転生したと思ったらママになっていた件   作:大神降ろし

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第百五話

 

 虚無の魔女。

 数百年以上前のオルティナ王国に突如として現れた災厄。目に見える物を全て破壊し、逃げ惑う人々を殺しまわった最凶最悪の魔女。

 十を超える都市と数十以上の町や村を破壊して、数千人以上の人を殺害して回った後、当時の王が国中から戦える者を集めて決戦を挑んだ。相手は魔女一人ながらもたった一撃で百人以上の兵が塵と化すほどで、戦いはかなり一方的な物だった。勇気ある者達が吶喊して魔女の隙を作って多くの犠牲を払いながらも王は魔女を討ち取った。

 だが王国は家族や住む場所を失った者で溢れかえり、飢えと流行り病も蔓延して多くの二次被害を生んだ。さらに周辺の国々が領地拡大の好機を逃さず侵略してきてオルティナ王国は荒廃し、立て直すのに数十年の時間を要するほど国力が大幅に下がった。

 

「左様。それがわしじゃ」

「その魔女が何でスピカの中にいるんだよ?そこは大人しく死んどけよ」

「…貴様、本人を前によくそんな事が言えるの。しかもこんな姿までさせて」

 

 今、ウィクネシアはスピカの姿ではなく、黒目黒髪のシリウスの姿をしている。愛娘の姿を勝手に使われるのはシリウス的に許容できなかったので、夢の中ならできるだろうとゴリ押して変えさせた。

 

「で?その虚無の魔女様が何の用だよ?後、何でここにいる?ここって私の夢の中?」

「質問ばかりしよって…まあよい。わしがここにおるのは、あの娘がわしの転生体ゆえよ」

「転生体だ?」

 

 ウィクネシアは死の間際に一つの魔法を発動させた。

 それが転生の魔法、禁術“リインカーネーション”だ。

 記憶などを保持したまま生まれ変わる事ができる魔法なのだが、転生先は完全に運任せとなる。さらに発動させるには極めて魔力量が多い人間数十人分の膨大な魔力と、一mmのズレも許されない緻密さと細かくて複雑な術式が必要だ。今までに幾人もの権力者が挑んだが全てが失敗に終わっている。ウィクネシアは殺した人間の魂を奪い取りそれを魔力に変換して膨大な魔力を用意し、自らの身体に術式を直接刻む事で条件を達成した。だが王に討たれた際に術式に極々小さなズレが生じてしまい、それを魔力で補おうと強引に発動させたので転生ではなく親和性の高い者に憑依する形となってしまった。

 

「ふーん…転生、ねぇ…(私と似て非なるものって感じか)」

「その顔、信じておらんな?」

「いや、信じるけど。そういう事もあるよね」

「…わしが言うのも何だが、それでよいのか?」

「いいのいいの。それに態々ここまで呼び出しておいて嘘を付く理由も無いし」

「…ふん、まあよいわ。ここは貴様の夢の中でわしがそれに介入した。現実の貴様は呑気に寝ておるわ。そして、わしがここにいる理由は貴様に聞きたい事があるゆえ」

「聞きたい事?」

 

 先ほどまでの呆れた表情ではなく真剣な表情なウィクネシアにシリウスも自然と姿勢を正した。

 

「何故、あの娘はわしを弾き飛ばせたのだ?心は壊れる寸前なのに、貴様の言葉だけで持ち直しよった。普通ならあり得ん事じゃ。何故じゃ?」

 

 あの時のシリウスの言葉を見聞きしたが、何故それだけでスピカが持ち直せたのか理解できないウィクネシアはシリウスを問い質した。一体どんな事を聞かれるのかと構えていたシリウスだったが、予想もしていなかった事を聞かれてキョトンとした顔をした。

 

「何故って…そりゃスピカが私の娘になる事を受け入れたからじゃないのか?」

「それだけか?」

「生まれた時から誰からも疎まれて、名前を貰えず、誰かと触れ合う事すら許されなかった。あの子は愛に飢えていた。誰かと触れ合ったり、笑い合ったりしたかった。本当に望んでいたものを手に入れる事ができたからあんたを弾き飛ばせたんじゃないか?」

「たったそれだけで?それだけでこの虚無の魔女たるウィクネシア・エーウィスの戒めを解いたというのか!?」

「知らんのか?愛は無敵なんだよ」

「愛、愛、愛!そればかり!そんな不確かなものが何だというのだ!そんなもの信じれるか!」

「愛を知らんのか?あんただって誰かに愛されて生まれてきたんじゃないのか?」

「そんな訳あるか!あやつらは自分のスペアが欲しかっただけじゃ!」

 

 ウィクネシアの両親は当時のオルティナ王国の魔法研究の第一人者で様々な魔法や魔具を開発していた。そんな両親から生まれたまだ純粋だったウィクネシアは両親に褒めてもらおうと今までにない画期的な開発を次々と生み出した。だがその開発は両親からは認められず、ウィクネシアが今まで作った資料や開発途中の物まで全て燃やしてしまった。両親は自分達は他の誰よりも優れていると思い込んでおり、自分達が築き上げてきたものをウィクネシアに壊されると思い愚行を行った。

 

「出来損ないの役立たずめ」

「お前なんて作るんじゃなかった」

 

 絶望するウィクネシアに両親はそう吐き捨てて二度とウィクネシアを見る事は無かった。ウィクネシアの絶望は怒りと憎しみに代わり、両親とその取り巻きだけでなく両親の傲慢を助長させた王国にも向けられた。

 

「壊してやる…!この国の全てを無に帰してやろう!」

 

 憤怒と憎悪と共にウィクネシアはどこかへと消え去り、両親と王国に復讐できる力を持つ魔法を研究し続けた。そして数年後、ウィクネシアは復讐を果たすためにオルティナ王国へ戻ってきた。

 

「後は貴様が知っている通りじゃ」

「何だよそれ…親は何が合っても子供を否定しちゃいけないんだ。そんなの親じゃない」

「あやつらを殺した後わしは資料を調べた。そしたらあやつらはわしの身体を乗っ取って疑似的な不老不死になろうと目論んでおったのじゃ。つまり、わしはあやつらの器だけのために生み出されたのじゃ」

「うん、そんなの親と呼ぶのも烏滸がましいな。私でも半殺しにするな」

「全殺しではないのか?どう考えても殺すじゃろ」

「それでも生んでもらった恩はあるからな。だからボッコボコにした後絶縁する」

「甘いと思うんじゃが」

「まあ私の意見はいいんだよ。話を戻すが、あんたが思っている以上に誰かを想う力ってのは強いんだよ。と、私がどれだけ言っても中々理解できないよな」

「当たり前じゃ」

「んー…なら…いやでも…だがこれしか…私は全然構わないが…なんて説明を…うーむ…」

 

 一人腕を組んで何かを悩むシリウスをウィクネシアは訝しむように見ている。

 

「何をブツクサ言っておるのだ?」

「…まあ、いっか。何かあっても未来の私に何とかしてもらおう。というわけで、私の娘になれ」

「…はぁ?」

 

 シリウスから想定外の言葉が聞こえてきてウィクネシアは再びポカンとした表情をした。

 思っていた以上に育った環境が酷すぎてウィクネシアに同情したシリウスはとんでもない事を提案した。スピカに色々した事は許されないが、ウィクネシアがいなければスピカも危うかったかもしれないので、スピカにちゃんと謝ればそれで全部チャラと考えている。ウィクネシアの悲しい過去を上書きできるぐらい幸せにするついでに、ウィクネシアを弾き飛ばした愛の力を教えるのに最適だと思って娘に勧誘している。

 

「あれ?聞こえなかった?私の娘になれ」

「聞こえとるわ!何が、というわけで、じゃ!ふざけとるのか!?」

「失敬な!私は本気だ!」

「なお悪いわ!大体何故貴様の娘なぞにならなければならんのじゃ!?」

「だってあんたを弾き飛ばした力の事が知りたいんだろう?それなら私の娘になれば分かるぞ」

「そんなんで分かってたまるか!」

「分かるんだよなこれが。スピカの中から見てるだけじゃ何も分からないぞ?どうせ暇を持て余してるんだからちょっとぐらい付き合えよ」

「暇を持て余すとか言うな!暇人みたいに聞こえるじゃろうが!…しかし見るだけじゃ分からないのも事実…ぐぬぬ…!」

「ほれほれ~諦めて私の娘になっちゃいなよ~。そしてママの胸に飛び込んでおいで~。あ、来る時は姿を変えてね」

「やかましい!誰が飛び込むか!ええい、話は終わりだ!さっさと帰れ!」

 

 ウィクネシアはニコニコしながら腕を広げて待つシリウスに腹を立てて現実へ帰した。

 

「ぬお~…また来るからな~…」

「二度と来るな!」

 

 空中に開いた穴に吸い込まれていきながら気の抜けた声で再会を約束するシリウスに怒鳴りつけるウィクネシア。かつて虚無の魔女として恐れられた姿はどこにもなかった。

 

「…ん…朝か…あんまり寝た気がしないな…」

 

 ウィクネシアと話していただけだったが、意外と時間が経っていたようでちょうどいつも起きる時間だった。ポラリス達を起こさないように身体を起こすと微妙に昨日の疲れがまだ残っていた。

 

「うーむ…身体は休んでるから疲れは取れてると思ったんだが…そんな都合の良い事は無かったな。残念」

「う~…ふえええぇぇぇ…」

「うー…あああぁぁぁ!」

「ぁ…ぁぅ…」

「(プルプル)」

「シャー」

「ワフゥ…」

「おっと。は~い、おしめ変えようね~」

 

 昨日の夢の中での出来事を思い返しているとポラリス達が起きて大合唱し出したのでいつも通りおしめを変えた。

 

「んぅ…ふわぁ…おはよー…」

「おはよう。寝癖が凄い事になってるぞ。ピーニ、いつまで寝てるんだ、起きろ」

「う~…後五分…」

「テンプレを言うんじゃない。そりゃ」

「あ~、私の毛布~」

 

 おしめを変え終えると寝惚けてシリウスにもたれ掛かるエルフィナを起こして寝癖を直し、まだ寝ようとするピーニから毛布を剥ぎ取った。

 

「えへへー…あら?シリウスちゃん、何か良い事あった?」

「ん?何で?」

「とっても機嫌が良さそうな顔をしてるわよ」

「そんな顔してたか…まあ、良い事っぽいのはあったな」

「へー。どんな事?」

「内緒」

「えー、教えてよー」

「ええい、纏わりついてくるんじゃないっ」

「ま~」

「ままー!」

「かあ、さま…」

「(プルプル)」

「シャー」

「ワン!」

 

 シリウスに纏わりつくエルフィナを真似てポラリス達もシリウスに抱き着いたり、引っ付いたりし始めてシリウスは身動きが取れなくなってしまった。

 

「動けん…」

「おーしーえーてーよー」

「偶にIQが下がって子供みたいになるよなこの人…ええい、いい加減にしなさい」

「ああん」

 

 自分の過去を受け入れてくれたシリウスにエルフィナは、あれ以来ありのままの姿を見せており、時折こうやってシリウスに甘えている。

 

「ぶー、ぶー、ポラリスちゃん達だけずるーい。私も甘やかしてー」

「いい歳した大人が何を言ってるんだ…ほら、朝ご飯食べにいくぞ」

 

 冷たくあしらうが、エルフィナはめげずにシリウスの右腕に抱き着いて歩いている。何を言っても聞かないし、それぐらいなら別に何とも思わないので好きにさせながら食堂へ向かった。いつもにように朝食を頼んで食べた後、エルフィナは後片付けをしているコルルを呼び止めた。

 

「ちょっといいかしら?」

「はい、何ですか?」

「今日から二、三日はあまり外を出歩かない方がいいわ」

「え?な、何かあるんですか?もしかして、またこの前の人達が…」

「あー、無関係、ってわけじゃないんですけど。まあ、ちょっと危ないかもしれないんで一応念の為」

「そうなんですか…分かりました!皆にも言っておきます!」

 

 コルルが食器を持って厨房へ向かったのを見送ってシリウスとエルフィナも部屋に戻った。

 

「やっぱり仕掛けてくるならこの二、三日の間か」

「こっちの準備が整うか微妙なところね…」

「早いとこ魔法を覚えないと…えーっと…」

 

 シリウスはセレムから貰った本を開いて読み始めた。

 

「おおう…難易度爆上がり…」

「中級からは一気に難しくなるし、種類も下級よりも大幅に増えるから大変らしいわ。昔、仲間も難しいってボヤいてたわ」

 

 貰った本には防御系の魔法が書かれているが、下級と比べて難易度が一気に増していた。シリウスが適当に開いたページの魔法の術式は星を模った魔法陣に何と書いてあるのか読めない細かな文字が書かれていて、これもちゃんとイメージしないと発動しないのだ。さらに属性系の防御魔法もあり、どんな魔法があるか調べるだけでも一苦労だ。

 

「あー…えー…んー…属性系は置いておこう。先に無属性の防御を…あー、物理用と魔法用で別れてるのか。今回は物理用で、えー…細けえ…」

 

 シリウスも思わずボヤいてしまうほどの細かさで一つ覚えるだけでも相当時間が掛かりそうだった。

 

「時間が無いからあれもこれも手は出せんな。まず一つ、使えそうな魔法は…お?」

 

 シリウスが本を捲りながら探していると一つの魔法が目に付いた。

 その魔法の名前は“フローティングシールド”といい、名前の通り浮遊する半透明の盾を作る魔法だ。指定した場所に滞空し続け、自分の背後に指定すれば仮にその場を動いたとしても付いてくるようになっている。さらに複数作る事もでき強度も下級より大幅に上がっている。消費魔力は高めながらも一度作れば追加の魔力はいらないので割と使い勝手が良い魔法だ。

 

「これ、いいな…三つ作りだしてポラリスとアトリアとスピカの傍に置いておけば安全が増す。これにしよう。術式はっと」

 

 他の魔法の術式と大差ないが、他よりも効果が気に入ったので頑張って覚える事にした。

 

「ここがこうなって…ここにウニョウニョした文字が書かれてて…どうせなら象形文字みたいにしてくれたら覚えやすかったのにな…」

 

 ブツブツと愚痴を溢しながらも何とか術式を覚えたので早速試してみる事にした。

 

「【フローティングシールド】。おお…こんな風になるのか」

 

 魔法を唱えるとシリウスの目の前に半透明のカイトシールドが浮かんでいた。試しに動くようにイメージすればその通りに動き、手をかざして動かしてもその通りに動いた。

 

「ほうほう、なるほどな…これは使えるな。後はひたすら反復練習あるのみだな」

「シリウスちゃーん。ポラリスちゃん達が呼んでるわよー」

「おっと。ポラリス~、アトリア~、スピカ~、カペラ~、ハダル~、リゲル~、ごめんね~」

「ま~」

「ままー!」

「かあ、さま…」

「(プルプル)」

「シャー」

「ワフ!」

 

 魔法の練習をしようとしたがポラリス達に呼ばれたのでいったん中断した。

 

「ほ~れ、よしよし」

「あ~♪う~?」

「あーい♪あーうー?」

「かあ、さま…あ、あれ、な、に…?」

「(プルプル)?」

「シュー?」

「ワフ?ワン!」

 

 ポラリス達はシリウスに撫でられて嬉しそうにするが、その傍に浮いているフローティングシールドに興味を奪われている。

 

「ん?そういや消してなかったな。触っても大丈夫だよ~」

 

 ポラリス達が怖がらないようにゆっくりとフローティングシールドを近づけた。スピカはやや怖がってシリウスに抱き着いて顔を埋めるが、ポラリスとアトリアは怖がらずに触りだし、カペラとハダルとリゲルはフローティングシールドの上に乗った。

 

「あ~、う~」

「あー!うー!うー!」

「あらあら、ポラリスちゃんとアトリアちゃんも乗りたいの?よいしょっと」

 

 乗りたそうにしていたポラリスとアトリアをエルフィナが抱き上げてフローティングシールドに乗せた。子供二人と小さな魔物三体が乗ってもフローティングシールドはビクともしなかった。

 

「一応足場としても使えない事はないか」

「そうね。流石にずっと乗れるほどじゃないかもしれないけど、一瞬乗るだけなら大丈夫そうね」

「スピカ~。ほら、皆乗ってるよ~」

 

 怖がっていたスピカもポラリス達が乗ってるのを見て恐る恐る乗ってみた。本来の用途から離れているのでフローティングシールドはやや高度を下げ始めたがまだ何とか浮いている。

 

「そら乗るための物じゃないからこうなるか。まあ、子供達の玩具にもなるし、いっか。どっかに子供が遊ぶための魔法ってないものか…」

「んー…そういう用途じゃ聞いた事は無いわねぇ…それにしても子供が遊ぶ用の魔法って。シリウスちゃんは色んな事浮かぶのねー」

「子供達最優先」

「母親の鑑ね、ふふふ」

 

 フローティングシールドから皆を降ろした後、厩舎へ向かいウェズンも含めて昨日同様皆で楽しく過ごした。

 穏やかな時間が過ぎていくが、襲撃までの時間が刻一刻と迫ってきていた。

 

 

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