没落帝国紀行-世界大戦へと至る轍-   作:Rooto

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プロローグ
第1話 セルビア戦線


ヒュ──── ドーン

ヒュ───ルルル ドーン

 

迫撃砲から重砲まで、あらゆる砲弾が空を飛び交い、敵兵の命を1つでも多く奪おうと爆発する。

 

兵士たちは塹壕に身を寄せてそれをやり過ごし、敵の夜襲に怯え、照明弾を打ち上げ、サーチライトで空を照らす。

 

光が捉えた獲物を狩るため、時々重機関銃が火を噴き、誰かの悲鳴が聞こえる。

 

地面はぬかるみ、泥水で満たされたブーツは脚をふやけさせ、やがてやがて壊死する。

 

食料庫にはネズミとカビが跋扈し、腐った食料で兵士たちはほとんど全員が胃腸の病気を抱えている。

 

目を瞑り耳を塞げば、硝煙と血、泥と腐敗した雨水、死体の腐乱臭、糞尿の臭いが鼻を突く。

 

やがて砲撃が止むと、向こうの塹壕からビーと笛の音が聞こえ、雄叫びと共に突撃が始まる。

 

しかし歩兵突撃は近代的な塹壕陣地の前にはひたすら無力であった。

これまでのお返しとばかりにこちらの砲が火を噴き、敵兵を纏めて吹き飛ばす。

機関銃の銃弾のシャワーは端から端まで舐めとるように敵兵を絡め取る。

 

その鋼鉄の嵐の中では誰もが平等であった。

銃弾は貴族であろうと平民であろうとその身体を貫き、爆風と金属片は無産階級から資本家までを薙ぎ倒す。

 

そこには1つの事実だけがあった。

 

虫けらのように潰された人々の全てに人生があった。

 

自らの境遇を嘆き、軍隊しか道の無かった者。

 

長年の苦労を経て、国の最高学府への入学が決まったばかりの者。

 

家庭を持ち、子を養い、妻と娘に見送られてきた者。

 

ナポレオンに憧れを抱き、冒険のつもりでやってきた若き者。

 

その数千、数万の努力と苦労が短時間で無に帰したという事実だけが。

 

これがこの世の地獄、セルビア戦線の日常であった。

 

彼らは皆、人殺しだ。

しかしそれ以前に兵士である。

だから国は彼らを裁かない。

 

そのような罪人にもやがて裁きの時が訪れる。

 

彼らは地獄に行くだろう。

しかし─── 神はどうやってこれ以上の苦しみを作り出すのだろうか。

 

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近いうちに大規模攻勢があるそうだ。

この攻勢で半包囲下のベオグラードの後方へ浸透し、首都への補給路を寸断すれば講和に漕ぎ着けるとのお上の判断だ。

 

しかし、果たして瓦礫の山と化したただの平地が未だに価値を保っているのだろうか。

 

まぁ、それは我々現場の兵が考えることでは無い。

我々はただ上の命令に従うまでだ。

 

数日後───

 

俺の小隊に転属命令が出た。

どうやら新兵器の戦車に乗るそうだ。

 

銃弾を弾く装甲に敵を吹き飛ばす強力な砲、塹壕や砲撃のクレーターをものともしない走破力。

これ程安心出来る兵科もそうそうない。

 

図体はデカイから砲兵の的と言えばそうかもしれんが、少なくとも歩兵よりはマシだ。

 

 

1916年7月1日 早朝

ベオグラード西 オーストリア・ハンガリー帝国軍前線後方

 

この世界では史実より2ヶ月程早く戦車の実戦投入が行われるようだ。

いや、中央同盟国に限れば史実より一年以上早いか?

 

それはさておき、やはりデカイ。ひたすらデカイ。

本物の戦車は見たことがなかったから初訓練の時は周りと一緒に驚いたものだ。

 

これを現代のミリオタが見ればドイツ軍のA7Vに酷似しているという印象を受けるだろう。

それもそのはず、この死にかけの帝国はもはや新兵器の開発を行うような力はない。

この戦車も設計から製造までドイツの支援ありきで行われた。

 

ともあれ、あと数十分で出撃だ。

隊の士気を今一度高めておこう。

 

 

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今のところ全てが順調だ。

今回の攻勢では戦車という突破力があるため、事前砲撃が行われない奇襲だ。

敵の最前面いた兵士は奇襲と新兵器に慌てふためき、大した反抗もないまま降伏するか敗走を始めた。

 

このまま進めばあと1時間程でベオグラード東から侵攻している味方と合流出来るだろう。

そうすれば今回の作戦は完了だ。

 

やっと敵の砲撃が始まったようだ。

奇襲攻撃が司令部に伝わったのだろう。

 

 

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周りの随伴歩兵が吹き飛ぶ中、彼──フリードリヒ・ミュラーは戦車乗りの特権を謳歌していた。

小銃弾から榴弾の破片、小口径砲の直撃まで、鋼鉄の鎧は敵の攻撃を跳ね返し、乗員を保護していた。

 

敵の陣地が見えれば前面の戦車砲と車体の周囲に取り付けられた6門の機関銃が火を噴き、敵兵をミンチに、野砲を鉄くずに変えていった。

 

塹壕を踏み潰し、枯れ木を薙ぎ倒し、戦車隊は進んで行った。

 

しかし、そんな戦車とて無敵では無い。

 

ドォーン

 

大きな炸裂音と共に、ミュラーの寮車が火柱を上げた。

 

重砲の直撃である。

敵陣奥深くに進むにつれ、重砲陣地に近づき、その命中率は上がっている。

 

火だるまになった戦車兵が数人、中から出てきた。

弾薬に引火したのだろう。

ほとんどは即死であった。

 

ミュラーは改めて恐怖した。

 

理解してはいたが、やはり目の当たりにすると恐ろしい光景だ。

 

数分後、敵塹壕にたどり着いた。

当たり前だが、戦闘中が最も危険だ。

 

伏兵がいるかもしれないし、停止するので野砲の命中率も上がる。

 

「怯むな!敵はただの歩兵だ!とっとと片付けて進むぞ!」

 

不安は大きかったが、指揮官が弱音を吐くなどありえない。

自分自身への鼓舞も兼ねて、ミュラーは声を上げて乗員を鼓舞した。

 

(あぁ天よ、我らにご加護を...)

 

ミュラーは天を仰いで祈った。

 

その直後であった。

 

ヒュ────

 

砲弾が風を切る音だ。

ミュラーは経験的にこれが近くに着弾するだろうことを予想した。

 

すぐに砲弾が目に入った。

それは──真円であり、瞬く間に距離を詰めてきた。

 

それが最後の光景であった。

 

 

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フリードリヒ・ミュラー (1888〜1916)

 

彼の人生は数奇であった。

というのも、彼は記憶を保持したまま新しい人生を授かる、いわゆる生まれ変わりを経験しているのである。

 

壊れかけの没落帝国を立て直すために選ばれた彼は、しかしこの世界に対する知識が些か不足していた。

今世はこの平行世界を理解し、来世に役立てるためのものである。

 

彼は、現代日本に住む一般人であった。

 

 

 

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