転生したと思ったらママになっていた件   作:大神降ろし

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第百七話

 

「よーしぃ、行くぞぉー」

 

 間の抜けた声でしゃべるガディヌだが、その剣筋は恐ろしいほど正確だった。真っ直ぐシリウスの腕を斬り落とそうと向かっており、シリウスは横に跳ぶ事で回避した。しかし、間髪入れず横薙ぎが飛んできたのでシリウスは剣で防御しつつ大きく後ろに跳んで距離を取ろうとしたら、凄まじい力で吹き飛ばされて予想以上に距離を開けられた。

 

「おぉー、すげぇー飛んだなぁ」

「くぅ…!?(まともに受けたら危なかったな…こりゃ真正面でやり合うのは無理だ。エルフィナ達が来るまで何とか耐えなきゃ…!)」

 

 想像以上に手が痺れて今の自分では到底敵わないと悟り、あわよくば討ち取ろうという考えを改めて、エルフィナやルゥト達が来るまで耐える事にした。

 

「キヒヒヒヒ…楽しくなってきたなぁ…よし、すぐに食うのは止めだぁ。もっと楽しませてくれよぉ」

 

 餌になる未来が少し遠のいたが、代わりに嬲り殺しに合う未来が来てしまった。その未来から少しでも遠のくためにシリウスは脳味噌をフル回転させて集中している。

 

「(集中しろ…!防御を固めて、必死に足掻くのを見れば少しは時間が稼げる!いつまで稼げばいいか分からんが!)」

 

 猫に甚振られる鼠になった気分のシリウスだが、諦めるつもりは毛頭なく最後の最後まで足掻く気満々だ。

 

「【フローティングシールド】」

「おぉ?魔法なんて使えたのかぁ。こりゃあ増々楽しめるぜぇ」

 

 フローティングシールドを出して少しでも防御を固めようとするとガディヌは面白そうな表情を隠す事無く嗤っている。シリウスはそれに反応する事無く、フローティングシールドを自分の左側に展開し剣を両手で持ち直した。

 

「キヒヒヒヒ…準備はいいかぁ?そろそろ行くぞぉ」

 

 ガディヌは身を低く屈ませて勢いよく地面を蹴りシリウスに突進した。想像以上の速さにシリウスは後ろに跳びかけたが、気を取り直して前に走った。

 

「(後ろに道は無い!死中に活を見いだせ!)」

「キヒヒヒヒ!おいおいぃ、死ぬ気かぁ!」

 

 自殺志願かとガディヌは嗤いながら大剣を片手で振り下ろしてきたが、その前にシリウスはスライディングでガディヌの足の間を擦り抜けた。大剣は轟音と共に地面に当たって辺りに土煙が舞い、シリウスはその間に距離を取りつつガディヌがいるであろう場所に魔法を放った。

 

「【ファイアーボール】!【ストーンダーツ】!」

 

 ファイアーボールとストーンダーツが土煙の中に飛び込み、さらに土煙を上げるがシリウスは微塵も油断しなかった。

 

「(絶対にやれてない。何なら当たってすらいないんだろうな)」

「キヒヒヒヒ!やるじゃねえかぁ!ちーっと危なかったぜぇ!」

 

 自分の考え通りガディヌは無傷で土煙から出てきた。ガディヌは長年の経験と勘と驚異的な身体能力だけで死角から飛んできた魔法を避けたのだ。

 

「キヒヒヒヒ!楽しいなぁ!こんなに楽しいのは久しぶりだぁ!もっと楽しませろよぉ!」

 

 実に楽しそうに笑いながらガディヌは再びシリウスに突進してきた。今度はシリウスの少し手前で減速して大剣を横に振り抜いてきた。シリウスはそれをフローティングシールドで受け流したが、ガディヌはそのまま回転してさらに勢いを付けて横薙ぎを振るった。避けられないと悟ったシリウスはフローティングシールドで防ぎ、僅かに時間を稼ぎながらその場に伏せた。フローティングシールドは一瞬耐えたが、ガディヌの馬鹿力によって粉々に砕かれてしまった。

 

「おいおいおい!?嘘だろ!?」

「キヒヒヒヒ!驚いてる場合かぁ!?頭上注意だぜぇ!」

 

 シリウスはガディヌの言葉に反応する事無く慌てて横に転がって振り下ろしを避けたが、ガディヌは大剣から手を離してシリウスに蹴りを放った。ギリギリ剣を差し込んで直撃は避けたが、そのまま蹴り飛ばされて積まれている建材に叩きつけられた。

 

「げふぅ!?」

「キヒヒヒヒ!キヒヒヒヒ!」

 

 崩れてきた建材の下敷きになったシリウスに高笑いをするがガディヌ。

 そこに十数人ほどのチンピラのような風貌の男達と黒い外套を纏ったサヌワットの構成員が数人近づいてきた。

 

「おい〈人食い〉。何をしてる?商品はまだか?」

「おおん?今、取り込み中だぁ」

「貴様、契約を忘れたか?」

「忘れてねえよぉ。でもよぉ、商品を盗んだ女が邪魔してなぁ。先にそっちを片づけてんだぁ」

「ふん…ならさっさとやれ」

「へ、へへ…なら俺達がやりますぜ旦那」

 

 チンピラ風の男達が構成員に媚びを売るように手もみしながら提案した。チンピラ風の男達はクルセイダーズの下っ端で手柄を立てて上にのし上がるチャンスを虎視眈々と狙っていた。

 

「…まあ、お前達でもできるか。さっさとやれ」

「へ、へい!」

「へへへ!俺にもやっとツキが回ってきたぜ!」

「どけ!手柄は俺のもんだ!」

「うるせえ!早い者勝ちだ!」

 

 クルセイダーズの下っ端達は競い合うようにシリウスが下敷きになっている建材に近づいている。

 

「ちっ!先を越されちまった」

「しゃあねえ。俺達は商品の方を探すか」

「この辺に隠してるのか?」

「さあな。だがこの近くにいるのは確かだろ」

 

 出遅れた他の下っ端達は商品であるポラリス達を探して付近を歩き回っている。

 

「あー、俺のなのにぃ…」

「契約が先だ。その後は好きにしろ」

 

 下っ端達が瓦礫を退かすがそこにシリウスの姿は無かった。

 

「お、おい、いねえぞ!?」

「ああん!?そんなはずは…!?」

「ちくしょう!どこに行きやがった!?」

 

 シリウスが建材の山に叩きつけられた時、上手い具合に建材が積み重なったおかげで下敷きにならずに済んだ。

 

「(あっぶねえ…色々ギリギリだな)」

 

 建材の下からガディヌからは見えない位置へズリズリと移動し、建材の山の陰に隠れながら様子を伺いつつ蹴られた剣を確かめた。ガディヌに蹴られた箇所はちょうどナックルガードの部分だったが破損せず凹みも無かった。

 

「(これ買って正解だったな。あいつは…うわ、何かいっぱい来た)」

 

 サヌワットの構成員達とクルセイダーズの下っ端達が集まってきたのを見て追い詰められてきたのを感じ取った。

 

「(どうすっかなぁ…こっちの味方はまだ来てないから無茶はできんし…子供達は大丈夫か?)」

 

 悩みつつもふとポラリス達が気になって隠れている所を見てみるとそこには何も無かった。ピーニが機転を利かして精霊にお願いして見えなくしているのだ。何も見えないがシリウスがポラリス達がこちらを見ていると確信しており、安心させるために笑いながら小さく手を振り、投げキッスもしておいた。

 

「(そうだよな。あの子達を守るためだ。無理も無茶も押し通すまでだ。それに騒ぎを大きくすれば合流も早くなるだろ。うし、やるか)」

 

 覚悟を決めて下っ端達が近づいてくるのを待った。下っ端達が瓦礫を退かしてシリウスがいない事に気づき慌てているのを見て、シリウスは建材の山の陰から飛び出して一番近くにいた下っ端の顔を思いっ切りナックルガードで殴った。

 

「ぶへえ!?」

「なっ!?」

「こいつどこに!?」

「ふんっ!」

「ごへえ!?」

 

 突然現れたシリウスに狼狽えて隙だらけの下っ端の側頭部を柄頭で殴り倒し、立て続けに二人を倒した。

 

「おぉ、無事だったぁ。キヒヒヒヒ!まだ楽しめそうだぁ」

「このアマぁ!」

「囲め!こいつただじゃおかねえ!」

「お前らも来い!」

「あ、ちょ、それ俺のぉー」

 

 良い様にやられて怒り出した下っ端達はポラリス達を探していた下っ端達も呼んでシリウスを取り囲んだ。

 

「おいおい…女一人にここまでして恥ずかしくないんですかー?」

「んだと!?」

「もう謝ったって絶対許さねえ!」

「やっちまえ!」

 

 見下すような表情でニヤニヤと嗤いながら煽るシリウスに激昂し一斉に襲い掛かる下っ端達だが、本当に全員一斉に襲い掛かってきたのでほとんどが横の者に当たってシリウスまで辿り着けず、結局シリウスに襲い掛かれたのは四人だけだった。

 

「てめえ!どけよ!」

「うるせえ!てめえこそどけ!」

「あーあー、何やってんだか…」

「余所見してんじゃねえ!」

「死ねえ!」

 

 前後左右から剣を振りかざしてくるので、シリウスはタイミングを見計らってその場にしゃがみ込んだ。

 

「「「「へ?」」」」

 

 振り下ろされた剣はシリウスには当たらず、それぞれ向かいの者の剣に当たり甲高い音と共に止まった。下っ端達は間の抜けた声を出して固まっており、シリウスはその間に目の前にいた下っ端の脛を思いっ切り殴りつけた。そのまま止まらずにその横にいた下っ端に強烈なアッパーカットをお見舞いして宙に飛ばした。

 

「ぬあああぁぁぁ!?」

「ごへえ!?」

 

 二人を立て続けに殴り倒しもう一人を裏拳で顔面を整形させてから、ようやく残り一人が正気に戻った。

 

「て、てめえ!?」

 

 剣を振り下ろしてくるがシリウスはそれを難なく左へ受け流し、受け流されて体勢を崩した下っ端の顔面に柄頭を叩き込んだ。

 

「ぶえ!?」

 

 瞬く間に四人を戦闘不能にしたシリウスに下っ端達がすっかり怖気づいてしまい少しずつ後ろに下がっている。

 

「次は誰だ?」

「う、嘘だろ…」

「四人をあっという間に…」

「ば、化け物め…」

「おいおい、私で化け物って…もっと凄い人なんていくらでもいるぞ」

 

 稚拙過ぎる下っ端達の連携に呆れつつ、怖気づきようにこれなら何とかなるかもとシリウスは思った。思ってしまった。

 瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響き、咄嗟に剣を構えると凄まじい衝撃と共に再び吹き飛ばされ、取り囲んでいた下っ端達にぶつかった。

 

「がっ!?」

「ぐわあ!?」

「ぎゃあ!?」

「うお!?な、何だ!?」

「急に飛んできたぞ!?」

 

 シリウスを吹き飛ばしたのは大剣を振り抜いたガディヌであった。

 最初に楽しんでいたのは自分なのに後から来た奴らが自分の玩具を取っていった、いや、奪っていった。

 そんな事は許されない。

 あれは自分のだ。

 自分の獲物なのだ。

 

「お前らぁ…あれは俺のだぁ!手ぇ出すんじゃねえぇ!」

「「「「「ひ、ひいいいぃぃぃ!?」」」」」

 

 怒気の篭った咆哮を上げると周りにいた下っ端達は怯え切って慌てて距離を開けた。邪魔者がいなくなって満足した表情のガディヌは立ち上がったシリウスを見て舌なめずりをしている。

 

「キヒヒヒヒ!待たせたなぁ!さあ、続きと行こうぜぇ!」

 

 大剣を振りかざして襲い掛かるガディヌにシリウスは痛みを堪えながら慌ててその場から離れた。そこにはシリウスが吹き飛ばされた時に巻き込まれた下っ端達が起き上がろうとしていたが、ガディヌはお構いなしに大剣を振り下ろし、何人かの下っ端が巻き添えを喰らった。直撃した下っ端は身体が縦に真っ二つになり、大剣が地面に叩きつけられた衝撃で周囲で倒れていた下っ端達も吹き飛ばされた。

 

「ぐわあ!?」

「ぎゃあ!?」

「ぬおっ!?」

「俺達の事はお構いなしかよ!?」

「逃げろおおおぉぉぉ!?」 

 

 喚き散らす下っ端達の事は眼中に無いガディヌはただシリウスしか見ておらず、逃げ惑うシリウスを追い掛け回している。

 

「おいおいぃ!逃げるだけかぁ!?もっと楽しませてくれよぉ!」

「あぶね!?ぬおっ!?くっ!」

 

 大剣を振り回してくるガディヌから逃げながら、紙一重で避けつつ当たりそうなのは剣で何とか防いでいるシリウスだが、力も速さも技量も向こうの方が上なので徐々に追い詰められていった。民家の壁際に追い詰められるとガディヌが全力で大剣を投げてきて慌ててシリウスは横に跳んだ。ガディヌは壁に突き刺さった大剣を握ってそのままシリウス目掛けて振り抜いてきたので、シリウスはその場に伏せる事で何とか回避したがガディヌに蹴り飛ばされた。何とか受け身を取ったが俄然シリウスが不利な状況が続いている。

 

「キヒヒヒヒ!楽しいなぁ!楽しいなぁ!もっと!もっとだ!もっと楽しませてくれよぉ!」

「いてて…こっちは全然楽しくないんだがな。それと残念ながらもう希望に添え無さそうだがな」

「あん?」

 

 ガディヌが怪訝な表情をした時、騒ぎを聞きつけて通りからドラゴンファングの構成員達が続々とやってきた。

 

「クルセイダーズの奴らを叩き出すぞ!」

「「「「「うおおおぉぉぉ!」」」」」

「あ!?ドラゴンファングの奴らだ!」

「狼狽えんな!返り討ちにするぞ!」

「「「「「おおおぉぉぉ!」」」」」

 

 ドラゴンファングとクルセイダーズの構成員達が衝突して戦いが始まった。

 

「シリウス!無事か!?」

「よう嬢ちゃん、生きてるか?」

「シリウスちゃん、大丈夫!?」

「怪我はしてませんか!?」

「お前達、それより前を見ろ」

 

 ルゥト達も騒ぎを聞きつけて合流すると、屋根の上からサヌワットの構成員達を撒いたエルフィナも降ってきた。

 

「シリウスちゃん!?大丈夫!?怪我してない!?ああ!?こんなにボロボロに!?」

「いや、怪我してないから。ちょっと吹き飛ばされたり、蹴られたりしただけだから」

 

 吹き飛ばされてあちこち汚れているシリウスにエルフィナは泣きそうな顔をしてシリウスの身体をペタペタと触っている。

 

「おいおいぃ…それは俺のだぞぉ…邪魔するんじゃねえぇ!」

「〈人食い〉か!行くぞ、ゴルド!」

「おう!出し惜しみは無しだ!」

 

 ルゥトとゴルドは邪魔をされて怒り狂うガディヌを迎え撃った。

 

「追い詰めたぞ〈緑風〉!」

「対象じゃないが〈緑風〉も捕まえればボーナスは間違い無い!」

「しつこいわね!シリウスちゃんはそこでジッとしてて!」

 

 エルフィナと交戦していたサヌワットの構成員達もエルフィナに追いつき再び戦い始めた。

 

「ええい!何の騒ぎだこれは!?」

「隊長!あれを!」

「あれは!?報告に合った〈人食い〉か!?」

「それだけでなく裏社会の者達もおります!」

「あそこにはハンターチーム〈ヴィクオール〉の姿も!」

「怪しげな外套の者達もおります!」

「た、隊長!どうすれば!?」

「何がどうなっているのだ!?ええい!とにかく裏社会の者達とあの黒い外套の者達を捕らえよ!」

「「「「「はっ!」」」」」

 

 さらに騒ぎを聞きつけて巡回の兵士達も駆け付けた。

 シリウス達ハンター、ドラゴンファング、クルセイダーズ、〈人食い〉とサヌワット、兵士達の五つ巴となり場は混沌と化してきた。

 

「うわあ…超カオス…」

 

 乱戦状態となり、もう何が何やら分からなくなってきたシリウスであった。

 

 

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