ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい   作:ポンデーニュ

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遅くなって申し訳ありません、納得がいかなくて何度も加筆修正を繰り返している内に7/7(ルーミアの日)にも間に合いませんでした。それと自分は後編になると文字数が増えてしまう癖があるみたいです。

今回で二章はちょうど半分くらいが終わった感じです。

次回からが本編です。


第11話「スキマ妖怪は幻想の夢を見るか? 後編」

少女を食べた。

 

百年程度前の話。

きっと私は生まれて十年経ったか否かの頃合いだ。

 

鉄分の多い液体が、喉元へと流れ込む感覚は覚えている。

 

二人の少女だった。

 

当時の私とそう背丈の変わらない、どちらも折節能天気そうに、はにかむように笑うのがそれはそれは甚く目に毒だった。

 

周りに大人や人の集団がいる気配はない。

二人きりで、木々の合間を蛆のように動き回っていた。

 

私はもう何日も人間を食べていなかった。

 

あまりの空腹で、窒息しそうなくらい息が詰まっていた。

 

人以外から効率的に栄養を摂取するのが、まだ私は得意でなかったのだ。

それ故に、二人を見つけて楽に空腹を満たせると喜んだ。

高揚が体全体に伝わると、幾らか窒息の心持ちも晴れるようだった。

 

スキマから身を乗り出し少女の一人に手をかける。

ほとんど無抵抗、いや、抵抗する暇もなかったのだろう。彼女らにとっては突然で唐突すぎたのだから。

 

私はすんなりと心臓を貫いた。

前触れのないその死に、少女は力なく、森の一部のように倒れていく。

 

もうすぐ夏になろうとしていた。

風は髪を揺らし、そしてまた森の木々を揺らした。

 

すぐにもう一人を仕留める筈だったが、如何せんもう我慢の限界だった。

 

首筋にかじりついて久々の肉を噛み締めた。

血生臭さが口の中に広がると、もう止まらなかったのだ。

飲み込みきれない血が頬を伝い、幾らか服を汚し、そうしてしまいには地面を汚していく。

肉を咀嚼するほどに、心臓の鼓動が速まる。その波が身体全体に伝わると、周りの情景もいつも以上に楽しげなものに思えた。

 

ドク、ドク、と、鼓動の度に、私は興奮した。

自分の中の生命力が強さを増していく度に、そしてそれを身をもって体感する度に、私は興奮したのだ。

 

「あ……あ……」

 

もう一人は立ち尽くしていた。

逃げることもせず、嗚咽交じりの声を漏らし、私の食事を小刻みに揺れる眼で捉えて、そうして離すことなく見ていた。

 

きっと恐怖心からだろう。

 

なんて貧弱な種族なのだ。

自分の命を守るために、一刻も早く逃げ出さねばならないこの状況。

それなのに恐怖に負けて動けない。

 

やはり、人間は、本当に、反吐が出る。

こんなに弱いのに、その醜さは底がしれない。

それでいて、不浄そのものが具現したかのような存在が人間なのだ。

 

そんな甚だ意味もない所論を講じながら、恥辱も忘れて肉を噛み締める。

飲み込めば飲み込むほど良いのだ。全て食べ尽くしてしまえば、やがて良くなるに決まっているのだ。

 

肉が体の内へと浸透していくと、まともに思考を巡らせることが出来ないくらい、私は夢心地のように陶酔していった。

 

 

 

「み、ミィちゃんを、は、離せっ!!」

 

その途端、何かが私にぶつかった。

 

それは小さな衝撃だった。

あまりにも小さいから、体の揺れもほとんど起こらない。

 

私はもうそれはそれはじれったく、口内に残っていたものを飲み込んで、今度は肩口の辺りを噛みちぎった。

そうして咀嚼する事で生まれた時間を利用して、ようやく肉塊から目を離した。

 

少女だ。

恐怖に負けて動けない筈の少女だ。

弱くて腹立たしい人間が、私に小さな体をぶつけていた。

 

そして肉の塊を私から取り去ろうとしていた。

一丁前に人間風情が、私の生きるという活動を間接的に邪魔しにかかっていたのだ。

 

「わ、私の……私の、友達を、離せ、ぇ!!」

 

訳が分からない。

それ以上に腹が立つ。

 

最初は私に対して、身を守るために攻撃に転じたのかと思った。

 

しかしこの人間は、一体どうなっているのだ。

逃げる訳でもない、戦う訳でもない。

ただ、その肉塊を私から引き離そうとしているのだ。

 

もう死んでいる、その肉を、だ。

 

私は苛立ちに任せてそいつを振り払った。

大切な食料を奪われたくなかったから、反射も同然だった。

 

「っぐっ、ぅあっ!」

 

そいつは吹っ飛んだ。

小柄なそいつは、面白いくらいに飛んだ。

 

今度こそ逃げると思った。

今ので私が明らかに格上なのが分かっただろう。

 

そうして、攻撃して勝てる見込みがないことが分かれば、そう、残された選択肢は逃げること、ただそれだけのはずだ。

 

「っう……うああああっ!!」

 

読みは外れた。

おかしなことに、そいつはまた猿の一つ覚えのように私に突っ込んできた。

 

これがもしかすると、ある種の狂乱状態というものなのかもしれない。命の危険に怯え、冷静な思考と行動が取れていないのだろうか?と、そんなことすら考えた。

 

「友達を、返せっ!!」

 

「とも、だち?」

 

「は、はなせ!ミィちゃんを、離せ!」

 

もう骨すら露出した、ただ血を垂れ流すだけの肉塊を、やはりそいつは引っ張ろうとした。

 

私は一瞬力が抜けたようだった。

そして行動を理解しようと試みたその一瞬、肉塊を掴む力が僅かながらに緩んだ。

 

その隙にそいつは、私の元から食料を奪い去った。

私の手は、もう何も掴んでいない。

 

重い肉を、必死にそいつは運ぶ。

自分と同程度の重さの肉なのだ。それは至難に見えた。

 

引き摺られた肉から血の跡が続く。

私は瞳だけを動かした。呆然とその跡を目で追った。

 

「あ」

 

食事が遠くへ逃げようとしている。

大切な養分が逃げ去ろうとしている。

 

一際強い風が吹き、近くの木から葉が揺れ落ちた時、私は体の動かし方を思い出した。

それから栄養源を盗まれまいと、隙間の中から尖った枝を放ち、彼女の胴を一直線に貫く。

 

「っ!!」

 

血濡れた枝は貫通し、どこか遠くで転がった。

その音と少女の声にならない呻きが、固定されたように森の中に響いた。

 

肉塊が二つに増えたのだ。

 

後で追いかけて殺す手間が省けたのだと悟った。

 

「あ……あ……」

 

そいつにはまだ息があるようだった。

 

地に這う虫のように、もう一方の肉塊に擦り寄った。

 

風はやはり吹き続けている。

 

「み、ミィ……ちゃん……」

 

腹が減ったのだ。

 

それを解消する手段に至ろうと、肉に近づいた。

 

「あはは、お花……お花、だよ……」

 

そいつらの先には、桃色に咲く花があった。

 

森なのだ。

人の手が加えられていない、自然が蔓延る森なのだ。

花なんて、珍しくない。

 

「ミィ、ちゃん……お花、あったね……。

これできっと……みんな、喜ぶよ……」

 

もう、動く力もないようだった。

 

「また……友達に、なれる…………よ、ね………ミィ、ちゃん……?」

 

魂を吐き出すように、言葉は吐き出された。

そして、横風で髪が波打つばかりで、ぴくりともそれは動かなくなった。

 

木の合間から陽が差し出し、その木漏れ日が肉塊を照らした。

光が殻を形成するように、それらを覆った。

そしてその筋が、何か私の目玉に入り込もうとして眩しかった。

 

 

 

二人は身を寄せ合うように死んでいる。

 

私は注視し、動けなくなった。

 

変だったのだ。

 

そこには、その二人の間には、境界がないように思えたのだ。

 

人と人、同じ種族とはいえ異なる存在、そこには境界があって然るべきなのだ。

 

それなのに、陽の光に照らされた、その二人の間には……隔てるものがなかった。

 

 

 

説明がつかないことだ。

 

私は特に、そうしたものが嫌いだ。

つまり、説明の出来ない、理由が明確でない事象が嫌いだ。いつかその分からないという事実が、私の背後に忍びより、牙を剥くかもしれないのだ。

それが嫌だから私は、どんなものにも答えを求めようとする、好奇心という便利で軽率な、寝言のようにふっと放たれるものに身を委ねていると、帰するところ楽で良かった。

 

しかしこの眼前にて導出された光景は、説明のつかないものなのに、もうそれそのもので完結しているように思えて、嫌でなかった。

 

美しいなんて、全くもって的はずれな感情を抱いてしまうくらい、綺麗に感じてしまった。

 

それがその時の私が変だったのか、それとも木漏れ日という奇怪な機構が何かをおかしくさせたのかは、今となっては分からない。

 

おかしなことに、二人を食べるという欲求も失せていた。

空腹感は健在だ。まだ少ししか食べていない。

それなのに、私は欲望に忠実に従うことが出来なかった。

 

どうも、この二人の空間を私が壊してしまうのは、何か憚られた。

 

倫理観だとか、そんなものじゃない。

急に人間が愛らしくなっただとか、そんな狂言を言うつもりも毛頭ない。

 

人間は憎い。あの時も、そして今でも、ずっとそれは変わらない。

 

やはり食欲は最高潮に変わりはない。しかしその行為に至る為の欲求は、未だ湧き起こってくれない。

 

食べたいのに、食べたくなかった。

 

 

 

何か特別な間柄だったのだろうか。それが、友達というものなのだろうか。

 

各々の人間同士を結びつける繋がりというものは、種の繁栄の為に役立つという段階からしばしば乖離しているように思える。

今回だって、もしあの少女が直ぐに逃げ出していたら私から逃げ切れた可能性もあっただろう。

それなのにその繋がりとやらのせいで、自分からわざわざ死にに行くような真似をしたのだ。

 

それが、妬ましい。何よりも妬ましいのだ。

私より身体が弱く、頭が悪く、何か特別な力もない、性根の腐った生物のはずなのに、私にないものを持つ人間が妬ましい。

 

自身の命を紡ぐことよりも優先できる何かがある人間が、本当に嫌だ。非合理的で理窟でないから、実に妬ましい。馬鹿で阿呆で白痴だから、極めて妬ましいのだ。

 

だから私は話をすり替えた。

 

全部全部、木漏れ日のせいなんだと。

 

あのあやふやで、木々を通して変化したのかしていないのか、区別のつかない光の粒の集合体こそが、私を惑わしていたのだと。

 

 

 

陽が揺れて、私を惑わそうとする木漏れ日は煩い。何かを主張しているようで、煩い。

 

肌を撫でるような風が吹き荒れるように森を動かすのを無視して、私はその場所を後にした。

 

 

 

いつの間にか、二つの肉塊が二人の少女に変化していたことには、目を背けて。

 

 

「……え、ま、待って!い、今、博麗って言った!?」

 

「覚悟ーっ!!」

 

その時その瞬間、美しい紅と白の花が未だ薄暗さを残す空に咲いた。

 

「うわぁ!」

 

さっきまでの神の攻撃とは違う…これは恐らく霊力だろうか。

力の込められた真っ白な弾、ぼんやりとしたそれが私の体へと直撃コース。

彼女はふわふわとした飛翔を遂げて、それと同時に霊力弾で私の体を滅茶苦茶にしたいようだった。

 

…って、ちょっと待て待て!

この子、さっき、博麗って言いましたぁ!?

言いましたよねぇ!?ハ・ク・レ・イ、博麗ってぇ!?

 

「ちょ、ちょちょっと待って!待ってってぇ!」

 

今度は御札だろうか、触れたらかなり痛そうな御札が四方八方とてつもない速度で飛んでくる。

 

間一髪、まさにグレイズだ。

頬を掠めるか掠めないかの瀬戸際で、私は瞬発力だけを頼りにそれを避けた。

 

しかし……本当に速いな。

さっきの神なんかよりよっぽど速いぞ。

 

そもそも四方八方というのがおかしな話ではないか。

相手は一人なのに、何をどうしたら多方面から飛んでくるというのだ。

 

「このっ!ちょこまかと逃げるなっ!」

 

巫女は鬼のように執拗だった。

悪意に満ちた殺意……ではない。そんな邪悪は感じない。

そこにあるのはただ、言うなれば、どう''退治''してやろうかという正義感だろう。

 

「あんたのせいで、明日から私、自分で料理しないといけないのよぅ!」

 

「えぇーそこぉ!?」

 

…せ、正義感というのは、恐らく食欲に対しての正義感だろう。

胃腸という名のか弱く、対して自分からは行動しない、その上散々物を要求する愚民に対しての、正義感なのだ…多分。

 

ん?何かおかしいな?

 

神が消えてなくなる、故に、自分で料理しないといけない。

 

それはつまり、神に飯作らせてたってこと……?

 

え、巫女が?

 

巫女が、神に?

 

「金髪女、逃げるなっ!」

 

「ぎゃあっ!」

 

かくして紅白色は流れていく。

風と共に、景色の一部となって流れていく。

 

紅白以外の景色が流れているのではないかと錯覚するほどに、その紅白は素早かった。

 

「は、話聞いてよ!ちょ、ちょっとっ!」

 

「博麗様の作るおにぎり、美味しかったのにぃ!」

 

「おにぎりくらい自分で作りなよ!!」

 

う……なんだか体が重い。

巫女の攻撃がぼやけて、まるで残像だ。

 

これじゃあまるで昼の私じゃないか……。

 

……ん?昼?

 

「あっ!」

 

気づいてしまった。

憎たらしい朝日が少しずつ顔を出そうとしているではないか。

 

青白い空に、日の出が情熱的な色合いを滲ませているのを見て、私は思わず眉をひそめた。

 

どおりでなんだか気分が乗らない訳だ。

 

「た、タンマ!ちょっとタンマ!」

 

いや、確かに夜が終わりを迎えようとしているのもこの巫女が自分の目に強く映る原因の一つではあるだろう。

 

しかしそれを加味しても、やはり規格外だ。

明らかに動きがおかしい、人が出せる動きではないのだ。

 

例えるならば、正しくそれは蝶だった。優雅で気品のある動きだったのだ。

しかし蝶ならもっと優しくしてほしいものだ。

 

「大人しくっ退治されなさいっ!このガキンチョっ!!」

 

「ガ、ガキンチョ!?」

 

こいつ、子供扱いしやがってぇ!

こう見えても結構歳いってるんだぞぉ!

 

何億年経とうが見た目が変わらないの、結構気にしてるのに!

 

「ひっ!危ないっ!」

 

のどかなはずだった神社に、熱気が充満する。

いや、本当に物理的な意味で充満しているのだ。あいつの放つ弾、見るからに熱そうで湯気すら出ているのだから。

 

「うぁ…まずい、力が抜けてきた…」

 

毒々しい朝日さんはもう半分ほど顔を出している。

ああ、いつものダメダメルーミアになってしまう。

 

「さぁ、どおだ!」

 

その一声を言い終わるや否や、巫女は大きく宙に舞った。

明け方の青白い空に、先程よりも高く高く、紅白が舞ったのだ。

 

未だ暗がりが残るこの空間、日の光よりも美しい紅白が、確かに空にあった。紫の、アサガオのように清々しい髪が揺られ、そうして赤い袴がコントラストだった。

 

ああ、なんだか綺麗だ……って言ってる場合じゃない!

 

「まずい!」

 

私に狙いを定め、彼女は私の元へ一直線。

どうやら今度は突っ込んでくるらしい。とてつもなく高い所から、ものすごい速度だ。

 

やっぱり人を辞めているに違いない。

そもそも人間が飛べるわけないじゃないか!

非科学的すぎるっ!そんなゲームみたいなフィクションみたいな世界、私は認めないぞ!

 

 

 

ゲームみたいなフィクションみたいな世界でしたね、これ。

 

 

 

飛んで逃げる?

駄目だ、どうせすぐに追いつかれる!

 

反撃する?

駄目だ、間に合わない!

 

あの時みたいにまた夜にしてしまう?

駄目だ、またあれができる保証もないし絶対に間に合わない!

 

「うわぁっ!」

 

どたん!と音がして、私に衝撃が訪れた。

 

ああ、どうやら転んでしまったらしい。私は尻もちをつく格好になっていた。

水で濡れて形が崩れた土に嵌って、そのままどたん!なのだ。

 

ああ、スカートが真っ白でなくてよかった。黒いから目立たなくて割と誤魔化せる。

 

そんなどうでもいい安堵感を覚えていると、ひらひらと、花びらが舞った。

紅白の花びら……ではなく、桃色の花びらだ。

 

服の中に入れていた桃色の花の一部が、今の衝撃で抜け落ちたらしい。

 

んん?何で花?と思ったが、すぐに思い出した。

 

そもそも私がゆかりんと出会った森の中へ行ったのは、煎じて飲むと忽ち元気になるというこの花を見つけるのが目的であった。

色々なことがありすぎて、もうすっかり忘れていた。

 

花弁がひらひらと、私の周りの土に降っていく。この周りだけは、時折土色の付いた桃色の絨毯のようになった。

 

いくらかは風に流されてどこか遠くへ飛ばされて行った。ああ勿体ない。

でもまだまだ沢山ポケットの中に入ってそうだ、いっぱい取ってきてよかったぜ。

 

そんな考えもお構いなしに巫女はぐんぐん近づいてくる。紅白の悪魔が近づいてくるのだ。

 

もうあと数秒で私はばたんきゅーだ。死への秒読み段階待ったナシ!

 

 

 

しかし何か変だな。

私にとっての死ってのは、本来どうって事ないはずなのだ。どうせビクッとしてまた元通りになるのだから。

 

あの感覚は未だに慣れないくらい気持ち悪いけれど、別に痛手でもなんでもない。一体私は、何をさっきから怖がっているんだろう?

 

 

 

「ぎゃあっ!」

 

何か考える程の余裕もなくなってきて、視界に迫る巫女も怖かったものだから、私は目をぎゅっとつぶった。退治の瞬間を待ったのだ。

 

 

 

しかし……。

 

 

 

――どさっ!!

 

……ん?

 

何か音がしたぞ。どさっ、って。

 

どさっ……この音って、基本的には何かが落ちたりする音だよね?私の体が四散する音じゃないよね?

 

体をさすると、五臓六腑、未だに無事なのが確認できた。

よかったね。

 

「一体どうなって……?」

 

パチリと目を開ける。

 

巫女は私の少し前で、うつ伏せになって倒れこんでいるようだった。

うへぇきっと顔中泥だらけに違いない、それも雨上がりのべちゃべちゃした泥だ。

 

「ありゃ?」

 

それにしても一体何があったんだろう。

上空からものすごいスピードで突っ込んできたはずだけど、これじゃあ私へと辿り着く前に墜落したみたいではないか。

 

 

 

「ルーミアっ、全くっ、本当にっ、馬鹿なんだからっ!」

 

「あっ!!」

 

旭光が照らす。

 

私の真横には、どうやら金の髪を携えた女神様が立っているようだった。

 

「ゆかりんっ!!」

 

失敬、女神だなんて縁起が悪いね。

私にとって神は、大概良くないものなんだから。

 

訂正、美しい妖怪さんとしておこう。

 

「本当に身勝手な人ねっ!一人で勝手に突っ走って、こっちの気も知らないでっ!」

 

腰に両手を添えて、彼女は胸を張る。

そうして少し頬を膨らませて、私怒ってますと言わんばかりにこちらを見やっていた。

 

「た、助かったよ、ありがとうゆかりん!」

 

まだ彼女の不機嫌顔は晴れない。

 

しかし、麓の兵士の時からだが、そもそもどうして助けに来てくれたのだろう。

 

「でも、さっきもそうだけど、どうして助けに来てくれたの?」

 

村で変な別れ方をしてしまって、てっきりもう嫌われてしまったかと。

 

「……別に、ただ死なれたら面倒くさいと思っただけよ」

 

プイと顔をそらしてしまった。

機嫌をより損ねてしまったのだろうか。

 

「……その花、まだ持ってたのね」

 

彼女は何かが目に入ったようだった。

 

こちらはと言うと未だに足に力を入れるのすら億劫で、尻もちのままだ。

 

「ルーミア、貴女は変な子よ」

 

太陽光の眩しさで、上手く彼女の表情まで読み取ることが出来ない。

 

私は夜が終わったことによる急激な脱力と、なんだかんだ休み無しに動いていたことによる疲労感が急激に押し寄せている最中で、この時彼女の言わんとしていることを理解できるほど脳味噌を動かすことが出来なかった。

 

そういえばカミと戦ってる時もそうだった。夜にエネルギーを沢山消費している場合、朝になったタイミングでその余波が途端に訪れるらしい。

 

もう頭もぼんやりとしてきて、夕方あたりまでぐーすかぴーの気分だったのだ。

ああ、今にも倒れそう。

 

 

「……あ、この変な紅白にトドメを刺しておかないと」

 

そう言って彼女は突っ伏している巫女に手をかけようと……。

 

「うわあ、ちょっと待って!」

 

「え?」

 

私の突然の大声に、ゆかりんは目を丸くしていた。

 

これには私も、ぼんやりとした微睡み気分を消し去る外なかった。

 

「こ、この人、博麗の巫女さんなんだよ!」

 

「博麗?ふーん……じゃ、首絞めるわね」

 

「わわわ!待って、待ってって!」

 

私の制止も、一切耳に入らない様子。殺意高すぎませんか?

 

「博麗の巫女だよ!殺すのはまずいって!」

 

自分で言った後に、私はその巫女の主である博麗の神様を消し去ってしまったことに気づいた。

 

これ、ひょっとしてまずい?

 

い、いやでも……確か原作でも博麗神社で祀ってる神様ってよく分かってなかったし……。

 

「何よ、だから何だって言うのよ?」

 

「え、えーっと、だから、その……う、う~ん」

 

どうにかして説明したいけれど、なんて言えばいいのだ!

 

貴女は将来この巫女を保護して、結界を守り、人と妖が共存する世界の賢者となります。

そこは世から排除された物事を受け入れる、世界に残された数少ない理想の地となり、やがて楽園となるのです。

 

だからどうか殺さないでください。妖怪の賢者が博麗の巫女を殺すというのは、とても大変本当にまずいことだと思うのです。

 

…だなんて言えばいいのか?

納得するわけないだろう!!

貴女やっぱり変な子ね、で終わりだ!!

 

……待てよ、でも、別にゆかりんが博麗の巫女を殺すことは、そもそも大したことでもないのか?

一人死んだところで、幻想郷ならなんともなく成立するのだろうか?

本来の歴史でも、そんなことになっていたのだろうか?

 

うぅ……考えても分からない。

 

分からないならとりあえず、ここは止めるしかない!

このせいで幻想郷が成立しないなんてことになったら大変だ!

 

「……貴女は、そんなに人間が好きなの?」

 

必死に少ない頭でどうすればいいか考えている内に、ゆかりんが声をかけてきた。

 

「貴女を、この人間は殺そうとしたのよ。そいつすらも貴女は、守りたいというの?」

 

「えっと……」

 

どっちかというと博麗の巫女だから殺さないで欲しいというだけなのだけれど……。

 

私としては、別に人の生き死にはそんなに興味がない。

 

かつて永琳に帽子を返そうとして沢山の兵士に囲まれた時だ。

邪魔な奴らだと考えて、そいつらを全員殺してやろうかと考えた。

 

その時に感じた、異常な程の人に対しての殺意は、快楽物質に似たような高揚感があったし、それにあの食欲にも似たようなものだった。

だから私は、自分から人を殺そうとは考えたくない。そうすることで一線を越えてしまい、何か自分は戻れなくなってしまうのではないかと、怖いのだ。自分の内側に潜むような底知れぬ悪意に、いいようにされたくないのだ。

 

別に大切な人でなければ、ゆかりんが人を殺そうが食べようが関係のないことではある。

 

だけど村と交流があって、村人を食べないでとお願いをし、挙句の果てに自分を殺そうとした巫女ですら殺さないでと言う、本来人を喰い、人を殺める妖怪であるはずの私は、彼女の目には恐らく、変な風に映るのだろう。

 

「……おかしいじゃない。

こいつらと仲良くするだなんて、そんなおかしいことはないわ」

 

朝を知らせるような小雀の声が聞こえる。

もうすっかり、辺りは明るくなっていた。

 

「人と妖が共存だとか……貴女言ってたわね?」

 

鋭い目付きが私を捉える。

 

「そんなの……そんなの、まやかしよ」

 

ゆかりんは、どうしてそんなに人間が嫌いなのだろうか。

 

「それは、幻想、じゃない……」

 

だけど私は、唇を噛み締める彼女に対して、あっさりとその事について聞くことが出来なかった。

 

「えっと……私はただ、人を傷つけたくないって言うか……そうしないともう戻れなくなる気がして。だから、優しいルーミアでいようと……」

 

「優しいというよりもそれは、ただ、臆病なだけじゃない」

 

「う……」

 

何も言葉を返すことが出来ない。

 

そうだ、臆病なんだろう。

 

怖いのだ。

自分の本性に気づくのが、怖くて怖くて堪らないのだ。とっくに気づいているけれど、そうでない振りをするしかないくらい、怖いのだ。

 

 

 

「う、う~ん……」

 

巫女さんが唸り始めた。

 

「……もう目覚めそうよ。起きたらまた面倒になるわ」

 

「で、でも……」

 

「……それにしても、神はどこへ行ったのかしら。神力とやらも無くなっているみたいだけど」

 

「あ、ああ、それは私が倒したんだよ」

 

「……何言ってるのよ、貴女なんかが神に勝てるわけないじゃない」

 

「い、いや、えっとね」

 

「はぁ……ほんっとに、いい加減冗談ばかりでうんざりだわ!いいこと?馬鹿な貴女にも分かるように簡単に説明してあげるわね?」

 

彼女は人差し指を私に突き出した。

 

馬鹿って、ひ、ひどいな。

 

「貴女、ハッキリ言ってめちゃくちゃ弱いわよ!気味の悪い能力はあるみたいだし、あの闇の弾も変な感じだけれど、それを除けばそこらの雑魚とそう変わらないんだから!動きも単純で、鈍臭くって何もかも遅い!戦いの才能がまるでありやしないのよ!

それなのに……貴女ときたら一人で勝手に突っ走って神を倒せるだのなんだの……呆れるわよ、全く!」

 

む、それは聞き捨てならないな。

私は確かに臆病かもしれないけれど、これでもめちゃくちゃ強いんだぞ。

 

「いやいや、ゆかりんはまだ知らないみたいだけどね、私実は本当に強いんだよ。そりゃもう敵無しさ!神殺しだってね、これが初めてじゃないんだ。それに……」

 

「さっきまでたかが人間の巫女にボコボコにされてたの、ハッキリ見てたわよ。アレで強いだなんて、いくら死なないかもしれないからって自惚れすぎよ!

人間風情に逃げてばっかり、ぎゃあぎゃあ言ってばかり。最後は間抜けに転んで、見てられなかったわ。大体ね、貴女は……」

 

「そ、それは朝になったからでさ!も、もう私だって疲れてたんだよ!巫女だって人間離れしててさ、バケモノじみた強さなんだって!あと見てたんならもっと早く助けに来てくれたって……」

 

やいのやいのやいの……。

 

私達は少しの間言い争った。

 

私はまぁ、見た目通りで幼稚な所あるし、どうやらこの時のゆかりんも割とそんな所があったようだった。

 

「ああっ、もうっ、うるさいわねっ!貴女はまだ子供なんだから、私の言うこと聞きなさい!」

 

これには私もカチンと来てしまった。

巫女にも子供扱いされて、もううんざりなのだ。

 

「こ、子供だってぇ!?ゆかりんも私のことをガキンチョ扱いするんだっ!!私はもう何十億年も生きてるんだぞ!!それはそれは美しいお姉さんなんだぞっ!!」

 

「ふっ、何を馬鹿げた冗談を。顔も子供、体も子供、考え方も子供、おまけに何の威厳も風格もありやしない貴女が億ですって?それに、可愛さは……まぁ、ともかくとして、美しさの欠片もないわよ!」

 

「き、聞き捨てならないなぁ!これでも女神だって言われてたんだよっ!!」

 

やいのやいのやいの……。

 

 

 

「……はっ!お前達、よくもっ!」

 

「あ」

 

そんなこんなで巫女さんがお目覚めになってしまった。

彼女は泥だらけの顔を手で拭い、直ぐに私とゆかりんにお祓い棒を向けた。例の御札を放つ構えだ。

 

「ちっ、頑丈な人間ね」

 

ゆかりんも私から目線を巫女へと移して、何やら攻撃する様子。

 

うああ、まずいぞまずいぞ。

私が神様を消してしまった上に、''八雲紫''という妖怪が博麗の巫女を殺すだなんて……やっぱりこんなことになってしまったらもう取り返しがつかなくなるに違いない!!

 

そう、私の夢見た幻想郷が、消えてなくなってしまうんだ!!

 

 

 

二人はそれぞれ、相手に向かって攻撃を放とうと臨戦態勢。もうあと数秒で戦いの渦だ!

 

かくなる上は……し、仕方がない。

 

私は咄嗟に足を踏み出し、ゴールキーパーのように二人の間に割り込んだ。

私が盾になるしかない!

 

「は?」

 

「え?」

 

沢山の御札と鋭い木の枝に、前と後ろから挟まれて……。

 

「ぎゃっ」

 

私は一瞬で死んだ。

 

 

「う、うぅ~~もうだめ~」

 

私と巫女の攻撃を受け重傷を負ったはずのルーミアは、昨日見たあの奇妙な能力からだろう、一瞬で元通りの姿に戻った。しかしやがて、そう一声発するや否や、どさりと倒れ込んだ。

 

「ゆかりん、後は、頼むよぅ……」

 

そして……。

 

「ん~~むにゃむにゃ……」

 

……眠ってしまったらしい。

 

「ル、ルーミア?」

 

呼びかけても反応がない。

すやすやと間の抜けた寝息が聞こえるだけ。

 

そんな様子を眺めていると、先程までの巫女への敵対心もなんだかアホらしく思えてしまう。

 

しかしながら一体どういうことなのだろう。

復活にはそれ相応の体力を消費するということだろうか?

 

「は、はぁ?何よこいつ……」

 

巫女は豆鉄砲を食らったかのように、私とルーミアとを何度も見比べている。

興醒めた、気の抜けたような顔だった。

いきなり目の前に現れ死んだと思えば、すぐに元通りになり、しまいには身勝手に眠りこけるのだから、この反応も頷ける。

 

しかしやがて小休止を挟んだ後、私に目線を固定し、お祓い棒をこちらへ向けた。

 

「……よく分からないけど、あんたはこいつの味方の様ね。神様を消し去った罰よ、この金髪二人組め、退治してやるわっ!!」

 

意気込む巫女。

すぐにでも殺してしまいたい。

 

「すーすー」

 

対してこちらは、丸まって眠り続けるルーミア。彼女は身を挺してまで巫女を守ろうとした。

 

さっさと目の前の人間一人、殺してしまえばいい。それにもう私だってお腹が減って久しいし、実の所巫女はまだ食べたことがないのだ。神に仕える人間はどんな味がするのか、気になるのは当然のことだろう。

 

これが自然な道理だ。妖が人を殺す、これほどまでに簡単な理窟はない。単純明快な、疑う余地のない考え。

 

「……はぁ、仕方ないわね」

 

しかし、どういう訳か私は……。

 

「……ねぇ、博麗だったかしら?」

 

きっと、ルーミアのせいなのだ。

彼女のせいで、私も変になったのだ。

気でも違ったに違いない。

 

それにどうせ殺してしまったら、ルーミアはまたぎゃあぎゃあ騒ぐだろう。それが面倒だから、今回は見逃してやるのだ。そういうことなのだ。

 

……このことは借りよ、ルーミア。

 

「あによ」

 

「この子、ルーミアが、貴女が仕える神を消し去ったの?」

 

ずっと違和感に思っていたことを、私は巫女に話していた。

 

「ええ、違いないわ。神力が消えたと思って急いで駆けつけたら、こいつが一人立っていたんだから」

 

「そう、じゃあ……ルーミアが神を消し飛ばした様子は、直接見ていないのね?」

 

「それが何よ」

 

「いいかしら?私が来るまで、貴女は一方的にルーミアに攻撃を仕掛けてそれはそれは優勢なご様子だったわね?」

 

兵士達を片付けて山へと辿り着くと、そこではルーミアが巫女に追いかけ回されていた。

 

空飛ぶ人間が珍しく、少しだけその様子を見ていたが、さすがにルーミアが可哀想になったので、私は巫女の浮遊力の境界を弄ってやったのだ。

 

「ルーミアは反撃する機会すらないようだったけれど、貴女は何も変に思わなかったのかしら?」

 

「変?何がよ、私はただ変な奴を退治するだけよ」

 

「それは結構。

ただ気になるのよ。このルーミアって子は、変な能力こそあるけれど、ハッキリ言って身体能力は高くないわ。そこらの中級妖怪と変わらないでしょう」

 

「……そうね、別に強くなかったわ」

 

「そんなのが、神なんて強大なのを、倒せるのかしら?」

 

「……こいつが、私から逃げるために弱い演技をしていたのかもしれない」

 

「これが?この子が?」

 

私は視線をルーミアへと向けた。

彼女は未だ、ぐーぐー言いながら幸せそうに胸を上下させている。

 

巫女はそんな、間抜けそうに眠っている様子を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「こんな子が、そんな頭を使うようなことをすると思うのかしら?戦略めいたずる賢いことをするように思える?」

 

「い、今だって、私の隙を伺うために寝てるふりでもしてるかもしれないじゃないっ!」

 

「演技だとして、神を倒せるだけの力があるのに、どうして演技をする必要があるのよ。人間の巫女くらい簡単に倒せるでしょうに」

 

「……じゃ、じゃあ何よ。こいつが博麗様を消し去ったんじゃないとしたら、何が犯人なのよ!」

 

「知らないわよそんなの。

この子は、貴女達が無理やり連れ去った子供を助けに来ただけなんだから」

 

「子供?…ああ、生贄の?

もう要らないわよ、なんか博麗様居ないし」

 

「え、そんなに簡単に、いいのかしら」

 

「あっちの納屋に居るわよ」

 

随分と呆気ない様子で巫女は答え、彼女は少し離れた位置にある小屋を指さした。

神の住まう神社としては、どの建物も老朽化が激しいほどボロボロなのが気になった。

 

「そう……」

 

私は、髪が泥で汚れてしまったルーミアを抱き起こした。

 

「んぅ……」

 

まだ起きる気配はない。

 

試しに頭をペチペチ叩いてみる。

しかし意味の分からない寝言を言うばかり。

 

「はぁ、仕方ないわね」

 

ひょいと彼女を持ち上げ、背負う。

 

「んんぅ……えーりん、干物はもうないよぅ……むにゃむにゃ……」

 

「何言ってるのよ」

 

彼女は思ったよりも、軽かった。

 

少しだけ寝させてやろう。

体力だってそんなにないはずなのに、無理してここまでやって来たんだ。きっと相当疲れているのだ。

 

「あ、ちょっと、まだ話は終わって……」

 

ガヤガヤ言う巫女を無視して、私はスキマで納屋へと移動した。

 

 

 

中は地面が牧草で敷き詰められていた。

 

「だ、誰?」

 

子供がいた。

身体を震わせ、警戒している。

 

「……あなたが、メグかしら?」

 

「うん、おねえちゃんは、誰?」

 

私は背中のルーミアを、子供にちらりと見せてやった。

 

「あ、ルーちゃん!!ルーちゃんだ!!」

 

子供は私に駆け寄ってくる。

 

「ん~むにゃ…」

 

「あれ、ルーちゃんどうしたの?」

 

「寝ているのよ、見れば分かるでしょう」

 

「そっかぁ…起こしちゃかわいそうだね。

じゃあ、おねえちゃんは助けに来てくれたんだ!!」

 

パアっと、目を輝かせる子供。

あらゆる種の中で、恐らく人間の子供が最も単純で愚かだろう。

 

「別に、ルーミアが助けるって言うから来ただけで……」

 

「ありがとうおねえちゃん!!」

 

そう言って子供は、私の足へとまとわりついてきた。

 

「や、やめなさいっ!穢らわしいっ!」

 

「ん~おねえちゃん変わった匂いがする~」

 

今度は頬を擦り付ける始末。

 

「ちょっと、次やったら腕もぎ取って食べるわよ!」

 

「え~?」

 

理解していない様子だ。

小首を傾げて、いじらしそうに努めようとしている様子が、嫌いだ。それを特に打算もなく自然とやっているのだから、本当に嫌いだ。

 

なんて面倒くさい。

 

 

 

「あ、あんたっ、私に何したのよ!!」

 

「ひっ!」

 

ドタドタと騒がしい音が伝わる、巫女が納屋まで辿り着いたようだった。

 

子供はわざとらしいほどに私の背に隠れて怖がっている。

 

妖怪よりも人間を怖がるなんて、訳の分からない話だ。

 

「飛べないじゃない!どうなってるのよ!!」

 

「あら、ごめんなさい。境界を弄らせてもらったわ」

 

「は?境界?いいからさっさとどうにかしなさいっ!」

 

「おねえちゃん、この人嫌!」

 

「そうね、帰りましょう」

 

「あ、待て!」

 

私はスキマを展開した。

子供が何か言うのは無視して、無理やり中へと入れる。

 

「そうねぇ~その辺の空飛ぶ亀でも捕まえたら、飛べるんじゃないかしら?」

 

「そんなのいる訳ないじゃない!!待て、コラ、逃げるなっ!!」

 

巫女の攻撃の寸前に、私達はスキマによる移動を完了した。

 

##########

 

「むぅ~」

 

「あはは、ルーちゃんおもしろい!!」

 

子供はルーミアの頬を引っ張ったりこねくり回したり、面白いように自由にしていた。

なんだか随分柔らかそうだ、私も触ってみたくなる。

 

納屋からスキマで抜け出した後、私は子供を連れて都から離れた森へと移動した。

ルーミアが起きるまで少しの間待ってやるつもりだったが、子供に頬をどれだけいじられても起きる気配はない。

 

全く、とんだ厄介事に首を突っ込んでしまった。

 

博麗とかいう神がたまたまどこか遠くへ行っているだけだとしたら、私は神にまで目をつけられることになる。

 

……しかし、それも悪くない。

いい加減退屈な日々にはうんざりしていた。

 

ルーミアという存在が、退屈な日々を変えるのではないかという当初の直感は、想像よりも早い段階で正しかったのだと明らかになった。

 

 

 

「ん……あっ!」

 

「あ、ルーちゃん起きた~!」

 

そうこうしている内に、ようやくルーミアは目を覚ました。

眠そうに目を擦りながら、私よりも色の明るい金髪を揺らし、微睡みの中でこぢんまりと起き上がった彼女は、なんだか思わず抱き締めてやりたくなるような……私は何を考えているんだ。

 

「あ、メグ?メグ!メグぅ!良がった、良がったよぅ無事でぇ!!」

 

ルーミアはぼんやりと子供の姿を視認すると、目に涙を浮かべてすぐに抱き着いた。

 

「ルーちゃん、苦しいよ~」

 

「あ……ご、ごめんごめん」

 

子供がじたばたと暴れ始め、彼女は離れた。

どうも力を入れすぎたようだ。

 

 

良かった、本当に良かった!

メグは無事だったのだ!!

 

思い切り抱きしめてやったが、苦しいようだったので離れてやる。

 

頬の節々がなんだかとても痛いけれど、今はそんなことどうだっていい!メグが無事だったのだからどうだっていい!

 

「はぁ、ルーミア、やっと起きたのね」

 

「あ、ゆかりん!!」

 

ため息を大袈裟なまでに吐くゆかりん。

やれやれとした表情、目を細めて、意識を失う前に見たような、私怒ってますアピールだった。

 

「ゆかりん!ゆかりんがメグを助けてくれたんだね!ありがとう!!」

 

未だに彼女は、私をじとりと睨む仕草をやめてくれない。

いわゆるジト目で追求してくるのだ。

 

「う…ごめんよ、ゆかりん」

 

彼女はきっと、表情でのコミュニケーションが上手いのだろう。言いたいことが伝わってくるぞ。

 

でも寝たのは仕方ないのだ。

攻撃を受けた瞬間、もう立っているのも不可能なほどにどっと疲れが押し寄せてきたのだから。

 

「うん!おねえちゃんが、私のことを助けてくれたの!」

 

代わりに口を開いたのはメグだった。

言い終わるや否や、ゆかりんの方へ向かい、だっこだっことせがんでいる。

 

い、いつの間に仲良くなってる……!?

 

「嫌よ、面倒くさい」

 

「えーーおねえちゃんのいじわるっ!」

 

そういえば、博麗の巫女はどうなったのだろうか?

 

「ねぇ、あの巫女とは、その後どうなったの?」

 

「ええ、殺したわ」

 

「え」

 

彼女は、それが当然のことのように、平然と淡々と言ってのけた。

 

冷たい、身も凍るような声だった。

 

「あっ……そ、そんな……」

 

目の前が真っ白になる。

そうして辺りが揺れて、点滅していく。

 

ああ、ああ!!

私は、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。

 

妖怪の賢者が、博麗の巫女を殺してしまったのだ!

八雲紫が博麗の巫女を殺めてしまったのだ!

 

これできっと、幻想郷は消えてなくなってしまう。

 

私の夢見た楽園は、成立しなくなってしまうんだ!!

 

「う……」

 

目眩で訳が分からなくなる。

どんな風に足に神経を伝達させれば、上手く立っていられるか分からなくなってしまった。

 

幻想郷は私の悲願だった。あの理想の地に訪れるために、今の今まで生きてきたんだ。

 

きっと私のせいだ。

私が余計なことしたせいで幻想郷は……。

幻想郷は……。

 

 

 

「う、嘘よルーミア。殺してないわ、そんな顔しないでよ、もうっ」

 

「……」

 

ん?

 

「………?」

 

嘘?

 

「…………え、えぇぇぇぇぇ!?」

 

殺していない!?

 

「少しからかっただけじゃない。はぁ……何が何だか分からないけれど、あの巫女は貴女にとってそんなに大事なものだったのね」

 

「ひ、ひどいよ!!この嘘つき!!」

 

ゆかりんのいじわる!妖怪の屑!性悪女!

 

「あら、この前のお返しよ。

それに貴女、勝手に一人で眠って、全部全部私に押し付けたんですもの」

 

彼女は口に手を当てて、クスリと笑った。

ああ、なんて胡散臭い仕草!

だけど様になっていて美しいから許す!

 

いややっぱり許さない!本当にショック受けてたんだから!!

 

「ぐぬぬ……」

 

「ほら、それよりも早く、子供を村へと送り返さないといけないんじゃなくって?」

 

「あ、うん」

 

そうだそうだ、早い所目的を完遂しないと。

こんな所で油を売ってる暇はない。

 

「ルーちゃん、もう帰れる?」

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

「やった!おねえちゃんのおかげだね!」

 

メグはゆかりんに抱き着いた。

すぐに引き剥がされてしまったが。

 

「じゃあ、私はこの辺で失礼するわね」

 

「……え、ゆかりんどこ行くのさ」

 

ゆかりんは他人事のように言うと、スキマを開いてどこかへ行こうとした。

私は思わず問いかけた。

 

「どこって、別に決めてないけれど」

 

「そ、そっかぁ……あっ!」

 

待てよ、これはチャンスじゃないか?

どういう訳かゆかりんは人間嫌いが甚だしい。しかしメグを助けてくれたり、私なんかに構ってくれていることから、根は優しい妖怪さんに間違いないのだ。

 

これはひょっとするとチャンスかもしれない。

あの村は良い人ばっかりだし、襲撃されたとはいえそういった穏やかな風土は変わらないと思うのだ。

ここでゆかりんを招いて村の人と仲良くしてくれれば、ひょっとすると人間の事が好きになってくれるかも!

「折角だし、メグと一緒に村に帰ろうよ!きっとみんな喜んでくれるよ!」

 

「はぁ?私は関係ないじゃない」

 

見るからに嫌そうな顔をして、口角を下げるゆかりん。

 

下心丸出しだが、やはり幻想郷の成立は何ともしても見たい!

その為にここまで生きてきたのだ。東方の世界に来ておいて、幻想郷を見ずに終わるだなんて、そんな勿体ないことはないだろう!

 

その為にはやはり、ゆかりんが人と関わる必要があるんだ!

 

「ゆかりん、お願い!!少しでいいから村にお邪魔しようよ!」

 

まだ嫌そうな顔は晴れない。

 

「おねえちゃん、一緒に来てくれないの?」

 

いいぞメグ!ナイスアシストだ!!

子供に言われちゃあゆかりんも来てくれるだろう!!

 

「いや、だから……私は人間とは関わりたくないのよ」

 

「そこを、そこをなんとかさぁ!」

 

「……」

 

「ゆかりんゆかりん、可愛い妖怪さんっ、お願い!」

 

「しつこいわね、そろそろ行くわよ」

 

ダメでした。

辺りも凍るような冷たい声で言われてしまったら、もう何も言えない。

 

しかしまあ、無理に連れて行っても仕方がないのだ。

彼女の方から人間へと歩み寄る気がなければ意味が無いのだから。

 

「ふわぁ……ルーちゃん、眠いよぅ……」

 

メグはお構い無しに、森を構成する木の一つに背中を預けて眠り始めた。

くそぅ、子供の力を以てしても無理だったか。

 

「そ、そっかぁ……。ごめんねゆかりん、無理言って」

 

まあ、また何か機会があればその時に頑張ってみよう。

 

「ちょっとだけ、私の友達を村のみんなに紹介したかっただけなんだよ」

 

「……友達?」

 

きょとんと、私の発言の意味を尋ねるような表情。

 

あれ、私ゆかりんとはお友達になれたと思ってたんだけど……。

 

なんですかこの反応。

 

この、貴女は何を言っているの?みたいな反応。

 

普通に傷つくんですケド。

 

「あえ……ご、ごめん。なんか、勝手に勘違いしてたかも」

 

「……え?」

 

「いや、その……てっきり私達、もう友達なのかなーって……あはは……は……はぁ……」

 

なんて乾いた笑いだ。

 

虚しさが心の内に広がって、勝手にお祭り騒ぎだ。

いや、お祭りと言うよりは……鎮魂歌だろうか。

 

「……そう、友達……友達、ね。貴女と私は、友達、なのね?」

 

彼女は、何かを理解しようと、何度も反復するように言った。

 

それくらい私は理解し難い変なことを言ってしまったようだ。

 

「え、あー私はそう思って、たんだけど」

 

あーこれ気を遣われてるんだね、分かりますよハイ。

 

そういえば友達ってどうやって作るんだっけ?

 

い、いやいや別に友達なんて沢山いるんだからねっ!

 

えーっとえーっと、村の皆は……私は一応友達だと思ってるけど、半ば崇めるように接してくるからあんまり対等な友達とは言えない、か。

未だに神様かなんかだと内心思われてそうだし。

 

め、メグは……なんか、妹っていうか……庇護すべき対象っていうか……。これも友達とは言えないか。

 

「う、う~ん……」

 

……そう、そうだ!

 

永琳だ!

永琳だよ!永琳がいたじゃないか!

 

ああ、全く。一番大切な人を忘れていたなんて。

永琳は私の……。

 

私の……。

 

家族、か。

 

……あれ?

 

私友達いなくない??

 

「あー」

 

生まれてから数十億年になりますが、私には未だに友達がいないみたいです。

 

強いて言うならもう絶滅した大昔の魚達は友達だったかもしれない。クソ不味かったけど。

 

「こりゃ参った」

 

「ルーミア?」

 

「あ、ああいや……本当にさ、ひとりぼっちなんだなって……」

 

「……」

 

ぐー。

今のは何もお腹が減った為に生じる腑抜けた音ではない。

私の心が窮屈そうに呻いた音だ。

 

ああ、まずい……なんか考えれば考えるほど泣きそうになってしまう。

なんかこう、友達と一緒にバカやって、阿呆らしいことで笑い合うっていうやつ……やりたいな、やれたらな、泣いていいですか?

 

「何よ……貴女、だって、自分の本能に従うことすら恐れる臆病者じゃない」

 

「うへぇ……」

 

うぅ、その追撃はかなりボディにくる。

こんな臆病な私に、友達なんて一生出来ないってことを言いたいのだろう。

 

そうなのだ。結局の所、私は人間に優しいのではない。ただ自分の知りたくない欲求が、背中からやがて這い寄り脳を侵していくのが怖いだけなのだ。

 

私は臆病者だ。

人喰い妖怪大失格なのだ。

 

ルーミアという闇妖怪は、私ではなく、あの本能のことを指すのではないだろうか。

そんな幾度となく思い付いた考えが、久方ぶりに頭の中を循環し出して止まらない。

 

 

 

でもでも、開き直るようで悪いが、やっぱり、仕方ないことじゃあないか。

 

私がこの意識を持って産まれてしまった以上、本能だろうがなんだろうがどうでもいい。いいのだ!

 

私は私を、自分の考えを貫いてやる!

 

そうですとも、私は臆病者ですとも。

妖怪失格、大いに結構。

 

今の私が本当の私でないとしても、なんだっていい。

 

それに世界は広いんだ。これだけ長く生きていても、未だに底知れぬくらい、世界は広いんだ。そんな広い世界、臆病な人なんて、うん、そこら中にいるに違いない!

 

「……臆病者は、私だけじゃない」

 

自分に言い聞かせるように考えていると、自然とポツリと声に出してしまったようだ。

 

しかしその音が、自分が発した音がまた、音波となって耳に入ってくると、私は心が軽くなったように思えた。

やっぱり考えを口に出してみるってのは、良いことなのかもしれない。

 

この広い世界、別に臆病者の数が一人増えたくらい、大差ないのだ。なんならみんな、ほとんど臆病だ。むしろ臆病じゃないようなやつなんて、死にたがってるか余程自分の不幸を望んでいる大馬鹿者だろう!

 

「ち、違う、違うわよ!!臆病者なんかじゃないわ!」

 

ゆかりんが声を上げた。

 

ああ、なるほど。

私が思ったよりも凹んでいるように見えたものだから、さっき私に臆病者って言ったのを言い過ぎたと思って謝ろうとしてくれているのか。実際は色々と考え込んでいただけなんだけど。

 

ゆかりん、やっぱり優しいんだね。

 

「いいや、ゆかりん。臆病者だよ。紛うことなき臆病者さ」

 

言うと彼女は、やはりバツが悪そうな顔をした。

違う違う、と、そう言い続ける彼女。

 

しかしゆかりんは正しいのだ。

 

「人と関わるのが怖いだけなのさ」

 

優しいのではない、ただ怖がってるだけの臆病者。神社で彼女はそんなことを言っていた。

 

ああ、やっぱりゆかりんは賢いな。

そんな私の内面を、一瞬で看破してしまうのだから。

 

 

私とルーミアは友達らしい。

あの得体の知れない存在、友達らしい。

 

いつ友達になったのだろう。

そもそも、何をどうすれば友達になるのだろう。

 

条件も理由もまるで分からない。

しかし彼女は当たり前のように、私と友達であると言ってのけた。

 

そんなルーミアは私を村へと連れて行こうとする。

しつこいほどに、私に村に来て欲しいようだ。

子供を助けたから、私が人間を好きになったとでも勘違いしているのだろうか。

 

そもそもどうして奴らと関わる必要がある。

他の種族、捕食すべき対象、有象無象の愚者共、こんなものに時間を割く意味がわからない。

 

「あ、ああいや……本当にさ、ひとりぼっちなんだなって……」

 

しかし突然彼女が放った言葉で、私は頭がいっぱいになってしまった。

 

ひとりぼっち……。

この私が、八雲紫がひとりぼっちだと言いたいのか?

 

「……」

 

ルーミアは案外賢いのかもしれない。恐らく私の振る舞いから、あまり知的生物と関わったことがないということを見抜いたのだろう。

 

しかしそんな風に、一人でいることを揶揄するような言い方をされるのは、腹が立つ。

 

友達なんて望んでいない。

訳の分からない、理解し難い存在を自分から増やすような愚行を、この私がする訳がないだろう。

 

目の前の少女はまるで私を憐れむかのように目を細めて、涙でも出てきそうな気配だ。

 

ああ、腹が立つ。酷く腹が立つ。

 

私の何を知っているんだ。

何も知らない癖して、いい気になって憐れむんじゃない。

 

この少女こそ、人間より上位の存在の癖に、人間を食べることができる癖に、度し難い理由をつけ、怯え、その本能にすら従えない、そう、臆病者じゃないか。

 

そんな臆病者に何か言われる筋合いなんてない。

 

ルーミアだって、人を憐れむ立場にいられるわけないのだ。

彼女だって、それこそ臆病者なのだ。

 

「何よ……貴女、だって、自分の本能に従うことすら恐れる臆病者じゃない」

 

怒りからか、声が震えて途切れそうになった。

 

そうだ、私は、今、憤怒しているに違いないのだ。

そうでなければこんな歯切れ悪く話すわけがない。

 

春を感じる風で木々が揺れ、その間、ルーミアは何か考える素振りを取り、やがて口を開いた。

 

「……臆病者は、私だけじゃない」

 

同時に、私は胸を貫かれて動けなくなった。

 

何だ、何で、何を言っている?

 

臆病者は私だけじゃない……?

つまり私も、この八雲紫も、ひとりぼっちには飽き足らず、臆病者だと言いたいのか?

 

そんなことあるわけない。

私程に世を理解して、好奇心に身を預けて全てを知ろうとする勇気を持った者など、いるはずがない、いるはずがないんだ。

 

そんな私が、臆病者なわけがないだろう!

 

「ち、違う、違うわよ!!臆病者なんかじゃないわ!」

 

どうして?

私はどうして、臆病なんかでないはずなのに、こんなにそれが真実であるかのように、振舞っているんだ。

 

まるで動揺しているようではないか。

 

「いいや、ゆかりん。臆病者だよ。紛うことなき臆病者さ」

 

目の前のいたいけな少女は、私の言葉をあっさりと否定した。

 

私の、一体私の何を知っているというんだ。

 

「違う……違う……」

 

明確に弁明できるはずなのに、何故か言葉が詰まった。かろうじて出てきたのは、うわ言のように呟かれる否定の言葉だけ。

 

どういう訳か、彼女の主張を崩すような言葉が出てこない。

 

「人と関わるのが怖いだけなのさ」

 

「っ!」

 

彼女は、何か言い聞かせるように言った。

 

その言葉を聞いて、私はどこか腑に落ちたようだった。

 

人と関わる……それが怖い。

 

私は、人間共と関わるのを拒絶している。

それは私が、臆病だからだと言いたいのか?

 

何かしら理由をつけて奴らを拒むという行為自体が、臆病者だと言うのだろうか。

 

「私……私は……」

 

本当に私は、そうなのだろうか。

そうであると認めてしまって、いいのだろうか。

 

吹き荒れる風はなんの解答も示しやしない、それどころかあの日の奇妙な木漏れ日現象を思い出して妙な気分になる。

 

目の前の少女、幼くて柔らかくて、何故か私の名前を知っていて、時折変な所のある少女。

不思議な彼女の考えていることが、よく分からなくなった。

 

「……分かったわ。いいわ、村に行ってあげる」

 

「うぇ?」

 

これ以上考えても仕方がない。

私は、自分の内面を知る為に、村へ行くことを決意した。

 

「ほら、行くわよ。……''友達''、なんでしょう?」

 

スキマを繰り出す。

ルーミアは何故だか疑問符のついた顔で私を見つめてくる。

 

「え、あの……」

 

何か言おうとするルーミアを無視して、私達はスキマの中へと飲み込まれていった。

 

 

三人は村へと帰還した。

 

ルーミアは突然の紫の心変わりが理解出来なかったが、やがて、自分に友達がいないことへの同情心から付き合ってくれたのだと考えた。最後に''友達''という単語を強調して使っていたのがその証拠だ。

 

「ぐえー情けない」

 

「どうしたの?」

 

「ご、ごめんね、気を遣わせちゃって……」

 

「はぁ?」

 

村はまだまだ襲撃の余波が残っていた。

しかしルーミアがメグを無事に連れ帰ったことが伝わっていくと、少しながら活気が戻ったようだった。

 

「ルーちゃん、よく戻ってくれた!」

 

「遅くなってごめん、メグは無事だよ」

 

「おねえちゃんとルーちゃんが助けてくれたの!」

 

「……」

 

忽ち三人は村人に囲まれた。

紫は怪訝そうな顔をする。

 

「おお、この方も女神様で?」

 

「……そんなんじゃないわよ」

 

「おお、なんて美しい、女神様!」

 

「ああ、えっと、彼女は八雲紫さん。私の、友達……一応」

 

紫はそうしたやり取りを黙って見ていた。

当たり前のように村人達と会話をするルーミアが、やはり変に映った。人間の中に平気で溶け込む彼女が、奇怪だった。

 

しかし同時に、彼女はその様子がどこかデジャブのようで、心に霧が立ち込めていった。

 

 

 

「お母さんはどこ?」

 

そのメグの一声で周りは静まり返る。

村人達はどう伝えようかと迷った後、彼女の母親はもう死んでしまったと伝えた。

 

メグは大きく泣き叫んだ。無邪気な子供が、相応に泣き叫んだ。

 

紫はその声に顔を顰めた。

 

「やだ!一緒じゃなきゃ嫌!」

 

村人が何を言っても、子供の耳には入らなかった。

見かねたルーミアは、彼女に目線を合わせた。

 

「メグ……ほら、メグ、こっち見て?」

 

「うぅぅ……ぐすっ」

 

ルーミアの穏やかな表情を見て、メグは少し落ち着きを取り戻した様子だった。

 

「メグ……お母さんはね、きっと、お月様に行ったんだよ」

 

「ぐすっ、お月様?」

 

「うん、そうさ、お月様。昔ね、私の家族が言ってたんだ。人は誰しもが、最後はお月様に昇るんだって。そうじゃなきゃ、人の想いが繋ぎ止められでもしなきゃ、あんなに綺麗に輝く訳がないってね。……何しろ、彼女は月が大好きで仕方なかったみたいだから」

 

「……ひぐっ……じゃあ、私も、私もお月様に行く!」

 

メグは涙を手の甲で拭うと、精一杯声を出した。その様子を見たルーミアは、彼女の頭をあやす様に撫でた。

 

「今は、まだちょっと無理かもしれないけれど、きっといつか行けるさ」

 

メグは俯いて、何かを考え込んだ。

 

そしてまた、目に涙が浮かびそうになっているのを見て、ルーミアはもう一度優しく語りかけた。

 

「大丈夫、メグのお母さんはずっと待っていてくれるんだから」

 

「……ルーちゃんの家族は、お月様に行けた?」

 

ルーミアは一瞬目を丸くしたが、やがて優しく微笑んで、言った。

 

「……うん」

 

紫はそれを、黙って見ていた。

 

 

 

メグはその後、村人達に手を引かれて行った。

彼女の事は、母親の兄弟が面倒を見ることになった。

 

「ルーミア、貴女の家族って……」

 

言いかけて、やはり紫はやめた。

ルーミアの言い方から、彼女の家族がもう既に亡くなっていると理解するのは容易かったからだ。

 

「貴女の家族は、面白い考えをするのね」

 

「ふふっ……彼女は、普段理性的だけど、時々凄く空想的なことを言うんだよ」

 

遠くを見つめるように、とても悲しそうで、しかし、同時に穏やかな表情が両立する、複雑な面持ちだった。

 

##########

 

夜。

紫とルーミアは村人達に招かれて、広場でもてなされた。

 

年に一度の春祭りの季節であったこともあって、豪勢な食事が出された。

農地や食料を保管していた場所の殆どが無事だったこと、死者の数は実はそれほど多くなかったことが不幸中の幸いであった。

 

紫とルーミアへの感謝を伝えるという名目の祭りは、普段通りとはいかないまでも盛大に祝われた。

 

「ルーちゃんと、紫様の御加護を祝って!」

 

二人は女神のようにもてなされたのだ。

 

――馬鹿馬鹿しい、本当にくだらない。襲撃されておいて、どうしてあんなに能天気で居られるのかしら。

 

紫は居心地が悪くなって村を抜け出した。

遠くからは祭りの喧騒が響いてくる。

 

そして小高い丘、ここはルーミアがよく昼寝に利用している場所の内の一つであったが、そこで一人、座り込んでいた。

 

丘からは、そう大きくない村の様子が確認できた。

 

月明かりと夜風に当たって、ルーミアと村のことを思い出す。

 

まるで村の一員のように、ルーミアは溶け込んでいた。気味が悪いくらいに、当たり前のようにそれは自然だった。その情景が、気味の悪い白昼夢のように脳裏にこびり付く。

 

「はぁ……なんなのよ、もう」

 

ルーミアとメグの会話……その内容自体よりも、あの二人の様子が何故だか頭から離れない。先の白昼夢と同様に、これもまた紫の頭を悩ませた。

 

「ああ、もう……あの子のせいでこっちまで変になるじゃない」

 

自分でも原因が分からない。

どうしてこんな、変に感傷的になっているのかが掴めない。

 

生まれて初めて、八雲紫は呼吸の一つ一つをかえって意識してしまう程に、思い悩んでいた。

 

「もうっゆかりん、勝手に抜け出さないでよ~」

 

悩みの種がやってきたことに、紫は怪訝な表情をした。

 

「よっと」

 

ルーミアは紫の横に座って、その赤い瞳を空へと向けた。幼いながら、人形のように整った綺麗な顔を見ていると、紫はルーミアが言っていたことを思い出した。

 

夜空を見上げると、朧気ながらに黄と白の混ざった輝かしい光を放つ、月が存在していた。

ルーミアの言っていた月の話が、印象に残っていたのだ。

 

「……今夜は月が綺麗ね」

 

「え!?ゆ、ゆかりんっ!?私にそっちの気はないよっ!?」

 

「は?」

 

「え?」

 

何故だか途端に焦り始めたルーミアを、紫は訝しむ。

 

「……え、あ……そ、そっか、夏目漱石はまだ居ないんだった……」

 

「……?」

 

「い、いやーお気になさらず……」

 

「……貴女を見てると、面白くていいわ。よく分からないけれど、コロコロ表情が変わるんですもの」

 

「あはは……」

 

紫は自然と、悩みの種とくつろいでいた。

大きく揺れる彼女の世界も、何故だかその揺れの原因の前では、難しい世界の流れを考える必要がないように思えたのだ。

 

「おーい、そこの綺麗なお二人がたー、そろそろ踊りが始まるよー」

 

二人を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、ゆかりん、踊りだって、見に行こ!」

 

「い、いいわよ、暫くここにいるわ」

 

「そっかぁ、寂しくなったら戻ってきてね、鴨鍋がまだなんだから」

 

「寂しくなんか、ならないわよ」

 

「あはは、ああ、そうそう忘れてた!」

 

ルーミアは内ポケットから何かを取り出した。

 

「……え、これ」

 

それは花だった。いつか見た、あの桃色の花だった。

 

「ふふふ、まだ余ってたんだ。こういう綺麗な花はゆかりんにぴったりだなって思ってさ、受け取って」

 

なすがままに紫は花を手渡される。

夜においても、その花は月明かりだけではっきりと自分の姿を主張できるくらい、色鮮やかだった。

 

「じゃ、先に戻ってるね!」

 

ルーミアは二人を呼びに来た村人と村へと帰っていく。

 

村人の言う通り、村では伝統的な踊りが披露されていた。焚き火の周りをぐるりと回り、それほど複雑な動きでないにしろ大胆に体を動かす踊りは、見ていてどこか楽しかった。

そしてそこにルーミアも混じっている。

楽しそうに、人と妖怪という隔たりがないように、分け隔てなく、笑い合っていた。

 

「あっ……!」

 

紫は桃色の花を顔の前にかかげた。

綺麗な花弁からは、少し甘い香りがした。

 

紫の目に、あの日の光景が思い出される。

二人の少女がみせた、境界のない光景。美しく、そして幻想的な光景。

 

どこか幻のように、蜃気楼のように取って掴めない様子。

分からないのに、嫌じゃなくって、何故だか胸の辺りが詰まる。しかし不快な感じはしない。その感覚が、ゆっくりと染み渡っていくそれが、ずっと続けばいいのにと、そう思ってしまう程だった。

 

紫はそれがようやく、美しいものだったと認めた。

 

そしてその光景が、村とルーミアの様子に、母親を失った子供と闇妖怪の様子に、重なって見えた。

 

「あ……あ……」

 

それは美しかった。

視界全体を埋めつくしたい程に、美しかった。

 

どんなものにも必ず存在する筈の境界線。当たり前のそれが、何かと何かを隔てるそれが無くなった時、それは一人の妖怪の身体に染み渡り、月の明かりすら感じない程に、暖かかった。

 

紫はようやく、デジャヴの正体を理解した。

 

 

 

まるでそれは、心の隙間を埋めるようで…。

 

まるでそれは、夢にまで入り込むようで…。

 

まるでそれは、幻想が垣間見れたようで…。

 

 

 

しかしそれ程残酷な事はないのではないかと思う。

世の理に反していると感じたからだ。

 

境界のない人と妖の関係は、世界が望む理窟ではないと紫は考えた。明らかに仕組みに反しているのだから。

 

そしてそんな理窟は、独善的で独りよがりではないかと思うのだ。

もしそれが受け入れられるのであれば、それは、やはり''幻想''でなければおかしいのだ。想像的で、掴みどころのない、ふわふわとした未知なる概念でなければおかしいのだ。

しかし同時に人の住まう場所であり、帰る場所である、''郷''でなければいけないのだ、故郷でなければいけないのだ。

 

そんな、まやかしで包み込まれた美しく残酷な大地は、やがて受容するだろう。

世からはじき出された、世の仕組みに迎合できなかったものだけが入り込む余地を残して、それらを受容するだろう。

 

「ああ、なんて、美しくて残酷で……」

 

紫は花を握りしめた。

そして村に戻ることにした。

 

人間が好きになった訳ではない。

自分の心に嘘をついている訳でもない。

 

彼女の幻想が、そこにあったからだ。

 

一つの光景が浮かぶ。

そこでは、人間と妖怪が分け隔てなく暮らしていた。

そんな幻のような、夢のような光景で……。

 

「幻想郷は全てを受け入れる……それは、それは……ああ、なんて、残酷な話なのかしら」

 

夜風はもう、ぴたりと止んでいた。

あの日から止まらなかった風が、消えていた。

 

 

あれから数週間。

どういう訳かゆかりんは、村に留まってくれた。

 

今は、襲撃の後始末、村の修復作業を手伝ってくれている。

 

どういう心変わりなのかは正直全く分からない。

最初は私への同情心からか村に来てくれたみたいだけれど、村の人のおかげで人間が好きになったんだろうか。頭の良い妖怪さんの考えは、私のようなお馬鹿妖怪にはよく分からない。

 

でも、何故だか憑き物が落ちたようにすっきりと優しく微笑む彼女を見ていると、きっと良い事なのだと思う。

 

とりあえず当面の目標は、ゆかりんとれっきとしたお友達になることだ。彼女から、たまに憐れみのような、なんか変な表情で見つめられることがあるのだ。完全に可哀想なぼっち妖怪だと思われている。

 

しかしこれでまあ、幻想郷の成立に一歩近づけたのだろう……か?

 

「紫さん、ほらこれ採れたての林檎だよ!」

 

「ああ、紫のお姉さん、この綺麗な宝石がきっと似合いますぜ」

 

「八雲様、つまらぬものですが、季節の山菜をどうぞ」

 

こんな風に村で扱われることも、今ではもう慣れてしまったみたいだ。

 

「ね、ゆかりん。人間も悪くないでしょう?」

 

「……別に、さぁどうかしらね。どうせ何か魂胆があるに違いないわ」

 

そう言う彼女だったが、前よりもどこか穏やかなように思えてならないのは、私の勘違いなのだろうか。

 

「ゆ、紫さんっ!!どうか俺と恋仲になってください!!」

 

こんなのもいた。

というか君、ちょっと前まで私のこと好きだった門番くんじゃないかい。

すぐに鞍替えしおって、そりゃあまあ……私のような子供っぽいのよりも、ゆかりんの方が余っ程いいんだろうけど、ぐぬぬ。

 

「そ、そういうのはやめてくださる?」

 

ゆかりんは多少面食らいながらも拒否をした。

ちょっと恥じらいがあるように思えるのも、私の勘違いなのだろうか。

 

「金の女神様方、おひとつ怖い話はどうですかい?」

 

私もゆかりんも金髪だ。だから一部の村人からはそう言われている。

神は私の天敵だから、あんまりそう呼ばれたくないんだけれど。しかし美しいものだと思ってくれるのは純粋に嬉しいね。

 

「人も近づかない奥地に、一面向日葵だらけの広大な畑があるらしいですぜ。そこには凶悪な大妖怪が住み着いていて、訪れた人間を血祭りにして、誰一人帰さずに皆殺しにしてしまうんだとか。怖いでしょう?」

 

「嘘ね。誰一人帰さないで皆殺しにされるんだとしたら、その話は一体どこから広まっているのかしら」

 

「げ、そ、それは……」

 

ああ、嬉しい。

ゆかりんが普通に人間と会話をしているのが、嬉しい。

 

嬉しすぎて何の話だかよく聞いてなかったけれど、きっと大した話でもないだろう。

 

そういえば博麗の国(仮)はどうなったのだろうか。

もしかすると報復でもあるのではないかと不安になることもあったが、今のところそういう動きはないらしい。

尤も、こんな小さな村にわざわざまた戦いに来るなんて、あんまり考えられないことだけど。

 

 

 

村で交流をした後、私たちは少し離れた小高い丘に訪れた。

ここは絶好のお昼寝ポイントなのだ。

 

「ほら、ぽかぽか日和にはお昼寝が一番なのさー」

 

ごろんと寝転がる。

最初は昼寝なんて、と難色を示していたゆかりんも、最後には見よう見まねで私の隣に寝っ転がった。

 

麗らかな風達が、春の匂いを運んでくれる。

嫌いなお日様も、この時ばかりは私のお友達だ。

 

「ん……確かに、これは……ふわぁ……良いわね……」

 

「今の季節も良いけれど、一番心地良いのは冬だね。あの寒い時期に、暖かいお布団にくるまってぐーすかすることほどの幸せはないさ」

 

「……そう、冬ね……確かに心地良さそうね……」

 

草むらに身を委ねるゆかりんは、どうやらもう船を漕ぎそうになっているようだ。

 

「ふふふ、夕方まで寝ちゃおっか」

 

この日からゆかりんは、どうやらお昼寝の心地良さを知ったようだった。

私も彼女と一緒にうたた寝する事が多くなったのだ。

 

「すー……すー……」

 

横から可愛らしい寝息が聞こえる。どうやら妖怪の賢者さんは、無防備にも夢の世界へと旅立ったようだ。

 

流れる雲、私もゆかりんも、そんなふわふわ雲と同じようにゆるやかだった。

 

瞳を閉じる。

 

風で草が揺れる音、名も知らぬ鳥の声、視界が暗転して、それらがより私の身体に語りかけてくる。

 

平和だ、それにしても平和だ。

 

こんな毎日がずっとずっと、暖かく私の周りを包んでくれさえいれば、ルーミアはもうそれ以上何も望まないのだ。

それが珍妙たる闇妖怪の、全てなのだ。これ以上もこれ以下も望まない、どうかこのままそっとしておいてくださいな。

 

青空に揺れた雲が彩る昼があれば、十分なのだ。

 

星空に揺れた月が彩る夜があれば、十分なのだ。

 

 

 

この時の私は、まだ気づいていなかった。

 

人も妖も関係なく巻き込み、そしてこの小さな島国全体を舞台にした、後に伝説として語り継がれる神々による''大戦''が、もう既に始まっていたということを……。

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