最初にそれに気付いたのは、オーブ軍司令部だった。
オペレーターが画面に映る光点を見て、声を張り上げる。
「何かが戦闘空域へ近付いてきています!これは─────」
司令部でキサカと共に指揮をしていたカガリが目を向ける。
声を発したオペレーターの表情は険しく、良い報告ではないのは明らかだった。
何事かと傾けたカガリの耳に次の瞬間、不可解な報告が飛び込んでくる。
「ザフト軍です!ここより十時の方向!」
「なんだと!?」
敵の増援かというカガリの予測よりも更に斜め上。オーブ、地球連合軍以外の第三勢力の介入。
ただでさえ地球連合軍の物量に押され気味であったオーブ軍側にとって、ザフトの接近は大きな疑問が過る。
ザフトがオーブへ接近してくる目的は?この場に居る殆どの者が疑問符を浮かべる中、カガリとキサカだけが苦い表情をした。
「くそっ…、やはり─────」
「ザフト艦隊より入電!映像、映します!」
カガリが何かを言い掛けた時、再びオペレーターが口を開く。
ザフトからの通信─────それは、モニターに映像となって映し出された。
そこに映ったのは年若い少年の顔─────それを見たカガリとキサカは、大きく目を瞠った。
『オーブ軍、聞こえるか。こちらはザフト軍特務隊、アスラン・ザラだ』
「アスラン…!?」
思わぬ人物の登場に驚愕を隠せないカガリだったが、すぐに気を取り直してモニターに映る少年の顔を見据える。
『我々は、貴国がZGMF-X10Aフリーダムを所持。並びに国家反逆人であるラクス・クラインを匿っている事を掴んでいる』
やはりザフトの狙いはそれか─────と、カガリは歯噛みする。
アラスカから単身逃亡したアークエンジェル、その行方を地球連合軍かザフト、或いは両方の陣営に掴まれる可能性は承知していた。
そしてザフトがそれを掴んだ場合、オーブに攻め込んでくる可能性も─────しかしタイミングが最悪だ。パナマを奪還してからまだ時間は経っていないにも関わらず、こうも早く攻め込んでくるなんて─────。
『我々が貴国に求めるのはフリーダム、ラクス・クライン、両方の返還である。それが受け入れられた場合─────今戦闘の支援を約束しよう』
司令部に動揺が奔る。
物量に押し込まれている不利な状況の中、ザフトの手が借りられるのであれば─────と考える者は少なからず居た。
それは致し方ないものだ。何しろカガリでさえ、頭の片隅でそんな仄かな希望を抱きかけてしまったのだから。
しかしそれはまやかしだという事もまた、彼らは知っていた。
何故オーブが地球連合、ザフト、どちらの陣営にも与さないという選択を取ったのか─────その理由を、この場に居る誰もが知っているのだから。
「こちらの映像を映せ」
「ハッ!」
カガリが命じると、オペレーターは素早く機器を操作して司令部側からもザフト艦隊へと通信を繋げる。
「繋ぎました!」
オペレーターからの報告と同時に、急いで兵士が持って来たインカムを装着して、カガリはモニターに映るアスランの顔を見上げた。
「こちらはオーブ軍総司令官、カガリ・ユラ・アスハだ」
ザフト側にもこちらの映像は届いている筈だ。映像に映ったアスランの目が微かに瞠ったのを、カガリは見逃さなかった。
「確かにフリーダムなる機体はこちらにある…が、ラクス・クラインがこの国に入ったという情報は持ち合わせていない」
『─────』
「何かしらの手段でオーブへ侵入した可能性も捨てきれないが、地球連合軍の進攻を受けて手配した脱出船にすでに乗り込んでいるだろうな。故に、居もしない人物を返還する事は出来ない。それにフリーダムについても、
ラクスについては完全に嘘八百。しかし一方のフリーダムについては、決してそうとは片付けられない話でもある。
オーブ側からすれば、ただフリーダムが自国に舞い込んで来た─────ただそれだけなのだから。
その上、ユウにフリーダムを託したのは、他でもないシーゲル・クライン─────プラント側にとっては国家反逆人であり、現最高評議会が素知らぬと言い張っても、その名前が持つ力は大きい。
プラントではユウがスパイとして扱われていても、オーブがユウを送り込んだという事実はない
故に、カガリが言った
『そんな世迷言が通用するとでも?』
だがフリーダムを強奪され、更にはそのスパイを手引きした片割れ、ラクス・クラインをオーブが匿っているという確かな情報を持っているザフト側からすれば、ただの世迷言である。
「そちらに攻め込まれる謂われはないと言っている。そちらの支援の申し出も有り難いが、我が国は中立を保つ所存である。お引き取り願おう」
カガリとアスラン、両者の鋭い視線が映像を通して交錯する。
やがてアスランが何かを諦めたかのように微かに息を漏らしながら、瞼を閉じる。
『─────そちらの考えはよく分かった。だがこちらとしても、
次に彼の目が開かれた時、その瞳には冷たい光が宿っていた。
『ただいまを以て、我々はオーブ、地球連合軍、両者に対して無差別攻撃を開始する』
ザフト側から通信が切られた。同時に、弾かれるようにしてカガリがオペレーターへ向けて命令を発する。
「M1第五、第六大隊をイザナミ海岸へ回せ!ザフトが上陸する前に間に合わせるんだ!」
絶望的な状況、されど救いはザフトがオーブのみを敵対視している訳ではないという点だ。
アスランが口にした無差別攻撃─────その矛先が地球軍側へも向けられるのであれば、あの圧倒的物量も分散される。
「ラクス・クラインとフリーダム、か…。もう一つ、ザフトには狙いがありそうだがな」
「…」
傍らに立つキサカが呟き、カガリが無言で頷いた。
ラクス・クラインとフリーダムの奪還─────アスランが言った、ザフトがオーブへ進攻してきた目的。
そしてたった今キサカが口にした、もう一つの狙いとは─────
「私も出撃します。クルーゼ隊長は、艦隊の指揮をお願いします」
オーブ─────カガリとの通信を切ったアスランは、旗艦クストーの艦橋にて隣に立っていたクルーゼへと指示を出してから身を翻し、真っ直ぐそのままその場を去ろうとする。
「アスラン。ザラ議長からの命令は承知している、が─────」
「分かっています」
その背中に、クルーゼが呼び掛ける。
クルーゼから言われずとも、アスランには今作戦の本当の狙いを当に承知していた。
兵達に向けられた主な命令は、
しかし、それらを脇に置いてでも優先しなければならない第一目標。それは─────
「
そう口にして、アスランは艦橋を去る。
マスドライバー…、ザフトはつい先日パナマを攻め落とし、地球軍側に唯一残った宇宙への窓口の封鎖に成功した。
地球へ軟禁された地球軍が執るであろう行動として、真っ先に思い浮かんだのはザフトが保持しているビクトリアのマスドライバーの奪還─────現に、地球軍側が慌ただしく動き始めたのをザフト側は察知していた。
しかし地球軍はまた別の動きを見せ始めた。それが、オーブ侵攻である。
オーブは地球連合に与さないただの一国家─────その技術力は侮れないといっても、本腰を上げた地球連合軍を相手にすればたちまち攻め落とされてしまう、とザフトは踏んだ。
そうなれば、折角宇宙への窓口の封鎖に尽くした死力が水泡に帰してしまう。
ならばと最高評議会は決を取り、軍へと命じた。
オーブへの侵略を─────。
アスランはパイロットスーツへと着替え、クストーの格納庫へと急ぐ。
すでに味方艦隊からは次々に空中、海中へとモビルスーツが出撃していった。そしてアスランもまた、新たに受領した愛機─────ジャスティスのコックピットへと乗り込む。
「アスラン・ザラ。ジャスティス、出る!」
開かれるクストーのハッチから、深紅の機体が空中へと飛び出していく。
先に出撃したジン、シグー、ディンを追い抜き、ジャスティスがオノゴロ島へと接近していった。
「ザフト、だと!?」
カラミティと交戦しながら、入って来た情報に目を見開く。
二連装ビーム砲シュラークと、腹部のスキュラによる同時砲撃をやり過ごしながら、サブカメラに小さく映ったイザナミ海岸の方向から迫るザフト軍を見遣る。
「しつこいんだよ、テメェッ!」
「チィッ!」
右手で持ち上げた大型のバズーカ砲が向けられ、それを察知してすぐさまその場から機体を離す。
「っ、あれは─────」
激しく撃ち掛けられる砲火を躱し、防ぎながら、ザフトのモビルスーツ群の中で一際速くオノゴロ島へと迫る深紅の機体を見つける。
あれは─────
「ジャスティス…!?」
ジャスティス、そしてアスラン・ザラだ。まさか、あいつがオーブ侵攻に参戦しているとは…!
とはいえ考えてみれば当然かもしれない。パトリックからフリーダム奪還、或いは破壊の密命を帯びているのであれば、この場に現れるのは自然な流れ。
現に原作でも、今の様に地球軍によるオーブ侵攻の折に姿を現したのだから。
それと違うのは陣営─────味方か、敵か。
今この瞬間では、絶対にあってほしくない形での参戦となってしまった。
カガリからの指示があったのか、M1部隊がイザナミ海岸へと移動をしていく。
ザフトの進軍を察知した地球軍のダガー隊も、迎撃すべく一部ザフト側へと意識が向いたのが分かった。
しかし、ジャスティスは止まらない。二本のラケルタビームサーベルを連結させ、アンビデクストラスモードへ移行させる。
他機より早く上陸したジャスティスへ襲い掛かるM1が、次々にハルバードで切り裂かれていく。
「くそっ!」
すぐにジャスティスを止めに行かねば、あれ一機でも一溜りもない。
しかし、目の前の敵はそう易々と思い通りにいかせてくれない。
ただでさえ第一期と第二期、性能差は明らかであると同時に、襲い来るのは何もカラミティだけではない。
カラミティの砲火を躱していく先を、ダガーがビームサーベルで斬り掛かって、或いはビームライフルで撃ち込んでくる。
それらを同時に捌きつつ、レール砲と単装砲による全砲火を叩き込んでから、すかさずカラミティからの砲撃をシールドで受ける。
「くぅっ…!」
高威力の砲撃を辛うじて受け切り、ビームライフルをカラミティへ向けて撃つ。
カラミティは左腕を掲げ、シールドでビームを受け止めると、お返しとばかりにシュラークとスキュラを一斉に向けてくる。
対してこちらも身構え、対応の姿勢をとる。
「っ!?」
直後、どこからともなく一条のビームがカラミティへ向けて降り注ぐ。
それに反応したカラミティによって容易く躱されてしまうが、回避行動を取った機体に向かって一機のM1が疾駆していく。
ビームライフルをマウントし、ビームサーベルで斬り掛かっていくM1。対してカラミティは先程、俺の銃撃に対応したのと同じようにシールドを掲げてM1の斬撃を受け止める。
M1との押し込み合いを繰り広げながら、ノーモーションで撃てるカラミティのスキュラがエネルギーを充填しているのが見えた。
咄嗟に妨害しようとビームライフルを再度向けようとする。しかし、俺が引き金を引く前にまたどこからかビームが降り注ぐ。
今度は左腕を押し込み、M1を弾いて自由を取り戻してからその場から後退していくカラミティ。
「兄さんっ!」
現れたのはストライク─────兄さんは背部のビームサーベルを抜き、カラミティへと斬り掛かっていく。
『ユウ!お前はイザナミ海岸の方へ行け!』
一振り、二振りとストライクの斬撃はカラミティに躱され空を切る。
シュラークが向けられたのを悟ったストライクがスラスターを吹かせて飛び上がる─────それを追い掛け、砲門が上空へと向けられた直後、先程のM1がビームライフルを撃って妨害する。
兄さんから通信を通して声が届いたのは、M1のビームをカラミティがシールドで防いだ直後だった。
確かに現在、イザナミ海岸に向かったM1隊の支援は必須だろう。しかし─────
「だけど…!」
かといって、俺がここを抜けても良いものかという懸念もある。
フリーダムとキラはレイダー、フォビドゥンの相手を取るのに掛かり切りだ。アークエンジェルからの援護があるとはいえ、状況が良いとは決して言えない。
そして何より、遠距離武装中心で、近距離戦を全くといっていい程に熟せないカラミティ相手とはいえ、火力は圧倒的に上回られた状態で、且つモビルスーツでの実戦が初である兄さんに、その役割を託して大丈夫なのか。
M1に乗っているパイロットはなかなかの腕前だ。周囲のダガーを撃ち落としながら、巧みなタイミングでカラミティを牽制して兄さんの援護を熟している。
しかしそれらを容易く蹴散らす火力をカラミティは保持している。
『お前もとっくに気付いてるだろ!ありゃぁ、
兄さんもすでにオノゴロ島に上陸したジャスティスの存在に気付いていた。そしてそれが、フリーダムと同系統の─────NJCが搭載されている機体であろう事にも。
『俺じゃあ間違いなく歯が立たねぇ!キラもあれの相手で精一杯!なら、お前しか居ないんだ、ユウッ!』
聞こえてくる兄さんの声から感じ取れるのは、悔恨。声だけではない。カラミティと交錯するストライクの中からも、同様の感情が強く俺の所まで伝わって来た。
状況を打開する為には俺を送り出すしかない─────それしか出来ない情けなさを推した兄さんからの呼び掛けに、迷う余地などなかった。
「…ゴメンっ、行ってくる!」
『あぁ、頼むぞ!』
兄さんからの後押しを受けながら、カラミティに背を向けてイザナミ海岸へと急ぐ。
すでにジャスティスによって多数のM1、ダガーが墜とされている。
これ以上は─────好きにはさせないぞ、アスラン・ザラ。
移動をするこちらに気付き、襲い掛かって来るダガーを斬り落とし、撃ち落としながら尚も暴れ回るジャスティスへと近付いていく。
スラスターを吹かせて上昇、射程距離内にジャスティスを捉えてビームライフル、レール砲、単装砲、スピリットが持つ全砲門を一斉に撃ち放つ。
ジャスティスがこちらを向き、その場から跳び退いてこちらが叩き込んだ全火力を容易く躱していく。
飛び上がったジャスティスの動きが一瞬、何かに躊躇うように鈍り、しかし両肩のフォルティスの砲門がこちらを向き、二条のビームが放たれる。
機体を翻しながらジャスティスへの接近は止めない。
ビームの間を縫うようにして躱しながらライフルをマウントし、左腰のサーベルの鞘に手を掛ける。
対するジャスティスは、アンビデクストラス・ハルバードを構えてこちらに迫る。
ジャスティスと衝突─────すれ違い様の斬撃を互いにシールドで受けながら旋回。
相手も同じく旋回してきて、直後に再び衝突。今度は互いの斬撃をシールドで受け合いながら押し込み合う。
強烈に飛び散る火花が視界を覆う。
こうして、幾度目かのアスラン・ザラとの交戦が幕を開けたのだった。
「本当、情けない話だぜ─────」
カラミティと対峙しながら、ムウは力なく呟いた。
サブカメラによって映し出された、イザナミ海岸へと急ぐスピリットの後ろ姿が、メインモニターの下端に見える。
本当はユウの代わりに自分が背負ってやりたかった。しかし、情けない話、自分ではあっという間にやられてしまうだろう。
それは容認できない。ユウやキラ程にないにしても、自分にもやれる事はある。
その一つが正に、目の前の機体の足止めだ。
キラが相手にしている二機─────アークエンジェルからの援護もあり拮抗こそしているが、仮にこの機体があそこに混ざりに行ってしまえば、たちまち形勢は悪くなるだろう。
「おい、そこのM1!悪いが、こっちに付き合ってもらうぞ!」
ストライクから横合いに少し離れた所で、同じくカラミティと対峙しているM1に向けて回線を繋げて呼び掛ける。
ほんの僅かな時間ではあるが、ユウへの援護と周囲から襲い掛かって来る敵機への対応。その立ち回りは見事なものだった。
初実戦にも関わらず、オーブにも凄い奴が居たものだと、それ処ではないと分かっていても感心に思うのは止められなかった。
一人では難しいが、このM1とならば─────そう思った時だった。
『─────了解』
「っ─────お前…」
スピーカーから聞こえて来たのは、
その声の主の正体にすぐに辿り着いたムウは目を瞠り、そして何故そこに居るのかを尋ねようとして、しかしカラミティの砲門がこちらへ向いたのを見てその口を閉ざす。
理由も経緯もどうでもいい。ただ、今この瞬間、こちらに手を貸してくれるのならば喜んでその手を取ろう。
選り好みしている余裕などない。目の前の脅威を跳ね返す為に、自身の複雑な感情は打ち捨てる。
カラミティから激しい砲撃が撃ち注がれる。ストライクを駆り、エールストライカーの推力でそれらを振り切りながらビームライフルを向ける。
混沌と化していくイザナミ海岸の一方で、イザナギ海岸での戦闘もまた、新たな局面を迎えようとしていたのだった。
カナード君は何処…?ここ…?