久し振りの連日投稿達成。
今話からメンデル編ですが、本格的に話に入る前に少しクッションを…。
L4コロニー内にある、恐らく廃棄される前は会議室として使われていたと思われる一室に、四隻の主要なクルー達が集まっていた。
ドミニオンからは俺、ナタルさん、ミゲル、スウェン。アークエンジェルからはキラ、カナード、マリューさん、兄さん。クサナギからはカガリ、キサカ一佐、シモンズ主任に、エターナルからはラクスとバルトフェルドさん。
「なら、しばらくはここに留まり情勢を見守る─────という方針でいくんだな?」
「えぇ。戦況が静かな内は、この場で静観するつもりです」
まだ合流したばかりのバルトフェルドさん達に、マリューさんが代表して今後の方針について説明した。
現在、マリューさんが言った通りに戦況には一旦の静寂が訪れている。
地球軍がビクトリアの奪還に成功した後から現在まで、大規模な戦闘は起こらずに経過していた。
ただその裏では、両軍共に慌ただしく動いている。
地球軍、ザフト共に主要な戦力は宇宙へ移り、再び戦況が動くその時に備えて準備を急ピッチで進めているのだ。
「…プラント側でもボアズ、ヤキン・ドゥーエへの配備が進められている。いよいよ、といった所だな」
両腕を組みながら、バルトフェルドさんが静かに言う。
地上の地球軍の動きについては、アメノミハシラに留まったムルタさんから情報が齎されている。
そしてプラント側の動きも、つい最近までザフトに属していたバルトフェルドさんが熟知している。
急激に戦況を揺れ動かしたアラスカ、パナマ、オーブにビクトリアでの戦闘を経て、戦いの場は宇宙へと移した。
長く続いたこの戦争が、最終局面を迎えたのだとこの場に居る誰もが悟っていた。
「だが─────本当にいいのか?」
室内に緊張感に満ちた空気が流れ始めた時、唐突に口を開いたのは兄さんだった。
兄さんは少し離れた所にやや距離を取りつつ並んで立つ、カナードとミゲルに目を向けながら続けた。
「オーブでの戦闘は俺だって見てるし、状況が状況だしな。着ている軍服に拘る気はないが…。これからも俺達の前にザフトが立ちはだかる事はある。もしかしたら、前の仲間と戦う事にだってなるかもしれない」
「少佐…」
カナードとミゲルを慮ったのだろう、マリューさんが嗜める様に呼び掛けた。
だけど、兄さんはマリューさんを横目で一瞥するだけで、言葉を止めようとはしなかった。
「疑ってるのかよ。裏切るかもしれないって!」
そこに噛みついたのはカガリだった。カガリは特にカナードへ心を許している節が見られたから、それを疑うような姿勢の兄さんに憤りを覚えたのかもしれない。
それに対して、兄さんは静かに頭を振ってから冷静に返答する。
「そうじゃない。だがな、軍人が自軍を抜けるってのは、君が思ってるよりずっと大変な事なんだよ」
自軍の大義を信じていなければ、戦争なんて出来やしない─────カナードについては経緯が特殊である為に、それに当て嵌まらないがミゲルは違う。
ミゲルには守りたい人達がプラントに居る。仲間が居て、家族が居る。それでも尚、俺達と共に戦う覚悟が果たしてあるのか─────兄さんは、それを問おうとしているのだ。
「悪いが、一緒に戦うんならアテにしたい。…いいのか?」
睨むにも近い鋭い視線を向けながら、兄さんは問い掛けた。
これから共に戦っていく仲間として、信頼しても良いのか─────それをハッキリとさせる為に。
「俺は、自分が願っている世界は、貴方方と同じものだと─────そう思っています」
兄さんからの問い掛けに対して、ミゲルはしっかりとした口調で答えた。
少しの間、兄さんはミゲルの目を真っ向から見つめ、その後に今度はカナードへと視線を移した。
腕を組みながら兄さんの言葉、そしてミゲルの言葉に耳を傾けていたカナードは、向けられる鋭い視線から微かにも目を逸らす事なく真っ直ぐに受け止めながら口を開いた。
「貴様らが俺の目的に害する行動をしない限り、敵対するつもりはない」
「…その目的ってのは、キラの事か?」
ピクリと、組まれたカナードの腕が動く。
「君がキラに対して、並じゃない執着を覚えているのは分かる。…理由を教えてもらえるか?」
「悪いが、それを貴様らに教える義理はない。…安心しろ。ザフトに居た時とは違う。俺はもう、こいつに殺意は覚えていない」
事情を知らない人達にとっては、不安でしかないだろう。
ザフトに所属していた時のカナードは、異常なほどにキラに執着し、仲間を出し抜いてでもキラを殺そうとしていた。
それが今はどうだ。敵対するつもりはない、殺意はない、そうは言われてもその理由さえ教えてくれない。
これでは本当に、カナードに背中を預けても良いものか判断がつかない。
ただこの場に
「私は信じる」
「私もだ」
最初に口を開いたのはキラ、その言葉に続いて賛同を示したのはカガリだった。
「…分かっているのか、キラ。彼は何度もお前を殺そうとした。オーブの戦闘では味方をしてくれたが、いつまた心変わりするか分からないぞ」
「それでも私は信じたい。私達と同じ志を持つ事を、私達は許しましたから」
「アンタの気持ちが分からないでもないがな。だからもし、こいつが可笑しな事をしたら私とキラで引っ叩く。それで安心だろ」
「いや、そんなんで安心出来る訳ないだろ…」
兄さん達が心の奥で抱く懸念はきっと消えていない。
それでも、キラとカガリがここまでカナードを信じられる理由もまた何かあるかもしれない─────そんな考えに至ったのだろう。兄さんの表情は苦くもありながら、それでいて柔らかくなる。
「ただまあ…、二人がここまで信じる君を、俺も信じようって気にはなったよ」
「…感謝する」
兄さんの信頼の言葉に対して皮肉の一つでも返すのかと思えば、素直に感謝の言葉をカナードは口にした。
キラとカガリの信頼さえ得られれば、他の人達がどう思おうがどうでもいい─────そんな考えを持つ可能性だってあった。
─────本当に、何があったんだろう?
「そこで我関せずで聞いてる君も、信じていいんだよな?」
カナードの内で何があったのか、気になっていると兄さんはミゲルともカナードとも違う、別の方へと目を向けながらまた同じ質問を誰かに投げ掛けた。
兄さんにつられて俺達が向けた視線の先に立っていたのは、スウェン・カル・バヤン。
ムルタさんが自身の私兵として連れて来て、そして俺達と共に戦うようにと命じられた。スウェンについてムルタさんの口からは語られなかったが、ブーステッドマンの三人と同様に厳しい訓練と投薬が施された、自分の意志を封じられてしまった悲しい戦士─────。
救いとしては、過剰な投薬を受けておらず、ブーステッドマンや後のエクステンデッドの様に大幅な寿命の低下や定期的に投薬を受けなければ延命を施せない訳ではない事か。
「俺は命令通り、そちらに協力をするだけだ」
ただ、俺だけは知っている。淡々とそう口にするこの男が、宇宙に夢を見る心優しい人だという事。
だから、なのか。
「戦いたくないのなら、無理をしてついて来なくてもいいんだぞ」
無意識に口を突いて、そんな言葉が出てしまったのは。
言葉を掛けられたスウェンは勿論、突然口を開いた俺に驚いたのは兄さんだけでなく、この場に居た殆どの人達がそうだった。
しまった─────と一瞬引き下がりそうになるも、この際だ。言いたい事は全て言ってしまおうと勇気を振り絞る。
「俺達は皆、自分の意志でここに立っている。実現したい未来があって、その為に戦う事を選んだんだ。…もし貴方に少しでも迷いがあるのなら、ここで言ってくれ。ムルタさんに言って、迎えを手配してもらう」
「─────」
スウェンは目を丸くしながら固まっていた。
彼からすれば、出会って間もない、交流もないと言っていい相手からそんな気を遣われる等、ただ戸惑うだけだろう。
それでも言っておきたかった。心の底の意志を示してほしかった。
そしてもし、戦いから離れたいというのなら、他にしたい事があるのなら、全力で後押しをしたかった。
それがただのお節介だと分かっていても。
「…戦争が長引く事は、俺としても望む所ではない。俺は、俺の夢を叶える為にも、早く戦争を収めたいと考えている」
スウェンから返って来た答えは、俺達と共に戦うというものだった。
感情が貼り付かない顔と、無色で何も映さない瞳を浮かべた先程とは違い、微かではあるものの、そこには意志が宿っている様に思えた。
「そうか。…なら、アテにさせて貰う」
「…あぁ」
何というか、嬉しいな。同じ考えを共有出来る相手が増えていく─────その喜びを噛み締めながら手を差し出すと、スウェンが差し出された俺の手を掴む。
二度目の握手は一度目よりも固く、力強く交わされる。
あの時はスウェンが現れた事に動揺していたというのが大きく、実感はなかったけど─────また一人、心強い味方が出来たのだと、ようやく実感が湧いた気がした。
話し合いは一旦ここまでとして、解散となる。
会議室を出て、キラとラクスとも別れてドミニオンへと戻ろうとする─────前に、人の輪から外れて一人、別の方向へと歩き出す。
「貴様といい貴様の兄といい、フラガの者とは信じられんお人好しだな」
背後からそう声が掛けられたのは、周囲に
今日からでなく、俺達と合流し、恐らく俺という存在を認識したその時から警戒を向けられていたのは知っていた。
いつかしっかりと向き合って、話をしないとなと思いながら、色々な事が起こった所為で今日まで先延ばしになってしまった。
だけど今この瞬間、俺はこの男とようやく向き合う事が出来る。
「嘘、偽りは許さん。貴様の腸を語ってもらうぞ、ユウ・ラ・フラガ」
「望む所だよ。カナード・パルス」
振り返った先に立っていたのは、こちらを射尽くす様に鋭く睨みつける、一人の兄だった。
キラの口からその名を耳にし、存在を認識したその時から、カナードはユウ・ラ・フラガとムウ・ラ・フラガを警戒し続けていた。
アル・ダ・フラガがあの実験に対して何を望んだのか、或いは実験そのものに何かを求めた訳ではなかったのか─────それは分からないが、その息子達がカナード達の存在について知っていない筈がない。
実験の成功作として生まれ、神に愛されたかの如き才能に恵まれたキラ・ヤマト。そして、実験とは直接関係ないものの、そのキラと双子として生を受けたカガリ・ユラ・アスハ。
…自分だけならばいい。だが、あの兄弟が二人を何かに利用しようというのなら、カナードは全てを敵に回す覚悟を固めていた。
しかし蓋を開けてみれば、全くそんな素振りは見られない。処か、兄については何も知らないのではという疑いすら湧いていた。
先程の自分との会話─────利用しようとしている相手にするようなものではなかった。兄に関しては白と判断して良いだろう、とカナードは考えた。
分からないのは弟の方だ。どうもキラは弟、ユウの方に並々ならぬ想いを寄せているらしい事はカナードも察していた。そしてそれはユウも、キラへ同じ想いを向けている事も同様にカナードは察していた。
あのラクス・クラインという女も囲い、キラという者が居るにも関わらずハーレムを築いているのは気に入らないが、そこは置いておく。
ムウとは違い、ユウは知っている─────根拠はないが、カナードの勘はそう告げていた。
普段の素振りからは全く掴めない。人当たりが良く、色々な人と解け込んで、カナードが思っていたフラガという人物のイメージとは真逆の印象を覚える。
それでも、ユウ・ラ・フラガという人物を掴み切れない焦燥が、警戒を解こうとしなかった。
「単刀直入に聞く。
何の主語もなく、抽象的すぎる問い掛け。普通ならば質問の意味を読み取れず、首を傾げてしまいそうな所を、ユウはその目に何の疑問も浮かべないままに頷くのだった。
「あぁ。知っている」
「─────」
カナードの中で警戒のレベルが上がる。
やはりこの男は知っていた。キラが、カガリが、そして自分の間を繋ぐ繋がりを─────自分達が何者なのかを。
「キラから話は聞いている。ヘリオポリスのカレッジに通っていたキラと偶然出会い、偶然共に戦火に巻き込まれ、そして戦場を共にしてきた─────」
カナードはキラから、ユウと共にここまで至った経緯を聞いていた。
だからこそ、どうしても信じる事が出来ないのだ。
「偶然?到底信じられんな。初めから貴様の掌の上だったんじゃないのか?キラと出会い、心を通わし─────その果てに何かを企んでいるんじゃないのか?」
「…」
何もかもが出来過ぎている。
偶然フラガの継子とキラが出会い、ましてやそのキラと心を通わした─────。
それだけではなく、カガリ、更にカナードまでも集ってしまった。
その全てがユウの策略によるものでないとしても、何かしらの意図が絡んでいると言われた方がまだ納得出来るというものだ。
「…そうだな。俺は、キラが居る事を知った上でヘリオポリスに行った」
「っ、やはり…!」
ユウは少しの逡巡の後、語る。
「やはり貴様、キラを─────」
「勘違いはするな。俺は君が思う様な事は考えていない。…本当なら、キラとこんな所まで来るつもりもなかったんだぞ?」
「…どういう事だ」
キラを良くない事に利用しようとしている─────そう反射的に考えたカナードだったが、ユウの浮かべる苦い笑みを目の当たりにして少しではあるが、話を最後まで聞こうと思い直す程度には冷静さを取り戻す。
「何度もキラを戦いの場から引き離そうとしたさ。だけどあいつ、頑固でさ。俺と一緒に戦うって聞かないんだ」
「…」
「そうこうしてる内に、俺の方もキラと離れたくないって思う様になってた。本末転倒だよ」
「その割には移り気じゃないか。キラが居ながら、別の女に現を抜かすなど…」
「それについてはぐうの音も出ないけど…、キラに対してもラクスに対しても、真剣なつもりだ。…ていうか、言い出したのは二人からだし」
「…は?」
流石のカナードも、今のユウの台詞には驚愕するしかなかった。
一瞬の余白、思考を塗り潰そうとする戸惑いを払い、カナードは改めてユウを見据える。
「出鱈目を…」
「うん、信じられないよね。後でキラに聞いてみ。俺が出鱈目を言ってる訳じゃないって分かると思うから」
「…」
─────どうやら嘘、偽りを抜かしている訳じゃないらしい。
ユウの真意を確かめたかった。それで何か良からぬ事を企んでいるのなら、すぐにでも対処するつもりだった。
しかし、そんな心配は杞憂だった様だ。ユウ自身、全ての真実を語った訳ではないのだろうが、キラに対して抱く好意は純粋なものであると、キラがユウに対して抱く好意を何かに利用しようとしている訳ではないと─────ユウがカナードに語った言葉の一つ一つに、嘘偽りはない事は分かった。
ならば、それでいい。キラとカガリ、自分の大切な妹達に何かをするつもりではないのなら、これ以上の用はない。
カナードは矛を収める事にして、ユウに背を向けた。
「あっさり引くんだな」
「貴様の言葉に偽りがない事くらい分かる。キラとカガリを害さないのならば、貴様と話す事はもうない」
背後からユウの微かに驚きを含んだ声が聞こえてくる。その声に律儀に返答すれば、後ろから足音が近付いてきた。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「…何だ」
「何でキラの味方をする事にしたんだ?恨んでたんだろ?」
ユウは、カナードがキラへ強い憎悪を抱いていた事、そしてその理由を知っている。
だからこそ知りたいのだ。今この場にカナードが居て、あれだけ殺そうとしたキラの傍らに立って共に戦う事を選んだ、その理由を。
─────当然、その問い掛けに対してカナードはこう答える。
「貴様に教える義理はない」
「…」
やっぱり、と言わんばかりに苦笑いを浮かべるその様は気に入らないが、それに粘着するつもりはない。
ユウと仲違いをすれば、困るのは想い人と仲間と信じると決めた相手との間で板挟みになるキラだ。
ならば、良好とまで至るつもりは更々ないが、険悪な関係を築く方が悪影響だろう。
「何ていうか、やっぱりお兄ちゃんだな。アンタ」
「─────」
お兄ちゃん─────ユウからそう言葉を掛けられて、不意にカナードは自覚をする。
自身が気付かぬ間に、自然と心の中でキラとカガリを妹と捉えていた事に、ここに来てようやく気付いた。
─────兄、か。
「あいつらには言うなよ」
「…好き好んで口外するつもりはないよ。知らないでいられるなら、その方が良いと思ってる」
「ならばいい」
真実を知っているのは自分だけで良い。キラとカガリがそれを知る必要はない。
目の前の相手も同じ事を考えていたようで、カナードは内心で安堵する。
そう、知る必要などない。陰なく育ってきた少女達が、あんな─────。
そんな兄が抱く細やかな願いも、すぐに砕かれる事となる。
避けられない真実はすでに、少女達のすぐそこまで迫っている事に、まだ誰も気付かない。