ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい   作:ポンデーニュ

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二章は群像劇です。


第14話「カエル、ヘビ、トビラ、スキマ、ハナ、ウサギ 前編」

――只者じゃない。

 

間近で見てそう思った。

 

癖っ毛のある緑髪は腰の辺りまでさらりと伸び、それを繊細な指でかきあげる仕草が、ああ、なんとも美しい。

端正で整った顔立ちもそれに大いに貢献している。

 

「貴女、ばい菌とか持ってないわよね?生憎火で通す余裕がないくらい腹ぺこなの」

 

ふんわりと全てを包み込んでくれそうな笑顔。月明かりに照らされた体は寸分違わず作り込まれた模型のようだった。

 

――綺麗な優しいお姉さん。

 

少し気を抜くとそう思ってしまう。

……勿論、今みたいな発言がなければの話だが。

 

「ちょっと待ってよ、私を食べるつもり?」

 

女はこくりと顎を下へやって、無情にもまた戻した。

 

私だってそこそこ長く生きている。

ご自慢の逃げ足が通じる相手ではないことくらい、すぐ分かるさ。

 

「それにしてもまさか上手くいくなんてねぇ。種子の発想を活かせるとは……」

 

大妖怪なんてものじゃない。

この世の全てを了解しきって久しいような瞳を見れば、兎にだってそれが理解ができる。

……尤も、あの夜に見た神殺しの化け物のような得体の知れなさがない分、マシなのかもしれないが。

 

「あのね、私ちっとも美味しくないと思う」

 

私は今夜、すっかり兎肉になってしまうつもりもなければ、血液を失って青白い兎になるつもりだってない。

 

より端的に言うならば、

 

――死にたくない!!!!

 

そういうことうさ。

 

「でも他に食べるものなんて」

 

「それは……あっ!」

 

手近に転がっていた土の被った人参を慌てて取り上げて見せた。

解けた風呂敷から周りに沢山散らばったもののひとつだ。

 

「ほらっ、人参、人参あるよ、人参美味しいよ、自然の恵みだよ!」

 

「人参、確かに良いかも」

 

「でしょ!」

 

「じゃあ、貴女は殺すわね」

 

「へ?」

 

急に梯子が外されて、どこか高いところから急転直下する。そんなのを確かに私は感じたね。

 

「だからさ、これだけ多くの人参を食べればきっとお腹だって膨れるさ、私を食べる必要ないよ。兎はばっちいしね」

 

「え?貴女は食べないわよ?人参を食べるわ」

 

私の方こそおかしな事を言っているみたいな態度だ。

 

「えっと……」

 

「食べないからと言って、殺さない理由にはならないじゃない」

 

これは、その、何を言っているんだろう。

 

いつの間にか私は、言葉だけがかろうじて同じの理屈や理論の異なる別世界にでも迷い込んでしまったのか?

 

「ど、どういうことかな?

今生かしておいたら、後々私が仕返しに来るとか思ってる?」

 

「仕返し?そんなこと考えてないわよ」

 

「だったら…」

 

「殺さないより殺した方が良いでしょう?それだけのこと」

 

「……」

 

こんなのまるで、雲に「行かないでおくれ」とでも頼み込んでいるみたいだ。

話が通じない。

 

「わ、分かった。とりあえずさ、一旦今までの話をまとめてみようよ、きっと認識の齟齬があると思うんだ。このままじゃあ私だって満足して死ねやしない、そりゃあんまりだよ」

 

「う~ん、あんまり長いのは嫌よ、さっさと殺されなさいな」

 

「すぐに終わるからさっ、ね!」

 

今の私は、首元に鋭い刃を当てられているのだ。おまけにぶるりとしてしまいそうな程に、それはひんやりと冷たい。嫌なもんうさ。

 

刃は徐々に皮膚へとのめり込んでいって、表皮を切り込み、そうして大きな血管を今にも破ろうとしている。

鮮血が金属を伝って滴り落ち、線となって流れ、するとどういう訳か、冷たかったはずの感覚が消え失せて今度は熱が篭っていく。嫌なもんうさ。

 

「整理しよう、あんたの主張ってつまりこういうことだよね?

私を殺して得られる利益と殺さないで得られる利益を天秤にかけてみたら、どういう訳か殺して得られる利益の方が重かった。だから私を殺す」

 

「利益?」

 

「そんな難しいこと考えてないわ」と続く。

利益という言葉の意味を咀嚼して、ようやく飲み込んだように。

 

ともかく、私は件の刃を身体から遠ざけなければならない。

 

「あんた、言ったはずだよ?殺さないより殺す方が''良い''って。これってさ、殺す殺さないの選択において、利益や利点の有無をその判断材料にしたってことだよね?」

 

「よく口が回るわねぇ、理屈兎は嫌いよ」

 

「あ、あんたは私を殺す利点に関しては、それはもう重々承知みたいだ。だから逆に殺さない利点、つまり私を殺さないで得られる利益についても知って欲しいんだよ、その話をさせて貰えないかな?その上でもう一度どちらの方が重いか精査すればいいさ」

 

「面倒くさいわね。もうどうだっていいわ、大人しく死になさい」

 

「話くらい聞いたっていいじゃない!」

 

「私は愉しいから殺すの。それ以上でもそれ以下でもないのよ」

 

「……待ってよ、楽しい?

それなら尚更おかしくないかい?楽しさを求めるならば、尚更私の話を聞くべきじゃない?」

 

「どういうことよ、なんで貴女の話をわざわざ聞かなくちゃならないの?」

 

なるほど、どうやらいきなり刃自体を遠ざけることは出来ないようだ。

 

それならまずは、これ以上刃が奥深くへ入り込まれないように専念する外ない。

 

「少し話が本筋からずれるけどさ……例えば、陸地から遠く離れた大海のど真ん中にこの私を放り込んでみたらさ、一体どうなると思う?」

 

「さぁ、魚に食べられるとか?」

 

「それもあるかもしれない。あとはさ、ほら?」

 

私は耳をぴょこぴょこ動かして、視線を誘導した。

 

「知ってた?兎って泳げないんだよ。耳が邪魔くさくってさぁ、水底までその重さで引っ張られるんだ」

 

ずっしりとくたびれたように見せて、重そうな様子を伝える。

実際の所兎は泳げたりするが、この際事実はどうでも良いのだ。

 

「興味ないわそんなこと」

 

「まあまあちょっと聞いてって。そうするとさ、きっと私は陸にたどり着く前に溺れてしまうよね?耳の重さもそうだし、あんたの言う通り魚に引きずり込まれてしまうかもしれない」

 

「だから興味ないってば」

 

「け、けれどさ、それでも私は必死に泳ごうとするんだよ。どうせ陸に戻れやしないことくらい分かってるのに、だんだん視界がぼやけて色合いもおかしくなってきて、酸素も回らなくなって何かを考える力すらなくなってきたってのに、それでも、私は手足を漕いで、水の上で無我夢中にぷかぷか頑張るんだ。時折波で戻されたり、ふと気を抜いて沈みそうになったりしながらね。そりゃあ無様で馬鹿らしい光景だと思うさ。

でもさ、それが生きるってことでしょ?」

 

「結局何が言いたいの?」

 

「だからさ、直ぐに私を殺してしまうなんて勿体ないんだよ。ここは海じゃないけど、あんたが私の生殺与奪の権利を握っている以上、大海のど真ん中とまるで変わらないさ。

あんたは、私が命を助けてもらおうと必死に利益だの利点だのくだらないことを説明しようと足掻いている様を、じっくり見て楽しめばいいんだ。海で溺れていく私を見るみたいにね。その方が長期的に良いはずだよ、獲物が意味もない悪足掻きする様を見るのって楽しいじゃない!……私にそんな悪趣味はないけど。

それとも何、あんたは赤ん坊のように、私を考えなしにすぐに殺すっていう目先の利益に飛びつくのかい?」

 

「……何よそれ、私があの化け物と同じだって言いたいの?」

 

「化け物……?な、何の話かな?

とにかくさ、私が思うに、あんたは乱暴で暴力的だけど、それをそれで終わらせないで、快楽や楽しみを見出す非常に独創的な感性を持った素晴らしい女性の筈だ!そんなあんたなら今の話を理解出来るんじゃないかなって思ってさ」

 

「……」

 

女は顎に手をやって、少しだけ考えた。

 

その間私は、急に皮でも剥がされないかと思って気が気でなかった。

 

「……まあ好きになさい、見ててあげる。せいぜい必死に命乞いしなさいな」

 

そしてにっこりと微笑んだ。

 

ぞくぞくっと、冷たい汗が背中で流れる。

 

刃の動きは停止したのかもしれない。

しかしいつ動き出してもおかしくない。

 

「そ、それじゃあ、話がずれすぎたね、本筋に戻ろう。私を殺さない利点があるって話、それの説明にさ!」

 

「……」

 

「わ、私はね、こう見えてそこそこ長く生きてきたんだ。見えないでしょ?可愛いもんね。

それでね、その長く生きるってことだけど、それはつまり、色々なものを見てきたから沢山知恵を蓄えているってことなんだ」

 

「ふ~ん」

 

「つまり、つまりだよ?私を生かしておけば、あんたに有益な知識や情報を与えられるかもしれないんだ!これは君にとって相当の利益になるはずだよ!」

 

「それが何よ。そんなの与えられても困るわ、私あんまり大きな荷物とか持つの嫌いよ」

 

彼女は憮然とした表情で、なんだかもう飽きてきた様子だった。

 

まずい、とにかく注意を引き続けないと。

 

「そうだなぁ……な、何か知りたいこととかない?私なら答えられるかも、試しに聞いてみてよ!長年の知恵が役に立つかも!」

 

「う~ん、そんなのあるかしら」

 

「なんでもいいさ!些細なことでも気になることでも……世界の成り立ちからあっと驚く秘境の話まで、凄まじい力を持った悪霊魔法使いから魔の世界にいる神様まで、あと、そうだな、私の体の各部位の大きさでも、昨日のお夕飯の献立の話でも、涙なしには語れない初恋の話でも……ほ、ほんとになんでも事細かく教えてあげるさ!」

 

「そうねぇ……」

 

「知りないことなんて何もないから、まずは右足を潰してみましょうか」なんて発言が飛び出るのではないかと、私は心臓をバクバクさせた。

しかし次の女の発言は、ある意味ではそれ以上に驚いた。

 

「……なら、金色の髪をして、袖が白くて赤い装飾のある黒い服をした、とてつもなく強い力を持った少女、知ってる?」

 

「!」

 

全身に電流が走った。

 

「え、ど、どうして……?」

 

知っている、間違いなく知っている!

あの恐ろしい存在、神様を消し去った異形の怪物!

 

……けど、どうしてこいつからアレの話が出てくるんだ!?

 

「まあ、知らないわよね」

 

「ししし、知ってる!知ってるよ!」

 

「……嘘は嫌いよ」

 

「ちょっとちょっとっ、私が人を騙す兎に見える?」

 

「話を合わせているだけじゃないの?」

 

「本当だよ。少し前に見かけたんだ、嘘じゃないさ!」

 

「それなら、あいつがどんなことをしていたか教えてくれるかしら?」

 

「えっと……」

 

あまり思い出したくなんてない。

あの出来事のせいで、最近は夜中に突然目が覚めるんだ、背中には汗びっしょりで。

 

「……確か、黒いもやみたいなので、神様を包み込んでそれで……消し去ってた」

 

「黒いもや?」

 

「私だってよく分からないさ!闇の中みたいに暗くって、それをあの化け物が出してたんだよ!」

 

「……」

 

通じたのだろうか?

そもそもアレがなんなのか私にだって分かっていない以上、説明の仕様がないのだ!

 

「そう。じゃあ聞くけど、あいつの瞳の色は?本当に知っているのなら答えられるわね?」

 

女は裏付けを求めるように問うた。

 

「瞳の色…」

 

忘れるわけがない、神を消し去って笑っていた、あの瞳の色を!

 

「赤!赤色だったよ!」

 

「……嘘じゃないみたいね」

 

「嘘なんてつかないうさ!」

 

当然だ。

私が嘘をついて人を惑わすなんて、そんないたずらめいたことするわけない!

 

「それで、あいつをどこで見たの?」

 

「ええっと、それは、ここよりもっと東の博麗って神が治めていた国の都、そこの神社!」

 

「博麗?気に食わない名前ねぇ」

 

女は腕を組んで、また考え込んだ。

 

「……分かったわ。貴女を生かしておいてあげる」

 

「や、やっひゃ!」

 

変な声が出た。

 

「そのかわりに、私をその博麗とかってとこの都まで連れていきなさい」

 

「え?」

 

連れていく?

一体どういうこと?

 

「えっと、どうして?」

 

「あの変な少女を探す為よ。その場所に何か手がかりがあるかもしれないわ。

国の場所は私よく分からないから、貴女に道案内して貰うしかないのよ」

 

「探すって、でもなんでそんなこと…?」

 

そもそも、この女はアレとどういう関係なのだ。

 

……もしかしてお仲間とか?

だったら常軌を逸しているような考え方も納得できてしまう。

 

「殺すためよ」

 

「は?」

 

しかし予想外の返答が私を貫いた。

 

「だって、私最強の妖怪なのよ?この世界で最も強いの」

 

女は星空を見上げて、笑った。

 

「だからあいつが私より強いなんて、そんなのおかしいじゃない」

 

言葉の後に「ふふふ」が続く。

 

ああ、もう幸運なんて名乗るのはやめよう。

どうしてこんな変なのとばかり最近は遭遇するんだ。

 

「じゃあ、そういうことでいいわね?」

 

女は人参を手にとって、少し齧り付いた。

 

いいわけあるか!

あの化け物を探すなんて、死んでも嫌だ!

 

「中々いけるわね、これ」

 

「い、いやでもさっ」

 

「嫌なの?じゃあ死になさい」

 

「どうしてそうなるのさ!」

 

「貴女が言ったのよ、殺さない利点。これがそうなんでしょ?」

 

「う……」

 

「その利点ってのが不成立なら、やっぱり殺すしかないじゃない」

 

ああ、どうしてこうなったんだっけ?

 

一週間前の私は、竹林で子兎達とぴょんぴょん跳ね回っていたはずだ。

流れる雲を見ながら、やれあれはキノコの形だとか、やれあれは人参の形だ、とか言って。

 

「わ、分かった、分かったよ。行くからっ、連れて行けばいいんでしょっ」

 

私は悪魔の手を握った。

冷えきっていそうな内心とは裏腹に、女の手は温かかった。

 

「そう、じゃあさっさと行きましょうか」

 

「え、今……から?」

 

「早ければ早い方が良いでしょう?」

 

「でも、ここからだとそこそこ距離があると思うんだけど……」

 

「尚更早く出発した方がいいじゃない」

 

「そうだけどさぁ……」

 

「なに、やっぱり死にたいの?別に構わないけど」

 

「い、行くよ。行くうさ……」

 

 

 

――不を除けて、運を寄せる。

――どんな不幸も幸運の前触れ。

 

――不吉も不運も不幸でさえも、みんなみんな前触れさ、うさうさ通りは今日も快晴、晴れのち晴れの青空日和。

 

こんなこと考えてた自分を痣ができるまで殴ってしまいたい。恥ずかしい。

 

 

 

かくして、どういう訳か私と頭のおかしい女との、誰も望んでいない二人旅が始まった。いや、始まってしまった。

 

やっぱり私の当初の考えは間違っていなかった。

長寿の秘訣は面倒事に近づかないってこと。

 

「私、風見幽香。よろしくね兎さん」

 

「……因幡てゐ、うさ」

 

そこらに転がっている小石以上に興味もない名前を聞いて、そして私はこれからのことを考え項垂れた。白いご自慢の耳も垂れた。

 

「……ほら、何やってるのよ。早く案内なさい」

 

幽香とかいう女は腰に手を当てて私を急かした。

 

勿論、下から上まで出るとこ全部出した状態で。

 

「……えっと」

 

そもそも、どうしてこの女は素っ裸なんだ。

あの時産まれたばかりなのかとか思ったが、話を聞く限りじゃそういう訳ではないらしい。

 

意味がわからない、これまでそこに気を配る必要がなかったが、普通に前提からおかしいのだ。何一つ理解ができない。

 

「あのねぇ、私待つのは嫌いよ」

 

「その、さぁ……連れていくのは分かったけど……まず服、着た方がいいんじゃない?」

 

「……」

 

幽香は自分の裸体を凝視した。

 

どうやら、自分がどんな格好なのかに今気づいたらしい。

 

「いや、もちろん、そういう趣味とかってんなら、話は別だけど」

 

「……花だって咲き始めは、何も纏ってないじゃない」

 

「花は最初から最後まで服なんて着ないでしょ……」

 

「……」

 

一応、彼女にも羞恥心というものはあるらしかった。

 

 

「んん……?」

 

目に入ったのは、横から差し込む光。

見るとそれは太陽だった。少し眩しい。

 

「ここは……?」

 

起き上がる。

どうやらどこかの丘の上らしい。

 

空の色は正しく早朝と言った感じで、地平線からてっぺんまで、グラデーションが藍色から薄青色へと変化している。

 

「う……」

 

とてつもない倦怠感。体が鉛のように重い。

一体私はどうしてここにいるんだっけ?

いつものお昼寝スポットでもないし、見覚えのない景色だ。

 

「えっと……確か……」

 

私は諏訪子の国(仮)を抜け出して、そして迷子になったんだ。

 

その後何か特徴的な地形はないかと辺りを見渡す内に向日葵だらけの畑を見つけて、そして……。

 

「あ」

 

女と出会った。

すこしくせっ毛のある腰まで伸びた緑色の髪と、白のシャツに赤のロングスカート。

 

瞳の色が緑色だったのは気になるが……どう考えても風見幽香である。ゆうかりんだ。

 

「……う、うっぷっ!」

 

思い出してしまった。

何もかも全て。

 

私は彼女の腕を噛みちぎって……。

 

「おえええええっ!!」

 

食べてしまった。人の、厳密には妖怪だが人型であることには変わりない、人の肉を食ってしまったのだ。感触も味も全て覚えている。喉を通る感覚も全部。

 

うああ、なんて最悪な気分だ。

あの欲に動かされたことはこれまでもあったが、ついに食べるところまでいってしまったなんて……。こんなの初めてだ。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

胃の内容物を吐き出しても、得体の知れない赤い物質が流れ出るだけ。

 

私は私を、他の誰かのレンズ越しで見ているような目線で、俯瞰しているような感覚だった。

 

「うぁ……はぁ……はぁ……」

 

人の腕を食った。

人の肉を食った。

 

……しかも、それだけじゃない。

 

私はその後やってしまったはずだ。

大変なことを、本当に大変すぎることを。

 

「あ……うあ……」

 

私は大きな弾幕を作り出して、そして地上にそれを落とした。

訳も分からずに、なんだか食欲も消えてしまって、何もかも破壊し尽くしてしまおうとか考えて。

 

結果、周囲は全て消えてなくなった。

向日葵畑も、近くの森も、山も。

 

それはもちろん、あの風見幽香も。

 

「うそ……私……」

 

周りの色が消えて、モノクロになっていく。

物凄いスピードで血が抜かれているようだった。

 

「も、もしかして……」

 

体に力が入らなくなる。

重力全てが私の敵のようだった。

 

「あぁ、そんな……」

 

気づいてしまった。

 

私は彼女を、消し去ってしまったということに、殺めてしまったということに。

 

「どうしよう、ああ、どうしよう!」

 

一人の馬鹿みたいな叫びが、ここら一帯で木霊した。

 

風見幽香、別名幻想郷のフラワーマスター。

私は彼女を、この手で殺してしまったのだ。

 

 

「ルーミアの馬鹿。どこほっつき歩いてるのか知らないけど、今度会ったら頬っぺ弄り回してやるんだから」

 

そう一つ決意をしたのは、すっかり太陽が顔を出し始めてからだ。

 

ルーミアと出会った森、そこが集合場所だった。彼女は''本当の力''なるよく分からないものを見せると自信満々だったが、なるほど、騙されたらしい。

 

私もどうやらあの子に対して相当甘いらしい。こうして夜が終わるまで一晩中待っていたのである。

 

「頬っぺだけじゃ足りないわね、どうしたものかしら」

 

しかしどうも、心の奥底で納得のいかない部分があった。

ルーミアは言っていた、「私が神を消し去った」のだと。

 

普通に考えれば有り得ない。闇の弾を筆頭とした変な能力を除けば、あの子はせいぜい中級妖怪程度の身体能力。神なんて倒せるわけがない。

 

「夜になれば力が戻る」なんてことも言っていた。これも意味がわからない。どうして時刻によって能力にばらつきが出るというのだ。それにこの星のどこかは必ず昼で、必ず夜なのだ。こんな曖昧なことはない。

 

「もっとマシな嘘があるでしょうに……」

 

しかしやはり、心の違和感は消え去らない。

 

私は嘘を見抜くのが得意だ。

感情や思惑の変化を辿るのは、ちょうど何かと何かとの境界を作り出すのに似ている。

 

ルーミアの場合は、私でなくても分かるくらいに嘘をつくのが下手だ。表情に全て出る。

しかしその、最も突拍子のない「神を消し去った」だの「本当はとても強い」だの「夜になると最強になる」などの発言は、なぜだか嘘だと思えなかった。彼女は自信満々に、本当のことを言っているように見受けられた。

だからこそこうして今日(今となってはもはや昨日だが)真相を確かめるつもりだったのだ。

 

「はぁ、やっぱりでまかせ言ってただけなのね」

 

ルーミアは約束を破った。

つまり、やっぱり嘘だったのだ。

 

今回に関しては私の違和感は、無能で誤ったものだったということだろう。

 

次に会った時になんて言い訳するのか楽しみだ。

絶対に髪もわしゃわしゃしてやるし、色々なところをこねくり回して遊んでやる。

 

「……さて、どうしたものかしら」

 

私には行かないといけない場所がある。

というよりも、行くべき場所が。

 

「……」

 

少しの間、森の音を聞きながらそれを考えた。

 

##########

 

''神秘の泉''。

 

その名前を聞いたのは随分前の話。

隙間から腹ごしらえの為の獲物である、二人組の人間を襲う機会を伺っていた時のことだ。

 

初老の男と若い男、二人は何かを熱心に話していた。

 

「……それが、神秘の泉なんですね?」

 

「そうだ。自分は一体何者なのか、どうして世に産まれたのか、一体何の理由があるのか。そうした知り得ない真実を映し出す泉だ」

 

私はいつの間にか話に聞き入っていた。

 

「でも、そんなの知ってますよ。俺はお袋の腹から産まれたんです」

 

「……そういう話ではない、もっと根源的な話だ」

 

「えっと……神様が万物を作り出した、とかってことですか?」

 

「……さぁ、私にも分からない、そうかもしれないな。ともかくそれは、自分の正体、生きていても知ることの出来ない、そんな奥底に眠る物を映し出すらしい」

 

「そんな泉、どこにあるんですかね?」

 

「世界のどこかに、だ」

 

――なるほど、面白い。

 

私は直ぐに二人の前に姿を現し、若い方の首を刎ね、怯えた初老を問い詰めた。「その話を詳しく聞かせなさい」と。

 

結局初老はそれ以上のことは知らない様子だった。若い男の血が足元へ流れていくのに気を取られていた。

死の寸前において嘘をつく理由もないし、嘘の気配はない。

それになんだか、私自身でその話を信じてみたくなった。

その泉が写し出すという''自分の正体''とやらに、私は元より興味があったのだ。

 

私は何者なのか。

どうしてこの世界に存在しているのか。

そういった類のことに。

 

最初の記憶は人間共に辱めを受けた忌まわしいもの。

しかしそれ以前は果たしてどうだったのか?

 

 

 

私は時々夢を見る。

ぼんやりと、その詳しい内容までは思い出せないが、決まって同じような夢だということは分かる。昔から今まで、この夢は操作のできない習慣として体の中へと入り込んでしまっている。

 

大抵、私のような何かと、もう一人の見知らぬ誰かが主役の夢だった。私のような何かというのは、こう表現する以外他に方法がないのだ。それは''私であって私でない''ようなもの。そいつと私の間には境界があるのかもしれないし、ないのかもしれない。

 

もう一人の見知らぬ誰かさんも、同じくらいの歳の女だった気がする。その女の夢での様子を鮮明に思い出そうとすると、頭の中が痛んだ。怪我や病気ではない、特異的な理由で痛んだ。

 

私とその彼女が夢の中で何をしているのか分からないが、恐らく旅のようなものだと思う。

二人は各地を巡って、何か積極的な行動(それが何なのかまでは把握ができない)をして、また元の場所へと帰った。それを繰り返した。何かしら目的があったようにも思えるが、詳しいことは何一つ分からない。

 

私は、私のような何かとして、その夢を体験する。

全く異なる世界のような、こことは違うその輪郭の定まっていない、ひどく抽象的な情景だけがあった。

 

それが単なる意味のない夢、つまり妄想の類には思えなかった。

何故かその夢を見て起きる度に、私はひどく切ない気持ちになるのだ。懐かしいような、悲しいような、今度は胸が痛んだ。

 

私はこの夢が伝えようとしていること、それこそが、私がどうしてこの世に産まれ落ちたのか、私は一体何者なのか、その答えになっていると思った。

 

 

 

私は泉を探した。

隙間はそんな情報を集める作業に最適だ。

人の話を盗み聞きしたり、わざわざ人間の振りをして村や町に忍び込んだりした。

時間だけはいくらでもあったから、暇さえあればそれを繰り返した。

 

しかし一向に、その泉とやらは見つからなかった。

不確かで、あまり役に立たない情報ばかりが増えていく。

 

実のところ、最初からそこまで期待はしていない。

泉の存在を信じてはみたいが、本当にこの世のどこかにあるとは確証が持てなかった。大体、''自分の真実を映し出す''だなんて、はっきり言ってよく説明ができないし、どこかの神が作り出した御伽噺の一例に過ぎないのではないかと、心のどこかではそう思っていた。

要は泉探しは、あくまで暇を潰す手段の一つなのだ。

 

こんな状態が何十年と続いた。

私はほとんど諦めていた。

 

事態が動いたのはルーミアと出会ってからだ。

出会ってすぐに、彼女ならと、泉の存在をそれとなく訊ねてみた。常識から少し逸脱したあの子なら、もしかすると知っているかもしれないと思った。

 

ルーミアは結局泉のことなんてこれっぽっちも知りはしなかったが、それから色々と巻き込まれてしまって、博麗とかいう神との騒動にも関わってしまった。

私にしては随分と派手なことをした。

兵士を殺戮するなんて表立ったこともしてしまった。

 

事態が一旦落ち着いてから、私は博麗の国の動向を探り始めた。

私や村への報復があるかもしれないと懸念したし、博麗の神がどこへ行ったのかが純粋に疑問だったからだ。

 

そして、遂に先日驚くべき情報を耳にした。

 

――博麗神社の裏に、覗き込んだ者の真の姿を露わにする泉がある。

 

間違いない、神秘の泉だ。

どうやら博麗の神に仕える、非常に地位のある者だけが存在を知っているらしい。道理で今まで情報が集まらなかったのだ。

 

私はどうするべきか考えた。

今まで探していたものの場所が分かった。

かといって、あまりにも突然すぎてどうすれば良いか分からなくなった。

 

目的とは、それが達成される寸前になると、どうしてか手を引っ込めたくなってしまう。

自分の望み通りの結果が訪れるとは限らないし、そうでない時が怖い。それに達成するまでの過程の方が、夢があって面白い。

 

――行こう。

 

やがてようやく、私は決心がついた。

 

ルーミアにも付いてきてもらおうと思ったが、約束をすっぽかされたのを気軽に許すと面白くないので、しばらくは怒っているふりをするつもりだ。まぁ、実際普通に怒っているのだけれど。

 

「あら、木漏れ日さんも私を見送ってくれるの?」

 

どうやら少しの間だけでない、かなりの間に考え込んでいたようだった。

昼の陽光が木々の合間から、私の頭上に降り注いできた。

 

「……」

 

ルーミアのこと、人間のこと、私のこと。

どうやら色々な事が変わり始めている。

 

私は隙間を展開した。

場所は、博麗神社。

 

##########

 

神社の様子はやはり閑散としていた。

家屋はどれも老朽化が激しく、鳥居の塗装は所々剥がれている。名前も知らない鳥が淡々と鳴く音だけが響いた。

 

仮にも強大な神が住まう根城だとは思えない。

ただ地面だけはよく掃除されているようで、拝殿へと続く石造りの道には塵一つ落ちていない。

きっとあの、賽銭箱に立てかけてある竹箒を使っているのだろう。当の賽銭箱に関しては、中に何かが入っている様子はなかった。

 

「さて、目当てのものはどこかしら」

 

あの厄介そうな巫女に見つかるのは面倒くさい。

気配を完全に消し去って、私は下賎な盗人のように歩いた。

 

境内の裏側へと回り込むと、こちらはより酷い有様だった。草は生い茂り、人の手が加えられた様子がない。

かろうじて、奥の森へと続く土の道がうっすらと見えるだけだ。

 

――神社ってこんなもんなのかしら。

 

泉は神社の裏側にある。この道の向こうだろうか。

 

私は歩みを進めた。

鳥の声は比較的静まり、今度は森独特の虫の声が木々の合間を這う木漏れ日と共に巻き起こった。

今日は木漏れ日と相対する機会が多い。

 

私はやはり、その光の膜を這うように歩いた。

 

「……!」

 

一分もかかることなく、それは目の前に広がった。

 

そこまで大きくない、楕円形のそれは、周囲に木々を伴っている。

淡い藍色の水がその木々の葉を反射している。

それでいて同時に、水面は綺麗に透き通り、底まで見えてしまうのではないかと思う程だった。

 

「これが、神秘の泉……?」

 

覗き込むと自分の正体が分かる、本来は決して知ることの出来ない真実、これがその、神秘の泉なのだろうか?

 

水へと落ちた葉は、私を招き入れるように浮いて揺れている。

 

「……普通の泉ね」

 

特に何か大きな力が宿っているとは思えない。どこにでもあるような泉だ。

強いて言うなら、色があるのに透き通っている景観が、少しだけ不思議なくらい。

 

今まで探してきた摩訶不思議な物が、目の前にある物だとは信じられなかった。

 

「……」

 

私はすぐそばまで歩いた。

そしてしゃがみこむ。

 

前のめりな体勢を作れば、すぐにだって覗き込める距離。

 

「……」

 

本当にいいのだろうか?

 

覗き込んでしまっていいのだろうか?

 

もしそこに映ったものが、私の望まないものだったら?

もしそれを見た結果、今まで信じていたものが消え去ってしまったら?

 

「……」

 

風ひとつない。

 

きっと後ろで、私が何をしようとしているのか、その一挙手一投足を食い入るように見つめる木漏れ日達が、ぎゃあぎゃあと騒いでいる筈だ。

 

「……よし」

 

私は大きな何かを食べて飲み込むように、ゆっくりと息を吐いて、そして顔を水面の上へと出し覗き込んだ。

 

 

 

「やっぱりあんたね!やっと見つけた!」

 

その途端、真後ろから声が聞こえた。

 

振り向くとあの巫女がいた。

ようやく財宝を掘り当てたみたいな顔をして。

 

「今度こそ退治してやる!」

 

どうやら騒いでいたのは、木漏れ日だけではなかったようだ。

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