フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE52 涙の旅立ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザラ隊が受領した母艦クストーは、オーブから北に当たる海域にてアークエンジェルの待ち伏せをしつつ、現在は補給を受けていた。

 アークエンジェルがアラスカを目指すのなら、間違いなくこの海域を通過する─────オーブを出国すればすぐ、索敵に掛かる筈だ。

 

 オーブでキラと再会して、アークエンジェルがまだオーブに居ると確信を得てから二日が経った。

 仕事を終えて、クストーから離れていく補給艦を眺めながら、ふとこの二日間を思い返す。

 

 この海域で待ち伏せをするとアスランが決めてから、異を唱え続けていたイザークとディアッカも、もう諦めてしまったのかこれ以上は何も言って来ない。

 ミゲルとニコルは自分を信じているのか、初めから異を唱えてくることはなかったが…。

 

 意外なのはカナードだった。カナードもイザーク、ディアッカと一緒に異を唱えてくるとばかり思っていたのだが、アスランの命令に賛同する側に回った。

 あれからどうも、カナードが纏う空気というか、雰囲気がほんの少しだけ穏やかになったように思える。

 ─────オーブで作戦行動中、同伴したのはニコルだった。彼がカナードに何かしたのだろうか?

 

「アスラン」

 

 クストーの甲板上で、静かな海を眺めていたアスランに声が掛けられたのは、そんな疑問を抱いた時だった。

 

 彼が疑問を抱いた張本人であるニコルが、微笑を携えながら歩み寄って来ていた。

 

「補給は終わったんですか?」

 

「ああ」

 

「そうですか。なら、向こうを見に行きませんか?さっき、あっちの方でトビウオが跳ねてたんですよ!」

 

 子供の様に興奮した顔で告げるニコルに、アスランは思わず微笑ましい気分になる。

 

 地球に降りてから、母なる自然が見せる現象に、度々ニコルは無邪気な反応を見せていた。

 アスランにだけじゃなく、ミゲル、それこそイザークとディアッカに対しても、雲の形がどうとか、陽が落ちる瞬間、海の色がどう変化する、等いちいち報告してくるのだ。

 ミゲルは勿論、棘がありながらノリは良いディアッカも、ニコルの話に付き合っている様子が見られていた。イザークは────お察しだが、最近ニコルに対して反応が柔らかくなってきているのは、気のせいではないとアスランは確信していた。

 

 なおカナード─────こちらもお察しだ。彼がザラ隊に加入してから現在まで、隊員と交流を深めている光景は一度も見た事がないし、ニコルが彼に話し掛けに行く所も見た事がない。

 

「いや、いいよ」

 

 ニコルの誘いを、アスランは苦笑しながら断った。

 

「不安ですか?」

 

「え?」

 

 その笑みが硬い事に気が付いたニコルが、ふと労わる様な顔つきになる。

 ニコルの問い掛けに驚きながらアスランが振り向くと、柔らかな笑顔を浮かべていた少年は、力を込めながら声を発する。

 

「大丈夫ですよ!僕は隊長を信じてます!」

 

 アスランよりも一つ歳下の同僚は、事ある毎にこうしてアスランを気遣い、フォローしてくれる。

 ギクシャクしがちな仲間達の間を取り持ったり、他人の身を気遣ったりと、対人関係にも気を配る事の出来る人間だ。

 

 ─────そんなニコルを前にして、アスランは思ってしまう。

 もし彼に、自分の事情を説明したら─────キラの事を話したら、協力してくれるかもしれない、なんて。

 

「…ニコルは、どうして軍に志願したんだ?」

 

 何を甘えた事を考えているのだろう、と、アスランは自分の中に浮かんだ考えを打ち消す。

 ニコルには何ら関係のない、これは自分一人で成し遂げなければならない事。

 

 以前、ミゲルに話した時も言われた。

 どんな境遇があろうとも、今のキラは地球軍に与しているのだと。

 割り切らなければ、次に撃たれるのは自分かもしれないと。

 

 考え直したアスランは、不意にニコルに問い掛けた。

 

 こんな心優しい人間が、殺し合いとはあまりに似つかないニコルは、何故ザフトに志願し、戦う事を選んだのだろうと。

 

「…戦わなきゃいけないな、僕も─────って思ったんです。ユニウス・セブンのニュースを見た時に」

 

 ユニウス・セブン─────あの事件で母を亡くし、それが切っ掛けでアスランは銃を取る決断をした。

 

 ニコルも同じだったのか?

 あの事件を受けて、優しい彼はそれでも、義務感から銃を取る道を選んだのだ。

 

「あの、アスランは?」

 

 ニコルが遠慮がちに聞き返してきた。

 

「一緒だよ、ニコルと」

 

 もっと早く、こんな風にニコルと色々話す事が出来ていれば、どうなっていただろうか。

 

 そうすれば、もしかしたら彼にもミゲルと同じように、全てを打ち明ける事が出来ていたかもしれない。

 

「あっ、カナード!」

 

「─────」

 

 アスランの返答を聞き、にっこり笑ったニコルは、何かを見つけた様にハッとしてから、大きく手を振りながら声を上げた。

 

 ニコルが口にした名前を聞き、驚きつつアスランはニコルが見ている方へと振り返る。

 

 潮風に揺れる長い黒髪を鬱陶しそうに押さえながら、甲板へとやって来たのはカナード・パルス。

 カナードはいつもの仏頂面を浮かべながら、ニコルとアスランの方を見遣ってからすぐに視線を静かな海面へと向ける。

 

「アスラン」

 

「え?あ、ニコル!?」

 

 アスランを手招きしてから、静かに佇むカナードへと歩み寄っていくニコルを追う。

 

「カナードも海を見に来たんですか?」

 

「…あぁ」

 

「さっきあっちでトビウオが跳ねていたんですよ。見に行きませんか?」

 

「行かない」

 

「…」

 

 目の前の光景が、アスランにはどうしても信じ難かった。

 

 あのカナードが、他人と普通に─────ではないが、会話をしている。

 誰に話し掛けられても無視か、返答があっても皮肉の一つは必ず混じっていたあのカナードが、ニコルと会話をしている。

 

 確かにカナードの雰囲気は、入隊直後に比べて柔らかくなった。

 とはいえ、あのカナードが他人と会話を皮肉を無しに成立させている─────その成長に、アスランは感動さえ覚えていた。

 

「…カナード。無遠慮な事を聞いても良いですか?」

 

「…構わん。下らん事だった場合は聞き捨てるまでだ」

 

 まさか─────と、アスランがニコルに対し懸念を覚え、止めに入ろうとするものの、遅かった。

 

 すでにニコルは口を開き、カナードへと尋ね聞く。

 

「貴方はどうして、銃を手に取る事を選んだんですか?」

 

 アスランの心臓が跳ね上がる。

 

 ニコルに対してアスランは同じ質問をしたが、その時も余計な事を聞くべきではなかったと悔やんだ。

 心優しいニコルだったから、気分を害す事なく答えてくれたが、カナード相手では─────。

 

「─────目的があるからだ」

 

 怒鳴られるか、或いは無視されるか。後者であればどれだけマシか、というアスランの心配を他所に、カナードは思いの外穏やかにニコルの問い掛けに答えた。

 

 重々しい口調で、一見憎しみに満ちた声に聞こえるにも関わらず、何故か前を向くカナードの瞳には微かな迷いが見てとれた気がした。

 

「…カナードの目的って?」

 

「それを貴様らに打ち明ける筋合いはない」

 

「どうしても、ですか?」

 

「…何を勘違いしているか知らんが、俺は貴様を仲間とも何とも思っていない。こうして貴様との話に付き合っているのも、俺の気紛れに過ぎん」

 

 更に踏み込もうとするニコルに対し、カナードが目尻を吊り上げ、鋭く睨みつける。

 

 ─────流石に無遠慮に話し掛け過ぎたか。

 そう思ったアスランが止めに入ろうとした、しかしその前に、またもニコルが口を開く。

 

「はい!僕が勝手に貴方を大切な仲間だと思っているだけですから!お構いなく」

 

「え」

 

「…」

 

 笑顔すら浮かべながらそう言い切ったニコルに、アスランのみならず、カナードすらも驚き固まった。

 

「そうだ!アスラン、カナード、任務が終わったら、プラントに戻る前に旅行に行きませんか?勿論、ミゲル達も一緒に!」

 

「は?」

 

「行かない」

 

「カナード、そう言わずに!」

 

「行かない」

 

「…」

 

 確かに誰にでも分け隔てなく、積極的に話し掛けに行くニコルの性格は美徳とも思うが…流石に強引すぎやしないだろうか?

 

「カナード!」

 

「しつこいぞ貴様ぁっ!?」

 

「…いや、案外これはこれでいい、のか?」

 

 しつこく喰い下がるニコルに声を荒げるカナードだが、アスランが恐れていた暴力沙汰という所にまでは発展していない。

 それどころか、何というかこう、二人の姿を見ていると、兄弟にも見える様な─────

 

「おいおい、何か面白い事になってるじゃねぇか」

 

「ミゲル…」

 

 二人のやり取りを見ているとミゲルまで現れ、更にニヤつきながら二人のやり取りに加わろうとする始末。

 

「いい加減にしやがれっ!」

 

「ほげぇっ!?」

 

「ミゲルぅぅぅうううううう!!?」

 

「…はぁ」

 

 なお、ミゲルは殴られた。海に落ちなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。

 

 因みにアスランは見ているだけだった。ミゲルがカナードに殴られるのは当然だとすら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『注水開始します、注水開始します』

 

 地下のドックに警報が鳴り響き、アークエンジェルの両側から激しい勢いで水が噴き出した。

 

「オーブ軍より通達。周辺に艦影なし、発進は定刻通り」

 

 パルが報告し、マリューが「了解したと伝えて」と命じる。

 

 オーブへ入港してからおよそ二週間─────アークエンジェル、そしてスピリットとストライクの修理を終えて、遂に出港する時がやって来た。

 

 しかもオーブが護衛艦を出し、境界線を越えるまで隠れ蓑になってくれるという。

 

 そうこうしている内にドックに水が満たされていき、やがてアークエンジェルの底部を覆い隠した。

 

「…ドック内にアスハ前代表がお見えです。…フラガ少尉とヤマト少尉を上部甲板へ出してほしい─────と言われてますが?」

 

 パルが不審げな表情でマリューに伝えたのはその時だった。

 

 すぐに通達はユウとキラの二人に伝わる。

 二人は言われた通りにデッキへと出て、周囲を見回す。

 

「キラーっ!」

 

「カガリ!?」

 

 桟橋からこちらへ懸命に駆けてくる、軍服姿のカガリにキラが目を見開く。

 カガリはアークエンジェルのタラップを駆け上がり、キラの目の前で立ち止まる。

 

「カガリ、どうして…?」

 

「お前の、ご両親─────あそこにっ!」

 

 キラが言い切る前に、息も絶え絶えながら、カガリが監視ブースを指差す。

 

 弾かれるように振り返ったキラの視線の先、ブースにはウズミやエリカ、キサカの姿があった。

 その最前列には、キラにとっては懐かしい父と母の姿が。

 

「あ…」

 

 カリダはガラスに縋るように身を寄せて、何かを叫んでいる。

 

 声は届かなくとも、キラには─────いや、誰にでも分かるだろう。

 愛する我が子の名前を、必死に叫んでいるのだ、と。

 

 彼女の顔には笑みがあったが、頬には涙が光っている。

 ハルマはそんなカリダの肩に手を回して、いつもの穏やかな顔で優しく手を振っていた。

 

「…キラ」

 

「あれ…。可笑しいな…。私、二人に会うのが、怖くてしょうがなかったのに…」

 

 ユウに呼び掛けられるまで、いつの間にか頬に涙が伝っていた事にキラは気が付かなかった。

 

 父と母に会うのが怖かった─────人殺しの、手を血に染めた自分が何を言われるのかが怖かった。

 だけど二人は、いつもの優しく、慈愛に満ちた顔でキラを見て、彼女の旅立ちを見送っている。

 

 あれだけ会うのが怖かったというのに、今のキラは、そんな二人の顔を見られた事が嬉しくて仕方がなかった。

 

「お前っ、どうして…」

 

「カガリ、二人に伝えてくれる?…帰ったら、たくさん話したい事があるって」

 

「っ…!─────あぁ、あぁっ!分かった!必ず伝えるからな!」

 

 今度はキラが、カガリの言葉を遮った。

 

 濡れた頬を拭い、涙に潤む目元は赤く、それでもその顔には穏やかな微笑みを携えて、キラはカガリに再会の近いという伝言を託す。

 

 カガリは花が咲き誇らんばかりの笑みを浮かべながら何度も、何度も頷いて、そしてキラの首に飛びついた。

 

「お前…死ぬなよっ!絶対だからなっ!」

 

「…うん。カガリも、元気で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉妹の抱擁を少しの間見つめてから、俺はブースからこちらを見送るヤマト夫妻を見上げた。

 

 二人はウズミと一緒に何やら慌てふためいていた。その様子を苦笑を以て眺めていると、俺が見上げている事に気付いた三人が俺を見返す。

 

 彼らの微かに苦味が籠もった笑みを俺に返してから、瞬きをした次の瞬間には何かを俺に託そうと表情が引き締まる。

 

 ─────あぁ、分かっているさ。

 

「おいっ!」

 

 彼らから託された人へと視線を向けようとしたその時だった。

 

 キラとの抱擁を解いたカガリが、目元を赤くしながら俺を見ている。

 

 …こいつ、泣いたな。

 

「本当は…本当は、私はお前達についていきたくて仕方がない。けど…それじゃあ、ダメなんだよな」

 

「…あぁ、そうだ。お前がやるべき事は、今はこの艦にはない」

 

「だから私は残る。オーブに残って…私なりに戦争について学んで、どうすれば戦争が終わるのか、考える事にした」

 

 カガリの宣言を聞きながら、思う。

 この結論は、彼女一人で出したものなのだ、と。

 原作の様に、ウズミに叱責され、促されて湧き出た結論ではなく、カガリ自身が考え、選んだ道なのだ。

 

「お前も、死ぬなよ」

 

「…あぁ」

 

「絶対だからな。お前が死んだら、キラが泣くんだからな。キラを泣かしたら、絶対に許さないからな!」

 

「…うん。約束するよ」

 

「…ん」

 

 頷きながら返事を返すと、カガリが小指を立てながら右手を持ち上げる。

 一瞬、何事かと意味を図りかねたが、すぐに懐かしさと共に笑みが零れた。

 

 俺も同じように小指を立てながら右手を差し出す。

 二人の中央で、俺とカガリの小指が絡まった。指きりなんて、いつ以来だろう。

 

 数秒、絡め合った指はどちらからともなく離れ、そして俺達は背を向け合う。

 

 俺とキラが艦内へと入るとすぐに、アークエンジェルのメインエンジンに火が入った。

 

「カガリが言った事、本当だからね」

 

「え?」

 

 ゆっくりと航海に漕ぎ出したアークエンジェルの船体に震動が奔ったその時、隣を歩いていたキラが不意に言った。

 

 振り向いた俺の視線の先で、キラは上目遣いでこちらを見上げながら続けた。

 

「ユウが死んだら、私は泣くからね」

 

「…そうだな。それは、死んでなんかやれないな」

 

「そうだよ。…嫌だからね。ユウが死ぬなんて、絶対に嫌だから」

 

 カガリもそうだが、もしかしたらキラにも俺の黒い感情が伝わっていたのかもしれない。

 

 キラを不安に思わせた事に申し訳なく思いつつ、キラの肩を抱き寄せる。

 

「死なないよ。まだ、その予定はないから」

 

 そう、こんな所で死ぬ訳にはいかない。

 

 この子を置いて逝くなんて、許されるはずがない─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クストーの発令所に、アスランは上着を引っ掛けながら駆け込んだ。

 

「演習ですか?」

 

 尋ねると、艦長が顎をしゃくって見せながら、データパネルをアスランに示す。

 

「スケジュールにはないがな。北東へ向かっている。艦の特定、まだか?」

 

 落ち着いて見える艦長だが、その実、内心の興奮を抑え切れずにいた。

 

 アスランが勘とやらに従ってここで網を張る事に決めてから三日目。もうすでにアークエンジェルは出立し、追跡が届かない所まで行ってしまったのではないかと、隊長に疑念を向けたのも一度や二度では済まなかった。

 

 しかし、やきもきさせられた待ち伏せに、遂に成果があるかもしれない─────そう期待をしてしまうのも仕方はなかった。

 

「戦闘準備入ります。特定、急いでください」

 

 パイロットスーツに素早く着替え、イージスのコックピットに飛び乗った一方のアスラン。

 彼は確信していた。演習をしているという艦群─────その中に間違いなく、アークエンジェルは居る、と。

 

『艦隊より離脱艦あり!艦特定、足つきです!』

 

 アスランの確信は的中する。

 

 すでに愛機へと乗り込んだザラ隊の面々が、それぞれ一様に反応を示した。

 

 ミゲルが安堵の笑みを漏らし、イザークもまた微かに笑みを溢して鼻を鳴らす。

 ディアッカは口笛を吹き、ニコルが弾んだ声を上げ、カナードはこの後すぐに下されるであろう隊長の命令を静かに待つ。

 

 アスランは一瞬瞑目し、次に目を開けた時には、冷徹な顔つきとなる。

 

「出撃する!今日こそ足つきを落とすぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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