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とりあえず会場に到着。
さて、この現代において高給であり危険ではあるものの人気の職業であるGS。その花形である美神令子はまだ存在していないとはいえ、現役のGSも集まるその試験会場には見学者が溢れていた。会場への道は軽く混雑しており、神父が運転する車も余裕を持って教会を出たというのに到着にかなりの時間を費やしてしまった。
シスター服の中から取り出した懐中時計を見ると、第一試合の開始時間まであと三十数分というところ。遅れてすまない、と詫びる神父に礼を言って入り口で車から降りる。
会場からは昨日と変わらず霊波が、そして昨日以上の熱気が溢れている。一般の入り口に比べて、参加者入り口は運営の人がいるだけでがらん、と空いている。受験者は大多数が早めに入場し、精神集中にかかっているのだろう。
今更走って息を切らしてもしょうがない、と高をくくってのんびり会場に入場する。
受験票を見せてエントリーを終わらせると、『受験者はこちらへ』という札がしまわれた。最後だったのか。……間に合うどころか、多少余裕があるくらいなんで最後でも全然構わんが。頬を掻きながら歩き出す。
壁に貼られた案内を見ながら会場に向かい、時計を胸元から取り出して改めて時間を見ると開始まであと十五分。それを服の中に仕舞うと、目の前には大きな扉が構えている。ここが会場の入り口だろう。その奥に受験者の姿が見える。
くぐると同時に、ぶわっ、と霊気の層に当たったような感覚を受ける。以前受けたときは緊張やら命の危険やらで気にならなかったんだろうけど、会場中には霊気が充満していて異様な霊的空間が出来上がっていた。
受験者はこの時点で64名。この人数でこんなに霊気が集まるって事は、伊達に一次を潜り抜けてきた訳じゃないらしいな。見渡そうとするが人の壁で視界が開けず、冥子ちゃんや令子を捜そうと背伸びをする。――と、同時に館内に放送が流れ出した。
『二次試験の十分前です。組み合わせ発表が五分後に行われます。受験者は準備を済ませた後、大型モニターが見える試合会場付近へと移動してください。繰り返します――――』
どよ、と空気が動く。十分もあれば令子と冥子ちゃんと一言二言くらい交わせるかと思ったけど、そんな時間はないみたいだ。あれこれ考えても仕方ないので素直に会場へと向かうことにする。人が歩いていく方に身を任せた。
モニターに映されたトーナメント表を見る。第一試合、第二試合は以前のようにある程度の組み合わせがまとめて行われる。一試合ずつになるのは、資格獲得が決まった第三試合からだ。
とりあえず私は、令子と冥子ちゃん、あとエミさんあたりに当たらなければそうそう負けることは無い。……と思う。いや思いたい。
表を見ると、四人とも見事にブロックが分かれているようだ。早くから戦わないで済むのは助かる。下手に早い段階で当たるとどっちかが落ちることになっちまうし。……エミさん、令子はともかく、冥子ちゃんは一般受験者相手でも勝ち残れるのか不安である。
さて、試合なんだが……相手はなんというか、あの宗禅とかいう坊主と五十歩百歩というところだった。二人とも。
過去形なのには訳がある。いや、もう試合が終わってしまった、っていうだけなんだが。相手の攻撃の一発目を危な気なく避けて、『キンッ!』と良い音させた神通棍で横から頭に一閃。ノックアウト。二試合とも。受験生っつってもプロじゃないんだし、こんなもんなのかもしれない。
なんにせよ、二勝したわけだからGSの資格を晴れて取得できたことになる。一応決勝まで出ないと資格が取り消しになるから、暫定だけどな。
んで、今は昼食&休憩の時間なんだが、せっかく朝起きて作った弁当を車の中に置き忘れていた。
「……なんつー抜けたことを……」
余りの馬鹿っぷりに頭を抱えたくなる。腹が「きゅるる~」と以前から考えると有り得ない程可愛らしい音で鳴った。以前より小食になったからだろうか。
理由はわからんままだが、んなことは今現在どうでもいい。大きかろうが小さかろうが、一応外見女性として人前で腹が鳴ってしまうのは避けんと。とりあえず、人もいるし飯の匂いはしてくるしで中にいるのがいたたまれなくなってきた。
とぼとぼと会場の外を散歩する。出店が出ているが、焼きソバやら腹に溜まりそうなモンは五百円もしやがる。
けっ! ぼったくりやがって! あんなもん、原価百円もしねーだろ……。
ポケットからがま口を取り出し、ぱちんと音を立ててその口を開く。中には四百円。飲み物代である。弁当作っているからと余分な金は持ってこなかった。神父が心配して二千円程渡そうとしていたが丁重に断った自分が憎い。養ってもらってる身として節約に徹していたのがこんなところで仇となるとは。
……それはそれとして、いい大人が手持ち四百円っていうのはまずいような。
ため息をつきながら入り口から続く公園内へと入っていく。こっちにはクレープ屋やらチョコバナナやら甘味系が多い気がする。チョコバナナなら値段的にもいけそうだが……。
ちら、と顔を公園の隅に逸らす。視界の中心には水道――水飲み場があった。無論こっちは無料である。
ああ、水かぁ……アパート時代が懐かしい。確かに空腹は紛れるけど、相当飲まないと腹に溜まらないんだよな……。下手するとそれで腹壊すし、その見極めが難しかった。あの過酷な時期を越えた今の私には、造作もないことだけどなっ!
……水、飲むか。
「ちくしょー! 私は二十歳を回っても貧乏から抜け出せんのか!! ばかやろー! 神さんのバカヤロー!」
おぎゃーん、と叫んでみる。なんか余計悲しくなった。周りの家族連れがそそ、と私と距離を取り始める。……泣いて、いいかな。
「おーい、聖クン」
ふら、と水飲み場に足が向かいかけたのを、自分を呼ぶ声によって阻まれた。腹が減った、腹が減ったと思ってばかりいた所為か、なんかふらふらする。
「あれ、神父?」
冷や汗を浮かべながらこちらに向かって右手を上げる神父。若干顔が引きつっているのは、今の叫びが聞かれたからだろうか。
神父は私の奇行――自分で言うのもどうかと思うが――に対して耐性ついてるだろうから気にしないが。
「聖クン、そういうところを直せば充分美人なんだからもてるだろうに」
歩いてこちらに寄ってきた神父は、近づくなりそんなことを言い出した。
それは暗に、中身が駄目と言っているのだろうか。自分でも特に良い人間だと思っているわけでもないが。
「いーンスよ。男になんかもてなくって。見てくださいよ、神父がンなこというもんだから鳥肌が」
腕を捲って見せると、確かにサブイボが立っていた。体が女になってからそっちの方面は思考がすぐホモだゲイだと直結してしまう。神父なんかだと男とかそういう意識はないが、同い年ぐらいの知らん男だと下心があるんじゃないかと思うようになってしまった。
そんなわけで、私は薔薇には興味ありません。……百合にはちょっとだけあるけど。
「相変わらずの男嫌いだね。っとと、それはそうと忘れ物だよ」
そういって上げた左手には、赤いナフキンの包み。今朝車の後部座席に忘れてきた弁当があった。
「聖クンはしっかりしているように見えてどこか抜けているからね。私のほうが心配になってしまうよ」
弁当を手渡してくれる。すいません、と頭を下げてそれを受け取った。
……抜けている、とは神父には言われたくないが、事実こうして忘れ物をしている私は言い返せない。もしかしたら私って抜けているんだろうか……。
美神さん相手にはボケもツッコミもやってたからオールマイティかと思ってたが、天然なのだろうか……。冥子ちゃんを頭に浮かべて、いや、それはないな、と自己完結しておく。
「聖クン。考え込むのもいいんだけど、お昼の休憩が終わってしまうよ」
「あー、そうでしたそうでした」
とりあえず近場のベンチに座り、弁当の包みを解く。箸を取り出して、いざ鎌倉、というところで視界の端に神父が映る。
「ええと、僕もご一緒して良いかな?」
そうして、右手を上げた先には青いナフキンの包みが。神父が見学に来ることはわかってたから、一緒に作っておいたやつだ。
「え、あったりまえじゃないっすか!」
「そうかい? そういってもらえると助かるよ。いやー、一人でお弁当を食べるって何だか寂しいからね」
まぁ、それはわかる。わかるが……。なんで神父はこんなに嬉しそうなんだろうか。
私なんかはいないよりはいたほうがいい程度だが、神父にとっては違うのかもしれない。神父って思ったより寂しがりやなんだなぁ。