フリーダムをストライク、スカイグラスパーと共に着艦させ、パイロットスーツから今では懐かしさも覚える地球軍服に着替え、ラクス、キラ、兄さんと合流して艦橋へと入る。
すでにラミアス艦長を初めとしたクルー達と、ムルタさんが艦橋に集まって、俺達の到着を待っていた。
早速、ムルタさんからアラスカの件についての説明がされる。
ムルタさんの説明が進むごとに、ラクスの表情が暗くなっていき、知ってはいても否応なしに湧いてくる嫌悪感に、俺も表情が歪んでいくのを自覚した。
「それが作戦、だったのですか…?」
「えぇ。コーディネイターに守られ、絆された艦など不要─────とでも思われたのでしょう。ボクも、いよいよ彼らにとっては疎ましく思われていた、という訳だ」
そう。今回の件で俺が最も驚きだったのが、
俺が関わった事で原作の様な過激派ではなくなっても、彼の商売の手腕は並ぶ者が果たして居るのか怪しいまであるし、過激な思想を捨てたからこそ、戦争に対してより大きな視点を持てるようになっていた。
原作では過激な思想を保持し続けたムルタさんを筆頭に、地球連合内でブルーコスモスの影響力が膨れ上がった結果、暴走を引き起こした。
しかし、この世界では違う。今のムルタさんは決して、JOSH-Aの悲劇を引き起こすような思想を持つ事はない。
なら、一体誰が─────。
まだもう少し詳しい話を聞きたい所ではあるが、フレイ以外のクルー達には異動の命令は下されなかったという。
つまり、
コーディネイターに守られ、絆された艦…たかがそれだけの為に、今後の地球連合軍、戦争に大きな戦果を齎す事を期待できる兄さんとバジルール中尉をも切り捨てる─────コーディネイターへの悍ましいまでの憎悪と、それらの為に大局を見ずに短絡的な行動に移ってしまう、短気な性格の持ち主。
…一人だけ、心当たりがある。ムルタさんと同じようにコーディネイターへの強い憎悪を抱き、ムルタさん以上の暴走を引き起こす可能性を持った男。
しかし、証拠がない。今この状況では、それを断定する事が出来ない。ほぼ間違いない、とは思うけど…、この時点でのあいつの情報がなさすぎる。
「本部はザフトの攻撃目標がアラスカだって事を知っていたんだろうさ。それもかなり以前から…。でなきゃ、地下にサイクロプスなんて仕掛け、出来る訳がない」
欺かれていると見せかけて、欺き返す。今頃、兄さん達を見捨てた上層部共は、敵へ手痛い仕返しを喰らわせた事にご満悦、といった所か。
その想像をしてしまったのだろうか、兄さんが忌まわし気に舌を打った。
「…プラントも同じです」
「プラント…?」
ふと、話を聞いていたラクスがぽつりと呟いた。
ラミアス艦長が聞き返す。
「…ユウ。その嬢ちゃんと一緒って事は…、お前、プラントに居たのか?」
「うん。…皆も同じだと思うけど、俺もあの時、死んだって思ってたよ」
兄さんに問われ、今度は俺が今までの事について説明をする番となった。
目が覚めたその時にはすでに俺はプラントにいた、という所から説明を初める。
辛うじて残っていたコックピットからジャンク屋に運び出され、近くに居を構えていたマルキオ導師のお陰でプラントへ渡り、専門的な治療を受けられた事。俺を保護してくれたのが、クライン家だった事。そこで傷が癒えるまで過ごした事。
そして、ザフトの攻撃対象がパナマではなくアラスカだという事を、評議会議員ですら一部知らされていなかった事を話す。
「…どうやら、プラントでも色々と荒れている様ですねぇ。まあ、新しく評議会議長に選ばれたのが、過激派最筆頭のパトリック・ザラだと考えれば、当然か」
頭を振りながら言うムルタさん。
時代が動き出している─────これまでプラント側が優勢と見られていても、戦局は均衡を保ち続けていた。
その均衡が今、崩れ始めようとしている。それぞれの陣営に大きな犠牲を伴いながら。
「それで、アナタ方が乗って来たあの機体は何です?従来の機体では考えられない出力でしたが」
不意にムルタさんが今までの話から話題を変え、俺とラクスへ向けて問い掛けた。
むしろ、彼にとってこれこそ、本当に聞きたかった話なのだろう。
ラクスと顔を見合わせ、彼女が頷いたのを見てから口を開く。
「あれにはNJCが搭載されています」
NJC─────ニュートロンジャマーキャンセラー。その一言が出た途端、この場に居る殆どの皆が愕然と目を見開いた。
ただ一人、ムルタさんだけは予測出来ていたのか、微かに目を細めるだけの反応に留まる。
「じゃあ、核で動いてる…って事なのか!?」
トールが声を発し、そして自身が発した言葉に怯えたような表情になる。
その反応は仕方ないといえるだろう。何しろ、俺が乗って来たのはザフト製の機体であり、それに核が搭載されている。
すなわち、プラントは核を制御できる技術をすでに持っており、いつでもその力を地球に向けて放つ事が可能─────という事に他ならないのだから。
「…なるほど。もう、なりふり構っていられない─────という事ですか」
皆が驚きに包まれる中、一人冷静を保っていたムルタさんが呟く。
「ボクが聞きたい話は聞けました。後は、アナタ方でお好きなように。…あぁ、行先が決まったら、ボクにも教えてください」
身を翻し、エレベーターへ乗り込んでいくムルタさん。ドアが閉まる直前、最後の一言をラミアス艦長へ向けて放ってから、どこかへと去ってしまった。
今回の件を受けて、色々と連絡をとらなくちゃいけない事もあるんだろう。
家族にも生存を報せなくちゃいけないだろうし─────。
「ユウ」
ムルタさんが乗り込んだエレベーターの方へ視線を向けていた時、兄さんから呼び掛けられる。
「兄さん─────」
「…たくさん言ってやりたい事がある。けど、まずはこれだけ言わせてくれ」
振り返れば、兄さんが泣きそうになりながらも笑っていて、そして俺の方へ歩み寄ると、その腕で俺を抱き締めた。
「生きていてくれてよかった─────」
「…うん。心配かけてごめん」
こんな風に兄さんから抱き締められたのはいつ以来だろう。歳が離れてる事もあって、俺が小さい時はよく抱っことかされてたけど─────一応精神年齢は大人だという自負があったし、少し恥ずかしかったのを覚えている。
「で、だ。ユウ。…プラントでの事とか、アズラエル理事との関係とか、何でお前があの機体に乗って来たかとかまだまだ聞き足りない事がたっくさんあるが─────兄として最初に聞かなくちゃならない事がある。分かるな?」
「え?…分からないけど」
兄弟の感動的な再会を改めて味わっていると、兄さんが突然俺から離れたかと思えば、鬼気迫るような表情で俺を覗き込みながらそんな事を問い掛けて来た。
分かるな?と言われても、さっぱり分からん。さっきの説明は色々と端折った事もあるし、ムルタさんとの関りもすでに知られているだろうから、その辺を問い詰められるのは分かるけど─────兄として聞かなくちゃならない事って、何?
ていうか、兄さんがそれを切り出した途端にキラから圧力を感じる。
トールとミリアリアが好奇心に満ちた目で俺を見てくる。サイとカズイが憐れむような目で俺を見てくる。
ノイマン少尉を初めとしたクルー達は苦笑いを浮かべてるし、バジルール中尉は我関せずを決め込んでる。
そしてラミアス艦長が、微笑ましそうに俺を見てくる─────何、これ、俺以外の皆は分かってるの?兄さんが聞きたい事を?本当に何さ…。
「お前、どういう経緯でクラインの嬢ちゃんと一緒に来る事になったんだ?」
「…」
問われた瞬間、脳内の思考を全速力で回す。
どうすればこの状況を無傷で乗り切る事が出来るのか─────その方法を探るべく、先程の戦闘以上に必死になる。
「さっきから思ってたが、あの嬢ちゃんと随分距離が近くなったように見えたぞ。…プラントで一体、何があった?」
「…」
まずいまずいまずい。プラントで過ごした時間を通して、俺とラクスの距離は確かに縮まった。だけど、それが兄さんに悟られるなんて─────まさか、最初にフリーダムから降りる時、ラクスを抱えながら外へ出たからか?
それとも、艦へ機体を収容した時?俺が先にコックピットから出てから、まだ中にいるラクスへ手を差し伸べたからか?
いやそれとも、お互いパイロットスーツから着替えて合流した時、無事を確かめ合う様にして微笑み合った時か─────いやいやそれとも…。
「ユウ」
「はいっ」
「ちゃんと全部、話してね?」
「…はい」
微笑むキラから滲み漏れる圧力に、俺はただ二つ返事で頷くしかなかった。
「ラクスさんからも、プラントでのユウがどうだったか聞きたいな」
「えぇ、構いませんわ。わたくしも、地球でのユウのお話を聞きたいと思っていましたので、是非」
「あはは」、「うふふ」と笑い合う二人の少女─────俺を含めた周囲の人達は少し引き気味でその光景を眺めていた。
あのバジルール中尉ですら、口元を引き攣らせている、と言えばその光景がどれほど異様かお分かり頂けるだろうか…。
「…っ!?」
「…」
「…」
にこにこと微笑み合うキラとラクスを眺めていると、不意に脇腹に衝撃が奔る。
驚き振り向けば、兄さんが細目でこちらを睨んでいた。まるで、俺に「お前が何とかしろ」とでも言いたげに。
…事実、これを引き起こした責任の一端は間違いなく俺にあるから、俺が何とかしなきゃダメなんだよな。
でもこの二人の間に割り込まなきゃいけないの?えっと、あれだ、もう少しこの空気が和らいでからでも別に遅くはないのでは─────
「…」
「…」
と思っていたら、今度は兄さんが立っている方とは逆の肩に誰かの手が乗った。
そちらに振り向けば、そこには微笑むラミアス艦長が─────あぁ、そうですか。行ってこい、と言いたいのですね。
えぇ、分かりましたよ。行けばいいんでしょう。
「健闘を祈る」
「骨は拾ってあげるわ」
「変な所で息を合わせないでください」
キラとラクスには聞こえない様に声量を抑えながら、エールにならないエールを送って来る二人を一度睨みつけてから、沈黙を保つ二人の少女へ向き直る。
─────ユウ・ラ・フラガ、逝きます。
気分は最終決戦へ出撃するパイロットのソレ。俺は、正に死地にも等しい場所へと足を踏み出すのだった。
「全滅とはどういう事だ!そんな馬鹿な話はなかろう!?」
「大体、目標はパナマではなかったのか!アラスカとは何の話だ!?」
「…一体何の騒ぎだ、これは」
オーブの兵団に救助され、イザークとディアッカを初めとした迎えと合流。
その後、イザークとディアッカはオペレーション・スピットブレイクの為にカーペンタリアへ向かい、アスランとカナードはプラントへ戻るシャトルに乗り込んで、つい先程プラントへ到着。
そのまま真っ直ぐ国防委員会本部を目指し、たった今本部のロビーに足を踏み入れた所だったのだが、カナードと二人して足を止めていた。
辺りは騒然としており、職員達が殺気立ちながら走り回る。兵士や指揮官達が声高に何事か話し合っており、いつもよりも人の数が多いロビーを前に、二人は呆然としていた─────所で、先程の大声が聞こえて来た。
「全滅…?」
「…おい、行くぞ」
突然耳に飛び込んで来た全滅という単語に、ギョッと振り向いたアスランはカナードに声を掛けられ、彼の後に続く。
慌ただしく駆け回る職員、兵士達を見回しながらロビーを通り抜け、ふと前から急ぎ足で来る若い指揮官に気付いた。
アスランへ近付いてくる指揮官もまた彼の存在に気付き、顔を上げる。
「ユウキ隊長!」
「アスラン・ザラ!どうしたんだ、こんな所で?」
士官学校時代に世話になった事のある恩人、レイ・ユウキ。
士官学校を経由せずに入隊したという特殊な経歴を持つカナードには当然知らない顔だ。
また足止めを喰らった事にうんざりしているのか、小さく息を吐きながらアスランとユウキの会話には興味なさげに歩き回る人達の雑踏へ視線を向けていた。
「いえ…。それより、この騒ぎは何なんです?」
ここへ来る経緯を説明する気にはなれず、しかし不安に突き動かされてアスランは尋ねた。
ロビーの空気が殺気立ち、ユウキを含めた指揮官、職員達がここまで慌てている理由─────アスランに問われ、ユウキは表情を微かに動揺させた後、重々しく告げた。
「スピットブレイクが失敗したらしい…」
「えっ!?」
息を呑むアスラン。ユウキの返答は近くに立っていたカナードの耳にも届いていたらしく、先程まで興味なさげだった彼の表情も二人の方へ向けられ、その目には大きな驚愕が映されていた。
「では…パナマは?」
「それが、パナマではないんだ。…スピットブレイクの目標は、直前でJOSH-Aに変更された。上の方で前々から極秘に進められていたらしい」
「アラスカだと…!?」
苦々しい顔つきのユウキから告げられた、スピットブレイクの目標変更に対し、真っ先に動揺を露にしたのは意外にもカナードだった。
ユウキは沈鬱な表情でカナードへ向けて頷き、続ける。
「詳しい事はまだ分からんが…全滅、との報告もある…」
「そんな…!」
全滅─────スピットブレイクには、イザークとディアッカも参加していた。つい先日別れたばかりの二人の顔が浮かび、まさか─────と強烈な悪寒に襲われる。
「君はもう一つ、悪いニュースがある…」
大切な仲間達の安否が知れず、衝撃を受けているアスランに対し、ユウキは声を落として更に何かを続けようとした。
アスランは遠ざかっていく意識を繋ぎ止めながら、続くユウキの言葉へ耳を傾ける。
「極秘開発されていた最新鋭のモビルスーツが一機、何者かに奪取された。それの手引きをしたのがシーゲル・クライン、ラクス・クラインの二人だという事で、今、国防委員会は大騒ぎなんだ…」
「─────」
その言葉に、アスランは咄嗟に言葉が出なかった。足下が抜ける様な衝撃、口を開閉させ、思う通りに声が出せない状況の中で、アスランは辛うじて言葉を発する。
「そんな!まさか!?」
ぐらりとよろめく両足を留めながら、アスランが発したのは何ら意味を成さない叫び。
強烈な衝撃に揺らいだ思考が次第に正常を取り戻し、ようやくアスランは事態を正確に把握し始める。
「ラクスが…そんな事をする筈がっ!?」
アスランから見たラクスは、世間知らずのお嬢様といった印象だった。
モビルスーツの事など知る筈もない、そんな彼女が─────いいや、それ以前に誰よりも平和を愛する彼女が、そんなきな臭い事に加担するなんて。
何かの間違いだと、思いたかった。
しかし、今の自分にはそれを証明するどころか、何故彼女が疑われているのかその理由すらもまだ知らない。
故に、アスランは今は足を進めるしか出来なかった。
アスランとカナードは、パトリックに招集されていた。
カナードが呼ばれている理由はともかく、クルーゼから事前に説明を受けていたアスランは自身が呼ばれている理由を理解している。
ユウキに尋ね、今、パトリックが執務室に居ると聞かされたアスランは、カナードと共に足を進める。
自分が知らない所で何が起きているのかを知る為に─────そして、これから自分が何をすべきなのかを知る為に。