本日二話目です。
「降りる!?この状況でか!」
ムウは振り返ってマードックの顔を見た。
激しい戦闘が繰り広げられる中、アークエンジェルは今すぐに地球への降下を開始するという。
「俺に怒鳴ったってしゃあねえでしょ?まっ、このままズルズルいくよりかはいいんじゃねぇんですか?」
「…だがなぁ」
マリューにしては随分と思い切った判断だと、ムウは考える。
優しい性格のあの艦長なら、第八艦隊の援護という方針を指示する可能性もあったと考えていたムウの脳裏に、彼女が下した判断を意外に思いつつそれを実行するにあたっての懸念点が過る。
「ザフト艦とジンは振り切れても、あの四機が問題ですよね」
「そうなんだよな…。カタログスペック上、Xナンバーの機体は大気圏を単独で─────なっ」
割り込んで来た聞き慣れた声に相槌を打ちながら、ムウの心臓が跳ね上がる。
顔を上げたムウの視線の先では、すでにマードックが声の主を見つめて呆然としていた。
「嬢ちゃん!?」
パイロットスーツを着込んだキラが、いつもと変わらない様子でやって来る。
「ストライクで待機します。まだ第一戦闘配備ですよね」
「─────い、いやいや。待て待て待て!お前、なんで…」
ストライクへと乗り込もうとするキラへ、大声で呼び止めるムウ。
コックピットの手前で立ち止まり、ムウの方へと振り返るキラ。
「…フラガ大尉。前に私に言いましたよね。ユウは苦労する、って」
「は─────?あ、あぁ…そんな事も言ったっけか…」
言われてみれば確かに、そんな会話をした記憶がある。
だが、それが一体─────いや、まさか。
一つの可能性がムウの脳裏を過る。
どうせ何を言っても無駄だろうとは分かってはいたが、時間の合間に話をしようと探してみた。
結局見つける事は出来ず、もしかしたらとっくにメネラオスへと移ったのかもしれないという願望すら湧いた。
キラの口から不意に語られたユウの名前。
このタイミングでその名が口に出たのだ。
キラがこの艦に残った理由は、一つしかない。
そしてそれは、無駄と分かっていながらも抱いていたムウの願いが、叶わなかったのだという証明でもあった。
「あの時は否定しましたけど…。やっぱり、私、
「嬢ちゃん」
「だから私…。ユウを一人にさせたくない。こんな事、大尉の前で言うのはどうかとも思いますけど…」
キラは、頬を微かに染めて照れ笑いを浮かべながら、最後は真っ直ぐにムウの目を見据えて言った。
「私にも、大尉のお手伝いをさせてください」
その言葉を最後に、今度こそキラはストライクのコックピットへと飛び込んでいく。
ハッチが閉まり、遂に少女の姿はムウ達からは見えなくなった。
「ほぉ~…。青春じゃねぇですか。ま、兄としては気が気じゃない、って所ですかい?」
「そんなんじゃねぇよ。…その気持ちは嬉しくない訳でもねぇけどさ」
揶揄う様に言ってくるマードックを強めの口調で諫めてから、ぽつりと本音を漏らす。
そう。弟を想うキラの気持ちは、一人の兄としてこの上なく嬉しいものだった。
だがその結果、若くから、しかも女の子が戦場に浮かされてしまう事が、ムウの中でどうしても腑に落とせなかった。
ムウもまた、キラ程ではないが若くしてパイロットとして戦場に出続けた。
戦場を前にして、恐怖した事があった。死を覚悟した事があった。これ以上戦いたくないと、軍人になった事を後悔しそうになった事もあった。
それでもここまで戦い続けられたのは、守るべき家族がいたからだ。
─────ユウ。お前も、この艦に残ったのか。…キラと同じように、戦う事に決めたのか?
本当なら、大人として若い二人を守っていかなければならないというのに。
自分が弱いばかりに、情けないばかりに、二人に戦場へ居座り続ける事を選ばせてしまった。
何故か、ムウは軍人になるとユウに決意を告げた時の事を─────生まれて初めて、兄弟喧嘩をした時の事を思い出した。
もしかしたら、ユウも今の自分と似た様な気持ちだったのではないだろうか、と思った。
自分の所為で、家族に銃をとらせてしまったと─────そんな気持ちを抱いたのだろうか。
「しっかし、今こんな事考えちゃいけないんでしょうけど、大丈夫なんすかね?あの
「…そこは俺達大人がしっかりして、おんぶに抱っこ状態にならない様─────は?
「そうっすよ。あの嬢ちゃんもそうっすけど、プラントの歌姫さんも坊主に惚れてる感じでしたぜ?」
「─────」
ムウの中で、先程までとはまた違った意味で鬱屈した感情が湧き起こる。
確かに、マードックの言う通りだ。
これは所謂、三角関係という奴ではなかろうか?
「…弟さん、モテモテですぜ?」
「笑えねぇよ…」
普通に、彼らの年齢らしい恋愛模様であればムウも微笑ましい気持ちで見守る事が出来ただろう。
しかし現実は、片や戦場を共にする事で絆が結ばれた少女。片や敵対し合う組織、場所に位置しながら絆が結ばれた少女だ。
ムウは何だそりゃ、と叫びたかった。
我が弟ながら、何とも面倒臭く、そして複雑な三角関係を結んだものかと、天を仰ぎたくなった。
「…俺もメビウスで待機するよ」
「了解」
口を突いて出そうになる複雑な気持ちを抑えながら、ムウは自身の愛機へと乗り込んでいく。
そんないつもより小さく見えるムウの背中を眺めながら、マードックは予感した。
─────今のムウの気苦労とは比べ物にならない何かが、いつかムウを襲うかもしれない、なんて。
過った予感を内心笑い飛ばしながら、マードックもまた自身の持ち場へと戻っていくのだった。
「修正起動、降角六.一、シータプラス三…」
「降下開始、機関四十パーセント、微速前進、四秒後に姿勢制御…」
「降下シークエンス、フェイズワン…大気圏突入限界点まで十分…」
結局、何が出来るのか分からないまま、誘われる様にして辿り着いたのは艦橋だった。
慌ただしく報告が入り混じる艦橋では、クルー達が必死にアークエンジェルの降下シークエンスが進められている。
「ユウ!?」
艦橋へ入った俺に最初に気付いたのはサイだった。
サイの驚いた声に反応して、一瞬クルー達の作業の手が止まる。
それを感じてまずい、と直感した俺はすぐに艦橋を出ようと踵を返そうとする。
何をしているんだ、俺は。ここに俺が来たって、邪魔にしかならないというのに。
「ユウ君!」
艦橋を出ようとした俺を、ラミアス艦長の声が呼び止めた。
すでにクルー達の動揺は収まり、作業が再開される中でゆっくりと振り返る。
振り返った先で、ラミアス艦長は本当に驚いた顔をしていた。
そういえば俺は、この人の中では艦を降りた事になっているんだった。
そりゃ、降りて居なくなった筈の人間がここに来ればそりゃ驚く。
特に、ラミアス艦長の驚きは他の人達よりも一入だろう。
「貴方、どうして─────」
「デュエル、バスター、イージス、先陣隊列を突破!」
ラミアス艦長が俺に何かを問いかけようとした時、オペレーターの驚愕の叫びが響いた。
「メネラオスが交戦中!」
続けて状況を告げられる。
ラミアス艦長は何か言いたげにこちらを見遣ったが、すぐに艦長席へと戻っていく。
それを見届けてから、皆の邪魔にならない様に端っこへ引っ込む。
本当はとっとと出ていくべきなんだろうが、何も出来ず、何も知らないまま、ただ待つなんて我慢出来そうになった。
それならせめて、状況を知れるここに居た方がよっぽど落ち着く事が出来そうだ。
『艦長、ギリギリまで俺達を出せ!あと何分ある!?』
その時だった。モニターが開き、そこへパイロットスーツを着込み、ヘルメットを着用した兄さんの顔が映し出される。
兄さんは言ってから、俺の顔を見て一瞬驚き目を見開いた。
驚きの表情はすぐに収められ、目線はラミアス艦長の方へ向けられる。
「何をバカな─────俺、達…?」
ラミアス艦長の声に途中から怪訝な調子が混じる。
そこへ、更なる人物の通信が二人の会話に割り込んだ。
『カタログスペック上では、ストライクは単体でも降下可能です』
「キラさん!?」
今度こそラミアス艦長の声に驚愕が混じる。
ラミアス艦長だけではない。
ここに居るクルー達全員が、俺が入って来た時同様に驚愕した。
特にその驚きが深かったのは、フレイ達ヘリオポリス組だった。
こんな筈ではなかったという当惑と、友達と離れなくて済んだという喜びが入り混じり、複雑な表情を一様に浮かべている。
「キラさん、貴女どうして…!」
『このままじゃメネラオスも危ないですよ!艦長!』
キラの声にラミアス艦長はいよいよ決断を迫られた。
しかし、彼女はすぐにその決断を下す事が出来ない。
代わりに決断を下す人物が現れたのは、ほんの数秒、ラミアス艦長が逡巡した後だった。
「分かった!ただし、フェイズスリーまでには戻れ!」
バジルール少尉はいつも通り、冷徹な口調でそう告げた。
「スペック上は大丈夫でも、やった人間はいないんだ。中がどうなるかは知らないぞ。高度とタイムには常に注意しろ!」
続くバジルール少尉からの忠告に、キラは力強く『はい!』と返事を返した後、ふと俺へと視線を向けた。
「…頼む」
『うん。任せて』
言葉は短く、されど思いは交わされた後、通信が切れる。
再開される降下作業。
そんな中、俺は艦橋の外で咲く炎の花を見つめる。
本当ならば、今すぐにでもあの中へ飛び込んでいきたい。
だが、それは出来ず、今はキラと兄さんに託すしかない。
「…大丈夫」
小さく呟く。
さっき、キラが俺に掛けてくれた一言を自分に言い聞かせながら、発進し飛び立っていくストライクを見送った。
時間は少し戻る。
ユウがアークエンジェルの艦橋へ入った頃、戦場の優位性は大きくザフト側へと傾いていた。
六機のジンを率いながら、ミゲルのジン・ハイマニューバがメビウスを次々に落としていく。
四機のXナンバーもまた、それに負けじとメビウスを、戦艦を次々と沈めていく。
「足つきが降りる!?」
「この状況でだと!」
激戦の中でヴェサリウスから届いたレーザー通信に、それぞれ驚愕の声を漏らす。
「させるかっ!」
歯を食い縛りながら、シヴァで二機のメビウスを屠ってから、イザークがデュエルを駆って先頭へ躍り出る。
密集するメビウス部隊目掛けて、ビームサーベルを片手に斬り込んでいく。
それに続くのはイージスとバスター。
デュエルが一瞬にして二機のメビウスを切り伏せてから、続けてイージスがビームライフルで残った一機を撃ち貫く。
更に、彼らを行かせまいと続けざまにやって来るメビウスを、バスターが超高インパルス砲で一掃した。
彼らの猛攻に退きながら駆逐艦が全砲門を開いて迎撃する。
その後方からは、メネラオスの主砲が火を噴いた。
だが、無数のミサイルもメネラオスの主砲も、彼らを止められない。
駆逐艦は再度放たれたバスターの超高インパルス砲で沈められる。
第一隊列、第二隊列共にイージス、デュエルは掻い潜り、バスターもまた二機に続く。
三機の侵攻は何者にも止められない。
デュエルが斬り込み、イージスが援護し、撃ち漏らした敵をバスターが仕留める。
「イザーク!左側から三機!」
「分かっている!俺に指図をするなぁっ!」
アスランと言い合いながらも、イザークはビームサーベルでメビウスを一機斬り落とし、続けてシヴァで二機を沈める。
その後方からやって来るメビウス部隊を、アスランがイージスをMA形態へ変形させ、スキュラで殲滅する。
「…お前ら、普段仲良くねぇ癖に、連携上手くね?」
先を行く二機の背中を追い掛けるディアッカの呟きは、幸いにも二人の耳には届かなかった。
特にイザークに聞こえていたら、戦闘中とか関係なく、さぞ喧しく説教されていた事だろう。
「っ、二人共!おいでなすったぜ!」
「あぁ」
「分かっている!」
その時、三機のセンサーがアークエンジェルから発進した二機の存在を捉える。
一機はメビウス・ゼロ。そして、もう一機は─────
「ストライク…!」
イザークが怨念すら籠っていると錯覚させる程の低い声で、その名を呼ぶ。
「…キラ」
アスランは、その機体に搭乗しているであろうパイロットの名を口にする。
来てしまった。来てほしくはなかった。
だがしかし、それでも敵として自分の前に立ちはだかるのなら。
「お前を撃つ」
「行くぞストライクっ!この傷の礼を、受け取れぇっ!!」
「そぉら!落ちな!」
降下を続けるアークエンジェルを守るべく出撃した二機へ向かって、スラスターを吹かせる三機。
眼前の二機がそれぞれ行動を起こす。
メビウス・ゼロはガンバレルを分離させ、三機へ向けて接近させる。
ストライクもまたビームライフルを取り出し、銃口をこちらへ向ける。
放たれる弾丸とビーム砲。
それらを掻い潜り、デュエルとイージスがビームサーベルを構え、バスターもライフルとランチャーを構える。
直後、五機は入り混じりながら交錯し、直下の地球を見下ろしながら死闘は始まるのだった。
この回で低軌道戦を終わらせる予定だったのに…決着は次回に持ち越しです。