数ヵ月前シリウスがブーナガストで助けた元奴隷達とクラン〈ルミナス・アステリズム〉を結成してから五日経った。その間シリウスはアールレディアの地形を把握するのと多種多様な種族がいるアールレディアに馴染むために連日町の散策を続けていた。そして既に行きつけの店ができるほどすっかりアールレディアに馴染み、今もその店でのんびりコーヒーを啜っている。
「やっぱりコーヒーはブラックが一番」
「そんな事言うのシリウスちゃんぐらいね」
「そうか?慣れると美味しいぞ」
「その慣れるまでが大変なのよ。珍しいから置いてみたけど誰も飲もうとしなかったから処分しようとしたら頼むものだからビックリしちゃったわ」
シリウスと話しているのはシリウスの行きつけのカフェの店長であるミノタウロスのルアンマ・コークスだ。
シリウスがルアンマと出会ったのは三日ほど前。町の散策で偶々前を通り掛かった時にコーヒーの豆を処分するかと独り言を呟いたルアンマに反応して店に入ったのが切欠だった。すぐに店に入りコーヒーとポラリス達用にホットミルクとクッキーを頼んでそれなりに長い時間居座り、久方ぶりのコーヒーを堪能した。旅の道中で余裕がある時に豆を挽いて一人で楽しんでいたが、エルヴェの森のルジャナフスクの拠点で豆が無くなってしまった。その次の日も、そのまた次の日も町を散策し終わった後に訪れてはコーヒーを頼んで堪能していた。わずか三日だがこの子は必ずまた来ると思ったルアンマはシリウスに話しかけてみたら話が弾み、今は出掛けている従業員と三人でかなり長い時間話し込んでしまうほど気に入り年の離れた友人となった。
「ただいま~。あら~、シリウスちゃん、いらっしゃ~い。ポラリスちゃん達も元気そうね~」
買い出しから帰ってきたのは店の従業員でローシャンのトリージャ・グアウだ。トリージャもまたシリウスを気に入り来店をいつも心待ちにしている。
「あ~」
「あーい!」
「う、うん…」
「(プルプル)」
「ブル」
「シャー」
「ワン!」
「うんうん。子供は元気が一番ね~」
「そうね。ところで他の人達は?クランを組んだんでしょ?」
「エルフィナは他の町の事を聞いてくるって言ってた。シェネドはヨジェットとサリーナと本屋に行って、ルジャナは部屋に籠って何か作業してて、レネは依頼でヘイゼルとフーレと一緒に近所の食堂で料理してた。他の皆も町の中で依頼をしてる」
パーティーで散在してしまったのでかなり手持ちが乏しくなってしまい、皆で手分けして受けれそうな依頼をこなしているため、中々全員が集まる事ができずにいた。
「皆も忙しそうね~。シリウスちゃんは依頼をしないの~?」
「しようかなって思ったけど、ちょっと相談事があって」
「相談?何かしら?」
「私達でよかったら力になるわ~」
「二つあってな。一つは、こう…拠点みたいなのがあった方がいいかなって」
「あー…まあ、確かにクランを作ったからちゃんとした拠点はあった方がいいわね。どこに何時集合って決めなくてすむし」
「昔見たクランの拠点も大きかったわね~。数十人は暮らせるほどはあったわよ~」
「やっぱあった方がいいか…そりゃそうだな。集まるのに態々皆がいる宿屋に足を運ばずに済むし…でも場所と金がなぁ…」
「そうねぇ…そこまで大きい拠点となると相当お金も掛かるわね…」
「維持費も馬鹿にならないしね~。場所だけどあそこはどうかしら~?ほら、郊外にあるあの屋敷」
「ああ、確かにあそこならシリウスちゃん達でも買えそうね。ちょーっと立地が悪いけど」
「そんなとこがあるのか?」
「ええ。最初は貴族様の別荘として建てられたんだけど、その貴族様が没落しちゃってそのまま売りに出されたの。そこを高級宿にしようと大手の商会が買ったんだけど立地があまり良くなくて閉めちゃったわ。多分だけど管理してる商会も持て余してると思うから交渉次第なら安く買えると思うわよ」
「そうなのか。後でそこの屋敷見てみる」
「それで~、もう一つの相談は~?」
「あー…私ってクランのリーダーじゃん?選ばれたのは不本意だけど」
「ふふふ、慕われてていいじゃない」
「そうよ~。満場一致だったんでしょ~」
「まあ…慕われてるのは嫌な気分じゃないからいいんだけど…クランのリーダーって何したらいいの?」
「「あー…」」
クランのリーダーと言われても一体何をすればいいのか分からず二人に相談しているが、ルアンマとトリージャはすぐには答えられなかった。ルアンマとトリージャは昔ハンターをしていて同じチームだったが、リーダーでは無かったのでどう答えていいか分からなかった。
「んー…そうねぇ…」
「難しいわね~…」
「数人のリーダーだったら何となく分かるんだけど、二十人以上ってなると流石に…」
「「「う~ん…」」」
三人で難しい顔をして悩んでいるが中々良い考えは浮かんでこなかった。
「駄目ね。何も浮かばないわ」
「リーダーとかは難しいわね~。ところでクランってリーダーなの~?団長なの~?」
「…考えた事無かったな」
「シリウスちゃんが好きな方でいいんじゃない?」
「…しょうがない。何をしたらいいか皆と相談するか…そういや皆の事よく知らなかったな」
「え?今更?」
「普通はある程度知ってから組むものじゃない~?」
「色々事情が…いや、二人なら話してもいっか」
シリウスはブーナガストでの出来事を二人に話した。二人は最初は普通に聞いていたが、聞いていくうちにポカンとした表情から呆れたような表情となった。
「何してるのよもう…」
「運が良かったわね~…一歩間違えてたら捕まって良くて牢屋行き、悪くて奴隷よ~」
「…うん。今思い返してみたらヤバかったな…今度はもっと慎重にやるよ」
「しちゃ駄目でしょうが…もう…」
反省する方向が全く違うシリウスに処置無しと額に手をやるルアンマと苦笑しているトリージャ。
「じゃあ名残惜しいけど、そろそろ行くわ。その拠点も見ておきたいし」
「あらそう?じゃあまたね」
「また明日ね~」
明日も来ると確信しているルアンマとトリージャに見送られながらシリウスはポラリス達を抱っこしてウェズンを連れて町に出た。子供のポニーと魔物を連れて、幼女を三人も抱えているシリウスはここ数日あちこちを歩き回っているのでちょっとした有名人となっており、擦れ違う人達からちょくちょく見られたりしている。それらを全部無視してルアンマとトリージャから聞いた郊外にある屋敷に向かった。郊外と言ってもアールレディアの町の中にあり、中心街や中央通りから結構離れているので郊外と呼ばれているだけだ。途中で警邏に道を尋ねつつも一時間ほどでその屋敷が見えてきた。
その屋敷は何年も放置されていたため外壁が一部崩れていたり、植物の蔦が伝っていたりとかなりぼろくなっていた。裏手には納屋や厩舎があったが、そちらは木造だったらしくレンガ造りの屋敷よりも酷く、建て直した方が速いほどボロボロだった。だがそれらに目を瞑れば広さは十分あり、立地も少し悪いものの道に迷わず行けば町の中心街まで三十分から一時間もあれば行けるのでシリウス的には許容範囲内だった。
「取りあえず候補にしといて皆にも聞いとくか。後は管理人に聞いて値段も聞いとかないと。後は…うん、取りあえず一人一人とデートでもするか」
デートと言っても皆の事を知るためのもので男女の甘い時間の事ではない。今後の方針を固めたシリウスは道順を覚えながら町の方へ戻り、屋敷の近所に住む人達から屋敷を管理している商会を聞き出してそちらへ向かった。
「あの屋敷を買ってくれるのかい!?」
「まだ本決まりじゃないけど、一応考えてるんですが」
「いやいや、こちらとしては願ったり叶ったりだよ!一応管理してるといっても維持費が嵩んでね。赤字続きなんだよ…」
「うわぁ…」
「ああ、ごめんね。愚痴っちゃって。値段は、そうだね…本当なら10000000リクルなんだけど、在庫処分だから1000000リクルでいいよ」
「おお…思ってたよりかなり安い…」
「でもあの有様だから改修工事もしないといけないから…うちの知り合いなら他よりも安く工事をしてくれるはずだから買ってくれるのなら声を掛けておくよ」
「そうですか…ちなみにざっくりでいいんで工事込みの値段とか分かります?」
「うーん、そうだね…今は確か…ああ、これだこれ。えーっと…ふむふむ…なら、そうだな…大雑把だけど大体1500000リクルぐらいかな。もちろん追加でまた掛かるかもしれないけど。工事期間は…あの大きさでオンボロ状態だからね。二月は見てもらった方がいいかな」
「ふんふん…うん、皆と相談しますけど私としては買いたいと思ってるんで、一応キープしていてくれます?」
「もちろんだよ!まあ、あそこを買いたいって言う人はいないと思うけどね」
管理人であるラクーンの男性に見送られてシリウスは集合場所と決めた数日前にパーティーをした東屋へ戻っていった。東屋には依頼が終わったのかちょうど皆集まっていた。
「シリウスさ~ん!」
「皆集まってるな」
「おう。全員いるぜ」
「シリウスは今日も散策か?」
「ああ。この辺りは大体見て回った」
「こっちはバリバリ働いてたぜ」
「偶には労働も悪くないな!」
「うむ!皆の笑顔が明日の活力となる!」
「それでもこの前の出費の分には届かないけどな」
「いやー、やっちまったぜ♪」
「そんな皆に更なる出費が嵩むかもしれないお知らせだ」
「うえっ!?またかよ!?」
「これ以上出ると飯が食えなくなるぜ!?」
「止めてくれよぉ!」
「まあまあ、取りあえず聞いてみましょう」
「まずいっつもここで集まってるけど、時間が合わなくて来れない時もあるだろ?」
「あー、確かにな」
「依頼で時間が掛かったり、忘れてたりな」
「その度にそれぞれの宿に行くのは結構面倒だよな」
「お前の事だぞ、ピナレス」
「あれー、そうだっけ?」
「で、だ。私達の拠点があればそれを解消できるんじゃないかなぁって思ってな。ついでに宿代も浮く」
「おおっ!?確かに!」
「宿代も馬鹿にならないからな。それは良い案だな」
「でもこの辺にそんな拠点にできそうな所なんてあったかしら?」
「郊外にある貴族の別荘だった所はどうだ?」
「郊外…ああ、あのオンボロ屋敷か」
「…あ、ああー、あれか。え?結構オンボロじゃね?」
「でもあそこなら広さは十分あるよ」
「ベナレットやレーディでも入れるぐらいはありそうだしな」
「ふむ…して、肝心のお値段の方は?」
「1000000リクルだ」
「…屋敷の規模を考えればかなりお得ですね」
「ついでに改修工事の方も大まかな見積もりをしてもらった。そっちは500000リクルからってとこだ。日数は二月は見てほしいそうだ」
「しめて1500000リクルか。うーむ…意外と安いが、今の俺達ではその額は中々キツいな…」
「買い手はいないと思うけど取りあえずキープしてもらってるから結論は急がなくてもいいだろ。それともう一つ報告、というか、やりたい事があるんだが」
「何だ?」
「まずは…そうだな…レーディ、今からデートしよう」
「……………え?」
「「「「「えええぇぇぇ!?」」」」」
シリウスの爆弾発言を聞いてレーディは反応できず、むしろ他の皆の方が驚いていた。
「な、ななななな!?」
「そ、そんな…!?で、でででデートだなんて…!?」
「だ、駄目です~!で、デートだなんて駄目駄目です~!」
「シリウスどういう事よ!?な、何で私じゃないのよ!?」
「うちはほったらかしやなんて…何でなん?うち、泣いてまうで」
「シリウスさん!説明を求めます!」
エルフィナとシェネドとフィールとベナレットが一番動揺してシリウスに詰め寄って反対しており、ムツキとサリーナが説明を要求している。
「お、おお…レーディと仲が良いって思ってたけど…」
「まさかまさかのシリウスから行くとはな…」
「な、何かドキドキしてきてぞ!」
「ワクワクもだ!」
「シリウスはどうするんだ!?」
男性陣は驚きながらも昼ドラを見るようにワクワクドキドキしながらシリウス達を見ている。
「え?し、シリウス?あ、あの、で、デート、っていうのは…?」
「いや、私達ってお互いの事あんまり知らないからこれを機に二人で出かけて色々お話しようってお誘いなんだが…あ、皆ともするからな」
「…え?あ、ああ…そういう…」
「よ、良かった…」
「…む~。何だかモヤモヤします…」
「…」
「なーんかモヤっとするなぁ。シリウスはんは随分といけずやなぁ」
「良かったと思うべきか、女心を弄んだと思うべきか…」
「なーんだ、そういう事か」
「修羅場かと思ったが…今は別の意味で修羅場になってるな…」
「ベナレットの顔がこえぇ…近づかないでおこう…」
シリウスのややこしい言葉に翻弄されて露骨に安心する者もいる中で、女心を弄ばれて不満に思う者や表情がスンッと消えてシリウスの頬を無言で引っ張る者もいて男性陣は距離を取っていた。女心が分からない畜生であるシリウスは不満そうに膨れたり、ジト目で見られてり、頬を引っ張られて不思議そうに首を傾げている。
「あれ?レーディは怒ったりしないのか?」
「いや、驚いただけで…シリウスに嫌われてないから怒る理由なんて無い。私みたいなのを好いてくれる者なんていないから…その…嬉しい」
異様な見た目と奴隷時代に受けた仕打ちで自己肯定が著しく低いレーディはシリウスから誘ってくれただけで嬉しくて微笑んでいた。
「と、いう訳だから拠点については考えてくれ。私とレーディはちょっくら行ってくる。レーディ、行こう。あ、二人の方がいいか?」
「いや、その子達も一緒で構わない」
シリウスはポラリス達を連れたままレーディとデートをするために東屋を離れていった。
「むきー!何かムカつく!」
「む~!む~!」
「うちもなんや腹が立ってきたなぁ…」
「うぅ…シリウスが…」
「もう、シリウスちゃんったら」
「あーあー…お怒りだぜ」
「宥めてから行ってほしかったが…」
「おっかねえから触れないでおこう…」
「そうだな。それがいい」
「シリウスは皆ともと言っていたが、それは俺達ともするという事なのだろうか?」
「そう言ってましたね…確かに私達とシリウスさんはお互いの事をよく知りませんでしたね」
「なら今から話す事考えとくか」
「おらの時は何処に行くだかなぁ」
「その時の楽しみにしとけ」
「取りあえず順番を決めときますか」
「「「「「!!」」」」」
フログレスの一言に一斉に振り向いた女性陣はすぐに睨み合ってじゃんけんで順番を決め始めた。そんな事になってるとは思っていないシリウスはレーディと町中を歩いている。
「れ~」
「れーぢ!」
「ポラリスとアトリアはレーディに抱っこしてほしいって。はい」
「え、わ…!」
「あ~♪」
「あーい♪」
シリウスからポラリスとアトリアを渡されて慌てて二人を抱っこするレーディ。二人は嬉しそうにレーディに抱き着き、シリウスはそれを微笑ましそうに見ながらおんぶしていたスピカを抱っこした。シリウスに抱っこされているスピカも時々レーディの方をチラチラと見ていて気にしているようだった。
「え、えっと…ど、どこに行くんだ?」
「んー…実は何にも決めてなくてな。無計画で悪いな。レーディはどこか行きたい所とかは無いのか?」
「いや、特には…今、こうしてシリウスと一緒に歩いているだけで嬉しい」
「う~」
「んー!」
「え、あ、い、いや、皆といるだけで嬉しい、ぞ…?」
自分達を忘れるなとポラリスとアトリアが抗議するとレーディは慌てて訂正した。その様子を笑いながら見つつ、周囲からレーディに注がれる好奇の視線にシリウスは目を細めている。レーディはいつもの事なので何も気にしていないが、シリウスは只々気に入らなくレーディに視線を向けている者達の方を殺し屋みたいな目で睨みつけた。シリウスのヤバすぎる目を見てレーディを見ていた者達は皆ビクッと震えた後、すぐに視線を切ってそそくさと退散していった。鼻を鳴らしながら他にも見ている者がいないか周囲を探っているシリウスをレーディも見ており、自分のために起こしてくれた行動に嬉しくて口角を上げている。
「レーディはどこの出身なんだ?」
「私はヴィンガルデ帝国、北にあるガルディス帝国からさらに北に行った国だ」
ヴィンガルデ帝国は一年の半分が雪と氷に覆われている厳しい環境で、特に極北は極寒の地で未開拓のままだ。
レーディはヴィンガルデ帝国の北東方面の貴族が見た事が無い種族を作りたいという倫理が著しく欠如している悍ましい行いによって誕生した。数十人ものハーフを玩具のように使い潰して産み出されたレーディに待っていたのは貴族達や使用人達からの好奇と嫌悪の混じった視線だった。その日から絶え間なく奇怪な物を見る目や貶す言葉を浴びされ続けてレーディの精神は少しずつ削られていった。そんな日々が永遠と続くのかと思っていた時、レーディに飽きた貴族が奴隷商人に端金でレーディを売り払った。これで少しはマシになるかもと思ったがそんな事は無く、むしろ多くの人々の衆目に晒されて見世物として扱われレーディの心に罅が入った。
「いっそ死んでしまおうかと考えてた時に声を掛けてくれたのがピナレスだったんだ」
「ピナレスが?」
「うん」
ピナレスもまたヴィンガルデ帝国の貴族から売り払われてレーディと同じ奴隷商人に買われて連れ回されていた。だがピナレスはレーディと違い、かなり楽観的でむしろ貴族の所よりも美味いタダ飯にありつけてラッキーと思っていた。そんなピナレスが同室のやたらと暗いレーディを見て気にならないはずが無かった。初めは全てに絶望しているレーディはまともな反応を示さなかったが、ピナレスはお構いなしに話し掛けて昨日の飯はマズかっただの、あの見張りはブサイクだの好き勝手に言い放ち、仕舞いには奴隷商人や見張りに酷すぎるあだ名を付け始めるほどだった。ピナレス本人は退屈を紛らわすためにレーディに話し掛けていただけだが、レーディにとってはそれが救いとなった。
「その頃はただ死ぬ事ばかり考えてて…だから他愛のない話だとしても話し掛けてくれるピナレスは私の心を救ってくれたんだ。ピナレスがいなかったら私はここにはいなかっただろうから」
「へー…あのピナレスがねぇ…」
「この前ピナレスにその時の礼を言ったんだが覚えていなかった。物凄く不思議そうな顔をしてた」
「ピナレスにとってはただお喋りできる相手が欲しかっただけだったんだろうな」
「でもそれのおかげで私は救われた。シリウスにも」
「私もか?アトリアのついでだぞ?」
シリウスが首を傾げるとレーディは可笑しそうに笑った。
「ふふふ…ピナレスと同じ反応だ。そのついでが私にとって救いになった。絶望の暗闇の底にいた私を光で照らしてくれた」
シリウスを見つめるレーディの目には熱が籠もっており、それは行き過ぎた忠義や狂信にも似ていた。
「あー…レーディ?」
「シリウス。少し行きたい所があるんだ」
「え?あ、ああ。いいよ」
何となくマズいと思ったシリウスが声を掛ける前にレーディは歩き出した。
通りを抜けて路地に入り、住宅地の先の行き止まりまで歩いた。そこは何かを建てるには狭く、公園を作るにしても訪れる者が少ないので手つかずで放置されている空き地だった。草木が伸びっ放しになっている空き地だが少し小高い丘になっているので海に沈みゆく太陽が見えて眺めは中々良かった。
「へー…こんなとこがあったのか」
「ああ。町を散策していたら偶々見つけた。私のお気に入りだ。ここはとても静かで誰もいないから」
「私に教えてよかったのか?」
「シリウスならいい。シリウスは、私の大切な人だから」
「んん?(何か雲行きが怪しくなってきたぞ)」
レーディの方を見るとレーディはただ微笑んでシリウスを見ていた。だがその眼はシリウスが見てもかなり危ない目をしており、完全に狂信者の目をしていた。
レーディの人生はずっと暗いものでそこに光が差す事が無かった。だがシリウスに檻から助け出され自分の見た目も普通と言ってくれた時、レーディの心に光が差し込み暗闇を優しく照らした。その光はレーディが今まで感じた事が無いほど温かく、心地よいものでレーディの今までの価値観を大きく揺るがした。
レーディには恋や愛などは分からない。それを経験したり、想像できるような場所にいなかったからだ。だがシリウスを想うと心が温かくなり、シリウスに微笑みかけられると自然と笑顔が零れ、シリウスの傍にいるだけで安心できる。
自分には何も無い。あるのは異様な見た目とそこから繰り出される怪力のみだ。だから自分の全てをシリウスのために使おうと、自分の全てを使ってシリウスを守ろうと心に決めたのだ。
「シリウス、私は―――」
「待った。待ったレーディ。レーディが私の事を大切な人って言ってくれた事は嬉しい。でもだ。私のために何かしようとかそんな事は考えなくていい。私は見返りが欲しくてレーディ達を助けた訳じゃない。ただ見過ごせなかっただけだ」
「それでも、私は―――」
「それでも私に何かしたいって言うなら一緒にいてくれ。それだけでいい。この子達も喜ぶ。だからそんな目をしないでくれ」
「そんな目?」
「私の為ならどんな事でもするような目だったぞ。それこそ狂信者みたいな…私はそんな事望んでいない。ありのままのレーディが好きなんだ。だから止めてくれ」
「…っ!…そ、そうか…うん、分かった…すぐに止めれるかは、まだ、分からないけど…うん、頑張る」
「そうしてくれ。ほら、この子達もそうしてって言ってるぞ」
「う~」
「んー!れーぢ!めっ!」
「(ガタガタ)」
「(プルプル)」
「ブルル」
「シャー!」
「ワン!ワン!」
レーディが漂わせていた不穏な雰囲気を嫌い、ポラリス達は皆膨れたり、怖がったり、吠えたりと抗議していた。
「だ、大丈夫だ。もうしないぞ。ほ、ほら」
ポラリス達がまさかそんな反応を示すとは思っていなかったレーディは慌てながら優しく撫でたりしてポラリス達をあやしている。先ほどの危う過ぎる目や雰囲気が霧散してシリウスはホッと胸を撫で下ろしたが、その時嫌な考えが頭を過ぎった。
「(待てよ…レーディでこれだったんだ。他の皆もこんな風になってるんじゃないだろうな?嫌だぞ、カルトの教祖みたいな扱い。もしそうだったらまたポラリス達に助けてもらおう、うん、そうしよう)」
二十人全員から崇められる自分を想像しゾッとしたシリウスは、もしそうなったらポラリス達を差し向けてでも止めようと決めた。こうしてシリウスの皆の事を知るためのデートは、いきなり躓き先行きが不安のまま始まった。