「(何言ってんだこいつ…)」
突然見知らぬ男から嫁発言されて内心引きながら怪訝な表情を浮かべているシリウス。内心はともかく表は冷静でいるシリウスと比べて、周囲は大変な騒ぎになっていた。
「な、な、ななななな…!?」
「う、嘘、だよね?シリウス、ねえ、嘘だよね?」
「おいおいおい!?嫁だあ!?嘘だろ!?」
「いやいやいや!?あり得ねえって!」
「そうだ!嘘に決まってらあ!」
「うむ!全く根拠が無いわい!」
「嘘だ!俺は信じねえぞ!」
「そうだ!そいつの法螺に決まってる!」
「そうよそうよ!いい加減な事言うんじゃないわよ!」
「さっさと帰れ!」
エルフィナは露骨に動揺し、シェネドはシリウスに縋って嘘かどうか聞いており、ガッソム達は嘘だと言い切り、ギルドにいたハンター達もそれに同調している。
シリウスは知らなかったが王都にいるハンター達の中でシリウスの評判は割と高い。フォレストビーの巣の攻略時に一緒にいたハンター達がシリウスの的確な指示を他のハンターにも言いふらしており、その時点で割と高い評価をされていた。〈ヴィクオール〉と繋がりがあり、〈緑風〉ともとても仲が良いので悪く言う者は激減し、さらに〈人食い〉討伐に貢献した事と四級に昇級した事でその評価は不動の物になっていた。少しでも繋がりを持とうと何人かは声を掛ける機を窺っており、だがそれを邪な目的も含まれていると勘違いしているエルフィナが牽制しているおかげで中々機会が無かった。
予想以上に味方がいる事にシリウスは若干驚きながらハンター達を見ている。
「(え?何で皆そんなに怒ってるの?いや、ガッソム達は分かるよ。脳筋だけど情に篤いのは何となく分かるし…え?ほんと何で?)」
「な、何だあテメエら…こいつ、イルタ・イックスはこのブルヌ様の嫁だって決まってんだ!つまり俺の物!俺の物を俺がどうしようが俺の勝手だろうが!」
「(イルタ・イックス…聞いた事は無いはずだが、どこか懐かしさを感じる…この身体の名前がイルタ・イックスなのは間違いなさそうだ。ついでにこいつを見てから妙に身体が強張ってる…恐れてる?)」
一瞬ハンター達の勢いに気圧された男だがすぐに怒鳴り散らかしている。
顔と鼻が丸く浅く日焼けしている大柄な男で着ている服は商人風で腰に赤い毛皮を巻いている男の名前はブルヌ・カヌと言い、シリウスが憑依する前の身体の持ち主と同じ村、ベレネ村の出身だ。ブルヌの家庭は普通の農家だが、ブルヌは生まれつき身体が大きく力も強かったのであっという間に子供達のリーダーとなった。子供のうちから大人顔負けの働きを見せて子供達からチヤホヤされ、両親を含む大人達からも褒められ、誰からも叱られる事無く成長したため自分は凄い奴だと傲慢な性格になってしまった。
月日が経ち年頃となりそろそろ妻を娶ろうという話が持ち上がり、本人の希望もあり村で一番の美少女であったイルタがその最有力候補に選ばれた。イルタは引っ込み思案で物静かな性格で自己中心的で傲慢なブルヌを怖がっていた。イルタの両親もそれが分かっていたので何とか婚姻を撤回させようと村長やブルヌを説得していたが、ブルヌは頑として譲らず村長も難色を示していた。そんな中他所から来た商人がブルヌを気に入り共に仕事をしないかと誘い、本人と両親と村長を交えて話し合った結果、一年の間その商人の元で働く事になった。一年という猶予を得たイルタだったが、心は晴れず月日が経つごとにドンドン暗くなっていった。
そしてブルヌが帰ってくる一月前に盗賊が村を襲い、金目の物や食料を全て奪い村人達を惨殺していった。
イルタは両親に庇われて何とか森の奥へ逃げれたが、生き残ったのは自分一人。ここで生き延びてもブルヌの妻にされる未来しか無く、盗賊に捕まっても碌な未来は無かった。全てに絶望し生きる気力を全て失った瞬間イルタの意識は途絶え、その数秒後にシリウスが目覚めた。
「(余程こいつに良い思い出が無いみたいだな…ほら、落ち着け。ここで恐れてたら誰がこの子達を守るって言うんだ)」
大声で怒鳴っているブルヌを怖がってポラリスとアトリアとスピカはべそを掻いてシリウスに抱き着いており、シリウスは子供達を強く抱き締めながら自分に言い聞かせた。
子供達のため。
そう思うだけで身体の強張りはあっという間になくなった。
「(そうだ。それでいい)」
「おい!何とか言ったらどうだ!?」
「なんとか」
「「「「「ブフッ!」」」」」
ブルヌが怒鳴りつけてくるがポラリス達をあやすのに忙しいシリウスはそれを適当にあしらっている。そのあしらい方が野次を飛ばしている周りのハンター達のツボに嵌まり皆吹き出した。
「ダッハッハッハ!」
「あっさり言い返されてやんの!」
「ヒー、ヒー…!腹が痛え…!」
「プックックック!ちょ、ちょっと!笑かさないでよ!」
「あー、見て。真っ赤になってるー」
「ねえねえ?今どんな気持ちぃ?」
周りのハンターに笑われ煽られて、怒りで顔を真っ赤にしたブルヌはシリウスに大股で近づきながら左腕を上げた。
「ふざけやがって!女は俺の言う事を黙って聞いていればいいんだよ!」
シリウスの顔を叩こうと腕を振り下ろすが、シリウスはそれを篭手で防いだ。
「痛え!?」
「おいおい、いきなり何するんだよ?」
「うるせえ!反抗的な態度ばかり取る奴に躾をするのは当然だろうが!」
「つうか、それだけで痛むとか…貧弱だな…」
ブルヌの平手を篭手で難なく防いだが腕には衝撃が一切来ず、逆にブルヌの方がダメージを負っている。
「ガッハッハッハ!弱っちいな!ガッハッハッハ!」
「デカいのは身体と態度だけか!ナッハッハッハ!」
「ブッハッハッハ!だっせえ!」
「カッハッハッハ!まだまだひよっこよのぉ!」
「「「「「アッハッハッハ!」」」」」
ガッソム達がブルヌの様子を笑うと周りのハンター達も釣られて笑い始めた。
「て、テメエら…!俺様に歯向かおうっていうのか!?俺様はブラッドファングを倒した男だぞ!」
ブルヌは腰に巻いている赤い毛皮を手に取ってハンター達に見せつけた。
「ああん?そんな嘘…あれ、これ本物か?」
「どれどれ…おお、確かに…」
「えー、こんな奴が?」
「その辺で売ってたのを買っただけじゃないの?」
「シリウスちゃん、どう思う?」
「そういやあの村に一体いたな。ほとんど相打ちだったが」
「え?お前さん、倒したのか?」
「ああ。今言ったように相打ちだけどな。その時取った爪で作ったのがこのナイフだ」
「おお…マジだ…」
「確かにブラッドファングの爪だ」
「嬢ちゃんの話は本当だな」
「じゃあ何?あいつ、村にあった死体から毛皮だけを剥いだだけ?」
「それだけであんなに威張ってんの?馬鹿じゃない?」
ハンター達の推察通り、ブルヌはベレネ村に戻ってきた時に見つけたブラッドファングの死体を剥ぎ取り毛皮を手に入れた。その際ブルヌは村が滅んでいた事に愕然とし、村人達の焼死体や腐乱死体を見て嘔吐し、ブラッドファングの死体に腰を抜かし漏らしている。
「何だと!?俺の言う事より女の方を信じるって言うのか!?」
「当たり前じゃん、何言ってんの?」
「むしろ何で信じるって思ってたのか…」
「馬鹿だからだろ」
「ああ、なるほど」
「すっごい納得したわ」
自分を信じずシリウスの方を信じるハンター達にブルヌは怒り心頭となり、顔を真っ赤にしてシリウスに再び腕を振り上げた。
「テメエがあああぁぁぁ!」
「あ、こいつ!」
「危ない!」
「【虚動】」
今度は平手打ちではなく完全に殴りかかってきたブルヌにシリウスは虚動を使いあっさりと回避しエルフィナの傍まで来た。
「あら、もうそんなに使えるようになったのね」
「日々の練習の成果さ。ちょっとこの子達を頼む」
大丈夫だと確信していたエルフィナは平然としてポラリス達を預かるが周りのハンター達は違った。
「え?…え?」
「おお?さっきまでそこに…」
「何したんだ?」
「消えたと思ったら後ろにいたんだが…」
「今乗って…」
「ああ、魔戦技、だと思うが…」
「めっちゃ残像が残ってたな…」
「あんな魔戦技なんて合ったか?」
「あたし、知らない…」
「俺もだ」
「俺達皆が知らない魔戦技って事か…」
「あれ、すっごいカッコいいな」
「お前もか。俺もだ」
「でも普通の瞬動より難しそうだな…」
「あんなのが使えるって事はすげえ実力を持ってんだな」
「そりゃあ四級にもなるわな」
周りのハンター達は虚動を使っただけで驚いており、シリウスの実力に感心していた。
「(つうか何でシェネドも驚いているんだよ。今朝使ったのを見てただろ…)」
「…はあ!?おい、一体何をした!?」
「何って…魔戦技だが?」
「お前みたいなのが使えるはずねえ!」
「…ったく、さっきからゴチャゴチャとうるせえな…」
「何だと!?俺に何て口を聞きやがる!お前は黙って俺の言う事だけを聞いごはあ!?」
あまりにも五月蝿かったのでシリウスはブルヌの腹を殴りつけた。そこまで力を入れたつもりは無かったが、ブルヌは悶絶して膝を付いている。
「ぐ、ぐおぉ…!?」
「見掛け倒し過ぎだろ。よくそんなのでブラッドファングを倒したなんて言えたな」
「くぅ…!女の分際でよくも殴りやがったな…!俺はファデル商会の人間だぞ!俺の一言でテメエらは物を買う事が出来なくなるんだぞ!それでもいいのか!?」
「ファデル商会って?」
「そこそこ大きい商会ね。ただ良い噂は聞かないわ」
ファデル商会は商会としての規模は中堅ぐらいだがやり方がかなり強引で様々な方面から毛嫌いされている。商売敵を裏の人間を使って害したり、良からぬ噂を流して客を遠ざけたり、品物が届かぬように荷馬車を襲い品物を奪ったりと平然と法を犯しているが、いずれも決定的な証拠が無く今も裁かれずにいる。
ブルヌを引き取った商人はファデル商会の会長の縁者でここで色々学んだブルヌは元々歪んでいた性格がさらに歪み、男尊女卑で自己中心的な性格へとなってしまった。
「どこでもそういうのはあるんだな。別にお前の所で買う必要無いし。何かあったらハウアー商会に行けばいいし」
「ハウアー商会だぁ?お前みたいなのが相手にされるわ、け…!?」
「ほーれほれ。今どんな気持ちぃ?」
ブルヌの前でハウアー商会の上客の証を振ってみせるとブルヌは絶句している。煽るようにニヤつくシリウスだがブルヌは口をパクパクさせるだけだった。
「…う、嘘だ!お前なんかがそれを持ってる訳ねえ!盗みやがったな!」
「違う、って言っても信じ無さそうだな…はぁ、面倒臭い…」
「俺の嫁の癖に反抗ばかりしやがって!」
「人違いだろ。私はお前なんか知らんし」
「うるせえ!村長と親も同意したんだ!ならお前は俺の物だ!俺がどう扱おうが勝手だろうが!」
自分本位な発言ばかり繰り返すブルヌにうんざりしてきたシリウス。これだけ言われてもシリウスが怒らないのはブルヌの言う事を聞く気が皆無で尚且つ、見知らぬ人が何か言ってる程度にしか思っていないからだ。
だが…
「俺の物の癖に好き勝手ばかり!大体何だあのガキ共!変な物拾いやがって!俺は認めねえぞ!さっさと捨ててこい!」
矛先がシリウスからポラリス達に向けられた瞬間、シリウスの様子が一変した。
「…今何て言った?」
「ああ!?がっ!?」
「今、何て、言った?」
突如シリウスはブルヌの首を絞め上げた。面倒臭そうな表情から氷のように冷たい表情に変わり、だが目だけは怒りで燃え上がっていた。
「ふんっ!」
「ごはぁ!?」
シリウスは再びブルヌの腹を、今度は手加減無しで殴りつけた。腹を抑えて蹲るブルヌを無理矢理起こし、無言で顔面を何度も殴っている。
「ごっ!?ぶっ!?ばっ!?」
シリウスのあまりの変わりように周りのハンター達は言葉を失っているが、エルフィナだけはブルヌがシリウスの地雷を踏み抜いた事に気づいていた。
「ポラリスちゃん達の事を言わなかったらああはならなかったのに…」
ブルヌに呆れつつポラリス達に暴行シーンを見せないようにしながら終わるのをのんびり待っていた。
「か…か…」
顔がパンパンに膨れ上がり、歯もいくつか欠けて、顔面が血塗れとなったブルヌを手放したシリウスだが、すぐに体勢を低くして右腕を引き絞った。
「オラァ!」
全力全開のアッパーカットが炸裂し、ブルヌの巨体は宙を舞いロビーのテーブルに叩きつけられた。テーブルは壊れてブルヌはテーブルの残骸と共に地面に倒れピクピクしている。
「ふんっ、カスが」
「「「「「うおおおぉぉぉ!!」」」」」
始めはシリウスの変わりように言葉を失っていた周りのハンター達だったが、好き勝手言いたい放題だったブルヌがボコボコにされてスッキリした気持ちになり、シリウスの強さに歓声を上げている。
「すげえぜ嬢ちゃん!」
「スカッとしたぜ!」
「嬢ちゃんは期待の星だな!」
「なあなあ!あの魔戦技ってどこで教えてもらえるんだ!?」
「すっごい強いねあなた!」
「ねえねえ!今までどんな依頼をしてきたの!?」
「ぬおっ!?な、何だ何だ!?」
シリウスに殺到してきたハンター達にシリウスは目を丸くしてアタフタしている。
「ガッハッハッハ!やっぱりシリウスはすげえな!」
「シリウス、カッコいい…」
「ふふふ…怒ったシリウスちゃんよりああいうシリウスちゃんの方が合ってるわね。さあ、ママの所に行きましょうねー」
もみくちゃにされているシリウスに笑いながら、エルフィナ達はシリウスの元に向かった。