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感想の方は気付くのが遅すぎですが…ありがとうございます。正直こんなにたくさん読まれる作品になるとは思っていませんでした。
今年も残り僅か─────多分今年中に無印編完結は無理でしょうが、とりあえず出来る限り話を進めていきたいと思っています。
オーストラリア北方に位置するカーペンタリアに建設された基地内で、人が慌ただしく動き回る。
先のオーブ侵攻失敗を受け、撤退を余儀なくされたザフト軍は、早急な軍備の立て直しを求められていた。
アラスカでの多大な犠牲に加え、パナマでも攻め落とす事に成功こそしたものの、地球軍の必死な抵抗によって決して無視はできないダメージを負った。
その上でのオーブ侵攻の失敗─────プラント本国でも焦りの色が出始めている。
同じくオーブ侵攻の失敗を受けた地球軍だが、その影響はザフトよりも目に見えて小さい。
並行して進められているビクトリア奪還作戦に対する動きが止まっていない所を見れば、そう遠くない内に攻め込んでくるのは明らかだ。
対して数で劣るザフト側─────受けたダメージ量は同じでも、その割合は大きく変わる。
地球軍はすぐに動けても、ザフト側はそうはいかなかった。ビクトリア防衛へ向かう事なく、軍備の立て直しを余儀なくさせられている現在の状況が、それを物語っていた。
「ビクトリアを捨てるというのですか!?」
カーペンタリア基地内の会議室にて、黒色の制服を着た男が声を上げる。
「パナマを墜とし、奴らを地上に閉じ込める事が出来たというのに─────それでは、何のために!」
「だが我々がどれだけ急いでも、防衛の為に充分な戦力は揃えられない。ならばすべき事は、冷静に先を読み、整える事だ」
黒服の男だけではない。淡々と返答する司令官もまた、表には出さずとも上層部からの命令に対し、複雑な念を抱いていた。
「ビクトリアを奪還した暁には、奴らはすぐにでも宇宙へ上がるだろう。…そうなればいよいよ始まるぞ。本国への進軍が」
「っ─────!」
息を呑む黒服の男。この場に居る皆もまた、神妙に表情を固くさせる。
この会議に参加していた、アスラン・ザラもまたその一人だった。
彼も白服の男が語る、これからの地球軍の行動の予測には至っていた。しかし改めて、直接言葉にして突きつけられると、いよいよかという気持ちが湧いて来る。
均衡を保ち続けていた戦局が、動こうとしている。アラスカ、パナマ、そしてオーブと、激しく荒れた流れは地上に留まらず、宇宙へと駆け上がる。
「それにあたり、ラウ・ル・クルーゼ、アスラン・ザラ。君達二人には、本国への召還命令が下っている。明日の一二:〇〇に発つシャトルに乗るんだ」
「─────了解」
アスランと同じくこの会議に参加していたクルーゼと共に、本国から下った命令を、司令官を通して受け取る。
─────本気なのか…。
先程司令官が語ったように、ビクトリアの防衛は状況的に難しい事は分かっている。そして、今後の主な戦場が宇宙へと移り変わっていく事もまた。
しかし、こうもあっさりと上層部がビクトリアを切り捨てる選択をした事に、アスランもまた複雑な念を湧かせていた。
ビクトリアを捨てるといっても、まさか無償で明け渡す訳がない。最低限の兵力は残し、例え防衛に失敗しようとも少しでも地球軍の戦力を切り崩すべく、残った兵達は奮闘するだろう。
その果てに勝利も栄光もない事と、自身の結末を分かっていながら、自陣営の勝利の為に命を張る─────。
「っ…!」
無力な自分を悔やみながら唇を噛む。
こんな犠牲を失くす為にも、一刻も早く戦争を終わらせなくてはならない。
だが、一体どうやって?
真っ先に頭に浮かぶ答えはシンプルだ。勝つ事─────勝てば当然、戦争は終わる。
ならばその勝敗は一体どこで決まる?相手が降伏すれば?だが、大勢が決まった上でも降伏しなかったその時は?
─────敵を全て滅ぼせば、嫌が応にも戦いは終わる。
「─────っ!」
咄嗟に浮かんだ考えに、アスランは身震いした。
敵を全て滅ぼす、確かにそうすれば戦争には勝つし、戦いも終わる。そして、今後しばらく戦いが起こる事もなくなるだろう。
しかしその為に、一体どれだけの命が失われる?
敵の命だけではない。それを果たす為に、より多くの味方の命も当然失われる。
敵と、味方─────そもそも敵とは何だ?
自分が討つべき敵とは─────地球軍?オーブ?しかしそれは、与えられた命令によって定められたもの。
─────俺が思う敵とは………
「アスラン」
「っ!」
隣から掛けられた声に、ハッと我に返る。思考に沈み、気付いたその時には会議は終わっていた。
皆席を立っており、クルーゼもまた同じだった。会議室を離れようとしてから、アスランが座ったままな事に気付いたのだろう。
「オーブでの戦闘から戻って来てすぐにこれだ。疲れるのも仕方あるまい。明日の事もあるし、準備が終わったらすぐに休むのだな」
「…はい」
いつもの物腰柔らかな笑みを浮かべるクルーゼは、アスランへの気遣いを見せる。
その気遣いに対して頷いて返したアスランだったが、会議室を出て自身とは別の方向へ歩いていくクルーゼの背中を見つめていた。
その目に、微かな恐れにも似た感情を宿らせて。
会議中、クルーゼは一度も発言をしなかった。ただ、会議の行く末を見守っていただけ。
現状、プラントは危機に陥っている。地球軍を地上に閉じ込めようという作戦に死力を尽くし、一時成功こそしたものの、その努力は泡沫に化そうとしている。
そんな状況の中、クルーゼは何の危機感も感じさせず、むしろこの状況を楽しんでいるかのようで─────
「アスランッ!」
前方から声が掛かる。
足を止めて顔を上げたアスランを見る、二人の仲間がそこには立っていた。
腕を組んで不機嫌そうな仏頂面のイザークと、笑みを携えてアスランに向けて軽く手を上げるディアッカ。
アラスカで一時安否不明になっていた二人。オーブへの進軍中に生きている事を知ったアスランだったが、作戦行動中故に連絡をとる事が出来なかった。
「イザーク、ディアッカ!」
生存を知ってこそいても、こうして無事な姿を実際に見るのとは訳が違う。
本人の意思とは関係なく漏れる安堵の笑みと共に、アスランは二人へと歩み寄った。
「お疲れさん。大変だったみたいだな」
「まあな。それを言うなら二人こそ、無事で良かったよ」
「いやぁ…、あれはまあ、生きてるだけ儲けもんって考えるようにしたよ」
ディアッカから労いの言葉を掛けられたアスランは、彼からも同じく労いの言葉を返す。
するとディアッカは苦い表情を浮かべ、イザークも小さく舌を打ちながら視線を逸らした。
「それよりお前、これからどうするんだ?やっぱ、ビクトリアに向かうのか」
あの時の事はあまり思い出したくないのか、ディアッカが露骨に話題を逸らそうとする。
発動したサイクロプスに、敵味方関係なく何もかもが蒸発していく光景─────そこには居なかったアスランですら、想像するに難くない。
そんなもの、忘れられるものならとっとと忘れてしまいたいだろう。
「…いや、俺はクルーゼ隊長と一緒に本国へ戻る事になった」
ディアッカの意を汲んでこれ以上追及する事は止め、彼からの問い掛けに答える。
アスランからの返答に対して、ディアッカは目を見開き、イザークもピクリと視線を二人の方へと戻して反応を示した。
「ビクトリアを切り捨てるのか…?」
信じられない、と言わんばかりに、声を震わせながらイザークが問い掛けて来た。
「本国はそう決定を下したらしい」
「ふざけるな…!あそこが墜とされれば、地球軍は宇宙へ出てくるぞ!?」
「だから俺が呼ばれたんだろう。…お前らもそうなんじゃないのか?」
本国が下した決定に激昂するイザークへ問い返す。
図星だったのか、イザークはぐっと息を詰まらせながら拳を握る。
「これからの主戦場は宇宙になる。ビクトリアに戦力を送ろうにも、地球軍が送り込んでくるであろう大軍を退けられる分は間に合いそうにない。…ならば、奴らが必ず攻め込んでくるであろう場所に先回りするのは、妥当な判断だ」
「…来るというのか。奴らが、プラントに」
「そう考えてるから、俺達に命令を下したんだろうさ」
廊下に立ち尽くしていたアスラン達は、誰から言うまでもなく同じ方向へと歩き出す。
「何かさ。…何て言えば正直、分からないけどさ」
「…何だ、ハッキリ言え」
並ぶ三人の中で右端に居たディアッカが不意に口を開く。
しかし、何かを言おうとしては止め、また何かを言おうとしては口を閉じ、ハッキリしない様子のディアッカを隣で歩いていたイザークが急かす。
「えーっと…、このまま戦い続けてて、いいのかなって…」
「…どういう意味だ」
「いやだってさ、この前のアラスカにパナマに、それからオーブに今度のビクトリアでもきっとそうなるんだろうけど─────」
次に紡ぐ言葉を探るように、ゆっくりとした口調でディアッカは続ける。
「戦争って、こんな簡単に人が死んでくんだな」
イザークがゆっくりとディアッカの方へと顔を向ける。
前を向き耳だけ傾けていたアスランもまた、イザークと同じくディアッカへと視線を向けた。
「貴様…」
「いや、別に怖気づいた訳じゃねぇよ。俺だって、ここに来るまでの間に、自分なりに覚悟ってのを固めて来たつもりさ。だけど…、ここ最近の戦いを見てたら思っちまうんだよ。俺達本当に、このままで良いのか─────って」
覚悟─────思えば、初陣だったヘリオポリスから、随分と長い旅をしたものだとアスランは振り返る。
当時の自分達の中に、ディアッカがたった今語った覚悟というものがあったのか─────今だから言える。そんなものは、あの時の自分達にはなかった。
だが今、長い戦いを経て、多くの人の命を奪い、多くの人の死を見て、その末にアスランはプラントを守るという覚悟を固めていった。
イザークもディアッカも同じ筈だ。ただナチュラルを見下し、どこかゲーム感覚で戦いに臨んでいた彼らはもう居ない。
彼らは彼らなりの覚悟と信念を持って銃をその手に握っている。
「ディアッカ。お前、何を見た?」
「…」
その覚悟をも揺るがす何かが気になったアスランは、ディアッカへと問い掛ける。
ディアッカは語った。以前のパナマでの戦闘─────戦闘の勝敗が決まり、続々と地球軍兵が投降を始める中、
「それ、は─────」
「俺達が護りたいものを仇なす敵を討つ、それはいいさ。だけどあれは─────俺は違うと思うね」
ディアッカの瞳の中には確かな憤りがあった。
敵を討つ行為自体を咎めるつもりはなくとも、必要以上に命を奪う行為─────それもその行為に愉悦を感じてさえいるのだから、それはもう。
「フンッ!貴様に言われるまでもない。あんな
ブルーコスモスの様な連中─────イザークが言った通りだ。
コーディネイターを化け物と口々に称し、青き清浄なる世界の為にと宣い、地球に残るという選択をした同胞すらも手に掛け続ける狂信者達。
戦う意思を持たない者達を手に掛けたというのなら、それはただの虐殺だ。
「…いや、俺達も一緒さ」
「なんだと?」
「ヘリオポリスを忘れたのか?俺達は、罪のない民間人をこの手で殺した事を」
だというのなら、自分達もそうなのだろうとアスランは語る。
対してイザークは激しく頭を振った。
「あれは、地球軍があんな物を作るから─────」
「経緯はどうでもいい。あの戦闘に巻き込まれて、民間人が死んだという結果が全てだ。…俺達が攻め込まなければ、今も生きていたであろう人達を、俺達は殺した」
イザークとディアッカが愕然としているのを横目に、アスランは前を向く。
「だからこそ、引き返す事は許されない」
「アスラン─────」
「俺はもう、迷わない」
翠色の双眸は真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに前を見据えていた。
後ろを振り返る事はなく、その足は力強く一歩一歩を踏み締めて、どこまでも─────どこまでも。
アスラン・ザラは、必死にそうあろうとしていた。
過去を振り返る資格も、後悔する暇もないのだと、そう思い込みながら─────以前のどこかの誰かの様に、心の奥底に
─────いつまでこんな所に居続けなければならないのか。
窓の外の景色を赤い瞳に映しながら、呆然と少年はそんな事を思った。
少年が目を覚まし、この場所がザフトの基地であると知ったのは三日前の事。
地球連合軍とザフトによって、少年が暮らしていたオーブのオノゴロ島が襲われた。
オーブ政府の必死の呼び掛けと避難政策も間に合わず、少年は家族と共に戦闘に巻き込まれてしまった。
「っ─────」
脳裏に過る、紅い炎─────それに巻き込まれていく家族の姿。それを思い出すと同時に腹の底から嫌な感覚が込み上げてきて、少年は堪らず洗面台へと駆け込んだ。
少年が目を覚ましてから、殆ど物が喉を通らない日が続いている。それでもと無理やり何かを腹の中に入れても、あの光景が過る度に吐き戻してしまう。
口内に胃液の味を感じながら、鏡に映る自分の顔を見る。
酷い顔だ、と我ながら思う。顔色は青白く、髪は整えられる事なくボサボサで、何より目に生気がない。
「どうして─────」
─────どうして、こんな事になったんだろう。
目を覚ましてからずっと、何度も何度も自問している事だ。
故郷が襲われて火は燃え広がり、燃え広がった火は少年の家族を呑み込んだ。
そして、少年は生き残った─────生き残ってしまった。自分だけが、自分一人が。
「父さん、母さん…、
その場に蹲りながら、少年は体を震わせる。
家族に会いたい。四人で一緒に時を過ごしたい。
しかしそれはもう叶わない。何故なら皆、目の前で火に包まれたから─────自分を残して皆、死んでしまったから。
「っ、あああああぁぁぁぁ!!!」
何故。何故。何故。
何故、
皆、死んでしまった。なのに、自分だけがのうのうと生きている。
二度と愛する家族に会う事が出来ないこの世界で─────これからも、自分はこの空虚な胸を抱いて生きていかなければならないのか?
「─────」
こんな絶望しかない世界で生きていくくらいなら─────ゆっくりと少年の両手が持ち上がり、そしてその手が彼自身の首に添えられる。
添えられた両手に力が込もり、少年の呼吸が阻害され、やがてただでさえ青白かったその顔色は更に悪化していく。
「─────っ!」
このまま、消えてなくなりたかった。この時の少年は、心の底からそれを望んでいた。
しかしその望みが遂げられる事はなかった。少年の首に添えられた両手が、何者かに掴まれる。
一瞬にして意識が引き戻され、少年は自身の手を掴むその手の主を見上げた。
最初に目に留まったのは、顔の上半分を覆い隠す仮面だった。
口元には柔らかな笑みが浮かんでいるというのに、その上部を覆う仮面が何もかもを台無しにして、少年に不気味さを思わせた。
「折角拾った命を無為に捨てるのは感心しないな」
謎の仮面の男は、口元に浮かんだ笑みと同じ、柔らかい声色で少年へと語り掛ける。
「
そして、名乗った事もない、出会った覚えもない相手から自身の名を言い当てられて、少年─────シン・アスカは、掴まれた手を振り払う事もしないまま、ただ呆然と目を見開くのだった。