「いやもう!フレイ、ホントにすげーのなっ!」
食堂の中に響き渡るのは、興奮気味に喋るトールの声。
そんな彼の視線の先では、どこか呆れ気味の様子でトールの話に耳を傾けるフレイと、ヘリオポリスからの友人達がいた。
「さっきの戦いじゃストライクと連携で相手を追い込んでたし…!その前の戦いでも、ミサイルで相手のビームを防いだりさ!戦闘中だったけど、俺あれ見てついつい感動しちゃったよ!」
「感動って…、何でアンタがそんな風に思うのよ」
「だってさ!最初の頃はシミュレーターの成績、俺とどっこいどっこいだっただろ?それがさ、今じゃキラと肩を並べて戦えるんだから…、ホント、すげーよフレイ」
興奮しながら語っていたトールは、話が続く毎に次第に勢いが弱まっていき、やがて彼から羨望の眼差しがフレイへと向けられるようになる。
「あのねぇ…。アンタが出撃するなんて、ミリアリアが許してくれるとでも思ってんの?」
「うぐっ…、いやでも!それを言うならフレイだって、サイと話した上で出撃してるのかよ!」
「話してないわよ」
トールからの追及に対し、あっけらかんと答えるフレイに思わず「おい!」とツッコミが入る。
素知らぬ顔で食事を続けるフレイの両隣では、キラとサイが苦笑いをしながら彼女を眺めていた。
「キラと一緒に戦うって決めたのは私だもの。その選択に、誰にも文句は言わせないわ。それがサイであろうと、キラであろうとね」
戦うと決意したその意志はフレイのものであり、それは決して誰にも曲げられないものであり、フレイ自身が選んだ選択は、誰にも異を挟めない。
「むしろ、彼女の名前を出した程度で揺らぐようじゃ、出撃しない方が正解だったと思うわよ。…言っちゃ悪いけど、その程度の決意じゃ死ぬわよ」
「フレイ…!」
「なによ、サイ。私は間違った事を言ったつもりはないわよ」
トールへ容赦なく歯を着せぬ言い分を投げ掛けるフレイをサイが宥めようとする。
しかし、フレイは自身の言い分を曲げようとしない。
「サイには悪いけど、私は死ぬ覚悟が出来てる。キラを一人で戦場に行かせるくらいなら、死んだって良い─────そういう気持ちで私は戦ってるの。トール、アンタはそこまで覚悟が出来る?」
「…おれ、は」
フレイに問い掛けられたトールは言い淀み、瞳を揺らす。
揺れる彼の瞳はやがて、不安げに彼を見つめるミリアリアの顔へと辿り着く。
「ほら。それが答えよ、トール。アンタには無理。だから、ミリアリアの傍にいてやりなさい」
「…情けねぇな、俺。年下の女の子に人生説かれちゃってるよ」
最後に柔らかい微笑みを浮かべたフレイに嗜まれたトールは、頭を掻きながら勢いを収める。
「精神年齢が違うのよ」
「なんだとっ」
「止めなさい、トール。事実でしょ?」
「ミリィっ!?」
思わぬ恋人の裏切りに涙を流すトールと、そんな彼らのやり取りに笑みを溢す仲間達。
笑い合う少年少女達を、同じ食堂内に居る整備士達が微笑ましそうに眺める。
「でもフレイ、よく短期間であそこまで動かせるようになったよね。よくユウと一緒に訓練していたみたいだけど、どんな事をしてたの?」
そんな時、不意にこの場に唯一居ない、彼らと歳の近いもう一人の少年の名前がカズイの口から出た。
今、ムウから命令を受けて部屋で眠って休んでいるであろうユウとフレイは、よくシミュレーターで一緒に訓練をしていた。
というより、フレイがユウからパイロットとしての師事を受けていた─────というのが正しいだろう。
「別に特別な事はしてないわよ。ただ只管、敵機との戦闘シミュレーションを続けただけ」
「それだけ?」
「えぇそうよ。只管、只管─────ひたすら、ひたすらヒタスラ…」
「ふ、フレイ…?」
ユウとの訓練について思い返していたのだろう。視線を見上げながら語っていたフレイ─────だったのだが、次第にその様子が可笑しくなっていく。
不審に思ったカズイが、戸惑いながら呼び掛ける。
「背中にも目をつけろだとか、身構えてる時には死神は来ないとか…。無茶苦茶言うからシミュレーターを本人にやらせてみたら、平然と私へ要求した事を熟しちゃうし…。私、あの人は実は人間じゃありませんでしたーとか言われても驚かないわよ」
「フレイ、それは流石に驚こうよ…」
溜め息を吐きつつ、頭を振りながら言うフレイに苦笑を浮かべたキラが口を挟む。
他のメンバー達も、口を開きこそしないものの、キラと同じように苦笑いしていた。
「そういえば、そのユウはどうしたんだ?」
不意にそう口にしたのはサイだった。
キラ達ヘリオポリス組が食堂で談笑している間、彼らはユウの姿を見ていない。
アークエンジェルが砂漠へ降下した辺りから、その時点でパイロットという共通点があったキラ以外とも少しずつ親しくなってきた。
ここ最近は合間の時間は全員で、とはいかずとも誰かしらはユウと行動するという事も多かった。
「ちょっと、疲れちゃってるみたいで。フラガ少佐が無理矢理休ませてた」
「まあ、ずっと戦い続きな上に、私の訓練にも付き合ってくれてたしね」
その質問にまず答えたのはキラであり、それに続いて補足を加えたのはフレイだった。
オーブに入港中の短い間は戦闘から遠ざかったものの、モルゲンレーテからの依頼を熟していた為に休息というには程遠かった。
それはキラも同じではあるが、ユウはこれまでずっと、常に戦闘中に於いて最も過酷な場面に飛び込み続けていた。
宇宙ではクルーゼ隊の隊長であるラウ・ル・クルーゼとの一騎打ち。
砂漠でも砂漠の虎であるアンドリュー・バルトフェルド、そしてイージス─────アスラン・ザラとの交戦。
紅海に出てからは海中に潜り、水中用モビルスーツであるゾノ、グーンとの一対多での戦闘。
そしてオーブ沖での戦闘ではイージス、ゲイツの二機を相手取り、退けた。
「キラ、フラガ少佐、フレイにも何度も助けて貰ったけど…。何でだろ。いつの間にか、ユウが艦の近くに居たら大丈夫って─────そんな風に思っちゃう私が居る。そんな事、本当は思っちゃいけないんだろうけど…」
「ミリィ…。情けないけど、俺も同じだよ。だってあいつ…、すげぇもん」
これまで上げて来たユウとスピリットの戦闘─────クルーゼとの一騎打ち以外は、ほぼ無傷での生還を続けて来た。
だからこそ、彼らはいけないと分かっていてもつい、思ってしまう。
ユウ・ラ・フラガとスピリットが居れば、勝利はほぼ間違いない、と。
それがどれだけ危うい考えなのか、理解していても─────。
「…あー、ちょっとジッとしてられない。私、一回シミュレーターしてくる」
「ちょっ、フレイ。休んでなくていいのかよ?」
「そのつもりだったけどね。さっきの戦いも、ユウが前衛で注意を引き付けてくれなきゃ、私とキラの連携があそこまで上手くいってたか分からないし…。師匠におんぶにだっこっていうのも、そろそろ卒業しなきゃね」
「フレイ…」
瞳に強い意志を宿して、貪欲に強くなろうとするフレイの背中を、サイは見送る事しか出来ない。
─────サイ・アーガイルは、胸の奥で過る不安を、必死に見ないフリをしようとする。
その不安は、自身が傍に居られない戦場で、彼女が撃ち落とされないか─────というものではない。
勿論、それが全くないかと言えば嘘になるし、先程のトールではないが、彼女の隣で一緒に戦えない自分自身に情けなさを覚える、というのがサイの本音である。
今、フレイは
─────
婚約者として、フレイと良好な関係を築けているとサイは自負している。事実その通りであり、サイの自負は決して自惚れではない。
フレイの父、ジョージ・アルスターが戦死し、本人の意志で婚約者を解消できる状態にあっても、二人が婚約者として関係を続けている事が正にその証拠といえるだろう。
だが、フレイとユウが二人で訓練をしている所を見ると、胸の奥がチクリとする。醜い黒い感情が、ほんの少しだけ顔を出す。
─────シミュレーターの画面を二人で見ながら、顔を見合わせて何かを話すフレイとユウの二人。その間にサイは居ないし、二人の間に割って入る事も出来ない。何故なら、サイにはその能力がないから。
フレイとユウにはあって、サイにはない。
フレイとユウの世界に、サイは入り込めない。
「サイ?」
「っ─────な、なんだよキラ?」
「えっと…。顔色悪いけど、大丈夫?」
「…うん、大丈夫だよ。ありがとな、心配してくれて」
テーブルを挟んで対面から、キラがサイを呼び掛ける。
トール、ミリアリア、カズイの三人は何やら談笑しており、サイが深刻に考え込んでいた事に気付いたのはキラだけだ。
心配そうに尋ねて来たキラへ、サイは微笑みながら答える。
一体何を考えているんだ、とサイは自分を戒める。
フレイがユウを好き…?そんな筈はない。第一、ユウを好きなのはキラであって、それにユウもキラの事を憎からず思っている様だし、フレイが─────そんな事がある筈がない。
ある筈が、ない─────何度も自身に言い聞かせても、心の中から不安が打ち消えてくれない。
ユウを追い掛けていくフレイ─────そのまま、自分から離れ、どこか遠くへ行ってしまう、そんな不安が。
サイが言っていた通り、本当は部屋でゆっくり休んでいた方が良いのだろう。
地球連合軍の制空圏に入るまではまだもう少しある。先の戦いでザフト側は撤退したとはいえ、恐らくまたすぐに襲撃を仕掛けてくる筈だ。
次の襲撃に備えて休息をとる─────実に合理的な選択だ。
しかし、今のフレイはどうしてもジッとしていられなかった。
頭では休んだ方が良いと分かっていても、心がそうはいかない。今すぐ部屋に戻って休もうとしても、休まらない─────そんな絶対的な予感がフレイの中にはあった。
それならばいっその事、発散した方が良いだろう。故に、フレイは格納庫にあるシミュレーターへと向かう。
─────私、どうしてこんなに落ち着かないんだろう…。
フレイは不思議で堪らない。こんな事は初めてだった。
これまでは、出撃から戻ったらすぐ、疲労のあまり泥の様に眠るというのがお決まりのパターンだった。
だが、何故か今のフレイはどうしても眼が冴える。身体に疲労がないと言ったら嘘になるが、心が休む気になってくれない。
「あ…」
機体の整備が終わり、先の戦闘が終わってすぐは多く居た整備士達は、今は一人も居ない。
本来ならば静寂に包まれていなければならない格納庫─────現在、フレイ一人しか居ない筈の格納庫内ではどこからか電子音が鳴り響いていた。
音がした方へ視線を向けて、その先で目にした人物にフレイは小さく声を漏らした。
視線の先にあったのはシミュレーターであり、シミュレーターの画面と向き合い、訓練をしている人物は、フレイの存在に気付かない。
フレイはその人物に気付かれない様、足音を殺しながら近付く。
「ちょっと!」
「うぉあぁっ!!?」
そしてその人物の背後まで辿り着いてから、フレイは息を吸い込んでから、大声を上げた。
吃驚仰天とは正にこの事か。シミュレーターの席に座っていた人物は大きく体を震わせながら素っ頓狂な声を上げ、椅子からずり落ちそうになる。
両手は操縦桿から離れ、その結果、画面に映し出された機体が操縦者を失いフラフラと意味のない挙動を起こす。
途端、シミュレーター内の敵機にすぐさま機体が蜂の巣にされ、シミュレーションは一瞬にして終わりを告げた。
「何してんのよ、ユウ」
「あー…、さっきまでは休んでたんだぞ?」
「キラとフラガ少佐に報告するから」
「許してください」
先程までシミュレーションを熟していた人物─────ユウは、彼にとっての死刑宣告を無慈悲に告げたフレイに向かって見事な土下座を披露した。
ユウは否定するだろうが、自身が師として仰ぎ見ている相手の情けない姿に覚えた呆れを隠しもせず、フレイは大きく溜息を吐いた。
「まあ、顔色はずいぶんマシになったみたいだし、報告は勘弁してあげるわ」
「ありがとう。本当にありがとう」
「だけどキラ、物凄く心配してたわよ?」
「精神攻撃に切り替えるの止めない?」
訓練中はフレイへ容赦なく無理難題を吹っ掛け、精神攻撃を続けていたユウが、フレイに対して困り眉を浮かべながら懇願している。
フレイの中で何か新しい扉が開きそうになった。
「だって事実だもの」
「…だろうな」
「私も心配したわ」
「え?」
ユウが土下座した事によって空いたシミュレーターの席にフレイが代わりに座り、機械を起動しながらユウと会話を続ける。
「あんなユウを見たのは初めてだもの」
「…」
「本当に心配したわ。お陰で─────」
お陰で、落ち着かない─────と続けようとした所で、フレイはようやく、何が自分をこんなにも駆り立てているのかを理解した。
フレイにとって、ユウ・ラ・フラガは師であり、彼女から見れば絶対的強者であり、憧れの矛先であった。
そう、憧れ─────自分もこんな風になれれば。キラの隣で戦える─────そう考え、パイロットを志そうとしたフレイの思いを、最初に受け止めたのはユウであり、そしてその手助けをしてくれたのもユウであった。
そんなユウが、疲労困憊の青白い顔で弱った様子を見せた─────それがどれだけフレイにとって衝撃的だったのか、今の今まで彼女自身気付きもしなかった。
「お陰で、何だよ」
「─────お陰でキラがおろおろして大変だったわよ。ユウは大丈夫かな?ちゃんと休んでるかな?ってね」
「…そこまで信用ない?」
「ないわよ。現にアンタ、こんな所に居るじゃない」
「…それはお互い様だろ」
憎らし気な視線を送りながら言うユウに、フレイは一瞬目を見開く。
─────確かに、私もこいつと一緒。お互い様か。
「それもそうね。ねぇ、休む気ないならちょっと訓練付き合ってよ」
「だから俺はさっきまで休んでたんだっての…。一回だけなら見てやらん事もない」
「ありがとう!なら、始めるわよ」
機体モードをスカイグラスパーで、難易度をマックスに上げた状態でシミュレーションを開始させる。
─────あ、今なら分かるかも。キラがこいつに惚れた理由。
フレイの操縦軌道を見る為に、傍らまで近寄って来たユウの横顔を見上げながら、思う。
─────何というか、温かいのよね。こいつと居ると。
思い返せば、初めからそうだった。
フレイとユウが親しくなり始めたのはまだアークエンジェルが砂漠に居た頃─────フレイとユウが弟子と師の様な関係になったのもその頃だった。
その頃から、フレイはユウの傍に居る事に心地よさを覚えていた─────様な気がする。
─────だからって、別にどうもする気はないけど。
イコール恋愛感情、とは結び付かない。何しろフレイにはサイという婚約者が居るし、ユウにだってキラというフレイも一押しの女の子が居る。
だから、フレイとユウが
でも…それでも。
─────キラのついでに、アンタを守るくらいはしてやってもいいかな。…その必要があるかどうかは分からないけど。
なんて思う程度には、フレイ・アルスターという女の子は、ユウ・ラ・フラガという男の子に絆され始めてしまっていた。
「レーダーに艦影!」
クストーの発令所でオペレーターが鋭い声を上げ、海図に目を通していたアスラン達は弾かれた様に振り向いた。
レーダーパネルには動く光点が映っている。オペレーターは素早くデータを照合し、アスラン達が待っていた答えを口にした。
「足つきです!」
「間違いないか!?」
艦長が問い質すと、オペレーターは深く頷いた。
ニコルという年若いパイロットを失ったクルー達は、アスランのみならず強く意気を燃やしていた。
視線を送る艦長を見返すオペレーターの目には、確かな自信に満ち溢れていた。
「群島の多い海域だな。日の出も近い…、仕掛けるには絶好のタイミングだな」
パネルに送られてきたデータを見ながら、艦長が言う。
「今日で片だ、足つき!」
「ニコルの仇─────ここで絶対に取ってやろうぜ!」
イザークとディアッカが意気込みながら声を上げる。
結成時、協調も団結も何もなかったザラ隊が、今は心を一つにしていた。
ニコルの仇─────切っ掛けが仲間の死というのが実に皮肉ではあるが、しかし今の彼らは正に、一つの隊として理想の形を成している。
ミゲルが、カナードが、イザークとディアッカが、皆一様に
「─────出撃する」