フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE51 慈愛は届かず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦内通路を歩く一人の少女。

 きょろきょろと、何かを探しているのだろうか─────周囲を見回す少女の姿を、丁度廊下の角から姿を現した赤毛の少女、フレイが見留めた。

 

「キラ?」

 

 フレイがその少女、キラに呼び掛ける。

 するとキラはびくり、と体を震わせながら勢いよく振り返る。

 

「ふ、フレイ?」

 

 フレイが現れた事に全く気付かないまま、その上で突然声を掛けられた事に相当驚いたらしい。

 

 キラへと歩み寄りながら、フレイが謝罪の意を込めながら掌を広げる。

 

「ごめんなさい。…でも、どうしたの?誰か探してるの?」

 

 驚かせてしまった事への謝罪の後、何をしているのかキラへと尋ねるフレイ。

 

「…ねぇフレイ。ユウを見なかった?」

 

「え?ユウ?見てないわよ」

 

 キラは少し空白を置いてから、質問を投げ掛けた。

 

 そういえば、とフレイは頭の片隅で引っ掛かりを覚える。言われてみれば確かに、ユウが居ないとフレイはここで初めて気付いた。

 

 キラとユウはよく一緒に居るし、むしろこうしてどちらかが一人でいる方が珍しいとさえ言える。

 特にここ最近は、モルゲンレーテからの依頼で二人セットで見かけるのが殆どだった。その依頼も昨日で完遂したのだから、別に二人一緒に居なくてはいけないという事にはならないのだが─────

 

「ユウと何かあった?」

 

 どうもキラの様子が可笑しかった。

 何かに焦っている様にも見えるし、何かを心配している様にも見えるし─────ハッキリとしないが、今のキラを放っては置けない気がした。

 

「…何かあった訳じゃないんだけど」

 

 一度頭を振ってから、キラは顔を上げる。

 

「ねぇ、フレイ。今のユウ、何か可笑しいと思わない?」

 

「可笑しいって…そんな事はないと思うけど?」

 

 フレイの質問に対するキラの返答は、要領を得ない曖昧としたもの。それだけでなく、続けて質問を返してきたキラにフレイは少々困ってしまった。

 

 ただ…、キラがそう思うには何か理由がある筈だ。

 フレイからの視点では気付かない、しかしキラからの視点では気付けたユウの変化。

 

「キラはユウを可笑しいって思うの?」

 

「可笑しい…うん。今のユウは、少し可笑しいと思う」

 

「どうして?」

 

 キラ程ではないが、フレイもユウとは親交がある。

 ユウはフレイのキラと一緒に戦いたいという、勝手な願いを受け入れ、戦い方を教えてくれた─────謂わば師匠とも言える存在だ。

 

 ほぼ四六時中、ユウと一緒に居るキラが心配になる程の何かがあるというのなら、フレイとて心配になるし、何とかしたいとも思ってしまうのだ。

 

 その為にも、キラが気付いたユウの変化が何なのか、知りたいのだが─────

 

「…分からない」

 

「ちょっと」

 

 俯き、か細い声で返答するキラへ思わずツッコミを入れてしまった。

 キラの表情がうぐっ、と苦々しいものへと変わる。

 

「それ、キラの気のせいじゃないかしら?」

 

「わ、私だって何度もそう思ったよ!でもっ!」

 

 どうやらキラ自身も自覚しているようだし、とことん問い詰めてみる事にしたフレイ。

 一方、フレイに問い詰められたキラが勢いよく反論しようとする。

 

「だけど…」

 

「…」

 

 しかし、その後の言葉が続かない。

 

 きっと、キラも苦しいのだ。自分でもハッキリしない、正体の掴めない焦燥。

 気のせいと思おうとしても拭えない不安に、フレイにとって大切な友人が、妹にも等しい人が苦しめられている。

 

 ─────ユウ、アンタの所為よ。

 

 そして、そんな大切な友人を苦しめているのがユウ─────男という事実に、フレイの心が怒りの炎によって燃え上がる。

 

「ねぇキラ。私も一緒にユウを探すわ」

 

「え?えっと…フレイ、一応聞くけど、どうして?」

 

「私の大切なキラにこんな顔させてるんだもの。一発ぶん殴らなきゃ気が済まないわ」

 

「殴っちゃダメだよ!?えっと、その…ユウにも色々あるだろうから、そんなに怒らないで?」

 

「…大丈夫よ、キラ。ちゃんとグーで殴るから」

 

「何も大丈夫じゃない!?」

 

 必死にユウを庇おうとするキラの姿勢が、フレイの怒りを更に助長させた。

 何故ここまでフレイが怒り狂っているのか分からないキラは、尚もユウを庇い、火に油を注ぎ続ける。

 

 やがて、フレイは肩を怒らせ、背後にキラを伴いながらずんずんと、ユウの姿を求めて艦内を歩き回るのだった。

 

 なお、二人はユウの姿を見つける事が出来ず、探索は終了を迎える事となる。

 

 何故なら、現在ユウはここには─────アークエンジェルには居ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ軍本部─────注意深く他の区画から離されたとある一室のドアが開く。

 室内で待っていた男女が直後、立ち上がって部屋の中へは入って来た男─────ウズミ・ナラ・アスハを出迎えた。

 

「ヤマトご夫妻…ですな?」

 

 ウズミが歩み寄ると、夫妻は小さく頭を下げた。

 ヤマト夫妻─────即ち、キラの父と母、ハルマとカリダである。

 

「…二度とお目にかからない、というお約束でしたのに」

 

「運命の悪戯か…。子供らが出会ってしまったのです。致し方ありますまい…」

 

 硬い声を発したカリダに、ウズミもまた硬い声で返す。

 

 返答を受けたカリダが鋭い視線をウズミに向けるが、それも僅か、彼を責める事は出来ず沈痛な面持ちで俯いてしまう。

 

「ヘリオポリスが崩壊、あの子はよりによって地球軍に入ってしまう…。そして、今度は()()だ…。どうして、こんな事に…!」

 

「だからあの時、レノア達と一緒にプラントへ移っていればと─────いえ、ごめんなさい。今更言っても、仕方ない事よね…」

 

「…ヘリオポリスの件は申し訳ない。あれはこちらに非がある事だ」

 

 震える声で話し合うヤマト夫妻へ、ウズミが頭を下げる。

 

 すると、カリダはまた一瞬、どうしようもない怒りをその目にちらつかせたが、やがて静かに頭を振った。

 

「ウズミ様のせいではありません。それに、詫びてくださっても、それこそ今更どうしようもない事です」

 

「…今更どうしようもない事。確かにその通りです。ですが、貴方方にはどうしても一言謝罪を申さなければ気が済まなかったのです。─────私も、彼も」

 

「…彼?」

 

 沈痛な面持ちを保ち続けていたヤマト夫妻が、初めてそれ以外の表情を浮かべた。

 

 驚き、戸惑い、それらが籠もった視線を受けながら、ウズミは口を開く。

 

「貴方方にどうしても会いたいと、謝らなければならないと、そう仰る方を連れて来ています。無論、断られるのなら、素直に引き下がるとも仰られています」

 

「「─────」」

 

「…どうか、会って頂けませんか」

 

 ウズミが再度頭を下げる。

 

 少しの間、沈黙が流れた後、ウズミの頭上で視線を交わしていた夫妻がやがて頷き合い、そしてハルマが口を開いた。

 

「分かりました」

 

 返答を聞いたウズミは顔を上げ、そして今度は感謝の意を込めて三度頭を下げた。

 

「入りたまえ」

 

 そして、扉の方へと振り返り、声を上げたウズミ。

 

 すでにウズミが口にした人物は扉の前に待機していたらしい。ウズミが声を発した直後、部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 

「…貴方は?」

 

 開かれた扉から部屋に入って来たのは、金髪碧眼の少年だった。

 神に愛されたかの如き容姿に目を惹き込まれながら、カリダがゆっくりと尋ねる。

 

「この度は、貴方方と言葉を交わす機会を頂き感謝申し上げます」

 

 少年は夫妻へ向けて一礼、感謝を述べてから自身の名を名乗る。

 

「申し遅れました。私の名は、ユウ・ラ・フラガ。─────己の死すら金で買えると思い上がった愚か者、アル・ダ・フラガの息子です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の自己満足だって事くらい分かってる。あの二人は俺の顔なんて─────フラガという名を聞く事すら、忌んでいるだろう事くらい、分かってる。

 

 ただ、これは()()だと思ったんだ。

 死んだ奴の代わりに、俺が二人の前に顔を出す事が。奴の代わりに謝罪をする事が。

 そして、これから受けるであろう罵詈雑言を、もしかしたら暴力を、受け入れる事が。

 

「ふら、が─────?」

 

 俺の名を聞いたカリダ・ヤマトが、弱々しい口調で家名を復唱する。

 彼女の隣では、ハルマ・ヤマトが何も言わないまま呆然と、俺の顔を見つめていた。

 

「貴方、が…、キラを…」

 

 俺を見ながら何やら呟いているカリダ・ヤマトの目に、次第に憎悪の色が灯り始める。

 

()()()を…っ!」

 

「っ、カリダ!」

 

 直後、彼女は憎悪を剥き出しに俺へと向かって来ようとした。

 しかし彼女が俺の元へ辿り着く前にハルマ・ヤマトが彼女の腕を掴む事で、動きを止める。

 

「離して!こいつが…こいつが!」

 

「止めるんだ!違う…この子は何も悪くないだろう!?この子がキラにあんな事をしたんじゃない!この子が()()()さんを殺した訳じゃない!」

 

「っ─────あぁ…、あぁぁぁ…!」

 

 ハルマ・ヤマトの腕に抱きしめられ、体を震わせながら号泣するカリダ・ヤマト─────彼女に向かって俺は一歩足を踏み出す。

 

「フラガ君…!」

 

 小さくとも鋭く、俺を諫めようとするウズミの声が掛かる。

 それでも足は止めず、一歩、また一歩と抱き合うヤマト夫妻へと歩み寄っていく。

 

「いいえ。貴女の怒りは正しい」

 

 そう、彼女の怒りは正しい。彼女は愛する姉を殺された。下手人は違えど、事件に関わり、要因を生み出した一人と言っていい男の息子が─────仇の息子が居るのだから。

 

「貴方達とキラには、俺を殺せる権利がある」

 

 ゆっくりと、二人の顔が上がり、二対の視線が俺へと突き刺さる。

 

 その瞳を見るだけでは、二人の心の内を読み取れない。

 彼らが抱くは惑いか、怒りか、殺意か─────

 

「…無様に死んだ親父に代わり、貴方達に謝罪を申し上げる」

 

 深く、夫妻に向かって頭を下げる。

 数秒、数十秒、長く、長く頭を下げ、そして顔を上げてから、抱き締め合ったままの夫妻へ真っすぐに視線を向けて、本題を切り出す。

 

「俺はここに、貴方達からの裁きを受ける為に来ました」

 

 ─────裁きを受ける為に………違う。彼らの意志に任せる様な言い方をしてその実、俺は裁きを受けたがっている。

 

 いや、裁きなんて生温い。いっその事、殺してくれと─────ユウ・ラ・フラガ()は、彼らに殺されたく思っている。

 それが逃げだと理解していても、彼らの憎しみが本物なら、殺意を以て殺してくれるなら、それはもう仕方ないのではないか、と。

 

 抱えきれない大きな罪から、終わりの見えない贖罪から、どうか解放してほしいと、哀れで、無様で、どうしようもない願望を抱いて─────それなのに。

 

「…いいえ。私は貴方を殺しません」

 

 真っ先に返答をしたのは、カリダだった。

 

 俺の視線を真っ直ぐに受け止めながら、カリダはハルマの腕から抜け出て体をこちらへ向ける。

 

「…仇を討ちたいとは思いませんか」

 

「貴方は仇ではないもの。…私には貴方の願いを叶えてあげられないわ」

 

「─────」

 

 心臓が跳ね上がる。カリダは、心の奥底に隠していた筈の俺の願いを読み取っていた。

 

 瞳を揺らす彼女は罪人を憐れんでいるのだろうか─────こちらへゆっくりと歩み寄って来る。

 

「悲しい目…。私達に対する罪悪感、だけじゃないのね。キラ…うぅん、きっと、あの子にだけじゃない。貴方は、貴方に関わった全ての人達に罪悪感を持っている」

 

「何を…、言って…」

 

「貴方がどうして、そこまで重く自分を責めているのかは分からないわ。分からないけれど、罰が欲しいのなら、一つだけ私から貴方に、お願いするわ」

 

 一拍置いて、彼女は再び口を開いて続けた。

 

「キラを、私達の娘を─────守って」

 

「勝手に死ぬなんて、許さないわ。絶対に生きてキラを、私達の元へ帰して。…これが、私達から貴方へ下す罰です」

 

 カリダの背後で、ハルマが俺を見ながらゆっくりと頷いた。

 

 夫妻の思いは一つ。

 生きて帰って来た娘と、また一緒に─────そんな至極当たり前でありながら、途轍もなく重い願いを、二人は俺へ託した。

 

 二人からすれば、仇の息子である筈の俺に─────。

 

「…分かり、ました」

 

 自信は全くない。戦いに身を投じてから今まで、何も出来ず、変えられず、ただ流れを乱すしかしなかった俺が、キラを彼らの元へ帰すなんて─────果たして出来るのだろうか?

 

 出来ません、と咄嗟に口を突いて出そうになった一言を抑え込み、承諾の返答をすれば、夫妻はさっきまでとは打って変わって微笑みを見せた。

 

 そう、出来ないなんて言える筈もなかった。

 だって、それを口にしてしまえばもう、何もかもが壊れてしまう─────そんな予感がしたから。

 

 今更何が壊れるというのだろうか─────いや、まだ残っているものはある。

 それこそ、夫妻から託されたキラが、プラントに居るラクスが、ずっと兄として俺に接してくれたムウが。

 今や俺を師として見始めているフレイを始めとした、俺を友として見てくれているトール達。パイロットである俺を子供として、あれやこれやと心配して、支えてくれるアークエンジェルのクルー達。

 

 …そう、だよな。やっぱり、途中で全てに背を向けるなんて出来っこないよな。そんな虫の良い話がある筈がない。

 

 居場所がない筈の場所に飛び込み、場を引っ掻き回し続けた挙句、尻尾を巻いて、何もかもを見殺しにして逃げ出す─────許される筈がない。

 

「ユウ君、私達は待っているよ。()()()()が、生きて戻って来る事を」

 

 俺の謝罪は受け取って貰えず、代わりに罰の施しを受ける事となったヤマト夫妻との邂逅はこれにてお開きとなった。

 

 アークエンジェルへと戻った俺は、食事を摂る事もなく自室へと戻り、その瞬間にようやく自覚した疲労感と共に泥の様に眠りに着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後のハルマの言葉が、罪に溺れるユウの耳に届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガンダム史上屈指の聖人ヤマト夫妻との邂逅でした。
いやまあ、多分仇の息子が相手でもあの二人なら慈愛を持って接すると思いますよ。

なお、慈愛は届かず…。
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