湯水 舞と柊 千秋の事件簿   作:崖の上のジェントルメン

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いじめっ子のけじめ(part6)

 

 

 

「……ごめんなさい、こんなつまらない話……」

 

優奈は鼻をすすりながら、眼を赤く張らして私たちに謝った。するとミユがすかさず「そんなこと言わないで?」と、優しく彼女に声をかけた。

 

「悪いのはお父さんで、あなたじゃない。だからそんなに、自分を卑下しないで?」

 

「……美結さん」

 

「自分の嫌な記憶って、人に話すの……とても勇気がいるよね。私にも体験があるから、よく分かる」

 

「……………………」

 

「だから、話してくれてありがとうね。大丈夫、きっと私たちがそばにいるよ」

 

その言葉に、メグミも同調した。「そう!そうだよ!」と、涙ぐみながらも笑顔を見せていた。

 

「これからは、私たちがいる!心配しないで!」

 

「恵実さん……」

 

ミユとメグミの言葉を受けて、優奈はまたさらに泣き出した。唇をぐっと噛み締めて、止めどなく溢れる涙を拭おうともしなかった。

 

「……………………」

 

私も……彼女たちのように、何か気の利いた台詞のひとつでも言えれば良かったんだけれど、残念なことに……頭に浮かんでくるのは、石みたいに固い正論だけだった。

 

(襲われる時間に逃げればいいじゃないなんて、今の彼女には……一番言ってはいけない言葉でしょうね)

 

正論は確かに“正しい理論”なのかも知れない。客観的事実で、受け入れるべき現実。でもそればかりで世界が動いているわけではない。むしろその……正論以外の場所でこそ世界が動いているのかも知れない。

 

「……優奈」

 

私が彼女の名を呼ぶと、優奈はおそるおそる眼を私へ向けた。

 

「あなたは先日、私に父親を殺すよう命じたわね」

 

「……………………」

 

「できることなら、その願いを聞き入れたいところだけど……まあ、現実的に言ってそれは難しい。私も……そこまでの覚悟はさすがにないわ」

 

「……………………」

 

「だから、代替案というか……こちらからの提案として、ある作戦……筋書きを聞いてほしいんだけれど、いいかしら?」

 

「筋書き……?」

 

優奈の問いかけに、私は小さく頷いた。

 

「私たち三人……つまり、ミユとメグミと私が、優奈を遊びに誘う。遊びと言うのは、2泊3日の旅行よ。あなたの親にはそう伝える」

 

「……………………」

 

「そうして家を出る口実を作って、あなたを安全な場所に匿う。その間に、あなたの母親に事の真相を話して……母親から警察へ通報してもらうよう頼み込む」

 

「……お母さんから?」

 

「そう。娘本人からよりも、母親からの通報の方が、より警察への被害届が受理されやすいと思うのよ。まず、未成年よりも成人した大人が通報する方が事の深刻さを理解してもらいやすいこと。そして、当事者ではなく第三者が通報することで、事件を客観的事実として受け入れてもらいやすくなる」

 

「……………………」

 

「そうして警察に事件を捜査してもらい、父親の逮捕が確定した後、安全になった家へあなたは帰る……。そういう流れ」

 

私は右手を前に出して、人差し指を立てて、優奈に向けて言った。

 

「この筋書きには、優奈……あなたに乗り越えてもらわなきゃいけないことがひとつあるわ」

 

「乗り越えるって……?」

 

「証拠を残すこと……これが重要よ」

 

「証拠……」

 

「あなたが父親に襲われてるというのを示せる証拠は、今あるかしら?たとえば、音声データだったり映像だったり……」

 

「……………………」

 

「そう。そういう証拠が、今後必要になってくるのよ。警察の捜査でも、何も証拠が掴めなかった……なんてことになったら、せっかくの作戦が全部おじゃんになる。それだけは絶対にさせられないわ」

 

「で、でも……どうやって証拠なんて……」

 

「……優奈、母親が夜勤の日は、次はいつかしら?」

 

「えっと、明後日の……7月31日」

 

「ってことは、その日に父親が襲いに来る可能性があるってことね」

 

「───!」

 

そこで優奈は、ハッと血の気が引いたような顔をした。

 

「ま、舞……?まさかそれって……」

 

「そうだよ湯水!証拠を残すって、ひょっとして……!」

 

ミユやメグミも私の言葉の意図を理解したらしく、二人が私に詰め寄ってきた。

 

「湯水……!ダメだよそれは!たとえ証拠を撮るためとは言え……また優奈さんを、お父さんに襲わせるなんて!」

 

「……………………」

 

「舞、私もそれには反対する。これ以上、彼女が危ない目に遭うのを黙って見てられない」

 

「……メグミ、ミユ、そして優奈。どうか安心して。私は確かに、父親が襲ってくるのを証拠として残したいと思っているけれど、みすみす優奈を襲わせるつもりはないわ」

 

私はそう言って、部屋中を見渡した。本棚にクローゼット、勉強机に窓、そしてベッド……。いろいろと確認した上で、私は部屋の扉に目をつけた。

 

「優奈の父親が襲ってくる夜……よければ、この部屋に泊めさせてもらえないかしら?」

 

「え?」

 

「部屋の扉の近くで、私が待機する。何らかの武器を持ってね」

 

「!?」

 

私は再度、優奈の方へ顔を向けた。眼を大きく見開いている彼女のことを、私はじっと見つめていた。

 

「優奈、あなたには当日……父親からの性交渉を断ってほしいの」

 

「……………………」

 

「今まで断れなかったところを見るに、おそらくあなたにとって……父親の性交渉を断るというのは、かなり恐ろしいことであり、難しいことなんだとは思う。でも、あなたのためにも、ここは勇気を出してほしいところなの」

 

「……………………」

 

「そしてその時のやり取り……会話を、全部私が録音しておく。そして、万が一……強引に父親が部屋へ入ってきたら、その時は私が、父親からあなたを命がけで守る」

 

「……湯水さん」

 

「それが、今の私にできる全力よ。それで構わない?」

 

……優奈は、私の顔から一瞬たりとも目を逸らさなかった。ただただじっと、小さな子どものような心で私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……翌日。

 

私とミユとメグミは、とある喫茶店にいた。

 

昨日の優奈宅で話した作戦のことを、より固めるためだ。

 

六人がけのテーブル席に私たちは座っていて、私は右側に、ミユとメグミは左側の席に並んでいた。

 

「ミユとメグミ、昨日は付き合ってくれてありがとう。お礼に、ここのお代は奢るわ」

 

「いいよ舞、全然気にしないで。私は自分のやりたいことをやっただけだから」

 

「そーそ!私も優奈さんのためにやっただけだよ」

 

「……ふふ、メグミ、あなたは奢ってほしいとか言ってたくせに」

 

「あれ?そうだったかな?」

 

両手で頬杖をついて、含み笑いを浮かべけ、わざとらしくとぼけた口調で話すメグミの顔が、憎たらしく、そして愛らしかった。

 

「でも舞、明日の夜は……武器を持って優奈さんの部屋に籠るって言ってたけど……具体的は何を持っていくの?」

 

「……そうね、実はまだそれを決めてなくて」

 

「だ、大丈夫?優奈さんもだけど、湯水にも危険が及ぶことなんだから……良かったら、私も一緒に」

 

「ダメよミユ、さすがに明日あなたを来させるわけにはいかない。これは私の償いでもある。危険な中に身を置くのは、私一人で十分よ」

 

「でも……」

 

「それに、武器についてはある相談役を呼んだわ」

 

「相談役?」

 

「ええ、そろそろ来る頃よ」

 

そうして話していた時、噂をすれば影がさすとはよく言ったもので、喫茶店の入り口の鈴がチリンチリンと鳴った。

 

そして、ある男が入店してきた。

 

佐藤 圭であった。

 

「ああ、佐藤。こっちよ」

 

私が席から彼にそう呼び掛けると、こちらに気づいた佐藤はスタスタと歩いて来て、私の座るところから一人分間を開けて座った。

 

「け、圭さん……」

 

「まさか相談役が圭さんだったなんて」

 

ミユとメグミが、目をぱちくりとさせていた。

 

佐藤は腕と脚を組み、私の方を少しも見ず、ぶっきらぼうに「用事ってのはなんだ?」と尋ねてきた。

 

「俺はな湯水、お前と仲良しこよしになる気はねえ。だが……どうやら人助けをしなきゃいけねえって話らしいな」

 

「ええ、そうよ。とても苦しんでいる子がいる。だから私のためじゃない……。その子のためと思って協力してほしい」

 

「……俺は何をすればいい?」

 

「佐藤、あなたは高校空手で全国優勝の実績がある。そんなあなたに、ひとつ相談があるのよ」

 

私は、今回の優奈の件について彼に説明した。特に明日の作戦については、こと細かに話す必要があった。

 

彼は黙ったまま、静かに私の話を聴いていた。

 

「……と、いうわけで、何か良い武器の案はないかしら?」

 

「……………………」

 

「私としては、長物……つまり、薙刀や刺股のようなものがベストだと思っているのだけれど」

 

「……そうだな、確かにお前の言う通りだ。お前がいかに運動神経が良いと言えど、相手は成人した男……腕力の差は歴然としてる。それを埋めるには、リーチの長い武器が最適だと言える」

 

「やはりそうね」

 

「背後からスタンガン使って一発という手もなくはないが、あれは結構扱いが難しい。ドラマとか漫画で、スタンガン一発ですぐ気絶……なんて描写あるが、実際はあそこまで強い電圧のものは日本には少ない。何回も何回も当てる必要がある。それに、そういう手軽な武器は相手の手に渡ってしまうことが一番怖い。刃物も同じ理屈で、あまりこういう場面では用いないのがベターだ。いざという時に潜ませるくらいでちょうどいい」

 

「なるほど……」

 

「……それにしても、なんだ」

 

佐藤は横目ながら、私の方へ視線を向けた。

 

「お前一人で待機する気か?」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

「……………………」

 

「なにが不都合でも?」

 

「……決行は明日だったな?」

 

「ええ」

 

佐藤はすっと目を伏せた。

 

「俺も部屋に行こう」

 

「え?」

 

「別にお前を信用してないわけじゃない。だが、俺が一緒にいる方が、その……優奈って子も安心できるだろ?」

 

「……優奈はレイプ被害者よ。男性を部屋に招くのは嫌がると想うけれど」

 

「……………………」

 

「……まあでも、そうね。確かにあなたが居てくれた方が、よりしくじる可能性は減らせる」

 

「ああ。まあ、そこはお前と優奈って子に任せる。必要だったら俺を呼べ」

 

「意外と情に厚いのね」

 

「……許せねえんだよ」

 

佐藤は、ぎっと目を見開いた。鋭いナイフのようなその瞳で、虚空を睨んでいた。歯を剥き出しにして、ぎりぎりと噛んでいる。

 

「女の子に無理やり手ぇ出すのは、男という生き物として最低の行為だ。親の面なんかさせられねえ。ぶっちゃけ殺せるんなら、ぎったんぎったんに殴りまくって殺してえ」

 

「……………………」

 

「圭さん……」

 

ミユとメグミは、眉をひそめて彼の様子を見つめていた。

 

そうね、確かに私も彼の怒りは分かるわ。こんなことをしておいて、親面なんかさせられたくない。

 

「俺はよお、本当に強い奴ってのは……自分が信じた正義に全力振れる奴だって思ってんだ。ここで躊躇ってたら、明に胸張って会えねえよ」

 

「……アキラに」

 

「なあ湯水よお、今のお前にとっての正義ってなんだ?」

 

「……………………」

 

店内には、ラジオで紹介された音楽が流れていた。

 

『それではお次のリクエストはこの曲!「Whet I've Done」!』

 

……♪

 

…………♪

 

それは洋楽らしく、歌詞の意味はまるでわからないけど……何か私に、重要なメッセージをくれているような気がした。

 

「……私にとっての正義が何か、まだはっきりと言葉にはできないわ」

 

「……………………」

 

「でも……ひとつだけ言えるとしたら」

 

 

 

どんなに重たい罪を背負っていたとしても、絶対に挫けず、無様なまま立ち上がりたいわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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