フラガとか聞いてない   作:もう何も辛くない

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PHASE78 無慈悲な通告

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何たるザマだ、これは!?」

 

 壊滅したJOSH-Aに代わり、グリーンランドに移された地球連合軍新司令部にて、首脳陣が緊急に会議を開いていた。

 島の地下に当たる会議室の一面は耐圧ガラスで囲われ、その外では青い光が躍る海中─────時折魚群が通り過ぎる風景は如何にも美しく、室内の殺伐とした雰囲気とはそぐわない。

 

「JOSH-Aが成功しても、パナマを墜とされては何の意味もないではないか!」

 

 会議室のスクリーンには、先日壊滅したばかりのパナマ基地が映し出されていた。

 

「パナマ港の補給路が断たれれば、月基地は早々に干上がる!それでは反抗作戦どころではない!」

 

 先日のパナマ陥落によって、地球軍はマスドライバー─────宇宙への窓口を失った。

 敵地への足掛かりである月基地は、地球からの補給がなければ攻撃されるまでもなく遠からず自滅してしまう。

 

「ビクトリア奪還作戦の立案も急がせてはおるが─────マスドライバーを無傷で取り戻すとなると、やはりそう容易にはいかぬ」

 

 現状、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、それ以上に早急に対処しなければならないのは宇宙への窓口の確保だ。

 

 手段として考えられるのは二つ─────ザフト側に攻略された宇宙港を奪い返す事。具体的には、先程首脳の一人が口にした通り、アフリカ南部のビクトリア港にあるマスドライバーが目標として挙がっている。

 そしてもう一つは─────

 

「オーブはどうなっているのです」

 

 ここまで沈黙を保ったまま会議を見守っていた、他の首脳陣と比べて年若い男が口を開いた。

 

 すでに地球連合軍は中立国であるオーブに対し、所持しているマスドライバーを差し出せという交渉を進めていた。

 しかし、結果は─────担当の者が苛立たし気に頭を振る。

 

「再三徴用要請はしておるが…。頑固者のウズミ・ナラ・アスハめ、どうあっても首を縦に振らん!」

 

 交渉の結果は思わしくない。オーブは中立として連合、ザフト双方共に陣営に加わる事はなく、戦争に加担するつもりもない─────実際にはもう少し柔らかい言い方ではあるが、実質それがオーブからの回答であった。

 

「…中立だから、ですか。いけませんね。みな、命を賭けて人類の敵と戦っているというのに」

 

()()()()()…。そういう言い方は止めて貰えんかね。我らはブルーコスモスではない」

 

「取り繕っても仕方ないでしょうに。…あぁ、失礼。もう言いませんので、睨むのを止めて頂きたい」

 

 首脳陣からの視線を受けた男─────ロード・ジブリールは、両腕を上げて演技染みた所作を見せながら頭を振った。

 短く切り揃えられた銀の髪が微かに揺れる。冷たさを感じさせる切れ長の目は開かれ、不気味な色合いに染まった口でジブリールは言う。

 

「しかし、この期に及んでそんな理屈を振り回しているような国を、優しく認めてやっている場合ではないでしょう?」

 

「だがオーブとてれっきとした主権国家の一つだ。仕方あるまい」

 

「地球の一国家であるのなら、オーブだって連合に協力すべきです。違いますか?」

 

 首脳の一人のおざなりな反論をジブリールは一蹴すると、会議室に居る誰もが黙り込んだ。

 

 この場に居る誰もが、心の奥底ではジブリールと同じ事を思っているのだ。

 地球の国家ならば当然、自軍に与すべきだと─────その傲慢な理論がすでに、全員が持っている共通認識であり、それ以外の考えが存在するという事すら彼らには理解が出来ない。

 

「何でしたら、この私がオーブとの交渉をお引き受けしましょう」

 

「なんだと?」

 

 ジブリールからの申し出に、首脳達が虚を衝かれて目を見開く。

 

「今はともかく早急にマスドライバーが必要だ。貴方方にはビクトリアの作戦があるのだから、分担した方が効率がいい」

 

 黙り込む首脳達。

 反対意見が上がらないのを見てから、ジブリールは楽し気に口元を歪ませながら言った。

 

()()()()()()()()()アレのテストが出来るかもしれませんし」

 

「っ…!?あの機体を使うつもりかね!?」

 

「向こうの出方次第です。ただ、ウズミ・ナラ・アスハが噂通りの頑固さを発揮してくれるなら─────」

 

 ジブリールは席から立ち上がり、数瞬の空白を空けてから続けた。

 

「良い実験が出来そうです」

 

 アラスカにて戦死扱いを受けたムルタ・アズラエルの後を継ぎ、ブルーコスモスの盟主兼、軍需産業複合体ロゴスの代表の肩書を得た──────ロード・ジブリールが、本来の歴史からはいち早く、表舞台へとその姿を現すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後通告だと!?」

 

 首長達が集まったオーブ行政府の会議室で、ウズミが吠えた。

 ウズミ以外の他の首長達は、地球連合軍側から送り付けられた通告文を目にして唖然としていた。

 

 ─────現状の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を放棄し、頑なに自由の安寧のみを追求し、あまつさえ再三の協力要請にも拒否の姿勢を崩さぬオーブ連合首長国に対し、地球連合軍はその構成国を代表して、以下の要求を通告する。

 

 余りに一方的で強硬な文体に、ウズミの顔が硬く強張った。

 しかし、それに続く通告の数々に、ウズミのみならず他の首長達の間にもどよめきが走っていく。

 

 一、オーブ連合首長国現政権の即時退陣。

 二、国軍の武装解除並びに解体。

 四十八時間以内にこれらの要求の受け入れなき場合、地球連合軍構成国は、オーブ連合首長国をザフト支援国家と見なし、武力を以て対峙するものである。

 

 これは降伏勧告であり、同時に宣戦布告であった。

 

「…やはり、こうなりましたか」

 

 本来、立ち入りを許されているのはこの国の首長達のみの筈のこの空間の中で、唯一その例から外れた男が声を上げた。

 

「アズラエル殿…」

 

「パナマを墜とされて、最早体裁を取り繕う余裕すらなくしたのでしょう。欲しいのは─────」

 

「マスドライバーとモルゲンレーテ…」

 

 アドバイザーとしてこの場に呼ばれたムルタの言葉をホムラが引き継げば、ムルタは頷く。

 

「大西洋連邦め…!」

 

「しかし、いかにこれが筋の通らぬ事と声高に叫んでも、最早大西洋連邦に逆らえる国もない」

 

「ユーラシアはすでに疲弊し、赤道連合、スカンジナビア王国など最後まで中立を貫いてきた国々も、すでに連合じゃ…」

 

 怒りに震えるウズミを他所に、首長達は諦めの口調で言う。

 

 ユーラシアは先だってのアラスカ戦で多くの兵力を奪われ、大西洋連邦を抑えられるだけの力を失っている。

 オーブ以外の中立国は圧力に負け、連合の傘下に入らざるを得なくなり、結果現在のオーブは孤立している。

 

「我らも選ばねばならぬ時─────という事ですかな…」

 

「事態を知ったカーペンタリア基地からも、会談の申し入れが来ております」

 

 ザフトとしてもこの事態を放っては置けないだろう。

 苦労してパナマを墜とし、地球連合軍を地球に封じ込める事に成功したものを、オーブの動向如何ではその苦労が水の泡と化す。

 

 元々地球上で数少ないコーディネイター居住国家であるだけに、オーブとプラントは水面下で交流を続けて来た。

 それを差し引いても、オーブの高い技術力が連合に渡る事は痛いとプラント側は考えている筈だ。

 

「連合と組めばプラントは敵。プラントと組めば連合は敵─────例え連合に下り、今日の争いを避けられたとしても、明日はパナマの二の舞だ!陣営を定めれば、どの道戦禍は免れぬ!」

 

 確かにオーブの軍事力は侮り難いもので、下手なちょっかいを出せば火傷するという認識を周囲は持っている。

 とはいえ、もし地球連合軍が、或いはザフトが本気を以てオーブに襲い掛かれば抗し切る事は出来まい。

 

 ─────首長達はどの道を選んでもその先には破滅しかない、誰もがそう思っていた。

 

「…時間制限が四十八時間で()()()()()()()。お陰で間に合いそうだ」

 

 いつもの余裕綽々の表情では断じてない。

 それでも、ほんの少しの希望を感じさせる笑顔でムルタはそう言った。

 

「アスハ代表が()()()()()()()を貸して頂いたお陰です」

 

「ならば、()()()()()は─────」

 

「えぇ。補給路を失った月基地から、アメノミハシラへ戦力を送る余裕はないので襲われる心配はありません。恐らく、開戦予定時刻までには…過ぎたとしても─────ナチュラルの()()()が保たせてくれますよ」

 

 おぉっ、と首長達が沸く中でムルタとウズミだけは表情を崩さず話を続ける。

 

「とにかく、早急に避難命令を。子供らが時代に殺されるような事だけは避けなければ…」

 

「…たった二日しかありませんし、第一向こうが約束の時間を守る気があるかも怪しいので、急いだほうがいいですよ」

 

 ほんの微かに湧いた希望も、少し風に吹かれれば消えてしまう程度の火に過ぎない。

 動きは慎重に、且つ迅速に。自国を守る為に、全神経を削る戦いに臨むのは何も前線へ出て行く兵士達だけではないのだ。

 

 彼らもまた、一人でも多くの命を守るべく、彼らにしか臨めない戦いの場へとそれぞれ馳せ参じていくのだった─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの格納庫に全クルーが集められ、整列させられていた。彼らの前に立ったマリューが厳しい面持ちで口を開く。

 

「現在、このオーブへ向けて地球連合軍艦隊が進攻中です」

 

 何を聞かされるのかと怪訝そうだったクルーの顔つきが、一様に変わる。

 

「地球軍に与し、共にプラントを討つ道を取らぬというのならば、ザフト支援国と見なす─────それが、連合軍側の言い分です」

 

 思わずといった様子で一部クルー達が顔を見合わせる。その中で、連合軍へ対しての不満が籠もった呟きも漏れ始めていた。

 

 マリューはクルー達が静まるのを待ってから続ける。

 

「オーブ政府は飽くまで中立の立場を貫くとし、現在も外交努力を継続中です。ですが、残念ながら、現在の地球軍の対応を見る限り、戦闘回避の可能性は非常に低いものと言わざるを得ません…」

 

 マリューも怒りを堪え、険しい表情をしていた。

 

「オーブは全国民に対し、都市部、及び軍関係施設周辺からの退去を命じ、不測の事態に備えて防御態勢に入るとの事です。─────我々もまた、道を選ばねばなりません」

 

 クルー達が皆、若い艦長の姿を見つめる。

 

「現在アークエンジェルは脱走艦であり、私達は自身の立場すら定かでない状況にあります。オーブのこの事態に際し、我々はどうすべきなのか、命ずる者もなく、私も貴方方に対して今はその権限を持ち得ません」

 

 自分達はオーブの側に立ち戦う──────或いは、オーブを見捨てて逃げる。

 どちらにしても、艦長からの命令があるとばかり考えていたクルー達が、マリューのその言葉に動揺を浮かべる。

 皆、余りにも長く、命令に従う事に慣れ過ぎていた─────。

 

 その動揺を理解しながら、マリューは続けた。

 

「明後日〇九〇〇、戦闘は開始されます。オーブを守るべくこれと戦うべきなのか、そうではないのか。我々は、自身で判断せねばならないのです」

 

 ()()()()()()()()()()()()()─────つまりそれは、自分達が所属していた組織に真っ向から反抗するという事になる。

 

 ─────マリューの話を黙って聞いていたムウは、隣に立つナタルの顔を横目で見遣った。

 顔色を青白くさせ、唇を噛みながら震えている。それは、ムウにとって予想通りの反応であった。

 

「よって、これを機に艦を離れようと思う者は、今より速やかに退艦し、オーブ政府の指示に従って避難してください」

 

 全く自分達を引き留めようという意志がないその言葉に、クルー達はまた騒めいた。

 

 しかし、マリューは何も言わない。助言もしない。

 これから先の道は、彼らが自身で考え、選ばなければならないのだから。

 

「最後に、皆に一言、言わせて」

 

 クルーがそれぞれ、自分が取るべき道について考えを及ばせようとした時、これまでの堅い声質から一転して、柔らかい口調でマリューが言った。

 

「私の様な頼りない艦長に、ここまでついてきてくれて─────ありがとう」

 

 涙ぐみながら、彼女は深く頭を下げた。

 

 頼りない艦長─────それは事実かもしれない、とムウは思う。

 マリューは今まで何度も迷い、それに業を煮やした隣に立つナタルと言い争う場面も何度かあったし、その度にムウが仲裁に苦労するという事もあった。

 

 だが、その迷いこそが自分達をここまで導いたのだとも、ムウは考える。

 現に彼女が迷わなければ、自分達はアラスカで死んでいたかもしれない─────今までムウが出会って来た艦長の中で、最も人間らしい艦長だと、彼はマリューを評価する。

 

 だからこそ─────これからも彼女を傍で支えたい、と思うのだろうか。

 

 解散となり、クルーは相談を始め、或いは一人で考えこみながらその場を離れていく。

 

 ナタルは─────後者だった。ふらふらと頼りない足取りで、格納庫を去って行く。

 その後ろ姿を見ながら、どうしても心配の念を拭えないムウ。

 

 ─────何かとんでもない事でも仕出かさないだろうか。

 

 彼女がどれだけの思いと覚悟を以て戦い続けて来たか、ムウを以てしても計り知れないものがある。

 自軍に正義があると信じ、しかしその信頼を裏切られ、一度折れそうになった所をマリューの言葉を受けて辛うじて繋ぎ止めた。

 

 しかし今、ナタルは何を思っているのだろう─────。

 

「─────」

 

 不意に誰かに肩を優しく叩かれた。

 驚き振り返れば、そこには微笑みを携えてムウを見上げるマリューが居た。

 

 マリューは微笑んだまま頷く。まるでムウの内心を見透かしているかのように─────ムウの背中を後押しするかのように。

 

「…っ」

 

 ムウはマリューに背を向けて駆け出した。

 

 彼の中ではすでに、()()()()()()()()

 それでも、あんな顔をした人を放って置けるなど、元来面倒見がいい性分を持つムウには到底出来やしなかったのだ。

 

「ナタル・バジルールっ!」

 

 ナタルは格納庫からそう離れていない、居住区へと向かう通路に居た。

 自室へ戻ろうとしていたのか、或いは別の場所か─────どちらにしても、ムウに呼び止められたナタルは振り返る。

 

「少佐…、何か御用ですか?」

 

「あー…。用っていうか、その─────」

 

 ナタルの顔色は未だ青白いまま。それを気丈に隠しているつもりで、隠し切れない動揺を震える声に表しながら、彼女はムウに問い掛ける。

 

 一方のムウ。こうして単刀直入に問われ、どう答えればいいのか一瞬迷ってしまう。

 

「─────酷い顔色だったから、心配だったんだよ」

 

 その迷いを振り切り、少しの気恥ずかしさを抱えながらムウは言った。

 するとナタルはきょとん、と目を丸くしたかと思えば、弱々しく笑みを零した。

 

「ありがとうございます。ですが、私は大丈夫です」

 

「いやアンタ、大丈夫って─────」

 

 そんな筈ないだろう、と続けようとしたムウは、ナタルの表情を前に言葉を呑み込んだ。

 今にも泣きだしそうに、しかしそれを決して漏らさないよう努めている─────盲信にも近い信頼を置いていた軍に裏切られた彼女の心の傷は、自分が思っているよりもっともっと深いのだと、改めて思い知らされる。

 

「…少佐は、どうする気ですか?」

 

「どう、って…」

 

「地球軍と戦われるおつもりですか?」

 

 ここでその問い掛けに肯定すれば、ナタルはどう思うのか─────何となく察しはついていても、ここで嘘を吐いてもどうせ悟られるに決まっている。

 

「あぁ」

 

「っ─────」

 

 正直な自身の気持ちを吐き出せば、ナタルは表情を微かに歪ませながら息を呑む。

 

「俺は、もう地球軍を信じられない。あそこに正義があるとは思えない」

 

「それは─────私も、同じです」

 

 ナタルとて分かってはいるのだ。自軍がすでに、信ずるに値しない所にまで腐敗が進んでしまっている事になんて、とっくに─────それでも、過去を切り離せない。

 

 正義と信じ、知らず、聞かず、戦い続けて来たかつての自分が強く己に語り掛けてくるのだ。

 このままではいけないと理解していても─────もしかしたら、何かの間違いだったのでは、と。

 何か事情があったのでは─────アラスカで切り捨てられた者達には、それ相応の理由があったのではないか、と。

 

 そんなものはない。でなければ、自分達も同じように切り捨てられる側に選ばれる筈がない。

 分かっているのに─────

 

「アンタは…、腹が立たないか?」

 

「─────は?」

 

 思考が渦巻き定まらなくなったナタルへ、ムウが問い掛けた。

 その問い掛けに対し、ナタルは一瞬思考を放棄して、呆けた声を漏らした。

 

「え…は、腹、ですか?」

 

「あぁ。俺は腹が立ったぞ。エンデミュミオンの鷹とか二つ名付けられてさ、散々持ち上げてくれやがった挙句、アラスカでの仕打ちだぞ?もう腹が立ってしょうがないね」

 

 両腕を組み、鼻息を荒くしながら言うムウを呆然と見るナタル。

 

「アンタ程、軍に正義があると信じて戦い続けた奴はそういないって思う。だからこそ俺は疑問なんだ。アンタのその大きすぎる信頼を裏切った軍に、腹は立たないのか?」

 

「…軍に復讐しろと、私に言いたいのですか?」

 

 裏切られ、どれだけショックを受けようとも、分別がつけられなくなるほど正気を失っていない自負はある。

 軽率に言ってくるムウを睨みつけながら、問いに対し問いを返せば、彼は慌てて両手を振った。

 

「いや、そうじゃない。ただ、あんな裏切られ方をして、腹の一つも立たないんなら─────軍に戻るのもアンタにとっては一つの選択肢になるんじゃないか、って思っただけさ」

 

「軍に─────戻る?」

 

 ナタルはそんな事など考えもしなかった。自身は裏切られ、切り捨てられ、軍にとって不必要な存在になり果てた。

 故に、またあの場所に戻ろうなんて思いも寄らない選択だ。

 

 いや─────第一に、ナタル・バジルールは軍に戻りたがっているのか?

 

「わたし、は─────」

 

 胸に手を当てながら、ナタルは自身に問う。

 

 ムウと言葉を交わした今、先程までの気が遠くなる程の迷い、失望感は薄れていた。

 

 今ならば─────ムウが傍に居る今ならば、答えが出せそうな気がした。

 

「─────軍には、戻りません」

 

 無意識の内に口を突いて出て来た言葉、それこそが、ナタルが自身で考えだした答えだった。

 

「少佐が言ったように、私もどうやら腹が立っていたようです。軍の裏切りに…」

 

「そうか」

 

 苦笑いを浮かべながら言うナタルに、ムウは微笑みを浮かべながら頷く。

 

 ナタルの顔にはもう迷いはなかった。顔色はまだ良くないままでも、先程と比べれば雲泥の差だった。

 

「良い顔になったじゃんか。ずっと堅苦しい顔してるよりも、そっちの方がずっと魅力的だぜ」

 

 ナタルの肩に手を伸ばし、優しく叩く。

 

 ムウとしては今の言動も、肩を叩く行為も冗談のつもりで、それでいてナタルからのツッコミ待ちのボケのつもりでもあった。

 

 が、当の本人はそうではなかったらしく─────

 

「本当、ですか?」

 

「え?」

 

 肩を触れられたナタルは、頬を染めながら、上目遣いでムウの顔を見上げていた。

 

「今の私の方が魅力的だと…そう思いますか?」

 

「あ…あぁ、それは思う、けど」

 

「…」

 

 ムウを見上げていたナタルの頬に更に赤みが差し、遂には俯いてしまう。

 

 ─────あれ、何この空気…?

 

 呆然と今の空気にムウが戸惑っていると、ナタルは「し、失礼しますっ」と一声上げてから踵を返してその場から去ってしまった。

 

 ナタルの姿はあっという間に見えなくなってしまい、この場にムウ一人が残された─────かに思われた。

 

「見ぃちゃったぁ」

 

「うおっ!!?」

 

 不意に背後から掛けられた声に飛び上がる程に驚いたムウ。

 振り返れば、ニヤニヤと悪戯気な笑みを浮かべながらユウが兄へと歩み寄っていた。

 

「ゆ、ユウ…」

 

「いやぁ…。バジルール少尉─────じゃないか、もう。()()()()()を兄さんが追ってくのが見えたから、心配で見てみれば…良いものが見れましたなぁ」

 

「お前、覗いて─────」

 

「見守ってたんだよ。覗き見だなんて失礼な」

 

 覗かれ、もとい見守られていた事にようやく気付いたムウは、事態の深刻さをも同時に悟る。

 

 今の会話、そして最後の場面─────完全にムウがナタルを口説き、対してナタルが満更でもない様子だった風に捉えられかねない。

 というかそれが事実である。よりにもよってそれを、しかもユウに見られるとは。

 

「兄さん」

 

「な、なんだよ…」

 

「俺は、義姉さんが二人でも一向に構わないよ」

 

「…は?」

 

 唐突に掛けられたその言葉の意味を理解できない。

 その意味を聞こうと思った時には、ユウは「そんじゃあ、後は頑張って」とムウの背中をぽんぽんと叩いてから駆け足で行ってしまった。

 

 またも意味の読み取れない言葉を掛けられたムウは、何なのかと首を傾げ、しかし直後、また別の人物から掛けられた声に背筋が凍り付く。

 

「少佐?」

 

「─────」

 

 美しくも余りに冷たく、凍えてしまいそうな声に身体を震わせる。

 

「か、艦長…」

 

 ニッコリ笑いながら、しかし目元は明らかに笑っていないマリューが、先程ユウが来た方から近付いてきていた。

 

 それを見たと同時に、まさか、と悟る。

 

 ─────ユウの奴、艦長と一緒にさっきのを見てたのか…!?

 

「お、俺はもう少佐じゃな─────」

 

「私はナタルを口説けと言った覚えはありませんよ?」

 

 全身に感じた戦慄を何とかやり過ごし、向き直るムウにマリューから容赦ない口撃が襲う。

 

「いや…、口説いたつもりはないんだが─────」

 

「へぇ…。ナタルは少佐から()()()と言われて、嬉しそうにしていましたよ?」

 

「そ、それは良かった、けど…。別に他意があった訳じゃなく、ただ純粋に事実を教えただけというか────」

 

 どれだけ言い募ろうと、マリューから注がれる冷たい視線が変わる事はなかった。

 

「…ふんっ」

 

 そして、マリューはそれ以上何も言う事はなく、ムウから視線を切って居住区の方へと向かっていく。

 ムウは慌ててその後を追い掛ける。

 

「ま、待ってくれ!違うんだ!俺は─────」

 

「私について来る暇があるなら、ナタルの傍に居てあげたら如何です?」

 

「いや、だから─────」

 

 取り付く島もない、とは正にこの事。

 ムウが何を言おうとしてもマリューは遮り、そして遂にムウの言葉の一つも聞く事なく彼女は自室へと籠ってしまった。

 

「…どうしてこうなった」

 

 そうポツリと呟けば、直後に先程感じた掌の感触を背中に感じた。

 

「ドンマイ」

 

 ユウだった。

 いつの間に来ていたのか。というか、今のマリューとのやり取りも覗き─────もとい見守っていたというのか。

 だとすれば、助け船の一つでも出してくれればいいものを─────なんて文句の一つを出す気力も無くなったムウは、ただただ両手で自身の頭を抱えるしか出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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