ロイがとった策は至極単純なものだった。自身が月への偵察任務に出たという誤情報を密かに流す事。
無論、軍の指揮系統が乱れる恐れがある為に大っぴらに言い触らす事は出来ず、この誤情報を知る者はほんの一部のみだ。
しかしクライン派の情報網は侮れない。そのような微かな歪を目敏く見つけ、集め抜いてしまう。
故に今、ロイが仕掛けた網に掛かってしまった。
「月への偵察というのは誤りか。君が配属された艦が出たのは確認したんだがね」
『本当にその艦に俺が乗ったかどうかまでは分からなかったみたいだな。だが、大したもんだよ。お前らの耳に入るよう調節したつもりだったとはいえ、情報を得てからここまでそう時間は経っていない。こっちの準備もギリギリだった』
「…」
軽薄な笑みを浮かべながらも、その口から発せられる誉め言葉は本心からのものの様に感じられる。
この状況下において、そんな誉め言葉を素直に受け取れられるかは別として、だが。
『お前らがエターナルを奪おうとしてるのは当然俺も承知だった。ならお前らが来ると分かり切っている場所へ網を張ればいい。問題はタイミングだったが─────』
シーゲル・クラインに近い位置で働いていたこの男が、エターナル奪還をクライン派が目論んでいる事を知らない筈がない。
だからこそ、バルトフェルド達はこの男を最も警戒し、細心の注意を払って行動を進めていたつもりだった。
『間に合って良かったよ』
「くっ…!」
それでもなお、ロイの策が上をいった。
艦橋の中で、クルーの誰かが苦し紛れに声を漏らしたのが聞こえてくる。
バルトフェルドも、怒りと悔しさのあまり大声を上げたい衝動に駆られていた。
『さて、もう一回だけ警告してやる。今すぐ転進してデッキへ戻れ。心を入れ替えてプラントの為に尽くすなら、今回の背信は不問とする─────って、議長閣下が言ってるぜ?』
勝ち誇るようにして言葉を掛けてくるロイを、画面を通して艦橋に居る全員が睨みつける。
「忠告に感謝するよ、セルヴェリオス。だが、我々には行かねばならない場所がある」
緊張に満ちた空気を、バルトフェルドの声が切り裂いた。
ロイからの警告に対して、この場に居る誰も揺らいだ様子は見られない。
決意は固く、何者にも壊されず、ただ真っ直ぐに向けられた視線の行く先は皆同じ。
『そうか』
バルトフェルドからの決別の言葉に対し、ロイは淡白に一言告げた。
しかしそれと同時に、彼が浮かべていた獰猛の笑みは更に深く歪んでいく。
『なら─────狩りの時間だ、
「来るぞ!迎撃準備!」
通信が途切れた直後、前方に展開したモビルスーツ隊が一斉に動き出す。
バルトフェルドが命じると同時、クルー達の手は動いていた。
モビルスーツ隊の進攻は始まり、モニターに映し出された敵機を示すあまたの光点から、更に無数の光点が分かれて艦に向かってくる。
モビルスーツ隊がミサイルを発射したのだ。
「ミサイル発射管開け!主砲照準ッ!」
エターナルの全ミサイル管が開かれ、迎撃ミサイルが四方に放たれる。
それらは艦に迫るミサイルを叩き落としていく。
「主砲、てェーッ!」
続けて主砲から放たれたビームがモビルスーツ群へと駆け抜けていく。
「ブルーアルファ五、及びチャーリー十一よりジン六!」
「取り舵!パルデュス誘導弾発射用意!」
すでにモビルスーツ隊の一部はエターナルの背後へと回り込んでいた。
舵を取りエターナルの向きを傾けながら、敵の布陣が薄くなっている箇所からの突破を試みる。
「ブルーデルタ十二になおもジン、四!」
「ミサイル来ます!」
戦闘が始まってからものの数分も経っていない。
それでもなお、エターナルに迫る攻勢は激しさを増していき、それに伴ってクルー達の表情が焦りに曇り出す。
「全砲門開け!照準は気にするな、とにかくミサイルの数を減らすんだ!」
焦燥に駆られているのはバルトフェルドも同じだった。
やはりこれ程の数のモビルスーツを相手に、いくらエターナルが最新鋭とはいえ戦艦の迎撃システムでは追いつかない。
「迎撃、追いつきません!」
「ミサイル、当たります!」
そして限界は思っていたよりも早く訪れた。
ダコスタともう一人のクルー、絶望的な声を上げた彼らの頭上では、モニターの光点が艦を中心に収束していくのが映されていた。
「衝撃に備えろ!」
しかしエターナルも最新鋭の戦艦であり、ミサイルであるならばそれなりの被弾を耐えられる装甲を持っている。
まだ諦める段階ではない。バルトフェルドは直後に来るであろう衝撃を覚悟し、歯を食い縛った─────その時だった。
闇を貫く極太の光条が、エターナルに迫るミサイルを次々に呑み込んでいった。
間を置かずに次の、またその次の光条がどこからか迸り、それを避けるべくエターナルに殺到せんとしていたモビルスーツ隊が散開していく。
「な、なんだ…!?」
クルーの一人が驚きに目を見開きながら、状況を理解するべく手元のコンソールを見る。
「て、敵モビルスーツ、離れていきます!」
「グリーンブラボーより、反応!これは…、モビルスーツです!」
何が起きているのか─────モニター上ではUNKNOWNと示された一つの光点が、急速にエターナルへ接近していた。
「映像出します!」
それは、この場の誰も見た事がないモビルスーツだった。
漆黒に塗られた装甲、細部には金の塗装が施され、一対二枚のウィングユニットも同様に金色に塗られている。
頭部に灯るツインアイと目が合った様な気がした。
『こちらゼノス、ユウ・ラ・フラガです。援護します』
近付いてくる機体から送られてきた通信映像がモニターに浮かび上がる。
年齢相応の幼さと、彼自身が抱く確かな覚悟から滲み出た凛々しさ、それらを同時に感じさせる少年の顔は、不意にバルトフェルドとアイシャの姿を見て微かに笑ったように思えた。
少年─────ユウの顔を見た二人から、危機的状況下に於いても抑えられなかった喜びが、笑顔になって滲み出ていた。
「助かったよ、少年」
『バルトフェルドさん…、っ。敵モビルスーツ隊は引き受けます。早く離脱を!』
モニターに向かって片手を上げるバルトフェルドとユウが短く言葉を交わす。
本当は今すぐにでも再会の喜びを分かち合いたい所ではあるが、迫るモビルスーツ隊がそれを許してはくれない。
ユウが駆るゼノスがエターナルの周囲から再度迫ろうとするモビルスーツの前へと躍り出る。
「あぁ、分かってる!心強い援軍が来てくれたが、油断はするなよ!」
たった一機、しかしユウを知る一部のバルトフェルドの部下達は勿論、次々に敵機を戦闘不能にしていくゼノスの動きを見ていた者達も少し遅れて、胸に希望を抱かせる。
クルー達から発せられる声に力が灯る。
獅子奮迅の戦いを見せるゼノスに引っ張られる様に、クルー達も再び戦いに意識を集中させるのだった。
エターナルの周囲を飛び回りながら、ビームライフルで敵モビルスーツの戦闘、飛行能力を奪っていく。
敵モビルスーツ隊の殆どは重装備を備えている。まあ、戦艦一隻を墜とすだけの戦いになる筈だったのだから、それも当然なのだろうが。
─────まさか、フリーダムとジャスティス専用の運用艦で、どちらも出払っている筈の状態で、また別のモビルスーツが援護に現れるなど思ってもいるまい。
しかし数が数だ。ゼノスの武装を考えれば、一対多は不向き─────それでも時間を掛ければ一掃できる自信はある。
が、今ここで俺に求められている役目は敵の殲滅じゃない。エターナルが離脱出来るだけのスペース、間を作る事。
スキュラのトリガーを引き、エターナル前方に立ちはだかる様にして位置するモビルスーツ群目掛けて砲撃を放つ。
照準をどの機体にも直撃しないよう調節された砲撃は、一部の機体の四肢を融解させると同時に、近くに居たモビルスーツ群を散開させる。
「バルトフェルドさん─────っ!?」
スキュラによって出来たスペース、すぐにエターナルをそちらへ向かわせるべく通信を通してバルトフェルドさんに呼び掛けようとした直後だった。
背筋を凍らせるような冷たい感覚。何かを考える前に機体を動かし、スキュラの砲門をエターナルの後方へ向けてトリガーを引く。
砲撃の軌跡を追う視線の端で何かが煌めき、瞬く間に煌めいた光がエターナルへと迫る。
背後から艦体を貫かんと突き進む光条は、直前に俺が放ったスキュラと激突─────爆発を起こしながら相殺した。
爆発の余波でエターナルの艦体が揺れるのを見たが、それを気に掛けている余裕はない。
ゼノスのシステムが、エターナルを取り囲むモビルスーツ隊とはまた別の機体の存在を捉えていた。
「あれは─────」
ヤキンの方角から近付く機体─────基本的なフレームはフリーダム、ジャスティス等ザフト製のガンダムと似通っているが、サイズが一回り大きい。
左腕にブリッツに備わっていたのと酷似した複合兵装防盾システムと、両肩、両腰にはフリーダムと同様の砲撃装備が備わっている様に見える─────が、分からない。
「なんだ、あの機体は─────!?」
俺は、この機体を知らない。見た事がない!
迫る機体は防盾システムからビームサーベルを出力し、エターナルではなくこちらへ迫って来る。
対してこちらもビームサーベルを右手で抜き放ち、向かってくる謎のモビルスーツへと前進。
敵モビルスーツは振りかぶり、サーベルを振り下ろす。その斬撃を掻い潜り、敵の背後へと回り込んで斬り掛かる。
しかしゼノスの動きが相手には見えていた。こちらの回り込みに即座に反応した敵は機体を反転、防盾を割り込ませ、こちらの斬撃を防いでみせる。
ゼノスと謎の機体がぶつかり合う。衝突した斬撃と盾が火花を散らし、辺りを照らし上げる。
『イイとこだったってのによぉ─────茶々入れてんじゃねぇよッ!』
「っ─────その声!?」
『あぁ?』
更に押し込もうと、操縦桿を握る手に力を込めた直後─────相手との接触によって回線が開き、スピーカーから眼前のモビルスーツのパイロットと思われる男の声がした。
その声には聞き覚えがあり、思わず反応を返してしまうと、スピーカーからは再び男の声。
俺の反応を聞き、訝しんでいる様だ。
『テメェ、俺を知ってんのか?─────いや、俺も知ってんぞ、その声を』
怪訝そうにこちらを窺っていた声は、不意に喜悦に満ちたものへと変わっていく。
『クククッ…ハァーッハッハッハッハァッ!いつか戦場で出会えればいいとは思っちゃいたが、まさかこんなにも早く念願が叶うとはなぁっ!!?』
やはりそうだ。俺はこの声の主を─────この男を知っている。
声から受ける印象が、出会った当初とはまるで違っていた為に本当にそうなのかと疑念が湧いたが、相手もこの反応─────間違いない。
「お前─────っ!?」
何故、と相手に問い詰めようとした瞬間、ゼノスの眼前に右手が翳される─────と同時にそこに
「こい、つ…!」
掌から放たれた砲撃を辛うじて回避するも、改めて相手と向き直ろうとするこちらへ続けざまに一条、二条、三条と光条が撃ち掛けられる。
両肩に展開された二門の砲門はバラエーナ、両腰に展開された同じく二門の砲門はクスィフィアス。
そして先程、右掌から放たれたのは、範囲を絞る事で貫通力を向上させた、恐らくスキュラ。
更に複合兵装防盾からは、二門の銃口を噴かせてビームを撃ち掛けてくる。
フリーダムと似た武装を誇るが、そこに更なる火力を加える事でフリーダム以上の制圧力を持たせた機体。
その分癖もあるだろうが、敵パイロットはその操縦難易度の高さを全く感じさせず、思うがままに機体を操っている。
「クソッ!」
再び翳された右掌から放たれるスキュラを躱しながら、俺が敵モビルスーツに押さえられている内に再び敵部隊に包囲されつつあるエターナルへと視線を向ける。
こいつにばかり構っていられない─────あれだけ多彩な武装を搭載されている上に、フリーダムとは真逆の重厚なフレームをしている。
機動力ならば間違いなくこちらが上、加速さえすれば追いつく事は出来ない筈だ。
ビームサーベルをマウントし、ビームライフルに持ち替えて銃口を向ける。
ライフルを連射しながら、スキュラを放ち相手を牽制。相手が砲撃を撃ち止め、回避行動へ移行したのを見て機体を反転。エターナルの援護へと向かう。
加速したゼノスは敵機を置き去りにし、あっという間にエターナルへと追いつく。
エターナルの迎撃システムと共に、敵部隊の布陣に穴を空けてエターナルが突破できるスペースを作り出す。
『おいおい、そう邪険にするなよ。折角の再会なんだからよぉ』
だが、恐らくフリーダムとジャスティス同様、核動力を備えたあの機体も従来の機体とは比較にならない推力を誇っていた。
ゼノス、フリーダム程ではなくとも、自慢にしていい推力でこちらへと追いついた敵機がスキュラ、バラエーナ、クスィフィアス、計五門の砲門を一斉に展開。
「エターナル!」
その射線上に守るべき戦艦が巻き込まれている事を悟った俺は、すぐに通信を通して呼び掛ける。
防御手段に乏しいゼノスでは、射線上に割り込んでエターナルを守る事が出来ない。
現状オーブ軍の中で最も足が速い事を理由に、ゼノスが救援へ向かう事に選ばれはしたが─────いや、今更悔いても遅い。
幸いこちらの警告が間に合ったのか、はたまた警告するまでもなく回避行動に移っていたか。砲撃はエターナルに命中せず、こちらも一斉砲火の回避に成功。
更に相手はエターナルには目もくれず、真っ直ぐにこちらへ向かって来ていた。
『楽しみにしてんだよ!テメェが死んだ時、
「この…!」
相手がラクスの名前を口にしたその瞬間、カッ、と頭が熱くなるのを感じた。
その正体が怒りであると自覚したと同時、冷静さを保たんと努めながら機体を向かってくる敵機へと向き直させる。
『ただのガキだと思ってたラクス様がよぉ、テメェと会ってから一端の女になりやがったんだ!あの綺麗な顔を汚してやりてぇって思うのが、男の性ってもんよッ!』
「何を言ってるか、さっぱり理解できないな!
『ここでテメェを殺してやるってんだよ!ユウ・ラ・フラガァッ!』
バラエーナ、クスィフィアス、スキュラに加えて複合兵装に備わった二門の銃口、計七門の砲門が一斉に火を噴く。
意識を集中させ、冷静に放たれる射線を見極めながら機体を操り、砲撃の間を縫って眼前の敵機へと疾駆する。
その間にビームライフルをマウントし、ビームサーベルを抜き放つ。
距離が迫った事で相手も砲撃を止めて防盾からサーベルを出力し、こちらへと斬り掛かる。
迫る斬撃をガントレットを翳して受け止め、相手を押し返す。
ゆらりと後方へ体勢を傾けた隙にこちらが斬り掛かると、相手は右手をこちらに翳す。
咄嗟に機体を翻してスキュラを躱すが、その間に出来た数瞬の余白。
即座に反転して再度斬り掛かるも、体勢を整えた敵機が防盾を翳してこちらの斬撃を受け止める。
二度目の衝突─────舞い散る火花は一度目以上に激しく、それはぶつかり合う俺達の激情を表しているかのようだった。
長くなりそうだったので一旦ここまで。
ロイ機の名称は次回、設定も次回の後書きで載せたいと思います。