「やっぱ、ダメなのかなぁ…」
カズイが溜め息を吐きながら呟きを漏らした。
アークエンジェルの食堂にて、休憩時間を貰ったカズイとフレイとサイの三人は食事を摂っていた。
その最中、カズイは同じような事を何度も呟いており、フレイもサイも辟易していた。
特にフレイの方は、同じ言葉を繰り返すカズイに苛立ちすら覚えているようで、目尻を微かに吊り上げながら睨みつけていた。
「あのなカズイ。目的地はアラスカだぜ?オーブへ寄るなんて、大回りになるだけじゃないか」
「大体寄ってどうすんのよ。私達は今は軍人なんだから、作戦行動中に除隊なんて出来る訳ないじゃない」
サイとフレイは二人揃って、至って現実的な答えをカズイへ帰す。
するとカズイは、ムキになったのか「でも」と言い募った。
「こんな予定じゃなかったじゃないか。アラスカへ降りるだけだって…、この艦をアラスカに届けてそれで終わりだって。だから僕はここに残ったのに…、どうして─────」
「何よ。それじゃあアンタ、宇宙でキラを見捨てて真っ直ぐアラスカに降りていた方が良かったって言いたいの?」
フレイとしても、ひたすら同じ事を繰り返すカズイに苛立ちこそ覚えていても、決してその気持ちを理解していない訳ではなかった。
現在、アークエンジェルは彼女達の故郷であるオーブの近海を航行中で、あと少しなんかすれば本国という所まで来ていた。
そんな状況だ、人一倍臆病な一面を持つカズイでなくても─────家に帰っても誰もいないと分かっているフレイであっても、帰りたいと思うのは至極当然の事だ。
しかし、今の言葉は聞き捨てならなかった。
それだとまるで、降下軌道から逸れたストライクを、キラを、見捨ててアラスカに降りていれば言っているようではないか。
少なくとも、フレイの耳には、カズイがそう言っている様に聞こえた。
「フレイ、カズイはそんなつもりじゃ…」
「サイは黙ってて」
優しいサイは、フレイの怒りの迫力を前にたじろぐカズイを庇おうとする。
フレイはそんなサイを、一言で一蹴してからカズイを鋭く睨みつける。
「カズイ。仮にアンタが本当にそんなつもりじゃなかったとしてもね、もしキラが聞いていたらあの子は傷つくわ。一人で傷ついて、一人で抱え込んで、そして私達を置いて戦いに行くのよ。…アンタ、キラがどうして戦っているのか分かってるの?」
「そ、そんなの…。僕達を…、守る為に…」
「分かっているのなら二度とそんな事を言わないで。…もし次に同じような事を言ったら、ただじゃ置かないから」
最後にカズイをもう一睨みしてから、フレイは今度はサイへと視線を向けた。
「サイ、ごめんなさい。…貴方に酷い事を言ったわ」
友達を庇おうとしたサイに目もくれず、感情を怒りに任せた事をフレイは謝罪する。
─────嫌われていないだろうか?
フレイの胸中を過る微かな不安を知ってか知らずか、彼女の謝罪を受けたサイは柔らかい笑みを浮かべていた。
「気にしてないさ。悪いのは無神経な事を言ったカズイなんだから」
「うぐ…」
と思ったら、全く邪気を感じさせない微笑から毒が出て来た。
なお、カズイは大ダメージを受けた。
「…いや、ごめん。気にしてないっていうのは、ちょっと嘘かもしれない」
「え?」
「友達思いで優しいフレイに惚れ直したからさ」
「…サイ」
最早二人だけの世界がそこには広がっていた。
この場に第三者が居れば、二人の周りに咲き乱れる花畑を幻視していただろう。
「あの…、いちゃつきたいなら部屋に戻ってしてくれないかな…」
なお、
「ご、ごめんカズイ…」
「アンタ、空気読んで存在を消すくらいしなさいよ」
「サイ、気にしてないよ…。でもフレイは酷くない!?」
「さっきのアンタの言動に比べれば私は聖人よ」
「今僕、殆ど直接的に死ねって言われたけど!?あと、さっきのは本当に反省してるから!」
元々、引っ込み思案であるカズイに対してそこまで好印象を持っていなかったフレイからの好感度は、さっきのやり取りの所為で駄々下がりである。
雨の日にコンクリートの上を這うナメクジと天秤に掛けて、辛うじてカズイの方に重さが傾くくらいが現在のフレイからカズイへの好感度である。
「フレイって、こんなに毒吐く子だったっけ…」
フレイから殆どナメクジに等しく思われているなんて露知らないカズイは、ため息混じりに呟きながら食事を再開する。
カズイの無神経な発言から始まった諍いに一段落が着き、フレイとサイもカズイと同じように食事を再開しようとした──────その時だった。
艦内にアラートが鳴り響き、第一戦闘配備が命じられる。
フレイ達は一斉に顔を上げ、未だ食事が残った食器をテーブルの上にそのままに、食堂を駆け出ていく。
「っ、フラガ大尉!?」
その直後、食堂を出た彼女達はアラートを受けて急いでいたムウと鉢合わせた。
食堂から飛び出してきたフレイ達に驚いた様子だったムウだったが、その中でフレイの姿を見つけると口を開く。
「嬢ちゃん、丁度よかった!お前も来い!」
「…え?」
アラートが鳴り響いてからすぐ、パイロットスーツに着替えた俺はスピリットへと乗り込んだ。
すでに戦闘は始まっている。アークエンジェルを襲いに来たのは、例のXナンバーの機体とハイペリオン、更にライブラリに照合がないアンノウン機。
時折艦体を揺るがす震動が、何発か被弾を貰っている事と、のんびり準備をしている暇はない事を教えてくれる。
そんな状況ではあるのだが─────
「フレイ…」
「何よ、キラ。言っとくけど、もう私はここから降りないからね」
「…どう、しても?」
「そんな顔してもダメだから。私はもう決めたんだから。…だからその顔止めて、決意が揺らぐ!」
「…」
コックピットの画面に映るのは、目を潤ませて泣きそうなキラの顔と、そんなキラの顔を見て苦笑いしているフレイの顔だ。
二人共パイロットスーツに身を包み、今はそれぞれの機体に乗り込んでいる。
そう、キラだけではなく、フレイもまた出撃命令が下され、現在スカイグラスパー二号機で出撃しようとしている。
パイロットスーツへ着替えて格納庫に来た時、すでに兄さんと一緒にその場に居たフレイを見て俺は驚かされた。
だけど、それよりもっと驚いたのはキラの方だろう。多分、この状況じゃなければ、キラはどういうつもりかと兄さんに詰め寄っていた筈だ。
「フレイ。状況は把握しているな」
「ユウ…」
「…えぇ。敵は六機」
「それも、スカイグラスパーとは比べ物にならない高性能機だ。…初出撃のパイロットに言いたくはないが、シミュレーターは当てにするなよ。兄さんも言ってたけど、後方支援に徹してくれればいい」
フレイは真剣な表情で頷く。
それを見届けてから、俺は今度はキラの方へと視線を向ける。
「キラはもう受け入れろ。どの道、機体を遊ばせている余裕は俺達にはないんだ。…兄さんに言いたい事は俺にもあるから、戦闘が終わった後に一緒にな」
「…うん、分かった」
当の本人が素知らぬ所で、俺とキラによる兄さんへの尋問が確定した瞬間だった。
だって、普通にヤバいだろ。シミュレーターで好成績を出してるからって、初出撃が
絶対にそんな風にはさせないが、無量大数が一でフレイが戦死したなんて事が仮に起きたら、冗談抜きでキラ達が離反するぞ。
その辺を分かっているのか、後でゆっくり聞かせて貰うとしよう。
「ユウ・ラ・フラガ!スピリット、出る!」
機体がカタパルトへと運ばれ、開いたハッチから俺が先頭で出撃する。
続けてストライク、スカイグラスパーの一号機、二号機の順番で飛び出してくる。
ストライクは甲板へ。一号機は敵部隊で最も火力があるバスターの足止めへ。二号機はアークエンジェルの周囲を飛び回りながら様子を窺い、そして俺は─────
「スピリット!」
「っ!?」
こちらの姿を視認した途端、機体の向きを変えて襲い掛かって来るイージスを迎え撃つ。
イージスが当初、アークエンジェルへと向けていたビームライフルの銃口をこちらに向けて、数射連発してくる。
スラスターを操り、機体を左右へ傾けながら放たれたビームを回避して、こちらもビームライフルを取り出しイージスへと向ける。
空中で互いの位置を入れ替えながら撃ち合うビームは当たる事なく、空を貫く。
イージスと交戦をしながら、戦況を把握していく。
予想通りというか、ハイペリオンはストライクへと襲い掛かろうとしていた。しかし、現状はストライクのビームとアークエンジェルの対空防御を前に接近できていない。
アルミューレ・リュミエールを展開すれば接近は容易だろうが、その分バッテリー消費が激しくなる事を考慮して、今は様子見の段階といった所だろうか。
デュエル、ブリッツもまた、ストライクとアークエンジェルに取りつこうとしているが、バスターと交戦しながらも兄さんがフォローをする事で接近を許していない。
フレイの方も、兄さんがフォローに動けないタイミングでは上手くアークエンジェルを支援していた。
とはいえ、数的不利は如何ともしがたい。今の戦況は拮抗しているが、時間が経てばこちらの不利へ傾いていく事は容易に想像できた。
一度アークエンジェルのフォローに入るべきか─────そう考えた直後、反射的に機体を横へずらす。
イージスが居る方とは別の方角から襲い来る一筋の光条。
「っ、これは…!」
そちらからやって来るのは、他の機体とは様相が違う、ジンやシグーと同じモノアイの機体。
前に見たジン・ハイマニューバとも、シグーとも違ったその機体の名は、
「機体を乗り換えたのか!でも、装備が…?」
ZGMF-600ゲイツ─────原作では、大戦末期のボアズ攻防戦前後に本格的に配備された機体であり、本来であればここで現れる筈がない機体。
恐らくパイロットはミゲルだろうが、何てものを持ち出してきたのか…。
だが、本来のゲイツとはどうも様相が違う。というより、目の前のゲイツは本来のゲイツと装備が違うのだ。
「…まさか」
ミゲルのゲイツがグゥルを飛び降り、こちらに降下しながら腰の鞘から
その光景を目の当たりにした俺は、とある可能性を確信しながらシールドを掲げる。
「火器運用試験型か!?」
火器運用試験型ゲイツ改─────背部にはジャスティスのファトゥムの原型となったリフターを装備し、その他武装もジャスティスやフリーダムとほぼ同種のものを装備している。
更に装甲はザフト製モビルスーツとしては初めてのPS装甲が実装されている等、これまでのザフト製モビルスーツとは一線を画する性能を誇る機体だ。
しかし火器運用試験型という名の通り、このゲイツは本来ジャスティスとフリーダムに搭載予定の武装の試験を行う為に用意された機体であり、決して実戦に運用出来る様な機体ではなかった筈。
何しろ、核エンジンによる膨大なエネルギー提供を前提とした武装を装備しているのだ。この機体にはNJキャンセラーは組み込まれていない為、PS装甲を併用した際の活動時間は五分にも満たない。
そんな機体を戦場に持ち出してきたのだから、何かしらの対策を施しているのだろうが─────。
ゲイツが振るうビームサーベルと、こちらが掲げたシールドがぶつかり合い、
「…なるほど、そういう事か!」
まさか出力をそのままに戦場に運用している訳ではあるまいと考えてはいたが、やはりその通りだったらしい。
このゲイツに搭載された兵器の出力は、
そうでなければ、現状最新鋭とはいえスピリットがゲイツと押し合える筈がない。
同じ理由で、このゲイツに核動力が搭載されている可能性もなくなる。
もしかしたら─────程度にその可能性も考えてはいたが、それはなさそうでとりあえずの所は安堵する。
とはいえ、このゲイツが厄介なのは変わらない。更にパイロットがミゲル・アイマンともなれば、機体性能に振り回されるという希望も持ちようがない。
一つ期待が持てそうなのは杜撰なバッテリー管理程度だが─────それも期待しないくらいが丁度いいだろう。
「っ────!」
ゲイツの両腰部より砲塔が展開される。
クスィフィアスが火を噴く前に機体を後退、距離を取る事でギリギリのタイミングではあったが辛うじてレール砲の回避に成功する。
続けざまにゲイツは両肩部のフォルティスを展開、更に手持ちのビームライフルと先程展開したクスィフィアスを合わせて、計五門の砲口が一斉に火を噴かす。
機体を翻し、回転させながら砲撃の嵐を躱しながらこちらも単装砲、レール砲を展開。
ビームライフルを取り出し、相手と同じく計五門の砲口を一斉展開する。
ゲイツはこちらが砲撃を放つ直前、引き寄せられたグゥルの上へと飛び乗り回避行動をとる。
お陰でこちらの砲撃は全て空を撃ち抜き、ゲイツにダメージを与える事は出来なかった。
「俺を無視するとは、随分余裕だなっ!」
「忘れてないよ、お前の事はっ!」
このままゲイツの相手に集中─────とはいかない。
何しろこちらが数的不利の立場にある以上、一対一という状況を作る事はまず不可能だ。
その上、理由は分からないがこいつは─────アスラン・ザラは、俺に対して強い執着を持っているらしい。
「スピリット、今度こそっ!」
「しつこいっ!」
イージスが両腕部のビームサーベルを出力し、二刀流でこちらへ攻め込んでくる。
俺もライフルをマウントし、代わりにビームサーベルとシールドを手にイージスの猛攻、連撃を凌いでいく。
その際も決して背後の警戒は怠らない。
回り込んで来たゲイツがイージスと共に挟み撃ちしようとする前に、イージスに蹴撃を加えてこちらから押し離し、振り返ってレール砲をゲイツに向けて放つ。
「うおっ…!こいつっ!」
攻撃行動を止め、回避に移ったゲイツだったがその前に弾丸が命中する。
空中で姿勢を崩し掛けるゲイツ、しかし被弾による影響はそれだけで、装甲にダメージは見当たらない。
「やはりPS装甲…。なら!」
それならば、方針は一つ。狙いはゲイツ。
バッテリー消費が激しく、緻密な管理を求められる機体の操縦は今回が初めてであろうミゲル。
更に、出力を絞ってはいるものの、高火力のビーム兵器を多く搭載する火器運用型は当然、その分バッテリー消費は他の機体と比べて激しくなる。
ならば、無理に撃墜を狙う必要はない。ゲイツをバッテリー切れ、撤退に追い込めば数的形勢は一気にこちらに傾く。
時間はない。アークエンジェル側が踏ん張っている間にこちらの交戦を片付けて、キラ達のフォローへ向かう。
やる事が定まった俺は操縦桿を力強く握り、前へと傾ける。
こちらを見上げるゲイツに向かって急降下しながら、ビームサーベルを構える。
ゲイツもまた、ラケルタを抜いて迎え撃ってくる。
再度、互いの斬撃が衝突。
衝突の余波は火花となってスパークする。
スピリットとゲイツ、そしてイージス。
三機による交錯は、更に激化していくのだった。