「おかえり。そしておめでとう、聖くん!」
教会の裏口を開けた直後に響いたのは祝いの言葉。いつから待っていてくれたのか、神父が麦茶と氷の入ったグラスを手に立っていた。
「観戦させてもらったけど、安心して観ていられたよ。君がどうやって倒したのか、あの会場全体でも分からなかった者がほとんどだったんじゃないかな。うん。正直三ヶ月でどこまで教えることが出来るか不安だったけど、私の取り越し苦労だったようだね」
「いやいや、そんなー。全部一から丁寧に教えてくれた神父のお陰っすよ」
そこまでベタ褒めされるのは慣れてないというか、私はそんなすごいことをしたつもりがないと言うか。ひたすら相手の攻撃を避けて、その隙に一撃を入れただけだ。
「そんなことはない。一次試験を通れたのも、毎日しっかりと訓練していた聖くんの努力の結果さ。事実、観客席では他のGSが君にチェックを入れていたからね。私はその力添えをしたに過ぎないよ。何はともあれ、お疲れ様」
本当に嬉しそうに笑って、手に持った麦茶を手渡してくれる神父。礼を言ってそれを受け取り、一口飲む。
霊波測定の前に飲んだコーラ以降飲み物を摂ってなかったからかとても美味い。避けてただけとはいえ、一回戦ではけっこう動いたしな。
あの試合の後、当然勝ち抜いていた令子と冥子ちゃんとそこそこに挨拶を交わして、早々に帰宅することにした。三人、友達になったとはいえ合格するまでライバルだからな。これから戦うかもしれないっていう相手じゃ心の底から警戒を解くって訳にはいかないだろうし。私は別としても。
冥子ちゃんはすごい残念そうにしていたけど、話すのは明日になってからでも遅くないからって、何とか納得してもらえた。
あ、そうだ。二次試験といえば……。
「あの、神父」
「なんだい?」
「余った神通棍とかないっスかね? あんまりいい物じゃなくて構わないんですが。出来れば霊能道具に慣れる為に、明日使ってみたいんすけど」
その言葉を聞いた神父は顎に手を当てて首を捻る。
「確か物置に、霊力の伝導率が落ちてきて修理しようと思っていた奴がしまってあると思うが……。一応使えるとは思うけど、大丈夫かい? いきなり本番で慣れない道具を使うと実力を出せないかもしれないよ」
「いざとなったら霊波刀で戦いますから」
「……神通棍よりも、霊波刀の方がコントロールが難しい筈なんだけどね。まぁ、聖クンがそういうなら」
そういって物置へと歩いていく神父。「すんません」と小さく頭を下げて後ろについていく。
神父は、私が使える霊能力は『霊波刀』と『霊能道具』だけだと思っている。というより、他の能力を神父に披露するわけにはいかなかった。『栄光の手』『霊波の盾』『文珠』も使えることを神父が知ったなら、霊能関係者として名を残しているだろうと私の身元を徹底的に洗っただろう。ま、正確には、使っている霊波刀は『栄光の手』を変形させたモンなんだけどな。
同じような形状である神通棍は、霊波を流せば大抵の霊能者が使える一般的な霊能道具だ。値段はピンからキリまであるけれど。だけど、霊波刀は使える人が限られている。使える人が霊能者全体の一割程度な上に、習得が思ったよりも難しい。……そもそも、素人が霊波刀を短期間で会得するということが、シロのような特殊な状況でもない限り有り得ない。
普段の様子からは思えないけど、シロも人狼っていう『妖怪』の一種族なのだ。子供だったとはいえ人狼のシロが、体の成長を伴わせてようやく会得できた霊波刀をド素人が三ヶ月で実践で使えるまで会得する。素質がある霊能者が基礎を作って霊波コントロールを覚えるのに半年ぐらいかけて、その下地があった上で三ヶ月なら話が変わってくるけれど。
ま、それはともかく、素人が三ヶ月で霊波刀を使えるようになったってことからして規格外なのだ。でもこれぐらいは出来るように見せておかないと試験を合格できないだろうから、こういう形に落ち着いた訳だ。
物置から引っ張り出された木箱の蓋を手で払ってから私に渡してくれた。木箱に収められている神通棍を、慎重に取り出す。クリーム色の布が掛かっていて、値が張ることが伺える。霊気を篭めると、「キンッ」という乾いた音と共に神通棍が伸びた。
「これ……結構いいものじゃないスか?」
「分かるかい? 私の若い頃に使っていたものなんだけどね。流石に長い間使っていた所為か、ほら」
「ああ……」
神父が指差す先は神通棍が伸びた部分。端の方がぶれ、安定しない。それに気づいて、すこし霊気を集中させてみるが変化はなかった。
「どうにも収束があまり良くないみたいでね。伝導率も下がってきてるから維持するのに余分な霊気が必要なんだ。使えることは使えるけど、燃費は良くないよ」
「……お借りしていいですか?」
「ああ、構わないよ。新しく買った物があるから其れは使っていないしね。本当は新品とは言わないまでも、しっかり使えるものを貸してあげることが出来たらいいのだけれど」
「いえ、これで充分っスよ。私には勿体無い位です」
霊気の派出を止める。元の長さに戻った神通棍を入っていた時のように、木箱に戻す。
「それにしても受験本番で慣らそうなんて、聖クンは度胸があるというか……」
「いやー、あははは」
苦笑されて、私も笑うことしか出来ない。……どっちにしても、この試験で合格したら悪霊相手に使うことになるんだから、ちょっと早いか遅いかっていうくらいだと思う。試験では武器が一つ持ち込めるって話だから一応持っておくか程度にしか考えてないので、役に立たないなら立たないで構わないしな。
明日は本選が控えていることもあり、今日の食事は神父が用意してくれた。それどころか、家事は全部やってくれるらしい。
嬉しい、と思う反面ちょっと手持ち無沙汰ではあった。正直何をしていいのかわからん。三ヶ月、毎日家事をやってると体に染み付いてくるらしい。
どうでもいいが、他人のことも考えて料理をするようになると自然と献立にも気を使うようになる。中華、洋食ならそこそこ作れるようになった。和食はほとんど駄目だ。煮物とか焼き魚とかはあんまり作る気がしない。
作れる料理が増えたのは、毎日同じ食事だと神父は倒れてしまうだろうから。私の作る食事で人が倒れるって言うのは勘弁してもらいたい。
カップ麺の日々がどんなに栄養面で偏っていたのかようやく気づくことが出来た。あの食生活を見たおキヌちゃんが心配するのも当然だろうな、とも思う。
つまり何が言いたいかと言うと、私も真人間になったなぁ、ということだ。
早く床に着いた所為か、起きるのも早かった。余裕を持って朝食を作っていると、いつもなら七時前後には起きてくる神父が半を過ぎても起きてこない。なんかこの頃、遅くまで起きていたようだし寝不足なのかもしれない。
――まさか、私が試験に受けるからって緊張していたりしていないよな?
神父は頭を掻き、苦笑いを浮かべながら八時に起きてきた。その手には紙袋が下がっている。
果たして、その予想は正しかったようだ。ちょっとふらついている神父を心配して声を掛けると、『聖クンにまだ教えていないことがあったんじゃないか』とか考えて眠れなかったらしい。んで、せめて何か用意してあげたいとのことで、連日夜なべして戦闘用の服を作ってくれていた。今日になってしまったのは、色々と霊的防御を施すのに日にちが足らなかったみたいだ。
なんつーか、そこまで私なんかに期待してくれることがただ嬉しくて笑みがこぼれてしまう。
「サイズがわからなかったから、フリーサイズなんだ。生地が余ると思うから、帯をベルト代わりにつけてあるから縛るようにするといいよ」
「あ、ありがとうございます!」
頭を深く下げて、紙袋を受け取る。紙袋を受け取り、中からその戦闘用の服とやらを取り出すと濃紺のシスター服。
……むう。ご丁寧に、ケープ、銀のロザリオまである。
神父を見ると
「いやぁ、令子クンはこういう格好は絶対に嫌らしくてね。聖クンなら似合うんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
なんて嬉しそうに語ってくれる。確かに、神父の弟子である令子はこういう服、着そうにないもんな。
聖書を使った除霊も出来ない……っていうより、神様にお願いして力を貸してもらうような性質じゃないし。神父は『自分の弟子』だっていうのにまったく違う方向に進んでいる令子に多少の寂しさを覚えているのかもしれない。
そう思うと、着ないとは言い出せない。そもそも寝不足になってまで作ってくれたものを突っ返す気もないし。
「あ……ありがとうございますぅ……」
神父が優しさから作ってくれたものだし、仕方ないから着てみよう。どうやら霊的防御も備わっているみたいだしな。
――ただ、お礼を言う時に笑顔が引きつってしまったことぐらいは許して欲しい。
あっちには更衣室らしきものはなかったのを思い出し、かなりの恥ずかしさを覚えながらシスター服で会場に向かう。今日はいきなり本選で神父も最初から観戦出来るので、神父と共に車で会場に向かうことになった。
一応、私も免許を持っていたんだけどそれは横島忠夫の物。しかもその免許証は着替えの時にリュックサックに入れて、温泉宿の一室に置いてきてしまった。
美神さんが荷物を運ぶのに不便だからと取らせてくれたが、結局ペーパードライバーだったなぁ。車なんて持ってねぇーし。美神さんがコブラを運転させてくれるわけもなかったしな。
ま、今はんなことどうでもいいわな。そんなことを考えていると、いつ間にか車は会場に到着していた。