盗賊を撃退した翌朝。
ナタリーの実家に止めてもらったシリウスは窓の隙間から入る朝日で目が覚めた。
「うー…朝か…」
腕の中で眠るポラリスを起こさないように周りを見回すと昨日助けた女性達が隣でまだ寝ていた。
「…ああ。そういやそうだった」
何で見知らぬ人がいるのだろうと寝起きで回らない頭で考えていたら昨日の事を思い出した。
「おはよう。起きてるかい?」
「おはようございます。二人はまだ寝てます」
「そうか…まあ仕方が無いか。平地とはいえかなり歩いたしな」
一般人にはかなりの強行軍だったがハンターであるナタリーとシリウスにとってはちょっと疲れたな程度だった。しかもシリウスには体力回復の指輪もあるので既に全快している。
「そろそろ朝食ができるから、もう少ししたら二人を起こしてくれ」
「分かりました」
シリウスは起きたポラリスのおしめを変えた後、二人を揺さぶって起こし部屋を出た。
「皆さん、おはよう」
「おはようございます。すいません、朝食までいただいてしまって」
「いいのよ、これぐらい」
テーブルの上には人数分のスープとパンが置いてあった。スープの具はマルイモとナガニンジンが少し入っているだけで、パンも保存がきく硬いパンでお世辞にも美味しそうとは言えない朝食だった。シリウスは作ってくれただけでも有難いと思っており表情を変えなかったが、他の女性達は良家の出なのか一瞬だが何か言いたげな表情をした。幸いシリウスが壁となっていたのでナタリーと母親には気づかれなかったが、シリウスは気配で何となく察していて気づかれなくて良かったと胸を撫で下ろしている。
「母さん。食べ終わったら私はレムドーに行ってくるよ」
「気をつけるのよ。もういないとは限らないからね」
「分かってるよ。それと、すまない…えっと…」
「?…ああ。私はシリウスです」
「私はナタリーだ。よろしく。それと急ぎでなければ私が帰ってくるまでで構わない、村にいてくれないか?」
「盗賊対策ですか?」
「ああ。村には猟師はいるし魔物用の罠も村の外にいくつか置いてあるんだが…やっぱり不安でな。もちろんタダとは言わない。少ないが報酬も出す」
「私は構いませんよ。のんびり旅をしてるだけなんで」
「すまない、助かる。二人もしばらくこの村にいるといい。ギルドの調査隊が来れば一緒に帰れるはずだ」
「わ、分かったわ…」
「分かりました…」
しばらく居なければならなくなり二人の表情が苦いものに変わった。こんな村にまだいなくちゃならないのかというのが表情から伝わってきてシリウスはちょっと焦ったが、ナタリーと母親は予定が狂ったからだと思っており特に何も言わなかった。
「じゃあ行ってくるよ」
「気をつけてね」
「いってらっしゃい」
馬に乗って駆けていくナタリーを見送った。
「(馬にも乗れるようになった方がいいか?)すいません、洗濯したいんですけど井戸ってどこにありますか?」
「それならこっちよ。私も行くからちょっと待っててね」
シリウスはナタリーの母親と洗濯物を持って井戸の方へ向かった。ちなみに他の女性達は荷物を確認すると言って部屋に引き篭もっている。井戸から水を汲んで村の人と一緒に洗濯していき、場所を借りて洗濯物を干し終わった後は、家の掃除を進んでし始めた。
「ごめんなさいね。こんな事させちゃって」
「いえ、泊めていただいたのでこれぐらいはさせてください。朝食もいただきましたし」
依頼で何度か掃除をした事があったので二時間ほどで家中を掃除した。掃除が終わるとナタリーの母親は農作業へ向かいシリウスは当然のように手伝った。シリウスの力と体力がその辺の男並みかそれ以上あるのでいつもの農作業が倍の速さで終わり、壊れていた柵も直り、溜まっていた薪割りも終わった。
「本当に助かったわ。ありがとうね」
「いえ、これぐらい大丈夫ですよ」
予定していた事も、いつかやろうとしていた事も全部終わらせたので夕食までお茶を飲んでまったりしている。他の女性達は未だ部屋に引き篭もっており、シリウスがお茶を持っていった時は不満だらけの表情をしていた。
「(不満に思っても顔に出すなよな…)」
「あの二人はどうだった?」
「あー、今になって盗賊に襲われたショックが出てきたみたいで…」
「そうなの…大丈夫かしら?」
「こればっかりはどうしようもないですからね。時間が解決してくれるはずです」
流石に不満タラタラです、とは言えないのでそれっぽい嘘を付いた。シリウスの嘘をそのまま信じて心配そうにするナタリーの母親を見て若干罪悪感が生まれたが本当の事を言う訳にもいかないので無視した。その後は夕食を食べて昨日と同じ寝床で眠った。
翌朝、いつものように洗濯をして朝食を食べた後昨日と同じく農作業をしようとしたらナタリーが帰ってきた。
「母さん…今、帰ったよ…」
「ナタリー!早かったわね。というより、大丈夫?」
「ははっ…休み無しで馬を走らせ続けて、ギルドに緊急だって説明して、調査隊と一緒に急いで来たからね…流石に疲れたよ…」
疲労困憊でフラフラなナタリーは母親とシリウスに支えられながら家に入った。
「調査隊はもう現場とその近辺を調査してるよ。この村の周りも調べてくれるから安心してくれ」
ナタリーは椅子に座り水を飲んでようやく一息付いている。
「そ、それで?いつ町に帰れるの?」
「そうだな…多分明日には帰れると思う」
「そ、そっか…!良かった…!」
これでこんな村とおさらばできると喜ぶ二人をシリウスは流石に眉をひそめるが、ナタリー達はやっと家族の所に帰れるから喜んでいると思っている。シリウスだけがハラハラしているが奇跡的な勘違いのおかげでナタリー達は悪感情を持たずにすんでいる。
「…では私はそろそろ行きますね」
「もう行くのか?」
「ええ、あまりご厄介になるとご迷惑になりますし」
「別に全然大丈夫なんだが…いや、こっちが無理を言って留まってくれたんだ、止めはしないよ。ああ、忘れるところだった。えっと…少ないが報酬だ。受け取ってくれ」
ナタリーは袋から銀貨五枚、500リクルをシリウスに渡した。
「別にもっと少なくていいんですよ?私がしたのは農作業ぐらいですから」
「いやいや、それではこっちの気が治まらないんだ。受け取ってくれ」
「…分かりました。なら有難く」
シリウスはお金を財布に入れて荷物を持って立ち上がった。
「君のおかげで助かった。本当にありがとう。この恩は一生忘れない」
「娘を助けてくれてありがとうね。またいつでも来てね」
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」
家にいた皆に見送られながらシリウスは村を旅立ち王都方面へ向けて歩き始めた。
「ナタリーさん達は良い人だったな。後の二人は…まあ、若いからっていうことにしておこう。さーて、行くか」
「あ~」
シリウスはだだっ広い平原をひたすら歩き続けた。二日ほど歩き続けると他の道と合流して大きな道となり、旅人や商人が歩く姿を見るようになり、それから少しして遠くに大きな都市が見えてきた。
都市の名前は“ブーナガスト”。
その都市はこの近辺で最も大きい都市でレムドーより大きく大小様々な馬車が行き来し盛んに商売もされている。ここだけ聞けば交易が盛んな都市だがこの都市には他の都市には無い特徴がある。
それは奴隷だ。
奴隷市場がこの都市にはあり世界各地から売られたり、浚われたりして連れてこられた奴隷達が高値で売られている。基本的には人間の奴隷は法で禁止されているが、奴隷ではなく雇用契約していると言って法の穴をすり抜けている。そしてここでは奴隷は人間だけではない。この国では人間以外の種族は身分が証明されている者以外は扱いがかなり酷い。町を歩いたり、物を売買するぐらいなら問題は無いが、仕事にはほとんど付けず、付けたとしても薄給でしかも休みもほとんど無い。シリウスはそんな都市とは知らずに入っていった。
「ふーん…レムドーより、何と言うか…古い?荒れている?そんな感じだな…ん?えっ…」
色々見回しながら歩いていると人間の奴隷が売られている店を見つけて息を飲んだ。奴隷は皆足と首に枷を付けられ、粗末な服を着せられており、食事も満足に与えられていないのかガリガリにやせ細っている。目に力は無く自身の未来に絶望して俯いている。
シリウスが信じられない物を見たような顔をしていると後ろから馬車が何台もやってきた。シリウスは道の端に寄り馬車を見るとそれは奴隷商の馬車一行だった。檻を乗せた馬車の中にいたのは様々な種族の奴隷だった。
だが他と違いそこにいるのは全員ハーフだ。
ハーフは異なる種族の両親それぞれの特徴を持って産まれる。例えば両親のどちらかがエルフなら長い耳を持ち、ハルピュイアなら翼を持ち、リザードマンなら鱗や尻尾を持っている。違う種族同士で子供ができる可能性はかなり低く、1%程度しかないができない事は無い。ハーフ同士の子供の場合はさらに低くなり、小数点がいくつも付くほどで0%と言ってもいいぐらい低い。
この奴隷商はそんな珍しいハーフを専門に扱っている。馬車の中には上半身がウェアウルフで下半身がリザードマンの男性や、見た目はエルフだが背中からハルピュイアの翼が生えている女性などがいる。中には背中からハルピュイアの翼が生え、側頭部からミノタウロスの角が生え、エルフの耳を持ち、腰からドラゴニュートの尻尾が生え、色んな場所に鱗が生えている見た目がとんでもない事になっている者もいる。
シリウスはその一団をただ見る事しかできなかった。何人かと目が合うがその度に憐みと怒りが込み上げてきて、だが自分では何もしてあげる事ができないと耐えるしかなかった。
「(この町、さっさと出るか…)ん?」
シリウスは馬車から離れようとしたら一人の奴隷が目に入ってきた。
その奴隷は2、3歳ほどの幼児で襤褸を纏っているが離れている所から見ても骨と皮しかないぐらいやせ細っている。目は何も写しておらず、か細い呼吸以外身動き一つしていなかった。目を見開いてその幼児を凝視していたシリウスの中に煮えたぎるマグマのような怒りが込み上げてきた。
「ま~…ふえええぇぇぇ…」
感情が抑えきれず怒りの表情を浮かべたがポラリスの泣く声に我に返った。
「!!…ごめんね、ポラリス。怖がらせちゃって」
シリウスは泣くポラリスをあやしながら走り去る馬車を何かを決意したような目で見ていた。馬車を見送った後、近くの宿を取り水と食料と水薬を荷物に詰めれるギリギリまで買い込み、地形を把握するために日が暮れるまで都市の中を歩き続けた。
夜も更けて人々が寝静まった深夜、シリウスは動き出した。荷物を持ち、寝ているポラリスを起こさないように抱えて音を立てないように静かに宿を出た。
「(抜き足差し足忍び足っと。場所は…あっちだな。急ごう)」
シリウスの向かう先は奴隷達が閉じ込められている馬車だ。シリウスは騒ぎを起こしてあの幼児を救い出そうとしている。子供を育てている身として、例え他人の子供だとしてもここで見捨てたら母親を名乗る資格など無いと思っている。奴隷が例え合法だとしてもシリウスは犯罪を犯してでも救い出そうと心に決めている。
夜の闇に紛れて奴隷達がいる馬車がよく見える所までやってきた。見張りは三名いるが全員眠そうにしており誰も真剣にしていなかった。その奥に奴隷商の荷物が積まれた馬車も止まっており、そこの見張りも二人だけでシリウスが想定していたより少なく誰もが眠そうにしていた。
「(よしよし、次は鍵だな。定番なら奴隷商の親分が肌身離さず持ってるけど…取りあえず何人か伸すか)」
シリウスは他の見張りから離れていて尚且つ見えない位置にいる見張りに目を付けて、あくびをしてだらけている見張りの背後から音を立てずに忍び寄り首を絞めた。
「ぐおっ…!?っ!?っ!?」
綺麗に腕が入り見張りが苦しそうにシリウスの腕を叩くがシリウスは緩める事無く落ちるまで絞め続けた。力無く崩れ落ちた見張りを見つからない場所まで引っ張っていき何か持っていないか探ると何と探していた鍵が束であった。ちょうど襲った見張りが鍵担当だったらしく檻の鍵と枷の鍵もセットであった。
「(よし鍵確保!今のうちに…)」
鍵を持ち幼児がいる檻まで移動した。幸いにも見張りは別の場所に移動して他の見張りと世間話をしていた。音を鳴らさないように慎重に開けて中に入ると、幼児は暗がりでも分かるほどやせ細って弱り切っており、世話もまともに受けていないのか身体は汚れ悪臭も漂っている。改めてその姿を見て絶対に助けるという強い想いが沸きだし、服が汚れるのも構わず幼児を抱き締めた。
「ごめん、ごめんな。でも、もう大丈夫。絶対に助けるから」
枷を鍵で外しバスタオルぐらいある大きな布で幼児を覆って抱き上げた。
「(第一目標クリア。よし、第二目標に行こう)」
今回の救出作戦には三つの目標がある。
第一目標は幼児の救出。第二目標は他の奴隷を可能な限り救出。そして第三目標は都市からの脱出だ。
地形を把握しながら考えたものの行き当たりばったりで尚且つ穴だらけの作戦だが生憎時間が無くこれ以上は思いつかなかった。見張りの位置を常に気にしながら見張りから一番遠い場所の檻の鍵を開けた。
「ひっ…だ、だれ?」
「しー…じっとして」
背中から翼が生えている奴隷は怯えながらもシリウスの言葉に従っている。シリウスは素早く首と足の枷を外した。
「えっ?…えっ?」
「ほら、急いで。でも静かにね」
「(コクコクッ)」
助けられた事に実感が湧いていないがシリウスに促されて口を手で覆いながらシリウスの後を追い檻から出た。その光景を見ていた周りの奴隷達は期待に胸を膨らませて立ち上がりいつでも動けるように準備している。
「よし、急いで」
「すまん、助かる」
「気にしなくていいよ…ん?げっ…見張りが来た…」
「俺に任せろ。そちらはそのまま皆を」
「…分かった。殺さないでよ」
「分かっている」
上半身がウェアウルフの男性は見張りの背後に素早く忍び寄り首に一撃を入れて気絶させた。
「がっ…!?」
「ん?こいつも鍵を持ってるな…よし、俺は向こうを担当する。そっちは任せるぞ」
「分かった。お願い」
気絶させた見張りを物陰に隠し鍵を奪い取ってシリウスと二人で奴隷達を次々と解放していった。
「…よし、これで全員だな」
「じゃあさっさと行こう」
「ああ…ん?おいお前達、どこに行ってた?その荷物は?」
「あのデブから掻っ払ってきた」
「持てるだけ持ってきたぜ。後で分配しよう」
「…まあ、確かに必要だな。急いで逃げるぞ」
その場にいた全ての奴隷を解放し、奴隷商が持っていた物資なども奪い取って全員で静かにその場から逃げ出した。
「(よし、これで大丈夫だな。後はこれに火を付けて…)」
シリウスは下見の時に路地裏に転がっていた酒が僅かに残った瓶を拾い集めていて、それに布を入れて即席の火炎瓶をいくつか作って隠していた。火炎瓶を投げる場所は物資が保管されていた場所と見張りが寝泊まりしている天幕の二ヵ所だ。人を殺すのが目的ではなく騒ぎを起こして逃げやすくするためである。
「何をしている?」
「火を付けて騒ぎを起こそうと」
「…なるほど、そういうことか。分かった、一つ貸してくれ」
「オイラもやるぞ。場所はどこにする?」
「あっちの天幕辺りと物資が合った場所辺りかな」
「あっちの建物もやろうぜ」
「あそこは?」
「オイラ達みたいな奴隷を売るためのオークション会場さ」
「よしやろう」
ティンダーで火炎瓶に火を付けて一斉に投げた。放物線を描いて着弾し、瓶は割れて中の酒に引火して炎上し始めた。
「ん?か、火事だー!!」
「火を消せー!」
「水だっ!水を持ってこい!」
「わ、わしの財産がっ!?早く消さんかっ!」
「うわあああぁぁぁ!?会場にも火がっ!?」
「衛兵も呼べー!」
火は瞬く間に広がり大火事となり火を消そうとする者、財産が燃えて叫ぶ奴隷商、建物が燃えて喚くオークション会場の支配人などその場は阿鼻叫喚の地獄となっている。
「おっふ…想像以上…」
「今のうちだ、急ぐぞ」
奴隷商の手下や衛兵が火事に気を取られている隙に全員逃げ出した。動けない者は他の者が背負ったり、肩を貸したりして皆協力している。
「おい、どっちだ…!」
「こっち!急いで!」
事前に下調べをして可能な限り人気が無い場所を選んで通っているが、それでも路地裏にいる酔っ払いや浮浪者や騒ぎで窓から顔を出す住民が目撃する可能性はあった。
「…あん?何だ、おめえら…?」
「あんたは何も見なかった。いいな?」
「お?…へっへっへ、俺は酒を飲んで気持ち良く寝てただけだ。誰かがここを通っても何も見てねえな。へっへっへ」
幸運にも住民には見つからず酔っ払いもおらず、目撃した浮浪者には奴隷商から奪った酒で買収して黙らせた。昼間に下調べをした時に鍵を壊してこじ開けておいた今は使われていない外への扉を通り全員ブーナガストから無事に脱出した。