空を厚く覆う雲から降り出した雨は激しさを増していき、やがて雷鳴が響き始めた。
雲の隙間から覗く稲光の下。数分前から降り出した雨が次第に激しさを増していったように、スピリット、イージス、ゲイツの戦いもまた熾烈さを極めていた。
イージスとゲイツは巧みな連携を駆使してスピリットを攻め立てる。
しかしスピリットも不規則な機動を披露しつつ、アスランとミゲルに動きを読ませないまま二人の連携攻撃を回避していた。
イージスがモビルアーマー形態に変形し、スキュラを放つ。
放たれた熱線に対し、スピリットが後退して回避─────前方の地面をビームが抉り、爆発と共に泥が舞い散る。
泥によって遮られたユウの視界─────舞い上がった泥を切り裂きゲイツが現れ、ラケルタビームサーベルでスピリットへと斬り掛かる。
シールドを掲げてゲイツの斬撃を受け止めたスピリットが、逆の手でビームサーベルを抜き放つ。
「っ─────!」
直後、ガクリとスピリットの姿勢が
すぐさま機体の体勢を立て直すも、鈍った剣戟はゲイツへと至らない。
ミゲルはすぐさま機体を後退させ、フォルティスとクスィフィアス─────計四門を一斉展開させる。
「くっ!」
苦悶の声を漏らしながらユウは後退を選ぶ─────否、後退をせざるを得なかった。
イージスがスピリット、ゲイツの戦闘に介入してからずっと、ユウはスピリットの
スキュラを躱した際、突如異音を発したスピリットの右足─────反応が悪いだけならまだいいが、いつも通りの
ユウの耳に異音が届いて以降、方向転換、回避動作、全てを左足を軸に行い続けて来た。
当然、その動きの違和感は手練れであるアスラン、ミゲルにも伝わっているだろう。
「右足だな」
「…あぁ」
ユウの危惧は当たり、アスランとミゲルはスピリットの動きの違和感、そしてその正体にも辿り着いていた。
ミゲルが正体を言い当て、アスランが静かに同意する。
「一気に攻め落とすぞ、アスラン!」
「そのつもりだ!」
一気に士気を上げ、アスランとミゲルがスピリットへと襲い掛かる。
イージスが両腕にビームサーベルを展開し、スピリットへ斬り掛かる。
スピリットがシールドを駆使しながら、辛うじてイージスの斬撃を受け流していく─────かと思えば、不意にイージスが後退し、機体の影に隠れていたゲイツが全砲門五門を噴かし、スピリットに砲撃の嵐を撃ち掛ける。
ユウは機体の姿勢を微かに沈ませ、反動を利用して高く跳躍する。
自身の真下を通り過ぎていく砲撃には見向きもせず、横合いから両腕に加えて両足のビームサーベルをも出力したイージスに向き直る。
スラスターを吹かして加速─────斬撃を掻い潜りながら回避し、背後へと回り込んでイージスを蹴りつける。
「ミゲル!」
「おうよっ!」
「!?」
ゲイツから狙われているであろう事をユウは予想していた─────だが、まさか落下していくイージスを足場にするとまでは、予測が至らなかった。
「よぉっ!いい加減お前ぇとの因縁もここまでにしようぜっ!」
「こ、のっ…!」
咄嗟にシールドを掲げるスピリット。
掲げられたシールドに対し、先程のスピリットと同じように足を降り出す。
蹴りつけられた衝撃は後方へ、スピリットは重力に従って落下していく。
スラスターを全開にまで吹かし、落下の速度を緩めようとするユウ。
しかしそうはさせじと、ゲイツは落下していくスピリットへ追い縋る。
「なっ…!?」
「おらぁっ!」
蹴りに続いて今度は体当たり─────原始的な攻撃の連発に、ユウは思わず目を剥く。
機体の武装を駆使しない攻撃の連発、しかしその原始的な攻撃はユウの思惑である機体の落下停止を崩し、スピリットを背中から勢いよく地面へ叩きつけた。
「アスラァンッ!」
「ちぃっ!」
ミゲルが呼び掛けると同時、イージスが再びモビルアーマー形態へと変形─────直後、放たれるスキュラ。
すぐさま機体を起こし、飛び込むようにしてその場から離れるユウとスピリット─────彼のすぐ傍らにスキュラが着弾した。
「ぐっ…、あぁぁぁぁぁっ!!?」
すぐ傍らでの爆発─────スピリットのコックピットに容赦なく襲い掛かる強烈な衝撃に、ユウの口から思わず悲鳴が漏れる。
「あ…、っ─────!」
コックピット内で起こった強い振動によって呆けた意識を立て直す暇もなく、ユウは逃げるようにその場から機体を後退させる。
何の根拠もない、ただの勘に従っただけのその行動は確かにユウの命を救った。
直後、先程までスピリットが寝転がって居た地面に、ゲイツのビームサーベルが叩きつけられる。
「逃がさねぇよ!」
立ち上がり、背中を向けて退いていくスピリットを追うゲイツ。
「そのポンコツの右足で、逃げられる訳ねぇだろっ!」
「くっ…!」
どの道、今のスピリットの右足の状態ではゲイツとの距離は離れる処か只管に縮まっていくのみ。
ユウに残されたのは、不調の右足を引き摺ったままでのゲイツへの応戦だった。
ユウはスピリットを向かってくるゲイツへと向き直し、そして意識を深く、深く集中させて─────彼の中で、何かが弾けた。
ゲイツはビームサーベルを構えて駆けながら、フォルティスとクスィフィアスを展開して一斉斉射。
二条のビームと二つの砲弾を、姿勢を傾けながら回避したスピリット目掛けて、ゲイツは続けざまに斬り掛かる。
スピリットを
スピリットの左足がユウの願いを受け、必死に踏ん張りを見せるも─────片足のみでゲイツの馬力を受け切るには余りに無謀だった。
踏ん張りが利かない右脚が崩れ落ち、傾いていくスピリットの姿勢。
直後、ミゲルはゲイツのビームサーベルをスピリットの頭上から振り下ろす。
「よしっ…!」
振り下ろしの斬撃はスピリットを脳天から真っ二つ─────とまではいかずとも、回避行動を起こしたスピリットも流石にこの斬撃は躱し切れず、シールドを握った左腕が半ばから斬り落とされた。
「これで、終わりだぁぁぁぁあああっ!」
「─────」
これで止めだと、ニコルの仇を今この瞬間討てるのだと、目の前の仇敵に止めを刺す事に
故に、スピリットの両肩に搭載されたレール砲が展開された事に気付くのが、ほんの一瞬遅れてしまった。
「なっ─────ぐおおおおぉッ!!?」
「ミゲル!?」
ゼロ距離での電磁砲の被弾─────その威力は凄まじく、PS装甲のお陰で貫かれこそしなかったものの、先程まで攻めに攻めていたゲイツはその一射で、形勢を引っ繰り返される。
といっても、この展開はユウにとっては織り込み済みのもの─────片足の不調の影響、機体の踏ん張りが利かないという影響は絶大だった。
何しろこうしてレール砲を二門放つだけで、機体が後方へと倒れ込もうとするのだから。
そんな状態で近接戦をしようとすれば、アスランもミゲルもまず間違いなく好機と乗って来る。
そこでどちらかが自身の体勢を右側へ崩させるよう誘導し、そしてスピリットの左腕を
憎き相手の部位を奪えば、一気に勝負を決めようとする筈─────その心の隙を、ユウは誘発させた。
ズシャァァァァアアアアア───────!
右後方へ倒れ込もうとした機体の重心の先に左足を割り込ませ、泥水を跳ね上げながら転倒を回避。
ゲイツが逃げる前にビームライフルを取り出して引き金を引く─────直後、ユウはライフルを後方へ向けて放り投げ、サーベルへと持ち替える。
放たれた光条はゲイツのメインカメラを貫く。そして、先程ユウが投げたライフルは、
「馬鹿な…っ!ミゲルッ!」
驚愕に声を戦慄かせながら喚くアスランの目の前で、スピリットの左足が地面を蹴り、スラスターを吹かしながら加速。
ゲイツのカメラ映像がサブに切り替わる前に、スピリットが懐へと潜り込む。
横一文字に振るわれた一閃が、ゲイツの両足を同時に捥ぎ落す。
更にゲイツのサーベルを握っていた右腕を逆袈裟に、続けざまに反撃しようとしたのか、展開された両肩のフォルティスも一文字にサーベルを振るって一気に斬り落とす。
そして、ほぼ達磨にされたゲイツからは距離を取り、背後に位置取っていたイージスと正面から向き直る。
「貴様ァァァァアアアアアッ!!!」
仲間が良いようにやられたその光景を前に、灼熱の如き怒りに満ちたアスランの心の奥底─────彼の中でもまた、何かが弾けた様な感覚に満たされた。
研ぎ澄まされた集中力、クリアになる視界、余分な思考は全てカットされ、ただ相手の一挙手一投足を読み取っていく。
互いに接近─────衝突─────弾かれるように離れた二機は互いの遠距離武装を撃ち合う。
ユウはレール砲、単装砲、計四門を開いてイージスを薙ぎ払うべく一斉に火を噴かす。
それに対し、極限にまで集中を研ぎ澄ませたアスランは砲撃の軌道を全て読み切り、合間を縫うようにして機体を動かしながら回避─────ビームライフルを二連射─────放ったビームに対してスピリットが回避行動を取ったのを見た途端、合間を置かずに機体をモビルアーマー形態へと変形し、スキュラを撃ち放つ。
飛び交う砲撃、遠距離での撃ち合いでは埒が明かず、イージスがスピリットに向かって飛び込んでいき格闘戦を仕掛けていく。
対してユウは徹底してイージスとの距離を保ち続けていた。
すでにスピリットは片腕を失い、更に右足の不調は更に悪化していくばかり─────この状態で近接戦に優れたイージスとの格闘戦を受けて立つ等、その結末は火を見るよりも明らかである。
「─────」
ビームライフルを撃ちながら距離を詰めてこようとするイージスへ向けて、計五門の遠距離武装で牽制。
必死にイージスとの距離を調節しながら、ユウは横目でコックピット内のコンソール画面を見遣る。
片腕の欠損、右足の不調によって強いられる無理な挙動、そしてここまでの戦闘での装甲へのダメージ。
思い当たる理由は挙げようとする程、キリがない。スピリットのバッテリーはすでに限界が迫っていた。
ここからユウとスピリットが再起を図るには何かしらをベットし、攻め込むしかない。
しかし─────
「ウオオオオオオォォォッ!!!」
スピリットが放つ火線を潜り抜け、遂にイージスが懐へ迫る。
両腕にビームサーベルを出力し、スピリットへ斬り掛かる。
左足を後方に、体勢を半身にしながら振り下ろしを回避。続けざまの二撃目、一文字に振るわれる横薙ぎは姿勢を低くしながら躱し、右手に握ったビームサーベルをイージスの胸部装甲目掛けて振るう。
イージスが後方へ跳躍しながらスピリットの斬撃を躱すと、空中で両腕に加え、両足のビームサーベルも出力─────今度は四刀流でスピリットへと斬り掛かっていく。
「くそっ…!」
力なく悪態を吐き捨てながら、ユウは機体を後退させるしかない。
レール砲、単装砲を駆使して抵抗するも、どちらも実体弾─────PS装甲にはダメージが入らない。
イージスはまだバッテリーに余裕があるのか、多少の被弾は気にも留めず、致命的な衝撃を受けるであろう砲撃のみ回避しながら、スピリットへとただ突っ込んでいく。
せめてシールドが残っていれば…、イージスの斬撃を受け止め、流しつつチャンスを窺う事は出来た。
しかし、先程ゲイツに斬り落とされた片腕と共にシールドは失われた。すでに二機の戦いの地点は移動を繰り返しており、シールドを拾いに行く事も出来ない。
「っ…!」
遂にスピリットのコックピット内にアラートが鳴り響く。バッテリーの残量が危険域へと達したのだ。
「お前は…お前だけは、ここで─────!」
「俺は─────」
容赦なく降りかかる猛攻を必死に凌ぎながら、しかし、凄まじい気迫を纏いながら襲い掛かるイージスを前にして、ユウの目から微かに力が失われる。
─────あぁ。もしかしたら、死ぬかもな。
「っ、ぐっ!?」
そんな思考が脳裏を過った途端、回避する為にやむを得ず踏み込んだスピリットの右脚がガクリと沈み込む。
直後、その隙を逃さずイージスの左腕が振るわれ、スピリットのメインカメラを斬り落とした。
衝撃に呻きながら機体を後退させようと操縦桿を動かし─────スピリットの右脚は、ユウの操縦に対して何の反応も示さなかった。
不調を訴えながらも尚、主を守る為に動き続けた機体は遂にこの瞬間、限界を迎えた。
「貰ったぁぁぁあああああっ!!!」
「─────」
完全に動きを止めたスピリットに、慈悲の無い刃が振るわれる。
アスランは決して、スピリットのパイロットを逃すつもりはなかった。確実に殺す─────コックピットを貫きさえすれば、まず間違いなくパイロットの息の根を止める事が出来る。
突き出されるイージスの右腕、ビームサーベルの切っ先。
迫る死神の刃を眼前に、ユウはこの瞬間、全てがスローモーションに見えていた。
近付く死を眺めながら、脳裏を様々な映像が過っていく。
この世界で生を受けて初めて見た光景、フラガ邸。
物心がつき始めるであろう年齢から容赦なく始まった、父親からの厳しい教育。
そんな中でもユウを気に掛けてくれた優しい母の顔。
屋敷が燃やされ、二人残された中で必死にユウを守る為に戦い続けた兄。
─────死ぬのか、俺。思えば、色んな事があったもんだ。
この世界で出会った大切な人を守る為に、俺は戦う事を選んだ。
初めはそんな風に心の底から思える人は兄さんだけだったけれど─────思い返せば、今では随分と、大切だと思える人の数が増えたな。
だけど俺が戦えば戦う程、深く事態に関われば関わる程に状況は悪くなっていった。
原作とは掛け離れた、原作以上の過酷な状況にアークエンジェルは巻き込まれ続けた。
それだけじゃない─────。
苦しみ、悩み、自分で考え抜いた末に戦う理由を導き出したキラは、
今、この世界で最も大切な人の一人といっていいキラが─────
大切な人を守る─────その為に戦うと決めた俺が、守ると決めた大切な人を戦いに巻き込んでしまった!
ふざけるなっ!いや、巻き込むだけならまだいいっ!
俺は戦うと決めたキラを前に、
キラの力が欲しいと、心の中で願ってしまった!
あぁ…、俺は何をしているんだろう─────。
生き残る為と、大切な人をも巻き込んだ挙句、その果ての結末が
アスランとイージスの刃に焼かれて、俺は死ぬ。
キラを残して─────兄さんとフレイと、アークエンジェルの仲間達を置いて、俺は─────。
『『ユウ』』
「─────!」
俺を呼ぶ誰かの声が、二つした。
瞬間、ゆっくりと流れていた時が加速する。
誰かの声に呼応するように、俺の心が、身体が、再び力を取り戻す。
「そうだ…」
操縦桿を握る手に力を込める。
「まだ死ぬ訳にはいかねぇだろ、俺はっ!」
キラを置いて死ぬ?許されない。
兄さん達を置いて逝く?許されないっ!
それに、俺にはまだもう一人の大切な人と交わした再会の約束がある!
その約束を果たす前に─────
「死ねるかぁぁぁああああっ!」
イージスの刃の軌道は真っ直ぐスピリットのコックピットへと向かっていく。
機体がその切っ先に貫かれるのは避けられないだろう─────だがせめて、コックピットだけは。
「アアアアアアアアァァァァァァッ!!!」
獣染みた雄叫びを上げながら、機体を突き動かす。
姿勢を少しでも沈み込ませ、同時に少しでも斬撃の軌道を逸らそうとスピリットの右腕を振り上げる。
右手に握られたビームサーベル─────振り上げられた刃は神速の如く、突き出されるイージスの腕を切り裂いた。
しかし、それよりも僅かに早く─────コックピット内を強烈な振動が襲った。
その直後、全身を包む灼熱の如き熱気─────俺の頭がその熱を認識、理解をする前に、ぶつりと音を立てながら、視界に映された映像が黒く途切れたのだった。
「や…った…?」
アスランの目の前には、
スピリットを支えていた両足が折れ曲がり、地面にその巨体が倒れ込もうとした、その瞬間─────巨大な爆発を起こす。
「─────」
イージスの装甲に爆発の衝撃が叩きつけられる。その衝撃は振動となり、コックピット内にも伝わるが、アスランは声も発さない。否、発せない。
爆破によって巻き上がる炎と黒煙が少しずつ晴れていき、やがてアスランの目は、地面に転がる色を失ったスピリットの残骸を目にした。
「あ─────俺は…」
そこでようやく、アスランの中で実感が湧き始める。
全てを尽くした。運にも助けられた。
その果てに、自分はスピリットを、ニコルの仇を討ったのだ。
「ニコル…、俺は…!」
両拳を握り、喜びの衝動が、叫びとなってアスランの口から飛び出す─────その直前の事だった。
イージスのコックピット内に敵機の接近を報せるアラートが鳴り響く。
「っ…、ストライク…!」
映像を切り替え、モニターに映し出されたのは、戦い当初とは
「キラかっ!」
憎き敵を打ち倒した。親愛なる仲間の仇をこの手で討った。
それでもなお、アスラン・ザラの戦いは終わらず─────彼にとっての死闘は、正に今この瞬間から始まる事となる。
この戦闘、もう一話だけ続くんじゃ…。
次回はキラちゃん視点で。