思えば、こうしてスピリットと相対するのは初めてなのか─────。
互いの斬撃がシールドと衝突し、散らばる火花が視界を埋める中でふとアスランは回想する。
ヘリオポリスからアークエンジェルを追い続けてここまで、アスランはスピリットと相対する事は一度もなかった。
「っ─────!」
弾かれるようにして距離を取り合う二機。
アスランは右腕のサーベルをマウントし、代わりにビームライフルを取り出す。
後退していくスピリットへと狙いを定め、撃鉄を引いてビームを放つ。
が、スピリットは右へ、左へと最小限の動きで躱しながらレール砲を展開し、二門の砲口を同時に火噴かせる。
咄嗟にシールドを掲げるアスラン。
だが、放たれた二つの砲弾はイージスに直撃はせず、足下の砂地へ命中。
被弾した箇所から巻き起こる爆発の衝撃に機体は揺れ、そして視界も巻き上がる砂煙で塞がる。
「くそっ!」
すぐさま左腕のビームサーベルを出力、前方の砂煙を切り払い視界をクリアにさせる。
先程の砲撃は自分に対する目晦まし、本命はその後の追撃─────と予測していたアスランの目に飛び込んで来たのは、ビームライフルでスピリットへと迫るバクゥを一機狙撃してから、バルトフェルドが駆るラゴゥと交錯するスピリットの姿だった。
思わず言葉を失う。
確かに状況は多対一で、スピリットはたった一機に意識を向ける訳にはいかない。
常に周囲を見回す広い視野と、素早い状況判断が求められる状況ではあるが─────まるで、自分の相手はいつでも出来ると言わんばかりの対応に、アスランの中で微かに怒りの火が燻る。
─────眼中にないとでも…っ?
腕が立つ事は知っている。
機体性能に差はあれど、あのラウ・ル・クルーゼを追い込み、少しの間とはいえ出撃不能にまで追い込んだ相手だ。
だからといって、流石にこれは、アスランの中のプライドに触れた。
「スピリットぉっ!」
そんなアスラン以上に怒りに燃える者がこの場にはいた。
デュエルを駆り、アスランと同じく前線にまで出撃したイザークである。
アサルトシュラウドを展開し、ラゴゥから距離を取るスピリットに向かってシヴァとビームライフルを連射。
自分以上に怒れる仲間がいた事で逆に冷静さを取り戻したアスランは、イザークと一緒になってスピリットへ向けてライフルでビームを浴びせかける。
が、イージスとデュエルの一斉放火に対してスピリットは巧みな機動で全て回避してみせると、お返しとばかりにビームライフル、レール砲、更にはレール砲と並行してマウントされた二門の単装砲が向けられる。
計五門の砲門が、一斉に展開された。
「くっ…そぉっ!」
「イザーク!─────ちぃっ!」
堪らずその場から後退するデュエルだが、一斉に放たれた無数の砲火が装甲を掠る。
PS装甲に於いても致命傷になり得るビームこそ回避ししてみせ致命傷にはならずとも、実体弾による衝撃がデュエルの体勢を崩す。
アスランがデュエルのフォローに入ろうにも、再びスピリットは砲門を一斉展開。
シールドを駆使しつつ何とかやり過ごすも、その間にスピリットはバクゥ隊へ対艦刀を片手に斬り込んでいく。
「装備が変わったのは知っていたが…、ここまでっ…!」
バルトフェルド隊は一度、スピリットとの交戦経験があった。
その戦闘データをアスランは、イザークとディアッカと共に見たのだが、現在のスピリットの姿を見て驚く事となる。
どういう経緯かは分からないが、スピリットの装備は変わっており、更に宇宙での戦闘スタイルとはまるで違う戦い方に面を喰らった。
強大な火力を誇りながら、格闘戦にも長けている、近・中・遠と全ての距離に於いて真価を発揮できる装備と、それを使いこなせるパイロットの腕。
それらが合わさった今のスピリットは、宇宙の時よりも脅威に感じられたのは記憶に新しい。
しかし、それでも映像で見るのと実際に対峙するのとでは、あまりにも訳が違った。
I.W.S.P.を使いこなし、一対多の状態でなお敵を圧倒する戦力を見せ続けるスピリットだが、当のパイロット本人には全くといっていいほど余裕はなかった。
─────このペースは少し…いや、だいぶまずい!
イージスとデュエル、ラゴゥに五機のバクゥ。
バクゥはすでに一機撃ち落として少なくなっているが、これだけの数を同時に相手する以上、バッテリーの節約、武装の温存など考えてはいられない。
どこかで先手を打たれればそれが引き金となり、戦況は一気にユウにとって不利な方向へと傾くだろう。
故に、ユウは勿体ぶらずに今のスピリットが持つ火力の全解放を続けていた。
そのお陰か、早々にバクゥを一機片付ける事は出来たが、その代償はかなり大きいものとなる。
今のペースで撃ち続ければ、ものの十分程でスピリットはバッテリー切れを起こすだろう。
しかし攻撃の手を止める訳にはいかない。
ユウは二門のレール砲と二門の単装砲でラゴゥを牽制しつつ、スピリットに砲口を向ける背後のバクゥへと急接近。
対艦刀を抜き放ち、青紫の獣機を真っ二つに斬り裂いた直後にスラスターを吹かせてその場から退避。
眼前の砂地を一筋の光条が焼くのを見ながら対艦刀をマウント、代わりにビームサーベルを抜いて、先程ビームを放ち今はサーベルを片手に、もう一方の手でシールドを掲げながら突っ込んでくるデュエルを迎え撃つ。
「っ!」
咄嗟にスラスターを逆噴射させて動きを急停止させる。
直後、眼前を横切る二条のビーム。
横目でビームが飛来した方を見遣れば、そこには二連装ビームキャノンをこちらへ向けるラゴゥがいた。
格闘戦は断念し、デュエルの斬撃を後方へ跳躍する事で回避。
空中でレール砲を展開し、方向をデュエルへ向けて発砲─────する前に、今度はイージスから妨害を受ける。
身動きがとりづらい状況下でイージスの斬撃を躱すも、直後にシールドをメインカメラ付近に叩きつけられ機体の体勢が崩れる。
「くそ…っ!」
何とか地面へ墜落する前に体勢を整えて着地に成功したが、状況は何も変わっていない。
というより、最悪だ。
前方からはイージスが、右方からはラゴゥが、左方からはデュエルが、そして背後からはバクゥの部隊がそれぞれの火器を撃ちながら迫って来る。
シールドを掲げながら撃たれる砲撃を凌ぎつつ、こちらも相手を牽制すべく搭載された火器を全て展開する。
しかしその前に、どこからか一条のビームが飛来する。
イージスの軌道が変わり回避行動へと移る。デュエル、ラゴゥもまた同じだった。
スピリットの背後のバクゥ部隊は二機がビームに貫かれ、一機はその場から離脱するも直後、現れた白い影が迫る。
翻るビームサーベルの閃光が、逃げ出そうとするバクゥを切り裂いた。
「ユウッ!間に合った!」
「キラか!」
バクゥを切り裂いた白い影─────ストライクは跳躍し、スピリットの背後に着地する。
エールストライカーを装備したストライクから通信が掛けられ、聞こえて来たキラの声に、戦闘中張り詰めっ放しだったユウの表情が微かに和らぐ。
「ストライク…ようやくお出ましかっ!」
ストライクの登場に、イザークは歓喜の笑みに震える。
「来たか…。これで役者は揃ったといった所かな」
バルトフェルドもまた、イザークと同種の獰猛な笑みを浮かべ、そして─────
「キラ…!」
背中合わせに構えるストライクとスピリットの姿に、アスランの表情が歪む。
「デュエル…」
そして、三機と対峙するキラもまた、その中のトリコロールカラーの機体に目を向け、怒りに表情を歪ませていた。
機体の姿勢を低くして、すぐにでもそちらへ飛び出していきそうな雰囲気を醸し出す彼女に、ユウが声を掛ける。
「キラ。俺が居るんだからな」
「─────うん。大丈夫だから、心配しないで」
「…怒りを持つのは当然だけど、吞まれるなよ。危なくなったらフォローに入るからな」
「さっきまで危なかった人に言われてもなぁ…」
「うぐっ…」
戦闘中とは思えない、穏やかな空気で声を掛け合う二人へ、デュエルが動き出す。
それぞれ別の方向へ跳躍し、デュエルが放ったビームとシヴァを回避。
そして、デュエルに続いてスピリットへ向けて動き出したラゴゥと、ストライクへ向けて動き出したイージスを迎え撃つ二機。
「っ、キラ!デュエルがそっちに行ったぞ!」
「分かってる!こっちは大丈夫だから、ユウは目の前の敵に集中して!」
ラゴゥが放つ二連装ビームをシールドでやり過ごしながら、キラへ警告する。
キラはイージスと互いの位置を入れ替えながらライフルを撃ち合いつつ、デュエルの位置も認識していた。
イージスへビームを放ち牽制してから機体を反転、背後からサーベルを片手に迫るデュエルを蹴り飛ばす。
たたらを踏むデュエルに追撃を仕掛けようとするストライクだが、そうはさせじとイージスがライフルを向ける。
「他人の心配をしている余裕があるのかね!」
「!?」
大丈夫とキラは言うが、やはりフォローするべきだと判断したユウだったが、突如通信を通してコックピットに響く男の声に意識を引き戻される。
視界を戻したその時には、すでにラゴゥはビームサーベルを展開してこちらへ斬りかかって来ていた。
「アンドリュー・バルトフェルド…!」
「こうして戦場で相見えるのを楽しみにしていたよ」
ラゴゥの斬撃をスピリットが掻い潜り、交錯する二機と二人の言葉。
「楽しみだって…?こんなものが!」
「あぁ。自分でも狂っている自覚はあるさ。でも、やはりどうしても止められないものでね」
ラゴゥが反転、サーベルを展開したまま再度スピリットへと突っ込んでいく。
スピリットも手の中のライフルをマウントし、腰の鞘からサーベルを抜いてラゴゥを迎え撃つ。
「ここ最近、ずっと退屈だったのだよ!是非、楽しませてくれ!」
「…ふざけるな。アンタの狂った嗜好に付き合うつもりはない!死にたくなければ、そこをどけ!」
「それは…無理な相談だな!」
二度、三度と黒の機体と橙の機体が交錯しながら、二機の戦闘は更に苛烈さを増していくのだった。
「ゴットフリート、バリアント、てぇーっ!」
ナタルの号令が艦橋に響く。
モビルスーツ戦が新たな展開を見せる中、艦隊戦もまた激しく火花を散らしていた。
敵艦へアークエンジェルの激しい砲撃が向けられるが、自身も被弾し船体を引っ切り無しに大小の衝撃が襲う。
艦の外ではレジスタンス達のバギーと、先程出撃したムウのスカイグラスパーが飛び交う戦闘ヘリをアークエンジェルへ近付けまいと必死の援護をする。
が、敵の攻撃の殆どは戦力的に大きく、また的としても狙いやすいアークエンジェルへと集中していた。
「ECM及びECCM強度、十七パーセント上がります!」
「バリアント砲身温度、危険域に近付きつつあります!」
「艦長!ローエングリンの使用許可を!」
計器を見ながらサイが叫び、射撃指揮のパルが報告する。
それらの声を受けて、ナタルがマリューに呼び掛けた。
「ダメよ!あれは地表への汚染被害が大きすぎるわ!」
その呼び掛けをマリューは拒否する。
「バリアントの出力とチャージサイクルで対応して!」
「しかし…!」
「命令です!」
「…了解しました」
マリューの拒否に不満げな表情を浮かべるナタルだが、抑え込むように続けられたマリューの言葉に渋々引き下がる。
「フラガ大尉!艦の援護はいいので、敵艦を直接叩いてください!」
『あいよ!っても、そのつもりだったけどさ!』
艦橋とスカイグラスパーとの通信を繋げ、マリューがムウへ指示を出す。
その指示はまさにムウが考えていた方針そのものであり、マリューが呼び掛ける前にすでに彼は動き始めていた。
戦闘ヘリのミサイルを掻い潜りながら、スカイグラスパーが急速に敵駆逐艦へと接近していく。
駆逐艦の防衛をするザウートから集中砲火が浴びせられるが、それらを全て機体の機動で振り払い、逆に敵艦体へ集中砲火を浴びせる。
スカイグラスパーが装備したアグニから熱線が放たれ、甲板のザウートを貫き、更に艦体に突き刺さる。
次の瞬間、激しい誘爆が起こり、駆逐艦は速度を落として転進した。
「やった…!」
敵艦の戦線離脱に艦橋が沸く。
しかし、喜びは直後、背後から突き上げる激しい衝撃に一瞬にして打ち消された。
「六時の方向に艦影!」
「なんですって!?」
「もう一隻伏せていたのか!?」
レーダーを見遣り、息を呑んだトノムラが声を上げる。
驚き思わずCICに顔を向けるマリューと、歯噛みするナタル。
正面から来ると見せかけて進攻させ、戦闘開始より前に身を隠していた一隻とでアークエンジェルを挟撃する─────自分達は初めから、砂漠の虎の掌の上に居たのだと彼らは今ここで悟る。
後方からの一斉射撃が、アークエンジェルを襲う。
「艦砲、直撃コース!」
「かわせ!」
「撃ち落とせ!」
マリューとナタルによる別々の命令はクルーに迷いを生んだ。
結果、どちらも叶わず数発のミサイルが直撃し、被弾した艦は大きく傾いた。
艦体が大きく揺らいだアークエンジェルはノイマンの必死の操舵も敵わず、砂漠の中に放棄された工場跡地へと突っ込んでいき、砂に埋もれかけていた建物をなぎ倒しながら、やがてめり込むようにして止まった。
直後、動かなくなったアークエンジェルへ容赦なく敵の砲撃が集中する。
「ヘルダート、コリントス、てぇーっ!」
揺れる艦内でナタルが必死に抗戦を命じる。
そんな中、敵艦の情報を分析していたトノムラが弾かれたように声を上げた。
「これは…!レセップスの甲板上にバスターを確認っ!」
「なにっ!?」
先行して侵攻していたモビルスーツ隊の中にイージスとデュエルの姿は確認していた彼らだったが、アークエンジェルの後方へ回り込むべく姿を隠していたレセップスで待機中のバスターの存在までは確認できなかった。
モニターに映るバスターが、ガンランチャーと高エネルギーライフルの銃口をアークエンジェルへと向ける。
「スラスター全開、上昇!これではゴットフリートの射線がとれない!」
焦りを感じたマリューがパイロットシートのノイマンへ向けて叫ぶ。
「やってます!しかし、船体が何かに引っ掛かって─────」
マリューに言われるまでもなく、ノイマンはすでに行動を始めていたのだ。
だが、墜落の時、建物の骨組にアークエンジェルの翼が割込み、身動きが取れなくなってしまったのだ。
これでは砲撃を避けるどころか、主砲の射線を確保する事すら出来ない。
再び艦砲が着弾し、凄まじい轟音と衝撃が艦を襲う。
スピリットの窮地をストライクが救い、戦況を立て直したモビルスーツ戦とは反対に、艦隊戦の戦況には暗雲が立ち込めていた。