閃光の刻…四話かけて一先ず決着です。
ハイペリオンとの死闘の末、右腕を欠損、且つバッテリーを切らしてPSダウンを起こしたストライクは、一度アークエンジェルへ帰投し、エールストライカーからソードストライカーへと装備を換装してから再出撃していた。
キラが何故ソードへの換装を選んだかは単純な理由、ストライクが現在片腕しかないからに尽きる。
ランチャーストライカーを選んだとして、片腕ではメインウェポンであるアグニを抱えられても、発射後の反動に耐え切れない。搭載されているサブウェポンも、全て実弾砲であり、PS装甲持ちである機体相手では殆ど役に立たない。
一方のソードストライカー─────メインウェポンであるシュベルトゲベールこそ片腕では使用できないものの、ビームサーベル代わりにも使えるビームブーメラン“マイダスメッサー”に、ロケットアンカー“パンツァーアイゼン”と、ランチャーストライカーと比べればまだこちらの方が選ぶ余地が十二分にあった。
アークエンジェルから送られる位置情報を頼りに、ユウの元へと急ぐキラ。
途中、スピリットとの戦闘でやられたと思われるザフトの機体─────近付いてくるストライクに気付いたパイロットが、両手を上げながらコックピットから出てきて
その件についてはアークエンジェルへと引き継ぎ、キラは只管にユウの元へ急ぐ。
アークエンジェルから遠く離れ、スピリットにやられたザフト機が倒れていた地点からも更に離れていく。
そこらの地面はどこかしこも抉れ、周囲に生えていた木は倒れ、降りしきる雨の中未だに火を燃やし続けるものもあった。
キラの周囲に広がる光景が、ユウとスピリットを取り巻く戦闘がどれだけ激しいものだったのかを物語っていた。
─────ユウ…!ユウ!
晴れ間が見えない曇り空、激しい雨と稲光─────不安定な天候に釣られるように、キラの心が曇りがかっていく。
前回の戦闘後から少しでも休息はとれていた様にキラからも思えたが、その上でもユウの体調はお世辞にも万全とは言い難かった。
出撃前に交わしたユウの微笑みが脳裏を過る。
大丈夫、大丈夫、何度も自分に言い聞かせながら、しかしキラの心の不安をどうしても振り切れない。
「もう少し─────っ!?」
あと少しで、アークエンジェルから送られた座標へと到達する─────所まで至った時だった。
地面を揺るがす巨大な爆発と、ドーム状に広がっていく爆炎。
「ユウっ!」
突如起こった爆発に一瞬呆け、止まりかけたストライクの足を再び踏み出す。
今の爆発は?イージスとの─────アスランとの戦いは?ユウは無事なのか?
ぐちゃぐちゃに入り混じった感情を抱えながら、キラはスラスターを吹かしながら機体を跳躍させる。
上空へと舞い上がった機体、メインカメラを操作して爆発が起こった地点を見下ろし、目を凝らす。
「あ─────」
次第に晴れていく炎と煙─────その奥にぼんやりと、何かが立っているのが見えた。
モビルスーツだ。先程の爆発はどちらかがどちらかを打倒し、その結果起こしたものだったのだろう。
問題は、立ち続けているモビルスーツが何なのか─────その正体を目にしたキラは、呆然と力なく声を漏らした。
片腕を失いながらも健在の
赤いモビルスーツ─────そこに立っていたのは、イージスだった。
そして、イージスの周囲に散らばっていたのは─────先程爆発を起こしたのは、スピリット。
「あ…あああ……ああああああああぁぁッッッ!!!」
声にならない叫びを自分の口から上げている事にすら、今のキラには自覚出来なかった。
─────殺した…殺した!ユウを!あいつがっ、アスランがッ!
さっきまでの弱気な心はどこかへ消え去り、キラの胸には全てを焼き尽くす様な怒りが渦巻く。
「アスラァァァンッ!!!」
喚きながらキラはイージスに向かって突進していく。
ストライクの接近に気付いたイージスが振り返り、身構えるがキラは構わない。
その機体に乗っているのが幼い頃からの友だという事も忘れ去り、彼女は憎しみを込めてその名を叫び、刃を振り下ろす。
「ユウを…ユウを!」
イージスが後退し、振るわれた斬撃は空振り地面を焼く。
マイダスメッサーを力強く握り締めながら、刃を掲げて続けざまにイージスへと斬り掛かっていく。
「貴方が、ユウをっ!」
イージスもただではやられまいと反撃してくる。
互いの光刃を躱しながら、両者は激しく斬り合った。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
キラの目から溢れて落ちる涙。
─────ユウ…出会った時からずっと、キラは不思議な感覚に包まれていた。優しい温かさを持った人で、その温かさがとても心地よくて…、この気持ちの正体が一体何なのか、気付くまでそう時間は掛からなかった。
初めて会って、視線を交わしたあの時から、キラ・ヤマトはユウ・ラ・フラガに恋をしていた。初めて、少女は心の底から愛する事が出来る相手と巡り会えた。
何度も助けて貰った。何度も庇ってもらった。その度に私も─────と思いながらも、結局はユウの助けになる事は何も出来なかった。
『お前はコーディネイターなんだ。俺達の仲間なんだ!』
いつか、アスランがキラに言った言葉だ。
違う─────コーディネイターだからとか、ナチュラルだからとか、そんなもの関係なしに、分け隔てなく接してくれる人が居た。
キラの近くには運よくそんな人達がたくさん居て、その一人がユウで、そんなユウをキラは愛していた。
─────そのユウを、こいつが殺したっ!
意味を成さない叫びを上げながら、キラは更に激しく、熾烈にイージスへと斬り込んでいく。
イージスはそんなストライクの猛攻に晒されながら、ただ自身の身を守る事しか出来ずにいた。
「キラ…、どうして…っ」
迫りくるストライクは、一心不乱に刃を振るう。その一振り一振りが、全て自身を殺す為の代物で─────それがアスランには信じ難かった。
「お前は─────」
キラは
そう言葉を掛けた自分に、キラは『友達が居る』と返した。
それでも構わないと─────その友達とやらを守る為に、心優しく、決して血生臭い戦いには似つかわしくないキラが戦争に駆り出されるというのなら、彼女の意志を無視しても連れ出してやろうと思った。
だから、キラの隣で戦うスピリットが許せなかった。優しいキラを戦いに引き摺り出した一人である奴を、どうしても許す事が出来なかった。
「お前は…っ!」
ストライクがマイダスメッサーを投じる。
回転しながら迫るビームブーメランを、機体を翻しながら辛うじて回避した。
─────違う。自分はただ、嫉妬しただけだった。
どれだけ聞こえの良い言葉を並べても、結局はそこに尽きたのだ。アスランは今更になって、ようやく自覚をした。
幼い頃から見て来たあの笑顔─────あれが自分一人のものなのだと、自分は思い上がっていた。
だから、キラの隣で戦うスピリットにどうしようもなく怒りが湧いたのだ。
そんな資格は自分にはないというのに。
「自分の意志で、俺をっ…!」
ヘリオポリスから今に至るまで幾度となくアークエンジェルを襲い、スピリット、或いはストライクと交戦を続けた。
その度に、二機は─────二人は互いを助け合い、守り合い、慈しみ合っていた。
─────そうか、キラ。お前は、本当に…………。
キラが掛け替えなく大切に思っていた相手の命を、たった今自分は奪った。
そしてキラは、その事に憎悪を抱き、初めて自分に対して湧き上がった本当の殺意に身を委ねている。
─────ここで殺されるべきではないか…?
大切な人を、最も残酷と言っていい方法で傷つけてしまった自分は、ここで断罪されるべきではないか。
傷を受けた張本人に殺されるのなら、それが彼女にとって贖罪になるのではないか。
「─────」
操縦桿を握るアスランの両手から、フッ、と力が抜ける。
前方から、もう一本の凶刃を手に迫るストライク。
後方からは、先程ストライクが投じたマイダスメッサーが弧を描く軌道でこちらへと戻って来る。
このままキラの刃で身を裂かれ、それで彼女の気が済むのなら、それで─────
「─────っ」
とある少年の笑顔が脳裏を過った。
自分を守ろうとして命を奪われた、自分なんかには勿体ない大切な仲間だった。
─────ニコル…。
ニコルだけじゃない。ミゲルも、イザークも、ディアッカも、カナードも、アスランの周囲を取り巻く仲間達と過ごす日々は、楽しい事ばかりではなかったけれど、決して悪いものではなかった。
『あの艦には、守りたい人が…友達が乗ってる!アスランがあの艦を落とすつもりなら、私は─────!』
いつか、キラが言った言葉。それはアスランにとっても同じ。
どうして今まで分からなかったのだろう。
自分にとって最も大切なのは、過去じゃなくて今なのに。かつての友じゃなく、
そうだ。自分は何も間違っていない。経緯、自身が抱いた感情はともかく、その行為自体を間違えたつもりはない。
例えスピリットのパイロットがキラにとってどれだけ大切な人だったとしても、今の自分にとっては敵であり、そして今の自分の仲間を傷つける相手だった。
─────それはお前も、同じだ。キラ!
キラはとっくに覚悟していたのだ。それに対してアスランは、キラに対してずっと迷いを抱えたまま中途半端に銃を握り続けていた。
「俺が…」
しかし、今この瞬間からは違う。
「お前を撃つッ!」
過去の思い出を振り払い、アスランは目の前のかつての友を
遂に迷いを捨て去ったアスランによるほぼ捨て身の猛攻─────されどキラもまた、愛する人を殺された憎しみに身を焦がし、アスランにも勝るとも劣らない決死の攻勢でイージスを迎え撃つ。
ストライクの斬撃をいなしながら、身を翻して背後から迫るマイダスメッサーを躱す。
そこから始まったのは再び激しい斬り合い─────先程よりも凄まじく、両者は飢えた二頭の獣の様に激突を繰り返した。
ストライクは三本のビームサーベルによる斬撃を掻い潜り、マイダスメッサーでイージスのメインカメラを斬り落とす。
自機の欠損など構わず、ストライクに張り付いたままイージスは右足のサーベルを振るう─────身を翻したストライクの左脇腹を光刃が抉り斬る。
「アスラァァァァァァアアアアアアンッ!!!」
「キラァァァァァァアアアアアアッ!!!」
凄惨な打ち合いが続く。
互いの斬撃を掠らせながら、しかし決定的な欠損を許さない展開─────鉛色の空が二人の怒りを映した様に、雷光を閃かせたその瞬間だった。
モビルアーマー形態のイージスがストライクの懐に入り込み、クローでがっしりと掴んだ。
─────殺った!
戦慄にも似た勝利感を抱きながら、アスランはスキュラのトリガーを引く。
しかし、スキュラはエネルギーを充填して臨界する直前、力尽きる様にその光を失った。
「なっ…!?」
一瞬何が起こったか理解できず、虚しくトリガーを繰り返す引くアスラン。
直後、ようやく先程から鳴り続いていた警告音と、バッテリーが切れ落ちてしまったPSに気付いた。
「くぅッ…!」
機体に振動が奔る。
モニターにはクローに動きを縛られながら、抜け出そうともがくストライクの姿が映っていた。
拘束が甘かったか、ストライクはゆっくりとだが右腕を動かし、マイダスメッサーでイージスのクローを切り裂こうとしている。
今ならやれる、キラに止めを刺せる。なのに、その武器がない。
ストライクが拘束から抜け出すのも時間の問題だ。そうなれば、バッテリーを落としたこの機体に勝機はない。
「─────」
いや─────武器ならまだある。
冷徹な光が戻ったアスランの目は手元を映した。
一つのボタンを押し、呼び出したテンキーに素早く暗証番号を打ち込む。
モニターには一〇:〇〇と数字が表れ、即座にカウントを始める。
アスランが作動させたのは、イージスの自爆装置だった。彼に残された、唯一最後の武器。
半ば反射的な動きでハッチを開き、アスランは脱出する。
たったの十秒が、これほど長く感じた事はなかった。
アスランの眼下には、今にも拘束から抜け出しそうなストライク。
恐らく中のキラは脱出するアスランにも、そしてアスランが何を仕掛けたのかも察しがついているだろう。
─────間に合え!間に合え、間に合え、間に合え、まにあ…………。
キラが抜けだす前に早く─────そう願うアスランの視界を閃光が満たす。
激しい爆発が彼の身体を宙に投げ飛ばし、全身を包んだ衝撃によって意識を奪われた。
一度目、二度目共に、その凄まじい轟音はアークエンジェルにも届いていた。
その音に、損傷した機体と共に帰艦したムウ、フレイ、補修作業中のマードック、そして艦橋に居たクルー達皆が耳を聳てた。
「キラ…?キラ!キラっ!どうしたの?無事なの!?ねぇ、キラっ!返事をして!」
まず、最初の爆発でスピリットのシグナルがロストした。
それだけでもクルー達にとっては信じられず、余りに衝撃的な出来事だった上に、続けての爆音─────その中心地に居る筈のキラの安否をこの場の誰もが気掛かりとした。
「キラっ!キラッ!!!」
ミリアリアは一度目の爆発時、シグナルロストしたスピリットへ向けて同じように呼び掛けた。
しかし、返事は返ってこなかった。今と同じように、どれだけ呼び掛けても─────何度名前を呼んでも、絶対に………。
「っ!」
次の瞬間、ザザッとノイズが奔った。
それはどこからかアークエンジェルへ通信が繋がった証拠であり、それが誰なのか─────期待を込めながら、ミリアリアは俯けていた顔を上げた。
『……ら、……ラ…ク。キ…・ヤマト』
「キラぁっ!」
艦橋内に響いたのは、聞き間違いようの無いキラの声だった。
歓喜の声を上げながら笑顔が零れるミリアリアに、そして他のクルー達も皆一様に安堵の笑みを浮かべていた。
「無事なのね、キラ!一体何があったの?大丈夫なの?」
『…』
「…キラ?」
通信は途切れておらず、間違いなく繋がっている。ミリアリアの声はキラの元に届いている。
なのに、キラからの返答の声がない。
「キラ…、ユウは…?」
聞いてからすぐ、ミリアリアは後悔した。今のキラに聞くべきではなかったと─────彼女がこんな風になるなんて、理由は一つだと、分かっていた筈なのに。
『…ユウは。スピリットは─────』
言い淀むキラ。それだけで、誰もがスピリットの─────ユウの状態が今、どうなっているかの想像がついた。
それでもそれは何かの間違いではないかと信じたくて、キラの答えの続きを皆が待ってしまった。
『あぁ…ユウ…っ!私…、間に合わなかった…!ユウを、まもれな…かった…っ!』
「キラ…」
『ああぁ…あ─────ああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!』
通信越しに響き渡るキラの慟哭。
誰も言葉を発する事が出来ない。誰もキラを慰めようと動く事が出来ない。
今のキラに届く声─────その唯一の声の主は自分ではないのだと、察してしまったから。
しかし、その人はこの場には居ない。キラの悲痛な叫びは誰にも止められず、ただ流れる重苦しい沈黙を切り裂いて、ずっと、ずっと、艦橋の中に響き渡り続けるのだった。
とりあえず我を取り戻したアスラン君…。なお遅すぎる。君の事は嫌いじゃないが、簡単にハッピーエンドに至れると思うなよ。彼にとってのハッピーエンドが訪れるかも分からんがな…。