「アークエンジェルっ!?」
デュエルの影に隠れるように立ち回りながら、後方からフォルファントリーを撃ち放つハイペリオン。
勿論、キラはデュエルと交戦を続けながらもハイペリオンの動向には注意を払っていた。
しかしそれは飽くまで自身の保身に関してのみであり、砲撃を躱した先に何があるのか─────一対多という状況もあり、キラの気はそこまで回っていなかった。
キラが躱したフォルファントリーの砲撃は、ストライクの後方にあるアークエンジェルに命中する。
いや、それ以前からすでに、何度かアークエンジェルは砲撃をその身に受け続け、遂に排熱が間に合わなくなった装甲が弾け飛んだのだ。
戦闘に集中しきっていたキラの意識がようやくアークエンジェルへと向けられたのは、その時だった。
バスター、ブリッツからの被弾ダメージも相まって、白亜の巨艦から噴き出す黒煙は更に勢いを増す。
「っ─────!これ以上は!」
ハイペリオンがフォルファントリーの砲口をストライク─────同時に、その背後のアークエンジェルへと向けられる。
それを見てとったキラは、迫るデュエルの斬撃を掻い潜りながら躱し、その向こう側にいるハイペリオンへ向けてスラスターを吹かせる。
「ハッ、ようやく気付いたか?今更遅いんだよっ!」
ストライクに迫られるハイペリオンのコックピットにて、カナードは嘲笑を浮かべる。
戦闘に集中し切り、自身に課せられた
小さく姿が見える艦隊は、確かに戦闘地点であるこちらへ向かっている。
ストライクからの斬撃を部分展開したアルミューレ・リュミエールで防ぎながら、カナードは思考する。
─────これで足つきの逃げ場はなくなった。前門には
「どうやら、お前と会えるのもこれで最後になりそうだよ。…寂しくなるなぁ、キラ・ヤマトッ!」
籠中の鳥とはまさにこの事か─────挟み撃ちを喰らったアークエンジェルは、ゆっくりと高度を落としながら海面へと近付いていく。
その様を眺めながら、カナードはアルミューレ・リュミエールを展開していたハイペリオンの左腕を大きく振るい、ストライクを弾き後退させてから、先程展開していたフォルファントリーを撃ち放つ。
キラの反応速度ならば、躱す事は可能だっただろう。
しかし、後方にアークエンジェルを背負っている今の状況では、キラはシールドによる防御を選ばざるを得なかった。
「くぅっ…!あぁっ!」
しかしもう一方のビームはストライクの脇を抜け、真っ直ぐに黒煙を吹き出す白艦へと牙を剥く。
キラの脳裏に最悪の光景が過り、彼女の口から悲鳴が漏れる。
ハイペリオンからビームの斉射は続けられ、ストライクは防御体勢から未だ身動きが取れない。
そんな中、フォルファントリーによるビーム砲は、アークエンジェルの装甲を再び貫く─────
「え…?」
「なんだと!?」
その前に、射線上に割り込んだ一発のミサイルが奔る光条の軌道上に割り込んだ。
直後、二人の視線を一機の戦闘機と黒のモビルスーツが横切っていく。
「スカイグラスパー…フレイ!?」
スカイグラスパー二号機─────フレイが乗っている機体だった。
彼女はハイペリオンがフォルファントリーの発射態勢をとったのを見て、射線上に向けてミサイルを撃ち込む事で迫る死の光線からアークエンジェルを救ってみせたのだ。
「はぁっ…はぁっ…!よかったっ!」
フレイもまた、ハイペリオンの放ったビームを見て脳裏に最悪の光景が過っていた。
故に、自身の策が嵌り、未だ無事な艦を見て大きく、強く安堵の息を吐く。
「よくも邪魔を─────くっ!?」
ハイペリオンの攻撃を防いでみせたスカイグラスパー二号機へとカナードの敵意が移ろうとしたその瞬間、カナードは勘に身を任せて咄嗟に機体を翻した。
直後、ハイペリオンの左肩部装甲を掠めてビームが交錯する。
自身の命が無事である事を安堵する暇もなく、カナードは新たに現れた敵影に目を剥いた。
「スピリット…!」
「ユウ!」
アスランのイージスとミゲルのゲイツが押さえていた筈のスピリットが。
二機を相手にして動けなかった筈のスピリットが。
この場に現れた事に対して相反する感情を抱きながら、カナードとキラはそれぞれ真逆の表情を浮かべる。
「あの役立たず共がっ!」
苛立ちを吐き捨てながら機体をスピリットへ向けるカナード。
その後方から追い掛けてくるイージスの姿なぞ目にも入らず、またしても本懐を妨げたスピリットへ憤怒を抱いたカナードはフォルファントリーの引き金に指を掛ける。
『接近中の地球軍艦隊、及びザフト軍に通告する』
戦闘が更に混迷を極めようとした、その時だった。
この戦闘空域に居た全員へ向けて、通信が入る。
『貴艦らはオーブ連合首長国の領海、領域に接近中である。中立国である我が国は、武装した艦船及び航空機、モビルスーツ等の領海、領空への侵犯を一切認めない。直ちに変針されよ』
戦闘中、戦闘空域に接近中だったオーブ軍艦隊はすでにアークエンジェルの背後に展開されていた。
「オーブ…!?」
「ようやく来たか、鈍間どもっ!」
全周波で発せられた通告にキラは目を見開き、カナードは口汚く言葉を吐き捨てる。しかし、その言葉とは裏腹にカナードの口元は笑みの形を浮かべていた。
すでにアークエンジェルは虫の息。それでもまだまだゴキブリの如き生命力を発揮して生き延びるのだろうが、このままオーブ領海上に追い込んでしまえば後は簡単だ。
自分達の手を煩わす事なく、オーブがアークエンジェルを撃沈してくれる。
そうなれば残るは忌々しいスピリットとストライク、そして五月蠅いスカイグラスパー二機だが、帰る母艦がない状態ではただただ嬲り殺しに遭うしかない。
「っ、ユウ!」
「今度こそ終わりだ!大人しく俺の前から消えろォッ!!」
所々に読み違いはあれど、大方カナードの思惑通りに事は進んだ。
彼が思った以上にイージスとゲイツが不甲斐ない─────或いは、スピリットがただただ強かったのか。
だが、今となってはそんな事はカナードには関係なかった。
結末は決した。
カナードの脳内では、後はどうこの相手を殺していくかという段取りが立てられていく。
そう、カナードの読みは完璧だった。
数的優位を駆使してアークエンジェルの位置を誘導し、オーブ領海へ追い込む。
スピリットを追いやられ、数的不利を一方的に背負わされた彼らにはこちらを押し込んで位置を戻す余裕はなく、粘ってもやがてオーブ軍艦隊が彼らを落としにやって来る。
しかし一つだけ、カナード・パルスでも読み切れなかったイレギュラーが、今のアークエンジェルには乗船していた。
『この状況を見て、よくそんな事が言えるなっ!』
突如スピーカーから響いたのは、凛とした若い少女の声だった。
「なに、女…!?」
「カガリ!?」
彼らの機体のモニターには小さく、オーブ軍将校の男の顔が映し出されていた。
そしてその隣には新たに、アークエンジェル側から発せられた通信に載って、金髪の少女─────カガリ・ユラの顔が映し出された。
『アークエンジェルは今からオーブの領海に入る!だが攻撃はするな!』
『勝手な事を!なんだ、お前は!』
『お前こそなんだ!お前では判断できんというのなら、行政府へ繋げ!父を─────ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!私は…私は─────カガリ・ユラ・アスハだ!』
「「なっ─────!?」」
奇しくも、その口から発せられた名前にキラとカナードが驚愕の声を漏らしたのは同時だった。
「アスハ…?」
「カガリ、だと…!」
驚きを示す理由は違えど、戦場に響き渡った声によってキラもカナードも動きを止める。
二人だけじゃない。この戦闘区域に居る全ての者達が、動きを止めざるを得なかった。
激しさを増し続けて尚、収まりを見せなかった戦闘は余りにも突然に、凍り付いた瞬間であった。
インカムをカガリに分捕られたカズイが、ひゅっと勢いよく息を吸い込む。
ウズミ・ナラ・アスハ─────その名を知らないオーブ国民はいない。いや、オーブ国民でなくとも─────少なくとも、今アークエンジェルの艦橋にいる全員が、その名を一度は耳にし、記憶に刻まれていた。
オーブの前国家元首にして、伝統ある代々首長を受け継ぐアスハを名乗った少女─────ウズミを父と呼んだカガリによって、艦を取り巻く戦場と同じく、この場の空気が凍り付く。
静まり返った艦橋の中で、唯一キサカだけがやれやれというように肩を竦めていた。
『な、なにを─────何をバカな事をっ!姫様がそんな艦に乗っておられる筈がなかろう!』
モニターの向こうでカガリの言葉を聞き、暫し呆然としていた将校だったが、唾を飲み込み我を取り戻すと勢いよく声を上げた。
「なんだとぉ!?」
『もし仮に、それが真実であったとしても!何の確証もなしにそんな言葉に従えるものではないわ!』
無理もない反応だった。
それが例え、未だ大きな影響力を持つ首長の娘であったとしても─────一人の少女と国家の危機、天秤に掛けるまでもない。
「おいっ!?」
通信は一方的に切られ、返ってくる音声はノイズのみとなる。
カガリがマイクに向かって喚くが、彼女の声はもうオーブ側には届かない。
「っ!?」
艦橋の空気が未だ抜けたものに満ちていた最中、響き渡る衝撃が否応なしに現実を思い出させてくる。
オーブ軍の介入に焦ったのか、バスターがライフルを連射してきたのだ。
これ以上の介入を許さないまま、アークエンジェルの足を止める算段らしい。
そうはさせじと、スカイグラスパー一号機がランチャーを連射してバスターを狙う。
それを皮切りに、再び戦場が忙しく動き始める。
一号機に狙われたバスターの援護にブリッツが動き、そしてブリッツを追い掛けて二号機もまた動き出す。
ストライクとデュエルが再び交戦を始め、乱入しようとするハイペリオンをスピリットが阻害。
そして、そんなスピリットの背後から、片腕を失う損傷を負いながらも戦意を損なわないイージスが襲い掛かる。
激しいモビルスーツ戦の中、アークエンジェルには容赦なく敵からの流れ弾が降り注ぐ。
装甲に命中する砲撃、艦橋を揺らす衝撃。
クルー達は歯を食い縛りながら、必死にアークエンジェルの態勢を保ち続ける。
スカイグラスパー一号機と二号機、そしてバスターとブリッツによる四機入り乱れた攻防の中で、不意に二号機の砲撃がバスターのグゥルを掠めた。
火を噴くグゥルは高度を保つ事が出来ず、バスターが頭から海へと落下していく。
そんな中、体勢を崩しながらもバスターはせめてもと最後の一射をアークエンジェルへ向けて撃ち放つ。
その一射が、アークエンジェルのエンジンを直撃した。
船体が大きく揺れ、傾いていく。
「一番二番エンジン被弾!四十八から五十五ブロックまで隔壁閉鎖!」
「推力低下、高度維持できません!」
艦橋の至る所から、矢継ぎ早に絶望的な報告が上がる。
ここまでか─────マリューの脳裏にその一言が過る。
バスターが海へと落ちた事により、モビルスーツ戦の状況は一気に打開される。
しかし一部エンジンを失い、飛行能力を失ったアークエンジェルは傾き落下していく。
その方向は、オーブの領海。
ノイマンとトールが必死に操艦するが、失速する艦の落下は止まらない。
「これでは領海へ落ちても仕方あるまい」
マリューの耳に、キサカの声が届く。
気付けばキサカはマリューの傍らにいて、落ち着いた表情で彼女の顔を覗き込んでいた。
「心配はいらん。第二護衛艦群の砲手は優秀だ。上手くやるさ」
「─────」
その言葉の意味を一瞬で吞み込んだマリューは、絶望に濡れた表情を引き締めて顔を上げる。
マリューはキサカへ向けて頷きを返してから、操縦席へ向き直った。
「ノイマン少尉!操縦不能を装ってオーブ領海へ!オーブ艦への発砲は厳禁とします!前線の四人へもそう伝えて!」
後半はCICへと向けられた命令に、ノイマンとミリアリアが戸惑いながらも答える。
激しく黒煙を噴き上げながら、アークエンジェルは船体を傾けて落下していき、オーブ艦隊の中へと着水した。
「ちっ、こいつら!」
その様子をアスランは唇を噛み締めながら目にしていた。
オーブ領海内で着水したアークエンジェル─────奴らの目論見通りにいかせるものかと、機体を動かそうとしたアスランだったが、その前に全周波でオーブ艦隊から通告が発せられる。
『警告に従わない貴艦らに対し、我が国はこれより自衛権を行使するものとする!』
途端に砲撃が始まり、瞬く間にアークエンジェルの周囲に砲弾が撃ち込まれていく。
高い水柱がいくつも上がり、あっという間に白い艦影は覆い隠され、アスランの目から見えなくなっていく。
「くそっ…!」
アスランの視界で、何とかフォルファントリーの照準を合わせようと飛び回るハイペリオンが映る。
しかし、その動きを阻害するように、オーブ籍の攻撃ヘリが現れる。
「…邪魔をするというのなら」
「っ、止めろ!」
カナードの気持ちは、アスランにも痛い程よく分かる。
アスランとて、許されるならオーブなど構わずアークエンジェルへ向けて突っ込んでいきたくて仕方がない。
しかし、状況を受け入れる冷静さを辛うじて残していたアスランが、突っ込んでいこうとするカナードへ呼び掛け止める。
「撤退だ」
「貴様─────」
「バッテリーも残り少ない。…俺達の独断で
「…ちっ!」
「…イザーク」
「分かっている!」
先に撤退していくカナード。
その傍で未だに上がる水柱を見つめるイザークを呼ぶ。
苛立たし気に一言返答してから、イザークもまたデュエルを引き返させる。
「…」
ブリッツも退き、その場に残ったのはイージス一機となる。
アスランは最後にもう一度、アークエンジェルを見遣ってから、先に引き上げた仲間を追って機体を駆る。
─────何も出来なかった。
新しい機体を受領したミゲルという戦力を加え、満を持して臨んだ戦いだった。
アスランはミゲルと組み、スピリットと対し、しかし手も足も出ずあしらわれた。
─────キラ…、また強くなっていた。
仲間の支援へと向かうスピリットを追う途中、アスランはストライクとハイペリオンの交戦の一部始終を目にした。
キラは、ストライクは、恐るべき戦巧者となっていた。
態度はともかく、ザラ隊の誰もが一目を置いているカナードを相手取り、互角の戦闘を繰り広げていた。
もし、あの場でストライクと戦っていたのがカナードではなく自分だったとしたら─────キラを上回っていただろうという自信を、アスランは持つ事が出来ない。
「…っ」
ギリッ、と歯を噛み締める音がイージスのコックピット内に響く。
やり切れない気持ち─────強い悔しさを抱きながら、アスランは母艦へと帰還する。
彼らが去った後、ようやくオーブ艦隊による砲撃が止み、そこには着弾による衝撃によって海面が波打つだけで、白亜の巨艦の姿はどこにも見えなくなっていた。