森の中を歩いているシリウス達。
腕の中のポラリスとアトリアはスヤスヤと寝ており、カペラとピーニは荷物の中で暇そうにしている。エベッタは辺りをキョロキョロしながらシリウスの後ろを付いていき、クルフは槍を杖代わりにしてヨタヨタしながら歩いている。三人で歩き始めて数時間が経っており日も段々と暮れてきた。
「今日中に森を抜けるのは無理か…どっかで野営しないとな。二人は野営道具は持ってるのか?」
「オラは持ってるだよ」
「ぜぇ、ぜぇ…」
「喋る余裕すら無さそうだな」
エベッタは持っているがクルフの荷物はエベッタのより少なく毛布ぐらいしか入っていなさそうだった。仮に野営道具を持っていなかったとしてもシリウスは天幕の中に入れるつもりは無い。未だポラリスとアトリアを泣かした事を根に持っており、泣かしてなくても知り合って間が無い男と添い寝するつもりはさらさら無かった。
野営できそうな場所を探していたら少し開けた所に出た。誰かが野営した事があるのか焚き火の跡が残っていた。
「少し見通しが悪いが…時間も無いしここにするか」
「んだな。ここにするだ」
「ぜぇ、ぜぇ…」
シリウスとエベッタは天幕を張り出したが、クルフは疲れ切っており地面に座り込んでいる。
「シリウスのはおっきいなー」
「そうか?まあ、三人ぐらい入れる物らしいからな」
天幕を張り終えたところでようやくクルフも立ち上がった。
「ふぅ…やっと落ち着いた…あれ!?もう張ったのかい!?」
「およ?どうしただ?」
「お前も早く張れよ」
「………」
「何だよ?」
「…ない」
「あん?」
「持ってない!毛布しかない!」
「そうか」
「それだけ!?助けてくれ!具体的には僕も入れてくれ!」
「絶対ヤダ」
「そんな!?」
「焚き火があるから一晩ぐらい大丈夫だろ。それに私はまだ許してないぞ」
「うぐぅ!?」
思い当たる節しかなかったので撃沈したクルフ。クルフを放っておいて焚き火と夕食の準備をしているエベッタを手伝い始めた。クルフは助けてくれないと分かりがっくりと肩を落として荷物を漁り始めた。
「薪はこれぐらいでいいだか?」
「ああ。それで肉は焼くんだったか?やった事無いんだが」
「簡単だ。枝に刺して火の近くに置くだ」
「そんな感じなのね…取りあえず火をつけるか。【ティンダー】」
組み合わせた薪に火をつけて水を入れた鍋を置いた。
「シリウスは何を作るだ?」
「この子達用のスープだよ。流石に肉は食えないからな」
シリウスは小さめに切った野菜を鍋の中に入れてスープの素を一つ小さく砕いて欠片を一つ入れた。スープの匂いと肉が焼ける匂いが辺りに立ち込めて空腹を刺激している。
「いい匂いだ~…早くできねえかな~」
「…まだ半焼けだ。もう少し待て」
「僕もお腹が空いたよ…」
空腹の二人はソワソワしながら待っており、シリウスはそれを苦笑しながら肉とスープの具合を見ている。
「…これぐらいか。味は…よし。肉の方も焼けたぞ」
「待ってただ!あぐっ!美味いだ!」
「あむっ!熱っ!?でも美味しい!」
「いただきます。ポラリス~、あ~ん」
「あ~」
「アトリア~、あ~ん」
「ぅ、ぁ」
シリウスは二人に食べさせながら荷物から注がれる視線にどうするか悩んでいた。
「(どうするか…エベッタは多分大丈夫。問題はクルフだが…最悪脅すか)カペラ、ピーニ、出てきていいぞ」
「(プルプル)」
「やーっと出られたわ…それにお腹ペコペコよ」
「およ?」
「ぶふっ!?まままま魔物!?それに妖精!?」
エベッタは出てきたカペラとピーニにそこまで反応しなかったが、クルフは口の中の肉を吹き出すほど驚いていた。
「きたねえな…飯の時ぐらい落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか!?だって魔物だぞ!?それに妖精までいるじゃないか!?どうやって落ち着けっていうんだい!?」
「おー、妖精かー。オラ初めて見ただ」
「ねえ、このお肉食べてもいい?」
「もちろんいいだ。皆で食べたらもっとうめえぞ」
「なら遠慮無く…虫肉も意外とイケるわね!」
「んだんだ」
「(プルプル)」
「およ?どうしただ?」
「肉食べたいって」
「もちろんいいだ。ほれ」
「(プルプル)♪」
「何で君はそんな簡単に受け入れてるんだい!?」
「?皆で食った方がうめえぞ?」
「そういう問題じゃなーい!」
「うるさいぞ。スープやるから静かに食え。話は飯が終わってからだ」
「はぁ、はぁ…このスープ薄くないかい?」
「この子達用だから当たり前だろ、何言ってんだ。ほら、エベッタも」
「おお、すまねえだ」
エベッタは文句を言う事も無く笑顔でスープを飲み肉を食っている。シリウスもスープを飲みながら虫肉を食べている。初めて食べた虫肉は意外と美味しかった。騒いでいるのは自分だけだと分かり深い溜め息を吐いたクルフは自棄食いするように肉に齧りついた。夕食を終えて食器類も片づけた後、焚き火の前で座っている二人の隣に座った。
「もういいかい?それで何で魔物と妖精がいるんだい?」
「カペラ、魔物の方は【契約】した。だから危険は無い。ピーニ、妖精の方は………色々あった」
「雑!妖精の方が雑!もっと詳細に!」
「へー、そうだったのかー」
「エベッタはこう言ってるが?」
「君は気にしなさすぎだ!」
「お前は気にしすぎだ」
「だって妖精だぞ!?大自然の奥深くにしかいない希少な種族だぞ!?都市にいる人はおとぎ話って思ってるぐらい希少なんだぞ!?」
「そうなのか?」
「別にそこまで希少じゃないけど…まあ、人間よりは少ないわね」
「そらそうよ」
「好事家とか貴族が大金払ってでも手に入れたいと思うぐらいだぞ!?それに妖精の羽には凄い効能があるって聞いた事があるぞ!?」
「そうなのか?別に光る粉が出てるわけでも無いが…」
「…そういえば何かの薬の材料で使うとか聞いたような‥聞かなかったような…」
ピーニはうろ覚えだがその薬は確かにある。
死んでいなければどんな怪我も治す回復とあらゆる毒や病気を治す薬、の材料となる物を作るための中間素材として使われる。それ以外にも様々な薬の効能を高める素材であり、薬を作るのに妖精の羽が一つ必要となりその度に妖精が一人犠牲になる、というわけではない。妖精の羽は数年に一度生え変わるのだ。但し、根元から千切られたら生え変わる器官ごと取れてしまうので二度と生えてこない。
昔は妖精も数多く存在し色んな種族と寄り添って生きていたが薬の材料として知られると挙って捕獲し始めた。生え変わる事を知らない者ばかりだったので根元から羽を引き千切り妖精は飛ぶ事ができず魔物などに捕食されたり、食べ物を取る事ができず餓死したり、羽を千切った者に用済みと踏み潰されたりされ数を大幅に減らした。以来妖精は人の前に出てくる事は無くなり、森の奥深くでひっそりと暮らしている。
「それで?お前はピーニをどうする気だ?返答次第じゃ私はお前の敵になるぞ」
「ぴぃ!?しないしない!?何もしないって!?」
シリウスの殺気が混じった冷たい視線を受けてほんの少しだけ欲望を抱いていたクルフは即降参した。
「全く…モームと妖精ぐらいで大騒ぎして…」
「だから妖精は…いや、もういいよ…でも魔物は騒ぐだろ?」
「魔物って言ってもモームだぞ。全く害は無いし、むしろ益しかない」
「そうなのかい?」
「何で知らな…ああ、森に入った事無かったな。なら知らんな」
「事実だけど!何か言い方にトゲがあるのは僕の気のせいかい!?」
やたらと騒ぐクルフに若干辟易としていたらポラリスとアトリアが欠伸をした。
「ん?もうお眠か?じゃあ寝るか。んじゃ、お先」
「分かっただ。おやすみ」
「やっぱり入れてくれないんだね…はぁ…おやすみ」
エベッタとクルフに一声掛けてからシリウスは天幕に入った。布を敷いた上にポラリスとアトリアを優しく寝かせて毛布を掛けた。
「ポラリス、アトリア、カペラ、ピーニ、おやすみ」
「ふぁ~…おやすみ」
ポラリスとアトリアは毛布を掛けられてすぐに眠り、ピーニはカペラを枕にして寝転び毛布を被って寝た。シリウスは少しの間ポラリスとアトリアの寝顔を眺めていたがやがて目を瞑り眠った。
「ふぁ~…オラも眠くなってきただ。おやすみ」
シリウスが寝た頃にエベッタも眠気を感じて天幕に入って眠った。
「はぁ~…こんな事ならちゃんと買っておくんだった…」
一人残されたクルフはエベッタが貸してくれた毛布と持っていた毛布で即席の寝床を作り、焚き火に集めた枝の半分ほど入れてから眠った。
翌朝。
まず起きたのは外で寝ていたクルフだ。
「へっくしょん!うぅ、寒い…もう朝か。火、火」
寒気を感じて起きるとちょうど日の出だった。焚き火はほとんど消えていて奥の方でわずかに燻っているだけだった。クルフは再び火を付けようと枝を置いたり、息を吹きかけたりして奮闘している。
「…ん…朝か。何の音だ?」
次に起きたのはシリウスだ。
いつも起きる時間になったので自然と起きたら物音に気づいた。天幕を少し開けて外を見るとクルフが焚き火を付けようと悪戦苦闘していた。
「…後でいっか」
クルフを見捨てて自分の事を優先した。と言ってもする事は特に無く、可愛い我が子の寝顔を見ていた。
「す~、す~…」
「うにゅ…」
「(可愛すぎる…天使かよ、天使だったわ)」
口と鼻を押さえて愛が溢れるのを防いでいる姿はただの親バカだった。
「す~、す~…う~…」
「にゅ…ぅぅ…」
「んふふ~、起きたかな?おしめ変えようね~」
目を僅かに開けたらすぐにぐずつきだしたのでシリウスは手早くおしめを変えた。
「はい、スッキリ~。ポラリス~、アトリア~、おはよう」
「ま~♪」
「ま、ま♪」
「ママですよ~♪」
いつものように甘えてくる娘達を全力で甘やかすシリウス。力強く抱き締めて頬擦りした後キスまでしている。
「朝っぱらからイチャついてるわね~…」
「あ、ピーニ、おはよう」
「(プルプル)」
「カペラもおはよう。ん?カペラもか?いいぞ、おいで」
カペラも甘えてきたのでポラリスとアトリアと同じように甘やかしている。
「(プルプル)♪」
「ふふ、よしよし」
「…ねえ、そろそろ助けてあげたら?」
「へっくしょん!なあ、起きてるだろ!?助けてくれー!へっくしょん!」
火が付かず寒さに震えているクルフが天幕の外から助けを求めていた。母娘のスキンシップを邪魔されて少し苛立ったシリウスだが天幕の中に入ってこなかった事は評価した。
「はぁ~…仕方がない。ポラリス~、アトリア~、カペラ~、ご飯食べよっか」
皆と外に出ると毛布に包まって震えているクルフが出迎えた。
「ははは早く、ひひひ火ををををを!?」
「そこまで寒いか?ったく、しょうがねえな…【ティンダー】」
組まれた枝に火を付けるとクルフはその前に陣取って動かなくなった。
「はぁ~…暖かい…」
「今度からは火打石ぐらい持っとけよ。さて、朝ご飯っと」
シリウスは昨日のスープが入った鍋に水を足してから焚き火に置いて温め始めた。
「その間に…エベッタ、そろそろ起きろ」
「グオー…グゴー…」
天幕の外から声を掛けるが聞こえてきたのはエベッタのイビキだけだった。シリウスが天幕の中を覗くとエベッタが大の字になって熟睡していた。
「エベッタ、ほら起きろ」
「グガー…グゴー…」
「…そうかー、エベッタは飯はいらないのかー」
「飯!」
「…マジで起きたよ」
まさかと思って試した事が的中してエベッタは飛び起きた。
「ん~、よく寝ただ」
「おはよう。そろそろ飯だぞ」
「分かっただ!」
朝から元気なエベッタに苦笑しつつ焚き火に戻りスープの具合を見ている。エベッタは自分の荷物からパンとチーズを取り出して人数分に切り分けた。
「味を調整して…うん、これでいいな。ほれ、器を貸せ」
「あ、ああ、すまない」
「これも食うだ」
「すまんな。これはエベッタの分だ」
「おお、ありがとな。じゃあ食うだ。あむっ!美味いだ!」
「ズズッ…はぁ~…温まる…」
「いただきます。ポラリス~、あ~ん」
「あ~」
「アトリア~、あ~ん」
「ぉ、ぁ」
「カペラ~、あ~ん」
「(プルプル)」
「チーズをちょっと溶かしてパンに乗せてっと…」
スープとパンとチーズだけの質素な朝食だが美味しそうに食べるエベッタがいるのでシリウスはいつもより美味しく感じた。朝食を食べ終わり食器類も片づけた後、天幕を畳み焚き火を消して皆荷物を持った。
「さて、行くか」
「んだな」
「まだ森の中を歩くのかい…?」
「いや、一旦道に戻る。多分大丈夫だと思うが、もしまだいたらまた森の中だな」
「頼むからいないでくれ…!もう森はコリゴリだ…!」
ある程度距離を稼いだ上に一日経ったのでもう大丈夫と判断し道に戻る事にした。森の中を道がある方へ真っ直ぐと歩き始めて一時間ほど経った辺りでシリウスは何かの気配を察知した。
「ん?何だ?」
「~♪およ?どうしただ?」
「はぁ、はぁ…」
「何かが来る気配が…木の上か?」
枝や葉っぱが動く音が聞こえ、枝から枝に飛び移る音も聞こえてきた。耳を澄ましていたら鳴き声も聞こえてきた。
「この声は…あのクソ猿か…」
「ん~?」
「はぁ、はぁ…さ、猿って言ったかい?」
「ああ。フォレストエイプが来るぞ。数は一、二…五体だな。こっちに来るぞ。構えろ」
「分かっただ!」
「ぼ、僕の槍に掛かればフォレストエイプなんてイチコロさ!」
各々が武器を構えると木の上からフォレストエイプが姿を現した。始めからこちらに気づいており襲う気満々だった。始めに動いたのはフォレストエイプで木の枝や持っていた石を投げつけてきた。
「ふんっ。そんなのが当たるか」
「効かないだよ!」
「危なっ!?卑怯だぞ!?いてっ!」
シリウスは避けて、エベッタは大盾で防ぎ、クルフは避けようとしているがいくつか当たっている。フォレストエイプ達は手を叩いて嗤っていたが、一体が地面に降りてきてクルフに飛び掛かった。
「ウキャー!」
「危ないだ!」
クルフを庇ってエベッタが飛び出てフォレストエイプの攻撃を大盾で防いだ。フォレストエイプの拳が大盾に当たり鈍い音がし、フォレストエイプは手を抑えて痛がっている。
「ふぬあ!」
「ムギャア!?」
手斧に斬られて地面に倒れたフォレストエイプ。仲間がやられて怒りの鳴き声を上げて残ったフォレストエイプ達は一斉に襲い掛かってきた。
「う、うわあ!?来た!?」
「さっさと構えろ」
「オラは負けねえだよ!」
シリウスは飛び掛かってきたフォレストエイプを横に一歩ズレて回避しがら空きの胴体を切り裂いた。続けて後ろから殴り掛かってきたフォレストエイプの懐に飛び込みながら首に剣を突き刺した。
「グビャア!?」
「ふんっ」
「す、凄い…!」
「おんどりゃあ!」
「ビギャア!?」
クルフが突っ立っている間にシリウスは二体倒し、エベッタも二体目を大盾で抑え込んでから手斧で頭をかち割っている。
「おい、後ろから来てるぞ」
「へっ?うわあ!?」
「ムキャア!」
フォレストエイプは弱そうなクルフに目を付けてひたすら追い掛けている。クルフは逃げるばかりで戦おうとしなかった。
「やれやれ…おい、その槍は飾りか?イチコロだって言ってなかったか?」
「大丈夫だか?」
「うぐぐぐ…!やってやる!やってやるさ!」
シリウスから煽られ、エベッタからは純粋に心配され、クルフは覚悟を決めてフォレストエイプに向き直った。フォレストエイプは走る勢いでそのまま殴り掛かり、クルフは槍を思いっきり突いた。
「うわあああああ!」
「ギャア!?」
槍はフォレストエイプの胴体に刺さったが致命傷にはならなかった。
「グオオオオオン!」
「ひぃ!?」
「槍を引き抜け。それから胸に刺せ」
「うわあああああ!」
怒りの表情で吠えたフォレストエイプに怯えるクルフだがシリウスの助言に従い槍を引き抜いてもう一度突いた。槍はフォレストエイプの胸に突き刺さり、フォレストエイプは血を吐いて倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「やっただ!倒せただ!」
「はぁ…全く、時間かかり過ぎだ。もっとサクッと倒せ。サクッと」
エベッタはクルフを褒めたがシリウスは中々辛辣だった。
「はぁ、はぁ…う、うるさいぞ…か、勝てたからいいんだ」
「まあ確かにな。手段なんてどうでもいい。最後に勝てばいいんだ」
「そ、それはどうなんだい…?」
シリウスにはポラリスとアトリアがいるので無傷で勝ちさえすればどんな卑怯で外道な方法でも取る気満々だった。フォレストエイプの死体はそのままに放置する事にして三人は森を出るために歩き出した。