ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい   作:ポンデーニュ

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後編も五月中に投稿する予定でしたが、どうやらあと一日しか五月というものは残っていないみたいです。

まずいです。


第10話「スキマ妖怪は幻想の夢を見るか? 中編」

月が顔を覗かせてからもう何時間も経った。

兵士から国の具体的な場所を聞き出した私は、無事に国内へと入り込むことに成功した。

 

これは中々に大きい様子だ。小さな町や村が点々として、そうして流れている。

うん?流れるってなにさって?そりゃあ飛んでるんだもん、町の一つや二つ、流れる様に見えるよ。

 

こんなに広い場所から小さな子供一人を見つけ出すだなんて、どひゃーだのうひーだの色々言いたくなる所だけど、恐らく中心部、都と言っていいのか分からないけれど、神のいるそこにメグはいるはずだ。

 

それにしても、神様ってやつが統治する国にまともに入ったのはこれが初めてだ。

処女飛行ってやつ?多分違うかな。

 

基本的には今の時代、どんな国も神が統治している。

あるいは神の言葉を借りた聖職者だったり、王族だったり……そんな所だろう。

 

そういえばどこか遠くの大陸が大洪水でとんでもない事になったって聞いたっけ。

きっとあれだ、なんちゃらの方舟ってやつ。

 

##########

 

都は直ぐにわかった。

他の町では見られないようなちょっとした壁で囲まれていて、上から見下ろすと網の目のように道が発展している。

 

街全体の様子は永琳の国のように神々しく光り輝いてはいない。技術力の違いが甚だしいようだ、恐らくは松明や灯篭の光だろう。

科学ではない、自然を感じる明るさが、暗闇に滲み出るように時折暖色の筋を覗かせているのだ。

 

現代における夜景とは違って、薄暗さが残る中に転々と湧き出る光が本当に印象的だった。

まるで小さな花火だ。

 

だけども一番気になるのは山だ。

壁で囲まれた都の北部、そこに山がある。夜の暗闇に紛れ、なんだか佇まいだけでも威圧感を感じてしまう、そんな山。

それほど大きくない、むしろ小さい方だ。

 

その山から、嫌な空気が流れているんだ。

 

「……間違いない、あそこに、神がいる」

 

 

良き兎道を歩んでいれば、自ずと人参は美味くなる。食べる側の問題で、人参は変化し得るのだ。

 

てな話を子兎達に講釈してやることがあるんだけど、やっぱり美味い人参は誰が食べても美味いさ。これ本当ね。

 

時刻は深夜もいい所。

人の気配はあまりない、皆家で寝ているのだろう。

兵士なんかが巡回していたら面倒だ、できるだけ家の背に隠れて歩こう。

 

さぁて、匂いを伝って愛すべき野菜達を取り返すとしよう。

私の嗅覚を侮ってはいけない、美味しい人参に不味い人参、採れたて人参にそうでない人参、細かい所まで判断がつくのだ。

 

うんうん、やっぱりこの都にある。

兎が作り出した兎好みの人参は、間違いなくこの近くだ。瑞々しくて、仄かに発せられる甘い香りが象徴的だ。

 

しかし、これは中々に大きな''気''だ。

ひしひしと伝わるこの空気、間違いない、ここの神様は相当力がある様子。

 

「……あちゃ~こりゃあ面倒だ」

 

オマケにその気は、どうやら人参の香りと同じ場所から流れてくる。

どうも神様は近くに人参を置いているらしい。

兎の神様だったりするのかね?それとも人参の神様?

だとしたら仲良くなれるのかもしれない……なわけないか。

 

面倒面倒、嫌な香り。

私は神様の近くまで行かねばならないということだ。

 

「本当、変なことに首突っ込んじゃったみたい。

これに懲りて当分はご隠居兎になろうか」

 

気分は憂鬱、見てくれは間者。

夜の風がそんな感情を増長させる。

 

仕方あるまい。

腹を空かせた兎達の為に、私は人参を取り戻さないといけないのだ。

 

一匹のいたいけ兎の隠密作戦うさ。

 

 

 

「そこの君、こんな夜遅くに一人じゃ危ないぞ。お父さんとお母さんは?」

 

おっと、真後ろから声がかかる。

あらら、なんだか見つかったみたい。

 

「ご心配どうも、だけど私は大丈夫」

 

私の見た目はそこらのガキと変わらないものだからね、実際は経験豊富だけれど子供扱いされるのも仕方ない。

 

振り向く。

松明を持った男だ。顔中が古傷だらけ、布の服だって薄汚れている。

 

「む、その耳……お前人間じゃないな?」

 

ここの兵士か何かだろうか。彼は私の頭から突き出るかわいい耳を確認したようだ。

 

化け兎と分かれば退治してくるやもしれない、ここは逃げるが勝ちうさ。

 

「……なら、心配はないな」

 

私がそんな逃げの態勢を作ろうとしていると、男は背を向けて歩き出してしまった。

 

ありゃ?普通に見逃すのか?

 

「なんだい?兵隊さんじゃないのかい?」

 

「俺はただの浮浪者さ。戦争から逃げてきた孤独者だ」

 

「この国の人でもないのね、にしても私のようなのを見慣れてるようだけど、戦争ってのはそんなにも厄介なのかい?」

 

男は立ち止まった。

彼は背を向けたまま話を続ける。

 

「神々の戦争だよ。うちの国は巻き込まれたんだ」

 

「そりゃあ難儀うさ」

 

「あれは……あれは、''軍神''だね。戦を極めた神だ。大陸の一つや二つ、征してしまうのかもしれないな」

 

「そりゃあ難儀うさ」

 

男はゆらりゆらりと歩いていった。松明の光だけが小さく遠ざかる。

 

しかし本当に難儀うさ。

これ以上厄介事が増えるだなんて、竹林のお引越しも考えないといけないのかもしれない。

 

兎にも角にも、人参の回収を急ごう。

 

少し開けた道に出る。

先程から気になっていた、端っこの山の全体が視認できた。

 

きっとあれだ。

見るからに変な空気だ。

 

……間違いない、あそこに、人参はある。

 

 

――間違いない、ここにメグはいる。そして神もいる。

 

じりじりと、肌がピリつくような感覚をルーミアはおぼえた。

''あの時''を思い出していた。

 

見上げる、月明かりで少しばかり照らされた灰の雲が、夜空の星に紛れている。

 

山の麓までは辿り着いた。

そして目に入るのは、長い長い石の階段。その先に、暗がりの中にひっそりと突っ立った、真っ赤な鳥居があるのが見えた。

 

「ん?」

 

雫が彼女の頭に降った。

そして直ぐにまた、別の雫が降った。

 

否、雫ではなかった。

雨だった。

 

いつの間にか灰の雲達は空模様を一変させ、月明かりはよりぼやけていった。

 

雨が、降る。

二、三滴の雫はたちまち大雨になった。

山が水で濡れ、草木が湿った匂いを醸し出す。その匂いがどこか、彼女に緊張感を与えた。

 

辺りが光ったと思えば、今度はゴロゴロと音を伴った。

雲は雷雲へと変化したようだった。

 

「雨……久しぶりね」

 

大雨の音で、その声はほとんどかき消された。

金の髪が濡れていく。

 

何か大きな事が起こりそうな予感だと、ルーミアは他人事のように考えた。

 

 

 

「何奴!?」

 

「ん?」

 

どうやらいつの間にか、彼女はたくさんの兵士に見つかっていたようだった。

それはすごい数だった。

国の神がいる山を守護する、何百もの兵士だった。

 

兵士たちはルーミアを円になって取り囲む。

これみよがしに原始的な槍が彼女に向けられた。

 

少しずつ、じわりじわりとその円は狭まっていく。

 

無視して飛び立ってもいいが、神との戦闘中に邪魔をされては困る。

彼女はどうしたものかと思案した。

 

その時だった。

 

「ルーミア!!」

 

「え?」

 

彼女と兵士たちとの間の空間が歪む、そして硝子細工が割れたようにそれは裂け目を作り出し、不気味な目玉が無数に覗いた。

 

「あ、ゆかりん!」

 

紫は姿を現すや否や、兵士達の槍を空間をねじ曲げることで破壊していく。

 

今度は人間たちの動揺が、円になって広がっていった。

 

「ふふ、危ない所だったわねっ!ルーミア、貴女とは色々と話したいことが…「助かったゆかりん!あとはよろしく!」

 

ルーミアはグーサインを掲げて飛び去った。

 

「は?ちょ、ちょっと、待ちなさい!貴女一人じゃ勝てるわけないじゃな……って、人が話してる時に槍投げてくるんじゃないわよ!!もうっ!!」

 

##########

 

階段の上を飛んでいく。

そして、そのまま速度を落とすことなく、塗装が所々剥がれ落ちた赤い鳥居をくぐり抜け、ルーミアは山の上へと降り立った。

 

意外にも上の様子は閑散としていた。

もっと何か、大きな屋敷があるだとか、大庭園が広がっているだとかを予想していただけに、拍子抜けだった。

 

見たところそこまで大きくない社殿やいくつかの小さな建物や倉庫。

一瞥するだけでも分かる、どこにでもあるような普通の神社だ。

 

それが雨に紛れて、ただ存在しているばかり。

ざあざあと振り続ける音だけがルーミアの耳に入っていく。

 

しかし、彼女は感じ取った。

何かがずっと、私のことを見ている、と。

 

「姿を現しなよ。私、雨はそこそこ好きだけど、じろじろ見られるのは好きじゃないのよ」

 

彼女の一声で空気が一変した。

 

未だに雨はその現象を中断せず、継続して水の粒を振り散らかしている。しかしその一粒一粒が震えるように……それはまるで気圧が変化したように、神社を包み込む何かが変わった。

 

ルーミアは空を見上げた。

雨粒が顔に当たって、その度に水が筋を描いて落ちていく。

 

「……来る」

 

 

 

「禍々しい存在よ」

 

声が響いた。

男の、声帯が干からびて久しい音程だった。

 

「今、ここで消え去るが良い!」

 

途端、ルーミアの体は宙に浮いた。

そして締め付けられるような圧迫感に、彼女は身動きが取れなくなった。

 

「あはは、神様ってのはこういうのが好きだね」

 

そうしてルーミアの前に現れたのは、白髪の老人だった。決して屈強なわけでも、姿形が人とかけ離れているわけではない、老人だった。

 

普通の老人と違うのは、それが宙に浮いているということ。そしてどんな人間でも感じ取れるくらいの、神力を伴った威圧感があるということ。

 

「うわぁ、これまた神のステレオタイプみたいなのが来たな。

でも……ふふふ、姿が見えるってのは、やりやすい」

 

「貴様、ここが我が聖なる地だと知って踏み入ったのか、得体の知れない愚者め」

 

「聖なる地?こんなボロっちい場所が?」

 

彼女の言葉に、老人は……神は、表情を変えることなく右手を動かした。ちょうど演奏団の指揮者のような、小さな動作だ。それが攻撃の動作だと理解するのにすら時間がかかる程の小さな動きだった。

神の手から、神々しく輝く光の球が作り出される。円盤状の、人の顔と同じくらいの大きさだった。

そしてそれが放たれた瞬間に、ルーミアは吹っ飛んだ。

体がバラバラになるくらいの破壊力だった。

 

 

 

「ほらほら、す~ぐに私を殺そうとする」

 

「何故!?」

 

ルーミアは確かにそこに居た。

確実に抹殺したはずの奇妙な一つの存在が、再びそこに現れたのに、神は動揺した。それと同時に腑に落ちる感覚を得た。

 

「目の前が取って食べれる神様?」

 

少女はこてんと首を傾げた。

そうしたルーミアの一声一声が、神の本能を刺激する。

この少女を見た時に、存在を感じ認識した時に湧いて出た考え。''この者を確実に仕留めなければならない''という危険信号に近しい考えに、神は納得したのだ。

これは、恐ろしい存在だと。

 

 

雨はそこまで嫌いじゃないけれど、こと今日この日に関して言えば、なんだか不吉なように思えて嫌になりそうだ。

私が歩く場所、私が居る場所は晴れていないといけないのだから。うさうさ通りは快晴であるべきなのだ。

 

「ん?」

 

人参のある山が眼前に迫る。

何かこう、人智を超えた存在のように見える。

 

兵士にバレるのは面倒だと建物の合間を縫ってここまで来たのは良かったが、何やら先客がいるらしい。

 

沢山の兵士が何かと戦っているのだ。

山の石階段のちょうど正面あたり、戦場はそこだ。

 

元々、堂々と真ん中から侵入できるとは思ってもいなかったから、私以外の何かに注意が向いているのは幸運なことだ。

横道にそれて、整備されていない山の道を登ろう。獣道は兎の得意分野だ。

 

それにしてもすごい戦闘だ。

ありゃ何百人もの兵士だろうに、そいつらが次々と飛んでいくんだ。何か大きな力を受けて宙を舞い、遠くの地面まで吹っ飛んでいるんだ。

一体何がどうなっている、人に翼が生えたのだ。

 

横目でそうした異常な光景を観戦しつつ、こっそりと私は山へと近づく。

山の周りの道は開けていて見通しが良いが、人間共は飛ぶのに夢中な様子だ。

私のような子兎さんならどうにか山へと入れそう。

 

「……あ」

 

それはこの大雨の中、兵士に紛れている中でもはっきりと分かった。

 

金髪の少女だった。その華奢な体からは考えられない、自分よりもずっとずっと大きな男共を片手でねじ伏せたり、もしくはぶん投げたり……これがあの飛ぶ兵士の真相か。

それだけじゃない、空間が歪んで、その瞬間兵士の体が真っ二つになるんだ。

最初は目に雨水が入って視界がぼやけたのかと思った。だけど違う、雨の水に血の色が滲んで、地面を濡らしていったんだから。

 

というかこいつ、さっきの奴じゃないか!!

あのブツブツ言ってた変な奴!!私の事を兎肉にしようと睨んできた、恐らく関わっちゃいけない奴!!

 

「は、早く行かなきゃ!」

 

私は逃げるように山へと走った。

どれだけ雨に濡れようが関係ない、きっとあれは、幸運なんかじゃ片付けられないシロモノなのだ。

出会ってはいけないもの、触れてはならないもの、そういった類の物に対しての唯一有効な解決策は一つ、逃げること。

 

幸いなことに戦闘は激しさを増しているようで……というよりは一方的な虐殺だろうか?

とにかく私は注意を向けられずに山の中へと入り込めた。

 

ここまで来ればもう安心のはず、あとは木や草が私の体を覆い隠してくれる。

 

こんなことなら今年の人参祭りは我慢するべきだった。

……ああ、さっさと人参を回収して帰ってしまおう。今日は厄日だ。

 

 

雨はより激しさを増していく。

雷鳴が時折周囲をモノクロにさせる。

もう私はびしょ濡れだ。

 

「お仕置きの前に聞きたいことがあるんだよ。生贄に攫った子供はどこ?」

 

「……貴様、名前は?」

 

老人の姿をした神が問う。

 

「質問に質問で返すんじゃないよ、私はただのルーミアだよ」

 

「ルーミア……?

おぞましい名だ、見れば見るほどおぞましい」

 

「おぞましいって……可愛いでしょうが。あんたの名前は?……って、ちょっと!」

 

私が話終わるのを待たずに、神はまた同じように攻撃を仕掛けてきた。

雨水にその球の光が反射する間もなく、それは私へと向かってくる。

 

「っと」

 

ひょいと避ける。

へへへ、私の瞬発力を舐めるんじゃないよ。

夜は普段見えないモノも見えてくるんだから。

 

「へーんだっ!もう食らってやんないんだから!」

 

元々私が居た場所が奴の攻撃によって大きく抉れ、そうして何やら大きな破壊音が発生する……はずだった。

なのに何の音も振動も発生しない。

 

「ん~?」

 

途端、真上から件の球が私目掛けて突っ込んできた。

 

「うわぁ!」

 

目と鼻の先だった。後ちょっとで顔がぐしゃぐしゃになっていたかもしれない。

 

どうやら追尾弾らしい。

 

「面白い芸当ね……お?」

 

体がまたもや宙に浮く。

そして二度、圧迫感。あの動けない感覚だ。

神って種族はどうも、人を縛り付ける趣味でもあるのだろう。

 

「ふん、この地で消し飛ぶが良い、悪の化身よ!」

 

今度は光の球ではなかった。

どこから現れたか、光輝く鎖がぐるぐると体に巻き付けられていく。

足から腰、腰から胴、そして肩口の辺りまで。

 

ぐぐぐ、結構絞められるなぁ。

 

「うひー酷い趣味」

 

少し力を込める。

鎖はそう簡単には壊れてはくれなさそうだった。

 

「この美しい大地から、一刻も早く消え去るのだ!」

 

いかにも神らしいセリフだ。

 

空は雨雲で覆われ、月すらその光を失っている。

しかし、私の頭上だけは違った。

そこだけは雲が晴れていた。そして夜にも関わらず、光が差し込んできたのだ。

 

さらにその光は私の元へ振り注ごうと、神々しいカーテンを延ばしている。

 

「おっと、こりゃまずそうだ」

 

思い切り力を込める。

やはりこの鎖は神力で構成されている。

 

物理的には破壊出来そうもないが、こういう精神的な類のものは得意分野だ。

 

「うぐぐぐ」

 

暗闇、夜……そういった概念が覆う世界。

 

真っ暗な世界を想えば想う程、力が増していく。より世界が綺麗に見えてくる。

 

ああ、良い。この体の中心部から、芯から暖まる感じ、どこかぼーっとしてしまいそうな、まどろみのような感じ。

 

「っよっと!」

 

ありったけの力を込める。

鎖は霧散するように姿を消した。

 

「な……一体、貴様はなんなのだ!?」

 

「だから、言ってるでしょ。

私はルーミア、闇を操る程度の妖怪だよ」

 

メグのことを聞くつもりだったが、もういい。

先にお仕置きしてしまおう。

 

''あの時''のように、私は闇を作り出した。

辺りが暗く、ただでさえ光のないこの雨足の強い神社が闇に覆われていく。

 

真っ暗真っ暗……ぐんぐんと飲み込まれていく。

 

「これは、これは一体なんなのだ!?」

 

「お仕置き~」

 

雨すら届かない。

雷の光すらもう存在しない。

 

覆われたのは神社だけじゃない、この一帯全体が闇へと覆われていくのだ。

 

ふふふ、居心地が良い。

周りが暗く更新されていく程、心地良さは増していく。

 

やっぱり暗闇は落ち着く、寒い日のお布団と一緒だ。

 

老人は何やらまだ懲りていない様子で、球を放ったり、神力に物を言わせてまた私の体を縛りつけようとしてくる。

 

「子供を攫うわる~い神様は~?」

 

だけどもこの闇の前じゃあ、どんなものだって吸い込まれるのさ。球も何もかも、老人が策を練って作り出したものは吸い込まれて行った。

 

「十字架に縛られるのかー」

 

「何を、何をーっ!!」

 

そこにはもはや神なんて存在しない。

ただの老人、おじいさんだ。

先程までの威厳も何もない。ようやく自分が狩られる側だと気づいたみたいだ。

 

暗闇が彼の体にまとわりつく。

そして少しずつ、闇の中へと吸い込んでいく。

 

「私……私は、神だぞぉぉ!

世を治める、神だぞ!!」

 

「ふふふ、ざまあみろーっ!」

 

やがて声すら聞こえなくなり、神の姿は完全に消えた。

 

「ふひひ……」

 

ああ~スッキリした。

神様とかっていう気取った奴らを倒すのが一番爽快なのだ。

……まぁ、これには私の神嫌いが一番の要因ではあるんだろうけどね。色々あったものだからさ。

 

 

 

もう音もなにもない。

そして雨の音すらなかった。

 

いつの間にか晴れていたようだ。

 

「……呆気なかったな」

 

広がった闇はじわじわと空間に溶けだしていく。

そして、先程までの古びた神社の光景が戻った。

 

さっきまでのが嘘のように、なんだかのどかな空気だ。

 

夜虫の音と風の音。

そして雨で湿った空気だけが残った。

 

「ああっ、メグ探さないと」

 

雨雲は消え、月明かりが戻っていた。

しかし空は青さを増している。

 

もうじき夜明けだろう。

 

 

 

「あ、あんた!一体何を!?」

 

「え?」

 

風で木造であろう倉庫が揺れ、鳥居の傍に控えていた白い花が揺れた時だった。

真後ろから声がかかったのだ。

 

雨上がりの夜明け前、その声は神社によく響いた。

 

 

 

紅白姿の少女がいた。

長い髪をするりと延ばし、頭には赤いリボンのようなもの。そしてまさしく大和撫子を体現したような綺麗な顔立ちだ。

 

「神力が……消えている?

まさか、あんた、うちの神様を消し去ったっていうの!?」

 

「……えっと、ここの巫女さん?」

 

彼女が近づく。

そして手持ちの部分が木製のお祓い棒を取り出し、私にそれを向けて言い放った。

 

「どこのどいつだか知らないけど、よくもやってくれたわね!うちの博麗様を消し去るだなんて、退治してやるんだからっ!!」

 

「……え、博麗?」

 

 

まずいまずいまずいまずい!!

まずいものを見てしまった!!

本当にあれはマズイモノだ!!

 

必死に山を駆ける。

雨で濡れた草をかき分け、無我夢中で山を下る。

濡れた地面に転びそうになる、足はもう泥水でべちゃべちゃ。

 

今すぐにここから遠くへ逃げないと!

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

自分の息遣いすら不安を増す要因にしかならない。息苦しさが口の中を惑わす。

 

青藍色の空が暗い野山の合間をつたい、山の色合いが変わる。

この時ばかりは、私は兎ではなく、そこらの小石であれば良いのにと願った。

 

 

 

人参は回収できた。

何やら山の上でも戦闘が行われている様子だった。私は見つかることなく、そして特に一悶着も起こすことなく、人参のある倉庫へと辿り着けた。

やはり私は幸運兎うさ、私の前ではどんなものでも幸あるモノうさ……だなんてこの時は思っていた。なんて、お気楽兎なのだろう。

 

持ってきた風呂敷に人参を詰め込む。

一本だけ我慢できなくて、シャキッとかじりつきながら、外から聞こえる雨音やよく分からない奇妙な音を背景に詰め込んでいたんだ。

 

時折小さな子供の泣き声が聞こえたけど、今はそれどころでない。とっとと竹林に人参を持ち帰らないといけないのだ。

 

全てを回収、山盛りになった風呂敷を背負って倉庫から出ると、全くもって理解の出来ない、本当に異様な光景が広がっていたんだ。

 

それは闇だった。

吸い込まれそうになる程の、完全な闇だった。

 

辺りは全てが真っ暗、私は夜目が利くはずだけど、少し遠くはもう何も見えなかった。

 

そしてその闇が、何かを包んでいた。

 

最初はそれが何か分からなかった。

人型の何かが、もやに包まれているとしか分からなかった。

 

しかし気づいた。それからはあの、''気''が発せられている。神やとてつもない力を持った大妖怪だけが持つ、''気''だ。

 

それは神様だった。その神様が、何やら必死に悶え苦しみ、常識では考えられない、言葉にできない何かに包まれていたのだ。

 

訳が分からなかった。神様が苦しむだなんて、本当に訳が分からなかった。

 

そのもやを見ていると、全身の毛が逆立ち、ぞくぞくしたものが背中から這い寄ってくるようだった。見たくないはず、見てはいけないはずなのに、私は目を離すことが出来ず、動けないでいた。私は、金縛りにあったように、彫刻だったのだ。

 

やがて、神は消えた。あの神の気も、もう何も残っていない。

残ったのは、小さな少女。

見慣れない服装をした、金髪の小さな少女。本当にいたいけで、人畜無害に思える少女だ。

 

それが笑っていた。

それが神という存在を消し去っていた。

 

その時私の体の内から、電流が流れた。

 

アレは、本当に見てはいけないものだ、と。

本当に関わってはいけないものだ、と。

 

初めて心の底から死を感じた。

いや、死よりも恐ろしい、存在そのものが消え去る感覚だ。

 

私の体はようやく動いた。

私は彫刻をぶち壊した。

私は走った。

 

何も考えられずに走った。

 

幸運も何もこの世にはないのではないか、と。

幸で片付けられない片鱗を見たのだ。

 

「はぁっはぁっ……も、もぅっ、こんなの懲り懲りうさっ」

 

夜が明けようとしている。

しかし、夜が明ける前に、私は死んでしまうかもしれない。

あの月が消え、太陽が昇ったら、私は死んでしまうのかもしれない。

 

そんな考えがぐるぐると循環しながら、私はひたすら走り続けた。何度か転んで、足だって擦りむいた。でもそんな些細なことはどうだって良かった。

 

 

 

気づいた時には竹林に戻っていた。

見慣れた光景、見慣れた兎達。

 

どうやって戻ってきたのか記憶がない。

ただあるのは、あの時見てしまった''神殺し''の現場だけ。

 

神を殺すことが出来るのは、神だけのはずだ。

 

ならばあの少女は神なのか?

 

否、私にはアレは、神以上の何かに思えた。

第六感か私の能力か、何かは分からないが、それは私に全力でアレの危険性を伝えようとしてくる。

 

神より上の存在がいるならば、それはきっと厄災だろう。幸運とは正反対、全てを無に帰す厄災だ。

 

 

 

その日は眠ることが出来なかった。目を閉じる度に、あの暗闇が私を襲おうとするのだ。

 

願わくば、二度とアレと出会うことがないようにと、そう祈ることしか出来ない。

 

世界を知った気でいた。 そこらの生き物より長生きしてるから、私は世界に対して博識顔でいた。それが愚かだったとようやく気づいた。

 

あの神が消え去り、そうして残った金の髪をした少女。その厄災そのものがほくそ笑む姿だけが、脳にこびりついて離れてくれない。

 

 

 

私はもう金輪際、変な事には関わらないと決意した。

 

 

「むぅ?」

 

七色どころでない、何十色にも及ぶ明かりが大小様々なモニターから滲み出るこの部屋で、兎が声を上げた。

 

「どうしたんだい?」

 

隣に座る兎もまた、パイプ椅子をぎしっと鳴らして声を出す。

最初に声を出した方はこの音が嫌いであったが、今はそれを指摘するよりも大事なことがあった。

 

「春桑十三地区だよ、ほら見て」

 

兎の示したモニターは、何やらただ事では無い色合いを放っている。ぴかぴかと点滅するそれに、二匹は目を丸くする。

 

「んん?何これ?真っ暗闇に覆われてるみたいだし、それに……」

 

兎達は、玉兎達であった。

 

ここは月。

月における地球観測施設の、その一角である。

 

「うわぁ、浄波形が凄いことになってる。こんなの見た事ないよ、一帯全体が観測できない程の闇だなんて…」

 

「ん~どっかで見たことあるんだよなぁ」

 

ゴソゴソと、乱雑に放置された分厚いマニュアルを手に取り読み始める玉兎。

そうでないもう一方は、モニターに釘付けだった。

 

「参ったな~ボスももう帰っちゃったし、私達だけじゃ対処のしようがないよ」

 

連続就業時間は、もう百を超えていた。

二匹とも、目のクマが元からそうであったかのように思えるくらい馴染んでいる。

 

「う、う~ん」

 

辞書のようなマニュアルをペラペラと捲って、それとなく読んでは、唸り声を上げ、少しページを捲って目を動かしては、やはり唸り声をあげた。

 

そうして活字を追っていた後、彼女はようやく目的の箇所を見つけ出した。

 

「う~ん……うん?……うん!やっぱりそうだよ、これ、永夜の大異変と同じ波形だ」

 

「永夜って、あの大昔の?」

 

「うん、ほら!」

 

兎が兎にマニュアルを見せる。

ぴょこっと、本の背から白い耳が四本はみ出た。

 

「ほんとだ……カミが封じ込められたとかっていうやつ?」

 

「えっと、ってことは、またカミが封じ込められたの?」

 

「んんん、よくわかんないや」

 

二匹とも腕を組んだ。

何かを計測する電子音だけが部屋に木霊した。

 

「……こ、これ…ボスに報告するどころの話じゃないんじゃ……」

 

一匹が閉じていた口を開き、もう一匹が忙しなくマニュアルを読み漁った。

 

「えっとえーっと……」

 

兎達の血の気が引いていく。

 

「あ、ああっ本当だ、当局まで、連絡、って、書いて……る……」

 

二匹は顔を見合わせた。

 

「ぎゃああああ!!!もう無理ぃぃぃぃ!!!

これ以上仕事増やされたら死んじゃう、溶けちゃうっっっ!!」

 

パニックになった。

 

「おおおお、おちちおちちつおちついて!」

 

もう一方は呂律が回らなくなった。

 

「無理無理!!モー無理!!

絶対まずいって!もうマジヤバオオゴトだよ!!

きっと私達二度と帰れなくなっちゃうぅぅぅ!!」

 

「ぎゃいああー!?」

 

 

 

兎達の悲鳴が奏でる音楽はしばらくの間鳴り止むことを知らず、数十分が経過した。

 

そして二匹は結論に至った。

 

「……な、無かったことにしよう、うん!」

 

「……そ、そうだね、私達は何も見てない、うん!」

 

二匹は記録を破棄した。

観測したデータは適当に破り捨てられ、そのままゴミ箱に放り込まれる。

 

「よ、よし!」

 

「と、溶けるのはごめんだからね……」

 

ほっと一息、二匹は死線をくぐり抜けた後のような顔つきだった。

 

 

 

――ガチャリ。

 

落ち着いたのもつかの間、突如入口の扉が開かれた。

 

「ひゃっ!ボ、ボス!?

もう帰ったんじゃ!?」

 

二匹はブルブルと震え始める。

 

「そのつもりだったんだけど、緊急で視察が来るみたいでさ、帰ろうにも帰れなくなったんだよ」

 

「そそそそそそうでしたか!」

 

「うん?何かあったのかい?」

 

「「いやいや何も何も!!」」

 

首を大袈裟な程に横に振る二匹。

 

「まぁ、何もないならそれでいいんだけどね。

もうすぐ到着されるそうだ。

……ああ、本当に事前連絡がないんだから困るよ」

 

ボスと呼ばれる兎もまた、酷いクマだった。

 

「いつも通りに、手順通りに頼むぞ。まずは今日あったことの報告をして、その後設備の点検だ。

そうそう、今回はあの八意様もお見えになるとのことだ。くれぐれも粗相のないようにな」

 

「「は、はいぃ!!」」

 

 

 

結局、この地球に起きた奇妙な出来事は一切その情報が上層部へと伝わることもなく、この二匹のみが知るばかりで闇に葬り去られたのであった。

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