「あらあら甘えん坊さんですね」
「ああ、あの時を思い出してな」
「あっ、あの時はごめんなさい、貴方を叩いてしまって」
「いや、俺も悪かったさ」
今までの
「すまなかったな、お前を蔑ろにして」
「そんなことはありません、あなたの苦労は分かっていましたから」
妻が死にかけ必死に呼びかけていたあの時が、咲希を通して思い出した。
あれは十年前俺が18歳、妻が20歳の時の事だった、大学のサークル勧誘が鬱陶しく何処か都合のいいサークルを探していた。
そこで目に付いたのが彼女がいたサークル、睡眠向上サークル、無遠慮に扉を開けその汚さが目についた。
ゴミが散乱し、汚れが目立つ場所に付いてまさに汚部屋、俺が見なかったことにし扉を閉めようとした時。
「あ、ああ!また後日来て下さい!」
どこに居たのか扉を勢いよく閉める、中から気が動転しているのがよく分かる程物音がする。
後日来てくれとの事で、日を改める事にし、行く気になったのはその顔を一目見たかったから今では思い出せない。
「先日はお見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません」
「いや、こちらこそ急な訪問をしましたので」
「いえいえ、普段は誰も来ないのでついつい」
「こんなにもキレイに出来るのに何故あんな部屋に」
「お恥ずかしいですぅ、少々厭なことで少し引き籠もって荒れていました」
「そうですか」
「ふ、普段はもっとちゃんとしてるんですよ!」
「そうですか」
これが初顔合わせで、彼女は何処か抜けていて、そして普通の顔だった。
「では、私は
「俺は、
「では、入部してくれるのですか?」
「ええ、俺に都合が良さそうなので」
「では、よろしくお願いします!」
それから普通に接し、普通に会話し、普通に一緒にいた、俺は彼女に惹かれて、いつの間にか惚れていた、一緒に居て心地よい、一緒に居て安らぐから。
若い俺は分からなかった、恋愛などしたことがなかったから毎日が楽しく、映画を見て、水族館に行き、博物館に行き、部室で寝泊まりした、終わるなと思いながら無情に時間が過ぎていく。
それから彼女の卒業祝いに旅行する事にした、俺が提案し彼女が受け入れた、どこに行きたいか話し合い、想像して、笑いあった。
そして当日、彼女はかなり早く来ていたらしく、俺はそれが嬉しかった、飛行機に乗り込み、暫くした後、飛行機事故が起こった。
なにが起こったのか分からず、本能に従い這う這うの体で脱出して、状況を理解し泣き叫んだ、混乱と恐怖が綯い交ぜになって。
「落ち着きなさい」
「落ち着くって言ったって!」
「大丈夫ですよ、私達は生きています、幸いにも五体満足で動けています」
俺を優しく抱き締めて、彼女は俺を落ち着かせた。
「うん」
「乗客を助けます、ご遺体になっていてもです、分かりましたね?」
うんと頷き救助する、生き残った人は少なく、俺達を入れて7人。
それから救助されるまでの3日間、彼女が先頭に立ち皆で励まし合い、彼女が燃えていた火を絶やさないように、私物を火の中に入れ皆も真似をして、いつ救助されるのか判らないので非常食を少しずつ食べた。
救助隊が到着して安心したのか彼女が倒れる、近くにいた俺が抱きとめる、少し違和感があった気がしたが、直ぐに救助隊に預け病院に緊急搬送され手術室に、俺は祈る事しかできなかった、俺の悲壮とは裏腹に早く手術が終了した。
医者から聞かされた事はアバラが折れ左肺に軽く刺さっていた事、服と皮膚を突き破って鋭利な小破片が子宮内に入り込んだ事。
一つ一つは直に手術すればなんてことない傷、しかし遭難し数日に渡り動き、指示を出し、休まる時間など無く、それでも皆を安心させる為に気丈に振る舞い、左肺も子宮も摘出された。
一命をとりとめたものの取り返しの付かない事をしでかしたと俺自身が攻立てる、周囲の慰めも俺には関係がなかった、俺があんな提案をしなければ、彼女はこんなことにはならなかった。
白衣の集団とすれ違い俺は凛華の病室に入った、そこで彼女が起きている事。
「俺はっ!•••取り返しのつかないことを•••!」
「私は幸福ですよ?だって五体満足で生きていますから」
「そんなわけ、無い•••!だって!」
「産めなくなったのは哀しいことですが、私は生きています、誰かを愛し愛される事が出来るのですから」
「だって辛いでしょう?生きているだけでも辛い時があるのですから、自分だけでも他者に優しくしなければ良くなってはいきません」
「他者を晒し、他者を貶め、他者を侮蔑する、それでどうやって優しい人が産まれるのでしょうか?」
「例えちっぽけな優しさだったとしても、その和が広がれば大きな優しさになるのです」
俺は贖罪と彼女を守る為、結婚を申し込み彼女はポロポロと涙を流し了承してくれた、俺が彼女の籍に入り、人生設計を180°変えて俺は自衛隊に入る事を選んだ、何かあった時俺自身が妻の盾になる為に。
しかし俺が卒業し自衛隊に入隊し、暫くした後に、敵が出現した。
より厳しい訓練と書類作業の連続でいつの間にか大切だった記憶に蓋をされ、錆び付くまで忘れていた、あんなに大切だったのに今の大変さにかまけて、家に帰らない日が多くなったのだ。
俺は妻と戯れていた時、電話が入る、俺の訓練生時代の教官で最近昇格した陸佐殿からの呼び出しだった。