ガディヌに止めを刺すための時間稼ぎをしているシリウスは囮となって逃げ回っている。途中ウィクネシアがガディヌの動きを教えてくれるおかげで何とか無傷で済んでいるが、全力で動き回っているので体力は底を尽き掛けていた。
「ぜぇ、ぜぇ…」
「キヒヒヒヒ!ここまでよく頑張ったなぁ。こんなに捕まえられなかったのはお前が初めてだぁ」
「『何をしている。さっさと立て』」
「『ぜぇ、ぜぇ…も、もう、無理…身体が、言う事、聞かない…』
玉のような汗を流しながら膝をついて荒い息遣いをしているシリウス。動こうとしても手足がプルプルと痙攣するように動くだけで身体は全く動かず正に絶体絶命の危機であった。
「キヒヒヒヒ!ようやくありつけるぜぇ…!」
「『おい、さっさと動け!貴様、死ぬ気か!?』」
「『死ぬ、つもりは、ぜぇ、毛頭、無いが、ぜぇ、マジで、身体が、ぜぇ、動かん』」
涎を垂らしてゆっくりとシリウスに近づくガディヌがシリウスに手を伸ばした時、屋根の上からナイフが飛んできたので頭を逸らして避けた。
「ちぃ!また邪魔かよぉ!」
「シリウスちゃんには指一本触れさせないわ!」
サヌワットの構成員と戦っていたエルフィナが応援に駆け付けた。エルフィナによって当初の三分の一までに数を減らしたサヌワットの構成員達は、これ以上の損害は嫌だったらしく仲間を置いて逃げていった。エルフィナが周囲を確認するとシリウスの姿がどこにも無い事に気づき、セレム達に居場所を聞いて先行してきたのだ。お預けにされていたご馳走にようやくありつけると思っていたガディヌは、また邪魔されて米神に血管が浮き出るほど怒っていた。
「毎回毎回、俺の楽しみをぉ…!あぁ…ガアアアァァァ!」
完全に怒りが爆発したガディヌは地面が抉れるほど威力でエルフィナに突進した。エルフィナはギリギリで何とか回避したが、エルフィナですらかなり危ういほどの速度だった。
「(速い…!怒りで身体のリミッターが外れたのね!少しでも油断すればやられる!)」
「ガアアアァァァ!」
遮二無二突っ込んでくるガディヌを紙一重で回避し続けているエルフィナだが、直線的とはいえガディヌが速過ぎて反応はいつもギリギリだった。さらに一発でも当たれば終わるので集中し続けなくてはならず、連戦というのも相成って消耗が激しかった。
「(受け身に回れば押し切られる!やるなら速攻!)魔戦技!【武装付与】!【神速】!」
エルフィナは魔戦技を発動させてガディヌと戦い始めた。シリウスは邪魔にならないように何とか地面を這って壁際まで退避した。
二人は目にも止まらぬ速さで動いており、傍から見れば地面や壁が勝手に壊れているように見えた。超高速戦の中でエルフィナはガディヌに斬りかかるが、ガディヌは直感だけでそれを避けて毛を斬るだけに留まっている。ガディヌは大剣を捨てて爪で引き裂こうと腕を振り回しており、エルフィナはそれを紙一重で避けている。
「くぅ…!(ここまでやるなんて想定外だわ…!神速の効果も後少しで切れる…!)」
「ガアアアァァァ!」
エルフィナが一瞬考え事をして気を逸らした瞬間をガディヌは見逃さなかった。爪をギリギリで避けて体勢を崩しているエルフィナ目掛けて裏拳を放った。
「ぐぅ!?ごふぅ!?」
短剣を差し込んで直撃は避けたものの物凄い力で引き飛ばされて壁に叩きつけられた。連戦と魔戦技を何度も使用したので疲弊したエルフィナは意識は保っているものの壁にもたれ込んで動けなかった。
「エルフィナ!?」
「ゴホッゴホッ!マズいわね…」
魔戦技で強化していたので短剣は折れていないが身体は動かなかった。エルフィナの無事を確認したシリウスだが焦りは消えなかった。
「まずはてめえから消してやるぅ…!」
ガディヌが怒りに満ちた表情と血走った目をしながらエルフィナに近づいていた。何とか動こうと藻掻くがシリウスの身体は言う事を聞かなかった。
「くっそ!動け!動け私の身体!」
「シリウス、ちゃん。私の、事は良いから、早く逃げて」
「そんな事できる訳無いだろうが!ぬおおおぉぉぉ!」
大声を上げて剣を杖にしながらシリウスは無理矢理立ち上がった。だが立てたはいいがそれだけでとてもじゃないが戦える状態ではなかった。
「ああん?お前は後だぁ。まずはこいつを殺すぅ。それからだぁ…いや、もうあいつらもいねえから依頼もどうでもいいかぁ。お前の目の前でガキ共を食ってやろうぅ」
「…は?」
口角を上げて嗤いながら宣ったガディヌにシリウスはキレた。先ほどまでどう戦おうかと考えていたがそれも全て消え、あるのはガディヌに一撃喰らわせる事だけだった。立つのがやっとだったが怒りによって力が湧き出てきたシリウスは剣を下段に構えてガディヌに突っ込んでいった。
「キヒヒヒヒ!馬鹿がぁ!」
ガディヌは返り討ちにしようと右腕を上げた時、エルフィナが最後の力を振り絞ってナイフを投げた。横から飛んできたナイフをガディヌは頭を後ろに反らす事で回避した。
「【エアスマッシュ】!」
「ぐおっ!?」
頭を反らした事で一瞬だが隙が生まれ、その隙を付いて追いついたセレムが拳大の風の塊をぶつける風の下級魔法であるエアスマッシュをガディヌの胸にぶつけた。ガディヌは上半身を後ろに反らすような姿勢となって左足が浮いてしまい攻撃ができるような姿勢ではなくなった。それでも無理矢理右手を振り下ろそうとしたが、今度はレネイが放った矢が右手首に刺さった。反射的に矢を放った下手人を探すためにシリウスから視線を逸らした事で数瞬の隙が生まれ、ガディヌがシリウスに視線を戻した時にはシリウスは既に攻撃態勢に入っていた。
「(クソがぁ!邪魔ばかりしやがってぇ!だがその攻撃は届かねえよぉ!キヒヒヒヒ!外れた時がお前の最後だぁ!)」
地面に着いている右足で地面を蹴ってシリウスの攻撃が届かない位置へ下がった。シリウスの攻撃が外れる瞬間の顔を想像して嗤うガディヌであったが、その笑みは妙な音と共に消えた。
「(あん?何の音だぁ?まるで何かが地面を削るようなぁ…)」
その音の正体は蛇腹状になった剣が地面に当たっている音だった。
「な、はぁ!?ちょ!?」
「あああぁぁぁ!」
怒りで制御を離れた魔力を魔戦技を使わずに剣に注いでしまっていたが、今回はそれが功を奏した。蛇腹状の刃は地面を削りながらうねるようにガディヌに迫り、胴体を切り裂いた。
「がぎゃあ!?」
斬り裂かれた胴体から血飛沫を上げながら壁に叩きつけられ、その衝撃でさらに血が飛散した。
「がはぁ!?ごふっ!?あ、あぁ…痛えよぉ…」
痛みに悶えているガディヌは隙だらけだがシリウスはそれどころではなかった。
「ふぎぎぎ…!と、取れねえ…!」
「『阿呆』」
勢いよく振り上げた蛇腹剣が民家の屋根に突き刺さってしまい取れなくなっていた。さっきから抜こうと引っ張っているがビクともしなかった。一連を見ていたウィクネシアは呆れたように罵倒している。
「痛えよぉ…何でこんな事するんだよぉ…」
今までガディヌはここまでの傷を負う事は無かったので涙を流して痛みに悶えていたが、次第にガディヌの様子がおかしくなっていった。
「何で…たかが餌に…餌の分際で…餌がこの俺様に傷を負わせやがって…ふざけるな!ふざけるなあああぁぁぁ!」
痛みは怒りへと代わりガディヌは血を流しながら立ち上がった。その怒りは全てシリウスに向けられて、剣を抜こうとしているシリウス目掛けてガディヌは突進した。
「ガアアアァァァ!」
「いぃ!?ぬおおおぉぉぉ!?」
ガディヌが突っ込んできてマズいと思ったシリウスは、思わず剣に込めていた魔力を引っ込めた。蛇腹剣は元に戻りだしたものの思っていた以上に深く刺さっていたらしく、引き抜こうと強く握っていたシリウスは剣に引っ張られて屋根の上に連れていかれた。だがおかげでガディヌの突進を回避する事ができた。
「お、おぉ…こんな使い方もできたのか…」
「ガアアアァァァ!下りてこい!ぶっ殺してやる!」
怒り心頭で間の抜けた声で喋らなくなったガディヌは屋根の上にいるシリウスを睨みつけており大きな隙を見せていた。その隙を見逃さずに駆けてきたのは剣に雷のエンチャントを施したルゥトだった。
「ミラミス!強化を!」
「で、でもこれ以上は!?」
「構わん!」
「うううぅぅぅ…!【パワーチャージ】!」
ミラミスの強化魔法を受けてルゥトの身体はさらに強化され、同時に凄まじい負担が圧し掛かった。
「ぐうううぅぅぅ…!うおおおぉぉぉ!」
全身に走る激痛を叫ぶ事で無視し、ガディヌに突進していった。ガディヌはルゥトに気づいたが時すでに遅し。
「クソがぁ!」
「魔戦技!【爆雷斬】!」
剣を斬り上げて膨大な雷の力が地上から空に向かって解放された。辺りは一瞬昼間のように明るくなり、直後凄まじい轟音を辺りに響かせた。
「「「「「うわあああぁぁぁ!?」」」」」
「「「「「きゃあああぁぁぁ!?」」」」」
「な、何だあ!?」
「雷でも落ちたのか!?」
「空に雲一つ無いぞ!?」
「一体何の音だ!?」
「わ、分かりません!」
「今、一瞬だが昼間みたいに明るくなったぞ!?」
「一体何があったんだ!?」
近辺に住んで争いが収まるまで息を潜めていた住民達や建設現場で争っていた者達も何が起きたのか分からず、争っていた者達も思わず手を止めるほどだった。離れていても轟音を響かせるほどの威力をまともに喰らったガディヌは上半身が雷で蒸発し、残ったのは膝から下の足と頭だけだった。
「ぐおおおぉぉぉ…!耳がぁ…!」
「くうぅ…!目と耳が痛いわぁ…!」
「『何をやっとるんだ貴様は…』」
屋根の上にいるシリウスとすぐ近くの壁にもたれ込んでいるエルフィナは雷の光と音をまともに喰らって、目と耳に凄まじいダメージを受けて悶え苦しんでいた。ウィクネシアは直前で念話を切ったので何の痛手も負わなかった。
「はぁっ、はぁっ…ぐぅ…!」
「ルゥ君!」
全身全霊を込めた必殺の一撃を放ったルゥトは強化魔法の負担と魔力が減少した事で立っていられずその場に膝を付き、ミラミスが慌てて駆け寄り介抱している。
「ルゥト!大丈夫!?しっかり!」
「邪魔だどけ。ルゥト、ほら、ポーションだ」
「ひぃ、ひぃ…!お、お前ら、俺を忘れてくな…!」
三人に優しく介抱されているルゥトと斧を杖代わりにしてヨタヨタと歩いているが誰も助けてくれないゴルド。物悲しい光景だが〈ヴィクオール〉ではよくある光景だった。
「うぐぐぐぐ…まだよく見えない…ぬおっ!?ぐへえ!?」
屋根の上にいるシリウスは霞む視界の中で手探りで降りられそうな場所を探していたが、バランスを崩して屋根から落ちて地面に激突した。
「シリウスちゃん!?どうしたの!?大丈夫!?」
「だ、大丈夫…鼻が痛え…ゴルドさんは大丈夫ですか…?」
「思いっ切り蹴られたって聞いたけど…?」
「お、おう。いや、お前さん達の方が大丈夫かって聞きたいんだが…手持ちのポーションである程度は回復したからな。何とか歩けるぜ」
まだ目と耳が痛いシリウスとエルフィナに心配されて少し嬉しくなったゴルドだが、オッサンが頬を赤くして照れている姿は端的に言ってキモかった。
「うわ、キモ…」
「鼻の下を伸ばしてます…」
「最低だな」
「お前ら!変な事言うな!あいててて…!」
三人に罵倒されて言い返すゴルドだが大声を出した事で治りかけの傷が痛んで蹲っている。
「皆、まだ戦いは終わっていないぞ」
「ルゥ君、まだ動いちゃ…!」
「いや、まだ行ける。皆が戦っているのに俺だけここで休んでいるわけにはいかない」
「その心配はねえよ」
立ち上がって建設現場の方へ向かおうとしているルゥトに通りからルドが部下を連れてやってきた。ルドや部下達は所々に怪我をしており、別の場所で戦っていたようだ。
「どういう事だ?」
「もう向こうの戦いは終わったって事だよ。現場にいた隊長さんがちょうど知り合いだったんでな。ちょいと取引して今回だけ俺達ドラゴンファングを見逃してもらう代わりに協力してクルセイダーズを叩きのめす事にしたのさ。流石に倍の数じゃあいつらもどうにもならなかったみたいでな」
「どうしてここに来なかったんだ?」
「クルセイダーズの奴らがあちこちに散らばっていてな。そいつらを叩くのに時間が掛かっちまったのさ。お前らだけにやらせて悪かったな。こいつは詫びだ。取っといてくれ」
ルドは持っていた上位のポーションをそれぞれに配った。
「じゃあ俺達はもう行くぜ。色々と後始末もしないといけないしな」
ルドは部下達を引き連れてどこかへと去っていった。
「ふぅ…よし、もう目と耳は大丈夫。私は子供達を迎えに行ってくる」
「私も行くわ」
「もう大丈夫だとは思うが気をつけろよ」
「『おい、早く来い。べそを掻いて煩くて敵わん』」
「『こら、妹達にそんな事言っちゃいけません』」
「『誰が姉だ!そしてわしは貴様の子供でもないわ!』」
ウィクネシアと念話で話しながら建設現場へと急ぐシリウスとエルフィナ。建設現場では兵士達が捕らえたクルセイダーズを連行したり、怪我人の治療を行ったり、気になって家から出てきた住民達を帰らせたりしていた。兵士達に見つからないように建設現場へと入って、ポラリス達が隠れている場所に近づき精霊が見えなくしている範囲の内側に入った。
「ふえええぇぇぇ…」
「ひっく、えぐっ…うー!」
「ぐすっ…」
「(プルプル)」
「ブル…」
「シュー…」
「キューン…」
「にゃかにゃいで~」
「よちよち」
「もうしゅぐくりゅにょ~」
「がんばりゅにょ~」
「ふぁいとなにょ~」
「シリウスー!早く戻ってきなさーい!」
そこには号泣寸前のポラリスとアトリアに声を出さずポロポロと涙だけを流すスピカに物凄く落ち込んでいるカペラとウェズンとハダルとリゲルがいた。ピーニと精霊達が必死にあやしているが決壊寸前な状況だった。
「ポラリス!アトリア!スピカ!カペラ!ウェズン!ハダル!リゲル!ママがここだよ!」
「ま~!ふえええぇぇぇ!」
「ままー!あああぁぁぁ!」
「かあさまぁ…!」
「(プルプル)!」
「ヒィン!ヒヒン!」
「シャー!」
「ワフ!ワン!ワン!」
シリウスが急いで近寄るとポラリス達は号泣しながらシリウスに抱き着いた。シリウスはポラリス達を強く抱き締めてカペラ達に頬擦りをしてあやしている。
「よしよし、もう大丈夫だよ。ママはここにいるよ」
「ほーら、もう大丈夫よ。ママもおばちゃんもここにいるからねー」
シリウスが抱き締めてエルフィナが頭を優しく撫でて泣くポラリス達をあやしている。戦いは終わり、シリウス達の長い夜がようやく終わった。