フォレストエイプの群れに半円状に囲まれて絶体絶命なシリウス達。
ボスは短く鳴いて部下に指示を出し包囲を徐々に縮めていく。このまま行けばフォレストエイプの群れに嬲り殺しにされる未来しか見えずシリウスは行動に出る。
「ミーリ。ポラリスを頼む」
「…え?え?し、シリウスちゃん?」
「な、何する気よ?」
「分は悪いがこれぐらいしか思いつかないからな。これに賭ける。二人は下がってろ」
「ふえええぇぇぇ…ま~…」
「大丈夫だよポラリス。すぐに戻ってくるから」
ポラリスをミーリに預け左手に短剣を持ってシリウスは一歩前に出た。そして右手に持った小剣を真っ直ぐボスに向けた。
それはボスに対しての明らかな挑発であり宣戦布告でもあった。周りのフォレストエイプはシリウスの行動を馬鹿にするように嗤っている。
「グオオオォォォ!」
「「「「「!?」」」」」
だがボスはその嗤いを一喝して止め、シリウスをジッと見詰めている。
ボスは幾度もハンターと戦い、そして勝利してきた。ハンターは徒党を組んで襲ってきて弓矢や魔法の他に罠まで使って自分を倒そうとしてきた。だが目の前のハンターはそんな事をせず真正面から一騎討ちを申し込んできた。強者としての矜持とボスとして君臨し続けてきた誇りが疼く。
目の前のこいつは自分の獲物だ。こいつを葬りこの地を完全に我が物としてくれる!
「グオオオォォォン!!」
ボスは一歩前に出て二本足で立ち上がり天に向かって吠えた。それが一騎討ちを受け入れた合図でもあり、部下のフォレストエイプは邪魔にならないように下がった。シリウスとボスは互いに睨み合ったまましばらく動かずにいたが、ほぼ同時に動いた。
「はあああぁぁぁ!」
「グオオオォォォ!」
シリウスはボス目掛けて走り出し、ボスは四足歩行となりシリウスに飛び掛かった。シリウスはスライディングでボスを下をくぐり抜け、擦れ違いざまに小剣を振るった。ボスは身体を捻り小剣を回避し互いに初期位置が入れ替わった。シリウスはすぐに身体を起こしボスに向き直り、ボスもシリウスの方にゆっくりと向き直る。
「(図体の割に早えな。まさかあそこで避けられるとは思わなかった。あのぶっとい腕にも気をつけないとな。多分ワンパンでダウンするな。掠っても相当ダメージが来そうだ。毛皮も他の猿よりも硬そうだし、思いっきり斬りつけたらギリギリ斬れるか?いや、希望的観測だな。精々皮一枚斬れる程度に思っておこう。腕もあのデカさだ。仮に刃が入ったとしても筋肉で止められて抜けなくなりそうだ。なら狙うのは顔だな。でもあんな速度で動き回られると絶対に当たらんな…ならまずは足を止めるか。指先を狙えば多少は動きが鈍くなる…なるはず…なればいいなあ…)」
一度のやり取りで色々と分かったがどれもシリウスにとって悪い事ばかりだった。ボスは普通のフォレストエイプと違い、腕の太さが倍以上あり殴られたら死は免れない。身体中の傷から死線をいくつも超えてきた事が予想され、大体の行動は読まれる可能性が高い。力も知恵も圧倒的にボスの方が上。
「(ムリゲーじゃねえか、どうしろってんだ。どうにかしなきゃならねんだろわかってるよこんちくしょう。ええい、とにかく避けて、避けて、避けまくって、隙を見つけてチマチマやってくしかねえ)」
心の中で愚痴を言いまくりながらも覚悟を決めてボスと対峙している。ボスは初撃を避けたシリウスをそれなりにできる相手だと分かり、そうでなくては面白くないと言わんばかりに口角を上げている。そのまま四足歩行でシリウスの周りを走り回りだした。シリウスはボスを視界に入れようとするがボスの走る速さの方が上で姿を捕える事が出来ずにいる。
「(くっそ!速過ぎて追い付かん!)」
走ったり跳んだりしてスピードで翻弄されシリウスは顔を歪めている。ボスはシリウスの後方から勢いよく突進してきた。
「ぬおっ!?」
ギリギリ反応できて間一髪で横に飛んで避けて地面に倒れた。立ち上がる間もなくボスはその剛腕で殴りかかってきた。
「うわっ!?」
シリウスは転がって避けたがボスの剛腕が地面に叩きつけられた衝撃で吹き飛んだ。石も飛んできてシリウスの身体を打ち付けてくる。
「っつう…!そういうのは考慮してなかったな」
大して大きくないがそれなりの勢いで飛んできた石で多少のダメージを負った。直接攻撃ばかりに気を取られていたので攻撃の余波で飛んでくる物は考えていなかった。体勢を立て直そうとするがボスはその暇を与えぬと言わんばかりに再び殴りかかってきた。シリウスは今度は前に飛んで殴りを回避しボスの懐に飛び込んだ。だがボスはその行動を読んでいて膝蹴りのように左脚を前に出した。シリウスは小剣で足の側面を叩いて攻撃を逸らしながらその反動で何とか膝蹴りを回避し短剣で左脚を斬りつけた。
「やっぱ皮一枚だけか!」
毛が何本か斬り落とされて皮膚にも赤い筋ができたが傷というのは程遠かった。予想していた事だったが実際見ると中々心にクるものがあった。
ボスは自分の攻撃を避けたばかりか攻撃までしてきたシリウスを自分と対等に渡り合える敵だと判断し喜びに打ち震えていた。ボスの座に就いてからは自分に挑んでくる部下は誰もおらず、ハンターも卑怯な手ばかり使ってきた。こうやって自身と渡り合える者がいた事に喜びを隠せずにいる。
「グオオオォォォン!!」
「そんなに楽しいか。私は全然楽しくないがな!」
二本足で立ち上がり喜びの咆哮を上げシリウスに飛び掛かった。シリウスは悪態を付きながら前転しながら避けてボスが行動する前に左脚のアキレス腱目掛けて小剣をその場で回転して勢いを付けて思いっきり振り抜いた。
「ギイィ!?」
シリウス渾身の一撃で左脚の腱を斬り裂いた。
ボスは苦悶の表情を浮かべるが追撃を逃れるために跳んでその場を離れた。シリウスの攻撃は通じておりボスは斬られた足を引き摺っている。
「(本気で振るったら何とか斬れるな。ただそんな隙があればいいけどな。)って!?おいおいおい!?それはダメだろ!?」
ようやく入った攻撃にシリウスは安堵の溜め息を吐いたがそんな事が吹き飛ぶ出来事が起こった。本気になったボスが近くにあった木を力だけで引き抜いたのだ。そしてそのまま木を大上段に構えて思いっきり振り下ろした。
「ぬおおおぉぉぉ!?」
「いやあああぁぁぁ!?」
「うひゃあああぁぁぁ!?」
「「「「「ウキャアアアァァァ!?」」」」」
間一髪避けたシリウスだがシリウスだけでなくリヤンとミーリとフォレストエイプ達も悲鳴を上げた。地面に叩きつけられた衝撃で土煙が上がり何も見えなくなった。
「ええい、滅茶苦茶しおってからに…!って!?うひょおう!?」
土煙の向こうに僅かに影が見えたと思ったらボスが木を横に薙ぎ払おうとしている影が見えたので咄嗟に地面に伏せた。頭の上を木が通り過ぎ少しでも遅れてたら木の赤い染みになっていた。だがお陰で土煙は晴れてボスの姿を視認できるようになった。ボスもシリウスを視認し持っている木を思いっきり投げ付けようと振りかぶっている。
「次から次へと!これ以上はやらせっかよ!」
シリウスはボス目掛けて猛然と突っ込んだ。ボスは軌道を修正してシリウスに木を投げ付けたがシリウスは投げた瞬間に前に跳んだ。頭の上を木が掠めたがギリギリ当たらずにすみ、さらにボスは投げ終わった姿から復帰できずにいる。目を見開いてシリウスを見ているボスにシリウスは小剣を逆手に持ってボスの頭目掛けて振り下ろした。
「オラアアアァァァ!!」
「グギャアア!?」
小剣はボスの左目に突き刺さりボスは悲鳴を上げた。ボスは余りの痛みに暴れシリウスは吹き飛ばされる前に小剣から手を離した。地面に降りたシリウスはボスの無防備な背中に飛び乗りボスの頭に短剣をめった刺しにした。
「このっ!このっ!倒れろっ!」
「グギャ!?ウギィ!?グオオオォォォ!?」
若いとはいえブラッドファングの爪を加工されて作られた短剣なので切れ味は抜群でボスの硬い毛皮も切り裂いている。ボスは滅茶苦茶に暴れまくりシリウスを落とそうと必死だ。シリウスは振り落とされないように必死にしがみつきながら短剣を突き刺している。だが遂に振り落とされさらにボスが腕がシリウスに直撃した。
「ごぶえ!?がはっ!?」
「「シリウス(ちゃん)!?」」
吹き飛ばされて木に叩きつけられたシリウス。殴られた痛みと木に叩きつけられた痛みで意識が飛びそうになった。何とか意識を保ち動こうとするが痛みで動けずにいて木にもたれ掛かって座っている。
「(くっそ…全身が痛い…力も入らん…目がチカチカするし、息を吸うたびに胸が痛い…肋骨が折れたか?他は…大丈夫そうだが、全く動けん…ボス猿はどこだ?早く動かないとやられる…そうでなくても周りにまだ猿が残ってる。リヤンとミーリ、何よりポラリスが危ないんだ…動け、動け…!)」
シリウスが必死になって動こうとする一方でボスもまた動こうと必死だった。何度も何度も頭を刺され大量に出血し意識が朦朧としている。最初に傷つけられた左脚も今になってダメージが効いてきて上手く動かす事ができないでいる。フラフラして震える腕に力を込めて何とか立ち上がったボスはぼやける視界を動かしシリウスを見つけた。最早助かる見込みは無いが、せめて自身をここまで追い詰めた敵を道連れにしてやる。残った右目がギラギラと輝き死にかけとは思えないほどの闘気が全身を包んでいる。左脚を引き摺りフラフラしながらもゆっくりとシリウスに近づいている。
「シリウスー!早く!動きなさいよ!」
「シリウスちゃん!動いて!動いてよおおぉぉ…!」
「まー!まー!」
リヤンとミーリとポラリスは必死にシリウスに声を掛けている。本当は今からでも駆けだしたいところだが周りにいるフォレストエイプがそれを邪魔している。リヤンとミーリとポラリスの悲痛な声を聞いてシリウスは渾身の力を込めて立ち上がろうとした。
「ぐっ…ぬおおおぉぉぉ…!」
痛みを歯を食いしばって耐え何とか木にもたれ掛かっているが立ち上がった。
「はあ、はあ、ぐぅ!?うぎぎぎ…!」
息絶え絶えで胸の痛みに耐えつつ、両手で短剣を握りしめた。シリウスとボスは互いにギラギラした目で睨み合ったまま動かなかった。
「ふぅ、ふぅ…ウオオオォォォ!!」
「ヒュー、ヒュー…グオオオォォォ!!」
お互いに吠えて最後の力を振り絞って走り出した。ボスは右腕を持ち上げてシリウスに殴りかかり、シリウスは短剣を突き出して前に跳んだ。ボスの攻撃はシリウスの頬を掠めて血が噴き出すがシリウスは構わずボスの胸に短剣を突き立てた。
「ガフゥ!?グオオォォ…!」
ボスは口から血を吐き苦しんでいるが構わずシリウスの腕を掴み握り潰そうと力を込めた。
「あぎぃ!?ぬあああぁぁぁ!」
シリウスは腕の激痛に悲鳴を上げたが腕の痛みを無理矢理無視して短剣をさらに深く刺した。
「グオオオォォォ!!」
「あああぁぁぁ!!」
どちらも吠えて相手が倒れるまで倒れてたまるかと気力だけで動いていた。だがどちらも限界をとっくに超えているので終わりが来るのは早かった。先に崩れたのはボスの方だった。
「ガフゥ…!」
大量の血を口から吐き出しシリウスの腕を握っていた手も力無く離された。膝をつき倒れる直前にシリウスと目が合った。僅か数分という短い間だったがそれでも心躍る戦いをした好敵手に対してボスは笑いそのまま地面に倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ…な、に笑って、やが、るんだよ、ったく…ぐぅ…!」
ボスが笑った理由を自分も多少同じような思いだったので察して笑った。直後に無視していた痛みが蘇りそのまま蹲って動けなくなった。ボスが倒された事で部下のフォレストエイプ達に動揺が走った。お互いに顔を見合わせてどうするかと困惑していたが一体のフォレストエイプが鳴き始めた。
「ウキャキャ!キキィ!」
「キィ?ウキャキャ!」
「「「「「ウキャキャ!ウキャキャ!」」」」」
その場にいるフォレストエイプ達が嗜虐心に満ちた嗤いをしながらシリウスを見ていた。
「はぁ、はぁ…はっ、わか、りやすい、な…弱った獲、物から、嬲り、殺し、か…」
身体中が悲鳴を上げ、腕はボスに潰され赤黒く変色して動かす事ができず、呼吸する度に胸に激痛が走る最悪のコンディションだった。嗤いながら近寄ってくるフォレストエイプ達にただ睨む事しかできなかった。
「く、来るんじゃ、ないわよ!」
「シリウスちゃん!?、しっかりして!」
「まー!まー!」
リヤンが震えながらも小剣を持ってフォレストエイプ達の前に立ち、ミーリがシリウスを助けようと傍に寄ってきた。ポラリスが手を伸ばしてくるが撫でてあげる事もできなかった。恐怖で小剣を握る手も震え涙目になっているリヤンを見て、フォレストエイプ達はただ嗤っている。恐怖を煽るために敢えて鳴いたり、地面を叩いたり、その場で飛び跳ねたりとやりたい放題だった。シリウスももうダメかと思いせめてポラリスを抱いたミーリだけでも逃がそうと声を上げようとした時、風切り音と共に矢が飛んできた。
「グギャア!?」
「大丈夫か!?」
「今助けるぞ!」
「おめえら!行くぞ!」
「「「「「おおおぉぉぉ!」」」」」
ハンター達が十数人ほどやってきてフォレストエイプ達に襲い掛かった。
「来て、くれた、か…」
「え!?な、何!?救援!?」
「た、助かったの…?」
シリウス達が現在いるのはターエルから数分ほどの森の入り口にほど近い場所だ。懸命に走ったおかげで近くまで来れて、さらにボスが吠えたり大暴れしたおかげで近くにいたハンターが気づき応援に駆けつけてくれた。シリウスは助かったと分かると張り詰めていた緊張が解け気を失った。
「!?シリウスちゃん!?」
「そんな!?シリウス!」
気を失ったシリウスにリヤンとミーリは悲痛な声を上げた。
「シリウス!シリウス!しっかりして!」
「シリウスちゃん!死んじゃやだー!うえーん!」
「まー!あああぁぁぁ!」
「落ち着けお前ら!」
「早くポーションを!」
「ほら!こいつを飲ませろ!」
「そっちは任せたぞ!俺達は猿どもを片づけてくる!」
「オラオラ!邪魔だてめえら!」
「とっとと失せやがれ!」
意識の無いシリウスにポラリスは号泣しリヤンとミーリはパニックを起こしている。応援に来たハンター達は逃げ出したフォレストエイプを退治しに森へ向かい、数人残ったハンターがシリウスを介抱している。シリウスの口に水薬を入れて無理矢理飲ませ、腕は当て木をして動かないように固定した。
「飲んだか!?それなら急いで運ぶぞ!」
「俺が運ぶ!」
「ねえ!?シリウスは助かるの!?ねえ!?」
「うるせえ!ギャアギャア喚くな!嬢ちゃんを助けたかったら黙って付いてこい!」
「「!!」」
「まー!あああぁぁぁ!」
死んだように動かないシリウスに動揺して何もできずただ慌てふためく事しかできないリヤンとミーリにハンターは一喝して黙らせた。できるだけ動かさないように慎重に背負い、一行は急いで町へ向かった。