ある日、森の中、アクマさんに、出会った♪ 作:奇がてらてらしてる
あれから早いもんで、あっという間に数年の月日が経過した。
俺は幼女から少女になり、家のお手伝いも本格化してきた。今までは野菜の収穫を手伝う程度だったが、それ以外に家事もするようになった。掃除だったり、洗濯だったり。料理はまだだ。
その中で一番きついのが水の運搬だ。井戸からバケツいっぱい分の水を汲み入れ、それを100数m程度離れた家まで持っていかなければならない。しかも一回だけでなく、季節によるが何度も往復する。いたいけな少女にはキツすぎる。始めたばかりは道中何度もバケツを下ろしながら持っていったものだ。慣れてきた今でさえ、途中で一回バケツを下ろさなければ家まで辿り着けない。腕がもうパンパンだ。背筋もゴツゴツよ。
悪魔さんとの関係は良好だ。
未だハンドサインでしか会話が出来ていないが、悪魔さんは俺を絶対に襲わないだろうという確信が持てるくらいには親密になれた気がする。あくまで気がするだけだ。もしかしたら何らかの洗脳を受けている可能性はある。そんなはずはないと信じたい気持ちは山々だが、彼の恐ろしい見た目や声が不信感を煽る。
しかし、仮にもし彼に敵意があったとしても、数年間も俺と付き合ってくれてるのだからそれなりに気に入られていると思う。
やはり彼にあの名前が長ったらしい白菜を与えたのが功を奏したのだろう。あれ以降彼はすっかりあの白菜を気にいったようだ。美味しそうに食べる彼を見て、ちょっと愛おしく思えるくらいだ。収穫した白菜が少ないことに気付いた親から疑いの目を向けられたかいもあったということだ。
『■■■■■』
「ピィ」
―――相変わらず彼の声には慣れそうにないが。
一応言っておくが、俺は小心者ではない。それどころか、恐怖を人より感じない方だと思う。悪魔さんとのファーストコンタクトで怯えながらもハートを向けた俺が言うんだ、間違いない。
ただ、彼の声だけはどうしても慣れない。前も言ったと思うが、彼の声を聞くと恐怖を無理矢理掘り起こされる。そのせいで、来るぞ来るぞと待ち構えていても心臓が跳ねてしまうのだ。心臓に悪い。
だからといって、彼から離れる理由にはならないが。むしろ接近する。俺は最近、彼の言葉の解読を始めている。ハンドサインだけでなく言葉で彼と語らいたいからだ。あと、いつの日か彼に襲われたときに彼の言語で命乞いをする為に。
「これはなんていうの?」
そう言って彼に差し出したのはそこらに落ちていた木の枝。まずは身近な物の名称からだ。
『■■』
悪魔さんが言う。
「ゥ゙……じゃあ、あれは?」
『■■■■』
俺は近場の木に生っていた実を指さした。すかさず悪魔さんは答えてくれた。
俺はふと思った。彼は今、”木の実”と答えてくれたのか。それとも、木の実の”名称”を答えてくれたのだろうか。もしも後者だった場合、彼には単なる言語能力だけではなく、明確な知識が備わっていることのになる。であるならば、その知識はいったいどこで手に入れたものなのだろうか。彼の種族が暮らす集落のようなものがあるのだろうか。もしそうなら、何故彼はここにいるのだろうか。謎が尽きない。
さて、少々謎が残った言語の解読は一旦置いといて、次に発音の練習に入ろう。
『■』
「ッ…■?」
『■』
「…■」
彼が使う言語の発音は俺の記憶にあるどの言語にも当てはまらず、模倣するのは困難を極める。というか、彼と俺とでは口の構造からして違うので考えてみれば当たり前だ。
しかし、その程度では挫けないのが我が心。諦めずに反復練習をすることによって、ついに彼から合格を言い渡された。といっても、サムズアップだけれども。更に言うなら、俺が言えたのは日本語で言う「あ」だけ。まだまだ“話せた”とは言えない。彼の言語を習得する道は長い。
『■』
「■」
悪魔さんが親指を立てる。今度は一発合格のようだ。早くもコツを掴んだのかもしれない。さっさとこの言語を習得して悪魔さんと話してみたいものだ。
………。
「じゃあね、悪魔さん」
『■■■■…』
互いに手を振って別れる。右上の手を振り、左上の手でサムズアップ、下の両手でハートを作って見送る彼の姿は随分と忙しない。
今日も今日とて有意義な時を過ごせた。悪魔さんには感謝を述べたい。というか述べた。何となく意味は伝わったのかもう一度ハートを返してくれた。結構うれしい。
俺は上機嫌なまま帰路につく。いつもならある程度整備された道を歩くのだが、今回は気分が良かったので道を外れて草を踏みながら家に向かった。草が潰れるたびにザクザクと鳴る。心地の良い音だと思うとともに、草の先っちょが踵辺りをくすぐってこそばゆい。俺は我に戻り、せっせと草の無い整備された道へと戻っていった。
その途中で、なんだか村の様子がおかしいことに気が付いた。大人たちが明かりを持って忙しなくしているのだ。大人たちは何かを探しているかのように、叫びながら家や小橋の裏などを覗いていた。
誰か迷子にでもなったのだろうか。子供というのは大人の知らないうちに思った以上に遠くへ行ってしまう。生きてきた年数が短いゆえに、安全地帯と危険地帯の境界が曖昧なのだ。子供が知らず知らずのうちに危険なところへ行ってしまわないよう、大人はしっかりと子供を監視する必要がある。まったく、それを怠るからそうやって村の者たちを動員して探し回る羽目になるのだ。親の顔が見てみたいね。
おや、気のせいだろうか。大人たちがこちらへ向かってきているような気がする。いや、気のせいではない。確実にこちらのほうへ受かってきている。それも随分と切羽詰まった様子で。
これは、おそらく件の子供を見なかったか聞かれる奴だろう。しかし、俺に聞かれても知らないとしか言いようがない。こっちは悪魔さんと遊ぶので忙しいのだ。もちろん、そんなことを馬鹿正直に答えても彼らに白い目で見られるのは目に見えているので、単純に見てないと答えるつもりだ。
あれ、あの一番前にいるの父親のような……
「イビル!!お前どこにいってたんだ!?」
「へ?」
「探したんだぞ!!!」
父親に強く抱きしめられる。抱きしめ返してやりたいが、俺の頭は疑問でいっぱいだ。
「探した……?」
「…ああ!詳しいことは後で話す……。今は父さんと一緒に家に帰ろう…!」
「う、うん」
はっきり言って状況が読めないが、どうやらこの村で何かが起こったらしい。遅くになっても帰ってこないから探していた、ということではなさそうだ。なんせ、まだ空は少し赤い程度なのだから。むしろちょうどいい時間帯だろう。
父親に抱きかかえられながら家へと運ばれていく。普段温厚な父親がここまで焦るなんて、この村で一体何が起きたのだろうか。物騒なことでないことを祈るばかりだ。
居間で父親が重々しく言う。
「ジュディ、ジェイル、アイリン、フラックの4人が行方不明になった」
「えぇ!?」
ジュディ、ジェイル、アイリン、フラックって誰だ。知らないぞ。