ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい   作:ポンデーニュ

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第3話「小さな小さなパラダイムシフト」

夜はやはり気分が良い。この世の全てを思うままにしてやれるような、全権を握った帝王のような錯覚すら浮かび上がるのだ。

 

「ルーミア…あなたはやっぱり凄いのね。

ふふっ……私ったら、なんだか楽しいわっ」

 

私たちは二人、焚き火を囲んで小さなディナーをしている。

あのしつこい火吹きザウルスをぶちのめしたのはいいが、やはり夜は妖怪が活発に動く。それに永琳も体力の限界なのが簡単に窺えた。

よってひとまず朝までここで休憩することにしたのだ。ここは大樹の森から少し抜け出した所にある少し小高い丘の上で、敵の接近もいち早く分かる。

それに、永琳もこの夜空が好きだったみたいだ。彼女は大分落ち着いたようで、今は楽しくお話が出来ている。落ち着き払った態度と言動が、やはり彼女の頭の出来と育ちの良さを強調していた。

 

しかし本来の永琳は、あの泣きじゃくった年相応な女の子なのだろうか。私にはどっちが本当の永琳なのか把握しかねた。

 

そもそもこの子が本当に永琳かなんて、確証はどこにもない。八意家と言っても違う八意家かもしれないし、永琳のご先祖さまかもしれない。

でもこの姿形と私の勘が、彼女を永琳だと主張して止まないのだ。あまりにもその頭の中の声が煩いもんだから、もう私もこの子を永琳だと断定することにした。

 

さっきまでは自分が今までたどった歴史を掻い摘んで話していた。

地球の誕生や、海の生成…そして生命が生まれたこと。彼女は目を輝かせて、私の一言一句を噛み締めるように話を聞いていた。

 

夜風はすこぶる好きだ。自分がここにいるという実感が得られるからだ。

 

「ねぇルーミア、私ね、星空が好きなの」

 

私はちょうど干物を食べていたが、噛みちぎって彼女の話に耳を傾けることにした。

 

「わからないって、すっごく魅力的じゃない?すぐにわかってしまったらそれでおしまいだけど、わからなかったらこの優雅で賛美な好奇心はずっと残り続けるの」

 

塩味が少し効きすぎていたみたいだった。塩分で口の中が乾いていくのを感じる。

 

「中でも、月は格別だわ。あんなに近くに見えてるのに、だけどまだ実態はよくわからなくって、本当に駆け引きが上手なのよね。

あの月に行けるんだったら、私、死んでもいいわ」

 

「あはは。そんな風に死んでもいいって思えるくらい大切なものが、私にも欲しいものだね」

 

「あら、言葉の綾よ。本当に死んでしまったら月に行けないじゃない。

私だって、自分の命を懸けられるくらい大事なものを見つけてみたいものだわ」

 

私はサバンナのようになってしまった口を潤すために、小瓶に入れていた水を飲み干した。

このよく出来たガラス瓶は少し前に人間の探索隊から拝借したものだ。いや、カバンごと忘れて放置されてたからそれを拾っただけで、窃盗にはギリギリならないと思っている。

小瓶を青空で掲げると光が反射する様子が、闇そのものであるはずの私には本来毒であるはずなのに、何故だかとても可憐に思える。

 

「知ってる?ルーミア。

月ってね、地球と一緒に回ってるから、私たちから見えるのは表側だけなのよ。だから私たまに思うの。本当は裏には大きな大きな都があって、そこには誰も知らない技術や文明が発展してるんじゃないかって。素敵でしょ?」

 

うん、多分それ作るの君たちです。

 

「あはは…永琳はロマンチストだねぇ」

 

「だからえーりんじゃないってばっ」

 

そう言いながらも、なんだか満更でもない様子で笑みを浮かべる彼女を見て、私は彼女を何があっても永琳と呼び続けることを決めた。

いや……もしこれで永琳じゃなかったら二人永琳がいるってことで、まぁ……永琳だって多ければ多いほど良い筈なのだ。

 

「う~んでも、君たちの技術力ならロケットでも作ってしまえばいいんじゃないかな」

 

「え?ロケット?」

 

しまった、まだ存在していないモノに言及してしまうと、なんだかなんちゃらパラドックスとかが起きてめちゃくちゃになってしまうんじゃないだろうか?…よく知らないけど。

 

「ロケットならとっくに出来てるよ?」

 

「い、いやーごめんごめん。ロケットってのはなんか適当に今作った言葉で………え?」

 

きょとんとする永琳だが、こちらだって負けてない。きょとん度なら誰にも負けない自信のある顔だ。

 

「ルーミア、あなた全然知らないのね。もう何十年も前に有人の宇宙飛行船は出来ているのよ?」

 

「え……でも、だったらなんで月に行かないんだい?」

 

「……てっきり知っているものだと思っていたのだけれど……。

………雲の上にはね………いるのよ…」

 

永琳は賢い。いいや、賢いなんて言葉じゃとても表せないほど、きっと彼女の頭の中は複雑なんだ。

だけどこうして、時折見せるしおらしい仕草がその幼さを暗に表しているようで、私でも彼女とまだ同じ地点にいる気がして嬉しくなった。

こうして月を見つめる彼女の姿に、あの泣きじゃくっていた時の永琳とはまた違う、別の、無邪気な幼さを私は感じたのだ。言葉遣いは丁寧でも、彼女はまだ子供なのだ。

 

「いるって、何がさ?」

 

「分からないのよ。アレは地球から抜け出そうとする者を必ず見つけて、そうして破壊してしまうの。

私だってよく知らないわ、だって見たものは皆、死んでしまっているんですもの」

 

しかし、興味深い話だ。

さっきまでひゅーひゅー鳴いていた夜風も、なんだか耳に入らなくなる。

 

「…よく分からないな。だって、私は雲の上行ったってなんともないよ。そういうの見たこともない」

 

何度か地球の外へと抜け出そうとしたことがある。

大体はなんだか胸が詰まる感覚がして途中で引き返したが、数回ほど完全に地球外まで到達したことがある。

その時は本当にこれまでにないくらい絶好調な感覚を味わったが、別に他の星へ行くくらいなら地球に留まっていたほうが楽しいし、戻れなくなったりしたら怖いのですぐに戻った。

まぁ、大気圏突入の衝撃ですぐに粉々になってしまったけど。

 

「''アレ''は、きっと人間がこの星から出るのを拒んでいるのよ」

 

それにしても初耳だ。地球から出ようとする人間を拒む''アレ''って、一体何の話なのだろう?

聞いたこともないし、東方の世界にそんなものがいたなんてことも、なんだかよく分からない。

 

彼女は尚も、恋焦がれるように月を見つめていた。そして私も、すっかり人を食べたいという欲求のことを忘れてしまっていた。

 

「ねぇ、ルーミア。私、やっぱり分からないや。

自分がどうすればいいのか分からないの」

 

簡易的に草を編んで作った草布団(仮)で身を包んで、彼女は焚き火を見つめながら言う。

 

「なんでだろうね、わからないって本当は凄く綺麗で美しくて、私が大好きなもののはずなのに、それがこう、自分のことになると…私、途端に怖くなって……すごく…悲しくって…」

 

永琳は、きっと、やっぱり、頭が良いんだ。

私はただそう思った。単純にこの様子を見て、その認識が心にすとんと落ちてきたのだ。

 

「……家に帰ったって…何か、変わるのかな?

ねぇルーミア、私って何なのかな?」

 

私は何も言えなかった。

できることといえば精々、焚き火が時折弾ける音と夜風のアンサンブルに夜虫の合唱を添えて、それを耳というフィルターを通して脳へと伝達するだけだった。

 

でも、なんだろう。

何か、私も何かを話したくなった。

 

ただ、何の駆け引きも生産性もない、思ったことを口に出したくなったのだ。

 

私は、自然と口を動かしていた。

 

「まだ青空ができる前だけどね、私は一人で洞窟を掘って、その中で暮らしていたんだ」

 

もう何億年前の話なのだろうか。

 

「その中では、自分で毎日やることを決めていて、それが必ず歌を歌うってことだったんだ。毎日、必ず、私は歌ったんだ。自分の出した音色が反響していくのを聞くのが、私がそこにいる証明な気がしたんだ。

外では相変わらず、張り裂けそうな音が聞こえていてさ、でも私はそれも嬉しかったんだ。

ああ、今日も地球は馬鹿げていて、平常運転でしたり顔なんだねって」

 

彼女はじっと私を見つめる。

 

「それでふと思ったんだ。こんな毎日が続いて、それでも私は存在してる。

気の遠くなるくらい長い間ずっとこの星にいて、でもそれに意味なんてないんじゃないかってさ」

 

私は少し、自嘲気味な笑いを浮かべた。

 

「私も考えたよ。何で私はいるのかって。

それでなんだか、本当に悲しくなって全てを投げ出したくなったんだ。私だって長く生きてるんだから、気分の沈んでいる時くらいある訳さ。

私は…歌うのを止めたんだ。その日は洞窟ができて初めて、音楽が聞こえない日になったんだ」

 

彼女と目が合う。ようやく、目の腫れも治まってきたようだった。

 

「自分がなんで生きていて、何者なのかは、結局さ、それを知るために生きてるんだと思うね、私は。

その為には妥協なんかしちゃいられないってさ。私達は、きっと一度妥協したら次の妥協が簡単になってしまうんだ。そのたった一度が、多分人生の分岐点なんだろうね」

 

あの日、私はかごめかごめを歌わなかった。

そしてその歌は、何故だか鮮明に音色と歌詞が思い出せる唯一の歌だったのだ。

 

「私は、あの日歌うのを妥協しちゃったんだ。

怖かったよ。一度の、たった一度の妥協が私を堕落せしめる危険因子だって、感じてさ。私にとっての歌は、自分の証だったんだ。ここにいてもいいって抱きしめられるような、そういう証明だったんだ。

でも過ぎたことはどうしようもないし、もしかすると妥協だって悪くないかもしれない。それが次の妥協を防げるのなら、きっと良い事なんだってね。

私には結局どっちが本当なのかは分からないよ。

だからせめて、永琳はさ、自分の納得がいくように生きて欲しいな」

 

私たちの間にしばらく会話は無かった。彼女は何かを考え込んでいる様子だった。

 

なんだか自分でもよく分からない事を口走ってしまった気がする。こういうのは柄でない。

 

ああ、もう眠ってしまおう。夢の世界にダイブしてしまえば、この変な気分も晴れるはず。

 

私は最後の干物を取り出して、その塩分を堪能しながら横になった。

 

それからしばらくして、私たちは眠りについた。

 

 

 

翌日、朝早く起きた私達は直ぐに出発し、永琳の国にはあっけなくたどり着いた。女の子が数時間走ってたどり着ける距離にあの洞窟があったのだから、元々そこまで遠くなかったのだろう。

何度か恐竜や、雑魚妖怪に襲われたが、この程度なら昼の私でもなんとでもなる。永琳を守りながらっていうのが、少し難しかったけど。

それに途中で良い事を教わった。タカクレソウと呼ぶらしいこの桃色の花は、花びらを溶かして煮込むと甘くて濃厚なスープになるらしい。私は頻繁に見かけていたが、どうやら少々貴重な物らしい。国と国とを繋ぐギルドのような機関でもかなり高価に取引されるくらいだと、永琳は少々興奮気味に話していた。彼女は本当になんでもよく知っている。

 

さて、やがて滝へと繋がる大河が、日が昇る方から降りる方へと流れ、あるいはまた、点々とまばらに存在する小高い岩山を除けば、本当に見通しの良い平原地帯に国はあった。

一際目立つ大きな壁、奈良や平安時代を思わせる寺院のような造りで人の住む地域を立方体に囲んだそれは、科学技術で特別なプロテクトがかかっている。それは人間に敵対する全ての生物を退ける効果があるとのこと。

基本的に中に入るには、一際目立った一切塗装の剥がれがない、薄緑の一文字瓦がびっしりと敷き詰められている屋根の下に位置する、これまた高さにして10mはありそうな正門から入るしかない。石造りのそれは、どうやら近づくと自動で左右に開くらしい。

 

日本のどこか古い建築要素を思わせるその佇まいに、未来のテクノロジーが融合したこの文化は、いくら学者でない私でも興味や好奇心がそそられる。

 

ちょうどこの平野の全体が見える山の上で、私たちはしばらくその様子を眺めていた。

 

「…ルーミア、ありがとう。ここからはもう大丈夫、私一人で行けるわ」

 

確かにここから見える距離だが、まだ1kmくらいはあるんじゃないだろうか。

 

依然として危険があるかもしれないと言ったが、どうやらここらの地帯は全体にヒトでない敵対の可能性のある生物を発見次第、早急にそれを排除するシステムが張り巡らされているらしい。

 

いつかの私が粉々になったあの時も、もしやそれだったのかもしれない。

 

 

 

「ルーミア……また、会えるよね?」

 

「会えるさ。私は消えたりしないよ」

 

彼女は私に抱きついた。

私達はしばらくの間お互いの鼓動を確認しあった。

綺麗な髪を撫でてやると、彼女はくすぐったそうにする。

 

やがて私達は別れた。

彼女の姿が見えなくなるまで、私はそれを目で追っていた。

無事にたどり着いてようやく、私は肩の力が抜けたように帰路についた。

…いや、帰路と言っても別にどこかに定住している訳ではないのだけれど。

 

##########

 

なんだか酷く疲れてしまったな。

永琳にも随分干物を食べさせちゃったから、また作って補充しないと。

 

それにしてもまさかこんな所で原作キャラと出会うとは…。この世界が東方Projectの世界だったなんて、ちょっと油断したら忘れてしまう。

思えばあの特徴的なナースキャップのような帽子の時点で、なんだか違和感や既視感がある、と………あれ?

あの帽子、どうなったんだ?

 

「………あ!」

 

まずい、洞窟に置いてきてしまったはずだ。

私は特に何も考えずに永琳と飛んで洞窟を脱出してしまったが、彼女は帽子を小岩に立てかけていたはずだ!

 

急いであの洞窟へと向かおう、幻想入りした時でもあの帽子を被っていたはずだ、だとすると本当にお気に入りで大事なものに違いない!絶対に返さないと!

 

宙を舞い、目的地を目指す。地面が流れ景色が流れるが、私の焦燥感は留まり続けた。

洞窟の場所はすぐに分かった。色々と暴れたせいで付近の大木が消し飛ばされているからだ。

 

中へと入る。帽子は………。

 

「…よかった!あった!」

 

あの赤十字のナースキャップは無事だった。

少し土で薄汚れてしまっているが、洗い流せば何とかなるだろう。

 

これをあとは届けるだけだが……さて、どうしたものか。

 

##########

 

ああ、完全に失敗した。

帽子を届けるという名目なら、中に入れてくれると思ったんだ。

 

永琳の言っていた数々の人外避けトラップを気合いでよけて、正門までたどり着いたのは良かったが、だけども私を待っていたのは無数の兵隊だった。

どうやら私は、この国の最重要人物を攫った極悪人のようだ。

 

彼らは奇妙な服装だった。甲冑とも、西洋の鎧とも言い難い…色は全身真っ黒で、鋭い光沢がある。

だけど金属感は見受けられないのだ。むしろ布のような、繊維の様子を感じる。一体どんな技術をしているんだ?

 

「あ、あのー。八意永琳……あ、じゃなかった…えーと、なんだっけな。発音難しくって、わかんないや。

あの子に届けものがあって…」

 

「む!貴様、八意様の一人娘を誘拐した者だな!

捕らえろ!」

 

その一声で彼らは陣形を崩し、その一部の層が私へと突っ込んできた。

 

どうにかして空中へと回避するが、これが失敗だった。上へと飛び上がると同時に、電流の伴った弓矢が私の左腕を貫いた。

 

「ぐっ!」

 

ビシリと骨が割れるような痛みが走る。

この程度ではあのビクッと現象は起きないが、しかし単純にこれは痛い。

 

この攻撃で彼らは一度突入をやめた。私が体力を消耗するのを待って、それから捕まえる気なんだろう。

あのトラップが発動したことと、私がそれらを人間離れした様子で避けきったのはもちろん見られているはずだ。だからここまで警戒されているんだろう。そもそも昼の私では奇跡と言える運の良さでここまで来れたんだ。これはオーバーキルじゃないか?

 

ああ、これは本当に痛い。しょうがない、ここはあの''弾幕''を放ってやる。

 

ふふ、そうすればみんな木っ端微塵だ。どこかに被弾さえしてしまえば、こんな人間達なんて直ぐにぐちゃぐちゃにしてしまえる。全員お陀仏だ。

 

 

 

い、いや……ダメだ。ダメだ!

何を考えてるんだ私は!?

 

あれは危険すぎる、どんな被害が出るかまだ見当もつかない!

 

それにそもそも、私は……私は、人なんて殺したかない。そうすることで、もしかすると一線を越えてしまうのではないかと、それが怖くて堪らない。

 

途端に震えが襲ってくる。人間を殺めて、私は本当に良いのだろうか…と。

あの時永琳に強く感じた食欲だったり…先程感じたあの殺意は…私が私でなくなる気がして、それで私が私でなくなることは、それは消失より恐ろしいものなのではないだろうか。

 

――殺してしまえばいい。一思いに殺ってしまえ。

 

そんな声が聞こえるように思えてならない。

それに支配された私は、本当に私なのか?

 

 

 

しかし幸か不幸か、私の殺人は未遂に終わった。

私のこの一瞬の油断と思案の間に、いつの間にか兵士の一人が背後に接近し、首筋に何かを当てたのだ。

 

体全体に鋭い電撃が走り、私は、やがて、意識を失った。

 

 

不思議な出会いだった。

今までの常識が覆されるような、そんな出会いだった。

 

私が屋敷を抜け出して外へと出たのは、これが運命だったのかもしれない。そんなものは信じたくないが、そんな風にも考えてしまうほど、私は全てが逆転したように思えたのだ。

 

両親の中身のない安心を伝える言葉を退けて、私は一人図書室へと向かった。何か思案に嘆きたいときは、この場所が一番最適なのだ。

 

年季の入った本たちの、この歴史を感じる匂いは好きだ。ああ、本に埋もれていたい。

というよりも本の中に入りたい。文字の中で文字に埋もれたい。そして行間に住みたい。私はインクの染みだ。

 

そういえば外の調査・探索隊の資料があったはず。

 

私は普段はあまり読まない本棚へと足を運んで、その中から一つ気になる資料集を見つけた。

そこには外で起きた不可思議な出来事や、詳細が明らかになっていない事がまとめられているのだが、興味深い記述がある。

 

『空を飛ぶ人型の何かがいた』

『人型の何かがα地点に侵入、即座に攻撃態勢に入り迎撃がされたが、あとかたもなく消えてしまった』

『隊員の探索用リュックが消えた。中には西の国から取り寄せた貴重なガラス瓶も入っており、当該隊員には厳罰な処分が……』

 

恐らくルーミアだろう。

彼女はこうして、私達との距離を保ち続けていたんだ。これくらいの関係が、きっと彼女は好きなのだろう。

 

「ふふっ……」

 

私は、何だかルーミアと同じ世界にいるという実感を得て、少々嬉しくなった。

 

――ガチャ。

 

「お嬢様、昼食の時間です」

 

全く、本当にいい所を邪魔する。

 

私はしぶしぶと部屋を後にした。

 

 

 

採れたての山菜の盛り合わせだった。

健康に気を使ったバランスの良い、栄養のある食事。

やたらと広い落ち着かない食堂で、私は両親とこれを胃の中に落とし込んだ。

 

「本当に良かったわ、無事で……」

「お前に何かあったら私は…」

 

まだ言っているのか。

 

ああ、こんな綺麗ぶったものよりも、あの元の魚が何なのかすら分からない、やたらとしょっぱいルーミアの干物が恋しい。

 

そんなことを考えながら口にものを運んでいると、執事が父の元へ足を運んだ。

 

 

 

執事が何かを父に告げる。

 

「それは本当か?よし、私も行こう」

 

なんだ?妙に険しい顔をして…。

この表情は既視感がある、これは確か…。

 

あの時の、私のせいで全てを失った、あの噴水での女の子……あれを対処すると、そう言った時の父の表情だ!

 

嫌な、嫌な予感がする。

否が応にも交感神経がけたたましく活動を始め、心臓が脈うち呼吸が乱れる。

 

「ね、ねぇお父様……どうしたの?」

 

震える手を必死に抑えて、私は目線を合わせず、壁にかけられている絵画をじっと見つめて尋ねた。絵画はどこかの山々が青々しく描かれ、その色使いから荘厳な様相を呈していた。

何かを集中して見ていないと、どうにかなりそうだ。

 

「大丈夫、安心なさい。

お前を連れ出した屑を捕らえたそうだ。

なんでも金髪で奇妙な出で立ちをしているそうじゃないか。全く、うちの娘を誑かすなんて…」

 

「な、何言って!私は一人で抜け出したのよ!自分の意思で、一人でここから出たのよ!」

 

「*∴≠Å、いい加減にしなさい。お前が一人で出られるわけないだろう」

 

「そうよ*∴≠Åちゃん、庇う必要なんてないのよ」

 

違う違う違う違う!!

この人たちは何を言ってるんだ!!

なんで、どうして何も通じない!

 

「違うっ!違うっ!ルーミアとは外で出会ったの、あの子はずっと外にいたの!」

 

「馬鹿なことを言うのはよしなさい。一人で外で生きられる訳がないだろう」

 

ルーミアは言っていた、昼だと力が十分に発揮できない、そこらの低俗な妖怪とも変わらないと。

それは今朝の戦いを見ても何となくわかった。出くわした妖怪や恐竜はどれも小さな弱い部類だったが、彼女は昨夜のドラゴンを倒した時のように、圧倒的な力を振りかざしてはいなかった。低級妖怪よりは少し素早く力が強いくらいで、あの様子じゃとても昨日のようにはいかないのだ。

その他の身体能力も見たところほかと変わらない、この国の重装備をした上級兵士だったらまず勝てない様子だった。

 

だったら………。

だったら……。

ルーミアが、あのルーミアが殺されてしまうかもしれない!私の、ようやく明るい色を取り戻した世界が、壊されてしまう!

 

そうだ、素性を調べられて人間でないと分かったら、きっと彼女は殺されるに違いないんだ!

 

同じだ。

あの時と同じだ。こいつらはすぐに責任の所在を徹底して、追求するんだ!

 

また私のせいでみんなが不幸になる。

私のせいでまた……また……。

 

涙が溢れた。ダメだ、私、泣いてばっかりだ。

でも、でも…止まる気配はない。泣いたって何にもならないのに、ただ頭痛がしたり鼻の奥が痛くなったり、目が腫れたり…なんの利点も有りやしないのに。

 

 

 

『私達は、きっと一度妥協したら次の妥協が簡単になってしまうんだ。そのたった一度が、多分人生の分岐点なんだろうね』

 

私は……あの時妥協してしまったのだろうか。

泣き叫ぶことしか出来ず、機械のように、ただこの八意家という血筋のプライドを守ることにしか固執しない両親に屈服して…私は全てを諦めてしまった。私は両親の操り人形で、期待通りに動くことしか約束されない空っぽな人。

ならばあれが、私の人生の分岐点だったのだろうか。

 

『でも過ぎたことはどうしようもないし、もしかすると妥協だって悪くないかもしれないんだ。それが次の妥協を防げるのなら、きっと良い事なんだってね。

私には結局どっちが本当なのかは分からないよ。

だからせめて、永琳はさ、自分の納得がいくように生きて欲しいな』

 

嫌だ。

 

あの日噴水で見た青空が浮かぶ。

 

嫌だ。

 

あの日洞窟で見た笑顔が浮かぶ。

 

私は……私は…!

 

陽だまりのような髪を揺らして私を見つけてくれたルーミア。

ふわりと浮いて、私に世界の不可思議さと美しさを教えてくれたルーミア。

あの焚き火を挟んで、星空を見上げた昨日の夜は、これまでの人生の何物にも代えがたいものだ。

私の世界は昨日変わった。

私の常識は昨日なくなった。

 

私は、もう妥協したくない!

自分の人生を見つけるんだ!自分の為に、私は生きてやるんだ!

 

もう親になんか縛られてたまるか!みんなの期待や羨望も嫉妬も何もかもうんざりだ!

「*∴≠Åは凄いね」「偉いぞ*∴≠Å」「*∴≠Åは国の宝だ」「*∴≠Åは人の上に立つのよ」

 

全部全部、もう鬱陶しい!こんなの、もうたくさんだ!

 

 

 

私は顔を上げて、涙を拭った。

 

くだらない山菜を放って、私は一心不乱に食堂を抜け出し、自室へと駆け込んだ。両親は何やら驚いていたがそんなことは構いやしなかった。

 

パスワード式のロックを解除し、中の機械を取り出す。

これは爆弾だ。遠隔操作でハッキングなんて出来やしない、正真正銘の爆弾だ。

アナログなコードに繋がれた押し込み式のスイッチを押せば、半径数メートルは消し飛ぶ。

 

以前に屋敷から抜け出す際に考えついて作った、一つの試作品だ。

 

私はそのコードを身体にぐるぐる巻きにして、部屋を飛び出す。

ドアを開け階段を降り、木製の扉を蹴り破って食堂へと入る。

 

「ねぇ!

あの子の所へ案内しないと、私、私死ぬわ!これで吹き飛んじゃうんだから!」

 

二人と執事は驚いて何かを喚き散らかしている。

 

「*∴≠Å!何馬鹿なことをしている!すぐにやめなさい!」

「*∴≠Åちゃん!直ぐにそんなもの置いて!危ないわよ!」

 

「うるさい!うるさい!いいから黙って、案内しろ!ルーミアの所へ連れていけ!」

 

「な、親に向かってなんて言葉遣いをするんだ!いい加減にしなさい!」

 

もう、自分の世界が壊されるのはうんざりだ。

だったら、こっちから願い下げをしてやろう。壊れる前に先に壊れてやる!なんて簡単な理屈だろう!

 

「*∴≠Åちゃん、落ち着いて!!」

 

ああ、もううるさい。

そう何度も何度も喚き散らかして、鬱陶しい!

大体*∴≠Åなんて名前は嫌いだ!嫌な事しか思い出さない!嫌な自分しか思い出せない!空っぽな自分しか思い出せない!

 

そんな自分は、もう止めだ!私は、私はもう自由に、私の為に生きるんだ!

 

「違う!違うわ!私は、私は………永琳よ!私の名前は、ただの永琳よ!」

 

 

「ん……?」

 

意識が戻る。

私は四肢に、あの時兵士に見たのと同じような真っ黒な何かを巻き付かれて寝かされていた。

どう頑張っても引き剥がせない。

 

「驚いた、君は一体何者なんだね。人間ではありえない数値だぞ」

 

白衣を着た、年老いた白髪の男が言う。

正方形の灰と緑のパネルが交互に張り付いたような部屋。恐らくそのパネルの裏に照明があるのだろう。この部屋の中は異常なまでに明るかった。

 

私は、今何をされているんだ?

 

「よし、もう一度テストだ」

 

彼は真正面にある机の前に立って、そこで何やら装置をいじっているようだった。レバーやボタンを押す時の、独特の金属音だけが聞こえる。

 

「ぎゃあああ!!」

 

その瞬間、私の体全体に強い電流が駆け巡った。

ああ、クソ。この程度じゃ身体が修復困難になるほどではないけれど、全身が痙攣するように痛い。指が自然と、第一関節のあたりから先が振り幅小さく揺れてしまう。

ビリビリとした刺激は、身体中に広がって消えないようだった。

 

どう動いても、この拘束を壊すことはできなかった。

ああ、夜にさえなってしまえばいいのだが…それまでこれに耐えないといけないのか。

 

全く、神様がいないっていうのをつくづく認識させられる。

 

「凄い!凄いぞ!∑値が上限を突破している!君の身体は我々の技術を変えるぞ!」

 

こいつ完全にマッドサイエンティスト的なやつじゃん。人体実験とかしまくってるけど全く罪悪感ないんだろ「ぎゃあああああ!」

 

あの最低最悪な電気の刃が、またしても全身を衝撃に包み込んだ。

人がモノを考えてる時に流すんじゃないよ!このアホ!

 

「博士!実験をやめてください!緊急事態です!」

 

うわ!喋る兎だ!すごい!うどんげの先祖かな?

 

耳をぴょこぴょことさせ、身体を白衣に包んだ人型兎さんはどうやらマッドサイエンティストの助手らしい。

 

「今は実験の最中だ!後にしろ!」

 

「いや、それが…「ルーミア!ルーミア!」

 

兎さんの後ろから現れたのは、永琳だった。なんかいろいろぐるぐる巻きになってる永琳だった。この時代のファッションはかなりセンスが悪いようだ。

 

「あなたたち!なんてことを!はやく、はやくルーミアの拘束を解きなさい!」

 

「これはこれは八意のお嬢様で。

どうされました?」

 

「どうもないわよ!あの子を自由にしないと、私死んでやるんだからっ!今爆発したら、あなた達だって巻き添え食らうわよ!」

 

え?爆弾?何言ってるのこの子?

 

「ギャーーーーー!博士!爆発、怖いです!!」

 

「お嬢様、ご乱心なさるな!落ち着きなされ!」

 

「はやく、はやくしなさい!本当に爆発するわよ!!」

 

な、なんだなんだ何が起きてる?

全く状況が飲み込めないんだけど?あれ、爆弾?爆弾なの!?

 

「博士、あの小娘の拘束を解くんだ、はやく」

 

「八意様!一体これはどういうことで!?」

 

「いいからはやく解きなさい!*∴≠Åちゃんが死んでもいいって言うの!?」

 

今度はなにやらダンディな男と、ヒステリックそうな女まで出てきたぞ。

もうこのルーミア、さっぱりわけが分かりません。

 

「は、はぁ…」

 

マッドサイエンティストはしぶしぶと装置を操って、少しして私はようやく身動きが取れるようになった。

 

「ルーミア!ルーミア!大丈夫!?どこか痛いよね?」

 

「むぐっ」

 

永琳はその様子を見ると、即座に私に抱きついてくる。

だけどこれが爆弾なのだとしたらなんとも緊張感のある抱擁だ。

 

「さぁ、行くわよ。私が出してあげるわ。

ほら、みんなどきなさい!ルーミアを外の安全な場所まで出すから、誰も近づかないで!

いい?もしルーミアを狙撃しようもんなら、すぐさま私も爆発してやるんだからっ!」

 

もう考えるのはやめよう。

一々考えていたら頭がパンクしそうだ。

あぁ、でも永琳に帽子返さないと。

 

「あ、待って。私まず持ってた荷物回収したい」

 

「ああ、それならそこの白い袋の中に全部入ってる」

 

多分この中で一番冷静なマッド(以下略)に指示された袋を回収し、私は永琳と部屋を出た。

兵士たちが私たちをとり囲もうとしたが、永琳の爆発宣言で引いていく。

 

恐らく永琳の両親であろう男女は必死に何かを叫んでいるが、永琳は止まる気配がなかった。

私は昨日とまったく逆のように、彼女に手を引かれて歩いた。

 

「永琳…何も私のためにこんなことまで…」

 

こんなことしたら、きっとただじゃ済まないんじゃないだろうか。国の中でも最も有数な一家の一人長女が、こんなことをして良い訳が無いのだ。

 

「私は、もう自分の生き方に妥協したくないのよ。

それに、今ね、ようやく自由になれた気がするの」

 

彼女は清々しい、今までで一番の笑顔を向ける。

ちょうどそれは、この謎の実験施設から外へ出たタイミングのことだったので、青空の主役である太陽の光が重なった。

 

「ふふふ。私の親の顔みた?すっごく清々しいわ!」

 

私は少し、見とれてしまっていたのかもしれない。彼女の屈託のない笑顔は、この世界に生まれ落ちて、一番綺麗なものだった。

初めて見た空よりも何よりも、尊いものに思えた。

 

 

 

やがて私たちは正門へとたどり着き、遂に外の世界へと帰還することが出来た。

 

「ルーミア、これでもう安心よ。

良かったわ、無事で!」

 

彼女はそう言って、ようやく目に悪いぐるぐる巻きを解いて、爆弾を取り外した。

 

「助かったよ永琳。まさかあんなことしてくるとは思わなかったけどね…」

 

「ふふっいいのよ。

私ったら、帰ったらきっとお説教ね。お説教じゃ済まないか…。あーあ、憂鬱だわ」

 

そう言って笑いながら空を仰ぐ永琳は、昨日より大人びているように見えた。

 

「ああ、そうだ。渡さないといけないものがあるんだ」

 

回収した白い袋を漁る。持ち物と言っても、帽子以外特に何も無かったので、それはすぐに見つかった。

 

「はい、これ」

 

ナースキャップを手渡す。

永琳は目をまん丸とさせていた。

 

「えっと、これって…」

 

「洞窟に忘れていたよ、帽子。ちょっと汚れちゃったけど、きっと凄く大事なものでしょ?」

 

私がそう言うと、彼女は暫しの間に目をぱちくりさせて、そして…。

 

「ふふふっあははっ…あははははっ!!!」

 

お腹を抱えて笑い始めた。目には涙だって浮かべている。

 

「ちょ、ちょっとなんで笑うのさ」

 

「い、いや、だってね…この帽子他に沢山あるのよ。私たちの家の伝統っていうかね、とにかく同じのが沢山あるの」

 

「え、えぇー」

 

なんだか拍子抜けしてしまった。

いつのまにかこれは一つしかなくて、本当な大事なものだと思い込んでいたのだ。

ああ、ルーミアは馬鹿な子です。

 

「ふふっ、あなたこのためにわざわざ……。変だと思ったのよ、どうしてあそこで別れたのに捕まっていたのかって……ほんとおかしいわねっ、あははっ…」

 

彼女は帽子を両手で抱えて、胸の辺りへと運んでいた。

 

「あーあ。早とちりしちゃったな。沢山あるんだってねぇ…。ほんとに大事な物だと思っていたよ」

 

まさかあの帽子が、そんな量産型だったとは…。

 

永琳は私を見つめて何か考えている様子だった。そして、彼女は言った。

 

「………ううん。これはね、大事なものになったのよ。今日の今から、私の大事なものに」

 

「え、そうなの?」

 

「うん、そーなのさー」

 

「あ、こらっ!真似したな!」

 

「うふふっ」

 

深い深い青空がどこまでも続くように、私達はどこまでも笑いあった。

 

後に、私が死んでも直ぐに蘇れることを知った彼女は、この日のことを何度も何度も私に引き合いに出すことになる。

 

でもどんな時でも、永琳はあの帽子だけを被り続けた。すこし薄汚れてしまったけれど、私達を結んでくれた、あの帽子を。

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