマリューを見下ろしながら目を見開き、キラは目一杯動揺しながらおろおろしていた。
「いやっ、そんな、艦長っ…」
マリューは顔を上げ、二人へにっこり笑い掛ける。
「口には出さなくても、皆貴方達には感謝しているのよ。…こんな状況だから、地球に降りても大変だと思うけど…頑張って」
マリューは手を差し出す。
少しの間、二人は差し出された手を見つめてからまずはユウが、そしてユウが離れてから続けてキラが、マリューと握手を交わしたのだった。
…艦長がお礼を言いに来たのにはびっくりしたな。でもそういえば、原作でも同じようにキラへお礼に言いに来てたっけか?
艦長と話して少ししてから、アークエンジェルへハルバートン准将が来艦した。
准将はここまでアークエンジェルを守ったクルー達を労ってから、民間人という立場である俺達の事も労ってくれた。
その後、キラ達ヘリオポリス組─────フレイを除いてだが、全員の両親が無事だという情報もくれ、皆が喜び笑っていたのを見届けた。
ここまで色々原作とは違った展開になる事もあり、その辺についても気掛かりだったが、ハルバートン准将の報告を聞いて俺も胸を撫で下ろした。
一頻り話をしてから准将は兄さん、艦長、バジルール少尉達と一緒に去って行った。
そして今、俺はスピリットの前に立っている。
短い間ではあったが、戦場を共にして、相棒とも思える程に濃密な時間を共に過ごした機体。
「…ごめんな。俺が弱いばっかりに、傷だらけにしちまった」
スピリットの装甲に触れながら呟く。
GAT-X106スピリット─────ハルバートン准将を中心とした将官達によって提唱されたG計画によって建造されたモビルスーツの一機。
次々に新型兵器を生み出すコーディネイター達に対抗して生まれた機体にも関わらず、皮肉にもコーディネイターでなければ操縦が不可能と判断され、失敗作の烙印を押された機体。
「お前…、これからどうなるんだろうな」
「元々の性能は、もう取り戻せんだろうな。代替策は考えているが」
「─────」
スピリットの顔を見上げながら再度呟くと、突然背後から声が掛けられる。
その声は、つい先程耳にして覚えの近いもので─────心臓が飛び跳ねる様な感覚を覚えながら、俺は弾かれるように振り返った。
「は、ハルバートン准将?」
「君は、ユウ・ラ・フラガ君だね。報告書を見て、君の事は知っているよ」
そこに佇んでいたのは、思った通りの人物だった。
デュエイン・ハルバートン。
彼は、優しい微笑みを携えながら、俺の隣へと歩み寄って来た。
「君の兄、ムウ・ラ・フラガ君にも驚かされてきたが、君はそれ以上だ。まさか、あのスピリットの性能を引き出せるナチュラルがいようとは…」
「…あの、スピリットの代替策って?」
失礼かとも思ったが、どうしてもハルバートン准将が口にした代替策というものが気になり尋ねてしまった。
准将はそんな俺の態度なんか気にもしていない様子で、微笑を浮かべたまま口を開いた。
「自分から口にしておいて何だがね…。君にはもう、関係のない事だよ」
「…これは」
言いながら、准将は俺へ一枚の紙を差し出した。
それは、除隊許可証。
「ここまでアークエンジェルを…ストライクとスピリットを、守ってくれて感謝する」
「…スピリットは守れませんでした」
「いいや。君でなければ、スピリットはここになかっただろう」
准将はそう言うが、結局俺はクルーゼに負け、スピリットを危うく再出撃不可という所にまで傷つけてしまった。
その事実は変わらない。
それに、准将は少し勘違いをしている。
「准将。お礼を言うのは、まだ早いです」
「なに─────」
准将へ向けて、さっき受け取った除隊許可証を差し出す。
差し出された紙面を見つめながら、准将の目が見開かれた。
「…何のつもりかね?」
「俺は艦に残ります。その意志があります」
アークエンジェルに残る。
残って、戦い続ける。
「いざ降りるとなって名残惜しくなったかね?悪いが、それを認める訳には────」
「准将。俺には責任があります。あの機体に乗って、戦場に飛び込んで、人を傷つけた責任が」
俺の選択を止めようとする准将を遮って口を開く。
黙って俺の話に耳を傾けてくれる准将へ、俺は更に続ける。
「俺が弱かったせいで守れなかった人達がいます。俺が弱かったせいでこれから殺されていく人達もいます」
「…君は────」
「責任があるんです。俺は戦い続けなきゃいけない」
そう、俺には責任があるのだ。
傷つけた人達に、守れなかった人達に報いる為にも、俺は─────。
「…私がどれだけ言っても、君の決意は変わらないという事だけは分かった。だがね、ユウ君。君のその決意は、とても危うい。その事だけは、肝に命じておいてほしい」
「…?」
「閣下、メネラオスから至急お戻り頂きたいと…」
准将が口にした言葉の意味がよく分からず、問い掛けようとした時だった。
キャットウォークの向こうから一人の士官がやって来て、准将へ声を掛けた。
「やれやれ…。ゆっくり話す間もないわ。この後、キラ君とも話したかったのだが…」
「准将」
「ユウ君。君が傷つけた人達、君が守れなかった人達に報いる為に戦うというのなら、絶対に死ぬなよ。…君を思う人達の為にも」
准将は最後、視線を俺に真っ直ぐ突き付けながら、力強くそう言い残して連絡艇へと乗り込んでいった。
「死ぬな、か…」
俺を思う人達─────例えば、兄さん。兄さんと同じカテゴリに入れるべきかは分からないけど、艦長もさっきの会話で俺を心配してくれていた事だけは伝わった。
後は…トールやフレイ達も、准将を出迎える時に顔を合わせたけど、皆、前回の戦闘で気を失った俺を心配してくれていた。
それにキラ…そしてラクスも。
「…そんなつもりじゃ、なかったんだけどな」
気付けばまるで、俺が
家族がいて、友達がいて、絶対にそうじゃないのに、俺はこの世界にとってただの異分子でしかないのに。
「うん。死ぬつもりはないさ。全部見届けるまでは─────」
呟きは誰にも届く事はなく、虚空の中へと消えていった。
「ツィーグラー、合流しました」
「発見されてはいないな」
「あの位置なら大丈夫でしょう。艦隊はだいぶ降りていますから」
クルーゼは顎に手をやり、小さく息を吐いた。
「月本部へ向かうものと思っていたが…。奴ら、足つきをそのまま地球へ降ろすつもりだな」
「目標はアラスカでしょうな」
アラスカは地球連合軍の最重要拠点だ。
恐らくアークエンジェルは大気圏突入後、最短距離で最高司令部を目指すと思われた。
そこへ入り込まれれば、最早容易には手出しできない。
「何とか宇宙にいる内に沈めたいものだが…」
頭の中で、現在ある戦力を計算するクルーゼ。
先程合流したツィーグラーにはジンが六機、ガモフにはバスターとブリッツ。デュエルはパイロットであるイザークが負傷中の為、除く。
そしてヴェサリウスにはイージスとジン・ハイマニューバとジン三機。
クルーゼ自身は、先の戦闘で損傷を受けた機体の修復が未だに終わっていない為、出撃不可。
しかし、それでも─────
「十三機、か。…充分だな」
「隊長、それでは…」
「あぁ」
底冷えのする笑みを漏らしながら、クルーゼはモニターに映る第八艦隊を見上げながら呟いた。
「智将ハルバートン。そろそろご退場願おうか…」
今まで休日は二話投稿してきました。
明日も休日なのですが、珍しく外出する予定ができたので二話投稿無理です。
というか、一話投稿できるかも怪しいです。
すいませんm(_ _)m