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あっ
という間に三ヶ月が過ぎた。それだけじゃ何もわからんと思うんで、せめて一日の簡単な流れとここ三ヶ月の出来事を説明しておこうと思う。
朝六時。眠い目を擦りながら布団から起き上がり、普段着に着替える。
まずは朝食の用意。その間……だいたい七時頃には神父も起きてくる。まぁこの食事の用意も、お世話になっているのだからということで自主的に始めたものだ。
一人暮らしだったけど、自炊なんて自分が食えればいい程度だったから初めはそりゃひどかった。だけどやってくうちに慣れてくモンで、そこそこ食えるものになってきたと思う。
何より、人の為に作るっていうのが新鮮で面白かった。褒められたりすると、次も頑張ろうって気になるから不思議なもんだ。おキヌちゃんもこんな気持ちだったんかなー、とか最近はよく思う。
んで、朝食を済ませたら洗い物をして、洗濯。ここらへんは最初に神父に言われていた通り。食扶持も入れてないんだから、これぐらいはやって当たり前だけどな。
それが一通り終わった所で、教会に仕事がきていない日は霊能力の基礎を神父から学ぶ。お昼にまた食事を作り、食べ終わったら洗い物をして、午後からまた基礎、そして応用へと続く。
毎日毎日基礎ばっかりで飽きるかと思いそうだけど、いずれも知らないことばかり。いや~、美神さんとこで教わったことって考えてみれば戦い方で、座学についてはほぼほぼ教わってないからな~。だからか、全部が新鮮。
その基礎の中には、霊と人体の関係やら、霊力と物理やら、果ては五行とかの理念まで含まれていて一から教えてくれた。最初は理解できない事の方が多かったけど、丁寧に何度も教えてくれたお陰で大分知識がついた。と思う。
こうやって基礎をやるのは、あくまで仕事が入ってきていない日だ。教会に仕事、というかほぼボランティアみたいなものが入ってくると、教会で一人で留守番。
たま~に、神父がいない間に依頼人が駆け込んできたりするけど、基本的にやることがないので、自分の霊能力の特訓をしている。『栄光の手』の新形態開発とか、『文珠』のストックを溜めたり、複数使用の練習したり。
神父は相手が困窮していると報酬をもらわないなんてことを平気でやったりするので、せめて食事が満足に摂れるぐらいのお金を依頼者から貰うようにしている。お金がないようならせめて野菜とか米とか食材を。そうしないと飯すらも作れんし。
そして、二ヶ月前からは基礎を終えた後、霊力を鍛える。流石にそこで霊力を抑えていたら話にならないので、普通の状態で修行。
神父に教えてもらっていたように、霊波の放出の仕方を試す振りをして、抑えていた霊力を開放したら神父にすごい驚かれた。なんでも、総量で云ったら軽く私を越えている、すごい逸材かもしれない、とかなんとか。
まぁ、そんなこと言ってくれるけど、実際にはおだてて伸ばそうとしてくれているんだろう。世界に四人しかいないっていわれているS級GSを越えてるなんて、ありえない話だしな。
残り一ヶ月を切った頃から、神父の仕事に助手のような形で一緒に参加するようになる。曰く、試験に向けて実戦を見ておいたほうがいいとのこと。
ただ、助手といっても美神さんの時みたいに荷物を大量に持たされたり、囮にさせられたりってわけじゃない。結界を張るのを手伝ったりとか、お札を用意したりとか補佐を任されているだけだ。
それも、全部を通して三回。件の悪霊も、霊力込めた塩を撒いたらそれだけ祓えちゃいそうな雑魚ばっかだったけど、神父がやってくれるなら楽できるしな。
そんな感じで昼の用事が一通り終わると、商店街に買い物に行って、夕食を作る。完全におさんどんみたいになってるけど、美神さんとこで働かされるよりは全然楽。
なにやら商店街の人と顔見知りにもなれたし、今じゃ買い物の度になにかしらサービスでもらったりする。ただ、一部で神父に囲われている女の子だと思われているらしい。おばちゃん連中に「あの人の世話は大変でしょ」とか「甲斐性なさそうだものね」だの。決まって押されて苦笑いしか出来なかったりするが。
そんな毎日を過ごしてた訳なんだが。
んで、ここ三ヶ月の出来事だけど。なんかあったかな? ……あ~、出来事っていうか、自分のことだけど。
女性に対する性欲が表に出てこなくなった。もちろんいまだに綺麗なお姉さんとか、可愛い女の子とかが好きではあるけど、いきなり飛び掛ったりとかいうのはなくなった。
流石にこの女の体でそんなことやったらあっちの人だし、そんなのを住まわせてるってことでなにより神父に迷惑が掛かる。そういうモノは見て楽しむに留めようってことだな。
ただそういう衝動がなければないで、気にしない。というよりは気にならなくなった。
不能になったのかと初めは深刻になったけど、紆余曲折あった結果、別にいいかみたいな境地に達してる。逆にこの体には必要のないもんだから、助かっているといえば助かっている。
それに連動してか、この姿になってから霊力が安定している。男の時の方がたぶん瞬発的な放出量は段違いに上だったけど、煩悩がそのまま霊力になっていたからいざという時に役に立たないことも間々あった。けど、今は意識すればいつでも出せる。
上にもあるように、妄想全開とかも、妄想することはできても霊力に直結しないので、なんだか不思議な感じである。
まぁ、霊力自体がなくなったわけじゃなさそうなので、さっき言ったように気にはしていないんだが。
他には、自分のことを「私」というようになったことか。最初は「俺」って言ってたけど、神父に「せめて一人称だけでも改められないかい?」って言われたし、人と話す時も決まって怪訝な顔をされるもんだから。
変えたくはなかったけど、ご近所に変な噂が立つのもなんだし、仕方が無いことだと思って諦めた。
最後に、この体が完全に女になってることがわかった。それ関係で、神父を巻き込んでまで色々とありました。
……いや、女の人ってすげえわ。
そんなこんなで、三ヶ月経った今日はGS試験の予選日。
結局、何も思い出せないという設定のまま、『高島 聖』として暮らしている。そして、これからもしばらく『高島 聖』として過ごす事になりそうだ。
「聖クン、準備はいいかい? 忘れ物はないかい?」
「大丈夫っすよ。神父の紹介状も持ったし、私の霊能力はこれといった道具は使わないから必要ないし」
「そうか、それならいいのだけどね。ああ、私も後で見に行くから緊張しないようにね」
なんて、私よりも緊張している風な神父。ああ、やっぱり良い人なんだな~。神父って。
「はい、そいじゃいってきます」
そう言って、私は教会を出てGS試験会場に向かった。GSの試験票を忘れていたことに気づいて引き返すのは、三分後のことだった。
電車に乗り、会場のある駅へと向かう。ところどころでちらほら霊力の強いやつがいたり、変な民族衣装を着ているやつがいるけど、みんな受験者なんだろう。
霊気が溜まって、空気が張っている。そんな中私は、のほほんと座席に座っていたりする。
どうでもいいかもしれんが、今の私の格好。この世界の横島忠夫の家からかっぱらったジージャンとジーンズは私の部屋のクローゼットにしまわれている。
なにやら神父が「女の子なのだから」というよくわからない理由でお金を用立ててくれたお陰で、服のバリエーションが増えていた。
っていっても、スカートなんぞは穿かんぞ。今はローライズのジーンズに、Tシャツ。その上にフードつきのパーカーを羽織っている。
えらく長くなった髪の毛は後ろで縛ってある。赤いバンダナで。一般にいうポニーテールってやつになっているのだろうか。その辺は頓着してないのであんまり気にしてないんだが。
おっ、なんだかんだで到着したようだ。人が溢れかえっている改札口から出て、そのまま人の流れに身を任せる。
つか、息苦しいって。おかしいぞ! この人口密度!! おまけにみんな気負っている所為か、霊波がそこらじゅうに渦巻いている。いや、勘弁。
人の合間を縫うように密度の少ない方少ない方を目指す。そこでぽっかりとクレーターができたような空白地帯があることに気がついて、そこに向かう事にした。
すぽんっ、と音がするようにそのクレーター内はじき出される俺。いきおい余って地面を転がり、びたん、とうつ伏せに倒れた。
「っつ~」
顔をモロに地面にぶつけてもーた。
どうやら、周りの受験者は意図的にこの空間を空けていたらしい。外から入ろうとしても反発されて、中々入れなかった。
さて、なんで意図的に空間を空けてるのか? そりゃもちろん関わり合いになりたくないものがその中心あるってことじゃないか! 中に入ってから気づいてどうしろっちゅーんじゃ! ああもう、私の馬鹿!
「あら~、貴女、大丈夫~?」
なんて、間延びした声が上半身を起こした私の頭上から降ってくる。この特有の話し方は……。
「あのね~、なんだかわからないんだけど~。誰も私の側に近寄ってきてくれないの~」
ああ、やっぱり冥子ちゃんだ。インダラだっけ? それに乗ってるから周りの受験者が引いていたみたいだ。こっちも完全に見上げる形になる。
……あれ? でも未来の姿と全然変わってないんだけど。
「私はね~、お友達欲しいな~って思ってるのよ~。でもみんな逃げちゃうの~」
とりあえず立ち上がって服についた埃やらゴミやらを払う。その間にも、たぶん一生懸命話しかけてくる冥子ちゃん。
「だから~、貴女~私とお友達なってくれないかしら~」
「はぁ、別にそれは構わないっすけど取りあえず……」
その式神を引っ込めませんか?と続けようとして、めずらしく冥子ちゃんに言葉を遮られる。
「えええ~、ほんとに~。きゃ~、冥子感激~~」
……相変わらず間延びしていたけど。
「あの、だからね……」
「そこのあんたらっ、式神なんか出してたら他の人に迷惑でしょ!」
再び発言しようとしたところ、他の女の人の声に遮られる。今度はなんじゃ、というか、あんたらって私も含まれてるし。
「え~、だって~。インダラちゃんいないと私寂しくて~」
「そんなん私の知ったこっちゃないわよっ! 寂しいなら友達とでも話してればいいでしょーが!!」
人ごみを掻き分けてきたのは、なんていうか予想通り美神さんだった。うむ。美神さん若い。お肌がぴちぴちだ。
しかし、今の冥子ちゃんにその発言はきつすぎではなかろーか? いや、この時点の美神さんが知る筈もないんだけどな。
「私~、お友達いなくて~、それで~……ぐすっ」
だんだんトーンダウンしていく冥子ちゃん。なんだか暴走するより厄介な泣き方してる。
「うっ……」
流石の美神さんも言い過ぎたと思ったのか、というかどこか子供のような冥子ちゃんに怯む。
ああ、なるほど。こうして美神さんと冥子ちゃんの関係は決まっていったわけだ。
「ちょ、そこのあんた。あの子の友達なんじゃないの?」
一気に旗色が悪くなった美神さんは、小声でぼんやり様子を見ていた私に話を振る……というか助け舟を求めている。
「いや、私も式神はしまったほうがいいよって忠告しようとしただけなんスけど……」
「え゛っ。そ、そうなの。私はてっきり友達同士で浮かれて迷惑掛けてる馬鹿かと思って……」
「とりあえず彼女を泣き止ませるのが先だと思うんですけど」
「そ、そうね。まずはそこからね」
美神さんは気を取り直して、彼女の前に向かう。
「あ~、あなた。ちょっと言い過ぎたわ。それであなたの名前はなんていうの?」
「私~? 六道冥子っていうの~」
名前を尋ねられた冥子ちゃんは、泣いていたのを一転、微笑んで答えた。
「え? 六道って、あの六道!?」
「たぶんその六道よ~」
なにやら美神さんは明らかに『厄介ごとに関わった』って顔してる。まぁ、六道家の一人娘の噂って、このころにはGSの間で広まっていたらしいし、美神さんがそんな情報をキャッチしていない筈がない。
「それで貴女は~?」
「令子。美神令子よ」
「えっと、そっちの貴女のお名前は~?」
「高島聖っス」
俺も美神さんも冥子ちゃんのペースについていけない。美神さんなんか完全に素に戻っちゃってるし。
「えっと、令子ちゃんに、聖ちゃんね~。それじゃあ私たちこれからお友達ね~」
「へ? な、なんでいきなりそうなるのよ!?」
「駄目~?」
そう言いながらも既に目が潤んでいる冥子ちゃん。その様子を見て、うっ、と息を詰まらせる美神さん。そして、完全に傍観に徹している私こと高島聖。
「うっ、いや、それは……」
「美神さん、もう断れる雰囲気じゃなさそーっすよ」
「えっ?」
「うう~~」
見ると、冥子ちゃんに霊気が集まってきて、暴走の兆候にある。こうなると、宥め賺して、冥子ちゃんの機嫌を損ねないようにする他ない。
美神さんも未来のS級GS。現状を感覚で捉え、今後起こることを予想したのか、がっくりとうなだれた。
「はぁ、わかったわよ。……私と六道さんと、高島さんは友達。これでいいでしょ?」
「すごいわ~。一日で二人もお友達が出来ちゃったわ~」
そういってきらきらと瞳に星を浮かばせる冥子ちゃん。さり気無く私も含まれてるけど、まぁ、致し方あるまい。さっき、冥子ちゃん本人に構わないって言っちゃったしな。
「ところで貴女、唐巣神父のところで修行している子じゃない?」
話が一区切りしたところで、いきなり美神さんが私に問いかけてきた。
でも……あれ? 美神さん教会に来た事なかったよなぁ? なんで知ってるんだ?
「ええ、そうですけど。何で美神さんが知ってるんすか?」
「神父、たまに出かけてるでしょ?」
「ええ」
確かに、私が基礎をやっている間に毎回のように出かけていたけど。
「知らなかったんだろうけど神父、私にも修行をつけてくれていたのよ。その時に『令子くんのライバルになりそうな娘がうちで居候してる』って言ってたわけ。まぁ、同じ受験者ってことで不公平が出るといけないから名前までは教えてもらえなかったけどね。それで、今まで一通り見て回ったけど、六道さんと、貴女と、あと一人くらいしか腕が立ちそうな娘がいなかったってだけよ」
なるほど。私が美神さんのライバル、んなこと言ったわけだ。神父。そりゃ、そんなこと言われたらチェックするよなぁ。美神さんなら。
…………って、ライバル!? 神父の馬鹿! 美神さんに目をつけられたら手加減もしてもらえんじゃないか!! 第一、私が美神さんに勝てるわけねーじゃねーかっ!!
ええい、落ち着け。なんとか私から話題を逸らし、美神さんの注意を他所に向けるのだ。
「え、ええと、ところであと一人って……?」
「何か呪術系統の儀礼衣装を着てるムカツク女よっ! 仮にも教会の神父を務める人がそんな怪しい人間住まわせるとも思えないしね!」
あー……なるほど。こりゃもう一人ってのはエミさんのことだな。もうなんかいざこざがあったとみえる。
でもなんだかんだで実力は認めてるみたいだな。『腕が立ちそうな娘』だって認められてるわけだし。
「ところで、六道さんと、高島さんっていくつなの?」
なんて、突然美神さんが尋ねてきた。
「私はねー、今年で21歳になるのー」
「えーっと、私は今年で20っすけど?」
ちなみに前の世界は秋――九月だった。あっちにいれば今頃ようやく新年を迎えたかってところだろう。
私――横島忠夫の誕生日は六月。誕生日から三ヶ月しか経ってないのに、私は一月の半ばだったこっちに飛ばされてしまったということになる。つまり、四ヶ月もの期間をすっとばしてこっちに来てしまったらしい。
だからといって誕生日を違う日にしたら計算が面倒そうなので、今年で20にしようという結論に至ったわけだ。
「うーん、六道さんだけが年上なのか……」
「あのね~、令子ちゃん~。六道さんじゃなくて冥子って呼んで~」
「あ、美神さんに冥子ちゃんも、私のこと『高島』とか『聖』って呼んでくれて構わないっすよ。
さんづけじゃ堅苦しいですしね」
「そう? 私も仮にも友達に『さん付け』とか、他人行儀だしどうかと思ってね」
年を訊いたのはそういう理由があったからなのか。たしかに美神さんが「六道さん」って呼ぶの、すんごい不自然だしな。
「ところで……なんで聖は年上の冥子にちゃんづけで、私は『美神さん』なのよ?」
「いや、別に深い意味はないっすけど」
ただ、ずっと『美神さん』って呼んでたから自然にそう呼んでた。……私に『令子』なんて呼び捨てで呼ぶだけの勇気がないってのもある。
「私だけ呼び捨てじゃ意味無いでしょうが! 聖、私のことは令子って呼びなさい」
「え、マジっすか?」
「んなことで冗談いうわけないでしょ。ほら」
「え、えーと、令子…………さん」
ぴくり、と美神さんの眉が釣りあがる。
「す、すんませんっ! れ、令子」
「ちょっと固いけど仕方ないわね」
「令子ちゃんも聖ちゃんも仲良しね~。私も入れて~」
いつの間にインダラを影に入れたのか、抱きついてきた冥子ちゃんを二人で受け止める。
……なんだか、美神さ……じゃなくて令子と一緒にちっちゃい子の面倒をみているような気分になるんだけど。