フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE64 混沌の世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦内廊下を歩く足音がコツコツと響き渡る。

 周囲には足音の主であるフレイ以外、誰も見当たらない。

 

「…」

 

 歩くフレイの顔色は酷いものだった。眠れていないのか、目の下には隈も浮かんでいる。

 

 まるでこの世の全てに絶望しているかのような─────それに反して、彼女の目はどこまでも暗い憎しみに染まっていた。

 

 ─────ユウがどこにもいない。

 

 ここ数日、まるで夢を見ている様な感覚だった。

 

 艦のどこを探してもユウがいない。

 当然だ。MIA─────未だ確認こそされていないものの、ユウは死んだも同然。

 

 クルー達も当初はユウのMIAに動揺していた様子を見せていたものの、今ではまるでそれを忘れてしまったかのように振る舞っている。

 中には一部、そうではない者いるが─────どうして、どうしてそこまで簡単に忘れてしまえるのだろう?

 

 ユウが命と引き換えに守ろうとしたものは、こんなものだったのだろうか?

 

 あぁ─────嫌だ。

 きっと、ユウが守ろうとしたものの中にはフレイ(自分)も入っているのだろう。

 そんなフレイ(自分)は、どうしようもなく渦巻く憎しみに堪え切れなくなっている。

 

 ユウが守ろうとしたフレイ(自分)が、そんな醜い感情に囚われている事に嫌悪感を覚えながら、際限なく湧き上がる衝動に身を任せ、足を進める彼女は医務室の前で立ち止まった。

 

「…」

 

 そっと、軍服上衣の下に隠れた硬い感触に手を触れる。

 

 どれだけ思い止まろうとしても駄目だった。ユウは絶対にそんな事を望まないと分かっていても、抑えられなかった。

 

 この憎しみは、選択はフレイのもので、決して誰にも彼女を止める事は出来やしない。

 

 開いたドアの向こうへ、ゆっくりと足を踏み入れる。

 

 医務室のベッドに、一人の少年が横になっていた。

 白い肌に金の髪、フレイと同じ年頃の少年は、廊下ですれ違ったザフトのパイロットだ。

 

「センセー、やっと戻って来たか?」

 

 ドアが開いた音を聞いた少年がのそりと身体を起こし、フレイの方へと顔を向ける。

 

 どうやら軍医が戻って来たのかと勘違いしていたらしい。

 フレイの顔を見た少年が驚き、目を見開く。

 

「んだよ、センセーじゃねぇのか─────ん?アンタ、どっかで見た顔だな」

 

「そうね。艦のどこかですれ違ったんじゃない?私はアンタの顔をハッキリと覚えてるけど」

 

「そうかい。色男も大変だね。アンタみたいな美人さんに、すれ違っただけで覚えて貰えるなんて」

 

「…遺伝子操作されてるだけあって、確かにアンタの顔は一級品よ。その顔を、ぐちゃぐちゃにしに来たのだけど、いいわよね?」

 

 言いながら、フレイは軍服の下に隠されたある物を取り出し、少年へと向ける。

 

 少年は自身に向けられた物を目にして、浮かべていた軽薄そうな笑みを収め、その目を警戒の色に染めながら身構える。

 

「…本気かい?」

 

「愚問ね」

 

 ()()()に指を掛ける。銃口を少年の顔面へと向けて、しっかりと狙いを定める。

 

 本気か、と問われたフレイは間髪置かずに肯定を返した。

 

 本気に決まっている。こうすると決めるまで、何度も自問自答した。

 本当にこれでいいのか。こんな事をユウは果たして望んでいるのか。

 

 その上で今、フレイ・アルスターはこの場に立っている。

 憎き敵を殺す拳銃を手にして、その手を敵の血で染める為に─────。

 

「っ─────!」

 

 鳴り響く銃声。弾丸が向こう側の壁にめり込む─────しかし、フレイが望む敵の血は流れない。

 

 引き金を引くフレイの指の動きに反応し、咄嗟に身を屈める事で少年は凶弾を回避したのだ。

 

 流石はコーディネイターといった所か─────その反応速度は舌を巻く。

 が、その程度は織り込み済みである。まさか一発で仕留められるなんて露ほども思っていない。

 

 故にフレイは躱された事に動揺などしない。

 少年の動きを見極め、回避運動を先読み─────フレイが向けた銃口の先に、少年が()()()()()

 

「なっ─────!?」

 

「さようなら。恨んでくれて構わないわ」

 

 自分の動きが読まれた事に目を瞠る少年へ、フレイは惜別の言葉を送り─────再度引き金を引いた。

 

「ダメェ──────────!!!」

 

「!!!?」

 

 突如横合いから衝撃を受ける。

 体勢が崩れ、照準がぶれる。弾丸は上へ逸れ、天井のライトを割った。

 

 破片は衝撃を受けて倒れ込んだフレイと、フレイにぶつかってきて同じく倒れ込んだもう一人に降り注ぐ。

 

「き、ら…?」

 

「…フレイっ」

 

 呆然と、自身の上に乗っかった人物─────キラの名前を呼ぶ。

 キラはまるで非難するように、フレイを鋭い目つきで睨みつけていた。

 

 どう、して─────何故!

 

「なんで…なんで邪魔するの!?アナタが─────アナタが一番、あいつの事を憎い筈でしょう!?殺したい筈でしょう!!?」

 

 フレイの頭の中で疑問が乱れ渦巻く。

 

 何故、よりにもよってキラが邪魔に入るのだろう?

 ユウを愛して、愛したユウを殺されて、憎しみの重さでいえば間違いなくフレイより大きい筈なのに。

 

 なのに何故、憎き仇を討つのを邪魔されなければならないのか。

 

「こいつは、ユウを殺したのよっ!!?」

 

「違う…、違うよ…。ユウを殺したのはこの人じゃない…」

 

「確かに実際にユウを殺したのはあの機体じゃないわ!だけど、そんなの─────」

 

「そういう事じゃないのっ!!!」

 

 逃れようともがくフレイと、決して両腕を離そうとしないキラ。

 

 問答しながら暴れるフレイだったが、今まで聞いた事のない声量で叫ぶキラに、ピタリと動きを止める。

 

「ユウを実際に手を掛けたのはこの人じゃないとか、そういう事じゃない…。誰が殺したとか殺してないとか、そういう事じゃないの…」

 

「何よ…、何が言いたいのよ…っ!」

 

「もう止めたいの…。誰かが()()()()()()()()()()()()()()()()()()─────ユウはあの人達の仲間を殺した…。私は、ユウが殺されたからアスランを殺した…。ユウを殺したアスランがどうしようもなく憎くて…、だけど─────殺したからって何も変わらない…。ただ虚しいだけで…、だから…!」

 

「…」

 

 フレイを押さえ込むために全身を使っていたキラが、ゆっくりと顔を上げる。

 

 目の周りを真っ赤にして、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、時折喉をしゃくり上げながら、キラはフレイを真っ直ぐに見た。

 

「私、こんな思いをフレイにしてほしくない…。お願い…フレイ…!」

 

「…なんでよ。なんで、キラが止めるのよ…。憎くないの?どうして…」

 

「…私だって、あの時の事を何度も思い出す。その度に、憎いって思うよ」

 

「ならっ!」

 

「それ以上にもう嫌なの。…この繰り返しはもう止めないと、誰かが少しずつ止めていかないと、戦争は終わらないと思うから」

 

「─────」

 

 憎い筈なのに─────殺したい筈なのに─────。

 

 見ているものがまるで違っていた。

 目の前の仇に対する憎悪に呑み込まれたフレイとは違って、キラは相手を通して全体を見ていた。

 どうしてこんな事になったのか…、もう二度とこんな事を引き起こさない為にどうすればいいのか…。

 

 姿を見なくなった数日、キラはずっとそれだけを考えていたのだ。

 仇への憎悪に耐え続け、ユウへの哀しみを抱きながら、ずっと─────。

 

「フレイィ…」

 

「…もういいわよ。もう…」

 

 根底にある憎しみは残ったまま、けれど、自身を思って泣き続けるキラを前にして、燻っていた殺意は消えていく。

 

 全身から力を抜き、銃を握った手も下ろし、無気力に天井を見上げるフレイ。

 

 ようやくキラが、フレイから身体を離す。

 今、不意を突いて動き、ザフト兵を撃てば間違いなく殺せる─────そんな考えを脳裏を過るが、それを実行に起こす気には到底なれなかった。

 

 キラが望んでいないのなら、手を汚す必要はない─────結局全ては自分の勇み足だった事に虚無感を覚える。

 

「何事ですかっ!?」

 

 誰も話さず、キラが涙を流す声だけが響き渡る医務室に、不意に誰かが飛び込んでくる。

 

 誰か─────マリューは中の惨状を見て大きく目を瞠る。

 

 床に座り込む若いザフト兵と、同じく座り込んで泣きじゃくるキラ。そして、倒れ込んで天井を見上げるフレイの手に握られた拳銃を見て、マリューは全てを悟る。

 

「あなた達─────」

 

「おやおや…。随分とまあ、暴れ回ったもので」

 

 マリューが目尻を吊り上げ、キラ達へ叱責しようとしたその時だった。

 

 彼女の背後から涼やかな男の声がした。

 アークエンジェル内で聞いた事のないその声に、キラとフレイは顔を上げてそちらを向く。

 

「念願叶ってアークエンジェルの中を見られたその矢先、まさかこんなものを見せられるとは思いませんでしたよ」

 

「お、お騒がせしてしまい申し訳ありません。彼女らには厳正な処罰を─────」

 

「あぁ、いえ。気にしていませんよ。あんな事があったばかりです、兵の精神が不安定になるのも仕方のない事でしょう」

 

 金髪で色白、そこは若いザフト兵と似た特徴だったが、その男の身体はほっそりとしていて、明らかに兵士の体格ではない。

 それに恰好も、深紅のワイシャツに水色のスーツという、いかにもビジネスマンといったものだった。

 

 男の隣に立っていた三人目の人物、ナタルが慌てた様に早口で取り繕おうとするも、それを制して男は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「…しかし、若いですね。しかも女性─────なるほど。君達が、ヘリオポリスの…」

 

「…?」

 

「…そうか、君が─────」

 

 身体を起こしたフレイとキラの二人を見遣りながら、男はぶつぶつと何かを呟いている。

 そしてやがて、男はキラの顔へと視線を向ける。

 

「えっと…」

 

「おっと…。不躾に見つめてしまい申し訳ない。そういえば、自己紹介がまだでしたね」

 

 見つめられ、戸惑うキラへ謝罪をした男は、掌を胸に当てながら自身の名を口にする。

 

「ボクは()()()()()()()()()。今日一日、アークエンジェルのクルー達の仕事ぶりを見学させて頂きます。どうぞよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスランはぼんやりと窓の外を眺めていた。輸送機がまた到着し、ハッチが開くと中からザウートやジンが現れる。

 

 カーペンタリアのザフト軍本部では、目前に迫った()()()()()()()()()()()()()()()()への準備が着々と進んでいた。

 地球連合軍側に最後に残された、パナマにあるマスドライバーを奪う事が目標とされる作戦に備え、地球各地から、または宇宙から、モビルスーツや戦艦、物資がカーペンタリアに集結しつつある。

 

 その様子は、アスランが療養している本部の病室からも窺う事が出来た。

 

「クルーゼだ。入るぞ」

 

 不意にノックの音がして、反射的に振り向くとドアが開き、波打つ金髪をなびかせた上官が中へと入って来た。

 

「隊長?」

 

 何故ここに─────と疑問を覚えたのは一瞬、起き上がって礼を取ろうとする。

 するとクルーゼはそれを制した。

 

「そのままでよい」

 

「…申し訳ありません」

 

 ベッドの上で項垂れながら、アスランはクルーゼへ向けて謝罪をした。

 

 クルーゼから預かった兵─────ニコルを死なせ、ミゲルは行方不明でその後の捜索でも全く消息は知れない。その上、自分は機体を失った。

 

 しかしクルーゼは頭を振る。

 

「いや、報告は聞いた。君はよくやってくれたよ」

 

「いえ、そんな…」

 

「私こそ対応が遅れてすまなかったな。…確かに犠牲も大きかったが、それもやむを得ん」

 

 クルーゼはベッドの横に立って続けた。

 

「奴はそれ程に強敵だったという事だ」

 

 奴─────すなわち、スピリット。

 優しい声音で言ったクルーゼ、しかし何故か。

 

 ほんの少し、その声から虚無さを覚えたのは果たしてアスランの気のせいだったのか。

 

「辛い戦いだったと思うが、多くの兵がスピリットによって命を奪われた。それを討った君の強さは、本国でも高く評価されているよ」

 

 やはり気のせいだったのか、滑らかに話を続けるクルーゼは、不意に身を屈めてアスランの耳元で告げた。

 

「君はネビュラ勲章が授与されるそうだ」

 

「え…?」

 

 驚いて顔を上げる。

 勲章?クルーゼが何を言っているのか、まるで理解が出来ない。

 

「それと、私としては残念だが…本日付で国防委員会直属、特務隊への転属の通達も来ている」

 

「そんな…隊長…」

 

 アスランは呆気に取られていた。

 その通達とはつまり、アスランの昇進を意味するものだ。

 

 スピリットを討った─────ユウを殺し、キラを傷つけた事に対して自分が称賛されているのだとようやく気付いたアスランは、ぞっと身を竦ませた。

 

 そんな彼の戸惑いをどう思ったのか、クルーゼは励ますような笑みを浮かべる。

 

「トップガンだな、アスラン。君は最新鋭機のパイロットとなる。その機体受領の為にも、即刻本国へ戻ってほしいそうだよ」

 

 勲章?トップガン?むざむざニコルを死なせた自分が、友を傷つけた自分が、何故そんな事になる?

 

 混乱しているアスランに気付いた上でか否か、唐突にクルーゼは尋ねる。

 

「お父上が評議会議長となられたのは聞いたかね?」

 

「あ…はい」

 

 そういえば、医療スタッフの誰かが教えてくれたような─────いや、見舞いに来たイザークとディアッカに聞いたのだったか。

 それとも直接父からのメッセージが届いたのか、よく覚えていない。

 

「ザラ議長は、戦争の早期終結を切に願っておられる。…本当に、早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」

 

 混乱を極め、過熱しかけていたアスランの頭が、その言葉にふっと冷たくなった。

 

 戦争の早期終結─────そうだ、とアスランはようやく思い出す。

 この戦争を少しでも早く終わらせる為に、故国を守る為に、その為に自分はこれからも戦うのだと決意したばかりだった。

 

「その為にも、君もまた、力を尽くしてくれたまえ」

 

 クルーゼは最後にそう言い、労わるようにアスランを見下ろした。

 

 アスランは、クルーゼが出て行った事にも気付かない。

 そう─────故国を守る為に成すべき事は、敵を倒す事。プラントに仇なす敵を倒す事。

 

 ならば、スピリットを討った事は?

 ユウを殺して、キラを傷つけた事は?

 二人は敵対する地球軍に所属し、プラントに仇なす者となり果てた。

 

 だから─────殺したのは正しい事だったのか?

 

 いや、違う。間違った事なのだろう。その上で、アスランはこの道を歩むと定めたのだ。

 

 どれだけ誹られようとも、誰に恨まれようとも、それらを全て背負い、故国に自身を捧げるのだと。

 

 先程まで宿っていた迷いは、すでにアスランの目にはなかった。

 

 だが、この時のアスランは気付かない。

 医務室を出て行く直前、今のアスランの目を見たクルーゼが、仮面の下でそっとほくそ笑んでいた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦争の早期終結、か…。フフッ」

 

 我ながら心外な事を言ったものだと、内心の愉悦を微かに吐き出すのは、先程アスランと言葉を交わしていたクルーゼ。

 

 今頃、プラントでは連合から発せられたオルバーニの譲歩案について話し合っているだろう。

 

 譲歩、とはいうが、実際の所はプラント側のある程度の自治を認めはするが、改選前と同様に理事国の管理下に入れという一方的な内容である─────と、最高評議会に属する殆どの連中は思っているのだろう。

 彼らはこの提案を突っぱねる。そして戦いは更なるステージへと移っていく。

 

「愚かだな」

 

 戦争の早期終結を、講和を望むというのであれば、プラント側からも譲歩の姿勢を見せなければならない。

 大体、地球に住む数億もの命を奪った危険極まりないものを落とした輩に譲歩の姿勢を先に見せた連合側に対して、有り難さすら覚えるべきではないだろうか?

 

 連合側としても、オペレーション・スピットブレイクを目前に控えた今だからこそ、譲歩案を持ち出して進攻の足を止めようという意図は少なからずあるだろう。

 しかしこれを切っ掛けとして、本当の意味で講和に向けて二つの陣営が同じ道へ歩み出すというのなら、戦争の早期終結─────それを叶える大きなチャンスとなった筈だ。

 

 それを、新たに評議会議長となったパトリック・ザラは選ばない。

 何故なら彼を突き動かすものは、憎悪─────ナチュラルの野蛮な核とやらで愛する妻を失った事への、殺意に他ならない。

 奴が望むのはナチュラルとの講和ではなく、戦争の早期終結でもなく、勝利でしかないのだから。

 

 そして、奴にとっての勝利とは一体何なのか。それは─────

 

「…さぁ、世界は止まらんぞ。人の醜い憎しみと殺意に突き動かされた先にあるのは、滅びだ」

 

 その呟きを聞く者は誰もいない。誰にも届かない。

 しかしクルーゼは、その目に確かに()()()を映しながら紡ぐ。

 

「本当に死んだのか?ならば、もう誰にも止められはしない。…もし生きているというのなら、世界の前に立ちはだかって見せろ。ユウ・ラ・フラガ─────」

 

 それは、仇敵へと向けた宣戦布告だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久々のクルーゼ隊長登場。
そして次回もまた、久々出番のあの人が出る…予定。
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