ルーミアだけど、どうやらめっちゃ強いらしい   作:ポンデーニュ

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想像以上に時間がかかってしまいました。
今回から登場人物の主観視点でない、客観的な視点での文章があります。


第5話「永夜大異変 中編」

『しかし……しかしです。ここまで数多くの類似点を挙げましたが、妖怪を私達や恐竜の属する単純な…所謂生物として区分することについては、私は反対なのです』

 

いつだったか…あれはもう千年前の話だ。

ざらざらと年季の入った木の机に肘をついて、そうして頬杖をつくのが癖であった。窓から差し込む陽射しに視線を向けながら、耳で教授の言うことを頭の中へと入れていたのを覚えている。

 

『妖怪は私達の常識を超えた、有り得ない力を持っているのです。スライドをご覧ください。目玉妖怪という名で一般には広がっている、こちらの妖怪。度々学名が変更されるので私も、もう面倒臭くて目玉と称していますが、この妖怪が宙に数メートル浮く原理に科学なんてものはないのです』

 

やたらと腰の曲がった教授だったと覚えている。

そこまで年はいっていない、中年の女性であっただけに印象深い。

 

ともかく、在りし日の私が陽光に気を取られながら知識として蓄えた妖怪論は、大して役にもたたなかった。

唯一役に立ったことがあるとすれば、そう、群れにまつわる話だ。

 

『妖怪は群れを為さないのです』

 

いや、これはかなり語弊がある。実際あの腰曲がりも直ぐにこう付け加えた。

 

『異種族であれば群れをなすことはないのです』

 

こちらが正しいだろう。

つまり同種族の妖怪、例えば頭がぷっくりと割れる、犬もどきのケルベロスなんかは群れを作って生活をするのが普通だ。奴らは群れの中でリーダーを作り、そいつが移動すれば他も伴って移動するのだ。

しかしケルベロスと目玉妖怪が合わせて群れを作るというような、異なる二種類の妖怪が群れをなすのは考えられないことなのだ。ましてや三、四種類というのはありえない。これは常識であった。

もう少し話を広げると、妖怪は異種族であればお互いを殺し合う可能性があるという事実にも繋がる。

妖怪同士を戦わせて、その隙に領土や安全圏を広げるというやり方は、私が生まれるよりも前から行われていたのだ。

この話自体が、れっきとした同種族なのにお互い殺し合う人間に対しての皮肉ともとれるようで、私は時折陽の光が瞼へと照りつけると、よく感傷的になるものだった。

 

 

 

生きてきて千年以上、私は、常識という虚飾に役立たずのレッテルを貼らざるを得ないだろう。

私の眼前に広がるモニターは、数多の異種間の妖怪が、群れなんてちっぽけなものではない、海を作り、それが波打ち、地球を飲み込もうとしている様子を冷淡に映しているのだから。

 

 

「陽火区間十二から十六まで厳戒態勢を維持!食兵は今すぐに最終防衛ラインにて集結、月夜見総司令の指示のもと、即時迎撃体制に入れ!」

 

夜風が吹く。

永琳はそれを、普段とは全く違った香りのように感じた。中でも一際強いその自然現象が全身の温度を下げようと体をさすった時、彼女はこの他人事にも思えるほど不可思議な出来事を現実だと再認識した。

そして夜風が嫌いになりそうだった。

 

「く、空路にて補給班の玉兎達が全滅!繰り返します、空路にて補給班が全滅しましたっ!!」

 

「ッッ!ああっもうっ!こんな、こんなの!まったくっ!!」

 

永琳は思わず言葉を出して、そしてすぐに、周りの様子を気にした。幸いなことに周囲の者は、それぞれが手一杯なようで、彼女のこの子供のような癇癪はほとんどかきけされたようだった。

 

そして今度は冷静に、言葉にならない悲鳴を心の中で叫喚した。

恐らく曇天よりも鬱屈とした空模様が広がる心の内で、その叫びは洞窟のように響き渡っていった。

 

妖怪の襲撃発覚から既に二時間。事態は最悪の方向へと向かっているようだった。

 

数が多すぎるのだ。殺しても殺してもキリがない。じわじわと紙に染みが広がるように、奴らは数で私達を追い詰めてくる。

 

しかしわけが分からない。こんなとてつもない数の妖怪が、いきなりふっと湧いて出たのだ。それも世界中の国々を包囲するように…。

これは本当に人類に対する地球の宣戦布告なのではないかとすら思ってしまう。妖怪は人類を減らすために生まれているのだとすれば、奴らの超常現象にも頷けてしまう。

 

「八意様っ!総司令から連絡が入っていますっ!」

 

青年士官がその身の丈に合わない紺色の軍服を揺らし、連絡機器を永琳へ手渡す。

 

「月夜見、そっちの様子は?」

 

『持たないでしょう』

 

簡潔な返答だった。

 

月夜見は妖怪の襲撃を知るや否や、居住区を守る最後の砦である最終防衛ライン、これは永琳が生まれた時から国を守ってきた壁である、ここに兵士を連れて指揮を執っていた。そこでは戦況がいち早く掴めるのだ。

その壁を囲むように、敵に攻め込まれた時の為の防衛ラインが何重にも張り巡らされている。

 

『ところで八意女史、空の''アレ''は、解決出来そうですか?』

 

「………!

あなた、まさか……」

 

『考えなければなりません』

 

周りでは忙しなく人と兎が動き続ける。

しかし永琳のいるこの周りだけは、時間が止まっているようだった。

 

私は、一体今夜、あと何度難題に対して頭を捻らなければならないのだろう。

彼女は風のことなんて、もうとっくに忘れていた。

 

 

「星と~星を~駆けながら~♪」

 

ひゅんひゅん耳の横を通り過ぎる夜風が、私の体温を下げる。

いや、というよりもこれは、私自身が風になっていた。流れゆく景色を見れば、ようやくもって地球と一体化している面持ちなのだ。

躁に近い感覚を伴ったこの夜行は、胸の高鳴りを増幅させていく。

 

うん、最高の気分!

 

「ん~、永琳最近はなんだか忙しそうだからなぁ。肩でも揉んでリラックスしてもらおう」

 

思考をわざわざ口に出す。こんなものを聞く者はいないが、強いて言うならばこれは風の音色なのだ。ひゅんひゅんに混じる、私の音色だ。

 

月明かりに照らされる、山頂が雲にまで届きそうな大きな山が眼前に広がる。

ここは夏の間、ここでしか見られない綺麗な花を咲かせる。その紫色に混じる仄かな闇色が、なんだか見ていて吸い込まれそうだったのだ。私は勝手にこの花を、ルーミアフラワーと称している。

いやね、そのまんまだと言いたい気持ちも分かりますがね、これは本当にルーミアフラワーなんですよ。なんだか紛れもない、ルーミアフラワーという感じを主張しているんですよ。

 

山の向こう、そこからさらにずっと先に永琳の国がある。

私は滑空して登山を完了させるために、斜め五十七度(ルーミア測定)で宙を舞う。

 

ここを超えると見通しの良い平野…が…………!?

 

「げえっ!?」

 

つい素っ頓狂な声を出してしまった。

目に映るのは、有象無象のナニカ。雄大な闇夜の風景画に、種々雑多な色とりどりの絵の具をぶちまけたかのような、そんな下品で歪な感じが広がっていた。

いつだか私を追い回したドラゴンや、大きな巨大蜂は群れを作り空中を闊歩し、そしてその真下には低俗なものから比較的強いものまで、地面の隙間がないほどの妖怪がワルツを踊っていた。

 

時折蠢くそれらは全てが各々で意志を持っていて、しかし全体で一つの意志のように、そして大蛇が曲がりくねるように動いている。

私の目をもってしても、遠く遠く、その地平線の彼方まで広がるこれは、百鬼夜行なんてものではない。千をとんで、万もとびこえてしまって、億鬼夜行だった。

 

「ぐえー気持ち悪っ」

 

なんて気味が悪いんだろう。

まず思ったのはそれだったが、そもそもおかしいことだらけだ。

 

私は思わず立ち止まって、ちょうどその、石をはぐった時に、湿り気のために大量に集まっていた虫達がうじゃうじゃと轟いている様子を見るように、この妖怪の津波を宙で見下ろす形になっていたが、まさしく電球がこめかみの辺りで灯ったようにある事実を得た。

 

この大津波は、永琳の国の方へと向かっている…と。

 

私は歌も声も冷や汗も忘れて、ついぞ忘れそうになった飛び方だけを意識して、この夜行を上空から追いかけた。

もう歌なんて歌詞すら浮かばなかった。

 

私の様子を確認した妖怪が、火の玉を放ってくる。

嘴が中央で左右に割れた、化け鴉のような奴だった。色が黒いだけで鴉なのかは分からないが、ともかくこいつらは正方形のように散らばって、こちらに玉を供給してくる。

 

「もうっめんどくさいなぁっ!」

 

左手を向けて弾幕を放つ。掌に静電気のような、痛みとまではいかない不思議な感覚を得ると、すぐにそれは具現化した。

半径数十メートルほどのその球は、奴らにたどり着くや否や、やがて大きな闇の渦を作り、地球が終わりそうな形容しがたい音を伴うと、その一体は何も無かったかのように消えた。

嵐の前の静けさという言葉があるが、これはなんていうか…嵐にさせない静けさ…みたいな感じだろうか。それほどまでに終わってみると無音なのだ。

 

私の弾幕は存在を消すことが出来る。

永琳と出会った日に習得、というか扱ったこの弾幕は昼の間ではせいぜい掌サイズ程度しか出せない。しかし夜になるといくらでも大きくできる。大変なことになるので未だ限界へは挑戦していないが、直径数百メートルくらいのものなら簡単に作り出せてしまった。

この闇の球は一切光の反射を受け付けないのだ。そしてその対象を完全に消滅させることが出来る、結構恐ろしい代物だ。

破壊…ではなく消滅なので、あんまり私は使わないようにしている。普通に怖いし。

 

「っと…い、行かないとっ!」

 

消滅の様子を確認して、私は星空を舞った。永琳と連絡をとる装置はたまたま寝床に置いてきてしまっているのだ。今どんな状況なのか全く掴めない。

急いで行かないと。

 

##########

 

なおも妖怪の行進は続く。

どれだけ見渡しても、この有象無象が目に入ってしまうのだ。

 

この様子だとまずいかもしれない。

永琳達が月に行く前に、こんな人妖大戦争があったなんて。

 

……しかし、史実では彼女たちは無事に月へと辿り着いている。

ならば私がこんなにも急ぐ必要なんてないんじゃないだろうか。どうせ何とかなるんだろうし。

 

そう考えると途端に力が抜けてきた。

 

「う~ん…?」

 

星空を見上げても、数え切れない星があるのに、この疑問には誰も答えてくれなかった。なんて薄情な奴らだ。

そんなふうに考えていると、大きな蛾のような化け物が粉を撒き散らして突進してきた。人が考え事してる時に本当に空気の読めない奴らだ。

衝突の直前で急加速して左へ旋回し、弾幕を放つとまた無音になってくれた。

 

しかし………。

一つの考えが浮かんだ。

 

仮に、この私の存在が原因だとしたらどうだろう?妖怪達の異常な行動の原因だとしたらどうだろう?

 

私が、つまりルーミアがこんな時代から生きているなんて、変な話ではないか。そうなってくると、この私というイレギュラーがこの事態を引き起こした可能性だって十二分に考えられるのだ。

 

バタフライエフェクトだか言ったか。そんな感じだろうか?

…私の存在は蝶の羽ばたきなんて言えるもんじゃない、世界を変えるレベルなんだ。バタフライなんて悠長なもんじゃあない。

これは本当にもしかすると…。

 

そんなふうに、私は思考をする時の癖である、視界の斜め上へと瞳を寄せて空を飛んでいると、もくもくと上がる黒煙が目に入った。

 

石よりも光沢があって、やたらとピカピカする塔からそれはあがっていた。

これは確か、国の防衛ラインの一つだったはずだ。等間隔にこの塔が設置されていて、塔と塔を電子の包囲網が結んでいる……みたいなやつだったはずだ。

 

しかしこれは、簡単に突破されてしまっているようだ。塔の一部は崩れ、倒壊寸前。

あの津波には耐えることが出来なかったと見て取れる。妖怪達は塔には目もくれず、前へ前へと進んでいる。

 

「だ、誰かー誰かーっ!!」

 

「!」

 

声がする。塔の上、その頂上で誰かが叫んでいる。

 

私は直進を止めて、進路を塔の上へと変更した。

 

耳をぴょこぴょこさせた、赤毛の玉兎が長身の銃を肩にたすき掛けにして、連絡装置に向かって叫び続けていた。

 

「くっ、繰り返します!こちら第十一区∑地点ですっ!誰か!誰か応答してくださいぃ!」

 

これはまた凄惨な状況のようで。

彼女の周りには仲間だったものの亡骸が数多く横たわり、彼女自身も左足に怪我を負っているようだった。胸壁に背中をあずけ、体育座りの出来損ないのように座り込む。ブレザーのような軍服はもう血や何かでぐしゃぐしゃだった。

 

私はゆったりと速度を下げて、両足でぴたりと屋上へと着地した。

 

「誰かっ!誰、か…!」

 

目が合う。

 

「えーと大丈…「ひえっ!?」

 

ドカンと爆発音がする。兎さんは臆病なようだ。私の姿をそのまんまるおめめで確認すると同時に、素早く洗練された動きで、ぶら下げていた銃口がやたらと長いアサルトライフルのようなものを用いて私目掛けて光線を放ってきた。どうやらちゃんと軍人らしい。

 

こりゃあ当たると痛いから、私は自慢の脚力で避けた。すると行き場を失った光の球は私の背面に位置していた胸壁へとあたり、大きな爆発音と共に脆弱な塔がより倒れる気配を増していった。

というか一応私の姿は人間なんだけど、こんな簡単に引き金引いても良いのかね。

 

「ちょっとちょっと、危ないじゃないの」

 

「へ、へげっ!?に、人間!?どうしてっ、なんでっ、あんた誰っ!?

……いや、あんたどっかで見たことあるような…。って、人撃ちそうになっちゃった…これって軍法会議ものじゃ…」

 

ぶつぶつと妙なことを言い出す兎さんだったが、果たして今そんなことを考える暇があるのだろうか。

どうも兎さんはマイペースなのが多いらしい。

 

しかしそんなことはお構い無しにぐらぐらと地面が揺れ出す。いいや塔が揺れ出す。さっきの爆発もあってもうこれは持たないだろう。

 

「ギャーーーー!死ぬ!死んじゃううぅ!」

 

今度は喚き散らした。兎は見ていて飽きないからいいね。

 

「っと。ほら、掴まって」

 

「え?」

 

手を差し出す。首をぺたりと傾げて目を点にしかしないので、仕方なく無理やり手首を掴む。

そして、飛ぶ。

 

「ギャーーーー!」

 

叫ぶのもお構い無しだ。

 

飛び上がって数秒後、塔は完全に崩れて妖怪の渦に飲まれた。

 

「ギャーーーー!ギャーーーー!」

 

「もう、うるさいなー」

 

自由な左手でポケットを漁って干物を取り出す。そしてめいっぱいのそれを、彼女の口へと無理やりねじ込む。

 

「むぐむっ」

 

口から沢山飛び出るくらい押し込んだ。

これで吐き出すという行為に集中してくれれば、一旦は落ち着くだろうか。

 

しかし今度は電撃を発する翼竜もどきが私達を襲った。

 

奴は大きな両翼の中央部に位置する、そのまあるい射出口のような穴からビリビリする光を放ってきた。一体どんな構造してるんだろうね。

 

このままだと当たってしまうので、私は右手で兎さんを掴んだまま宙返りをして避けた。

そして左手で弾幕を放つ。瞬きするとそいつの姿は消えていた。

 

「んむーんむーっ!!」

 

兎さんは干物を吐き出すこともせず、しっかり飲み込もうとしているようだった。宙で一回転したのに、全く、食い意地がある可愛げな奴め。

 

私はその様子を確認して、すぐに国の方への歩みを…いや空の旅を再開した。

ゆっくりと速度を上げる、景色の流れる速度が増加していくにつれて、兎さんはより目をまん丸くしていた。

 

「んんーっ!んんっーんぐんぐ!」

 

干物のウケが案外良かったらしい。口から吐き出さないで、しっかりともぐもぐしている。こんな事態でも彼女は味わっているようだった。

 

##########

 

「ふぁんふぁ、ふぁふぃふぉのにゃんふふぁ?」

 

やっと少しは喋られるくらい口のスペースが空いた兎さんは、解読不可能な言語で話しかけてきた。

 

「ちゃんと食べ終わってから話してよね」

 

「ふぁい」

 

彼女もこの空を飛ぶことに慣れてきたみたいで、眼下に広がる妖怪の洪水を見渡していた。

しかし本当に見渡す限りこれだ。

今の妖怪に知能なんてないはずだから、これはやっぱりおかしいのだ。

 

「んぐぐっ、と。

……あんた、何者なの?」

 

空気の切り裂く音に紛れて、ようやく兎さんは解読可能な言語で話しかけてきた。

 

「ルーミアだよ」

 

「ルーミアって……ん~?」

 

適当に返したら勝手に考え始めた。

それにしても、やっぱり思案に耽る時はみんな目線を右斜め上に送るものなのだろうか。彼女もそうして唸っている。私とこいつだけだろうか。

 

「あ!」

 

急に大声を上げたもんで、私はびっくりして思わずバランスを崩しそうになってしまう。

空を飛ぶってのは…そうだな、自転車を漕ぐようなものなのだ。平衡感覚というか、そのバランスが大事で、慣れてしまえばなんともない。

 

「思い出した!あんた、博士に実験されてた変な奴でしょ!?」

 

「博士…?博士……あーっ!君、あの時の兎!」

 

すっかり忘れてしまっていた…というか一瞬しか会っていなかったので覚えているわけないのだが、この子はあの時あのマッドサイエンティストの助手的な立ち位置にいた兎だ!

そういえば確かに髪も赤毛だったような……いや、もう覚えていないや。

 

「道理で見覚えがあると思ったわー」

 

のらりくらりとなんだかまったり納得する様子だった。

私もこのペースに飲み込まれそうで危ない。こんなことよりも聞かないといけないことが沢山あるんだ。

 

「そんなことよりも、どうなってるのさ、この妖怪の大群は」

 

「え……妖怪?あーそうね、そうよ!私も訳分からないのよ!ようやっと兵役義務が終わるって時に、こんな事になって…み、みんな……死んじゃって……あ、ああ……」

 

どうも感情の起伏が激しいみたいだ。兎の扱いには慣れていないのだけれど…。

 

「国の方は?見渡す限り妖怪ばかりじゃない、もう攻め込まれているんじゃないの?」

 

「えっと……わ、分からないのよ。通信の手段が何もなくって、みんな壊れちゃったから……。あ、ああ!私、どうすれば!?わ、わかんないよぅ!」

 

じたばたと暴れ出した。こんなことなら兎の手懐け方を学んでおくべきだった。

 

「落ち着きなさいなー。え~っと、君の名前は?」

 

「へ?名前?

私の名前は…「あっと危ない!」

 

彼女の声と同時に地上から火の玉が飛んでくる。

こんな時に、まったくこっちの都合を考えやしない。

 

ぐるりと彼女の手を掴んだまま避けて、地上に向かって球を打ち出す。私も腹が立ってしまったので数発打ち込んでやった。

形容しがたい轟音が鳴り響くと、こちらへの攻撃は止んだ。地形が大きく変わっているのはしょうがない事だ。

 

「ギャーーーー……って…あ、あんた何者なのよだからっ!」

 

「だからルーミアだってば。

もうっしょうがないな、君なんも知らないんだからさ、とにかく国まで急ぐよっ」

 

私はスピードを大きく増した。

 

「うわああっ!止まって、止まってええーー!」

 

##########

 

「あ、ぁあ!そんな!」

 

先程とは違った音色の、悲痛な叫びが聞こえる。

 

永琳の国へは辿り着いた。

あのぐるりと周囲を取り囲んだ長城は至る所で火の粉が上がり、正面の大門には妖怪が群がっている。

国の中へと、あの妖怪どもは侵入を成功させたようだった。壁の向こうからも数多の煙が上がり、それが空の向こうへと続いていく。

 

「こんなの、こんなのって!」

 

よく目をこらすと、正面の大門では戦闘が繰り広げられているようだった。それにしても本当に大きい、横幅にして百メートルはある門だ。

 

壁自体もとても厚く、目視でも何十メートル以上の分厚さであった。

いつか見た服を着た兵士達が、妖怪の大群を前にしどうにか前線を維持しようとしている。

 

あれは、重結界とかいっただろうか。幅の広い門は現在開かれ、代わりにそれが張られている。

 

私には未知のテクノロジーで作られた黄金色のそれは、外からの攻撃を受け付けないが内側からの攻撃は通るというインチキなものだったはずだ。

しかしそれも限界はある。ところどころでひび割れが生じ、色も正常時より大きく薄れているのだ。

 

しかし……なるほど、国がまだ国の形を保っているのは、大半の侵入を防いでいるからか。壁の防衛システムが機能していない今、空を飛ぶやつや壁を登る奴は中へと侵入できているようだが、そうした能力のない正面突破しか能がないその他大勢は、あの大門にて戦闘を繰り広げているようだ。

 

結界で妖怪の攻撃を防ぎ、内側から兵士たちが攻撃を仕掛ける。安全圏からの余裕綽々なこの行動は、結界が破られた途端完璧に崩れる。

 

「あっ!」

 

言わんこっちゃない。結界が破れた。

途端に奴らの雪崩が入り込んで行った。

 

 

『……では、そちらもお願いします』

 

月夜見のその声で、機械は通信を終了した。

 

周りを見渡すと、やはり熱気と焦りが充満しているようであった。

今すぐに話を切り出しても良いが、しかし…ここはもう少し様子を見よう。

 

「妖怪の一部が、既に王都内にまで侵入してきました!」

 

時間はもうない。分かっていたことだが、こう改めて聞くと実感になる。

 

「だから避難経路は全て奴らで溢れかえっていると、そう言っているだろうっ!」

 

「ではどうすればいいと言うのだっ!」

 

喧騒につぐ喧騒。この薄暗い、大してスペースもない部屋に大勢の人間が集まって議論をしているというこの光景も、なんだか見慣れてしまった。

 

妖怪の侵入は完全には防げなかった。

今も正門では、我が軍が全勢力を以て大多数の侵入を防ごうとしているが、壁の防衛システムがほとんど作動していない現在、空を飛べるモノや、壁をものともしないモノは続々と国内へと侵入している。

 

我々は襲撃を受けてから直ぐに避難勧告を発令した。

国の中心部、王都であるこの地に全国民を避難させるというものだ。はっきりいって奴らが到達するまでの時間稼ぎにしかならない。それに国民全員が辿り着くなど不可能だ。猶予僅か数時間、そして急な呼びかけ。国の運営する交通網をフルに活用しても、全ての避難なんて不可能だった。

 

この国が最後に直接攻撃を受けたのは、私が生まれるよりもずっと前だ。

それにこれは普通の戦争なんかじゃない。奴らは私たちの全滅を狙っている。一人残らず殺し尽くす気だ。

 

今日は人類が経験する、最も長い夜だろう。

私はそんなふうに呑気なことを考えていた。こんな時だというのに、お気に入りの帽子が上手く頭にフィットしないという、そんなバカげた考えばかりが流れ込んでくる。…いや、こんな時だからこそなのかもしれない。

 

「もうよいっ!ワシは連絡船でここを脱出するっ!」

 

「無茶なことを言うんじゃないですっ!すぐに奴らの餌食になるだけでしょうっ!」

 

境保の役員だったか。

国と国とを結ぶ奴らは莫大な資金を持っている。世界権力の塊だ。

どうも内面はひ弱らしい。

 

「……そろそろ頃合いね」

 

そんな様子を見ていると、私は独りでに声を出していた。

 

「や、八意様…どうされました?」

 

独り言が聞こえたようで、新米士官が尋ねてくる。

私は士官を一瞥して、大きく息を吸った。

 

「注目っ!」

 

声を張り上げる。全員の目線がこちらに向く。

 

「これより、月への移住作戦を開始しますっ!!」

 

部屋中に私の声が響いた。

こいつらに早い段階から伝えるのも考えたが、混乱を招く事にしか繋がらないのは分かっていた。

 

話の切り出し時にはタイミングというものがある。人の意識は波形のようで、その振幅の加減を見誤って話を切り出すと失敗することが多い。

まさにこのタイミングこそ、意識の流れの変わりどき、いわば風向きが変わる瞬間だと思ったのだ。

 

「我々人類は、今が正念場なのです。しかしこれは、この今こそが、時期なのです。全世界同時に、今を以て月への移住を開始しますっ!」

 

動揺の波が広がっていく。

初めからこいつらに期待はしていない、だからこそ、私と月夜見は独断で、この作戦を水面下で行っていた。

 

「やりましょう、今すぐに。暇も時間も、無理やり作り出しましょう。月へ行く以外、人類の存続の道はありません」

 

 

 

次の瞬間、私達は大きく揺れた。

 

建物が、いや、大地が揺れていたのだ。

 

 

水陸両用の、国で新たに開発された最新鋭の戦車は、主砲を大きくねじ曲げもう戦争の道具としての機能を完全に放棄していた。

 

下級玉兎達の兵士は各々がくたびれ、耳をしわくちゃにしている。兵力は底を尽き、見渡す限りの魑魅魍魎に、もう士気なんてなかった。

 

この最後の結界が破られれば、ここに存在する兵士は全て大渦に飲み込まれる。

 

「ええいっ!もう限界だっ!退くぞっ!!」

 

男が声を発した。残った兵士たちは次々と持ち場を離れていく。

 

この兵士たちはもう自分の死なんてものは微塵も怖くなかった。

死によって生じる結果が酷く怖かった。ここを突破されれば、本当に国は終わりなのだ。

上の連中が状況を打破する策を講じているその時間を稼ぐため、一秒でも多く侵入を防ぐため、こうして身を削っていた。

 

そして彼の一声から数秒後、重結界は、あまりにも呆気なく音を立てて消滅した。硝子細工を落として、綺麗な破片が地面に散らばっていくようだった。

 

兵士たちは次々と連絡船へと乗り込むが、妖怪の速さは凄まじかった。

そして中でも速い七色の毛虫妖怪が、地べたをするすると滑るように移動し、逃げ遅れた一人の玉兎へ突進する。

 

玉兎は転び、動けなくなった。そして後ろを振り返ると、今度は死が目の前に見えた。

口を丸く、そして大きく開ける毛虫が、その小さな歯をびしりと並べていたのだ。

 

彼女は目を見開いてその様子を眺めていた。

なぜだか酷くスローモーションのようだった。

そしてそれが彼女を飲み込もうとした瞬間、目の前の化け物は弾け飛んだ。

緑色の体液をぶちまけて、一つの形を成していたものがバラバラに砕け散る。

 

「危ない危ない。君後ちょっとで丸呑みだったねぇ…」

 

そしてその声の先に居た、この地獄にはあまりにも不自然な幼女を視認する。

 

「こいつらちょっと消し飛ばすからさ、待っててよ」

 

ルーミアは両手をかざす。

するとそこに何かが生じているようだった。

しかし誰もそれを見ることが出来ない。そこだけはぽっかりと、世界に穴が空いたように見えなかったからだ。

 

次の瞬間、世界は揺れた。そしてまた揺れた。大きな大きな、とてつもない地響きだった。

ルーミアはあの球を五、六ほど作り出し、それを災害へ向けて放った。その中で一際大きな弾が奴らにぶつかった時、地割れでも起こるのではないかという振動が発生したのだ。

 

そして、あの妖怪の群衆は、すぐ近くに位置していた正面の数匹を残して、見渡す限り消えてなくなっていた。世界から消失していたのだ。

 

数少ない残党がルーミアへと襲いかかる。

彼女は特に動じず、直接触れることが出来る距離になってからそれを叩き潰した。

残りの中級妖怪も各々が連携なんかを無視して、無造作に襲いかかる。その度に奴らの体は分裂し、そのおぞましい体液が地面へと降り注いだ。

 

ありえない事態に気づいたのは先程毛虫に襲われた兵士だけではない。撤退しようと足を動かしていた他の者も、今は足を止めて目を疑うことしか出来なかった。

 

「うげー気持ち悪いなぁ。血がついちゃったよ」

 

そんな風に顔をしかめるルーミアを見て、兵士達は何か、彼女に対して今まで抱いたことの無い感情を手に入れた。

 

それはちょうど、人が神に対して感じる畏怖そのものであった。

 

 

少し加減を間違えた弾幕が妖怪共を消し飛ばすと、今度は周りにいた残党共が攻撃を仕掛けてきた。

 

あいつらが私を殺そうと、息の根を止めようと、全身のあらゆる器官を総動員して向かってきたのを、こう、簡単に爆散させるというのは…なんというか、楽しい舞踏会のようだった。

クラシック音楽なんか流れてさ、それのリズムに合わせて粉々にしていくみたいな……。あー趣味悪、でもそう思っちゃったんだよ。

 

「うげー気持ち悪いなぁ。血がついちゃったよ」

 

奴らの汚い、変な異臭を放つ体液が服にかかってしまった。この服はお気に入りなのだ。

まあ実際のところは例のビクッと現象を……これちゃんと改名する必要があるな。

…ともかく、修復困難なダメージを負って復活すると服も元通りなわけなので、別に汚れたってそんなに支障はない訳だが……まあ汚れたという理由だけで死ぬのなんて絶対嫌だな。

 

「ね、ねぇ…とりあえず今どういう状況なのか教えて」

 

塔の上で救った情緒不安定兎(兎はみんなそうなのかもしれないが…)が、この門の下で最後まで戦い抜いた玉兎へと話しかけていた。

 

ああそうだった。今この国がどういう状況に置かれているのか聞かないと。

 

「私にも教えてよ」

 

玉兎は肩を震わせている。私を幽霊でも見たかのように見つめて動かない。ピクピク動く白い耳が、マシュマロみたいでかじりつきたくなった。

それにしても靴下みたいだなこの耳。靴下兎って言ったら怒るかな。

 

「あ、あなたは……一体……な、何がどうなって…?」

 

ブルブル兎の様子を見つめていると、横槍が入った。人間の男だった。こいつがボス的な感じなのかな?

 

「何って言われても…今はとにかく王都に戻らないといけないんじゃない?いっぱい侵入されているようだしさ」

 

「し、しかし…」

 

兵士達は顔を見合わせている。

あー、こういう時なんて言えばいいんだろう。

というかそもそもあんまり人間とは関わりたくないんだよなぁ、いつあの食欲が発生するか分からないし、その原因だって一ナノメートルも分からないんだ。

そもそも玉兎にも、あれって発生するのかな?人間限定なのかな?う~んわかんないや。

 

それにしてもどこか違和感だな。

妖怪の一部はすでにここを突破して流れ込んでいるけど、この兵士たちはそいつらに後ろから攻撃されて挟み撃ちにはされなかったのだろうか。

 

私が色々と考え込んでいる間、兎も人も誰も声を出さない。なんだか気まずいな。

 

う~ん、登場の仕方が良くなかったかな。もうちょっとかっこよく、決めゼリフでも言って出てくれば良かったか。

 

『魔法少女、ルーミアちゃん!みんなを助けるために、やってきたよ!』

 

う~んダメだ却下。そもそも魔法使えないし。

 

それはともかく少しはシリアスにならないと。

やっぱりいくら史実では無事に月に辿りついているからとしても、私のこのイレギュラーな存在がこの事態を引き起こしている可能性があるのだから。

 

うん、早く永琳のもとに行かないと。

 

しかし未だにキョロキョロと周りを見渡す兵士ばかりで、何だか私もせっかちな性分が出てしまった。

 

「あーもうめんどくさいなぁ、君なんか知ってそうだし、一足先に私と行こっか」

 

他のみんなより紋章の多い服を着た青年兵士の手を掴んで、私は空へと飛んだ。

 

「うわっ!お、おいっ!!なんだよこれっ!」

 

「はいはい、黙って黙って」

 

ああ、もう口に突っ込む干物がないや。

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