ある日、森の中、アクマさんに、出会った♪ 作:奇がてらてらしてる
「まぶしい」
この部屋に一つしかない窓から差し込む眩い光に目を覚まされ、憎しみを込めて俺はそう言った。こうはならないよう寝床の位置を調整したはずなのだが、俺の寝相が悪すぎて陽の下へと這いずってしまったようだ。
「ああ」
囚われの身である。親の様子を見るに家から一歩も出す気は無いようだ。いや、目の届く範囲ならば大丈夫だろうか。しかし、俺としてはもっと広い範囲で活動したい。具体的に言うなら、悪魔さんがいるあの場所まで。もちろん、それは叶わぬ願いだ。だから、もし外を出ることを許されたとしても満足のいく結果にはならないだろう。
そもそも、何故こんなことになっているのかと言うと、数日前の行方不明事件が原因である。
事の始まりは某日の夕方間近。とある村人が子供の数がいつもより少ないことに気づいた。その村人の家は村の端にあったため、村全体の様子を見ることが出来たから気づけたらしい。不思議に思って今見える子供を一人一人識別していったら、ジュディ、ジェイル、アイリン、フラック、イビルの五人が見当たらないことが分かったようだ。
彼はすぐに周りの人々にこのことを知らせた。子供がいなくなったことを聞いた大人たちはすぐに捜索隊を結成し、五人の行方を追った。一人はすぐに見つかった。それはイビルという少女、つまり、俺である。翌日、大人たちは俺に多くのことを聞いたが、俺は何も情報を出してやれなかった。なんせ、俺は例の子供たちではなく悪魔さんと一緒にいたのだから。父親に言われるまで、彼らの名前すら知らなかった。
その日は結局子供たちの手がかりを見つけることが出来ずに終わった。夜になっても探そうとする者もいたが、夜の森は非常に危険なためその日の捜索は諦めることになったようだ。
次の日にはもっと状況が悪くなった。この村の近くの森で魔物の目撃情報が出たらしい。
魔物というファンタジーな単語に疑問を覚え、父親に聞いてみると、魔物というのはとても危険な生物のようで瞬く間に人を食べてしまう怪物なのだそうだ。つまり、俺の想像通りの存在ということだ。
そのことを聞いて、俺は子供たちの失踪と魔物の目撃情報が続けて起きたことに嫌な予感がした。
その予感は的中した。
捜索隊が森の中で獣道を発見し、その近くで乾いた血痕と変色した子供と思しきものの一部がいくつか見つかったそうだ。腕が一本、足が3本、食い荒らされた胴体が一つ、そして少量の肉片が散らばっていたらしい。
その残酷な報告に村中の人々は嘆き悲しみ、4人の罪なき子供たちを食った魔物に怒りを露わにした。今すぐにでも復讐しに行こうとする者もいたそうだが、魔物は強く、訓練を受けていない村人では倒せないため、周りの人に必死で止められたそうだ。
かといって魔物を野放しにしておくわけにはいかないので、村長はここから一番近い街に討伐隊を要請した。その討伐隊は約三週間後に到着するらしい。父親の話によれば、ここまで討伐隊が来るのが遅い理由は距離の問題もあるが、向こうの準備時間が長いかららしい。魔物を手際よく、そして無犠牲で討伐するにはそれくらいの準備が必要のようだ。
そして、安全のため魔物が討伐されるまでの間、村人たちは不必要な外出は控えて、子供は絶対に外に出してはいけないという対策が取られた。
「………」
周りが酷く静かだ。人の声が全く聞こえない。風の音さえ無い。ただ、台所からトントントンと家庭の音が聞こえるだけだ。
「………」
俺は一人部屋で考え込む。
正直、ジュディ達が亡くなってしまった事を悲しんではいない。彼らとは全く面識が無かった為、驚きと他人事のような切なさを感じるだけだ。
ただ、俺が考えるのは”魔物“という存在。その言葉を聞いてまず思い浮かんだのは悪魔さんのことだ。彼はまさに化け物と呼ぶに相応しい風貌をしている。彼の爪は人を引き裂くなど容易いだろうし、彼の歯は雑食のそれで、野菜はもちろん肉だって食えるだろう。例えば、子供とか。
「もし……そうだったら…?」
もし、彼が本当に子ども達を襲ったのなら。俺は一体、どうすれば良いのだろうか。もし、そうであれば、彼の存在を告発すべきだろう。討伐隊とやらに頼んで悪魔を討伐させるべきだろう。
彼がやったという可能性は無い、なんて、正直言い切れない。年単位の付き合いがあるが、俺は彼について何も知らないのだ。
「だけど…だけど…」
彼を信じてやりたい。何故なら、俺にとって、彼はこの世界で唯一の友達なのだから。
………。
例の討伐隊が到着した。
数はおおよそ10人くらいで、皆”騎士”と表現するのが正しい装いをしている。その殆どがありきたりなサイズの剣を持っているが、中には大剣を担いでいる者や弓矢を持っている者もいた。遠目で見ていても醸し出される彼らの闘気というべきものが、彼らを尋常な者ではないということを指し示していた。
村長は彼らを笑顔で迎え入れ言う。
「討伐隊の皆さま、ようこそおいでくださいました。ささっ、立ち話をするのもなんですし、私の家へ案内いたします」
「いや、話を聞き次第すぐに行動するから、ここでいい」
リーダーらしき男が村長の誘いを断る。村長も特に粘る様子は無く、では、と今判明していることや報酬のことなどをリーダー格の男と話し合い始めた。
その間、他の隊員は話し合いに耳を傾けたり辺りを見回したり近くの人に話しかけたりして暇を潰していた。そんな風になんとも気が抜ける態度をしているので、彼らはおそらくガチガチの軍隊というわけではないのだろう。
彼らに任せて正解だったのだろうか。
村長の選択の正しさを怪しんでいると、彼ら討伐隊の様子が少しおかしいことに気づく。
あれ、なんだろう。さっきより数が少ないような……?
「わっ!!」
「わ゛!?」
突如背後から大声を出される。そのせいで少女が出してはいけないような声を出してしまった。
俺を脅かした者の正体を突き止めるために振り返ってみてみると、そこには先ほど討伐隊にいた弓使いの女がいた。
「あははは!! びっくりした? 体ビクゥ!ってなってたよ?」
「……誰ですかあなたは。ここ私有地ですよ?」
俺は討伐隊の様子を自分の庭から覗いていたので、必然的にその背後から脅かしてきた彼女は勝手に私有地に足を踏み入れていることになる。と言っても、この村にあるのは暗黙の了解ぐらいでそれらしい法律は無いのだが。故に、この不法侵入者を裁くことは出来ない。それを分かっているのか、彼女は特に動じた様子は無く話を続けた。
「え、すっご、その年で敬語使えるんだ? 賢いねぇ~」
「………なんのようですか?」
「特にないよ? 強いて言うなら物陰からこっそりこちらを覗いてる小動物を見かけてね? 気になっちゃったんだよねぇ」
「…脅かす必要ありました?」
「ないよ?」
「……」
「はは、怒った顔もかわいいね」
村長は本当にこんな奴が所属している討伐隊とやらに頼って正解だったのだろうか。村長の選択を疑わずにはいられない。
「あなた、本当に戦ってくれます?」
「そりゃ戦うよ、仕事だし。もしかして疑ってる?」
「ええ」
「えーひどいなぁー」
わざとらしく悲しむ彼女を無視しておく。この短い付き合いの中で、彼女は関わると時間を無駄にさせてくるタイプの人間だとわかった。しかし、要所要所の立ち振る舞いに素人でもわかる確かな”武”が含まれているようにも感じたため、頼りないとは思えなかった。まず間違いなく、彼女はこの村にいるどの人よりも強い実力者だ。
そのレベルの人が10人もいる討伐隊はエリートの集いと言えるだろう。やっぱり、村長の選択は間違いではなかったのかも知れない。
この一瞬で評価が二転三転している。俺に人を見る目は無いようだ。
「その、聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
「ん? いいよ。どんどん聞いちゃって」
「魔物って、なんなんですか?」
質問を聞くと、彼女は顎に手を当てて「うーん」と唸り声を出した。
俺は父親から魔物は人を食らう怪物だと聞いている。しかし、それがどんな姿をしているのかや知性はあるのかと言った細かい特徴を知らない。もしかしたら、魔物とは悪魔さんのようなもののことを言うかもしれないのだ。
そんな不安を抱えながら、俺は彼女を見つめて返答を待った。
「……そうだねぇ。魔物とは何かを聞かれても、正直よくわからないとしか言いようがないんだよねぇ。いろいろな種類がいて、ものすごく強い。そうとしか言えないかな」
「種類って、例えばどんな?」
「ん~スライムとか? そいつは超高圧の水鉄砲を撃ってきてねぇ。硬度強化の
「……大変ですね」
「そう、大変なの! しかも夏の時期にはめっちゃ出てくるし! マジ大変!! いくらお金になるとは言え、毎回誰かがケガするような依頼こなしてたら身が持たないよ。………まぁやるんだけどね。
ああ、それと、多分この辺りにいる魔物はウィンドウルフとかだと思う。さっきからウチらの隊長と爺さんの話し合いを聞いてるけど、爺さんが言った特徴的にウィンドウルフで間違いないと思う。こいつも結構厄介でね、風を読んでこちらの動きを先読みしてくるの。腕を振った時に出来る空気の動きとかをね。しかも空気を押し固めて空気の床を作って空中機動をしたり、風の斬撃を出して攻撃してきたり。メンドクサイ魔物だよ」
そう言うと、彼女は深く溜息を吐いた。
彼女の言葉を聞く限り、魔物というのはとても厄介なもので、一筋縄ではいかない相手のようだ。このことはとても衝撃的だが、俺が聞きたいのはそういうことではない。俺が知りたいのは、悪魔さんが魔物かどうかだ。
「その、腕が4本あって、背中に大きな翼が生えた魔物とか、居たりしますか?」
「なんか、やけに具体的だね?……うーん、少なくとも、ウチの記憶には無いかなぁ」
「…そうですか。よかった」
彼女のその言葉で、少しだけだが、悪魔さんが魔物でない可能性が芽生えてきた。彼がもし魔物でなかったらなかったらでそれはそれで謎が残るのだが。
俺が僅かながら安堵を覚えていると、どうやら村長と隊長の話し合いが終わったらしく、隊長から声がかかってきた。
「おい!! メルシィ! そろそろ行くぞ!! 戻ってこい!!!」
彼の声にメルシィと呼ばれた目の前の女性は一瞬めんどくさそうな顔をし、すぐに切り替えた。
「はーい隊長!!…じゃ、またね。あ、そうだ。君、名前は?」
「イビル」
「ん、イビルちゃんね。ウチはさっき聞いたと思うけどメルシィね! またね!」
「うん、また」
メルシィが駆けていく。俺はその姿を後ろから眺めながら、彼らの無事を祈った。
………。
深い森の奥底に一つの巨体がいた。それは暇を持て余しているのか己の背丈ほどはある大きな翼をゆらゆらと揺らし、空を見上げながら闇に溶け込んでいた。日が傾き、空が橙色に染まってもなおその場から動こうとしないその姿は、獲物を待つハンターのようにも、母親を待つ子供のようにも見えた。
『■■■■■■■』
それは物寂し気に呟いたあと、ひたすらに己の手にこびり付いた血液を舐めとっていた。